-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

GAP普及ニュース 68号

年頭のご挨拶

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

令和4年の新春のお喜びを申し上げます。

  正体のわからない新型コロナウイルスに翻弄され続けて2年が経過してもなお、その収束の見通しはついていませんが、農村地域の日常には人々のマスク姿以外の変化は特に見受けることもなく普通に暮らしています。新年を迎え、改めて暮らしの重みを感じています。

 人類は、これまでも感染症のパンデミックと戦ってきたようです。感染症の多くは野生動物との接触が源だと言われていますが、人間が森林伐採などの大規模な自然開発を続けることで、野生動植物の生態系を破壊し続けている限り、新しい感染症が流行するリスクは減少しないでしょう。持続可能な開発目標SDGsに向けた各国の目標は相変わらず経済成長に偏っているように思え、地球の循環システムを元に戻すことが困難になりはしないかと心配になります。窒素やリンが「地球の限界」と言われる不安定な領域を超えてしまった今、生産現場の足元からスタートしたGAP(適正農業管理)の理念で具体的な行動を起こすことが最も重要です。

 そのためには、経済成長に偏った日本のGAP解釈を改め、欧州における本来のGAPに学ぶことが必要です。マスコミも含めた多くが、農場保証(Farm Assurance)のための認証(Certification)制度、いわゆる「GAP認証をGAPと称している」ために本来のGAPが理解されていません。欧州では1980年代から「農業由来の環境汚染や公衆衛生上の危害を減らして、持続的な農業を目指すための行動規範(Code of Good Agricultural Practices)」に基づいて環境保全型農業が推進されてきました。GAP推進で周回遅れとなっている日本は、改めて適正農業規範(Code of GAP)を意識することで、EUの「Farm to Fork戦略」や、日本の「みどりの食料システム戦略」の本質を考えていくべきです。

 日本生産者GAP協会はGAPの概念を広め、生産現場への普及とそのための指導者育成に邁進していきます。本年もどうぞよろしくお願いします。

2022/1


《巻頭言》GAPで周回遅れの日本農業の生残りを考える
世界のGAPステージ3に日本が取り組むためには

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)とGAPとの関係

 地球の循環システムを維持できなくなる不可逆的な限界点を定量化した「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)2015」の指針では、「窒素」と「リン」が、地球上で人間が安全に生存できる限界を超えてしまったと紹介されています[図1]。

 窒素とリンは農業(生物)にとって必須の元素ですが、生物が必要とする以上に使用すると環境中に流出することになり、さまざまな環境問題を引き起こします。窒素は環境中の変化で一酸化二窒素(N2O)を排出して温暖化を引き起こし、河川・湖沼に硝酸性窒素として流れ出して富栄養化や貧酸素水塊をつくってしまいます。また、土壌汚染や大気汚染につながる物質も出すため、生物多様性にも影響を与えてしまいます。これらに対処することがGAPであり、GAP理念そのものです。

【図1】プラネタリー・バウンダリー(地球限界)

持続可能な開発目標SDGsとGAPとの関係

 プラネタリー・バウンダリーの理論は、2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標SDGs(Sustainable Development Goals)」にも影響を与えたと言われています。2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標として、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことに、わが国の政府も「SDGs履行に関する自発的国家レビュー、2021」を発表するなど、積極的に取り組んでいます。

 地球環境に関する様々な研究やそれらに基づく多くの社会活動によって、2020年代に入った現在、世界の行動規範は、持続可能性への取組みへと大きく変化しています。ビジネスの世界でもSDGsは必須となったようで、大手企業が実施する大規模プロジェクトだけでなく、身近な企業や生活環境においても取り組みに注目が集まっています。

 ところで、農業分野では、SDGsに先駆けて1980年代から、欧州でGAP概念が誕生しました。行政が持続可能な農業の達成目標を定め、行動規範(GAP規範)を策定し、補助金政策を使って推進することで、多くの農業者は適正農業規範(GAP規範)を遵守し、持続可能な農業を実施してきました。

【図2】 SDGs 17のゴール

GAPはSDGs(持続可能な開発目標)そのもの

GAP規範で示されている目標、例えば「窒素やリンを削減しましょう」などは、SDGsの中には書かれていません。プラネタリー・バウンダリーの理論によれば、窒素とリンは、すでに人間が安全に生存できる限界を超えてしまったのだから、今さら取り組んでも地球の持続性は保たれないとでもいうのでしょうか。

 そうではなく、窒素やリンの削減という目標は、その他のすべて(17)の目標に間接的に関連していると考えれば辻褄が合います。窒素やリンの削減というGAPの目標が達成されずに、地球環境の高リスクな状態が続いていることになると、地球循環の基盤が破綻するということですから、持続可能な開発目標SDGs自体が意味のないものになってしまうからです。

 従って、窒素やリンの循環を持続可能な範囲に収めるには、肥料投入量の最適化、耕起や潅漑といった管理方法の改善など、農業分野でのGAPが絶対的に必要なのです。

世界のGAPステージ1・2・3の特徴

 20世紀後半からの農業の近代化は農産物生産の飛躍的発展をもたらしましたが、反面、農業による自然破壊や資源枯渇および衛生リスクの増大など、「負の外部経済効果(外部不経済:市場を通して行われる経済活動の外側で発生する不利益)」が発生しました。これらを回復することを目的に、欧州を中心に1980年代に「GAP(適正農業管理)」という新たな農業の価値観が生み出されたのです。

 外部不経済を起こさないための行為(Good Practices)を特定して行動規範(Code of Practice)としたのが、適正農業規範(Code of Good Agricultural Practice)(GAP規範)です。GAP規範を示すことで持続可能な農業を奨励してきた政策の時代(1981年~2000年)が「GAPステージ1」、農産物のグローバルなサプライチェーンが取引先の農場が信頼できる(GAPである)かどうかを農場監査で証明した時代(2001年から2020年)が「GAPステージ2」です[表1]。

 2021年から始まった「GAPステージ3」の特徴は、EU共通農業政策「欧州グリ-ンディール」の中心課題である「ファーム・トゥ・フォーク戦略(Farm to Fork Strategy:F2F戦略)」によって特徴づけられます。

 EUは、F2F戦略の中で2030年までの具体的な数値目標として、
 ①農薬の使用及びリスクを50%減少させる。
 ②肥料の使用を少なくとも20%減少させる。
 ③家畜及び養殖に使用される抗菌剤販売量を50%減少させる。
 ④有機農業を少なくとも農地面積の25%まで引き上げる、等を掲げています。

 そして、これらのEU規則を世界標準にすることで、貿易交渉を通じて相手国にそのルールを輸出することを狙っていると言われています。

【表1】 世界のGAPステージ
GAPステージ ステージ1
GAP概念の誕生
ステージ2
農場保証の監査
ステージ3
覇権的食料システム
年代 1981-2000 2001-2020 2021-2040
特徴 自然資源への汚染をなくす人と環境にやさしい農業(GAP規範) グローバル経済で必要な農場の安全保証(GAP認証) 環境に優しく公平で健康的な食料システム(国際戦略としての農業規範)
GAPの意味 「政策としての環境保全型農業」。GAPは「持続可能な農業のための適正農業管理」である 「流通ビジネスとしての農場認証監査」。GAPがグローバルなサプライチェーンの農場監査の要件になった 「国際戦略としての持続可能な農業」。生産性向上と自然生態系保全を両立させる農業を貿易の条件とする
欧州の
政策
価格支持から環境支払へ
硝酸塩指令
植物保護指令
適正農業規範(GAP規範)
直接支払、デカップリング
包括的衛生規則(HACCP義務化)(Traceability)含輸入品・EU民間農産物認証システムの国際標準化
ファーム・トゥ・フォーク戦略、化学肥料・農薬・抗生剤の大幅削減
EU持続可能な食料システムの国際標準化
2030年までの具体的な数値目標
①、②、③、④
日本の
取組み
特別栽培農産物表示
食料・農業・農村基本法
食品安全GAP(ジーエーピー)
有機農業推進法
日本型直接支払制度
東京五輪GAP認証調達
・HACCP制度化
・みどりの食料システム戦略
2050年までのKPI ①、②、③、④

GAPやGAP認証は、単なる形ではなく本質的な内容を欧州から学ぶべき

 世界のGAPステージ [表1]から見える日本農業のGAP不振の最大の原因は、端的に言うと、「日本の農業は、GAPステージ1を経ていない」からです。その結果日本には、「GAPは持続可能な農業を推進するための主体的取組みという政策である」という概念が根付いていません。あるのはGAPではなく、民間企業が行う農場評価(GAP認証)に関する対策ばかりです。

 そして、皮肉なことに世界のGAPステージ2の農場保証制度(GAP認証)自体が、日本の農産物流通業界には定着していません。一部の大手企業を除くと、「GAP認証は農業の社会的責任の説明である」という位置づけが農産物サプライヤー企業に浸透していないのです。

 国境や社会の枠組みを超えて一体化されるグローバル化は、欧米主導によるものが多く、それらに倣うためにいち早く制度やシステムを導入することが行われてきましたが、自然環境や人間社会のあり様が深く関係する事柄に関しては倣う(導入する)側の様々な課題の解決が必要になります。GAPやGAP認証は、日本農業特有の自然的・社会的環境の問題、経営体の問題やそれに伴う農産物流通上の問題、および輸入農産物が圧倒的に多い我が国の食料産業の事情などが深く関わっているものと思われます。世界的な食料、農業、環境に対する価値観の変化やそれに伴う社会制度の変化に対して、形だけ真似て内容が伴わない国際化、ではなく、事柄の本質を理解して、新しい価値観が目指す内容(形ではなく)を、社会的に実現していくという姿勢が必要です。

 特に、農業生産段階の、マーケットにおける信頼性を確保するための「農場評価制度」は、既存のGAP認証に限らず、日本の実情にふさわしい形で構築しなければなりません。世界のGAPステージから周回遅れの日本農業のこれからの生残りを考えると、形だけの欧米化ではない、日本の実情を考慮した「生産者と消費者とを結ぶ信頼の懸け橋」としての農場評価制度を築いて行くことが必要です。世界のGAPステージで成立しなかった日本の農産物流通社会においては、「マーケットにおける信頼性を確保するため」の「新たな農場評価制度」の創造と考えたほうが良いでしょう。

2022/1


GAPの視点で 「ファーム to フォーク戦略」を読む
(その1) 日本の「みどりの食料システム戦略」は20年遅れ

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

「F2F戦略を読む」では、欧州委員会のWebサイトを参照しています。(https://ec.europa.eu/info/index_en)

世界のGAPステージ3は「生産性向上と持続性維持の両立」が目標

 我が国政府は2021年6月にSDGs達成に向けた「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に対する自発的国家的レビュー(VNR)をまとめ、2050年にカーボンニュートラルの実現を目指すと発表しました。同時(2021年5月)に、農林水産業の分野の生産力向上と持続性の両立を実現するために「みどりの食料システム戦略」がまとめられました。戦略では、関係者の行動変容とイノベーションが必要だとして2050年までに目指すべき姿と取組み方向を打ち出しています。そのうち、GAPに直接的に関係すると思われるKPI(重要業績評価指標)の主のものは[表1-1]の通りです。

表1-1 「みどりの食料システム戦略」のGAPに関連する重要業績評価指標(KPI)
化学農薬2050年までに、化学農薬使用量(リスク換算)の50% 低減を目指す。
化学肥料2050年までに、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量の30%低減を目指す。
園芸施設2050年までに、化石燃料を使用しない施設への完全移行を目指す。
有機農業2050年までに、耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を25%(100万ha)に拡大することを目指す。

註:「みどりの食料システム戦略 食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現」から抜粋

 この「みどりの食料システム戦略」で、日本の農業がGAPで目指すべき姿と取組み方向は、EU委員会が2020年5月20日に発表した「Farm to Fork Strategy」でEUが目指すべき姿と同じ内容であり[表1-2]、大変意欲的な目標になっています。

 しかし、日本の目標達成の時期は2050年となっているので、EUの目標年度2030年からすると、日本の戦略はEUから20年遅れた計画であり、「世界のGAPステージ3」としては実効性のない計画です。

表1-2 EUの「Farm to Fork Strategy」のGAPに関連する重要業績評価指標(KPI)
化学農薬・2030年までに、化学農薬の使用量とリスクの50%削減を目指す。
・2030年までに、より有害性の高い農薬の使用量を50%削減する。
化学肥料・2030年までに、養分損失を少なくとも50%削減を目指す。
・2030年までに、肥料の使用量を少なくとも20%削減する。
抗菌性物質・2030年までに、家畜と水産養殖業の抗菌性物質販売量を50%削減を目指す。
有機農業・2030年までに、全農地の少なくとも25%を有機農業とするため開発を促進する。

世界のGAPステージ3は、EUの「Farm to Fork Strategy」がリードする

 「みどりの食料システム戦略」のGAPにかかる目標年が2050年であっても、日本の関係者からは「EUのコピー」、「有機に無理がある」、「戦略に中身がない」などの困惑の声があります。

 それでも大切なことは、世界の潮流として、地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)が意識され、また、世界の国々の安定と繁栄の脅威と言われる気候変動に対して、持続可能な社会づくりは待ったなしだということです。中でも地球環境問題に大きな影響をもたらす農業分野において、持続可能性への取組み(GAP)は喫緊の課題です。従って世界で同時に取り組まなければならないGAP(持続可能な農業)に、日本として積極的に取り組もうと作成された「みどりの食料システム戦略」ですが、日本のGAPは、世界のステージから周回遅れだから、次期計画でも無理のないように達成時期を延期する、そのため世界の潮流から遅れているがそれでも無理、ということだとすれば、日本の農業の信頼は破綻してしまいます。

 「できるか、できないか」の議論ではなく、「何が問題なのか、なぜ問題なのか」を議論し、「どうすればできるのか」の検討が必要です。そもそも日本農業のGAP不振の最大の原因は、端的に言うと、「日本の農業は、世界のGAPステージ1を経ていないから」です。その結果日本には、「GAPは持続可能な農業の主体的取組みの政策である」という概念がありません。また、「GAP認証は農業の社会的責任の説明である」という概念が農産物サプライヤー企業に浸透していないこともあります。こうして周回遅れとなった日本のGAP普及を、次の世代のステージ3で挽回するためには、EUの「Farm to Fork Strategy」を結論ありきのコピーで日本版を作成するのではなく、EU農業のどこが問題で、それがなぜ問題と認識されたのか、さらには、計画作成の過程など、戦略の形だけではなく、その内容を探ることで、世界が目標とする持続性の結果を出すために、日本はどうすれば良いのか、を導き出すことが重要なのだと思います。

 そのためには、EUが発表している各種の資料などをよく読んでみることから始めたいと思います。

2022/1


GAPの視点で 「ファーム to フォーク戦略」を読む
(その2) ファーム to フォーク戦略は「持続可能な食糧システムを生産から消費まで」

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

EUの将来を決定する「EUグリーンディール政策」の中核的な戦略

 EU委員会が発表した「Farm to Fork Strategy」は、その名の通り、EUの今後の食品行政の大きな方向性を示したものです。この戦略は、2019年12月に発表された「EUグリーンディール政策」の中身を食品産業の分野に関してより具体化したもので、この政策の中核を成す戦略だと言われています。

 また、国連の持続可能な開発目標SDGsを達成するための欧州委員会のアジェンダの中心でもあります。さらに、「環境保護」、「持続可能性」などの価値を重視してきたEUの食料・農業・農村行政のポジションをさらに明確にして今後の対応を加速化するものでもあります

持続可能な地球の課題と人間の暮らしまでを総合的に変革する

 欧米では、1990年代から、「farm to Table (農場から食卓へ)」という言葉がよく使われ、それは農場からレストランまたは消費者に直接農産物が届けられる取引関係を意味していたと思うのですが、別の意味でこの言葉が使われることが多くなりました。ディストリビューターが産地業者を通じて購入した農産物を、小売業者やレストランへの流通段階でトレーサビリティを保証するサプライチェーンを確立するビジネスモデルで「farm to Table (農場から食卓へ)」が盛んに使われたのです。

 今回のEU戦略で、あえて「Farm to Fork」にしたのは、筆者の個人的な意見ですが、国家や人間の安全保障にとって脅威となる課題を解決するための食料・農業・農村戦略としては、単なる産業論ではなく社会学的な意味、或いは哲学的な意味合いで「to Fork」にしたのではないかと思います。料理が乗る食卓のテーブルまではビジネスが関わりますが、フォークは人が食品を口に運ぶという暮らしの分野です。

 「Farm to Fork」に関するEUのWebサイトを見ると、「現在の食品モデルは人々の健康にも有害な影響を及ぼし、欧州の成人の50%以上が太り過ぎている」という表現が目につきます。また、SDGsが強調する「だれ一人残さない」という表現も、これまでの産業論では中心にはならなかった課題が、戦略論に目立って現れてきます。「今日の人々と明日の世代のために健康的で手頃な価格の食品が利用できるようにする」ことを保証するために生産と消費の方法を変革するとも言っています。

 食品に関して、安全性を優先的に取り戻す一方で「Farm to Fork Strategy」の主な目標として以下の項目を掲げています。

  1. 地球の限界内で、十分で手頃な価格で栄養価の高い食糧を確保する
  2. 農薬や肥料の使用と抗菌薬の販売を半減させる
  3. 有機農業に費やされる土地の量を増やす
  4. より持続可能な食糧消費と健康的な食事を促進する
  5. 食品の損失と廃棄物を削減する
  6. サプライチェーンにおける食品偽装との闘い
  7. アニマルウェルフェア(動物福祉)を向上させる

*上記の内GAPに直接的に関係する項目は 1) 2) 3) 7)

 この戦略を推進する上で、有機農業、栄養と持続可能な食品表示、食品廃棄物に関する立法案を予定していると言っています。また、これらによる環境に優しい食品システムへの移行は、アグリフード事業者の収益にプラスの影響を与える新しいビジネスチャンスを生み出しますとも言っています。

食品システムを公正で健康的で環境に優しいものに移行する

 食品システムは、持続可能な仕組みになっていなければ、COVID-19パンデミックなどの危機に対して社会と人々が回復力を持つことができません。従って、農産物・食品に関わるすべての関係者、特に一次生産者が公正な経済的見返りが得られる食品システムを再設計する必要があります。

 世界の温室効果ガス排出量の3分の1近くを占め、大量の天然資源を消費し、生物多様性の損失と健康への悪影響 (栄養不足と過剰栄養の両方による損害) を引き起こす食品システムを持続可能な体制へと変革する必要があります。

 私たちの食品システムを持続可能な体制にすることは、食品バリューチェーンのオペレーターにとっても新たな機会をもたらします。新しい技術と科学的発見は、国民の意識の高まりと持続可能な食品に対する需要を組み合わせることで、すべての利害関係者に利益をもたらします。

EU共通農業政策(CAP)との整合性

 より持続可能な食品システムは、欧州の自然と生物多様性を保護するのにも役立ちます。「Farm to Fork Strategy」は、2030年のEU「生物多様性戦略」と一致しており、2つの提案は補完的に提示されています。自然を守り、気候変動と闘いながら、より持続可能な農業慣行を発展させることによって農業を近代化することは、EU共通農業政策(CAP)改革の重要な目的の一つです。したがって、CAPは「Farm to Fork Strategy」とその目標に強く絡み合っています。

  1. 2050年までにEUの気候中立性(温室効果ガスの排出=ゼロ)[註]に貢献しながら、十分で手頃な価格の食品
  2. 一次生産者に対する公正な収入と強力な支援
  3. 世界レベルでのEU農業の競争力
  4. 食料安全保障、栄養、公衆衛生を確保

Farm to Fork Strategy
・持続可能な食料生産
・持続可能な食品加工と流通
・持続可能な食料消費
・食品ロスと廃棄物の防止

 この戦略は、規制と非規制の両方の取組みを定めており、共通の農業および漁業政策は、正当な移行をサポートするための重要なツールとして機能します。

  [註] 日本では、気候変動対策として「2050年カーボン ニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを首相が国会(2020年10月)で表明しているが、EUは、「欧州グリーンディール(2019年12月)」で、「2050年までに、EUが世界で初めて『気候中立な大陸(Climate-neutral Continent)』になる」という目標を掲げています。

  「カーボン ニュートラル(炭素中立)」は二酸化炭素などのカーボンに焦点を当てているが、「クライメイト ニュートラル(気候中立)」は、二酸化炭素だけでなく、メタンや一酸化窒素(N2O)など、すべての温室効果ガスを対象としています。

2022/1


家族農業のためのGAP(適正農業管理)
国際連合食糧農業機関(FAO)のGAPガイドライン 紹介(1)

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

 1980年代に欧州でGAP概念が誕生して、「自然資源への汚染をなくす環境と人にやさしい農業(GAP)」が推進された「GAPステージ1」の時代から、グローバル化で世界中の農産物が先進諸国に輸出される2000年代になると、欧州の食品企業は、農産物の輸出国に欧州の適正農業規範(Co-GAP)と食品衛生管理基準(HACCP)の遵守を要求し、欧州に輸出する生産者農場の監査を義務付けました(GAPステージ2)。農産物の国際取引条件を欧州農業者と公平にということです。

出典

 日本では1999年からイギリスにリンゴを輸出していた青森県の「片山りんご」が2002年に認証取得を要求され、2004年にEUREPGAPというGAP認証を取得しました。この動きは、欧州と北米・中南米、アフリカ、オセアニアの農産物輸出国で2010年までに定着しました。各国政府が輸出対策として積極的に取組んだ結果ですが、中南米やアフリカ等では、国連食糧農業機関(FAO)が農業振興の立場から指導的に関わったようです。

 世界のこのような動きに対して、安全な農産物取引を強く意識した「食品安全GAP(ジーエーピー)」と称する認証制度で始まった日本のGAP対策では、GAPで最も肝心な「自然環境の持続可能性」や「統合的農業システム」の推進がおろそかにされてきました。「GAPステージ1」の時代体験がなかったことが大きな要因です。

 20年前に、世界中の農家が戸惑いながらもGAPステージに立てたGAP教育の教科書を改めて確認することが、今の日本に必要です。

目次

ガイドライン表紙

序章

 このマニュアルは、ラテンアメリカ・カリブ海FAO地域事務所の農業班によって作成されました。
 この作業の目的は、適正農業管理(GAP)の基本概念を広め、生産システムを持続可能な農業と生態学的に安全なものに導くこと、そして、より高品質で無害な農産物を生産し、市場へのアクセスを通じて食料安全保障に貢献することで収入を産み出すことです。そして、生産者とその家族の労働条件を改善します。

 このマニュアルは、農業技術者と普及員、生産者組織、農村部の学校教師と学生、都市部および都市近郊の市民、個々の家族農業グループ全般を対象としています。

Ⅰ.適正農業管理(GAP)とは何ですか?

GAPの本質

●消費者は、安全な食品の入手と、環境の持続性や労働者の健康に配慮した農業に、これまで以上に関心を持っています。
●適正農業管理は上記の文脈で生まれ、単純に、当たり前の農業を行い、そのことを保証すること、と定義できます。
●GAP(Good Agricultural Practices)とGMP(Good Manufacturing Practices)は、生産、加工、食品の輸送に適用される一連の原則、規則、および技術的な推奨事項であり、人間の健康管理、環境保護、労働条件とその家族の改善に対応しています。

GAPの恩恵を受けるのは誰か?

●ヘルシーで高品質、栄養豊富な食品を生産し、より良い方法で市場にアクセスするため農産物に付加価値を生み出す農家とその家族。
●持続可能な生産で、より良い安全な品質の食品を楽しむことができる消費者。
●より良い環境から様々な恩恵を受ける一般の住人。

GAPの効能(もたらすもの)は何か?

Ⅱ.なぜ適正農業管理(GAP)を行わなければならないのか?

2022/1


GAP Q&A
~土・泥付き野菜衛生管理~

株式会社AGIC 事業部


Q:
 当県GAP認証制度に取組む申請者(既に別品目で取得済)より「泥ネギも対象になるか」という質問がありました。農業高校の取組みで、販売先は校内の職員向けです。土壌が直接、消費者の手元にわたる事を気にされていました。出荷調製の工程としては、収穫後に腐敗部の除去など簡易な選別を行い、束ねる程度が想定されます。
農場における工程・対応としては、
 ・除去した廃棄分の管理
 ・選別基準のマニュアル化
 ・土壌は必要最小限となるようはたく
 ・異物混入対策
 ・皮むき分の出荷があるならばロット混入しないような対策
 などにより、問題なければ良いと判断できると個人的には考えます。(消費者個人が、泥付きであれば、通常は皮むきや洗浄を行い、生で食べることはないと想定しての話ですが。)
 当県GAP基準の中では、土壌の安全性に関連している点としては、「ほ場及び隣接地が過去に汚染(廃棄物の不法投棄など)されていないか確認している。また、リスクに応じた対応をしている。」という項目があります。
 土壌の安全性については他の基準と併せて、
 ・過去の圃場の利用状況の確認ができているか
 ・近隣や周辺に廃棄物投棄や工場からの排液などの影響がないか
 ・公的な文書として、県で実施する土壌中Cd濃度のモニタリング結果を入手し、地域的に問題がないか確認しているか
 ・土壌消毒や家畜ふん堆肥を使用する場合に適切な管理を行っているか
などが、確認できれば、問題ないと判断できるでしょうか。
 泥付き野菜で消費者や実需者への注意喚起として何かアピールするなど、優良事例をご存知でしたらご教示いたただけると幸いです。


A:
 土・泥付き野菜について、これまで特に問題視されたことがなかったと記憶しております。そのため、特段の注意喚起やアピールという手段についても検討していませんでした。

質問者の以下の項目に関して、
> 土壌の安全性については他の基準と併せて
> ・過去の圃場の利用状況の確認ができているか
> ・近隣や周辺に廃棄物投棄や工場からの排液などの影響がないか
> ・公的な文書として、県で実施する土壌中Cd濃度のモニタリング
>  結果を入手し、地域的に問題がないか確認しているか
> ・土壌消毒や家畜ふん堆肥を使用する場合に適切な管理を行っているか
> などが、確認できれば、問題ないと判断できるでしょうか。
→ 科学的・理論的には、仰る通りでリスクが低減できていると思います。

 コーデックスの食品安全原則で規定される一般衛生管理プログラムには、「消費者教育」が含まれます。消費者が製品表示の情報に基づくことで食品衛生をカバーすべきというものです。農産物の表示について法令上の義務は品名と産地のみですが、自主的な表示として、使用前によく洗浄することなどの注意喚起を敢えて添えるのが妥当な方法かと思います。一方で、上記のようなリスク管理をしているからと言って特別安全だというアピールは難しいと思います。
 例えば、"生産段階で充分に安全管理を行っていますが、消費段階でも良く洗浄しましょう"のように、農産物の商品表示を通じて、Farm to Fork(農場から食べる段階まで)の食品衛生管理、生産と消費が繋がって一緒に食品安全を築いていく、という基本的な考え方のもとに表示を検討するのが良いのではないかと思います。

 今回のご質問を機に、改めて食品衛生法を見直しました。法令上の観点からは、第6条において"土・泥付き野菜"をどのように解釈し、適用するかというところだと思います。

第6条 次に掲げる食品又は添加物は、これを販売し(不特定又は多数の者に授与する販売以外の場合を含む。以下同じ。)、又は販売の用に供するために、採取し、製造し、輸入し、加工し、使用し、調理し、貯蔵し、若しくは陳列してはならない。
一 腐敗し、若しくは変敗したもの又は未熟であるもの。ただし、一般に人の健康を損なうおそれがなく飲食に適すると認められているものは、この限りでない。
二 有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着し、又はこれらの疑いがあるもの。ただし、人の健康を損なうおそれがない場合として厚生労働大臣が定める場合においては、この限りでない。
三 病原微生物により汚染され、又はその疑いがあり人の健康を損なうおそれがあるもの。
四 不潔、異物の混入又は添加その他の事由により、人の健康を損なうおそれがあるもの。

 "○○の疑い"、"人の健康を損なうおそれ"(=リスク)をどのようにとるかだと思います。"リスク"という観点からすれば、リスクの<大・小>ですが、条文の表記としては、<ある・なし>で既述されています。
 実際にこれまで"土・泥付き野菜"が規制されたりしているわけではないので、この条文を以て保健当局が規制することはないと思いますが、法令上の表現や解釈について、農業指導サイドとしても積極的に関与していく必要があると感じました。

2022/1


セミナー受講者の修了レポート(感想や考察)の紹介

株式会社AGIC 事業部

①「GAP指導者養成講座」

受講者  普及指導員

 GAPについては、GAP認証取得支援やJA部会等への推進を通して関わってきたが、「GH評価」という視点でGAPを考える機会は今回が初めてであった。「GH評価」は、現状を点数化することで生産者の気づきが得られること、認証ではないため、気楽に取り組めることができるのがポイントであるように感じた。

 一方で、評価する側としては、点数化する際に、なぜそのような点数をつけたのか、法的または科学的な根拠に基づき、どの程度規範や基準に近づいているかを説明できる必要があり、評価員はしっかりと理解していなければならない。今までのGAP指導時には「適」または「不適」で考えており、どこまでできているかまで見られていなかったため、GAP認証取得支援時にもこの視点は活かせるとも感じた。

 演習では複数の研修生による質問を聞くことで、どのような聞き方をすれば引き出せるか、客観的に捉えることができた。また、評価項目については、一般的なGAP認証の適合基準と内容は概ね同じだが、項目がより整理されていてわかりやすく、対話形式で評価を進めたり、農場に対して説明するためにも有効だと感じた。


②「農業者のためのHACCPセミナー」

受講者 普及指導員

 受講前には、HACCPは食品加工業者が作成するものと思っていたが、ハザード分析を実際に演習して、農産物原材料由来のリスクがとても高いことがとてもよく分かった。食品衛生法の改正で、原則すべての食品事業者がHACCPに基づく衛生管理やHACCPの考え方を取り入れた衛生管理に取り組まなくてはいけなくなった今、農業でのGAPの推進がますます必要になると思った。

 農業では食中毒菌の危険因子を持っている意識が低いため、今後、指導する際には農業生産における食品リスクについて農業者に意識を持ってもらえるようにしたい。また、農業では肥料、農薬、微生物、害虫、病気、毒素、有害植物など生産過程に食品加工業者よりも多くのリスクがあると感じた。GAPは、食品の安全はもちろんのころ、労働安全衛生や環境に配慮した取組も含まれており、大変優れた取組だと思う。

 食品衛生法の改正に伴い、農産物直売所、黒にんにく、餅、たけのこの水煮や瓶入りジャムなどの農産加工をしていた農家の営業の届出の支援をしてきました。

 HACCPの考え方を取り入れた衛生管理と食品衛生責任者の設置が必須となっているが、HACCPの考え方を取り入れた衛生管理の浸透はまだまだこれからだと感じている。

 保健所では農業者の農産加工状況を把握していないためか、農産加工をしている農業者へ食品衛生法の改正情報があまり伝わっていないように思う。消費者の立場からは、安心して農産加工品を買いたいが、食品事業者のHACCPの取組みに比べると、残念ながら農家の農産加工品はリスク管理の不十分な物が多いのが現状で、これから意識を変えていかなければいけないと感じた。


③「農業者のためのHACCPセミナー」

受講者 「JAグループ職員」

 今回のHACCPセミナーを受講し、食品を取り扱う事業者は、どのように衛生環境を構築していくべきなのかの考え方、進め方について理解することができた。

 HACCPシステムを自身で構築してみて、実際のハザードは想定すればキリがなく、どこまで徹底してやるかの線引きが意外に難しいことがわかった。カット野菜の商品の例として、持ち込まれたレタスが、例えば基準より濃い農薬希釈液がかかってしまい、洗浄段階でもそれが落ちずに製品化した場合、残留農薬基準値を超過する可能性はあるかもしれない。このようなことは通常はありえないが、可能性の話で言えば全くのゼロではない。ただ、これを回避しようとすると、持ち込まれるレタスの全量残留農薬検査をしなければならないし、それは全く現実的ではない。

 実際、農薬残留に関しては生産者が適正な農薬使用を徹底していれば可能性もさらに低くできるわけであるから、そこでQMS及びGAPの取り組みを行っている生産者、産地が重要となってくる。

 HACCP自体は私の業務から言えば直接食品加工に携わる訳ではないため、最初は縁が薄いことではあるが学んでおくという感度であったが、上記の流れを考えると、私たちJAグループが関わる農産物に対し、実需者の求めがどういったことにあるのかということを学び取れたと思う。

2022/1


株式会社Citrus 株式会社Citrusの農場経営実践(連載41回)
~会社承継に向けて~

佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役

 今年で会社を設立して10年が経過する。これまで農業の人材育成を課題に6名の社員を採用し、既に4人が退社した。2名を就農させることは出来たが、1名は4年勤務した後、家業の紀州備長炭生産(林業)の世界に入り、もう1名は採用から8ヶ月で就農すると退社したが離農してしまった。現在は正社員2名と研修生2名が常時農作業にあたっている。農業大学校勤務時代に卒業生の進路にと農業生産法人を立ち上げ農業を目指す青年を受け入れてきたが、ここにきて人材育成の難しさを感じている。親元での就農が決まっている場合は退社時の準備はないが、非農家が独立就農するとなればその準備が大変だ。昨年2月に退社した社員は継続して会社運営にあたってくれるものと信じていたが、先輩社員が就農したのをみて、退社2年前くらいから独立就農を考えていたと、退社時に打ち明けられた。幸い突然の退社ではなくおおよそ1年前に申し出はあったが、農地確保やどのような形態の農業にするのかを打ち明けてもらえずしばらく見守るしかなかった。会社の肥料農薬の調達先の肥料屋さんがその社員の農業大学校の同級生であり、相談にのってもらっていたようで、同級生から将来を任してもらえる農家が見つかったと報告があり、その就農への流れを同級生に託した。また、就農先が弊社取締役の知人の農家でもあり、決まった後は本人の取組次第となり、一件落着した。

今年の研修計画が決まった会議の瞬間(前列の地域おこし協力隊員(研修生)と奥様&役場担当&社員)

  地域おこし協力隊制度で有田川町に定住条件で就農を予定している研修生については、3カ年の我が社での研修が残すところ1年余りとなった。地域おこし協力隊卒隊後直ぐに就農するための農地確保、倉庫確保と直ぐにはいかない。その資金調達も考えなければいけない。有田川町役場の事業であることから、制度上、事前に協力隊員名義で農地確保は出来ないということとなり、弊社名義で農地確保に乗り出した。また、弊社に管理依頼のあった農地を1年後に協力隊員が管理する約束で管理を任してもらえる農地を確保した。今年に入って、元JAありだ営農指導課長が管理して農地を協力隊員に任せてもよいと役場に申し出があり、これで新規就農のための農地全部で80アール確保出来た。そこで、その借受け予定のみかん園での管理を研修とし本人にやらせてみることにした。その管理指導を元JA営農指導課長お任せすることが出来た。もう一人の研修生については有田川町受入協議会が研修先に認められ12月から農林水産省の農業次世代人材投資資金の給付(年間国150万円・県30万円)を受ける制度が適用され2カ年の研修に入った。

  現時点では会社設立当初の人材育成は半分成功したように思えるが、ここにきて株式会社Citrusの承継を考えていかなければならない時期に入ったことを痛感している。私事ではあるが昨年12月脊椎間狭窄症と診断され、身動きが出来ない状況が続いた。また、昨年の決算で190万円の赤字経営となり、打開策を社員らに考えさせていたところ、老木みかん園への優良品種導入による改植、また、八朔等需要の少なくなった品種を需要の高い品種への更新など提案してきた。そこで全てを予算の許す範囲で任している。昨年は入社2年目の社員の東主任は鳥獣害対策としてみかん園にフェンスを設置、その補助事業申請も自ら行った。また、各種補助事業もインターネットや役場、JAに問い合わせ、探し出して自ら動き始めた。この様子をみているとみかん栽培のためのやるべき仕事をこなしていく社員ではなく、会社の展望を考えながら次をみている。その様子は勤務姿勢でわかる。勤務時間は8時~17時であるが作業終了後毎日1時間から2時間事務所に残り社員2人で計画を立てている。昨年12に来社したアメリカ大使館の女性農務官を案内した時の会話を横で聞いていると、どうして農業に就いたのか、女性として農業の働く環境はどうか、との質問に的確に問題点を示しながら答えていた。経営者の私としてはなかなか聞けない内容だったが主任の回答を聞いて心地よかった。それに、昨年新規採用した大前社員も当初2から3年で自立就農と言っていたが、弊社の長期計画に積極的に参画し継続勤務の意向である。そこで、東山主任の考えを聞いてみた。主任からの答えは「私が農業をしようと思ったのは、高齢のおばあちゃん、おじいちゃんが傾斜地で仕事をしたり、重たいみかんのカゴを運んだりしている姿を見て、力になりたいと思ったのがきっかけでした。今思うと半ばボランティア精神のような感覚でした。結果、私の計画も甘々だった事もあり、家族から賛同を得られなかったので、考えを改め、農業法人就職を選択することになりましたが、仲間に恵まれた事もあり、今は楽しく仕事をしています。よく、この仕事をしていると、学歴や職歴について聞かれては『もったいない』と頭がカチカチの高齢者に言われますが、そんな事を言われる筋合いは無く、前の職場の環境より、今のこの環境が今の自分に合っていた、ただそれだけで仕事をしています。」と応えた。主任は幼稚園から高校までの教員免許を取得しており農林大学校就農支援センター社会人課程で農業訓練に入るまでは公立の幼稚園に勤務していた。

アメリカ大使館農務官を案内する(東山主任)

 東山主任と大前社員は令和元年にGAP普及ニュースで紹介した弊社と流通会社「株式会社みかんの会」でのグロワー/シッパー構想実現に向け本格的な連携を今年2月まとめ上げた。打ち合わせの日がGAPシンポジウムと重なり私はシンポジウムを優先した。理由は両社の社長間での合意は出来ていたので、両社の社員同士のコンセンサスを経営者なしでうまくいくかをみたかった。会議報告は合併する合理化の方が大と思うと伝えてきた。ここまで来れば会社を承継できる人材育成に成功かと思う。私は現社員の二人に弊社の将来を託して行きたいと考えている。

2022/1