株式会社Citrusの農場経営実践(連載1回)
佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役
私は、農業改良普及員を長年務め、2012年3月に農業大学校勤務を最後に退職しました。私自身、これまで兼業農家としてわずかな果樹園を管理していましたが、せっかくこれまでの仕事で培ってきた知識と得られた人脈を活用して、また、和歌山県内のみかん産地である有田地域の出身であることを考え、新たな農業形態のモデルを作ろうと実験事業を始めました。
果樹園の管理は、水田の管理に比べて規模拡大が大変難しいという問題があります。作業を機械化できるところが少なく、重要な作業である剪定や、摘果、収穫などのほとんどが手作業だからです。有田地域では、5ヘクタールの果樹園を管理していると言えば大規模経営であり、わずか数戸しかありません。大部分の専業農家は1.5ヘクタールから3ヘクタールの範囲です。
しかし、この規模では近年、ウンシュウミカンを中心にした果樹園経営では所得が不安定で、専業農家は農業後継者を育成するのを拒んでいるのが実態です。一方、教育機関は一流大学に送り込むことに力を入れ、地域の活性化に役に立つ教育に目を向けていません。このため、地域から優秀な人材が流出してしまうという社会現象が起こっているように思います。私も含め行政機関では、盛んに「後継者の確保」をうたい文句にしていますが、専業農家が農業の後継者を望んでいないのでは空回りになってしまいます。果樹園管理の経営形態にメスを入れなければ、10年後には廃園だらけのみかん産地になってしまうのではと危惧します。専業農家に聞いてみますと、「果樹園を借地して規模拡大を図って収益の拡大を検討しているが、我が家に農業後継者はいないので踏み切れない」といった話をよく聞きます。
農業生産法人を設立することで、今まで個人では借地による規模拡大に踏み切れなかった農家も、組織的に管理体制が整えられれば、安心して資金を借り入れられる環境が整います。また、農業生産法人としてなら人材育成の業務も組織的に容易に行えるのではないかと考えました。
退職1年前に、人脈の一人である流通業界の知人のT氏から、農業生産法人を設立する話があり、先に述べた課題や農業後継者を本気で確保する活動について議論した結果、前向きに検討する運びとなりました。その知人が「取引きをしている農家数戸に声をかけてみるから」と言われ、その集まりに呼ばれました。このとき、農業改良普及員をやっていて良かったと思いました。農家の方々は、私のことをよく知っていてくれおり、このような出会いの場で、4Hクラブの再来であるかのような発言があり、私も感動しました。我が社の専務取締役のY氏は、私が4Hクラブの指導を担当していた時代の4Hクラブの会長でした。会社の他の構成員も4Hクラブの会員であったり、4Hクラブに深く関わりのあった農家でした。知人のT氏も、このような過去の経緯とお互いの関係に驚いていました。
私は、農業生産法人の運営方針の一つに「人材育成システムの立上げ」を加え、これにより農業をやってみたい人を集めて、若者に新規就農のチャンスを与える話などを説明しました。農家の本音は、知人のT氏を通じて返事を待つことにしました。数日後、T氏からOKの返事を聞き、株式会社の設立と人材育成システムの立上げに踏み出しました。
実験事業としていますので、サクセスストーリーを夢見て、あとで全て公開できるように司法書士・税理士・労務管理士・会社役員ら専門家の支援を得て、指示通りに事を運びました。株式会社の構成員のあり方、役員構成、出資金、事業展開など、株式会社の登記を今年の4月2日に定め、逆算して手続きを進めました。
次回からは、株式会社の設立手順や農業生産法人の設立、また、地域の教育のあり方と支援活動まで順次報告させていただきたいと思います。
「4Hクラブ」とは
1890年代から1900年代初頭にかけて、農業教育への需要が高まるアメリカの各地で、農業系の大学や研究所を中心にクラブ活動のような活動が展開され始めた。このようなアメリカでの活動が「4Hクラブ」の起こりと考えられる。日本では、1949年に「日本4H協会」として発足し、1973年に現在の「全国農業青年クラブ連絡協議会」に名称を変更し、活動を続けている。現在、農業の担い手不足が深刻化する中、農業に「夢」を抱き、日本の農業を背負っていく20代・30代の農業青年を中心に1万名以上のメンバーが加盟し活動を行なっている。 主な活動として、農業の「夢」の実現に向けた農業技術や生活改善・研究成果の発表・仲間作りを結成当初から行い、 社会動向に合わせ、消費者・他産業青年との交流・ボランティア活動など、農業以外の活動も活発に行なっている。 『各地域から日本の農業を発展させ、日本農業こそが日本経済の発展につながる!』 このことを信じ、リーダー・メンバーが一体となって農業青年が自ら農業で社会に貢献する熱心な取組みを全国各地で企画・実行している。ちなみに、4Hとは、Head(頭)、Heart(心)、Hands(手)、Health(健康)の4つの頭文字で、四つ葉のクローバーをシンボルとしている。