-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

GAP普及ニュース 86号

『2025年度GAPシンポジウム開催報告』 【Ⅲ】
スマート農業×営農指導 ―データ駆動型で拓くGAP―

一般社団法人日本生産者GAP協会 教育・広報委員会

 GAP普及ニュース84号、85号に続いて、『2025年度GAPシンポジウム』2日目の講演内容と総合討論の概要を報告します。

  「記録したデータを活用できていない」「昨年の作業記録を踏まえたアクションが立てられない」といった現場の課題に対し、LINE入力、AI記録・整理、必要な作業通知など、記録から助言までの営農指導をつなぐ仕組みも示されました。総合討論「データ駆動型の生産&営農指導の未来」では、普及の実際、JAの役割、AIの活用範囲、データ継承、そしてアルメリアから学ぶべき考え方が、相互につながる論点として提示されました。


≪ シンポジウム報告⑦ ≫
「全農におけるスマート農業の取り組みについて」
室谷元  全国農業協同組合連合会耕種総合対策部スマート農業推進課 課長
≪ シンポジウム報告⑧ ≫ 
「有機農業とロボットで持続可能な農業を実現」
豊吉隆一郎 株式会社トクイテン 代表取締役
≪ シンポジウム報告⑨ ≫
「AI駆動のデータ連携で実現する生産と営農指導」
佐々木 佑介  株式会社きゅうりトマトなすび 代表取締役
≪ シンポジウム報告⑩ ≫
「Agrihubを活用した農場管理と集出荷システムの連携による効率化プロジェクト」
田村繁行 新岩手農業協同組合 営農経済部米穀園芸課 監理役
(共催:JA全農いわて営農支援部営農技術課)
≪ シンポジウム報告⑪ ≫
「JA生産部会の組織基盤強化に向けて「よりよい営農活動」×「将来見通しアンケート」」
植田紘充 岡山県農業協同組合中央会 営農・担い手対策部 部長補佐
≪ シンポジウム報告⑫ ≫
総合討論「データ駆動型の生産&営農指導の未来」
シンポジウム報告⑦⑧⑨⑩⑪の質疑応答

≪ シンポジウム報告⑦ ≫
「全農におけるスマート農業の取り組みについて」

室谷元全国農業協同組合連合会耕種総合対策部スマート農業推進課 課長

 2025年度GAPシンポジウムで全国農業協同組合連合会耕種総合対策部スマート農業推進課の室谷元氏は、全農におけるスマート農業の取り組みを、単なる新技術の紹介ではなく、農業者減少下で生産を維持するための実務的な仕組みとして説明した。講演の出発点にあるのは、基幹的農業従事者の減少がこのまま進めば、将来の農業生産を従来どおりのやり方では支えきれないという危機感である。全農はその対応を、「人を増やす」「収量を増やす」「効率をあげる」という三つの方向で整理しており、室谷氏はそのうちスマート農業を「効率をあげる」ための中核的なソリューションとして位置付けた。ここで重要なのは、スマート農業が機械導入そのものを目的とするのではなく、労働生産性の向上を通じて持続的な農業生産を支える手段だと明確に捉えられていた点である。

【スマート農業を「サービス」として捉え直す】

 講演では、スマート農業を「作業の自動化」と「データ活用」の二つのアプローチから整理していた。ロボットやドローン、自動運転といった技術は前者に当たり、圃場情報や作業情報、生育情報を整理して判断につなげる仕組みが後者に当たる。ただし、室谷氏が強調したのは、こうした技術を個々の農業者が単独で導入するだけでは限界があるという現実である。そこで注目されるのが「農業支援サービス」という考え方であり、機械や人材、データ分析機能を外部サービスとして提供することで、地域全体でスマート農業を活用しやすくする方向が重要になるという整理であった。講演の視点は、技術を"持つ"ことより、技術を"地域で使える形にして届ける"ことへ置かれていたと言える。

【現場のボトルネックは圃場情報の管理にある】

  この問題意識を具体的に示したのが、全農が行ったドローン共同防除サービスの調査である。講演では、15県・27事業体へのヒアリング結果をもとに、共同防除の課題として、作業者の確保やバッテリーの問題だけでなく、「圃場情報の特定・共有」や「作業調整の困難さ」が大きな比重を占めていることが紹介された。室谷氏は、この部分について、GAP(適正な農業実践)に取り組んでいれば本来は基礎として整っているはずの領域だと述べる。つまり、スマート農業の高度な機能以前に、どの圃場で、誰が、何を、いつ行ったかを把握し共有するという一丁目一番地の管理が、現場ではなお十分でない。その意味で、スマート農業とGAPは別々の話ではなく、圃場管理や記録管理という基盤の上でつながっているというのが、講演の重要な示唆であった。

【Z-GISとザルビオが担う「基盤」と「分析」】

  全農はこうした課題に対し、Z-GISとザルビオをプラットフォームとして位置付けている。Z-GISは電子地図にExcel情報を紐付けて管理する仕組みであり、一見すると地味で単純に見えるが、圃場の所在、作業履歴、受注状況、精算情報などを一元的に扱える点に価値がある。室谷氏は、この「まず圃場をきちんと管理できるようにする」こと自体が、スマート農業の第一歩だと説明した。実際、Z-GISは全国85万ha以上で利用されており、共同防除、施肥、収穫作業の進捗管理などにも広く使われている。これに対し、ザルビオはAIによる生育予測や衛星センシングによって、生育状況の把握や作業順位の判断、可変施肥などを支援する役割を担う。両者は、基礎的な情報管理と、より高度な分析・予測をつなぐ関係として整理されていた。

【営農指導DXとしてどう活かすか】

  講演後半で室谷氏が示したのは、こうしたシステムを単なる営農管理ツールではなく、JAの営農指導に組み込む「JA営農指導DX」という発想である。ICTを活用して農業情報を収集・管理・解析し、それをJA管内の経営体へのサービスとして提供することで、生産者側には技術導入のメリットを届け、JA側には指導内容の標準化や継承の基盤をつくることができる。人事異動や指導員の若年化が進む中で、指導の質を個人の経験だけに依存させないことは重要であり、室谷氏はこの点を組織的導入の意義として語っていた。ここでは、スマート農業が単なる省力化技術ではなく、営農指導体制そのものの再設計に関わるものとして捉えられている。

【事例が示すのは「高度化」より「つながること」】

  資料では、Z-GISの活用事例として、JA全農ちばのドローン作業受託、土壌診断結果の可視化、契約栽培の作付管理、営農巡回、事業承継、農地集約などが示された。またザルビオについても、生育予測を用いた共同防除の適期判断や、可変施肥による収量向上の事例が紹介されている。だが講演全体を通して印象的なのは、個々の先進機能そのものよりも、圃場情報、作業情報、生育情報、指導情報をつなぎ、関係者が共通の基盤で扱えるようにすることの重みである。室谷氏の講演は、スマート農業の価値を、派手な機械やAIの新規性ではなく、地域の営農支援を成立させる業務基盤の整備として描いていた。

【連携と互換性の発想】

  さらに見落とせないのは、全農がZ-GISとザルビオを閉じた専用システムとしてではなく、他社の営農システムや農業機械、病害虫診断システムなどと連携する基盤として位置付けている点である。講演資料では、KSASとの連携によるデータ移行や可変施肥、日本農薬の診断結果の地図表示なども紹介されていた。これは、農業現場に複数の機器やサービスが混在することを前提に、それらの互換性を高めながら業務管理を進めようとする考え方である。スマート農業が普及段階に入るほど、「どれほど高度な機能があるか」ということ以上に、「既存の実務とつながるか」「地域の関係者が同じ情報を見られるか」が重要になる。室谷氏の説明は、その現実的な論点をはっきり示していた。

【GAPとの接点をどう読むか】

  その意味で本講演は、スマート農業をGAPの外側にある別の話としてではなく、GAPの実践基盤を補強し、拡張するものとして捉える視点を与えている。圃場の特定、作業記録、情報共有、分析に基づく対応といったプロセスは、まさにGAP(適正な農業実践)の中核でもある。室谷氏が、共同防除で顕在化した課題を前に「GAPをやっていれば本来は問題にならない部分」と語った点は象徴的であり、今後の営農支援では、GAPの管理基盤とスマート農業のデータ基盤を切り離さずに捉える必要があることを示していた。技術導入の成否は、先端機器の有無だけではなく、基礎的な管理をどこまで地域で整えられるかにかかっている。そのことを、全農の現場感覚に即して示した講演であった。

2026/9


≪ シンポジウム報告⑧ ≫
「有機農業とロボットで持続可能な農業を実現」

豊吉隆一郎 株式会社トクイテン 代表取締役

 2025年度GAPシンポジウムで株式会社トクイテン代表取締役の豊吉隆一郎氏は、「有機農業とロボットで持続可能な農業を実現」をテーマに、自社農場での実践を軸に講演した。話の中心にあったのは、ロボットという先端技術そのものではない。有機農業を、環境面で望ましい取り組みとして語るだけでなく、きちんと利益が出て、人が続けられ、次の投資につながる事業として成立させるには、何を組み合わせるべきかという経営の設計思想である。豊吉氏は、販売、栽培、投資、自動化を分けて考えるのではなく、一つの事業モデルとしてつなぐ視点を示した。

【起業の背景と「持続可能性」の三条件】

  豊吉氏はもともとクラウド会計サービスのスタートアップを立ち上げた起業家であり、その経験を経て二つ目の挑戦として農業を選んだ。背景には、コロナ禍を通じて「誰かがやらなければ困る課題に向き合いたい」と考えたこと、そして農家から水やり自動化の相談を受け、農業現場にまだ大きな改善余地があると感じたことがあったという。農業大学校で学び、自らも営農を始めた結果、有機農業は社会的な期待が高い一方で、そのままでは労働負担や収益性の点で持続しにくい面もある。そこで氏は、持続可能性を「環境的持続可能性」「人的持続可能性」「経済的持続可能性」の三つで捉え直した。化学肥料を減らし、地域資源を循環させるだけでは足りず、利益が出て規模拡大できること、そして人が肉体労働だけに追われず、より価値の高い仕事に時間を使えることが必要だという整理である。講演の出発点には、有機農業を理念先行で語るのではなく、続けられる産業としてどう作り替えるかという強い問題意識があった。

【自社農場を核にした事業づくり】

  トクイテンは、愛知県知多市でスペイン型の高軒高ハウスを用い、有機JAS認証を取得したミニトマト栽培を行っている。平均糖度8程度の少し甘めのトマトを狙い、味のコントロールと収量のコントロールの双方にデータを活用しているという。2021年から営農を始め、収穫量は年々伸び、生産分はおおむね完売している。さらに現在は、農林水産省のSBIRフェーズ3採択を受けて、1ヘクタール規模の新農場建設にも取り組んでいる。そこではオール電化を前提とし、カーボンニュートラルと省力化を両立させる構想が示された。ここで重要なのは、ロボットを外販する会社としてではなく、自社農場を増やし、農産物売上を最大化することを経営の主軸に置いている点である。ロボット開発も、営農現場の収益性と作業負担をどう変えるかという観点から評価されていた。

【有機農業を成立させる販売設計】

  講演で印象的だったのは、豊吉氏が販売を「作った後に考えるもの」ではなく、営農の前提条件として置いていた点である。自社では有機であることに加え、「おいしい」商品として売ることに力を入れている。どの小売で、どの価格帯なら通るか、どの客層に合うかを事前に整理し、営業の優先順位を付ける。店頭では他社商品の価格、内容量、パッケージ、訴求方法を調べ、データベース化する。さらに、300グラム800円弱では高く感じられるが、150グラム400円弱なら手に取られやすいといった売場の反応を踏まえ、内容量や値札の見せ方まで調整する。POPやチラシも仮説を持って多数試し、糖度訴求が効く売場では値上げしても売上が伸びた事例も紹介された。

 ここで示されたのは、有機農産物だから売れるのではなく、誰に何をどう売るかを詰めて初めて事業として回るという現実である。氏が「先に売り先をつくってから作る」と語った点は、本講演の中でも重要な骨格だった。

【スペイン視察が変えた投資と役割分担の発想】

  豊吉氏は昨年のスペイン視察、とりわけアルメリアで学んだことを大きな転換点として語った。そこで衝撃を受けたのは、投資のメリハリである。ハウス側は雨風を防ぐ程度のローテクにとどめる一方、選果・販売の出口には大きく投資し、品質担保と省力化を徹底していた。また、データに基づいて灌水や施肥、防除を指示するテクニコの存在、農家は作ることに集中し、販路は農協側が確保するという完全分業の仕組みも強い印象を残したという。氏は、こうした構造があるからこそ、農家は安心して規模拡大や改善投資に踏み出せると捉えた。

 日本では生産現場の設備に過剰投資しがちだが、本当にお金をかけるべき重点ポイントどこかを見極める必要がある。この問題提起は、単なる海外事例紹介にとどまらず、自社の投資判断や経営設計を見直す視点となるとされていた。

【データに基づく栽培管理と「引き算」の実践】

  こうした学びを受け、トクイテンでは環境制御と作業記録を土台に、再現性のある栽培へと寄せている。ポケットファームを使った環境制御に加え、土壌水分センサーや潅水部分は自社開発し、20アールの農場で土壌水分を安定させている。AIR-FOGの導入により、葉面散布の手間を大きく減らしつつ、灰色かび病やサビダニなどの抑制にも手応えを得ているという。さらに、作業時間を通路単位で記録し、早い人のやり方をマニュアル化して共有するなど、属人的な作業を標準化しようとしている。毎週の生育調査や毎月の土壌分析も、潅水量や追肥量、収量予測の判断材料として位置付けられていた。

 一方で氏は、スマート化を「足し算」だけで捉えていない。スペインで学んだ「逆に減らす」という発想から、ビニールマルチをやめて籾殻マルチへ切り替え、農薬や購入肥料も減らし、益虫や微生物の活用を試みている。設備や資材を増やすだけでなく、減らしても成立する仕組みを探ることが、結果として持続可能性につながるという視点がここにあった。さらに、生成AIをSNS投稿文、多言語対応、動画脚本、POP案のたたき台作成などに使い、事務・企画業務の効率化にもつなげている点は、現場とバックオフィスを分けずに改善しようとする姿勢をよく示していた。

【ロボット開発を現場の経営に埋め込む】

  ロボット開発も、未来的な話としてではなく、自社営農の中で本当に使えるかどうかという基準で語られた。収穫ロボットは当初のトング方式から吸引方式へ転換し、画像認識でトマトの位置と熟度を判定する仕組みへ進化している。完熟だけでなく、出荷先に応じて収穫タイミングを調整できることも視野に入れる。また、防除ロボットや糖度選別機も自社で開発し、光防虫器の巡回化や高糖度トマトの選別販売に結び付けようとしている。ここでのAIは、単に「賢い技術」という意味ではなく、画像認識や予測モデルを通じて、人の判断を補い、販売単価や作業設計まで含めて経営を変える手段として位置付けられていた。

 豊吉氏の講演が示したのは、有機農業の持続可能性を支えるのは理念だけでも技術だけでもなく、売り先をつくること、データで栽培を再現可能にすること、投資を集中させること、そして人がやるべき仕事と機械に任せるべき仕事を切り分けることである。ロボット開発、有機栽培、販売設計、環境制御を一体で組み上げる同社の試みは、スマート農業を「導入する技術」から「経営を成立させる設計」へ引き戻して考えるうえで、示唆の大きい講演であった。

2026/9

≪ シンポジウム報告⑨ ≫
「AI駆動のデータ連携で実現する生産と営農指導」

佐々木 佑介 株式会社きゅうりトマトなすび 代表取締役

 2025年度GAPシンポジウムで株式会社きゅうりトマトなすび代表取締役CEOの佐々木佑介氏は、「AI駆動のデータ連携で実現する生産と営農指導」をテーマに講演した。話の中心にあったのは、生成AIそれ自体の新しさではない。農業現場に蓄積される記録、マニュアル、画像、センサーデータ、経験知をどう結び付け、生産と営農指導に使える知識へ変えるかという課題である。佐々木氏は、農業特化型生成AIとデジタルツイン技術を組み合わせ、記録、診断、助言、計画を一体化する構想を示した。

【農業特化AIを現場に落とし込む発想】

  株式会社きゅうりトマトなすびは、一次産業に特化したAI開発を行う東大発スタートアップである。佐々木氏自身は大学院進学後にスマート農業へ関わり、高知県での取り組みをきっかけにこの分野へ深く入ったという。修士段階では農場の3Dスキャンによる生育診断自動化を研究し、その延長上で現在の事業に至った。また同社は、AI開発だけでなく、2025年12月から約20アールの農地を借り、自らトマト生産にも着手している。技術を外から提供するだけでなく、自分たちでも作る立場に立つことで、現場で本当に機能する仕組みを組み立てようとしている点が特徴である。

【「データをつなぐ」ことが出発点】

  講演で繰り返し示された全体コンセプトは「デジタルツインAI農業基盤 × 農業特化型生成AI」であった。農業には、栽培暦、営農記録、気象、センサー、画像、試験研究機関の知見など多様な情報が存在するが、それぞれが別々に扱われ、十分に連携・活用されていない。そこで同社は、農場に関わる情報をできるだけデジタル化し、AIがそれを読み解いて判断や提案を返す仕組みを目指している。

 作物や品種、地域によって必要な知識が異なる一方、別の作物にも転用できる知見はある。そうした関係性を踏まえ、農業現場に合った情報の与え方を独自に設計していることが、同社の強みとして語られた。1月末にリリースした農業特化型AIエージェントシリーズ「ノウノウ」には短期間で多数の問い合わせが寄せられたというが、その背景には、単にAIが新しいからではなく、散在していた情報をまとめて扱いたいという現場側のニーズがあることがうかがえた。

【ノウノウシリーズが目指す産地の知識基盤】

  その具体化として紹介されたのが、「ノウノウチャット」「ノウノウ for 産地」「ノウノウハブ」などの農業特化型AIエージェント群である。これらは、地域や品目の特徴、産地マニュアル、栽培暦などを学習したAIに、24時間365日相談できる仕組みであり、ファイルや画像、音声、数値データも組み合わせて扱う方向で開発が進められている。ここで重要なのは、一般論を返すAIではなく、地域固有の条件や組織内ルールを踏まえた、現場で使える回答を返すAIを目指している点である。圃場ごとのデータや文書を地図やファイルシステム上で一元管理し、それを基に組織固有のAIモデルを構築できれば、産地のナレッジは属人的な経験から共有資産へ変わる。さらに、技能実習生等を見据えた外国語対応の話題も紹介され、日本語特有の農業表現をそのまま機械翻訳するのではなく、現場で通じる形に整える必要があることも指摘された。

【記録を負担ではなく資産に変えるノウレコ】

  講演の中でも実務性が伝わりやすかったのが、「ノウレコ」の説明であった。従来の営農記録アプリは、入力負担が大きく、記録しても活用しにくいという壁があった。これに対しノウレコは、LINEグループにAIボットとして入るだけで、普段の会話や音声入力、画像投稿から作業記録を自動で整理していく。例えば「今日は葉っぱを取った」「49キロぐらい収穫した」といった日常会話を、AIが「葉かき実施」「収穫量49kg」といった記録へ変換する。さらに、最後に防除した日、先週収穫した日、病気が出た時期などを問い返せば、記録の中から必要情報を取り出せる。積算気温や気象条件を踏まえたリマインド機能も構想されており、作業遅れや収穫期の見込みを事前に共有する使い方も想定されていた。記録を残すこと自体より、記録を次の判断に使うことへ軸足が移されていた点に、このサービスの狙いがよく表れていた。

【3Dセンシングが補う「状態管理」の弱さ】

  佐々木氏はまた、農業データ活用の弱点として、環境管理や根域管理に比べて「状態管理」のデータが乏しいことを挙げた。その課題に応えるのが「ノウノウビジョン」である。これは、施設内の作物を3Dスキャンし、開花位置や開花スピード、着果位置、葉面積、茎の太さ、病虫害の兆候などを自動取得する仕組みである。トマトでいえば、開花花房高や茎径を横軸、縦軸とした、いわゆる十字バランスの把握や草勢判断を定量化できる。ホリバーといわれる粘着シート上の虫数を数えて増加傾向を捉える試みも含め、発生後の診断だけでなく、その前段階の兆候把握まで視野に入っていた。しいたけや果樹を含む他品目への展開、JA全農営農技術センターや群馬県での連携研究にも触れられ、画像や点群データを使う意義は、単に見える化することではなく、これまで把握しにくかった生育の変化を時系列で数値化できる点にあると整理された。今後はVLM(Vision-Language-Model:視覚言語モデル)の活用により、画像情報を言語情報へ落とし込み、より多面的な判断支援につなげていく方向も示された。

【生産と営農指導をつなぎ直すAI】

  講演全体を通して見えてきたのは、生成AIを「質問に答える道具」としてではなく、情報を整理し、抽出し、連携し、判断へつなげる基盤として捉える視点である。営農計画、営農記録、生育診断、営農指導は本来一続きのはずだが、現場ではしばしば分断されている。佐々木氏の提案は、その分断を埋め、産地や農家が持つ現場データと現場ノウハウを融合させようとするものだった。自社生産や各地の試験研究機関、JAとの連携も含め、同社の試みは、スマート農業を単なる機器導入やAI相談にとどめず、営農指導の再設計まで射程に入れたものとして読むことができる。

 データ駆動型で拓くGAPという今回のシンポジウムの主題に対し、同講演は「データをつなぐ仕組みそのもの」をどう実装するかという角度から具体的な材料を示した。人手不足や経験継承の難しさが深まる中で、産地が蓄積してきた知見をAIで再利用可能にし、現場の判断スピードと質を高めるという方向性は、今後の営農支援を考えるうえで示唆の大きいものであった。

2026/9

≪ シンポジウム報告⑩ ≫
「Agrihubを活用した農場管理と集出荷システムの連携による効率化プロジェクト」

田村繁行 新岩手農業協同組合 営農経済部米穀園芸課 監理役
(共催:JA全農いわて営農支援部営農技術課)

 2025年度GAPシンポジウムでJA新いわて営農経済部米穀園芸課の田村繁行氏は、「Agrihubを活用した農場管理と集出荷システムの連携による効率化プロジェクト」をテーマに、GLOBALG.A.P.団体認証に取り組むレタス産地を基点として、農場管理記録と集出荷業務をどうつなぎ、営農指導の質の向上と地域農業の持続性へ結び付けるかを報告した。講演の中心にあったのは、デジタル化そのものを目的にするのではなく、広域JAが抱える実務負担を軽くし、そこで得られた時間とデータを現場へ返すことで、人と産地を育てる仕組みに変えていくという発想である。

【広域JAとGLOBALG.A.P.団体認証の現場】

  田村氏はまず、JA新いわてが岩手県の約半分、静岡県に匹敵する約7,700平方キロメートルを管内に持つ広域JAであり、18市町村を抱えることを説明した。販売品販売高は約462億円に達し、米穀、野菜・特産物、畜産・酪農、花きと多様な品目を扱う。その中で今回の公演発表の対象となったのは、北部奥中山エリアのレタス産地である。大手量販店からの要請を受け、責任産地としての信頼を高めるため、有利販売につながる手段としてGLOBALG.A.P.団体認証に取り組んできた経緯がある。現在ではレタス、ブロッコリー合わせて17農場が団体認証に参加しており、この取り組みが今回のデジタル化プロジェクトの土台になっている。つまり本講演は、単なるシステム導入事例ではなく、すでに管理水準の向上に取り組んできた産地が、その次の段階として何を目指しているかを示す報告でもあった。

【紙の記録と出荷伝票が抱えていた負担】

  講演で田村氏が繰り返し示したのは、紙ベースの管理がもたらす負担の大きさであった。生産者は栽培管理記録簿や農薬散布記録を手書きで記入し、出荷前にJAへ提出する。出荷伝票も別途手書きで作成するため、情報共有が遅れ、記録は分析されないまま蓄積されにくい。しかも広域JAでは、こうした情報の確認や集約に担当者の時間が取られやすい。そこで、JA全中、全農岩手、県の普及技術課、農業普及センターなどの支援チームから紹介を受け、Agrihubの導入に踏み切ったという。田村氏にとってAgrihubは、単なる記録アプリではなく、紙提出を減らし、農薬チェックや栽培状況の共有をリアルタイムに近づける基盤として位置付けられていた。

【Agrihub導入を「全員で使える仕組み」にする】

  導入に当たって田村氏が重視したのは、奥中山地域のレタス生産者全体への展開を見据え、未経験者でも使える状態をどうつくるかであった。講演では、実証運用の導入、未経験者でも安心して使えること、JAと全農が一体となって推進すること、の三点が重要ポイントとして整理された。Agrihubでは農薬散布記録、肥料散布記録、作業記録を圃場ごとに入力でき、過去の入力候補を呼び出せるなど、現場での使いやすさにも配慮されている。もっとも、それだけで普及が進むわけではない。圃場図や圃場台帳の作成支援、JA職員による研修会、個別サポート、困った時に相談できる継続的なフォロー体制まで含めて、ようやく「使える仕組み」になるというのが講演の実感であった。生産者からも、スマートフォンで記録が完結し、農薬名なども登録されているため人的ミスを防ぎやすい、といった前向きな反応が紹介された。

【AgrihubとAgri POINTの連携がもたらす効果】

  講演の本題は、Agrihubで入力した情報をJA集出荷システム「Agri POINT」へ連携させる構想にあった。収穫後に圃場で出荷登録を行い、その情報が集出荷システムに反映されれば、生産者は出荷伝票を手書きする必要がなくなる。しかもこの産地では出荷予約の仕組みもあるため、先の出荷見込みを早めに把握できることは、JA側の受入れ準備や販売対応にとっても意味が大きい。JAは出荷や予約の情報を早い段階で把握でき、集出荷計画や在庫管理、販売計画の最適化を進めやすくなる。講演では、記録管理、出荷伝票記入、情報共有の時間を合わせると、全体で285分、73.1%の作業時間削減が見込まれるとの試算も示された。田村氏は数値そのものを強調し過ぎるのではなく、こうして生まれた時間を生産者は栽培に、JA職員は巡回指導に振り向けられる点を重要な効果として語っていた。

【営農指導員育成とDXからSXへ】

  後半で田村氏は、この取り組みの意義を業務効率化だけにとどめなかった。JA営農指導員には、現場のよき理解者、意思決定の伴走者、地域農業の設計者という三つの役割が求められるとし、特に若手指導員の育成強化を重視していた。経験が浅い指導員は、何を見てどう話せばよいか分からず、感覚的な助言にとどまりやすい。これに対し、データを介して共通の事実を見ながら対話できれば、観察力や対話力、信頼関係の形成を支え、指導の質を底上げできる。実際にJA新いわてでは3年間の人材育成研修を立ち上げ、デジタルツール、土壌、病害虫、GH農場評価制度、いわゆるGAP認証の内部監査立会いなどを組み合わせた教育を進めている。ここでは単にシステム操作を覚えるのではなく、よりよい営農活動を支える知識と対話力をどう養うかが重視されていた。

 講演の終盤で田村氏は、DXを「データを集めて見える化する手段」、SXを「そのデータで判断と行動を変え、地域農業の持続可能性を実現する手段」と整理した。そのうえで、JAグループが進める「よりよい営農活動の実践」やGAP(適正な農業実践)の考え方は、このSXを具体化するうえで有効だと述べた。今後はレタス以外の園芸品目や水稲への展開、JA全域での集出荷データ整備も視野に入れているという。AgrihubとAgri POINTの連携は、単なるシステム接続ではなく、人が育ち、農家が続き、地域が残るための仕組みづくりである。田村氏の報告は、デジタル化の成否がツールの有無ではなく、それを営農指導、人材育成、産地運営の中にどう埋め込むかで決まることを、広域JAの実務感覚に即して示した講演であった。

2026/9

≪ シンポジウム報告⑪ ≫
「JA生産部会の組織基盤強化に向けて「よりよい営農活動」×「将来見通しアンケート」」

植田紘充 岡山県農業協同組合中央会 営農・担い手対策部 部長補佐

 2025年度GAPシンポジウムでJA岡山中央会の植田紘充氏は、「JA生産部会の組織基盤強化に向けて『よりよい営農活動』×『将来見通しアンケート』」をテーマに、岡山県内の生産部会をどう維持し、将来へつないでいくかを報告した。講演の核にあったのは、スマート農業やDXを先端機器の導入論として語るのではなく、Excel等の既存ツールを使って部会の現状と将来を見える化し、営農指導の再強化とJA組織基盤の立て直しに結び付けるという発想である。技術の高度化そのものではなく、地域農業を支える協同組合の機能をどう回復し、組合員との関係をどう深めるかが主題であった。

【岡山県農業とJAが抱える危機感】

  植田氏はまず、岡山県がぶどう、もも、鶏卵などで全国上位の産地であり、中四国でも高い農業産出額を持つ一方、人口減少と高齢化、基幹的農業従事者の減少が急速に進んでいる現状を示した。県内はJA岡山とJA晴れの国岡山を中心とする総合2JA体制で、多数の営農指導員と生産部会を抱えているが、農産物販売高は伸び悩み、生産部会や農家組合員との関係性の希薄化も課題になっている。米麦、果樹、野菜と多様な産地が形成されてきた岡山でも、このままでは産地の維持が難しくなるという危機感が、講演全体の出発点に置かれていた。

【農業協同組合の原点をどう実務に戻すか】

  講演で印象的だったのは、植田氏が技術論に入る前に、農業協同組合の原点を丁寧に確認した点である。農協は、農家が出資と労力と助け合いの精神を持ち寄って作った協同の組織であり、主人公はあくまで組合員である。指導、信用、共済、購買、販売、利用といった総合事業は、その営農活動を支えるためにある。したがって、生産振興を通じて組合員を支援し、安全・安心な農畜産物を消費者へ届けることが農協の中心的役割である。この整理は、後段で示された「よりよい営農活動」と「将来見通しアンケート」の位置付けを理解するうえで重要な前提となっていた。

【「よりよい営農活動」はGAPの実践を地域に広げる枠組み】

  JAグループ岡山の3か年計画では、「組合員・地域とともに歩む!」を掲げ、次世代確保や環境調和型農業の実践を通じた持続可能な農業の実現を重点取組事項に位置付けている。ここでいう「よりよい営農活動」は、JA全中が整理した用語で、GAP(適正な農業実践)の考え方を活用しながら営農を行うことを指す。これは、いわゆるGAP認証の取得そのものを意味するのではなく、生産部会が自ら管理の質を高めていく営みである。 岡山ではGH農場評価制度を活用し、現場確認とヒアリングを通じて課題を見つけ、複数年かけて改善を積み上げることで、令和12年にはほぼ全ての生産部会で取り組んでいる状態を目指している。講演では、国の基本計画やクロスコンプライアンス義務化への対応という政策的背景も示され、「よりよい営農活動」が単なるスローガンではなく、地域の実務課題に応える枠組みとして位置付けられていた。

【将来見通しアンケートで部会の未来を見える化する】

  もう一つの柱が「将来見通しアンケート」である。植田氏は、これを「よりよい営農活動」とセットで進めることに意味があると説明した。アンケートでは、現面積と10年後の意向面積、後継者の有無、農地処分の意向、JA事業の利用状況や今後の利用意向、営農指導の満足度、GAPへの理解や取組意向までを把握する。 入力結果は基礎情報シートに集約され、将来見通しシート、分析シート、部会の将来を考えるシート、JA事業利用等状況シートが自動作成される。これにより、部会員数、平均年齢、生産量、生産面積、販売高、後継者の確保状況、農地の行方などが見える化され、部会と営農指導員が将来を前提に議論できるようになる。講演が示したのは、DXとは高度なAIだけではなく、まず地域の現実を共有し、話し合いの土台をつくることでもある、という視点であった。

【「今さらアンケートで何が変わるのか」への応答】

  植田氏は、現場には「今さらアンケートを取って何になるのか」「それで新規就農者が増えるのか」といった率直な反応もあると紹介した。そのうえで、重要なのは調査票を集めること自体ではなく、部会が自分たちの現状を把握し、何を守り、何を変えるのかを話し合うきっかけにすることだと述べた。分析シートでは、例えば85歳でリタイアすると仮定した場合の10年後の年齢構成や生産面積の推移も示せるため、漠然とした不安を具体的な論点へ変えやすい。未来予測の精度を誇るのではなく、議論と意思決定の共通素材を持つことに価値がある、という説明は実務的であった。

【営農指導員の力量強化とアクションプログラム】

  植田氏は、この取り組みを機能させるには、営農指導員の力量強化が不可欠だとした。岡山では若手を中心に選抜した指導員に対し、3か年で毎月1回の強化研修を行い、土壌・土づくり、農薬・病害虫・雑草・IPM、青色申告、補助事業、共済、資金、新規就農者支援、事業承継などを学ばせている。 GH農場評価員資格の取得も進め、現場で見て、聞いて、改善提案できる人材を育てようとしている。受講者からは、生産者との会話が増え、新しい提案や部会事業の活性化につながったとの声も出ている。最終的には、アンケートと評価結果を基に、生産部会員、営農指導員、必要に応じて県普及指導センターやJA全農おかやま、JA岡山中央会も交えた3か年のアクションプログラムを作成し、数値目標と取組方策を明確にしていく。

【生産部会とJAの基盤強化を同時にねらう講演】

  講演の終盤で示された期待効果は明快だった。生産部会側では、共同出荷の促進、部会統合や出荷先整理による効率化、リタイア後の農地引継ぎ、若手への承継のきっかけづくりなどが期待される。JA側では、部会員との関係強化、共同出荷等の事業伸長、他部門間の情報共有、上司と担当者のコミュニケーション向上を通じた組織基盤・経営基盤の強化が見込まれる。 植田氏の報告は、スマート農業やDXを"機械化"ではなく"組織化"の問題として捉え直し、GAP(適正な農業実践)の視点、将来見通しの可視化、営農指導員育成を束ねながら、生産部会とJAの双方を立て直そうとする実務的な提案であった。地域農業の持続可能性は、個々の技術導入だけでなく、組合員とJAが将来を共有し、対話と改善を積み重ねられるかどうかにかかっている。そのことを、岡山の具体的な取組を通じて示した講演であった。その意味で、営農指導と組織運営をつなぐ講演でもあった。

2026/9

≪ シンポジウム報告⑫ ≫
総合討論
 「データ駆動型の生産&営農指導の未来」
-技術・人・組織の役割分担をどう設計するか-

  シンポジウム報告⑥⑧⑨⑩⑪の質疑応答

  2025年度GAPシンポジウム2日目の質疑応答及び総合討論では、田上隆一氏の司会のもと、田村繁行氏、植田紘充氏、佐々木佑介氏、室谷元氏、豊吉隆一郎氏が、各講演を踏まえて議論を深めた。討論を通じて見えてきたのは、スマート農業や生成AIの導入を単なる技術選択として語るのではなく、誰がどの部分を担い、どのような仕組みで地域農業を支えるのかという設計の問題として捉える必要性である。技術の進歩そのものへの期待は大きい一方で、それだけで地域の持続や所得向上が自動的に実現するわけではない。討論では、普及の実際、JAの役割、AIの活用範囲、データ継承、そしてアルメリアから学ぶべき考え方が、相互につながる論点として提示された。

【普及の現実から見えた伴走型支援の必要性】

  まず冒頭で印象的だったのは、導入技術の普及をめぐる現実的なやり取りである。田村氏には、Agrihubの普及状況や参加者の規模感について質問が寄せられた。対象としていたのは中山地区3班・約40名で、近隣のレタス生産者も含めると全体では60名程度を見込んでいたが、実際にかなり使いこなしている生産者はまだ4名ほどだという。研修会自体は3年ほど継続してきたものの、栽培期間中は時間が取りにくいため、主に冬場に30人規模で進めてきた。今後は集合研修を一巡させた上で、未受講者への働きかけや個別巡回を通じた伴走型支援に重心を移す考えが示された。ここでは、技術導入は一度説明会を開けば広がるものではなく、使ってもらいたい相手に対し、地域の指導側が継続的に寄り添う必要があることが明確になった。

 また、利用農家の姿として、夫婦中心の家族経営から実習生を受け入れる比較的大きな経営、さらには法人経営までが紹介され、導入の可能性が特定の大規模層に限られないことも示された。その一方で、使いやすさは「分かってくるほど使いやすい」という反応にとどまり、最初のハードルをどう越えるかがなお重要であることもうかがえた。農協側が登録項目を事前に整え、生産者は候補を選びながら入力できるようにしているという説明は、システムの性能そのものよりも、現場実装の丁寧さが普及の成否を左右することを物語っていた。司会の田上氏が、アルメリアのテクニコも一人ひとりの農家を担当し、取りこぼさない形で伴走していると補足したことは、日本で議論されるスマート農業も、最終的には人を介した支援体制の設計に帰着することを印象づけた。

【JAが選ばれる存在になるための条件】

  次の大きな論点は、JAや営農指導組織がどのような価値を提供し、地域で選ばれる存在になるかという点である。植田氏に対しては、将来見通しアンケートの実施頻度や設計思想に関する質問が寄せられた。これに対し植田氏は、まず1回実施してみることを基本にしつつ、その後は3年間のアクションプログラムを更新する必要に応じて適時実施していく構想を説明した。元になったのは全中のExcel様式であり、それを県内のパソコン環境に合わせて調整し、結果が各シートに自動反映される仕組みにしたという。ただし、自動化されるのは集計部分であって、課題設定や対応策の中身まで自動で決まるわけではない。最終的には営農指導員が部会をどうしたいかを考え、現場の声を聞きながら組み立てていく必要があると整理された。

 その延長で、将来見通しアンケートの集計結果には「後継者がいない」「農地を今後どうするか分からない」といった不安が多く表れる一方で、それが本当に担い手不在を意味するのか、それとも見通しが立っていないだけなのかは、対話を通じて見極めなければならないという指摘も重要だった。

 さらに、JAに出荷していない組合員や、新規参入の可能性まで含めて地域の将来を考えるべきではないかという司会の問いに対し、植田氏は、単価向上や有利販売など、JAに参加するメリットを高める必要があると応じた。司会からは、アルメリアの農協は「組合員にできない仕事をする」ことで行動変容を促し、結果として選ばれる組織になっているとの補足がなされ、討論は、スマート農業の導入を超えて、JAがどのような価値を地域に返すのかという経営論にまで広がった。

【生成AIは何を代替し、何を支えるのか】

  生成AIをめぐる議論では、期待と現実の双方が率直に語られた。佐々木氏には、LINE上のやり取りの情報セキュリティや、利用しているLLMのベースモデル、農業特化型モデルの必要性について質問が寄せられた。佐々木氏は、LINEの受け止め方は利用者によって異なるが、情報抽出や計画とのひも付けといった中核処理は自社サーバー側で行っていると説明し、LINEを避けたい利用者向けにTeamsやSlackにも対応できるよう準備していると述べた。また、ベースモデルはChatGPT系、Claude系、Gemini系など複数を用途に応じて使い分けており、現時点では農業特化型の基盤モデルを一から作ることよりも、既存の汎用モデルを実務に合わせて賢く使うことが現実的だという考えを示した。

 その後の「AIは日本農業を支えられるか」という共通質問では、各登壇者の視点の違いと共通点が浮かび上がった。室谷氏は、AIが分析や判断に与える影響は大きいものの、生産維持には実際に作業を行う物理的な機械側の進展も必要であり、現状ではその部分が十分に追い付いていないと整理した。

 田村氏は、現場で本当に困っているのはスマホ入力の負担のようなもっと身近な問題だとして、音声入力など日々の記録を軽くする方向に期待を寄せた。植田氏は、トマト収穫ロボットのような事例に率直な驚きを示しつつ、面積拡大とAI・ロボット活用は一体で考えるべきだと述べた。

 豊吉氏は、小規模・家族経営を含む多様な経営体が存在する日本の農業構造を前提に、まずは営業、販路開拓、問い合わせ対応などソフトウェア側でAIが力を発揮すると指摘した。佐々木氏も、小規模農家や兼業農家にとってこそ、これまで難しかったことを簡単にできるようにする効果が大きいと述べ、AIは規模拡大だけでなく、失敗を減らし、経営を見える化する手段でもあることが共有された。

【地域を残す問いと、効率化の限界】

  もっとも、会場からは、効率化が地域から人を減らし、村を消してしまうのではないかという懸念や、農家一戸当たりの所得水準を踏まえると生産効率を1.5倍から2倍にしなければ暮らしが成り立たないのではないかという切実な問いも投げかけられた。これに対し室谷氏は、スマート農業は平場の大規模化や作業効率化には効果を発揮しやすい一方、中山間地や効率化しにくい圃場では限界があり、国も補助制度や地域政策を含めて全体の生産維持を考える必要があると述べた。

 佐々木氏も、農業には文化的側面があり、小規模・兼業農家が農業を続けること自体に意味があるとしつつ、ビジネスとしての農業では所得向上や売上拡大を支えるAI活用が重要になると応じた。ここでは、スマート農業が唯一の正解ではなく、地域や経営の条件に応じて位置づけを変えながら使うべき手段であることが確認された。

【アルメリアとデータ継承から見えた設計思想】

  討論後半では、アルメリアから何を学ぶべきかという問いが、技術論を越えた示唆を与えた。豊吉氏は、アルメリアの現場で強く感じたのは、「何に力を入れ、何に力を入れないか」のメリハリが極めて明確なことだったと述べた。恵まれない土や水の条件を前提に、できることは最大限やる一方、やらないことは思い切ってやらない。オランダ型の高投入・高精度で極限まで追い込むのではなく、7?8割の力で7?8割の収量を安定的に確保する持続的な設計思想に学ぶべきだという指摘である。

 司会からは、アルメリアでは記録や、いわゆるGAP認証への対応も、できるだけ簡単に現場で回る形に組まれ、できない部分はテクニコが補っているとの補足があった。豊吉氏も、データ化は重要だが、その先の分析や判断まで生産者本人に全部担わせるのは重いので、入力は生産者、分析と判断は指導側という役割分担の方が現実的だと応じた。

 さらに室谷氏は、Z-GISとGAP関連記録の関係や、生産から加工・流通・消費までを一つの巨大システムで管理できるのかという問いに対し、協調分散的に連携していく考え方を示した。Z-GISは電子地図にExcelをひも付ける仕組みであり、GAPに関する情報もExcel側で管理しつつ地図と関連付けることは可能だが、全てを一体化した巨大システムにするのは現実的ではないという。重要なのは、プレイヤーごとに競争しながらも、蓄積されたデータが次のシステムに継承されず無駄になることを避けることだという整理である。

 討論の全体を通じて示されたのは、技術の優劣を競う以前に、データが地域の中で持ち運べ、支援組織がそれを使って改善を回せる仕組みを整える必要があるということであった。二日目の総合討論は、スマート農業や生成AIを楽観的に礼賛するのではなく、地域農業を持続させるために、技術、人、組織、役割分担をどう組み合わせるかを問う場となっていた。

2026/9

骨太方針2026をGAPの視点で読み解く
― 食料安全保障、構造転換、スマート農業、環境対策をつなぐ共通の実践基盤 ―

田上隆多 株式会社AGIC

結論1|政策は別々でも、現場の行為はつながっている
農地整備、共同利用施設、スマート農業、価格形成、気候変動適応などは、農地・施設・資材・人・農産物・データを適切に扱うという共通の実務で結び付きます。
結論2|食料安全保障は、生産量だけの問題ではない
安全で良質な食料を安定して供給するには、土壌、水、資材、人材、施設を適切に管理し、食品安全、労働安全、気候変動、災害、トレーサビリティに日常的に対応する必要があります。
結論3|GAPは骨太方針を現場で実現する共通の実践基盤
GAPは政策とは別に追加する取組ではありません。GAPに取り組むことは、食料安全保障、供給力、生産性、収益力、環境面の持続可能性を日常の農業行為から実現することにつながります。
主なキーワード|
食料安全保障/適正農業管理/BAPの排除/共同利用施設/識別・トレーサビリティ/スマート農業・IT/データに基づく改善/合理的な価格形成/気候変動適応/持続可能性

はじめに

 2026年7月21日に閣議決定された「骨太の方針2026」は、生産者の急減が見込まれる中でも、安全で良質な食料を確保できるよう、食料安全保障と農林水産業の振興を進める方針を示しました。農地整備、共同利用施設の再編、スマート農業、新たな水田政策、合理的な価格形成、気候変動適応、みどり戦略などは政策上は別々に示されていますが、農場や産地では互いに関係しています。

* 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2026」
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2026/decision0721.html

 共同施設を集約すれば識別とトレーサビリティが必要になり、スマート農業では圃場、作業、資材、農産物とデータを結び付けるルールが必要です。環境・気候への対応も、将来の収量、品質、生産コスト、供給継続を左右します。本稿では、これらを適切な農業行為としてつなぐGAPの役割を考えます。

1 骨太方針2026とGAPの全体構造

 本稿でいうGAP(Good Agricultural Practice/適正農業管理)は、環境、社会および次世代への責任を踏まえ、不適切な農業行為を排し、適切な農業行為を継続して実践することです。個々の作業だけでなく、調査、計画、教育、記録、点検、改善も含みます。GAP認証は、その実践状況を一定の規準で確認する仕組みの一つであり、GAPそのものと同義ではありません。

 農地整備や設備投資、制度支援そのものがGAPなのではありません。しかし、それらを安全かつ効果的に利用し、食品安全、労働安全、環境、品質を管理し、結果を記録して改善する過程の多くはGAPと重なります。GAPは、骨太方針の各施策とは別に追加する取組ではなく、施策を農場・産地の日常的な行為として具体化する共通の実践基盤です。

2 食料安全保障を日常の管理から捉える

 食料安全保障は、国内でどれだけ生産できるかという数量だけの問題ではありません。農地や設備を継続利用できること、種苗・肥料・燃料と人材を確保できること、食品安全と品質を守れること、集荷・選果・保管・物流が機能すること、問題品を特定できること、災害後に生産と出荷を再開できることまで含む供給システムの問題です。

 農薬の使用誤り、作業者の事故、設備故障、資材調達の途絶、記録不備は、個別農場の問題に見えても、産地で重なれば地域の供給力に影響します。日常の食品安全、労働安全、設備、資材、識別、緊急対応を適切に行うGAPは、食料供給の安定性を支えます。

 土壌劣化、水不足、高温、病害虫の変化、肥料価格の高騰も供給力を左右します。環境保全は外部から加わる制約ではなく、土壌、水、生態系、資材を将来にわたり利用し、生産を継続するための条件です。農場では気候・資材リスクを調べ、品種、栽培時期、かん水・排水、作業時間、施設、保管方法を見直し、停電、災害、商品回収などへの対応も準備する必要があります。

管理領域主なリスクと必要な備え
生産基盤土壌劣化、水不足、高温、豪雨、病害虫の変化を把握し、品種・栽培時期・施肥・かん水・排水を見直す
資材・設備肥料・種苗・燃料の調達途絶、停電、設備故障に備え、在庫・点検・代替手段を準備する
人・作業熱中症、労働災害、人員不足に備え、作業時間、教育、役割分担、連絡方法を整える
出荷・継続問題品の特定、出荷停止・回収、データのバックアップ、復旧の優先順位を事前に決める

 こうした管理は、危機が起きてから始めるものではありません。平常時にリスクを調査し、対応を計画し、作業者に周知し、実施結果を点検することが重要です。環境保全と事業継続を日常の農業行為に組み込むことが、農場・産地から食料安全保障を支えるGAPの実践になります。

3 施設再編とスマート農業をGAPでつなぐ

  • 共同利用施設は、設備と組織を同時に設計する

     共同利用施設の集約は、投資の重複を避け、稼働率を高め、人手不足に対応できる一方、複数の生産者・圃場・収穫物が集まるため、一つの不備が及ぼす影響も大きくなります。荷受けから選果、包装、保管、出荷まで、生産者、圃場、収穫日、商品、ロット、設備、出荷先をつなげて追跡できなければなりません。

    • 認証品・非認証品、有機・慣行、輸出・国内、品種・等級などを区分し、混同や混入を防ぐ
    • 動線、保管場所、ライン切替え、洗浄、表示確認、設備点検、記録方法まで運用を設計する
    • 統括責任者、食品安全・品質責任者、報告経路、出荷停止・回収の権限、教育、点検、是正を明確にする
  • スマート農業は、識別とルールがあって初めて機能する

     機器やシステムを導入するだけで管理が改善するわけではありません。圃場番号、生産者、資材名、作業分類、収穫ロットと出荷ロット、修正権限などが統一されていなければ、データを集計し、改善に使うことはできません。

 GAPが何を管理し、記録し、点検するかを定め、ITが自動計測、集計、異常検知、予測、情報共有を支援します。例えば選果結果を生産者、圃場、品種、収穫日と結び付ければ、施肥、かん水、収穫、運搬の改善に使えます。スマート技術はGAPに代わるものではなく、その実践を効率化・高度化する手段です。

4 生産性・価格形成を記録と改善につなげる

 骨太方針は、新たな水田政策や合理的な価格形成を掲げています。ただし、生産性を単収だけで評価すると、資材の過剰投入、環境負荷、作業負担、品質や地域条件を見落とすおそれがあります。農場・産地では、収量と併せて投入、労働、品質、原価、ロス、安全、安定性を把握する必要があります。

確認する分野主な記録・指標
生産・品質単収、可販収量、品質等級、規格適合率、選別ロス
投入・環境肥料、農薬、種苗、燃料、用水、土壌状態、廃棄物
労働・設備作業時間、作業者数、機械稼働時間、設備故障、作業事故
経営・安定性生産原価、売上、粗利益、年次間変動、災害後の回復

 農業活動の記録は、監査への適合を示すだけでなく、「どの行為がどの結果を生んだか」を検証する情報です。圃場別の収量と施肥量、品種別の可販率、作業時間と機械導入効果、選果ロスの原因などを比較すれば、不適切な行為を見直し、改善できます。

  • 記録を経営改善の情報として使う

     記録は、作成して保管するだけでは価値を生みません。例えば、圃場ごとの投入量と可販収量を比べれば、過剰な施肥や農薬使用を見直せます。選果結果を圃場・品種・収穫日と結び付ければ、規格外や傷果が増えた原因を、栽培、収穫、運搬の各段階から検証できます。設備停止時間や事故記録も、更新投資や作業手順を見直す根拠になります。

  • 合理的な価格形成には説明できる記録が必要です

     合理的な価格形成には、種苗・肥料・農薬・燃料・労務・施設・選果・保冷・物流に加え、食品安全、トレーサビリティ、検査、環境、労働安全に必要な費用を説明できることが重要です。原価計算や価格交渉の全てがGAPではありませんが、資材、作業、品質、ロス、管理行為の記録は、その説明の基礎になります。

     安全性や品質を確保し、安定供給を続けるためには、教育、検査、設備の点検・校正、衛生管理、トレーサビリティ、苦情・回収対応にも人員と費用が必要です。GAPの実践と記録は、こうした見えにくい管理行為とその費用を取引先に説明し、持続的な取引条件を協議するための基礎になります。

5 各施策をGAPの行動へ置き換える

政策テーマ農場・産地で行うGAP
食料安全保障食品安全、リスク管理、生産・供給の継続
農地・共同利用施設圃場利用、識別、衛生、区分、設備、責任体制
スマート農業課題に合う技術選択、データ管理、検証、改善
水田政策・生産性投入、収量、品質、環境、労働を併せて管理
合理的な価格形成資材、作業、品質、ロス、管理費用の記録
気候変動・みどり戦略土壌、水、農薬、肥料、廃棄物、適応・緊急対応
担い手・組織・輸出教育、役割分担、引継ぎ、規格遵守、品質保証復

 政策を農場・産地の行為に置き換えると、その多くはGAPの実践として捉えられます。農地を整備するだけでなく土壌や水を守って利用し、施設を集約するだけでなく識別・衛生・設備・責任を管理し、技術を導入するだけでなく結果を改善に使うことが重要です。

  • 今から取り組む五つの行動
    行動確認すること
    1 将来のリスクを調べる農地、労働力、施設、設備、資材、気候、販路を5年後・10年後まで点検
    2 識別を見直す圃場・生産者・商品・収穫・選果・包装・出荷先の情報をつなぐ
    3 施設管理を見直す責任、荷受け、区分、清掃・点検、記録、判断、是正を明確にする
    4 実践と結果を記録する原価、作業時間、可販率、ロス、品質、資材、事故、気象影響を比較する
    5 技術を課題から選ぶ解決課題を先に定め、機器、データ、担当者、運用方法を決める

おわりに

 骨太方針に示された施策を農場や産地の具体的な行為に置き換えると、その多くはGAPの実践と重なります。GAPに取り組むことは、政策とは別の追加的な対応ではありません。食料安全保障、供給力、生産性、収益力、環境面の持続可能性を、日常の農業行為から実現することです

 骨太方針は政策の方向を示す閣議決定文書であり、個別制度の対象、要件、予算額、支援単価を直接定めるものではありません。また、骨太方針2026にGAPやGAP認証が明記されているわけではありません。本稿は、示された施策を農場・産地の行為に置き換えると、その多くがGAPの実践と重なることを示したものです。今後具体化される制度については、最新情報を確認する必要があります。

2026/9