-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

GAP普及ニュース 65号

《巻頭言》
岐阜県が『持続可能な農業』の実現に向けてGH農場評価制度を開始

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

 オリンピック・イヤーだった2020年は、新型コロナウィルスによる感染症の大流行でGAPの普及・啓発活動の多くが開催中止を余儀なくされました。そのため生産者が出演する新たな教材を作成してオンライン研修等で補完しています。

 そもそも日本生産者GAP協会の使命は、「人間活動と自然環境との調和」を目指す農林水産業のあるべき姿を「適正農業規範」に著し、日本の農業現場で行われる「適正農業管理(GAP)」のあり方を研究し、その実践を普及することにあります。

 振り返れば、2011年の震災直後に「日本GAP規範」の初版を出版し、その規範の内容を農業者がどの程度農業現場で達成しているかを評価して農場管理の改善指針を提供する「グリーンハーベスター農場評価制度(GH農場評価制度)」を同時に構築し、そのガイドを出版(2017)してきました。

 GH農場評価制度では、その評価システムを使って個々の農家の管理上の問題点を明らかにし、その農場にふさわしい改善策を講じるよう、農家と一緒になって考えていく指導者を育成することが必要になります。2008年から各地に出向いて実施してきました都道府県の普及指導員に対する「GAP指導者養研修会」をブラッシュアップして、GH農場評価の現場で農場のクリニックができる指導者を養成する「GH農場評価員養成講座」に組み換えました。GH農場評価員は、実際の農場の現場に臨んで、その農場の管理上の問題点を把握することが必要になります。また、GH農場評価員を配置する拠点としての「農場クリニック」が全国の多くの農業生産地域に必要になります。これまでに都道府県の普及指導員並びに農協の営農指導員ら5,455人が「GH農場評価員養成講座」を受講し、評価員試験に挑戦して合格した人数は、2020年3月31日時点で757人にもなりました。これらの方々は、今後の日本農業にとって大きな力になっていくものと期待しています。

 今年はコロナ禍による外出自粛に伴い、あらゆるイベントの中止が続き、多くの人々にとって経済活動はこれまで経験したことのない程の停滞になり、パンデミックの収束が見通せないままで一年が終わろうとしています。

 しかし、日本の『持続可能な農業』の実現にとっては、歴史に残る明るい出来事がありました。それは、岐阜県が「グリーンハーベスター農場評価制度」を導入して、2021年以降の『持続可能な岐阜農業』を推進していくということになったからです。中日新聞(2020年10月3日)などによれば、東京オリンピック・パラリンピック後に岐阜県GAP確認制度は終了するが、「ぎふクリーン農業」として長年続けてきた「持続可能な農業」の実現に向けて、GAP推進の新制度「ぎふ清流GAP評価制度」を設けるということです。

 日本で言われているGAPの多くは、農場認証である「GAP認証」を指しており、特に「国際水準GAP」と称されているものは、グローバル食品企業などが要求する「農場監査」のことです。多くの食品は、国境がない自由取引で巨大化したサプライチェーンにより、世界中から安価な農産物を調達し、消費者には大量の調理品・加工食品として届けられています。このため、加工原料には世界標準の安全規格が必要となり、農産物の輸出入には「農場監査」が必須になってきています。しかし、民間の農場監査はビジネスですから、日本の零細農家ではコスト負担に耐えられないことや、途上国に多い農産物輸出国との価格競争に耐えられるのか、という問題があります。その上、先進国が多い製品輸出の相手国は、2020年以降、特に厳しい環境規制を輸入農産物や加工食品に要求してきています。そもそも先進国のGAP認証は、輸入農産物から自国の農業を守る砦の役割を果たしてきました。環境を犠牲にして安価な農産物・食品を生産し、それを輸出してくる途上国から、自国の農業と環境を守る重要な役割があったのです。

 このようなグローバルな農業・食料問題に対応していくためには、農業政策の環境対策へのシフトや農産物・食品の流通環境全体にも関わる大幅な改革と革新が必要です。改革の一つのキーワードは「消費者の信頼確保」です。

 「環境に配慮し、衛生管理を行き届かせ、国際水準GAP認証を取得した農場の農産物・食品を戦略的に輸出に回し、国内では、グローバル企業が世界中から集めたローコストの食材による調理・加工品を消費する」という食社会の経済モデルからは、日本人の明るい未来は描けません。国民にとって、それは食と農の負のスパイラルになります。国内の消費者・小売からの信頼を得るための「真の国産信頼」を実現し、「農場監査ビジネス」ではなく、「公的機関による農場保証」により実現する「生産者と消費者との信頼の懸け橋」を構築することが、真に期待される日本のGAP推進ではないでしょうか。

 今こそ、本来のGAPとGAP認証の意義と意味を明確にしましょう。GAPは「持続可能な農業」です。GAP認証は、消費者に対する「農業の品質証明」です。

 岐阜県が口火を切った「グリーンハーベスター農場評価制度を利用した『持続可能な岐阜農業とその消費者信頼』の推進が、全国に波及していくことを強く希望しています。

2020/11


「ぎふ清流GAP評価制度」
~わが国初の公的農場評価制度~

 GH農場評価機関認定委員会

 農家や農業団体の生産管理の状態を監査して合格か不合格かを決定するGAP認証制度は、主にグローバル企業が農産物の仕入れに当たって供給者責任を果たすための一つの手段です。少し前まで欧米ではスーパーマーケットなどの買手側が監査コストを負担していましたが、この制度が日本でも知られるようになった2005年頃には、生産者側が負担する現在の認証ビジネスのシステムになっていました。その結果、農産物の販売価格に比較して生産コストが高い日本では、また零細な経営規模の農家が多い日本では、「GAP認証」のコスト負担が農家の経営を圧迫するようになってしまいました。

 この問題を解決するために、日本生産者GAP協会は、GAP認証制度の社会的・経済的な意義と意味を明らかにし、日本農業を守るために「グリーンハーベスター農場評価制度(GH農場評価制度)」を開発しました。『日本GAP規範』の開発以来、その『規範』の遵守を指導する人材として、生産の現場で問題点を抽出し、その課題を解決するための提言(GH農場評価)ができる専門家として「GH農場評価員」を養成してきました。この教育の対象者は、主に都道府県の普及指導員と農協の営農指導員などです。

  公的機関や農業団体の農業技術指導者によって行われるGAP指導は、農家の生産性を向上させるとともに、自然環境の持続化や農産物・食品の衛生管理、経営管理の妥当性など、農家の経営を総合的に支援する指導事業であり、今後ますます重要な位置づけとなります。このような農業の総合化を達成するのが「GH農場評価制度」です。国際的な農場評価の遵守という課題を新たな農業問題とするのではなく、これまでの営農指導の総合化として位置付けることでGAP認証のコスト問題の解決につなげることができます。そのために「GH農場評価制度」は非営利で運営することを目標としています。普及指導員のGAP指導に支えられる「ぎふ清流GAP評価制度」は、その客観的な農場評価が岐阜県によって実施されるということで理想的な形に添っていると言えます。

  また、グローバルなサプライチェーンで圧倒的なパワーを発揮している食品関連の企業が、チェーンの信頼を確保する入り口としての農場監査(GAP認証)についてもその管理下に置いていますが、そもそもGAP認証制度の意義は「農場から食卓まで(Farm to Fork)」の総合的な信頼関係を築くための一部です。「Farm to Fork」全体の信頼構築のためには、農業生産現場の専門家による高度な知見からの農場評価で農場の保証を行うことの方がより自然な形であると言えます。

  一般的なGAP認証は、「認証を取得していない農家からは仕入れをしない」という排除の論理で成り立っていますが、英国の全国農民連合(NFU)が開発して運営している農場認証制度「レッドトラクター」では、大部分の農産物とその加工品がこの認証を受けており、英国の国民から圧倒的な支持を得ています。農産物の買手側ではなく、生産側が行っている農場評価が消費者から信頼されている代表的な事例です。

  「ぎふ清流GAP評価制度」は、仕組みの開発と農場の評価を「自前」ではなく、全国の多くの都道府県で共通の仕組みとして使用されている「GH農場評価制度」を使って農場保証を行うことで、公平性・透明性を確保することが可能になります。生産者と消費者との信頼を結ぶ懸け橋として岐阜県の農業振興に貢献していくことを期待致します。そして、その他の都道府県でも同じ形で消費者の信頼をさらに高めていって頂けることを希望しています。

2020/11


「ぎふ清流GAP評価制度」の開始を古田肇岐阜県知事が発表

岐阜県ホームページ「知事記者会見令和2年10月29日」から関連部分を要約しました。
https://www.pref.gifu.lg.jp/site/kaiken/25994.html#october

 岐阜県の新たなGAP制度がスタートいたします。既にオリンピック・パラリンピックに向けて、県としてGAP制度を用意し、73件の認証を行っていますが、これは令和3年9月に終了いたしますので、改めて新しい制度を構築いたします。

  内容的には単なる認証ではなく、農場管理の現状に点数を付けてその農家のGAP管理の水準を表すという農場評価制度を確立します。この制度は、国際水準GAPと同様の項目をカバーしておりますので、さらに上級のグレードを目指せるような仕組みにしようと考えています。

  また、一般的なGAP認証取得の手続きには通常数十万円の費用がかかるのですが、私どもは農場評価の費用を3300円とし、かつ3年間有効ということで、できるだけ生産者の経済負担を抑えようと考えています。

  それから、この評価制度で一定程度以上の評価をされたものについては、生産者及び生産物にロゴマークを付けて、消費者にアピールすることを考えています。このロゴマークは、岐阜の「G」とGAPの「G」を重ねた「ぎふ清流GAP」で、岐阜の豊かな自然の「緑」と清流の「青」で表し、持続可能な農業とこの制度を長く続けようという思いを込めて考案しました。

  評価申請の受付けは11月26日からということで、来年4月以降、認証をスタートするということにしています。そのために、県の農畜産公社内に「ぎふ清流GAP推進センター」を設置致しました。ここでは、農場評価や指導員の育成の他、GAPの相談窓口として活動していきたいと考えています。この「ぎふ清流GAP評価制度」を是非とも活用して頂き、まさに安全・安心で、持続可能な農業経営と農産物の提供をしっかりと進めていきたいと考えています。

2020/11


「ぎふ清流 GAP 評価制度」の概要
令和2年10月29日(木) 岐阜県発表資料より

  1. 「ぎふ清流GAP評価制度」概要(主な特徴)
    (1)生産者が取り組みやすい制度
     評価項目ごとに取組状況の評価基準を設け、点数化することで、自身の現状レベルを分かりやすく把握することが可能です。
    (2)上級グレードを目指せる制度
     評価項目が国際水準GAPに準拠しており、上級グレードを目指せる制度です。
    (3)生産者の経済負担を抑えた制度
     評価登録料は、農場評価1件につき3,300円で、評価は3年間有効です。
    (4)ロゴマークによるPR
     評価を受け、さらにその評価が一定水準を満たす生産者にはロゴマークの使用を許可し、消費者へのPRが可能です。
  2. ロゴマーク
    • 岐阜の「G」とGAPの「G」を重ねたデザインです。
    • 野菜の葉、木、水滴を感じる「G」の形は自然を象徴しています。
    •  「G」を重ねて、田畑、森、岐阜の豊かな自然をイメージしています。
  3. 申請受付開始

     令和2年11月26日(木)より
    ※ 来年4月を目途に認証を開始します。
    ※ 申請方法等は制度説明会にて説明します。

  4. 制度説明会

    農業者を対象とした説明会を開催します。

  5. 「ぎふ清流GAP推進センター」の設置

     GAPの推進拠点として、(一社)岐阜県農畜産公社に「ぎふ清流GAP推進センター」を設置します。

    【開所日】令和2年11月26日(木)
    【場所】岐阜県福祉・農業会館
    【主な業務】
    • 新制度の農場評価
    • GAP指導員の育成
    • GAPに係るワンストップ窓口業務

2020/11


「ぎふクリーン農業」は持続可能な農業を目指してきた

GH農場評価機関認定委員会

 岐阜県は、長年にわたって化学肥料・化学合成農薬の適正で効率的な使用とそれらに代わる各種代替技術の利用を推進する「ぎふクリーン農業」を実践してきたことで知られています。「ぎふ清流GAP評価制度」の開始に当たって、GAPとの親和性が高い「ぎふクリーン農業」について調べてみました。結果は、「ぎふクリーン農業」の要件となっていた農業行為は、「農業生産において、環境への負荷に配慮した栽培方法が求められ、生産性と環境の調和を図った農業生産をしていくことが必須」という点から、GAP概念を構成する重要な要素であることが分かりました。

 また、農産物取引では安全・安心を求める消費者ニーズが高まり、流通側から信頼される生産者による農産物の供給であることを証明することが求められるようになりました。これらは「持続可能な農業」を求める世界的な潮流と同一であり、農業政策的にも、農産物経済的にもGAPやGAP実践の説明責任としての証明等が求められるようになりました。

  「ぎふ清流GAP評価制度」が、それらに応える新たな事業になるでしょう。「ぎふクリーン農業」に取り組んで実績を挙げてきた岐阜県の農業者への期待がさらに膨らみます。

「ぎふクリーン農業」の成果(以下、岐阜県ホームページより引用)

  令和2年2月末現在、16,396ha(507件)で取り組まれている。これは県内作付面積のおよそ3分の1を占めている。トマトでは、7月から11月にかけて出荷される夏秋トマトの産地全て(飛騨・中濃・東濃地域)、11月から6月にかけて出荷される冬春トマトの産地(西濃地域)で登録され一年を通じて「ぎふクリーン農産物」が出荷される。ほうれん草では、県内2大産地(飛騨・岐阜地域)で登録され県内産ほうれん草のほとんどが「ぎふクリーン農産物」である。ニンジンでは、岐阜地域の産地で生産登録され春と秋出荷のほとんどが「ぎふクリーン農産物」となっている。

「ぎふクリーン農業」の要件
「ぎふクリーン農業」の3つの取組み要件
  1. 化学肥料・化学合成農薬などの資材の適正使用
  2. 代替技術、資材の積極的活用
  3. 土づくりとリサイクル
化学肥料、化学合成農薬等生産資材の効率的な使用のために 
  1. 土壌診断及び作物栄養診断に基づく施肥改善
  2. 病害虫発生予察情報に基づく的確な防除
  3. 現行栽培における肥培管理や防除等の見直し環境に優しい技術や資材の積極的な活用をするために
施肥
 ・有機質肥料や緩効性肥料等の環境にやさしい肥料
 ・側条施肥等の環境にやさしい施肥法
防除
 ・抵抗性品種の導入、雨よけ栽培、被覆資材の利用等の耕種的防除
 ・性フェロモン・天敵防除等の新技術
土づくりとリサイクル
 ・堆きゅう肥等の有機物や土づくり資材の適正な施用
 ・有効土層を拡大するための深耕や排水対策
 ・土壌診断に基づく土壌・肥培管理
 ・田畑輪換等合理的な作付体系の導入
 ・土づくりに適した良質な堆きゅう肥の生産
 ・地域内有機物資源の有効利用

2020/11


『日本のGAP、すべてはここから始まった』《連載第6回》
~失われた日本の20年~

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

見て・聞いて・考えればGAPが分かる

 前回の『連載5 日本にいてはGAPが理解できない』の「GAP認証とは何かを知りたくて、欧州各地を歩いた」で、私は知り合いから知り合いへと「芋ずる」をたどるように、欧州各国のGAPに関わる人達を訪ね歩いたことを紹介しましたが、GAPとGAP認証の調査で行きついた所は、スペインのアルメリア県でした。オランダの卸売会社からも、農薬会社のシンジェンタからも紹介された欧州一の夏野菜の産地であるアルメリアの農業は、青森県のリンゴ生産者の片山さん(片山林檎)の友人で、スペインのカタルーニャ出身で、ドイツで青果卸業を営んでいたロッジさんに紹介され、彼の取引先である施設園芸の生産者と農協を案内してもらいました。

 2004年の最初の訪問から、2019年の日本生産者GAP協会主催「スペインGAPツアー」まで、私はアルメリアを計10回訪問し、その都度EU共通農業政策のGAP(持続可能な農業)政策と、グローバル経済で生き抜こうとする青果物産地のGAP認証のその進化を見てきました。世界の中で生きていけないガラパゴス化した日本のGAP政策とGAP認証をもう一度見つめ直し、日本の農業が真に国際化するためには、「日本にいてはGAPが理解できない」から、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の頭で考えようと、これまで10回にも亘り、日本の多くの農業関係者をスペイン、アルメリアに案内してきました。この思いに共鳴して「スペインGAPツアー」に参加した方々が、感動して「本来のGAPやGAP認証」を理解するに至ったことは、「GAP普及ニュース」への投稿文からも分かる通りです。

もはや化学農薬は使わない

 最初の訪問で大きな刺激を受けたコスタデニハル(生産組合)は、片山林檎がEUREPGAP認証を取得した2004年と同じ年に、EUREPGAPオプション2(35名の生産者)を取得していましたが、2008年に訪ねた際には組合員が190名に増えて、500ヘクタールのグリーンハウスで認証を取得していました。また、その内の40名は、110ヘクタールでEUのオーガニック認証を取得し、イギリスとドイツに農産物を輸出して高い収益をあげていました。

  たった4年間でIPMの技術が進み、ハウス栽培のほとんどは生物防除(バイオロジカル・コントロール)が前提になっており、農薬の使用は2004年の訪問の時とは比べ物にならないほど極端に減っていました。「アルメリアのGAP(適正農業管理)では、もはや化学農薬は使わない(コスタデニハル組合長)」というレベルに達していたのです。そうしないと、イギリスやドイツの要求には応えられなくなっているということでした。この生産組合は、アルメリアでは特別な農場ではありません。隣のエレヒド市にあるロマノリアスという農業生産法人でも、似たような割合でオーガニック農場が増えていました。

GAPはIPM

 このような大きな変化は、2004年にアルメリアの農業者がイギリスやドイツに輸出した農産物から中国製の無登録農薬が検出されて大問題となったことが切っ掛けとなって起こったようです。その後、ドイツのスーパーマーケットから無農薬栽培や生物農薬の使用を強く要求され、これに対応したアルメリア県やエレヒド市の強力な行政指導の下で、代替農業としての統合生産(IP)システムが開発されました。産地全体で、行政指導による化学農薬から生物農薬への大転換を成し遂げたのです。IPMやオーガニックなどの新たな技術導入と、徹底したGAPコントロールによる統合生産の確立は、「できるかどうかではなくて、やらねばならない(エレヒド市農業部のホルへ・ビセラス議長)」という切実な思いから生まれたものでした。ヨーロッパで野菜の生産量が最も少なくなる冬場の野菜供給基地としての地盤を固めてきたアルメリアの施設園芸が、農薬等の食品事故によってヨーロッパの大消費地からの信頼を失えば、この地域全体の暮らしが立ち行かなくなってしまうからです。この危機感が、アルメリア県とエレヒド市の農業を大きく変え、その発展を支えているのです。

  新たな技術(IPM)導入と徹底したリスク管理(GAP)による持続可能な農業生産システムの確立は、「可能かどうかではなく、やらねばならない」という産地の切実な思いから生まれたものでした。行政と農協などが一体となってバイオロジカル・コントロールに取り組んだ結果、わずか4年前には「無理」だったことが、4年後の2008年には「可能」になっていたのです。エレヒド市役所の農業政策の基本方針の一つに「食品安全のために、考えられることは全てやる」という言葉が壁に書いてありました。生産者も「実行すれば、道は開ける」と信じて、より進化したGAP(適正農業管理)の実践にチャレンジして来たのです。

スペインと同時にスタートしたのに、失われた日本の20年

 この「連載1」で紹介したように、日本で最初にGAPとGAP認証を認識したのは2002年7月2日の日付で片山林檎に届いた「イギリスからの一通の手紙」からでしたが、世界で一番GAP認証の農場数が多いと言われているスペインでも、そのスタートは2001年です。グローバル化による取引の自由化は世界で同時に進行していますから、欧州の巨大スーパーの経済的な要求事項は世界の隅々にまで届いています。当時、日本の片田舎の青森県弘前市の片山林檎にまで届いていたのです。

  GAP認証の要求が同時にスタートして、あれから20年が経過した今、日本では農産物の輸出促進が農業振興の最重要課題の一つとされ、そのためのGAP認証の取得が国の補助金付きで推奨されています。農産物輸出のためのGAP認証は途上国のやり方であり、EUなどの先進国のGAP認証は、このような輸入農産物から自国の農業守る砦になっているのです。これを理解しなければ、日本の農産物輸出は、簡単ではありません。

  2000年代の初めに欧州各地を訪ね歩き、GAP先進地のアルメリアにたどり着いて地域農業振興の絆を作った者にとっては、あれからの日本の20年は「失われた20年」になっているようです。そのこと以上に、欧州で生まれた「持続可能な農業としてのGAP」の概念が薄い日本の農業関係者は、今こそ「日本農業と日本のGAP」を見つめ直してみる必要があるのではないでしょうか。

2020/11


GH農場評価制度の『GH』に込められた意味

山田正美 一般社団法人日本生産者GAP協会 常務理事

 GAPには、農薬や化学肥料の多投入という「行き過ぎた近代農業」の反省に立って、水、土壌、大気の汚染を減らし、持続的な農業を実践するという本来の目的があります。それとともに、働く人の福祉や、出荷農産物の安全性にも配慮することが求められています。

  GH農場評価制度は、生産者が本来あるべき適切な農業である『GAP』に取り組むための『GAP教育システム』として開発されたものです。すなわち、GH農場評価を受けることで、自分の農業が周辺地域の環境保全、働く人の福祉、出荷農産物の安全性等にどのように取り組んでいるかを明らかにすることで、不充分なところを理解し、自分の経営の中で改善に取り組んで貰うというものです。

  このGH農場評価制度の名称で使われている『GH』はグリーンハーベスターの頭文字を取ったものです。言葉の意味ですが、グリーンハーベスターの「グリーン」は、自然環境や農業環境に配慮し、持続的な農業を実践しているという意味を表しています。グリーンに続く「ハーベスター」は収穫機や刈取り機という意味のハーベスターではなく、「作物を収穫する人」という意味のハーベスターです。グリーンとハーベスターを合わせて『環境にやさしい農産物を生産する人』ということを表しています。これに農場評価制度を加えてGH(グリーンハーベスター)農場評価制度としているわけです。

  余談ですが、イギリスには2000年に農協などの農業者団体が創設したGAPの認証制度にレッドトラクターというものがあります。これはイギリス国内で生産された農産物の約8割(部門によって異なる)がこの認証を受けており、イギリスの農産物を輸入農産物から守る砦ともなっています。そこで、私どもがGAPの評価制度を創設するにあたり、国内生産農産物を海外農産物から守っているというレッドトラクターの思いも意識してグリーンハーベスターという言葉を理事の一人が思いついたというのもグリーンハーベスターの由来となっています。

  GH農場評価制度のロゴマークは、GAPの根本にある環境を守るということ、日本の生産者に向けたものであるということをイメージできるように考えられたものです。検討の過程では、いろいろとあったのですが、最終的に日本生産者GAP協会のロゴを背景に、作物を収穫する人を配した案が出され、ようやく理事会で了承されることになりました。当初の人物は、フランスの画家ミレーの「種をまく人」など、ヨーロッパ風の外観だったのですが、日本で生まれた制度ということもあり、紆余曲折はあったものの最終的には長靴を履き、野球帽のような帽子をかぶり、首にタオルをまいて稲の束を持ったまさに日本の生産者をイメージできる今回のロゴマークの人物に落ち着きました。人物の背景のFGAP協会のマークは、協会が発行した「日本GAP規範」をベースにした農業活動を行っていることを表しています。

  このような経緯で生まれたロゴマークですが、GH農場評価制度とともに、末長く皆様に親しまれることを願っています。

2020/11


GH農場評価制度の特徴

日本生産者GAP協会 評価制度委員会

GH農場評価制度の対象

 GH農場評価制度(正式名称:「日本GAP規範」に基づく農場評価制度、愛称:グリーンハーベスター農場評価制度)は、農場(農家)や生産組織(農協など)が健全な農業を実践するための指標を提供する評価制度として、農業経営や生産技術などの改善指針を提供し、生産者の自己啓発に資する「GAP教育システム」として、一般社団法人日本生産者GAP協会が開発し、2011年10月1日に発効しました。開発当初は、青果物や穀物、茶などの農産物が対象でしたが、2012年6月1日発行した「日本GAP規範ver1.1」では、畜産分野(牛、豚、鶏)の評価基準文書も同時に発行しました。2016年から制度全体の改定に取り組んだ評価基準文書ver2.0(2017年4月28日版)では、「GLOBALG.A.P. IFA ver5」の水準をカバーし、さらに、農林水産省により「農業生産工程管理(GAP)の共通基盤に関するガイドライン」の完全準拠が確認されました。

http://www.maff.go.jp/j/seisan/gizyutu/gap/guideline/index.html(2020年11月26日確認)

排他的なGAP認証では国産が守れない

 農産物の取引で「農場保証(ファームアシュアランス:いわゆるGAP認証)」制度が定着しているEUや米国などでは「認証を取得していない生産者からは農産物を仕入れない」という買手側の排他的な認証システムが当たり前になっています。2000年前後に先進諸国で普及した農場保証制度と、そのための農場検査と組織監査は、GFSI(グローバル企業の食品安全会議)の要請などを受けて、2020年の現在は、消費者を視野に入れた事実上の食品安全制度の世界標準になっています。

 しかし、農業の経営基盤や農産物の流通スタイルが欧米と異なる日本では、GAP認証の事情も大きく異なっています。外資系の大手食品企業などでは認証取得を呼び掛けていますが、日本の多くの食品企業やスーパーマーケットなどでは「排他的なGAP認証」を要求しているわけではありません。輸出農産物は別として、国内需要の農産物に対する「農場保証」をどのようにするかについては、日本農業を守る合理的で効果的な評価方法を早急に推進しなければなりません。

日本農業を守るGH農場評価制度

  小売店が巨大で寡占化している欧米とは異なり、一部を除くと全国各地にある中小のスーパーが独自に仕入れ事業を行っている日本独特の農産物流通スタイルでは、生産者の農場保証をどうやって確保するかが課題です。欧米のスーパーでは、契約農家に対して農場保証のための認証検査を条件として仕入を継続していますが、日本で全ての生産者にGAP認証を要求すると、バイヤーが必要な農産物を調達できなくなると言われています。生産者にとって「認証の手間もコストも合わない」ということで、GAP認証は何年経っても世界レベルには程遠い状態です。圧倒的に多い零細な農業経営のコスト負担を増やさずに、持続可能な農業のための農場保証を確保する「日本的な制度」が必要です。この課題を解決するために「GH農場評価制度」が、生産者と消費者との信頼を繋ぐ懸け橋として考案されました。

GH農場評価は農場クリニック

  GH農場評価制度は、農産物の買い手側が要求する農場審査(いわゆるGAP認証)ではありません。世界のGAP認証は「取得しなければ農産物を仕入れない」という買手側の排他的なシステムであるのに対して、GH農場評価制度は、全ての農家の農業経営の管理レベルを上げる「生産側の教育的なシステム」です。

  具体的には、農業技術の専門家(GH評価員)が農場や生産組織の農場管理を評価し、診断する農場クリニック業務です。GH評価員は、農場経営上の問題点を明らかにして「GH農場評価報告書」を作成します。評価・診断を受けた農場や生産組織では、報告書に基づいて必要な改善を行うなど、自らの経営改善に役立てることを目的にしています。

〇と×ではなく、5段階の評価

 GH農場評価制度には、3つの特徴があります。1つ目の特徴は「5段階評価」です。各項目(要求事項)を○(適合)か?(不適合)かの二択で評価するのではなく、0~4の5段階のリスクレベルで評価します。

 農場管理ではほとんどの場合、リスクは「ある」か「ない」ではなく、「どの程度か」と表現するのが正確です。むしろ「リスクがない」と言い切れるケースは稀です。経営の視点に立ってみても、常にリスクは存在し、そのリスクは変動します。農業経営は、常に存在するリスクを見つめ、できるだけリスクを小さくし、リスクと付き合っていくことだとも言われます。農業経営のリスクをより正確に分析する手法として5段階評価が採用されました。

1000点からの減点方式

 2つ目の特徴は「減点方式」です。良い点を加点する方式ではなく、また達成率で判定する方式でもありません。減点方式は経営のリスク管理の視点に則しています。経営体によって業務の範囲や規模、抱える品目や人員が異なれば、リスクの範囲も異なります。圃場や建物の数が多いほど抱えるリスクも増えます。取扱品目が多いほどリスクの範囲も増えます。使う資材が少ないほど、管理すべきリスクが減ります。100種類のリスク管理をしなければならない農場が、99種類のリスク管理に成功し、1種類のリスク管理に失敗しているのと、10種類のリスク管理をしなければならない農場が、9種類のリスク管理に成功し、1種類のリスク管理に失敗しているのでは、結果としてリスクレベルは同じです。これは、加点方式でも達成率方式でも正しく表せません。「図GH評価の評価レベル」の通り、リスクレベルが大きいほど減点配分が重く設定されています。GH農場評価制度の点数を上げるには、減点配分=リスクレベルが大きい課題から取り組む必要があります。これは、より致命的なリスクを避けなければならない農業経営にとって自然な選択となります。

評価点の集計表と事実及び定性的分析の報告書

 3つ目の特徴は「集計表と詳細報告書」であり、その項目は、①農場管理システムの妥当性、②土壌と作物養分管理、③作物保護と農薬管理、④施設・設備と廃棄物の管理、⑤農産物の安全性と食品衛生、⑥労働安全と福祉の管理、⑦環境保全と生物多様性の保護の7つの管理分類に分けられており、集計表では管理分類ごとに各評価の個数を集計しており、どの分野にどの程度のリスクを抱えているかが一目で判ります。

 農場経営者は、農場の資源(人・物・金・情報・時間)を効率良く利用するよう調整する必要があるので、全てのリスクを完璧にこなすのではなく、効率的な資源配分により効果的にリスク管理を行う必要があります。管理分類ごとに5段階評価の結果を集計することは、農業経営の資源管理の判断にも寄与します。GH農場評価では、集計だけではなく、全ての項目の詳細なレポートを農場に提出するので、具体的に「どこが」「なぜ」「どの程度」問題なのかが良く分かります。

GH農場評価制度で組織のGAPコントロール

  小規模・零細農家の農産物販売は組織で行われます。JAの生産部会や任意の生産組合などです。販売先や消費者からの信頼を獲得するためには、組織メンバー全員のGAPコントロールが必要です。GH農場評価制度は、組織で継続することで圧倒的な成果を上げることが可能です。右の事例では、メンバー全員の農場管理のレベルが年々向上していることが分かります。

GH農場評価は、基準文書よりも評価員の質が重要

 GH農場評価制度では、普及指導員や営農指導員という農業技術の専門家がトレーニングを積んでGH農場評価の各試験に合格しています。このような熟練した方々が、確かな目で農場の評価を行っています。

2020/11


2020年度 GAPシンポジウム開催のお知らせ
『GAP普及で生産力向上と持続性を両立させる』

 全世界で新型コロナウィルス感染症の流行に見舞われた今年(昨年度)のGAPシンポジウムは、残念ながら中止せざるを得ませんでした。今年度(来年2月)のGAPシンポジウムは、感染予防および新たなスタンダードへの対応を踏まえ、オンラインのみで開催することとなりました。日本に相応しい適正農業管理を規定する『日本GAP規範』を策定し、正しいGAPの理解と実践を普及することを目的として2010年2月に当協会を設立してから10年の節目に、改めて持続可能な農業、環境対応型の農業の発展について向き合い、次の10年に向けての提言の機会としたいと思います。

【開催概要】
日 時:2021年2月8日(月) 受付9:00~開始9:30~17:00
会 場:オンライン(zoomミーティングルーム)
参加費:主催・共催の会員・後援団体の職員:\5,000、一般:\7,500、学生: \1,000
主 催:一般社団法人日本生産者GAP協会
共 催:農業情報学会(予定)、一般社団法人GAP普及推進機構(予定)、特定非営利活動法人経済人コー円卓会議日本委員会(予定)
後 援:(未定)
事務局:一般社団法人日本生産者GAP協会 教育・広報委員会、株式会社AGIC大会事務局
H  P:https://www.fagap.or.jp/seminarsymposium/sym202102/
9:00~9:30受付(入室)
9:30~ 9:45 開会・オリエンテーション
9:45~10:45 講演「生産者と消費者の信頼を繋ぐ架け橋(仮)」田上隆一
10:45~11:00 休憩
11:00~12:00 基調講演「GAP義務化による日本の食糧・環境問題の改善への提言」石谷孝佑
12:00~13:00 昼休憩
13:00~14:00 講演「持続可能性とイノベーション(仮)」二宮正士
14:00~14:15 休憩
14:15~15:00 「GAPオンラインントレーニングについて(仮)」田上隆多
15:00~15:45 「農場・農産物取扱施設における衛生管理(仮)」田上隆一
15:45~16:00 休憩・質問受付(フォーム)
16:00~17:00 質疑応答
17:00 閉会

2020/11


2020年度セミナー・シンポジウムの予定

 2020年度の各種セミナー・トレーニング・シンポジウムについて下記のスケジュールで実施する予定です。グリーンハーベスター(GH)農場評価制度では、GAPの理解と普及のための教育システムとして、農業者、農業指導員等によるGAPの自主管理を推奨しています。

2020年度 12月14日(月)

『農業者のためのQMSセミナー』 ※ウェブ受講可
場 所:AGIC会議室(茨城県つくば市松代3-4-3)
定 員:会場参加4名/ウェブ参加20名
参加料:21,000円(税込)(当協会会員16,800円))

12月17日(木)-18日(金)

『農業者のためのHACCPセミナー』 ※ウェブ受講可
場 所:AGIC会議室(茨城県つくば市松代3-4-3)
定 員:会場参加4名/ウェブ参加15名
参加料:35,000円(税込)(当協会会員28,000円))

2021年1月29日(金)

『GH評価員試験』
場 所:AGIC会議室(茨城県つくば市松代3-4-3)
定 員:午前3名/午後4名、受験料:31,000円(税込))

2021年 2月8日(月)

『GAPシンポジウム』 ウェブ開催
会 場:オンライン(zoomミーティングルーム)
参加料:主催・共催団体会員 5,000円
:一般 7,500円、学生 1,000円

※ウェブ受講可 : リアルな会場への参加も可能ですし、ウェブでの参加も可能です。

ウェブ参加では、その環境があれば、遠距離でも参加が可能ですので、そのメリットを生かしてウェブ参加をしてみて下さい。事前にご案内しますので、詳細は事務局までお問い合わせ下さい。

2020/11


GH農場評価に関する質問と回答

田上隆多 株式会社AGIC 事業部長

【質問】

 GAPに取り組もうとしている「いちご生産者」がおりますが、現状では養液栽培の排水を排水溝(下水につながっていると思われる)に流している状態で、かつ、圃場の状況やコスト面から、循環方式の設備への変更や敷地内での浸透処理が難しいとの話でした。

 自分達や、この生産者を指導する地域機関の職員も情報を収集し、

  • 水質汚濁防止法が根拠となっているが、養液栽培の施設はこの法律の対象ではない
  • (対象ではないが)水質汚濁防止法には、公共用水域への排出許容限度が定められている

 (排出1Lにつき、アンモニア性窒素に0.4を乗じたもの、亜硝酸性窒素及び硝酸性窒素の合計量が100mg以下)という情報を得て、以下のような指導を検討しております。

  • 現状、法律に違反するような処理方法ではない
  • 排液については、他の作物への肥料として再利用できるなら望ましい
  • やむを得ず廃棄する場合は、硝酸態窒素の含有量を調べ、水質汚濁防止法に定められている数値以下であることを確認してから廃棄することを推奨する。もし濃度が高い場合は、水で希釈してから廃棄する。

 このようなケースの場合は、どのようなご指導をされていますか?上記のような指導は適切と言えるでしょうか?


【回答】

  現在の日本の法令等の状況として、上記の指導となると思います。私どもも水耕栽培の農場に対して上記の指導をしております。農業生産での再利用とは言えませんが、管理地の草地に流して作物に吸わせたりしている例もあります。

 上記の質問と回答に関連する情報を以下に整理します。

 水質汚濁に関する規制法令として、水質汚濁防止法があります。

●水質汚濁防止法 第1条 この法律は、工場及び事業場から公共用水域に排出される水の排出及び地下に浸透する水の浸透を規制するとともに、生活排水対策の実施を推進すること等によって、公共用水域及び地下水の水質の汚濁の防止を図り、もって国民の健康を保護するとともに生活環境を保全し、並びに工場及び事業場から排出される汚水及び廃液に関して人の健康に係る被害が生じた場合における事業者の損害賠償の責任について定めることにより、被害者の保護を図ることを目的とする。

 農産物を栽培する圃場や水耕栽培等の施設は水質汚濁防止法において規制対象となる「特定施設」には該当しません。

●「水質汚濁防止法第二条第二項の特定施設について」公布日:昭和47年5月8日 環水管22号
http://www.env.go.jp/hourei/05/000128.html

 当該法令で規制される場合の排出許容限度については、以下の通り規定されています。

●公共用水域への排出許容限度(水質汚濁防止法に基づき環境省が定める一律排水基準)
https://www.env.go.jp/water/impure/haisui.html

‐水素イオン濃度pH 海域以外の公共用水域に排水されるもの 5.8以上8.6以下
‐浮遊物質量SS 200mg/L(日間平均150mg/L)
‐窒素含有量 120mg/L(日間平均60mg/L)
‐燐含有量 16mg/L(日間平均8mg/L) 等 

 現在、日本の法令では水耕栽培などの農産物生産施設からの排水について規制する法令はなく、農林水産省が示す「農業生産工程管理(GAP)の共通基盤に関するガイドライン」においても具体的に示唆している部分はありません。法規制がないので、極端に言えばどれだけ濃度・量の廃液を排出しても違法ではなく、法的にはBAPではないとされます。しかし、濃度や排出量によっては地域の公共用水の水質や生態系に悪影響が及ぶことが懸念されます。日本農業の持続可能な発展に向けて環境省や農林水産省等には本格的な調査と検討の上、必要な法規制や基準の策定を望むところですが、基礎的研究も少ない現段階では、すぐには期待できないものと思います。

 日本生産者GAP協会およびAGICとしては、排水規制がない現状において、溶液栽培施設からの排水による環境汚染を低減する現実的な方法について提案します。

 先ずは、これから新たに溶液栽培施設を建てる場合には、溶液循環型の設備を導入し、作物の植え替え時等に発生するベッド洗浄排水等、ごく少量の排水とすることを推奨します。

 なお、循環型の場合は、栽培上の病害管理や食品衛生の観点から溶液の殺菌も重要になります。

 次に、既存の設備で循環型でない場合の対策の例として、以下のような方法を提案します。

① 溶液のpH等を定期的に計測し、1回転ごとの作期終了時には、溶液養分を上記基準値に近いレベルまで下げてから排水する。
② 排液を公共用水域に直接排水せず、他の作物等に養分を吸収させるなどにより有効利用する。例えば、施設の隣の圃場などで蓮や空心菜など比較的養分吸収量の多い植物を栽培し、その栽培エリアに流す。施設の隣に圃場がない場合には、水耕施設を取り囲むバッファーエリアに池を設置した事例や、水耕施設の隣に水槽を用意し、その水槽に排液を流し、蓮や空心菜などを栽培している事例もあります。

2021/1


《箸休め》感染拡大を防ぐのはプラスチック?

食讃人

 1918~1920年に大流行したスペイン風邪は5000万~1億人が死亡したとされているが、当時の人口が20億人であったことを考えると、世界にとり非常に大きな衝撃であったことが窺える。当時の写真を見ると、感染の拡大を防ぐ方法としてベッド周りに敷布が多く使われていたようだ。昨年10月にWHOが「世界人口の約1割の7.8億人が新型コロナに感染する」と予測しており、世界銀行も同時期に「7億人超にまで感染が拡大する」と試算している。現在(11月末)総感染者数は6000万人超であり、1日60万人ほど増えているので、この率で行けばあと3年程かかることになる。新型コロナの致死率は平均で約2.4%なので、約8億人が感染すると2000万人ほどの死者が出る計算になるが、現在の世界の人口は78億人であり、スペイン風邪より衝撃は少ないのかもしれない。しかし、グローバル化した国際社会の交流が突然停止されてしまったのであるから、その衝撃はかなりのものになっている。

  新型コロナの感染拡大を防ごうと様々な方法がとられているが、スペイン風邪の時代と違って、各方面でプラスチックが大活躍である。コロナ以前から医療品の多くがプラスチック製の使い捨て製品であったが、新型コロナが流行してその必要性がさらに際立ってきた。マスクやゴーグル、注射器や輸液袋・ビニルチューブ、使い捨てガウンなどは昔からプラスチック製であったが、新しく普及したものにフェイスシールド、マウスカバー、プラスチック遮蔽板や遮蔽フィルムなどがある。まさしくプラスチック製品は、新型コロナの感染を防止する最前線で活躍している。

  食べ物などのテイクアウトや宅配が増えると、プラ容器・レジ袋、紙容器が増え、新型コロナの流行前に比べてプラスチック製品が大幅に増えている。これまで包装されていなかった焼立てのパンや、大皿に盛られていたサラダなども小分けされ包装されている。スーパーの野菜もすべて包装されているが、直売所の葉付き大根まで大きなフィルムで包装されるようになっている。さらに、感染防止のために、スーパーやレストランなどのレジ周りにも、アクリルの遮蔽板やフィルムが張られるようになっており、これらは全てプラスチック製である。このため、プラスチックフィルム・シートの製造工場ではフル稼働になっているようである。

  今年の7月からレジ袋が有料化され、一部はエコバッグになったが、レジ袋が有料化は、量的にも質的にも二酸化炭素の削減には全く関係がない。むしろ万引きとコロナの感染のリスクを増やすだけであり、スーパー・コンビニが経済的に助かるだけであり、庶民感覚に合わない。プラスチック包材はごみ処理の問題であり、海洋プラスチックの実情を見ると、日本式の分別回収と北欧式のエネルギー回収・ごみ発電を国際的に推進することの方がはるかに重要であろう。

2021/1


GAP・GH関連用語の解説ICM(Integrated Crop Management)

 ICM(Integrated Crop Management/総合的作物管理)についてインターネット等で検索しても、確固たる定義を示しているサイトはほとんど見つかりません。農林水産省のホームページでもIPMの定義はありますが、ICMについての定義や説明はありません。

 日本生産者GAP協会の田上理事長がJGAPを創設(2005)し、理事長をしていた際の研修資料(*1)では、GAPの枠組みの中の農業技術としてIPM、ICMを示しており、当時はシンジェンタジャパンにIPMとICMについての研修を依頼していました。

 "ICMとは"という説明で最も筆者らの認識に近い記述(*2)(日本語訳)は、「統合作物管理(ICM)は、作物生産をする地域の状況・気候・要件に応じて、作物の最適な選択、作物ローテーション、作物の栄養・土壌・水管理の最適化、環境・エネルギー・廃棄物の管理、および統合された作物保護戦略などの農業および環境管理の実践を統合し、作物管理のための総合的なアプローチを言います。法律や消費者や業界の要求に基いて、ICM戦略は、持続可能な農業生産を確保するために、研究や技術革新と地元の知識と経験を統合します」とされています。これはまさにGAPの意味と成果である「環境的にも、経済的にも、社会的にも持続可能な農業を行うことであり、それにより安全で質の良い農産物生産をもたらす」ことを支えるための中核的な技術および戦略であることが分かります。(GAPは、作物管理における技術面以外にも、法令順守、収穫後の農産物の食品安全・衛生管理、労働者の保護などが含まれ、より広い範疇となります。)

 日本生産者GAP協会/AGICが行う農場実地トレーニングのモデル農場としてご協力いただいている茨城県つくば市にある農産物直売所「みずほの村市場」に出荷する生産者(農場経営者)らは、直売所の技術指導に基づき、土壌管理、作物管理、病害虫管理などが相互に関連した統合的作物管理を実施しています。

(*1)田上理事長資料(https://www.maff.go.jp/j/seisan/gizyutu/gap/g_kaigi/190718/pdf/data3.pdf
(*2)AgriBusiness GLOBAL記事(https://www.agribusinessglobal.com/biopesticides/ipm-and-icm-the-unique-opportunities-and-challenges-for-biopesticides/

2021/1


株式会社Citrus 株式会社Citrusの農場経営実践(連載38回)
~会社の運営がマスコミに取り上げられ新聞やテレビに~

佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役

 朝日新聞の農業記者が弊社に「ネットで見た」といって電話による取材申込みが入ったのが最初である。取材前に本紙を渡して、「GAP普及ニュースに弊社の取組みが記載してあるので、まずそれを読んでから取材をして欲しい」と記者に伝えた。すると数日後、「GAP普及ニュースで確認が出来たので、改めて取材に伺いたい」との依頼があり、取材を受けることにした。朝日新聞の記者は、GAP普及ニュースをプリントアウトしており、また、私が15年前に取り組んだプロジェクトの記事『みかん栽培で新技術』(私の学位論文)の小ネタを朝日新聞のデータベースで見つけたと、その記事までプリントアウトして来社した。

 会社概要などは既に把握されていたが、記者が注目したのは、前号の巻頭言実践(37)に記載した記事であり、「その具体的な内容を聞きたい」と掘り下げてきた。これまで会社の後継者として育ててきた社員の自立就農についてどう思うかと聞かれ、弊社の人材育成の目標としては始めて非農家出身者の自立は意義があるとしながらも、「会社の後継者問題はまた1から組み立て直さなければならない課題が生まれた」と述べたところ、記事(朝日新聞10月11日)の最後にそのことが記載されていた。

 さらにその記事を読んだNHK和歌山放送局のディレクターから取材の依頼があり、同様に本紙「GAP普及ニュース」を読んでから取材に来てくださいと伝えると、その場で検索したようで、本紙を探し出してその日はそれで話は終わったが、たいそう興味を持ったらしく、「改めて取材に伺いたい」というので時間を指定して対応した。ディレクターも本誌「GAP普及ニュース」をプリントアウトして持参してきており、前号の実践(37)を深掘りしてきた。NHKのディレクターに新規就農者支援の陰で会社の後継者問題があることを話したところ、「それらの現場の苦悩を番組で取り上げます」と言うことでディレクターのストーリー編集とカメラ撮影に併せて2日間の取材に協力した。放映はわずか6分間だったが、単なるニュースではなく、「就農支援と会社の苦悩」として紹介された。放映された内容は、来年退社予定の社員と今年新規採用した2名の社員と、そして有田川町が臨時職員として採用した地域おこし協力隊の男性研修員の合計4名が常勤していること、それに和歌山県農林大学校の就農支援センター社会人課程で研修を受けている有田出身の男性をインターンシップとして年末まで弊社に勤務していることなどの紹介があった。ディレクターのインタビューを受けて私が述べたことは、9年前に会社を設立してからこれまでの就農支援と耕作放棄地の借上げなどで地域への貢献は果たしてきたことは自己評価したいが、新たに自社の後継者問題を抱えることなったことである。その苦悩を、経営者の私と会社の後継ぎになる予定で入社したが、来春には新規の就農を決意した社員との葛藤がテーマとなった。インタビューとディレクターの解説で番組は構成され放映された。

 朝日新聞やNHKテレビでは会社の後継者課題への取組みについての報道はなかったが、具体的な方向としては昨年の本誌実践(32)に記載したが、ここ2年間で販売会社として既にある「株式会社みかんの会」と連携でグロワー・シッパーとしてグループ化する計画を進めており、生産部門の担い手として新規採用した社員をこれから2年間で育成して行きたいと考えている。そして、有田みかん産地の新たな経営形態のモデルを築き上げていきたいと考えている。これらマスコミの取材を受け、改めて会社の継続者問題への取組みを決意している。

 最後に嬉しい知らせが届いたので報告しておくが、朝日新聞に農林水産省への不信を一部述べたが、別添の事業の「農業経営継続補助事業」の採択通知が届いた。弊社の計画は6次産業部門の加工作業現場での三密対策として柿チップスライサーの導入と、GAPに取り組む上で必要な加工商品配送専用の軽トラックを申請していた。軽トラックの採択は困難とされていたが、普通トラックは収穫物の運搬や肥料・農薬の散布用に使用し、洗車しながら両方を使い分けていたが、繁忙期の配送には会社代表者(社長)の自家用車を使用して対応している。しかし、今後6次産業部門の充実を図るため、配送のための社員と加工商品の安全を確保するためアシスト付きの軽トラックの導入を計画しところ、それが採択された。採択は嬉しいが、9月に採択結果を報告するとされていたのだが、「高収益作物次期作支援交付金」のもたつきで公表が50日程度遅れ、10月16日にネットで採択者が公開され、採択内容が通知されないまま20日間経過した11月7日に、10月16日付けの採択通知が届いた。事業実施は12月末で完了しなければならいとされているが、「年末までに基材が調達できなければ来年2月末まで」と記されていた。ここでも農林水産省の混乱ぶりがうかがえる。

 このような中で収穫繁忙期を迎えながら、幸い収穫支援者(アルバイト)がCitrusの活動を知り、応援に駆け付けてくれる環境が整ったことは大変有難いことである。

2021/1