株式会社Citrusの農場経営実践(連載39回)
~廃園救済に限界を感じ始めた~
佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役
今期2020年産の温州みかんの収穫が始まった10月から12月の間に、急遽「今後の園地管理を頼む」と依頼が入った。テレビや新聞に弊社の取組みが取り上げられたことによる問合せである。「新規就農予定者に管理して貰えないか」という話である。
早速、社員を引率して園地の調査を行ったが、社員は首を縦に振らなかった。理由は、品種、樹齢などの他、日当たりなどの立地条件が良くない園であったからである。園主が昨年お亡くなりになり、娘さんが管理をしていたが、その娘さんも病気で夏から園地の管理ができず、収穫作業も無理という。管理者に申し訳ないが、夏からの基本管理ができていないことから、商品率が悪く、普通ならお断りするところであるが、近所でもあり、今シーズンのみの収穫作業を実施した。正直赤字である。
また、友人でもある専業農家から、12月に命に関わる手術を受けるので、みかんの収穫作業が出来なくなったとの相談が入った。社員を引率して判断を仰いだ。社員は、「ここなら立地条件は良い」と判断したのか、「収穫作業を行っても良い」と首を縦に振った。しかし、経営者の私としては「労力は大丈夫か」と躊躇した。いきなり60アールのみかん園の収穫作業が追加されることになる。「今期のみの収穫を請け負う」と返事をしたものの、それでは園主が加入している出荷組織から「ルール違反である」との指摘を受け、「農地を借り受けたことにしてくれ」との要望がきた。理由を聞くと、商品の全量出荷違反となり、それ以降の晩柑類の取扱いも出来なくなると言う。これを聞いて、「なんと無責任な出荷組織なのだ」と感じ、「これが現在のJA組織の実態なのか」と驚いた。組合員の緊急事態をもフォローできないJAの現状である。それだけ現場の労働力不足の深刻さを物語っている。一昔前なら助け合って苦境を切り抜けたのだろうが、今はどこも余裕がない。それで弊社へ依頼となったのである。
弊社は、収穫作業のローテンションを変更し、そのみかん園の収穫作業に入った。当日、園主から「12月中に夫婦で入院が必要」と言われ、みかん栽培を担当していた奥さんから「今後も管理をお願いしたい」との申し出があり、その場でOKをした。現状においても、2021年3月に新規就農する社員を抱え、また、次年度の新規採用が決まらない中で、経営規模簿の縮小を迫られていた矢先の出来事である。現在、弊社で勤務している社員や研修生は、来年、また2年後に新規就農を予定しているメンバーが4名いて、立地条件の良い園はできるだけ確保しておく必要があり、無理して引き受けることに決めた。
一方、新規就農の予定者に、現在弊社が管理している園で「管理を引き継いでも良い園があるか」と尋ねたところ、管理の希望がない園が幾つか見えてきた。会社を設立した当初は、園地の確保を優先したため、紹介のあった園をすべて確保した。しかし、ここにきて、いろいろな問題点が浮き彫りになり、引き受けに困っている園がある。今シーズンが、利用権を継続するかどうかの判断時期であるように感じている。それに、定年後に新規就農した私も、そろそろ遊休農地の救済に限界を感じ始めている。また、病気や年齢から、体力に自信がなくなってきたのである。
そんな中でも、毎年、管理の依頼が入る。多くの園地が、必ずしも立地条件が良くないことから、断り続けてきたが、ここにきて、その多くが廃園になっても無理はないことに気づき始めた。その理由は、30年前の1990年に比べ、2015年の農業センサスでは、和歌山県の農家戸数は38000戸で、おおよそ半分になり、2020年のセンサスでは3万戸程度になると予想される。農家がいなくなるのである。さらに、これからの10年は、減少スピードがさらに加速するであろう。農水省のいうスマート農業で、これら全ての労力不足をカバー出来るとは考えにくい。スマート農業の技術進歩は続くと思うが、高価な機器を導入して採算がとれるかは、現在の農産物価格の決定の仕組みでは無理があり、夢があっても新規就農者の増加を望めない。今、Iターンにより新規参入した農家の大半は、立地条件の悪い農地を紹介されており、農業所得が100万円以下だという普及指導員の情報もある。
弊社の管理するみかん園にも、モノレール運搬機械、スプリンクラー施設があり、進入路が狭く軽4輪しか入れず、加えて急傾斜地で、獣害が多発するなど、立地の良くない園を8年間も無理しながら管理してきたが、引き継いでくれる就農予定者がいないことから、2021年に利用権を放棄する予定である。お亡くなりなった園主の相続人や、周辺地域の農家に非難されることを覚悟での決断である。これまで弊社では、親元で就農した社員ばかりであったが、ここにきて新規参入する社員や研修生であることから、今後は借り受けてもコストのかからない優良な園地でないと、新規就農者への土地の紹介はできないと考えている。一般道の整備なら住民負担はないが、農道の改修工事には管理農地周辺の農家が負担するという責任がつきまとう。これではとても新規参入者には進められないだろう。耕作放棄を食い止めるためには、これらに関わる経費を新規参入者に負わせない政策が必要と考える。
このような農業経営の実態を、本誌を発行している「日本生産者GAP協会」の小池英彦理事(長野県職員)が尋ねてくれた。みかんの収穫作業体験してもらいながら、これらの実情を語り合った。小池理事は長野県でりんご栽培農家の指導に当たっており、果樹栽培についての問題点を共有できた。
最後に、話題の提供としてお知らせしたいことがある。2020年10月に、和歌山県農林大学校がGLOBALGAPを取得した。GGAPの所得に至るまでには、おおよそ10年間継続されてきたGAP教育の成果と私は言いたい。というのは、私が農林大学校に勤務していたときに、田上理事長の指導のもとGAPを履修教科に取り入れた。この教科指導の継続が難しい時期もあったと伺っていたが、今回担当した鳴川先生と前田校長がスクラム組んで、AGICの指導のもと、見事に認証を受けることができた。担当した鳴川勝先生は「農林大学校にきて実際にGAPに取り組むのは初めてであり、まさかのコロナ感染の症拡大で、スケジュール的にもかなりタイトな中で、事務を進めながら自分自身のスキルも高め、コンサル会社(AGIC)とともに学生に対してGAPの必要性や取り組む姿勢を教え、実際に行動に移す仕組みを考えたり、学生には認証審査という目標を設定したり、自分達が主になって取り組むものであることを認識させ、士気を高めていくことには苦労した」と語っていた。また、学生の感想は「今まで当たり前だったことが、GAPへの取組みでリスクに気づけるようになった。現場が綺麗になり、使い勝手も良くなった。卒業後には活かしていきたい」と延べ、さらに「農林大学校としては、学生教育の1つとしてGAPを取り入れ、実践することで世界に通用する農業を学生が身につけて、卒業後はそれぞれが地域のリーダーとして活躍して欲しい。このようなことから実際の取組みを開始しました」と職員の方からマスコミを通じで発表があった。立派なコメントと感激したので報告する。