株式会社Citrusの農場経営実践(連載55回・最終回)
~会社承継に成功~
佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役
2012年に農業生産法人として設立した株式会社Citrusの代表取締役を、2026年3月末に退任しました。退任後は取締役(会長)として、新規就農支援などをお手伝いする程度とし、会社の運営は全て後任の代表取締役に任せました。
今回の会社承継は、単に代表者を交代したということではありません。会社を次の世代に引き継ぐことで、私自身が所有する農地も、信頼できる農業法人に託し、将来にわたって維持していく道筋をつけることができました。私にとって、会社の承継と農地の承継は一体の課題でした。
会社設立の動機やこれまでの取組については、本紙でも紹介させていただきました。行政との連携により、数々の新規就農支援に取り組み、成果を上げてきましたが、一方で、私が設立した農業法人を誰に、どのように引き継ぐのかが大きな課題として残っていました。
今年3月には、2人の地域おこし協力隊員が農業研修を終え、有田川町で新規就農することが決まりました。資金運営については行政にお任せすることとし、このタイミングで会社も次の世代へバトンタッチしました。私自身が所有する農地についても、これまでと同様に維持していけるものと確信し、ほっとしているのが本音です。
振り返ってみると、私が「所有する農地をどのように維持していくか」を考える大きな岐路は、これまでに3回ありました。最初の岐路は、進学と海外研修を経験した時です。私はみかん農家の長男として生まれ、高校時代まではみかん農家を継ぐものと思っていました。しかし、進学し、海外研修に参加したことで考えが変わり、帰国後、まずは農業改良普及員として仕事をしてみようと和歌山県職員になりました。この頃は、これが農地の将来にもつながる岐路になるとは、それほど深く考えてはいませんでした。
2回目の岐路は、農業改良普及員として県内の農家の皆さんとさまざまなプロジェクトに取り組み、仕事の面白さを感じていた矢先に訪れました。父の急死です。2ヘクタールあった農地(みかん園)をどう管理していくか、選択を迫られました。
私が選んだのは、父が所有していた農地の半分を売却し、残りの農地については、農業改良普及員の仕事を続けながら管理していくことでした。
その頃に取り組んでいたプロジェクトが「農業の情報化」です。1986年には、NECが主宰するPC-VANに「AGネット 農と食」をテーマとした電子掲示板を開設し、「農業の情報化とはなんどや」と模索を始めていました。この農業情報化プロジェクトで出会ったのが、現在の本協会の田上隆一理事長です。
このプロジェクトの成果については、博士論文「ウンシュウミカン産地におけるITを活用した農業改良普及方法の研究」としてまとめていますので、ここでは詳しい説明は省きます。
3回目の岐路は、3人の子どもたちがそれぞれ家庭を持った後でした。所有する農地や家を、今後どのように維持していくのかを改めて考えることになりました。
家については、次女が我が家の隣に家庭を築いてくれたため、現在は漫画『サザエさん』のような家族構成になっています。しかし、農地については、家族だけで維持していける状況ではありませんでした。そこで、所有する農地を将来にわたって維持するためにはどのような仕組みが必要なのかを考えながら、60歳で定年退職を迎え、現在の取組に至っています。
有田みかん産地には、家族に農業後継者がいない専業農家が多数あります。そうした農家の農地を今後どのように維持していくのかが、現実的な課題として顕在化してきています。
これまでは、個人間で農地を貸し借りすることで当面の問題を解決できていました。しかし近年、借り手側でも世代交代が進み、経営の合理化が優先される一方で、地域のつながりを重視して農地を引き受けるという考え方が薄れています。その結果、農地の貸借がうまく進まず、管理されない状態となっている農地も多く見受けられます。
こうした状況を踏まえ、私は、信頼できる農業法人に農地を託し、農地として維持していく仕組みを構築したいと考え、株式会社Citrusの運営に力を入れてきました。法人設立以来、農業改良普及員時代に出会った方々をはじめ、多くの方から農地を託されています。
そして今、世界農業遺産となったみかん産地において、家族に農業後継者がいない農地所有者の一人として、私自身も農業法人に農地を託し、次の世代へつないでいこうと考えています。
2026年4月、株式会社Citrusの新代表取締役に就任したのは、姉妹会社として販売を担当する株式会社みかんの会の代表取締役でもある宮井健太氏(39歳)です。私が令和元年に掲げた「グロワー・シッパー構想」の実現に向け、生産部門と販売部門を一体的に運営する体制をつくることができたと考えています。
掲載した写真は、株式会社Citrusの代表交代の挨拶のため、和歌山県の出先機関である有田振興局を訪れた際に撮影したものです。前列右が新代表取締役の宮井健太氏、後列左が岩倉有田振興局長、後列右が森農林水産振興部長です。
局長、部長ともに農家出身で、私と共通する境遇があります。これまで私は、「退職後に自ら農業法人を設立するのか、それとも信頼できる農業法人に農地を託すのか、早いうちから考えてはどうか」と提案してきました。
今回の会社承継によって、会社だけでなく、私自身の農地も次世代につなぐ道筋をつけることができました。株式会社Citrusが、後継者のいない農地を信頼できる農業法人に託し、地域の農地を持続させていく仕組みの一つのモデルになれたかなと確信しております。
最後に、公務員として勤務しながら農業にも携わっていた時代は、バイクツーリングが趣味の私にとって少々つらい時期でもありました。春先の絶好のツーリング日和にはみかんの木の剪定作業があり、秋のツーリング日和には収穫作業に追われました。
私の周辺には、今もこのような生活を続けている方々が多くいます。50数年前、海外研修で訪れたアメリカでは、農業を引退した経営者が引退後の生活を楽しんでいる姿を目にしました。一方、我が家の周辺では、高齢者が今も黙々と農作業をしている風景があります。
こうした方々が働き続けているからこそ、農地が隅々まで管理されているという現実があります。しかし、私はこれが理想的な農村の姿だとは思いません。
私自身は、70歳を目標に会社承継を進めてきましたが、結果的には5年遅れの75歳で実現することとなりました。
今年で75歳となり、後期高齢者となりました。後期高齢者医療制度への移行により会社の健康保険料負担もなくなることから、新社長の配慮により、今後はこれまでの半額の役員報酬を受け取りながら、取締役(会長)として必要な支援を行うことになりました。その一方で、趣味のバイクツーリングを楽しみ、しばらく休んでいたアマチュア無線(JH3SCT)も復活させました。1000ワットのハイパワーで、みかん園からの無線運用を楽しんでいます。
今後は株式会社Citrusの日常的な運営から離れ、子どもたちの学校教育支援などにも取り組んでいこうと考えています。
長年にわたり、GAP普及ニュースを通じて株式会社Citrusの経営実践を応援していただいた方々に、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。
2026/9