『プラネタリーバウンダリーと生態学的土づくり』
GAP普及ニュース79号(2024/11)掲載
山田正美 一般社団法人日本生産者GAP協会 専務理事
地球科学的観点からの警告
今から15年前の2009年に地球環境のリスクを示したプラネタリーバウンダリーという考え方が具体的な数字を伴って示されました。これは現在の地球環境がどのくらい危機的な状況にあるかを9項目にわかりやすくまとめたものです。プラネタリーバウンダリーで示された「リスク増大」あるいは「リスク大」の項目を「安全」なレベルまでリスクを下げていくことは、人類が将来にわたり持続的に生活していくうえで不可欠となっています。
プラネタリーバウンダリーの最新版では9つの項目のうち、3つの項目が「安全」な範囲になっていますが、残りの6項目が大きなリスクの状態にあるという判定になっています。それらのリスク要因を見てみますと、ほとんどの項目で大なり小なり農業が関係しているというのが現状です。これに対して、さまざまな対策や取り組みが考えられますが、ここでは農業に関する代表的な取り組みを三つ紹介します。
プラネタリーバウンダリー(Planetary boundaries)は、人類が生存できる安全な活動領域とその限界点を定義する概念で、地球の限界あるいは惑星限界とも呼ばれている。
農業に期待される取組み
- 一つ目は気候変動の緩和に関して、大気中の温室効果ガスの濃度を下げて、脱炭素社会を実現することで「安全」なレベルに維持するということ。
- 二つ目は肥料(窒素、リン)や淡水の使用を適正なレベルに保ち、環境と農業を調和させるということ。
- 三つ目は生物多様性の保全で、生物種の絶滅を抑え、生物圏の健全性を保つということです。
地球科学的観点を考慮した生態学的土づくり
上に示した三つの取り組みと土づくりとの関係はどうなのでしょうか。 一つ目の気候変動に関して、主な温室効果ガスは、化石燃料の燃焼等による二酸化炭素(CO2)、稲作、家畜の消化管内発酵等によるメタン(CH4)、農地の土壌・肥料、家畜排せつ物等による一酸化二窒素(亜酸化窒素、N2O)等です。耕起が有機物の分解速度を速めることが知られているので、耕起の回数や強度を減らすことでCO2排出の削減や、炭素、すなわち有機物を土壌に蓄積させることで貢献できそうです。
二つ目のうち肥料(窒素、リン)の施用による淡水の汚染は、作物に利用されない余分な養分を施用しないことと、作物収穫後に残存している養分が溶脱しないように次期作までの期間にカバークロップを植栽するなどの対策が有効となります。淡水利用に関しては、土壌の保水力を高めることが有効です。そのためには、土壌生物の活動を活発にさせ土壌の団粒化を促進させることが有効だと考えられています。ここでも、耕起を少なくすることが土壌生物の生息密度を上げ、土壌の団粒化を促進し、保水力の向上につなげるものと考えます。
三つ目の生物多様性の保全では、耕起を抑制し土壌中の有機物を土壌生物の餌として保つことで、多様な土壌生物を保全することができます。
カバークロップと減耕起・不耕起
ここで、減耕起栽培や不耕起栽培で先行している米国の実態について、調査報告書『National Cover Crop Survey Report 2022-2023』を見ると、カバークロップ以外にも減耕起栽培や、不耕起栽培についても言及されています。その中で、アンケート回答者はカバークロップを栽培していることが不耕起栽培や減耕起栽培への移行を容易にしていると回答しています。その理由としては、カバークロップが土壌構造を改善していることを挙げています。具体的には、土壌水分の管理が容易になったこと、土壌圧縮が少なくなったこと、雑草防除が良くなったことを挙げています。
これらはいずれも、カバークロップを併用することで、耕起を減らすことがとても効果的であることを示しており、昨年日本生産者GAP協会が翻訳・発行した「実践ガイド 生態学的土づくり」の図24.2にも同じようなことが掲載されています。
農業で出来ること
地球規模の温暖化や生物多様性を改善するために、カバークロップの栽培をし、耕起を減らした方が良いということは理屈で分かっていても、自分の農場で何ができるかを考えた場合、今までうまくやってきた慣行の耕起を伴う農法を、リスクを冒してまで変えるメリットがどこにあるのかと考える人も多いのではないでしょうか。
筆者が見聞きした減耕起や不耕起を実践している事例は、環境への強い思い入れがある人が多いようです。こういった先駆的人達は徐々に増えつつありますが、日本の農業全体に影響を及ぼすまでには至っていないようです。プラネタリーバウンダリーは地球規模の環境リスクを示していますが、現状の工業型農業の継続では、人類生存のリスクはますます増大するばかりです。
一歩踏み出すことが重要
やってみたいけど何から取り組んでよいかがわからない人には、経営に大きな影響を及ぼさない程度の小面積で試験的にカバークロップの導入や耕起の減少に取り組むことが重要です。実際に自分の農場で土壌の健全性を高める効果を確認したうえで、経営的に環境対策を拡大するというのがおすすめです。Webサイトには不耕起栽培(No-till farming)の情報が大量に存在していて、カバークロップ・不耕起栽培専門サイトや初心者向けの動画などもたくさんあります。最初は効果が出ず、収量の停滞や低下がみられる場合があるかもしれませんが、数年すれば効果が出てくるのが一般的なようです(先ほど示した図参照)。
また、このような個別の対応も大事ですが、面的広がりを持った取り組みはもっと重要で、行政による技術面や資金面でのサポートが必要であると考えます。米国農務省(USDA)は、持続可能な農業技術を農家に広めるための研究と教育を行い、農政として不耕起栽培を推奨しています。「実践ガイド 生態学的土づくり」は、USDA国立食品農業研究所のSARE(持続可能な農業研究教育)で出版している実践的教育書です。 かけがえのない地球を守るために、農業ができることは何かをもっと考える必要があるのではないでしょうか。あなたも一緒に、どうしたら気候変動のリスクや生物多様性減少のリスクを減らせるかを考えてみませんか。
GAP普及ニュースNo.80 2024/11