株式会社Citrusの農場経営実践(連載4回)
佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役
読売新聞の社説に「攻めの戦略で自由化に備えよ」と農業政策が提案されていました。農業生産法人としておおむね1年が経過した今日、私も農業の規模拡大が当たり前の課題と考えます。しかし、果樹農家の規模拡大には困難な課題が山積されています。
この1年間に経験した内容を挙げてみますと、先ず一昨年、農業生産法人設立に当たり一ヵ所にまとまった面積の樹園地確保が必要でした。それで、農地銀行などに預けられている1ヘクタール規模の樹園地を3ヵ所借り受けました。しかし、充分な事前調査を怠ったため、植栽されている果樹の種類や品種構成を把握していなかったことで、それぞれの収穫のタイミングを逃し、有利販売につなげられませんでした。また、樹園地の付帯設備として借り受けた多目的スプリンクラー設備、単軌道運搬設備、その他の薬剤散布用配管などの老朽化が進み、その修理代金が大きな負担となったことなども問題でした。農業委員会の取決めの中には、「施設の修理代金は地主負担」とありますが、多額の借地代金を支払ってはいない現状では、「地主負担」と決めつけられず、弊社が負担しました。6年間の借受け期間で契約したのですが、1ヵ所の園主さんから、弊社の今後の付帯設備の改修方針や樹体の管理方針が「貸し付けた条件に合わない」とクレームが入り、やむを得ず樹園地を返還することとなってしまいました。その園主は、自分が管理していた方法が継続されることを望んでいたようです。
このような問題から、樹園地の借受け条件には様々な課題があり、ここに貸し借りが進んでいない背景があることが理解できました。現在、樹園地を借り受ける場合には、樹園地の状況判断に加え、園主と借受け者との間で樹園地の管理方法について充分な話合いをした上で契約を交わすことを最優先にするよう心掛けています。
2013年に入り、農地銀行のみに頼らず、新たな樹園地を確保する手段として、新聞の折込み広告を出してみました。広告には「昨年、定年退職を機に、高齢化によりみかん園管理の継続が困難になった農家の農地を借り受け、農業を目指そうとする若者に農地を管理して貰う農業生産法人を立ち上げました。そこで、農地(みかん園)を貸してくれる方を募集しています」という内容を記載したところ、直接6件の情報が入りました。
園主の話を伺ってみると、全部が「時すでに遅し」という結果でした。「樹園地の借り手が見つからず、2・3年前から放任状態にあるが、作ってくれないか」というのです。温州ミカン園は、1年以上放置すると回復が困難になります。従って、生ものを扱うのと同じで、タイミングが合わないと貸し借りが成立しません。
各市町村の農業委員会は、農地銀行制度を持っていますが、情報公開が充分でないため、長い間眠っていて、時間が経つにつれて回復が不可能になる樹園地も多く見受けられます。今回の新聞の折込み広告により直接生産者から申し出のあった情報では、残念ながら貸し借りは成立しませんでしたが、2社の肥料販売店から弊社の取組みついての問合せがあり、その内の一社から園主の紹介情報があり、2月8日に農用地利用集積計画作成申請を有田市長宛提出することができました。
振り返ってみますと、当初の貸し借りにも地元の肥料販売店が関わっており、肥料の取扱いに関わる利害関係もあることから、生きた農地銀行的役割をこの業界が持っていることを知りました。私の普及指導員時代に関わりの少なかった業界です。柑橘産地には肥料へのこだわりを持って栽培している専業農家が多く、それらの農家は、民間の肥料販売店と密接に関わっていて、農家の高齢化や経営者の突然の不幸などで樹園地の管理が困難になった場合の相談役をも担っているように思えました。現状では、行政やJAは残念ながらこのような問題に対する相談窓口にはなっていないのかもしれません。
攻めの戦略に耐えうる農業を育てるには、規模拡大が課題である以上、持続不可能となった農家の農地を素早く継承していける専業農家や新規参入を含む農業生産法人などに、双方が有利な形でバトンタッチできる専門的なアドバイザー的機関の設置が急がれると思います。今までのような農業委員会制度や農地法に早くメスを入れ、農産物の自由化に耐えられる強い農業者を育てる農業政策とそのための新たな制度の設置が重要と考えます。
いろいろ述べてきましたが、農業生産法人を設立しても、樹園地の場合には簡単に農地が集積できるわけではありません。安易に「規模拡大を!」と呼びかけるかけ声だけの運動や政策だけでは解決しないのが果樹産地の実情です。当面は、独自で農業生産法人の有利なところを生かし、いろいろなところに情報を発信して情報収集に努めようと考えています。
園地が連なる地域で放任された園地がでると、病害虫の発生源となり、周辺に迷惑をかける危険性
「補助事業に頼った経営では長続きしませんよ」と退職前に県幹部から忠告を受けたのですが、農業生産法人の少ない和歌山県では、設立5年以内の農業生産法人に対して機械や施設導入に補助制度があり、現状の経営状況から考え、弊社では適用可能な補助事業に全てに挑戦せざるを得ません。本来なら、経営に余裕ができてから柑橘類の出荷調整のための貯蔵施設設置を計画するのですが、2012年産の柑橘類の取引があまりにも需要と供給の時期が一致せず、計画販売に失敗しました。そこで、早急に出荷調整施設の導入を決定し、事業の申請をしたところ、これはラッキーにも事業の適用を受けることができ、3月28日に大型の冷蔵貯蔵庫が完成しました。弊社としては大規模な投資になったので、もう後には引けない状況です。
TPP交渉への参加が決まった現在、農家としての人材育成の課題を積極的に解決していくためには、農業生産法人などへの国・県の新しい補助制度がもっとたくさんあってもいいと考えています。そして、理想としては、非農家の師弟の入学が多くなった農業大学校の卒業後の進路として、農業生産法人への就職があると思います。