-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

GAP普及ニュース 83号

《巻頭言》
GAPは、負荷削減から環境再生へ進化している

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

世界のGAP概念は、20年ごとに大きく姿を変えてきた

 GAPステージ1では、農業由来の環境汚染を減らす「環境負荷低減型農業」が中心でした。続くステージ2では、グローバルなサプライチェーンに対応するための「農場保証(GAP認証)」が主役となり、取引要件としての食品安全がGAPの実務を方向づけたのです。

世界のGAPステージ    日本GAP規範第2版序章より
段階 ステージ1 ステージ2 ステージ3
年代 1981-2000 2001-2020 2021-2040
特徴1 政策としての規範に基づく環境保全型農業 流通ビジネスによる農場認証監査 国際戦略としての持続可能な農業
特徴2 環境負荷低減農業 市場・ビジネス・食品安全 環境再生(リジェネラティブ)農業
1の農業 市場では守られない公共財(水・土・空気)を農家がメンテナンスする環境に優しい農業(補助金)
2の農業 農場審査でサプライチェーン信頼を確保するグローバル経済の農産物(仕入要件)
3の農業 生産性と生態系保全を両立させる環境再生型農業(生態学的・持続農業)
欧州の関連政策 硝酸塩指令、植物保護指令(環境規制強化)、適正農業規範CoGAP クロスコンプライアンス、 デカップリング、包括的衛生管理・トレーサビリティ 欧州グリーンディール、 ファームtoフォーク戦略
日本の関連政策 環境保全(負荷低減)型農業、特別栽培農産物表示ガイド 食料農業農村基本法、有機JAS、農業生産工程管理 食料農業農村基本法見直、みどりの食料システム戦略食品衛生法

ステージ2から始まった日本のGAPには規範がない

  英国やEU、FAOなどの国・国際機関は、食品安全・環境保全・社会的持続性を確保するため、GAPの原則や基準体系(GAP規範:CoGAP)を整備し、農業者が遵守すべき事項を明確に示しています。 日本では、欧州への農産物輸出や東京五輪の調達基準といった「外圧」による市場対応(ステージ2)としてGAPが始まりました。その結果、土台となる規範としての農業倫理(ステージ1)がすっぽりと抜け落ちたのです。GAPを「食品安全を担保するための取引ツール」と捉える現場では、環境保全や労働安全・動物福祉といった農業倫理は副次的な課題になりがちでした。 日本の行政や関係者が「規範としての倫理(環境保全や労働安全)を見失ったのではなく、GAP規範としての存在に「気づかなかった」というのが正確な捉え方です。そのためGAPを「規範」や「基準」ではなく、「改善のための管理手法(プロセス)」として「実施・記録・点検・評価を通じた農家の継続的改善活動」と定義しています。

農家の「行動変容」はGAP政策とクロスコンプライアンスで

 その「規範」としてのGAPを経験しなかったことが、日本の農業が抱える構造的な課題「GAPにおける行動変容の不在」の根源です。 EUは、GAPステージ1で、農業活動が環境破壊や健康被害といった「負の外部経済効果」を生まないよう、「汚染者負担原則」や「予防原則」に基づき、農業者の行動を律する最低限の倫理規定を定め法制化しました。「適切な農業の行為(GAP)」とは「不適切な農業の行為(BAP)」のアンチテーゼなのです。生産量や効率を最優先してきた従来型の農業からシフトした「持続可能な農業」は、「環境を守りながら、地域社会と農家の暮らしを持続させる農業」のことで、GAPとは、そのためにすべき良いことを行動規範として具体化したものです。 その実践の柱「責任・統制」「環境保全」「労働安全・動物福祉」「食品安全」という四つの倫理的な領域について、EUでは「農家への補助金と引き換え(クロスコンプライアンス)」に義務化したのです。

環境と経済と社会に対応できるGAPだからEUは次を目指せる

 EUのGAP規範では、肥料や農薬を拡散汚染源(Diffusion pollution or non-point pollution)として明確に位置づけています。施肥量の上限、水質基準、土壌保全義務などを通じて、GAPを環境規制の中核に据えています。 そのためステージ2のGAP認証では、EUの農家は倫理的基盤を備えた農業者であることの証明を得ており、その価値がマーケットで認められることで、「環境や社会に配慮した農業が経済的にも報われる仕組み」が成立しています。 GAPにおいてもGAP認証においても、そこで評価されるのは、プロセス管理という「形式」ではなく、農業行為に基づく環境保全、労働安全、動物福祉、食品安全という実際の「成果(アウトカム)」であり、環境的にも経済的にも対応できる体制であるからこそ、EUの農業は次を目指せるのです。

世界はステージ3(再生可能な農業)へと踏み出している

 政策が求める環境保全の義務化(ステージ1)と、流通が求める信頼性の「可視化(ステージ2)を土台に、いま世界のGAPステージは、生産性と環境再生を両立させ、国際的公平性を確保する「持続可能な農業戦略(ステージ3)」へと進化しています。 欧州グリーディール政策においても、「Farm to Fork戦略:達成2030年」を柱として持続可能な農業を宣言し、生産性の向上と自然生態系の保全を両立させる農業を目指す「環境再生型農業」にシフトしています。それに倣って日本では「みどりの食料システム戦略:達成2050年」を開始しています。

環境負荷削減から環境再生へ進化

 GAPステージ3では「自然の力を活かして土壌や生態系を再生する生態学的農業」へと転換することが求められているのです。単に環境負荷を減らすだけでなく、農業を通じて土壌を豊かにし、生物多様性を戻し、大気中の炭素を土に閉じ込める(温暖化防止)農業、つまり、農業をすればするほど地球環境が良くなる「再生農業(リジェネラティブ・アグリカルチャー)」を目指す段階です。  そして、この進化は、農場認証(ステージ2)においても同時に進行しています。レインフォレスト・アライアンスやGLOBALG.A.P.でも、審査範囲が「サステナビリティ」から「リジェネラティブ」へと拡張しつつあります。(*参照1) GAPステージ3で一段とスパートするEU農業は、スペイン『アルメリア農業の奇跡』に見るように、行政と農協と関連企業とによる「地域農業クラスター」で世界のGAPステージ3をリードしています。ステージ2からスタートした日本のGAPは、市場から求められた"流通ビジネスとしてのGAP認証"でも後れを取っています。GAP規範という行動規範の不在が、農業者の行動変容を妨げています。その結果、SDGs・ESG・国際農業環境政策の潮流を十分に理解しないまま、「認証取得=GAP」と誤解される状況が続いています。 しかし、農業は本来、公共財(土・水・空気)を維持・再生する営みでもあります。農業が公共財のメンテナンスなしには成立しないことが明らかになった今こそ、必要なのは"気づき → 共感 → 行動"という内発的な「行動変容」です。これまでの農業をGAPとして醸成するためには、理念教育と制度設計の両輪が不可欠です。 世界ではすでに、土壌健康への投資が新たな食料安全保障戦略として位置づけられています。米国では7億ドル規模の再生農業プログラム(*参照2)が始まり、EUでは環境直接支払い(コンディショナリティ)がGAP遵守を支える基盤となり、そして世界中で「生態学的土づくり」が農業の未来を切り開いています。

GAPは、負荷を減らす農業から、環境を再生する農業へ

 私たち日本生産者GAP協会は、GAPの普及とともに、日本農業がステージ3へ進むための"再生型農業の実践知"を届ける役割を担っています。その一環として、米国農務省推薦の実践書『実践ガイド 生態学的土づくり』(*参照3)を翻訳出版し、土壌健康を軸とした農業の再構築を支援しています。 GAPは、負荷を減らす農業から、環境を再生する農業へ。 世界の潮流はすでに動き始めています。 日本のGAPも、次のステージへ踏み出す時です。

*参照1『世界のGAP認証も「環境の検証」へ:GLOBALG.A.P. ESS と Rainforest Alliance 再生農業認証』
*参照2『世界は土壌から変わる:SAREの積み上げとUSDA新制度(RPP)』
*参照3『実践ガイド 生態学的土づくり』https://www.fagap.or.jp/publication/sarebook.html

2026/1


『2025年度GAPシンポジウム』開催

一般社団法人日本生産者GAP協会 教育・広報委員会

会 期 2026年2月16日(月)-17日(火)
会 場 【現地】東京大学弥生講堂一条ホール ・ 【オンライン】Zoomウェビナー)

 「スマート農業」は、農業の未来を切り拓く新しい姿です。ロボット、IoT、AIなどの先端技術と多様なデータを活用し、収益性・品質・環境・社会性といった多面的な価値を同時に高め、持続可能性を実現する新しい農業の形です。

 日本農業が抱える課題(高齢化、担い手不足、気候変動、グローバル市場競争)を克服するための方法として期待されているスマート農業ですが、政策によるインフラ整備などの他に,現場の農業を支えている制度の改革が必要です。特に、普及の原動力となる農業者の行動変容をどう実現するかは大きな課題です。

 本シンポジウムでは、現場の生産管理や営農指導、生産者の取りまとめ、販売やマーケティングまでを含めた営農活動全体をどのようにデータで支え、より良い農業・営農(GAP)に結びつけていくか議論を深めます。


参加費
<個人>主催・共催・後援(*1)の会員および後援職員:\9,000、一般:\12,000、
大学生: \1,500、高校生:無料
*1 県域団体(全農県本部、経済連、各県中央会まで会員価格)) <団体>農学系大学・専修学校・農業高校の授業として聴講:\12,000
※講演資料はPDFファイルで配布(ダウンロード)
(当日の投影内容と配布資料が一部異なる場合がございます。予めご了承ください)
情報交換会参加費:¥5,000(2月16日夕方)
対象者
農業試験研究者、農業普及関係者、大学・大学校、農業高校、農業生産者、農業法人、 農協、出荷組合、産直団体、農林行政機関、卸売市場、卸売会社、農産加工会社、 農産物流通・小売企業、外食企業、消費者、調査・検査・認証機関、研究機関、その他
主催
一般社団法人日本生産者GAP協会
共催
特定非営利活動法人経済人コー円卓会議日本委員会
株式会社つくば分析センター
農業情報学会
一般社団法人GAP普及推進機構
一般社団法人沖縄トランスフォーメーション(沖縄DX)

後援
一般社団法人全国農業協同組合中央会
全国農業協同組合連合会

事務局
一般社団法人日本生産者GAP協会 教育・広報委員会、株式会社AGIC大会事務局
HP・申込
https://fagap.or.jp/seminarsymposium/symp2025/index.html
プログラム

1日目 2月16日(月)

12:00~13:00受付
開会・オリエンテーション
13:10~17:00開会挨拶
基調講演
アルメリア農業の奇跡 ‐アルメリア農業の成功要因分析と日本農業への示唆‐
田上隆一
日本生産者GAP協会理事長
講演
スマート農業の推進とGAPへの応用
阿部尚人
農林水産省 大臣官房 政策課技術政策室 室長
講演
高知県「SAWACHI」に学ぶデータ駆動型の栽培管理と営農支援
岡林俊宏
高知大学IoP共創センター
総合討論
新しい営農指導の方向性 ‐データ駆動型システムとGAPの接点-
1日目クロージング
17:30~情報交流会(大ホール)
要申込

2日目 2月17日(火)

9:15~受付(入室)
9:30~2日目オリエンテーション
9:40~12:00講演
全農におけるスマート農業の取り組みについて
室谷元
全国農業協同組合連合会 耕種生産事業部 耕種総合対策部 スマート農業推進課 課長
講演
JA県域事例 岩手(AGRIHUB×営農指導)
坂本壮汰
新岩手農業協同組合 二戸営農経済センター 一戸地区担当課 米穀園芸担当
講演
「JA生産部会の組織基盤強化に向けて「よりよい営農活動」×「将来見通しアンケート」」
植田紘充
岡山県農業協同組合中央会 営農・担い手対策部 部長補佐
講演
スマートでよりよい営農をマーケットに繋げるGAP認証の現在
武末克久
AGRAYA GmbH Technical Key Account Manager Japan
12:00~13:00昼休み
13:00~17:00講演
ロボット×データ指向の活用事例
豊吉隆一郎
株式会社トクイテン 代表取締役
講演
AI駆動のデータ連携で実現する生産と営農指導
佐々木 佑介
株式会社きゅうりトマトなすび 代表取締役
総合討論
データ駆動型の生産&営農指導の未来
17:00クロージング・閉会

※講演内容、時間は進行上の都合により変更になる場合もございます。あらかじめご了承願います。(敬称略)

2026/1


世界は土壌から変わる:SAREの積み上げとUSDA新制度(RPP)

一般社団法人日本生産者GAP協会 教育・広報委員会

はじめに(問題意識)

 近年、世界の農業は「環境負荷低減」にとどまらず、環境を回復させる(再生する)農業へと舵を切りつつあります。当協会のGAP普及ニュースでも、GAPステージ3(持続可能な農業)において「アウトカム(成果)」が重要である、という論点を繰り返し扱ってきました。

 こうした流れを、いま最も"制度の形"として見せているのが米国です。2025年12月10日、米農務省(USDA)は、再生農業パイロットプログラム(Regenerative Pilot Program、以下RPP) を発表しました。規模は 7億ドル。土壌の健全性(soil health)を中心に、水管理や自然の活力(natural vitality)を改善し、生産性と農業経営の持続性を同時に高めることを狙う、としています。 (*1)

 本稿の狙いは二つです。

(1)当協会がSAREの研究・普及の成果を翻訳して出版した『実践ガイド 生態学的土づくり』(以下「翻訳本」)と、RPPの設計思想がどこでつながるのかを整理する。 (*7)
(2)日本の制度運用で弱くなりがちな アウトカムベース(取組の有無ではなく"成果"で評価) の視点を、現場のGAP普及としてどう補うか、考える材料を提示する。 (*3)

1.SAREの蓄積と翻訳本:土壌生態系管理を「実装の言葉」にする

 当協会は、米国SAREの代表的な土壌管理ガイド Building Soils for Better Crops の知見を踏まえた翻訳本『実践ガイド 生態学的土づくり』を発行し、土壌の健全性を支える考え方と実践(カバークロップ、輪作、耕起の最小化、養分管理、水管理、評価・診断等)を、国内の生産者・普及指導・営農指導の共通言語として広げてきました。(*7) (*8)

 翻訳本の強みは、「これが正しい」ではなく、圃場の課題(侵食・圧縮・流出・乾燥・養分の偏り等)を見つけ、実践を組み合わせ、観察と測定で確かめ、また改善する、という流れを一冊に整理している点です。ここが、今回の米国新制度RPPと"直結"します。

2.USDA新制度RPPとは何か:既存支援を束ね、アウトカム(成果)で前に進める

2-1 7億ドルの「パイロット」だが、制度設計のメッセージは大きい

 USDAの発表によればRPPは 7億ドル。資金は新しい財布を作るのではなく、米農務省自然資源保全局(NRCS)の既存制度である環境品質インセンティブプログラム(EQIP)(4億ドル) と保全管理プログラム(CSP)(3億ドル) を通じて投入されます。 (*1) (*5) (*6)

 つまりRPPは「新制度の看板」ですが、実態は 既存制度を"再生農業仕様"に束ね直す設計です。ここに、米国の本気度が表れています。

2-2 RPPが"アウトカムベース(outcomes-based)"を明記している点

 RPPのFAQでは、RPPを"農家第一、アウトカムベースのアプローチ(farmer first, outcomes-based approach)" と明記し、これまでの「個別技術を単発で積む(practice-by-practice)」を反省点として挙げ、全体としてのホリスティック(全体論的)な管理へ誘導する、と説明しています。 (*3)

さらに、参加要件として次の3点を掲げています。

  • 全農場評価(Whole Farm Assessment)
  • 主要実践を最低1つ(Primary Practices)
  • 初年度と最終年度(最低限この2回)に土壌健全性検査(Soil Health Testing)
契約年限は最低5年。ベースライン(基準値)を作り、変化を記録する(=成果を測る)ことが、制度の入口から組み込まれています。

【ポイント】RPPの"制度の肝"

(1)「単一申請」で実践を束ねる(EQIP/CSPを再生農業の枠で統合) (*2)
(2)「全農場評価」で資源課題を一度"棚卸し"する (*4)
(3)「土壌検査」を最低要件に入れ、成果を記録する (*4)

3.RPPの主要実践と、翻訳本で学べる"観察・測定"

 RPPの主要実践(Primary practices)は、輪作・カバークロップ・不耕起/省耕起・養分管理・水管理・計画放牧など、翻訳本で繰り返し強調してきた中核テーマと重なります。 (*3) (*7)  しかもRPPは、土壌検査(初年度・最終年度)やアウトカムレポートに言及し、"見える化"の仕組みを政策の言葉で押さえています。 (*4)

RPP Primary practice(NRCS) ねらい(要約) 翻訳本の該当章(例)
Conservation Crop Rotation (328) / Stripcropping (585) 作付の多様化で養分循環・病害虫リスク・土壌生物を改善 第11章 多様化する作付体系
Cover Crop (340) 被覆と根圏で侵食抑制・有機物供給・浸透改善 第10章 カバークロップ
Residue&Tillage Mgmt, No Till (329) / Reduced (345) 攪乱を減らし団粒・浸透・生物性を維持 第16章 耕起の最小化/第15章 圧縮への対応
Nutrient Management (590) 養分の過不足を抑え収量と環境の両立へ 第18?20章 養分管理
Pest Mgmt Conservation System (595) 土壌健全性と植物健康の連関を前提に予防的管理へ 第8章 土壌の健全性、植物の健康と病害虫
Irrigation Water Mgmt (449) / Drainage Water Mgmt (554) 過不足・滞水・流出を抑え生産性と水質を守る 第17章 水の管理:灌漑と排水
Mulching (484) 表面被覆で有機物・水分・温度・侵食を調整 第9章 良質な土壌のための管理:有機物管理/第2章 有機物とは何であり、なぜそれが重要なのか
Prescribed Grazing (528) / Forage Harvest Mgmt (511) 草地・家畜統合で炭素循環と地力を回す 第12章 作物と家畜の統合
Contour Farming (330) / Contour Orchard… (331) 地形に沿って流出・侵食を抑える 第14章 流出と浸食の低減
Forest Stand Improvement (666) 農地外縁も含め資源課題を"全体最適"で扱う 第24章 すべてをまとめる
Whole Farm Assessment(RPP要件) 資源課題の棚卸しと優先順位づけ(全体計画) 全体を貫く使い方(第24章等)
Soil Health Testing(RPP要件:初年度・最終年度) ベースラインと変化を記録し"成果"を語れるようにする 第23章 あなたの土壌はどれくらい健全ですか:土壌の健全性を圃場と実験室で評価する/関連章

4.日本の制度運用と比較して見えること:「測る」は"任意"になりやすい

 日本にも環境に配慮した直接支払制度があります。例えば環境保全型農業直接支払交付金の実施要領では、支援対象農業者の要件として 環境負荷低減のチェックシートを理解し、チェックした上で提出することが定められています(※GAP認証等取得の場合は例外あり)。また、同要領の事業要件では、活動メニューの一つとして 「土壌診断や生き物調査等 環境保全効果の測定」 が挙げられています。 (*9)

 ここから読めるのは、制度の骨格が「取組の確認(チェック・提出)」に寄りやすく、アウトカム測定は(重要ではあるが)必須として強く組み込まれるというより、メニューの一つとして扱われやすい、という構図です。

一方RPPは、制度の自己説明としてアウトカムベース(outcomes-based)を掲げ、土壌検査を最低要件として置き、契約を5年以上にして"変化を追う"ことを前提にします。 (*3)

 この差は大きく、GAPの普及においても「適合している」だけでなく、何がどう改善したか(アウトカム)を語れることが、社会・市場との接点になります。

GAP普及の現場で"アウトカム"を補う最小セット

  • ベースライン:土壌診断(pH、EC、有機物、主要養分)+圃場観察(表面被覆、浸透、根張り等)
  • 実践パッケージ:カバークロップ+輪作(多様化)+耕起最小化+養分管理(優先順位は圃場課題で決める)
  • 見直し:年1回の観察メモ+数年に一度の再検査("同じ指標で"比較する)
    (翻訳本の学びを、RPPが制度として要求し始めた「測る→改善する」に接続する発想です。)(*5)

2026/1

世界のGAP認証も「環境の検証」へ:
GLOBALG.A.P. ESS と Rainforest Alliance 再生農業認証

田上隆多 株式会社AGIC

はじめに

 前稿では、米国のRPP(再生農業支援)が アウトカム(成果)ベースで制度化されつつある点を紹介しました。これと並行して、国際的なGAP認証の世界でも「環境領域を、より実務的・検証可能(verifiable)な形で示す」方向が強まっています。 本特集では、(1)GLOBALG.A.P.が開発中のEnvironmental Sustainability Solution(ESS)、(2)Rainforest Alliance(RA)が2025年に発表したRegenerative Agriculture Certification(再生農業認証)の2つを取り上げ、GAP普及・指導の現場で「何を押さえればよいか」を整理します。

1.GLOBALG.A.P. ESS:環境テーマを"まとめて扱える"新枠組み

1-1 ESSとは何か(ねらいと全体像)

 GLOBALG.A.P.は、環境サステナビリティをより明確に示したいという需要を背景に、環境テーマの新しい枠組み ESS(Environmental Sustainability Solution) を開発しています。ESSは、土壌の健全性(soil health)、水管理(water management)、生物多様性(biodiversity)、気候変動(climate change)などを 実務的で検証可能なシステムとして統合することを狙うと説明されています。

1-2 位置づけ:add-on/単独規格、対象カテゴリ

 ESSは add-on(追加モジュール)としても、stand-alone(単独規格)としても利用できる設計が想定され、当初は植物分野(plants scope)のうち、青果(fruit and vegetables)、花き(flowers and ornamentals)、畑作(combinable crops)などでの適用を想定するとされています。

 また、標準の乱立を避けるため、GLOBALG.A.P.既存の環境系ソリューション(例:SPRING、BioDiversity add-on等)をモジュールとして統合・整理する意図も示されています。

1-3 進捗(2025年):desk trials、次段階はpilot audits

 ESSは2025年時点で「開発が前進している」段階であり、GLOBALG.A.P.は 2025年4~7月に15カ国で31件のdesk trials(机上試行)を実施し、多様な農場条件での実装可能性を評価したとしています。

 このdesk trialsのフィードバックを反映しつつ、2025年12月以降にpilot audits(試行監査)へ進む予定である、と同ページで説明されています。

ポイント(GAP普及、産地の視点)

 ESSは「今すぐこの認証を取る」というより、環境領域を"どの指標・どの証拠で示すか"の国際標準化が進んでいる、という意味で重要です。市場・取引先が求める説明も、徐々に「取組の有無」から「環境パフォーマンスをどう見せるか」へ移行していきます。

2.Rainforest Alliance:再生農業認証(2025年発表、コーヒーから開始)

2-1 発表(2025/9/8):再生農業の"専用"認証

 Rainforest Allianceは 2025年9月8日、コーヒーを対象に Regenerative Agriculture Standard(再生農業基準)を発表し、これに基づくRegenerative Agriculture Certification(再生農業認証)を開始すると公表しました。RAは、土壌健全性や生物多様性に対する再生的インパクトを追跡できる「science-based standard」と説明しています。

 同プレスリリースでは、2026年初頭から認証を受けた再生農業製品に 専用のシール(distinct seal)が表示される見込みで、対象作物はコーヒーから開始し、2026年を通じて カカオcocoa / カンキツcitrus / 茶tea へ拡大すると述べています。

2-2 要求事項の骨格:SASの基盤+環境テーマの"深化"

 RA公式ページでは、再生農業基準は、同団体のSustainable Agriculture Certification(SAS)に含まれる社会・生計・水の中核要求事項をカバーしつつ、土壌の健全性・肥沃度、生物多様性、気候レジリエンスをより深く扱う、と説明されています。

2-3 取得形態:add-on / stand-alone、運用ルール(監査)

 RA公式ページでは、SAS認証(取得済み/取得予定)の事業者は 再生農業認証を「任意のadd-on」として選択できる一方、SASなしで再生農業認証を単独で追求することも可能と説明しています。

 他方でRAの運用方針では、少なくとも初期段階は、農場の証明書保有者(farm CH)に対してSASに対するadd-onとして利用可能であり、追加の認証・監査ルールを定める、としています(2025/12/2公開)。

2-4 ラベル表示(クレーム管理)の要点:90%要件

 RAの「Labeling and Claims Policy」(表示および表示主張に関する方針)では、単一原料品等でシールを表示するための基準として、IP(同一性保持)または分別で少なくとも90%の認証原料を含むこと等が示されており、再生農業シール/SASシールともに "90%しきい値"を満たす必要がある旨が明記されています。

ポイント(GAP普及、産地の視点)

再生農業認証は「環境に良い取組をしている」ではなく、環境テーマを"認証・監査・表示(クレーム)"まで一体で運用する枠組みです。輸出・国際取引では、特にラベル表示条件やトレーサビリティ要件が実務上のカギになります。

3.ESSとRA再生農業認証:何が似ていて、何が違うか

  • 共通点
    • 土壌・水・生物多様性・気候といったテーマを中心に、環境配慮を"検証可能"にしようとしている。
    • 単発の取組ではなく、複数テーマの統合管理(=管理の体系化)を促す。
  • 相違点
    • ESS:GLOBALG.A.P.の枠内で、環境領域を体系化する「新しいソリューション(枠組み)」で、2025年は試行・開発段階(desk trials→pilot audits)。
    • RA再生農業認証:2025年に基準を公表し、コーヒーから認証・表示(シール)へ展開する「専用の認証商品」。表示条件や運用ポリシーも整備されている。

4.日本のGAP普及・指導にどう活かすか 

 国際枠組みがどう変わろうと、現場の管理は結局「計画→実行→記録→見直し」です。ESSやRA再生農業認証の動向を、日本のGAP普及で活かすなら、まずは次の"最小セット"が実務的です。

  1. ベースライン(現状の見える化)
    • 土壌:pH、EC、有機物、主要養分(可能なら簡易な硬度・浸透観察も)
    • 水:使用目的別の水源整理、必要な場合の水質確認
    • 生物多様性:圃場周辺環境(緩衝帯、草地、樹木、用水路等)の把握
      (※ESSは土壌・水・生物多様性・気候を統合テーマとして掲げる)
  2. 実践パッケージ("束ねて"設計する)
    • 土壌:カバークロップ、輪作(多様化)、耕起の最小化、有機物管理
    • 水:灌水・排水の点検、流出対策
    • 生物多様性:圃場周縁部や緩衝帯の管理
      (※ESSもRAも単独テーマではなく複合での改善を志向)
  3. 再測定・説明(改善ストーリー化)
    • 同じ指標・同じ条件で数年スパンの比較を行い、「何がどう改善したか」を説明できる形にする。
      (※RAは"再生的インパクトの追跡"、ESSは"測定可能な進捗の実証"を志向)

5.おわりに

 本特集のポイントはシンプルです。

  • ESSは、国際的な農場認証の世界でも「環境領域をどう検証するか」の標準化が進んでいるサイン。
  • RA再生農業認証は、再生農業を「認証+監査+表示」まで運用する枠組みが具体化した例。

 日本のGAP普及では、これらを"そのまま導入する/しない"よりも、アウトカム(成果)を説明できる管理へ一歩寄せることが、次の実務につながります。

2026/1


セミナー受講者の修了レポート(感想や考察)の紹介

株式会社AGIC 事業部

GAPは実践(行動)、認証を取りたいという想いだけでは続かないし実施の意味もない

「GAP実践セミナー」 都道府県 普及指導員

 GAPの概念をわかりやすく理解できました。現在、担当区域の農家さんからGAP認証を取りたいという相談を受けており今回の研修を受けましたが、改めて農家さんの想い(なぜ認証を取りたいのか)を伺ってから進めるべきだと感じました。理由としては、GAPは実践(行動)であり規範であるため、単純に認証を取りたいという想いだけでは続かないし実施の意味もないと感じたからです。一方で、GAPの根底は「より良い農業」だと強く感じたので、農家さんの圃場を巡回指導する中でGAPの意識を常に持ち、少しずつでも改善が必要な場所はないかという問題意識をもって職務に携わりたいと思いました。GAPを行う上では質問力と観察力が求められるので、これらを普段の生活から鍛えられるようコミュニケーションをとっていきたいと思います。

 今後の国の方向性としてGAPを推進していくのであれば、それに伴った施策を行っていただきたいという個人的な思いもあるので、情勢を見ながら県政に従事し農家さんの支援をできればと感じました。


農業の知識がない新人でしたがGAPについて良く理解できた

「GAP実践セミナー」 都道府県 普及指導員

 今年度入庁したばかりで、農業の知識が全くなかったため最初は研修を受けることに対して不安がありました。ですが、講師がわかりやすく丁寧に講義してくださったのでGAPがどういうもので、どのように評価していくのかこの2日間で理解することができました。 私の今までの感覚では農業といえば、担い手が不足している問題があるという程度でしか気にかけたことはなかったのですが、死亡事故者数や労働問題、食品汚染など想像以上に課題があるのだと知ることができました。そのため、安心・安全な食品の提供、環境保全や農家さんのより良い労働環境のためにGAPの必要性が高まってきているのだと感じました。ヒアリングのビデオを見ながらの演習では、自分で判定した後にひとつずつ解説を聞くことができたのでどこがポイントなのか、自分がどこを見逃していたのかを確認することができました。今後は配布してくださった資料や参考図書を読んで、さらに知識を深め、実際に農場へ評価しに行く際にスムーズに進められるようにしたいと思います。


GH農場評価は、評価する側にも、される側にも分かりやすい

「GAP実践セミナー」 都道府県 普及指導員

 数年前にJGAP指導員研修を受講しており、GAPに関する基礎知識をある程度持った上で今回のGAP研修会に臨んだが、前半のGAP概論の研修では、忘れていた知識だけでなく、あいまいな認識であったGAP関連用語の定義やGAP評価制度について、理解を深めることができた。また、主に研修2日目に行われたGH評価制度に係る研修は初めて学ぶ内容であり、当県のGAP評価制度を推進していく上で、評価の仕組み等について非常に参考になった。〇か×かの評価ではなく、当該経営体がどの程度のリスクを抱えているのかということが具体的に数値化されるという点も、評価する側もされる側も分かりやすく、評価後のさらなる改善につながる仕組みであると感じた。ビデオ判定シートを用いた演習については実際のヒアリングの様子や農業者への聞き取りのポイント、農場において確認すべきポイントなどについて演習を行いながら学ぶことができる、非常に良い研修教材であり、今後、当県のGAP評価制度の評価員を対象とした研修等の参考としたい。


「対策の実施」の前にまずは「リスクの把握」から

「農場実地トレーニング」 都道府県 普及指導員

 これまでは「対策の実施」にばかり注目して評価していた項目についても、まずはリスクの把握が重要であることを学びました。たとえば、水質検査や土壌診断を実施している生産者に対して、そのリスクの認識を確認する意識がこれまで十分ではなかったと気づかされました。 GAPの推進は、伝え方に工夫が求められると日頃から感じています。今回の研修を通じて、質問の仕方や、生産者がスムーズに回答しやすくなる工夫を改めて確認することができました。 今後は、研修で得た学びを活かし、以下の点を意識してGAPの推進に取り組んでいきます。 1. リスクの把握を丁寧に行うこと 2. 対策の確認(「悪くはない」取組のすり合わせ) 3. 生産者に寄り添うだけでなく、法令違反や重大事故の防止に向けた指導をまず行うこと


内部監査員候補としての自信に繋がった

「GAP指導者養成研修」 農業生産法人 社員(内部監査員候補)

 農場のGLOBALGAP推進担当者としてGAP活動に数年間関わってきたが、実際に監査員側になることについては不安が多々あった。これまでは適合基準に則って内部監査員に指示された書類を用意したり、対策を行ったりするだけだったが、実際に外部から来た監査員の対応をした際には、あらかじめ用意していたものそのままでは不十分なことがあったり、想定していない質問を受けたりすることもあったため、適合基準について自信をもって理解しているとは言えない状態だった。しかし、今回の講習を経て、実際に質問を行っているVTRを見て、どのように質問を行いながら適合基準を確認していくかイメージすることが出来たり、実習を通して、それぞれの項目がどのような理由に基づいて定められているものであり、どのような対応を要求しているのかをあらためて確認できたことで、内部監査を行っていく上での自信に繋がった。


GAPを伝え・広める知識とスキルを深く学べた

「GAP指導者養成研修」 都道府県 普及指導員)

 GAPの指導者研修を受講し、GAP(Good Agricultural Practices)の理念や実践だけでなく、それを他者に伝え、広めていくための知識とスキルを深く学ぶことができました。研修では、指導者として必要なコミュニケーション技法、現場でのアセスメントの方法、記録の正確な取り方など、非常に実践的な内容が盛り込まれており、自分自身の理解をより深めることができました。また、他地域の普及員ともグループワークを行う中で、さまざまな視点からの気づきの共有により、自分に足りない視点を見つめ直す良い機会にもあり、今後の指導活動においても非常に参考になりました。今後は、今回得た知識と経験を生かし、管内の農業者に対してGAPの重要性や具体的な方法をわかりやすく伝えていけるよう努めてまいります。そして、安全・安心な農産物の提供と、持続可能な農業の普及に貢献していきたいと感じます。


最新の制度や法令等を学べる更新研修は指導者として必要

「技能講習(リスク評価・評価各論)」 都道府県 普及指導員)

 GH評価の評価項目内容についてはある程度理解しているつもりであったが、評価事例や関連法令等十分理解していないことも多くあり、更新研修(技能講習)を受けることで再度確認することができた。また、評価項目に関連する省庁HPや団体、各種サイトの紹介は、評価項目の根拠や目的の理解を深めるために大変参考になった。   制度や法令の改正に伴う最新情報は、生産者に対し現場指導する上で大切な情報であり、定期的な更新研修の受講は必要であると感じた。  更新研修は内容的にオンライン形式で十分理解でき、効率的に受講できるため今後もオンライン形式がよいと思う。


2026/1