《巻頭言》 肉食は新しい南北問題になるのか
二宮正士一般社団法人日本生産者GAP協会常務理事
東京大学大学院農学生命科学研究科 特任教授
SDGsとGAP(持続可能な農業)
「みどりの食料システム戦略(2021年5月,日本),「Farm to Fork戦略(2020年5月,EU)」,「農業イノベーションアジェンダ(2020年2月,米国)など,これからの食料システムに関する大きな政策が,ここ数年立て続けに公表されています.いずれも,安全で健康な食を十分供給可能で,かつ持続的な食料システムをめざすものです.ここで言う「持続的な食料システム」は,地球環境の持続性だけでなく,SDGsに掲げられるような人間社会と地球環境の両方の持続性を意味します.実際,グテーレス事務総長の提案で2021年秋に開催された国連食糧サミットでも,SDGs17目標の2030年達成に向けた食料システムが,さまざまな視点で議論されました.20世紀後半から長期にわたりさまざまな視点で問題視されてきた人類の大課題のひとつがやっと公式に体系化され,遅まきながら動き出しました.GAPは,食料システムの重要な一翼である農業生産現場においてこの問題解決のための規範として早くから提起され実践されてきましたが,あらためてこの問題解決の体系の中で意識し位置づけられる必要があります.
環境負荷が大きい食肉生産
さて、食料システムの持続性が国際的な舞台で議論される時に,必ずと言って良いほど出てくるのが肉食によって引き起こされる環境負荷の大きさに関わる課題です.上であげたような国家レベルの政策では,現存する産業や個人の嗜好を意識してのことか,強調されてはいませんし,日本で大きな話題にはなりにくいようです.ここでは詳細は述べませんが,全温室効果ガス排出源の4分の1を占めるという農業起源排出の内,畜産がその半分を排出していること,家畜排泄物による環境負荷,多用している抗生物質の環境への暴露などに加え,水・土地・エネルギーといった資源利用という観点で極めて非効率な肉類生産が,やり玉に挙がります.最も効率が悪いと言われる肉牛では,肉1キロの生産に10~20キロの飼料を必要としています.西尾の報告(http://lib.ruralnet.or.jp/nisio/?p=2979)によれば,食用作物として生産されている農作物の内,人間が直接食べているのはカロリー換算で55%に過ぎず,36%は飼料(残りの9%はバイオマスエネルギー利用など)で利用されているとのことです.日本人にとってなじみの深いダイズですが,世界生産量の1割のみが食用として使われています.そのこともあって,上記の西尾の報告は,食用作物として生産される作物の含むタンパク質換算で53%が飼料として利用されているとしています.言うまでも無くダイズが高タンパク質食品だからです.さらに悪いことには,せっかく摂取した窒素の相当部分は環境に排泄されています.結果として,人間が取得するカロリー当たりの生産に必要な水や土地,投入エネルギーの利用効率も食料生産システムとして最悪です.
爆発的に増える肉類消費
もっとも,牛に代表される反すう動物は,微生物の力を借りて,人間は全く活用できないセルロースをエネルギー源に変え,草の中のタンパク質を高品質に変えるものすごいシステムで,人間との食料との競合さえなければ理想的にも見えます.しかし,人類の肉類の消費が爆発的に増えてしまい,温室効果ガスや窒素の環境への排出,必要な土地や水など許容量を遙かに超えてしまっているのが現状です.図1は,過去60年間の全世界の食肉供給量と人口の伸びを,1961年比で示したものです.人口が概ね2.5倍に増えたのに対し,食肉供給は4.7倍に増えています.人口増による増加だけでなく,生産効率の悪く環境負荷の高い食物の一人当たり消費も増えてしまったわけです.図2はいくつかの国別の食肉供給量の変化を示しています.人口が多いことにもよりますが,中国は既に30年前に米国を抜きました.この図で一団となっていて見にくいので,生産量が相対的に低い4カ国を抜き出したのが図3です.食肉供給量について,英国やドイツなどは60年間に約1.5倍,米国は2.5倍,インドは4倍,日本は9倍,中国は実に41倍に増えました.ちなみにドイツは1988年の1.7倍をピークに漸減傾向にあるようにも見えます.
図4は,それらの国々の一人当たり供給量を示したものです.米国の絶対値は高く,英国やドイツがそれに続きますが,60年間にいずれも1.2~1.4程度の増加に留まっています.一方,日本は6.6倍,中国にいたっては18.8倍です.これは,経済成長に伴い,穀物への摂取エネルギー依存割合が低下する一方,動物性食品への依存が増加する食遷移と呼ばれる現象がおきた結果です(http://www.a.u-tokyo.ac.jp/pr-yayoi/48.pdf).もともと狩猟民族で肉食中心だった人類が,豊かになることで肉類が買えるようになれば,そちらに回帰するという説明もありますが,真偽はわかりません.どちらにしても,現在も引き続く多くの途上国の急速な経済成長で,日本や中国でおきたような食遷移がおきていることになります.結果として,95~100億人まで増加すると予想される人口増と食遷移の相互作用で食料不足が加速されると予想されている訳です.ちなみに,ベジタリアンがごく普通であるインドでは,急速な経済成長の中でも1.3倍程度の増加に留まっています.近い将来に,世界最大人口国になると言われるインドの現状は,問題の緩和に多少は貢献しているとも言えます.
肉食に関する南北の事情
以上のように,このまま肉食をやりたいように続けていては危機的で,何かしらの国際的枠組みによる制約が無いとまずいのではないかという危惧が生じます.それが,本文タイトルの「肉食に関する南北問題」という心配につながるわけです.COP等で議論された炭酸ガス排出に関する南北問題の中核は,「これまでさんざん排出して経済発展してきた先進国が,途上国にも排出制限をかけるのはフェアでは無い」ということですが,同じ議論が肉食についても起きそうというのは単なる余分な心配でしょうか.ここ2年は訪問できていませんが,中国の肉食ブームは大変な勢いでした.しかも,従来の豚肉などに比べて下位にあった牛肉の消費が急速に伸びているようです.中国の一人当たり食肉消費量は,日本を既に20年前に抜きましたが,その後20年間日本の伸びが鈍化しているのに対して,中国はまだ米国の半分とは言え上昇中です.それに呼応して,中国のダイズ輸入量も膨大です.過去60年で,ダイズの世界生産量は,耕作面積で5倍強,生産量で13倍になりました.ブラジルやアルゼンチンなど1970年頃まではほとんど生産の無かった南米での大増産がそれを支えてきました.実は,当時輸入ダイズ供給不安に遭遇した日本の技術支援が,南米でのダイズ作開拓に大きく貢献しましたが,現在南米による新規ダイズ供給分のほとんどが中国に買われている現状があります.既に日本の買い負けもおきるなど,肉食の急激な増大は,そのような形で日本を含む世界の食の安全保障にまで影響を及ぼしていることにもなります.
人工肉とベジタリアンは問題解決になるか
さて,肉食に関わる国際制度などできて欲しくないわけですが,明るい話題が無いわけではありません.一つは人工肉です.この数年で植物由来の疑似肉や動物細胞培養による「本物の肉」に関する技術開発が一気に進みました.どれも,現在の肉食がもたらす結果を危惧したベンチャーがリードした活動です.米国のインポッシブルバーガーはヘモグロビンによる血の味まで植物由来で再現し本物と区別が難しいと言われ大きな話題になりました.そこまで行かなくても,欧米の多くのハンバーガーチェーンでは植物由来肉を使った商品を用意するのが常識になりました.ちなみに,それらの原料はダイズに代表される豆類が主役のひとつです.もう一つは,ベジタリアンの増大です.とくに欧州は顕著な印象があります.私がおつきあいするのは主に研究者なので偏っているかも知れませんが,ドイツやオランダの研究仲間は,相当高い頻度でベジタリアンであり,完全菜食のビーガンも珍しくありません.図4で示した,ドイツにおける肉消費の漸減はその結果かもと思います.大和総研のレポート(https://www.dir.co.jp/report/research/economics/japan/20210203_022067.html)※にもあるように,多くの皆さんは肉食による環境負荷を菜食への転向理由として語ります.ただ,このような動きがどこまで広がれば,本稿で述べたような問題解決への道筋になるのか全く見通せないのが現状です.「肉の時代」とかいいながら,タレントが高級ステーキをはしゃいで食べている番組を見て,非常に複雑な気持ちになります.ちなみに,私自身は,歳のせいもありなんでも肉食という気分にはなりませんが,ベジタリアンではありません。
※同レポートで,インドでは28%がベジタリアンとありますが,プロジェクト等で10年以上インドの皆さんとかなり濃密に交流してきた印象は,少なくとも研究者や大学生といったエリート層では,それより遙かに高いと感じている.
2022/3
【GAPシンポジウム特集Ⅰ】持続可能な農業の国際戦略
GAPシンポジウムの基調となる提言
田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長
1 GAPの理解
GAPは持続可能な農業
GAPは農業の良好な実践のことです。世界のGAPステージ3*(GAP普及ニュース67号)となった現在ではGAPは持続可能な農業とも言われています。農業持続可能性*の哲学は、農場労働者の正当な扱いと、農家の安定的な収入を保証する食料価格など幅広い原則を含んでいます。米欧を中心とする国際戦略の視点では、農業は環境汚染を減らすこと、社会的責任を果たすこと、食品衛生管理に努めることなどが求められるということです。
日本では、世界に追いつくためのGAPを目標に、農業者が取り組むべき具体的な活動とその認証を推奨しています。実際にはGAPステージ2のグローバルなサプライチェーンのための農場保証監査(GAP認証)を国際標準とするGAP規格(取組内容)の推進です。
GAPは産業的アプローチの反省から
しかし、GAPの中身は時代とともに変わっていきます。GAPステージ1で中核となった考え方は、20世紀に開発された食料生産に対する産業的アプローチの反省です。世界の農業の実態は、工業的農業による大規模灌漑と機械化、化学肥料と化学農薬の過剰な投入、バイオテクノロジー、そして価格政策としての補助金に依存した食料生産を推進してきました。
その結果、生態学的には、浸食、枯渇、および土壌汚染・水質汚染・大気汚染、生物多様性の喪失、森林破壊などの地球規模のリスク増大(プラネタリーバウンダリー)をもたらすことに繋がったのです。また、社会学的には、労働者虐待、家族農場の衰退、そして世界で年間13億トンと言われる食品ロスと同時に8億人を超える飢餓を抱える危機的状況に陥りました。COVID-19による景気後退や戦争という愚行の結果、飢餓人口がさらに増加するのではないかという心配も絶えません。
サプライチェーンのGAP要求の移行
サプライチェーンのためのGAP認証もまた、GAPステージの変化に伴って規格規準が変わります。GAPステージ3でグローバル企業は、ESG(環境・社会・企業統治の視点で持続可能性を評価する投資基準)、CSR(企業が果たすべき社会的責任の履行)、DD(仕入先を含むサプライチェーン全体のリスク評価とリスク回避の対策)等の対応に迫られています。
企業はこれらの要求に応えて、これまでとは異なる企業理念を立てて経営手法やその技術も変えることになりますので、第一次生産者である農業者(農家や農業企業)への要求もおのずと移行することになります。
新しい食品産業政策
米欧の農業政策は、生産性向上と自然生態系の保全を両立させる農業を目指しています。SDGsを意識したEUの「ファームtoフォーク戦略」と米国の「イノベーションアジェンダ」とが同時にスタートし、日本は急遽「みどりの食料システム戦略」を策定したといわれています*(GAP普及ニュース68号)。
GAPステージ3を特徴づける国際戦略としての持続可能な農業は、貿易相手国にも同等の規格規準を求めるということです。具体的には、EUでは締結される全ての二国間通商協定の中に、持続可能性に関する章を含めるということです。動物福祉(アニマルウェルフェア)、農薬使用の制限、抗生物質耐性問題といった分野の強化、加えて、気候変動への対策、持続可能な景観と土地の管理、環境保護と持続可能な生態系の活用といった分野が例示され、フードシステムの根本的な価値観に関わる内容の変更となっています。
GAPに関わるこれまでの変遷から、EUが打ち出す対策いかんにかかわらず、日本国内の食品産業全体における環境・持続可能性・動物福祉といった価値観に対する意識をこれまで以上に高めていくことは必要です(JETRO,EUの新しい食品産業政策「Farm To Fork戦略」を読み解く)。
2 GAPの普及
GAP普及で最も必要なものは、「道具」ではなく「動機」である。
GAPについて社会的に関心が高まったのは、農産物の輸出を拡大するためのGAP認証、及び東京2020五輪大会の調達基準のためのGAP認証でした。短絡的に、売るための手段として、しかも短時間で実現するという状況下で「農場のGAP評価」が目的になったために、関心はGAPそのものではなく、認証の枠組みや取得のメリットばかりでした。そのため肝心の農業者には認証に関わる技術的な課題ばかりが提供されることになったのです。
GAP教育が、認証の方法やそのための道具に偏っていたために「輸出はしない・五輪が終わった」となれば、「メリットが感じられない」ということで関心が一気に引いていくという傾向にあります。そもそも日本農業のGAP不振の最大の原因は、一言でいうと、「日本の農業は、世界のGAPステージ1を経ていないから」です*(GAP普及ニュース67号)。その結果日本には、「GAPは持続可能な農業の主体的取組みの政策である」という概念が根付いていません。
農業には「環境汚染を減らす、社会的責任を果たす、食品衛生管理に努める」等の哲学があり、それがGAPの理念であるという理解があれば、時代が求めるGAPの課題について、「できるか、できないか」の議論ではなく、「何が問題なのか、なぜ問題なのか」を議論し、そのためには「どうすればよいのか」と考えることができるのです。
時代とともに変化するGAPにどう対応すべきか
GAPは持続可能な農業であり、具体的に何をどうすれば良いのかが問われています。取り組みの姿勢として大切なことは、GAPの道具ではなくGAPの動機です。何故なら、GAPではいつも農業の価値観(Good or Bad)が問われているからです。
世界のGAPは、ステージ1、ステージ2を経て、現在ステージ3になりました。プラネタリーバウンダリーを認識し、SDGsを受入れるとすれば、わが家の農業における環境汚染の削減はどうすればよいか?農業の社会的責任はどうやって果たすのか?食品衛生管理は何処までどのようにすればよいのか?足元から考えてみることが必要です。
日本GAP規範第2版の発行
自分の農業管理をグッドプラクティスにするためには、GAPの意義を知り、GAPの意味を理解することが必要になります。そのためには、農業者の課題とその対応方法を解説した行動規範「適正農業規範(GAP規範)」が必要です。EU加盟国及び欧州の多くの国では、中央や地方の行政が、何らかのGAP規範を発行しているようです。
日本では、一般社団法人日本生産者GAP協会が、2011年に「日本GAP規範Ver.1.0」を発刊し、2021年には、ステージ3を視野に入れた「日本GAP規範第2版」を発行しました。日本生産者GAP協会では、欧州で代表的な『英国のGAP規範2009年版』を、2010年に翻訳・出版しています。
英国政府環境・食料・農村地域省は、GAPステージ3に向けて『アンモニア発生量を削減するための適正農業規範』を刊行して、2009年版に付け足(アドオン)して活用するように推奨していますので、これも日本語に翻訳して発刊しました。欧州グリーンディール(欧州委員会の気候変動対策2019年)の中核である「Farm To Fork戦略」を意識したGAP規範です。
日本GAP規範によるGAP普及
農業の価値観が変わりGAPステージが変化すれば、GAPに関する道具も変えなければなりません。価値観の変化とそこでの道具(手法)を考えるためには「何故GAPなのか?」「どうすればGAPになるのか?」という思考が必要です。日本生産者GAP協会のグリーンハーベスター(GH)農場評価制度は、「日本GAP規範」に基づいた農場管理を行う農場を評価する制度です。
行政では岐阜県が、JAグループでは全農が、GH農場評価制度を使った戦略的な取組みを開始しています。これらはGAPステージ3に向けた本格的な取組みです。
GAPシンポジウムの課題
米欧、特にEUを中心とする欧州全体で何故GAPが普及したのか?農業者が主体的に努めたGAPの真の動機(政治的、社会的、経済的)を理解しようとしなかったために日本のGAP普及が遅れたのではないか。この点に関して、GAPステージ3の入り口で、ステージ0から振り返ってみよう、そしてこれからGAPはどうあるべきか、そのために今何をすべきか、議論を深めることが今回のGAPシンポジウムの主題です。
*農業持続可能性は、
持続可能な農場は堅実で収益性の高い農業であるべき(経済)、
公正な労働者への対応と、周辺地域と相互に有益な関係を持つべき(社会)、
農業由来の土壌汚染・水質汚染・大気汚染を削減し、生物多様性を助長すべき(環境)
など、多くの側面を持つ複雑で総合的な考え方です。
2022/3
【GAPシンポジウム特集Ⅰ】
≪講演資料の解説≫
農業の価値観の転換
米欧、特にEUを中心とする欧州全体で何故GAPが普及したのか?農業者が主体的に努めたGAPの真の動機(政治的、社会的、経済的)を理解しようとしなかったために日本のGAP普及が遅れたのではないか。この点に関して、世界のGAPステージ3の入り口で、ステージ0から振り返ってみよう、そしてこれからGAPはどうあるべきか、そのために今何をすべきか、議論を深めることが今回のGAPシンポジウムの主題です。
「持続可能性」をキーワードにして社会の様々な行動規範が大きく変化しています。これは農業においても同じで、「農業の価値観」も大転換し、今や「持続可能な農業」が目指すべき方向性になっています。1987年の「国連環境と開発に関する世界委員会(WCED)」で、「持続可能な開発」という考え方が提唱され、それは「将来世代のニーズ(需要)を満たす能力を損なうことなく、現在のニーズを満たす開発(人間活動)」と定義づけられました。さらに、1992年の「国連環境開発会議(地球サミット)」で、「持続可能な発展は環境・経済・社会の3つのバランスを考慮する必要がある」という「アジェンダ21」が採択されました。
農業分野では、20世紀に開発された肥料や農薬などによる環境汚染の反省から「GAP」の概念が生まれ、EUでは、1991年に「硝酸塩指令」が制定され、同時に化学農薬の使用規制が強化されています。「持続可能性」の課題は、21世紀を迎えグローバリゼーションの広がりで更なる格差社会となり、2015年の国連サミットでは、「誰一人取り残さない持続可能でよりよい世界を目指す国際目標SDGs(2030アジェンダ)」を採択したのです。世界の目標として各国が取り組みを進めている「SDGs」は、日本でもマスメディアによく登場するようになりました。
SDGsには、背景に「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」という考え方があります。「人間活動に起因する主要な課題に関する地球システムのリスク評価」です。
これは、地球上で人間が安全に生存するには限界があるという考え方で、人間が地球環境に及ぼしている各種の影響を定量的に評価して、それぞれの限界点を見極め、「地球環境の破滅的変化を避けるための指針」とした理論です。
図の同心円の内側のみどり色は、人間が安心して生存できる領域です。その円の外側は、地球環境システムの維持が難しくなる点で、黄色はリスク増大で不安定な領域です。その次の円が地球環境システムの限界点で、不安定な領域を超えた赤色は破滅的な変化が起こった負荷逆な状態ということです。
現時点では定量化できていない要因もありますが、限界を超えたことが明らかになったものは、「窒素」、「リン」、「絶滅の速度」の3つで、農業関連が最も深刻な事態になっています。特に窒素は限界点の約3.3倍であり、リンは2倍超過しています。
窒素、リン酸、カリは、肥料の3要素と呼ばれ、農業生産で最も重要な物質です。農業の長い歴史の中で、自然資源だけで賄っていた肥料要素のうち、特に植物成長に欠かせない窒素をハーバー・ボッシュ法で工業的に生産できるようになったのは1950年です。その時の地球人口は約25億人でした。2022年の人口は79億人で2050年には97億人に達すると言われています。
化学肥料の登場によって世界の食料生産が飛躍的に向上し、人類史上になかった急激な人口増加をもたらしています。そのため、森林伐採・開墾・灌漑などで農地面積を拡大し、さらに化学肥料・化学農薬が大量に使用されるようになりました。このような人口増加と開発による地球環境の悪化という循環によって、窒素とリンが地球の限界を超えたと考えられます。
「農業の価値感の転換」とは、生産性向上の技術が地球環境の悪化をもたらすこととなった農業の行為をバッドプラクティス(BAP)と考えたことです。その結果、農業由来の環境汚染を削減し、農業を本来の姿に戻す行為を「GAP」と名付けたのです。
欧州では、1980年代にGAP概念が誕生し、1990年代に様々な法制度を構築し、21世紀に入ると世界のビジネスシーンでもGAPの考え方が取り入れられるようになりました。これらと一体的に、またGAPをオーソライズするように「持続可能な開発目標」が世界の行動規範になったのです。
窒素は、地球環境にも人間の生存にもなくてはならない重要な元素ですが、同時に人の健康と生態系の健全性に大きな脅威をもたらしています。
窒素は、大気中の78%も占めているのですが、植物は根からしか吸収できませんし、動物はその植物を食べて窒素(反応性窒素)を吸収しています。
「ハーバー・ボッシュ法」で工業的に生成しているアンモニアは、世界で年間2億1000万トン(OECD2018年)です。このうち、肥料窒素9600万トン、農地での生物窒素固定6000万トン、燃料等の燃焼3000万トン、工業原料用窒素化合物2400万トンです。
この量は、自然の窒素固定総量(1億トン)よりも多いと言われています。地球上の年間窒素固定量は、産業革命以前に比べると2倍以上になっているということです。これが地球の限界を超えた窒素の実態です。
窒素による環境汚染は、大気汚染や水質汚染で地球温暖化や富栄養化等に深く関与しています。一酸化二窒素は強力な温室効果ガスであり、成層圏オゾンを破壊する物質です。窒素酸化物は大気汚染物質です。アンモニア態窒素は大気微小粒子(PM2.5)の原因物質であり、富栄養化に寄与します。硝酸態窒素は水質汚染や富栄養化に寄与します。
窒素利用が窒素汚染をもたらしています。
食料・飼料・燃料等の各種資源を輸入に頼る日本は、世界から反応性窒素を集め、最終的に環境にばらまいています。
農研機構を中心とした、人間活動と環境媒体を対象とした「窒素収支の研究」によれば、「日本国民一人当たりの全窒素廃棄量は年間41~48kgで、世界平均22~23kgの約2倍の多さです」。
日本の貿易収支による食料と飼料の正味輸入を加えた窒素の総投入量は、年間184~210万トンでした。これに対し、消費者への食料の供給量は、窒素換算で年間64~71万トンでした。日本の食料システムに投入された窒素のうち、目的通りに食料になった窒素は25%で、食料とならなかった窒素は75%だったということです。
食料システムでは、総投入量のうちの約3/4に相当する年間119~139万トンの窒素は、リサイクル(例:有機肥料や家畜飼料)に向けることが重要です。
日本で農地に散布されるリンの量は年間約40万トン、その内農作物の吸収は4万トン(約10%)に過ぎません。拡散(面)汚染源である圃場から広範囲に排出されたリンは、生態系のなかの底泥などに蓄積されていきます。
日本にはリン鉱石がないので全量輸入しているのですが、肥料として使用されたリンの大部分は有効に使われていないのです。底泥から長期にわたって少しずつ放出されるので、直ぐには水質が改善されません。
日本は酸性の火山灰土壌が多く、リンが吸着されて固定化されやすいため、リン肥料は多めに投入してきたといわれています。そうして土壌の余剰リンは何十年にもわたって水系の富栄養化を引き起こしています。
欧米では窒素に加えて、農地へのリンの投入を規制しています。しかし、日本には厳しい規制がなく、世界最高の余剰リンとなっています。日本49kg/ha( EU3kg、アメリカ2kg)
「地球の限界」説で「気候変動」は、窒素やリンのように不可逆的な限界は超えていませんが、「地球温暖化」は自然環境や人の暮らしに深刻な影響を及ぼす「気候危機」であると言われています。
大気中の「温室効果ガス(GHG)」の濃度を安定化させることを究極の目的とし、1995年から毎年「気候変動枠組条約締約国会議(COP)」が開催されています。2015年に採択された「パリ協定」は、全ての国が「温室効果ガス排出削減」等の気候変動の取組に参加する枠組みです。
「温室効果ガス(GHG)」排出量の4分の1は「農林業・土地利用部門」が占めています。
2010年の世界の人為起源GHG排出量は約490億トンCO2換算/年。その約4分の1(100億トン~120億トン/年)は農林・土地利用由来です。
主な温室効果ガス(Green House Gas)は、
*二酸化炭素(CO2):化石燃料の燃焼等
*メタン(CH4):稲作、家畜の消化管内発酵等
*一酸化二窒素(亜酸化窒素、N2O):農地の土壌・肥料、家畜排せつ物
*フロン類:冷蔵庫やエアコン等の冷媒等
世界の人為起源の温室効果ガス(GHG)の排出量割合は、二酸化炭素(化石燃料由来)65.2%、二酸化炭素(森林減少や土地利用変化等)10.8%、メタン15.8%、一酸化窒素6.2%、フロン類等2.0%です。
日本の人為起源の温室効果ガス(GHG)の排出量割合は、二酸化炭素91%、フロン4.1%、メタン2.3%、亜酸化窒素1.6%、その他、となっています。
温室効果の強さを、二酸化炭素(CO2)を1とした場合、メタン(CH4)は、約21倍に、一酸化二窒素(N2O)は約310倍になります。フロン類では、1000倍から数万倍まで様々です。
農地から発生する温室効果ガスの動向です。
「土壌炭素蓄積」:植物が光合成をして二酸化炭素を吸収し、その植物が土壌にすき込まれ、土壌中の微生物により分解されて二酸化炭素が大気に出ます(炭素の循環)。土壌炭素量を増加させるためには、・堆肥や緑肥などの有機物を土壌にすき込む量を増やしたり、・不耕起栽培など、土壌有機物の分解を遅くする管理が有効です。
「メタンの削減」:メタンは、水田の湛水で土壌が還元状態になると、メタン生成菌の働きによって発生します。新鮮な有機物が多く存在するほど発生量が多くなります。対策として、・中干しの期間を長くすること、・ワラを堆肥にしてすき込むこと、・ワラのすき込みを秋に行うこと、などでメタン発生を抑える効果があります。
「一酸化二窒素の削減」:・化学肥料や有機物として投入される窒素の量(肥料の無駄)を減らすこと、・肥効を良くするための局所施肥や分施を実施すること、・硝化抑制剤入り肥料の使用すること、などが効果的です。
「総合的にみる」:有機物の投入量を増やすと土壌炭素量が増加しますが、一酸化二窒素の発生を増加させる可能性がある、また、水田ではメタンの増加も考えられます、このようなトレードオフが考えられますから、上記3つの温室効果ガスを総合的にみて排出量を減らすことが重要です。また、農業機械の燃料などから発生する二酸化炭素も含めた総合評価も大事です。
参考:(独)農業環境技術研究所 農業環境インベントリーセンター 白戸康人
農林水産省では、農業と地球温暖化について、農地の土壌による温室効果ガスの排出形態を示しています。
メタンの発生源と排出量について、世界的には、牛などのゲップが24.0%と最も多く、次いで石油からの漏れ16.2%、天然ガスからの漏出15.3%などが多くなっています。
日本では、排出の総量は少ないのですが、その発生源では77%が農業分野です。
そのうち、稲作が43%、牛のゲップ27%、家畜排せつ物8%で、それは1990年から30年間、排出量はほぼ変わっていません。
2022/3
【GAPシンポジウム特集Ⅰ】
≪講演資料の解説≫
『日本GAP規範第2版』の刊行について
そもそも『GAP規範』とは何か
GAPという概念は、戦後の行き過ぎた農業近代化の反省によって生まれたものです。農業の近代化では、多量の化学肥料、多量の化学合成農薬が使用され、結果として著しい生産性の向上が見られた半面、水質汚染や生態系の破壊が大きな問題となってきました。このため、生産性を損なわずにいかに水質汚染を減らし、生態系を保護し、環境を守る本来あるべき農業の姿が、どうあるべきかということが欧米を中心に求められたことに端を発しています。
このような動きを踏まえ、イギリスでは大気と水、土壌の保護に関する適切な実践方法が示されるようになり、GAP規範として公開されました。1998年発行の水質保全の規範、土壌保全の規範、農薬適正使用の規範の3分冊です。その後、2009年に1冊の本として取りまとめられ、『イングランド版GAP規範(A Code of Good Agricultural Practice)』として出版されています。
GAP規範とGAP規準、GAP共通基盤ガイドライン
よく聞かれることに、グローバルGAP(GLOBALG.A.P.)などの農場認証で使われているGAP規準とGAP規範はどう違うのかというのがあります。また、国のガイドラインとどう違うのかという質問も良く受けます。
GAP規準はGAPが行われている農場であるかどうかを評価する尺度であり、国のGAP共通基盤ガイドライン(2022年3月8日に「国際水準GAPガイドライン」が公表され、これに置き換わる予定)は国内で推進されている様々なGAPの共通基盤として、法令等を基に農家に実践を奨励すべき取組みを体系的に取りまとめたものです。その関係は以下のスライドで示したとおりです。
『日本GAP規範』初版の発行
GAPの本来の考え方を広めるために、日本生産者GAP協会が『イングランド版GAP規範』を翻訳し、2010年に関心のある人に頒布致しました。当協会では『イングランド版GAP規範』を十分学んだうえで、日本における本来あるべき農業を日本の気候風土や農業の実態を踏まえ、協会内に各部門の専門家からなる適正農業規範委員会を設け、日本におけるGAP規範としてふさわしい内容を検討し、その結果を『日本GAP規範ver. 1.0』としてイングランド版GAP規範の翻訳本を頒布した翌年の2011年5月に発行しています。
『日本GAP規範第2版』の発行と第1版との違い
『日本GAP規範』は第1版から10年経過し、その間の農業を取り巻く状況の変化から、第2版を発行することになりました。第1版(Ver. 1)と第2版(Ver. 2)での違いを章立てでみると以下のようになります。
この対比表で赤色の章は新たに加えた章、緑色は内容が大幅に改定された章を示しています。主な変更は以下の通りです。
序章:GAPをめぐる世界の情勢は20年ごとに大きく変わってきており、2021年を境に現在は新たな第3ステージに入ってきています。この流れに日本におけるGAPが取り残されないようにしていくことが重要であることを指摘しています。
第2章:新しく追加された章で、農業の営みと自然環境とのつながりを多面的機能という面から紹介しています。農業を営むということは、こういった多面的機能を支えているという一面もあることを農業者自身が理解しておくとともに、国民にも広く知っていただきたいと思うところです。
第6章:この章も新しく追加された章で、一般的な耕種栽培では見られない特殊な栽培の管理を扱っています。例を挙げると、施設の土耕・養液栽培、かけ流しによる沢ワサビやセリの栽培、水中ポンプで根を掘り出す蓮田栽培、多量の施肥を伴う茶栽培、キノコ栽培、植物工場などで、それぞれに特別注意すべき点を記述しています。
第11章:この章では農業就業者の死亡事故発生率が建設業に比べ約3倍高くなっており、全産業部門の中でトップになっています。農業就業者の中でも、特に65歳以上の高齢者層では65歳未満の層より約3倍となっています。こうした危機感から、農作業事故のリスクを減らすために採るべき、農作業事故防止の基本事項についての解説を充実させています。また、人権確保や外国人材の雇用で注意すべきことを記述しています。
GAP規範のポイント解説
その他、シンポジウムの発表の中ではGAPを実践するにあたって、従来から言われていることも含め、基本的で重要なポイントについて解説をいたしました。主なものは以下の通りです。
① リスクレベルとリスク評価の考え方
② 適正な養分供給と有機物の施用効果
③ 地下水の硝酸性窒素による汚染と畑地、樹園地の関係
④ IPM(総合的病害虫・雑草管理)の実践
⑤ 施設土壌での水と肥料成分の動き
⑥ 家畜排せつ物の取扱い
⑦ アンモニア揮散の環境への影響
⑧ アニマルウェルフェア
⑨ 農薬保管庫
⑩ 廃棄物の最少化
⑪ 食品安全に係るリスク要因と主な被害
⑫ 農産物取扱施設のリスクマップ
日本生産者GAP協会が総力を挙げて出版した『日本GAP規範第2版』を一人でも多くの方が手に取ってGAPの指導・実践に役立てていただければと思います。
2022/3
【GAPシンポジウム特集Ⅰ】
≪総合討論Ⅰ≫
2021年度GAPシンポジウム総合討論
世界のGAPステージが第3段階に移行する中、オリパラ後の日本のGAP推進はどうあるべきか議論を深めました。また、農林水産省の新たな政策「みどりの食料システム戦略」を意識した「日本GAP規範第2版」と、その実現に向けた岐阜県のGAP政策、及びJAグループによる新たなGAP普及の取組みについて議論を発展させました。
『世界のGAPステージ3 持続可能な農業の国際戦略』
討論のまとめ【1-1】
◎「リモート参加者(140ha稲作)」
農業に関連する温室効果ガスが大変多いことや、日本のメタンの総排出量のうち稲作によるものが最も多いことなどに驚きました。少し前に、海外の小麦の生産農地だったと思いますが、炭素貯留の対策やカーボンクレジットが進んでいると耳にしました。炭素とメタンとの関係はどのような関係だと理解しておけばよろしいでしょうか。
●かなり専門的な質問なのでお答えできる正確な情報を持っていないのですが、一般的なGAPを進める範囲中でお答えしたいと思います。
有機物と温室効果ガスはトレードオフの関係
堆肥や緑肥などの有機物をすき込むことで土壌中への有機炭素の蓄積(炭素貯留)が進みます。しかし、水田の湛水で還元状態になると、メタン生成菌が有機物からメタンガスを発生させます。このように有機物と温室効果ガスがトレードオフの関係になりますので、温室効果ガス削減の対策は、各農場のGAPコントロールの中で総合的に対応することが必要です。
農業が関係する3つの温室効果ガス
問題が判明し対応策が明らかになっても、実際の「Good Practices」はなかなか難しいものです。さらに、農業由来の温暖化ガスには、二酸化炭素(CO2)とメタンガス(CH4)の他に一酸化二窒素(N2O)があります。講演資料にありますように、温室効果の強さは、メタンガスは二酸化炭素の21倍、一酸化二窒素は310倍にもなるといわれています。
温室効果ガス削減はGAPの課題
温室効果ガスの削減は、水稲農家にとってはGAPの課題ということになります。「日本GAP規範」を手元に置いていただいて、温室効果ガスに関する認識、そして自分の農場の管理上の問題を明らかにし、そこから解決のための課題と具体的な手順についてどのように(グッドプラクティス)すればよいのかを計画し、実際に取り組んでもらいたいと思います。「日本GAP規範第2版」には、施肥窒素の利用効率向上、土壌中有機物からの窒素発現、有機物のすき込みと腐熟等の実施項目が記述されています。
カーボンニュートラルとGAP
今やカーボンニュートラルは世界的な約束事になっています。また、わが国の新たな農業政策「みどりの食料システム戦略」の目標である持続可能な食料システムの前提条件になっています。
従って、温室効果ガスに深く関わっている農業分野では「カーボンクレジット」についても国の動向を注視しておかなければいけないと思います。それらの取引に関する具体的なことは、わが国では経済産業省などを中心に外国との交渉ならびに国内の企業に向けた対応等は当然あると思います。ただ現時点においては、そういったものの検討会をしているということはニュースなどで聞くのですが、確定的なものではないと思います。
討論のまとめ【1-2】
◎「リモート参加者(野菜卸売販売会社)」
販売先(小売企業等)からGAP認証を取得した農場の野菜を求められても、新規でJAに提案するにはあまりにも取り組むJAさんの費用負担、業務負担が多いことを知っているが故に、提案の仕方に悩んでおります。どのようにアプローチをしていくのがいいものでしょうか。
●この問題を解決することも、本日の GAP シンポジウムの重要なテーマです。
「岐阜清流GAP」は地域農業振興戦略としてGAP政策
午後の講演で岐阜県庁の方から報告して頂きました新たな取り組み「GH農場評価による「岐阜清流GAP制度」は、持続可能な農業の制約的な行政指導ではなく、また、単なる農場認証制度でもない、「農産物の販売促進」として、「消費者信頼を勝ち得る産地づくり」という最終目標に向けての「地域農業振興戦略」なのです。
そのために、少なくとも岐阜県の農業者の農場はグッドプラクティスつまりGAPであるという信頼を定着させるまで、組織構成員の各農家のGAPコントロールのレベルを向上させるということを目標にしています。
生産工程管理という単なるプロセス管理(の技術)ではなく、新たな農業の価値観に基づく総合的な食・農・環境の広がりを期待して、関連企業へのアプローチまで含めて取り組んでいます。こういう優良事例を参考にしていただいて、行政が関わる事によって農家負担を圧倒的に減らすことも含めて、全国各地でGAPを実現していただければと思います。
岐阜県庁の例は、たまたま出来上がったという訳ではありません。海外の多くの優良事例でも、その国(地域)の実態に合った形で取組まれています。「GH農場評価制度」は、それら世界の先進事例に学んだ地域農業振興のためのGAP教育システムです。
JAグループの適切な農場管理の指導システム
国内では、JAグループ全農の講演で結論を確認しましたように、全農が取り組んだこの3年間のGAP事業は、農業協同組合らしいしっかりとした営農指導の人材育成として実施されてきました。私も現場に立ち会わせていただいて、TACとかその他の営農指導員の一人でも多くの皆さんに、GH農場評価員になってもらうおうと現場でのトレーニング等を行いました。
そこでは産地(組織)の具体的な課題を見つけ、組織の方針を明らかのすることがとても重要です。ここで課題というのは、例えばGAPに取り組む農協事業のメリットを明らかにすることです。極端な言い方しますと、儲かっていない農協には誰も結集しなくなると思うのです、組合員が。農協にしっかりとした経済体制ができて、そうなればそこに組合員が集まって、力となり、それが分配に繋がっていくということであればいいわけです。
当然、先ほどの講演を聞いて「結局、全農ってソコ狙い、なんだね」と、思った人たちが多いかもしれません。だけどソコを狙わなかったら、自己の経済持続性を抜きにした環境戦略のためだけにGAPがあるなんて言っていたとしたらそれはGAP実践者としての勘違いです。環境保全に役立って社会貢献して農業の社会的責任が果たせているという消費者アピールだけで、現実というもの、利潤というものは「裏」で考えるもの、などでは決してないのですから。本来の農業が、本来の姿として果たすべき役割としてのGAPですから、環境、経済、社会のバランスが取れて初めて農業の持続可能性が可能になります。
そこに農業者がいて主体的に農業を営む限り、自治体としての取組みも、協同組合としての取組みも、それぞれの実態に合わせたGAP指導が存在します。両者を日本の優良事例として支え、共に学んでいただきたいと思います。
2022/3
家族農業のためのGAP(適正農業管理)
国際連合食糧農業機関(FAO)のGAPガイドライン紹介(2)
第Ⅲ章1.2.3.
Ⅲ.適正農業管理はどのように実施するのか?
1.男性と女性労働者の労働条件をどのように改善できるのか?
2.播種に最適な場所はどこか?
3.土壌はどのように準備すべきか?
2022/3
GAP Q&A
~ドラム缶での軽油保管について~
株式会社AGIC 事業部
Q:
(1)軽油等の燃料保管に関して、消防法における届出数量の考え方は、容器の容量か、それとも実際の保管量か。
(2)実際のケースでのGH評価判定について:
軽油をドラム缶で保管しており、給油業者がローリーにて給油していくが、給油量を最大180Lまでとし、それ以上は給油させていない。保管場所は、農産物取扱い施設と兼用しているが、燃料を置く場場所は施設の端であり、農産物を取り扱うとエリアからは離れている。施設の間口、奥行きともに充分な広さ、面積がある。入口向かって左に、仕切りはないが、軽油ドラム缶、農産物とは関係のない掃除道具、ゴミなどが区分され保管されている。農産物の選果作業は奥で行われ、コンテナで持ち込み、選別・包装される。施設の床面は、コンクリート打ちでしみこまない構造、出入り口にはシャッターがある。漏出防止の布はあるが、防油堤はない。この場合の評価をご教授ください。
A:
(1)法令等の文書には明確には記述が見当たらないので、弊社事務所の所在地のつくば市の消防署に問い合わせてみたところ、やはり法令や条例には明記していないそうです。つくば市の消防署からは、個別に相談してくださいとのことでした。200Lドラム缶であれば、実際には満タンの200L入れるよりも200L弱となることの方が現実的なので、もし消防署に相談した場合でも180Lまでで運用するという説明が認められる可能性があると思います。ただ、そもそも200L未満の場合は届け出が不要であり相談に行く必要がないので、自主判断になると思います。
(2) (1)の通り、180Lでの運用の信ぴょう性があれば、法令上の義務はないと判断し、防油堤の必要性については、保管場所で漏出した際の地下への影響(これはコンクリート床でOK)と水系へ流出するリスクで判断してください。倉庫のすぐそばに河川等へ繋がる排水路等がなければ、防油堤がなくても問題ありません。
2022/3
セミナー受講者の修了レポート(感想や考察)の紹介
株式会社AGIC 事業部
①「農業者のためのHACCPセミナー」
受講者 JA営農指導員
当JAではJAが運営する農場においてGLOBALGAP個別認証を取得し、今後は取得した農場をモデルとして品目部会で団体認証取得を目指していく方向で進んでいます。団体認証取得に際して、内部検査員の要件としてCodex規格に基づくHACCP研修の修了が要件となっているためこのセミナーに参加しました。
Webでの参加となり、慣れない環境下での受講で疲れましたが、参考になる面が多くありました。今まで営農指導として農場に接する場合では、農産物出荷に際しての残留農薬のリスク(作物に対する農薬登録の有無や登録倍数、収穫前日数、使用回数)やドリフト対策についての指導は行って来ていました。しかしながら、今回のセミナーで行ったハザード分析の演習を通して学習した事で、取引相手(今回の想定は漬物会社)が原料となる農産物へのハザードリスクは、私が今まで想定していた以上に求められてくるという事や、ニーズに合った農産物を出荷していくためには、今後、益々GAP実践・認証が必要になってくるのではないかということを感じました。また、実習では、私自身はあまり発言せず申し訳なかったですが、多人数で話し合うことで「三人寄れば文殊の知恵」ではありませんが、自分一人では思いつかなかった事も出てくると実感しました。今後は、農業者も「農産物という食品」を生産・出荷する「食品事業者」であるという事を生産者へも伝え、そのために必要なリスク管理の必要性についても指導していきたいと考えます。
②「指導者向けGAPセミナー」
受講者 県普及指導員
冒頭にあったように、GAP=食品を生産する者、農地を使って事業を行う者としての最低限の取組みであるという点が、今回の研修でよく理解でき、県職員として改めて農産物の生産現場に当たり前に定着させる必要があると感じました。しかし、やって当たり前である取組みであるが、生産者側にはいまだにGAPは追加でやること、メリットがないとやる意義がないものという意識が強いように感じており、この意識のギャップをどのように埋めていくべきか、行政側に課題を認識しました。
この課題に対して、GAPとは産地全体で取り組むことに意義があり、個々の農家の取組み以上に、生産者組織をマネジメントするJA等の出荷団体の管理体制が問われることをヒントに、農家よりもまずは出荷団体を対象とした意識改革と指導に重点をおくべきではないかと考えました。
また今回の研修で「農業者=食品事業者」であることに改めて気づかされたとともに、演習の際のニラの出荷調製機器の汚れに対して違和感を感じなかったことを大変反省しました。今後は、農業=食品事業者という意識を忘れずに農業者や出荷団体の指導に当たりたいと思います。
今年、初めてGAPの指導に立ち合い、どのように指導すべきか悩んでしましたが、客観的な視点での評価(GH農場評価)を通じて、「どこに問題がるのか」「なぜ問題なのか」「どの程度問題なのか」を投げかけながら、農業者や出荷団体が自らリスクに気が付き、コントロールできるように指導することが重要だと理解しました。
2022/3
株式会社Citrusの農場経営実践(連載42回)
~経営改善計画実行~
佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役
これからのCitrus運営をどうしていくのかと、過去10年間の問題点を整理し社員らと経営改善目標を立てた。最大の課題は、管理している柑橘園の老木化と優良品種へ更新の遅れであるということになり、今年、思い切って優良品種への更新にふみきった。先ずは現行での人気品種の「ゆら早生」への転換を進めた。近年、ハッサクの売れ行きが伸び悩み販売に苦慮していることから、このハッサク園をゆら早生園に更新した。品種更新と言葉では簡単だが、樹齢40年の大木の伐採作業は容易ではない。それに果樹類は、一年生作物とは違い更新しても5年間程度は経営が成り立つ収益があがらない。しかし、ここにきて更新以外に将来の生産量と品質をあげる手段がないと社員らが判断し更新意欲が高まったので会社として決断した。
品種更新する計画面積と同程度の30アールのみかん園を新たに借受して管理することにした。それにより伐採による減収はある程度カバー出来るめどは立った。しかし、幼木を成園化するための管理作業がこれまでの労働時間にプラスされることになる。そこで、省力化できる作業を見出し、苗木管理に労力を回すことにした。結果はどう出るかはわからないが今年は軽めの剪定とし作業時間を短縮し、更新作業にあてた。軽めの剪定は他にも理由があり本年度の我が社のみかん樹の生理的な要因からも判断できたので決断ははやかった。
みかんからみかんへの更新は簡単だったが、ハッサクの伐採と抜根処理には重機が必要で、グループ会社の株式会社みかんの会から作業応援してもらった。抜根に使うパワーショベルと抜根株の運搬のためのトラックを業者からレンタルした。また、伐採した樹をチップ化するためにチッパーをJAでレンタルした。
パワーショベルの運転技能資格(小型車両系建設機械 3トン未満)は社員全員が取得しているので操作はできたが、実務経験が浅いことから作業能率はあがらなかった。応援してもらったみかん会のメンバーにパワーショベル運転技術がプロ並の腕の持ち主がいたので、なんとかレンタル期間中に作業をおわらせることができた。現在は、伐採した樹は焼却処分できないので品種更新作業のネックとなっている。
伐採後はトラクターで整地後、一年生苗木200本を定植した。一般的には二年生の苗木を100本定植するが、citrusでは早期成園化技術として定植三年後にある程度の収穫量確保を見込んでいる。また、ゆら早生の特徴として樹勢が弱いので一年生苗木を定植することで直根を増やすことができるとされている。今年更新作業をこなしてきたことで自信が付いたので、来年は三倍の面積の更新計画を立て、苗木を注文した。
5月に入り、改段畑の石垣の崩れの恐れがある部分の修復作業をしたいというので、やらせてみた・著者自身は石垣積みの技術も経験もないが、社員の東山は石垣積みの本を参考に見事に修復した。今、有田と隣町の下津一帯の石垣みかん園システムを世界農業遺産登録に向け進めているが、若い社員がその石垣を守るための技術継承ができたような気がした。
2022/3