GAP普及ニュース 85号
GAP普及ニュース84号に続いて、テーマの基調となる講演内容と、初日の総合討論「新たな営農指導の論点整理」についてその概要を報告します。
講演や討論内容の解説ではなく、講師の主張や深まった論点を取りまとめました。
本シンポジウムでは、スマート農業を単なる機械導入としてではなく、観察、記録、分析、判断、改善を支える仕組みとして捉える視点が共有されました。「GAPでもデータ・記録が命です」とのメッセージも示され、スマート農業とGAP(適正な農業実践)が、記録と改善を軸に深く接続していることが印象付けられました。
- ≪ シンポジウム報告③ ≫
- 「スマート農業の推進とデータ活用」
阿部尚人 農林水産省 大臣官房 政策課技術政策室 室長 - ≪ シンポジウム報告④ ≫
- 高知県「SAWACHI」に学ぶデータ駆動型の栽培管理と営農支援
岡林俊宏 高知大学IoP共創センター 特任教授 - ≪ シンポジウム報告⑤ ≫
- 総合討論 「新しい営農指導の方向性をめぐる論点整理」
シンポジウム報告①②③④の質疑応答 - ≪ シンポジウム報告⑥ ≫
- 「スマートでよりよい営農をマーケットにつなげるGAP認証の役割」
武末克久 AGRAYA GmbH Technical Key Account Manager Japan
≪シンポジウム報告③≫
「スマート農業の推進とデータ活用」
阿部尚人農林水産省 大臣官房 政策課技術政策室 室長
2025年度GAPシンポジウムで農林水産省大臣官房政策課技術政策室長の阿部尚人氏は、「スマート農業の推進とGAP認証への応用」をテーマに、スマート農業を国がなぜ重視しているのか、その技術的広がりと制度的な後押し、そしてデータ活用がGAPの実践とどのようにつながるのかを整理して示した。講演全体を貫いていたのは、スマート農業を個別機械の導入に矮小化せず、人口減少下で農業生産を維持するための生産方式転換と、営農データの活用基盤として捉える視点である。
【人口減少が前提となる農業政策の転換】
阿部氏がまず提示したのは、スマート農業を推進する政策背景である。基幹的農業従事者は減少を続け、2023年時点で116万人、令和7年センサス速報でも100万人強にまで減っている。しかも年齢構成では70歳代以上が約7割、60歳代も24%を占め、現場は高齢層に大きく依存している。今後20年を見据えれば、従来と同じ生産体系のままでは食料生産を維持しにくい。こうした危機感のもとで、2024年の食料・農業・農村基本法改正や、その後の基本計画改定では、生産性向上、付加価値向上、環境負荷低減、サービス事業体の活動促進などと並んで、スマート農業技術の開発・普及、人材育成、データ活用の促進が政策の中核に位置付けられた。講演では、基本計画にKPI(重要業績評価指数)が組み込まれていることにも触れられ、スマート農業技術を活用した農地面積の割合や、スマート農機の出荷台数割合を引き上げる目標が掲げられていることからも、スマート農業が研究開発にとどまらず、普及段階に入っていることが示された。
【技術の導入よりも、まず経営の「見える化」】
講演では、自動走行トラクター、後付け型の自動操舵、水管理システム、収量コンバイン、施設園芸の環境制御、営農管理ソフトなど、現在のスマート農業技術が幅広く紹介された。遠隔操作型の草刈機や、衛星画像の解析による土壌肥沃度把握なども含め、対象は大規模機械に限られない。もっとも阿部氏は、こうした機械や装置そのものよりも、その背後にある情報・データの利用こそが重要だと強調した。位置情報と連動したアプリで作業記録をデジタル化し、センシングや気象、収量など複数のデータを重ねて圃場や経営の状態を把握することで、熟練者でなくても営農判断をしやすくなり、品質管理や経営管理も高度化する。実際に高価な機械を導入するかどうかは経営判断だが、その前提として、自分の経営をきちんと把握し、どこに作業の隘路があり、どの工程に改善余地があるかを見える化することが重要であり、そのためにもスマート農業は有効だという整理である。阿部氏が繰り返したのは、まず経営の実態を把握すること、それが結果として導入判断の精度を上げるという順序であった。
【実証が示した効果と、生産方式転換の必要性】
令和元年度以降のスマート農業実証プロジェクトでは、全国217地区で技術導入の効果分析が進められてきた。阿部氏は、その成果として、ドローン防除で平均約6割の作業時間削減、水管理システムで約8割減、直進アシストで2割弱減といった結果を紹介した。加えて、熱中症や見回り事故のリスク軽減、深水管理のしやすさ、非熟練者でもまっすぐ田植えできることによる新規就農者や若手雇用への波及など、副次的効果も挙げられた。収量コンバインについては、収量だけでなくタンパクや水分量などの品質データも圃場単位で把握でき、翌年の施肥設計や選別工程との連動にも生かせる点が示された。一方で、機械の性能を十分に引き出すには、機械を入れるだけでは足りず、生産現場の側も見直さなければならない。例えば、人手が十分確保できることを前提とした密植や狭い畝間のままでは機械が入りにくく、収穫ロボットの実装も進みにくい。スマート農業は、機械導入と一体で生産方式を革新する取組であるという点が、この講演では明確に示された。
【法律・認定制度・連携の場が普及を支える】
こうした考え方を制度化したものが、2024年に成立したスマート農業技術活用促進法である。阿部氏の説明では、この法律は単なる機械導入支援ではなく、スマート農業技術の活用と新たな生産方式の導入をセットで認定する仕組みを持つ。また、開発面でも、技術開発だけでなく、その後の供給やサービス提供まで見据えた計画認定とすることで、大学やスタートアップも既存企業と連携しながら社会実装に進みやすい設計になっている。1月末時点では生産関係だけで全国約100件の認定があり、北海道のキャベツ部会での精密出荷予測システム活用や、鹿児島県のピーマン農家での環境制御と施設・資材の組み合わせなどの事例が紹介された。前者は、収穫代行や選果場運営を担う農協とデータを共有し、作業者確保や出荷調整を進める点が特徴であり、後者は環境制御装置だけでなく培地やハウス条件まで含めて効果を高める構成になっていた。さらに、情報発信、マッチング、営農類型別の課題整理を行う場として、スマート農業イノベーション推進会議(IPCSA)も立ち上げられている。
【WAGRIと営農管理がGAPの実践に近づく】
講演の終盤で阿部氏は、農業データ連携基盤(WAGRI)の役割にも触れた。WAGRIは、農地、気象、市況、農薬、生育収量予測、病虫害判定など多様なデータをAPI(システム同士をつなぐための窓口)でつなぐ基盤であり、民間の営農管理システムやAIサービスがこれを活用して機能を拡張できる。今後は露地野菜や施設野菜の収量シミュレーター、環境制御、農業特化型生成AIなどの活用も進むと説明された。阿部氏が紹介したシステムの中には、WAGRIのデータを取り込みつつ、いわゆるGAP認証で求められる書類管理機能も備えたものがあり、営農記録と認証対応を一体的に支える方向性が見えてくる。ただし、氏の説明の力点は、いわゆるGAP認証のための書類作成だけではなく、日々の作業や農地情報をきちんと記録し、自らの営農を把握して改善に生かすことにあった。その意味で、スマート農業とGAP(適正な農業実践)は、どちらも「記録し、見える化し、改善する」という同じ基盤の上に立つものとして理解できる。
【スマート農業を「自分には関係ない」としないために】
阿部氏は最後に、スマート農業の本質はデータの利用にあるのではないかと、自身の考えを率直に述べた。大規模なロボットや高度な装置だけを思い浮かべると、自分の地域や経営には関係ないと感じる生産者も少なくない。しかし、まず営農の実態を把握し、記録を蓄積し、改善点を見いだすことから始めるのであれば、スマート農業はより広い農業者に開かれたものになる。今回の講演は、政策、技術、データ基盤、そしてGAPの実践を一つの流れとして捉え直す視点を提示した点に意義があった。
2026/6
≪シンポジウム報告④≫
高知県「SAWACHI」に学ぶデータ駆動型の栽培管理と営農支援
岡林俊宏 高知大学IoP共創センター 特任教授
2025年度GAPシンポジウムで高知大学IoP共創センターの岡林俊宏氏は、「高知県『SAWACHI』に学ぶデータ駆動型の栽培管理と営農支援」をテーマに、高知県で進めてきた施設園芸の環境制御と、そのデータを営農支援につなげる仕組みについて語った。講演の力点は、単なるシステム紹介ではない。環境データや作物データを取ること自体が目的なのではなく、それを農家、JAの営農指導員、県の普及員が共有し、次の改善行動につなげられるかどうかが本質だという点にあった。データを「集める」話ではなく、地域の支援機能をどう再編するかという話としてスマート農業を捉えていたところに、本講演の特徴があった。
【スペインで見た「地域ぐるみ」の持続性】
講演の冒頭で岡林氏は、前年に視察したスペイン・アルメリアの農業に触れ、農協と地域が一体となって農家を支えている姿に強い印象を受けたと述べた。特に天敵を地域ぐるみで維持するため、圃場周辺の植生の維持管理を条例化している仕組みなどは、IPMを専門としてきた岡林氏にとっても示唆が大きかったという。この導入部は、後に続く高知県の取組を、単なる県内独自の技術導入ではなく、地域全体で農業という産業を支える仕組みづくりとして捉えるための前置きでもあった。高知県の実践もまた、個々の篤農家の工夫を越えて、地域ぐるみで栽培技術と支援体制を底上げすることを目指してきたという問題意識の提示である。
【WAGRIだけでは埋まらない営農支援の現場】
岡林氏は、農業データ連携基盤(WAGRI)の意義を認めつつも、それだけでは日本の農業現場に十分ではないと指摘した。メーカーごとのサービスを個別契約して利用する形では、農家側から見ると費用負担も契約の煩雑さも大きい。しかも日本には、JAの営農指導員や県の農業改良普及員という、農家に直接伴走する厚い支援層がある。ところが、その無料の支援機能をデータ活用と結び付けるプラットフォームは、これまで十分に整っていなかった。高知県が構築してきたSAWACHIは、まさにこの空白を埋める基盤として位置付けられている。自治体が運営することで、メーカーの違う環境制御機器やセンサーのデータを一元化し、農家がどの機械を使っていても比較や助言ができるようにする。この「データの共通インフラ」を県とJAが握る発想は、営農支援の公共性を前提とした日本型モデルとして描かれていた。
【高知県が積み上げてきたデータ駆動型農業】
講演では、高知県が環境保全型農業やGAPの普及と並行しながら、平成20年頃からデータ農業に取り組んできた経緯も振り返られた。岡林氏は、1990年代末からオランダ農業を見てきた経験を踏まえ、温度中心・経験中心で動いていた日本の施設園芸を、光合成や蒸散を含む作物生理に基づく管理へ変えていく必要性を感じていたという。試験場と現地実証を重ねた結果、冬場の収量は品目を問わず2割前後伸び、高知県内では環境制御技術の導入が一気に進んだ。さらにIoP(植物版IoT)の取組みにより、環境だけでなく、作物側の情報まで可視化する研究と普及が進み、SAWACHIの構築につながっていった。講演資料では、環境制御導入面積や次世代型ハウスの整備、利用農家数、経済効果なども示されており、高知県ではデータ駆動型農業が単発実証ではなく、県全体の産地政策として積み上げられてきたことがうかがえる。
【「測れば分かる」ではなく、「分かる形で教える」こと】」
講演で最も印象的だったのは、データ活用がなぜ6?7割で止まりやすいのかという岡林氏自身の問い直しである。成果が明快に見える技術であっても、残りの層にはなかなか入らない。しかも指導員でさえ、データの見方や指導方法が分からないと言う。その理由として岡林氏が挙げたのは、現場経験の差だった。冬場のハウスでは、朝に光合成が始まると炭酸ガス濃度が急低下し、しかも締め切ったままでは湿度が高過ぎて蒸散も進まない。優れた農家は、計測していなくても、朝の一時換気で湿気と炭酸ガス不足を同時に改善していた。ところが、その背景を理解しないまま高収量農家の「高めの温度管理」だけを真似すると、かえって収量を落とす。つまり、データ活用の壁は、装置の有無以上に、現象をどう解釈できるかにあるというのである。岡林氏が学生のレポートを読んで気付いたというくだりは、経験のない世代にどう教えるかという教育論にもつながっていた。
【キュウリ事例が示す営農支援の勘所】
キュウリ促成栽培の事例では、年内収量の差がその後まで尾を引き、12月末までで大きな所得差につながることが示された。高収量農家では、温度管理だけでなく炭酸ガス施用や換気の組み合わせによって光合成条件を整えていたが、平均的な農家はそこまで届いていない。ここで重要なのは、高収量農家の管理を表面的に模倣しても成功しないことである。炭酸ガスを補えない条件で温度だけを上げれば、かえって炭酸ガス飢餓と蒸散不良を助長してしまう。岡林氏が強調したのは、成功者のやり方を断片的に模倣させるのではなく、現状のハウス設備や資金条件に応じて、何を優先導入し、どの改善なら回収可能かを見極めることの重要性である。ここには、データを用いた経営コンサルティングとしての営農支援像が表れていた。
【誰に、どの段階で、どう伴走するか】
岡林氏は、営農支援では「全員に同じ指導」をするのではなく、データや収量から農家群を見立てる必要があると述べた。すでに平均以上を上げている層には次の課題を与え、装置を入れているのに使いこなせていない層や、経験と勘に依存したまま止まっている層には重点的に伴走する。若手でも系統外出荷を含めれば十分成果を上げている場合は、単純な数字だけでは判断できない。60歳前後でまだ投資回収が見込める層、後継者の見込みがある高齢層、装置はあるのに運用が追い付いていない層など、支援対象を具体的に見分けていた点は印象的だった。こうした全戸診断とステップアップ支援こそ、これからのJAや普及組織の役割だという整理は、本シンポジウムのテーマである営農指導の再設計にも直結していた。
【データ活用のコツとGAPへの示唆】
講演の最後に岡林氏は、データ活用のコツを四つに整理した。細かく見過ぎないこと、1年単位でまとめようとしないこと、課題を持って見ること、正誤の二分法にしないこと、である。データは精密に集めるほど使えるのではなく、今日の気候に対してどう狙い、どう管理し、どういう結果になったかを議論できる形になって初めて意味を持つ。ここには、日々の記録を改善に結び付けるというGAPの基本発想とも通じる面がある。岡林氏自身が、高知県で環境保全型農業とGAPの普及を一体で進めてきたことに触れていた点から見ても、データ駆動型農業は、新しい機械の導入だけでなく、観察、記録、比較、助言、改善という農場管理の循環をどう実装するかの問題として捉えるべきなのだろう。高知県の事例はその循環を、地域インフラを支える試みとして捉えることができる。
2026/6
≪シンポジウム報告⑤≫
総合討論
「新しい営農指導の方向性をめぐる論点整理」
シンポジウム報告①②③④の質疑応答
2025年度GAPシンポジウム1日目の質疑応答及び総合討論では、「新しい営農指導の方向性―データ駆動型システムとGAPの接点」をテーマに、田上隆多氏の司会のもと、田上隆一氏、阿部尚人氏、岡林俊宏氏が講演内容を踏まえて議論を深めた。討論を通じて繰り返し確認されたのは、スマート農業やデータ活用は、それ自体が目的ではなく、産地や経営が実現したい姿を支える手段として位置付けるべきだという点である。また、その手段を本当に機能させるには、個別技術の導入以上に、人材育成、組織設計、データ契約、流通接続まで含めた全体像が必要であることが、登壇者各氏の発言を通じて具体的に示された。
【冒頭で確認された討論の出発点】化
討論の冒頭で各登壇者が「今日いちばん伝えたかったこと」を改めて述べた点も象徴的であった。田上氏は、アルメリアの強さの根底にあるのは、民主的な協同組合の仕組みと、そこで農家の主体性が引き出されていることだと強調した。阿部氏は、現場のボトルネックを見極めずに機械導入だけを進めても改善にはならないと整理し、岡林氏は、データを見て違和感を持ち、すぐに農家へ連絡し、対策につなげるところまで進まなければ意味がないと述べた。
討論全体は、この三者の問題意識を出発点として、人づくり、地域づくり、流通体制構築へと論点が広がっていった。
【データを活かす人材をどう育てるか】
まず大きな論点になったのが、データを活かせる営農指導人材をどう育てるかである。岡林氏は、高知県では環境制御の普及段階から県の普及員とJAの営農指導員を一体で育成してきたと説明した。単発の講習ではなく、現地勉強会や泊まり込みの実習を通じて、環境制御技術だけでなく、整枝・剪定、生育の見方、データを見てすぐ行動に移す感覚まで身に付ける仕組みを作りあげてきたという。現在では「データ農業の指導員」といえる人材を約90名規模で育成しており、一人の優秀な担当者に依存するのではなく、品目担当や経営担当も巻き込んだチームで産地全体を底上げすることが重視されている。
これに対し阿部氏は、国としても現場の普及指導員向け研修に加え、農業高校や農業大学校の段階からスマート農業やデータ活用に触れる機会を広げようとしていると説明した。若い世代はITへの心理的ハードルが比較的低く、早い段階からデータを扱う経験を積むことが、将来の営農支援体制の厚みにつながるという認識である。
さらに田上氏は、アルメリア大学では農学系が高い人気を持ち、テクニコがほぼ確実に就職できる職域として成立していることを紹介した。そこでは、農家指導だけでなく、農協のERP、販売、生産計画まで含めた産業全体を支える専門職として人材が位置付けられている。討論から見えてきたのは、データ活用の成否はソフトや機械の性能だけでなく、それを読み解き、行動に移せる人材の厚みに大きく左右されるということであった。
【データ共有は地域単位でどう設計するか】
次に議論が深まったのは、個別データを守りながら、地域や全国でどこまで共有・活用できるかという論点であった。阿部氏は、全国のデータを集めてAIに学習させればよいという単純な話ではないと述べた。地域で積み上げてきたデータや栽培マニュアル自体が競争力の源泉であり、簡単には外に出せない。また、別地域の気象・土壌・品種条件をそのまま学習したAIの判断が、対象地域に適合しないおそれもある。したがって、共通基盤は整えつつも、実際のデータ利活用は地域単位で組み立てるべきだという見方が示された。
岡林氏もこれに呼応し、高知県内では成功事例も失敗事例も共有して次の改善につなげる文化がかなり根付いてきた一方で、他県との共有となると慎重な設計が必要だと述べた。SAWACHIも、個別農家が孤立して使うより、500戸、1000戸といった地域単位で使う方が効果が大きいという。共有しやすいのは、データそのものというより、安全に蓄積・分析するための基盤やルールの部分であるという整理であった。
田上氏はさらに、データ共有の前提には常に経営があると補足した。農家にとってデータは善意で差し出すものではなく、経営を良くするための資産である。だからこそ、誰が、何のために、どこまで使うのかを契約や組織のルールとして明確にしなければ、共有は持続しないという点が強調された。
【トレーサビリティと流通接続が意味を持つ条件】
討論の後半では、トレーサビリティや流通との接続も重要な論点となった。阿部氏は、集荷データと圃場データが結び付けば、圃場ごとの良し悪しの把握や翌年の施肥設計にまでつながり、選果場や農協が毎年の改善を回すPDCAの核になり得ると説明した。単に収穫物を集めて売るのではなく、集荷・選果・販売で得られた情報が再び生産現場へ戻り、翌年の栽培改善に反映される仕組みができて初めて、データが経営改善に結び付くという考え方である。
岡林氏は、高知県でデータ契約を二段階に分けていることを紹介した。第一に、生産者自身の営農改善のために県とJAがデータを使うこと。第二に、高知県農業全体の発展のため、大学の研究開発や企業の製品開発に第三者提供することへの同意である。ただし、企業利用であっても目的が明確であり、産地や販売にプラスになることが条件である。
田上氏は、ヨーロッパではトレーサビリティと、いわゆるGAP認証の制度化が農業構造自体を変えてきたと述べ、アルメリアでは圃場、投入資材、出荷、選果、包装、販売先までがERPでつながっていると説明した。買い手から情報を求められた時にすぐ対応できる仕組みは、単なる管理強化ではなく、販売力を持つ産地づくりの条件として機能しているのである。
【課題起点で営農指導を組み立て直す】
さらに、令和9年度以降の水田農業や露地園芸に関する質問に対し、阿部氏は、単収向上や適期収穫といった目標を実現するために、現状の作業体系や排水条件、収穫時期の重なりなどの課題をまず分析すべきだと述べた。ここでも「スマート農業を入れるかどうか」が先にあるのではなく、目標達成のために必要なら導入するという考え方が繰り返された。討論の核心は、技術論そのものより、課題設定の仕方と改善サイクルの組み立て方にあったと言える。
こうした議論を通じて浮かび上がったのは、選果場や協同組合の役割の重さである。田上氏は、選果場は単なる集荷施設ではなく、商品化して利益を生み、その利益を地域に戻す拠点だと述べた。データもまた、個々の農家に閉じたままでは十分な価値を発揮せず、選果、販売、営農指導をつなぐ場の中で初めて、産地全体の改善サイクルに組み込まれる。これはGAP(適正な農業実践)の文脈でも重要であり、記録や点検を現場の負担として積み上げるだけでなく、経営改善や取引先への説明可能性にどう結び付けるかが問われていることを、討論は改めて示した。
最後に司会の田上隆多氏は、登壇者に共通していたのは「まず課題と目的を明確にし、その上で手段としてスマート農業やデータ活用を考える」という点だったと総括した。人手不足、収量向上、適期作業、販売強化、流通接続など、解決したい課題が違えば、必要なデータも導入すべき技術も変わる。逆に言えば、地域としてのビジョンや、法人・部会・JAがどこまでを対象に何を実現したいのかが曖昧なままでは、機械もデータも活きない。今回の討論は、新しい営農指導の方向性とは、最新技術を追加することではなく、目的起点で人材、組織、データ、販売をつなぎ直すことにほかならないことを示したと言える。
2026/6
≪シンポジウム報告⑥≫
「スマートでよりよい営農をマーケットにつなげるGAP認証の役割」
武末克久 AGRAYA GmbH テクニカル・キー・アカウント・マネジャー 日本担当
2025年度GAPシンポジウムでAgraya GmbHテクニカル・キー・アカウント・マネジャーの武末克久氏は、「スマートでよりよい営農をマーケットに繋げるGAP認証の役割」をテーマに講演した。武末氏は、GLOBALG.A.P.の普及に携わる立場であると同時に、マダガスカル産バニラビーンズの輸入にも関わるバイヤー側の視点も持つ。その立場から示されたのは、GAP(適正な農業実践)や、いわゆるGAP認証を単なる管理手法や審査制度としてではなく、社会や市場の要請を農場の実務に接続する仕組みとして捉える視点であった。講演全体を通じて繰り返されたのは、認証の本質は「書類を増やすこと」ではなく、農場で行われている管理を、第三者が理解でき、取引先にも説明できる形に整えることにあるという整理である。消費者向けラベルや国際市場での説明責任まで含めて考えると、その意味はさらに大きくなる。
【マーケットがGAPに求めるもの】
講演の導入で武末氏は、香港で開かれた青果物流通の展示会Asia Fruit Logisticaで、中国の輸出業者や生産者の多くがGLOBALG.A.P.認証を取得していたことを紹介した。アジア向けの展示会であっても、欧州輸出や国際取引を見据えれば、認証はすでに前提になっているという実感である。GLOBALG.A.P.の源流であるEUREPGAPは、1999年に欧州の小売とサプライヤーが集まって立ち上げた。背景には、食品安全やトレーサビリティを生産現場でどう担保するかという課題があった。各小売が個別に基準を設けて監査するのではなく、共通の枠組みをつくることで、取引の効率性と信頼性を両立させようとしたのである。2007年にGLOBALG.A.P.へ名称変更して以降は、欧州域内の規格ではなく、世界のマーケットで通用する共通言語へと広がってきた。
【規格は対話の中で形づくられる】
武末氏が強調したのは、この規格が小売や実需者の一方的な押し付けではないという点である。GLOBALG.A.P.は会員制で運営され、生産者と小売・食品メーカー・レストランなどの実需者が、ともに理事会や技術委員会を構成している。そこでは社会からの要請を受けた実需者の要求と、生産者にとっての実行可能性とをすり合わせながら規格が形づくられる。つまり、GLOBALG.A.P.は、社会の期待を農業の現場で実装するための対話の産物であり、その点に制度としての納得性がある。武末氏は、規格は「社会からの要請にどう応えるかを文書化したもの」だと整理したが、この表現は講演の要点をよく表していた。
【GAP(適正な農業実践)といわゆるGAP認証の違い】
その上で武末氏は、「GAPに取り組むこと」と「いわゆるGAP認証を取得すること」の違いを整理した。前者は農場が自主的に管理改善に取り組むことであり、後者はその取組が第三者によって担保されることで、ビジネス上の信頼として機能する。GLOBALG.A.P.の規格は、認証制度の運営ルールを定める一般規則と、生産者が何に対応すべきかを示す原則と基準から成る。対象分野は、食品安全、法令遵守、トレーサビリティ、生産工程管理、労働者の健康と福祉、環境、持続可能性まで広い。残留農薬、農薬事故、農作業事故、熱中症、外国人労働者への言語対応など、農場で起こりうる多様なリスクをどう評価し、どう手順化し、どう記録して改善するかというPDCAが基本思想に置かれている。細かな作業指示を一律に押し付けるのではなく、リスクが適切に管理されているかを見る考え方が、130カ国以上で展開できる理由でもある。
【文書管理とデジタル化が鍵になる】
武末氏は、日本の生産者の多くは実態としてかなりGLOBALG.A.P.の考え方に沿った管理をしているのではないかと述べた。一方で、いわゆるGAP認証の取得で特に壁になりやすいのが文書管理である。日々の営農では実施していても、それを記録し、示し、審査可能な形に整えることは容易ではない。そこで重要になるのがデジタル化である。記録や文書管理を効率化できれば、生産者の負担だけでなく、認証機関の審査負担も下がり、審査工程の短縮や費用低減にもつながり得る。今回のシンポジウムの文脈で見れば、スマート農業の価値は機械化そのものよりも、こうした管理情報の整備と活用にこそ大きく現れることが分かる。武末氏がIT企業の参画に期待を寄せたのも、この部分であった。農場・認証機関・バイヤーの間で情報が滑らかにつながれば、認証はより現実的で使いやすい基盤になり得る。
【持続可能性は「取組」から「測定」へ】
講演後半では、GLOBALG.A.P.のバージョン6で持続可能性がより強く打ち出されている点も紹介された。近年は、生物多様性、エネルギー管理、温室効果ガス削減や吸収への貢献などについて、「取り組んでいるか」だけでなく、「測定指標で裏付けられているか」が問われる方向に進んでいる。欧州では、環境配慮や削減努力を商品表示やコミュニケーションでうたう場合、その根拠データが求められる流れが強まっている。持続可能性を語るうえでも、データと記録は不可欠になっているのである。また、GLOBALG.A.P.では本体規格に加えてadd-onの仕組みにより、水利用、生物多様性、各種法令対応など幅広い要請に柔軟に対応してきた。武末氏は、今後さらに持続可能性に関する新たな規格が整備される見通しにも触れ、市場側の要請が今後も更新され続けることを示した。
【マーケットにつながる認証の役割】
買い手の立場から見ると、GLOBALG.A.P.認証を取得した生産者と取引する価値は明確である。法令違反、食品安全事故、トレーサビリティ不備、コンプライアンス上の問題などのリスクが適切に管理されていると説明しやすく、万一の際も被害の最小化や原因究明につなげやすい。逆に生産者側から見ても、「認証を取っている」という言葉の裏には、こうした多くの管理努力が含まれている。 武末氏の講演は、その価値をもっと実需者に伝え、同時に実需者側も改めて認識すべきだというメッセージだった。社会の要請を文書化し、対話に基づいて更新し、市場へのパスポートとして機能させる。さらに、その運用を現実的なものにするためにデジタル化を進める。そこに、GLOBALG.A.P.という、いわゆるGAP認証の大きな役割があることを示した講演であった。
2026/6
GAP取組みで押さえたい
「みどり戦略」「基本法」「基本計画」「みどり法」「食料システム法」の関係
田上隆多 株式会社AGIC
近年、農業・食品分野では、「みどりの食料システム戦略」「食料・農業・農村基本法」「食料・農業・農村基本計画」「みどりの食料システム法」「食料システム法」と、名称の近い政策・法律・計画が続いており、関係が分かりにくいと感じる場面が少なくありません。筆者自身としても理解を深めたいと考え、農林水産省の公式資料をもとに、関係性を整理してみました。
まず、「みどりの食料システム戦略」は、食料システム全体を持続可能な方向へ転換していくための中長期ビジョンです。調達、生産、加工・流通、消費までを通じて、生産力向上と持続性の両立を図る方向を示した、いわば政策の羅針盤です。法律そのものではありませんが、その後の制度整備を先導した出発点として理解すると分かりやすいでしょう。
次に、「食料・農業・農村基本法」は、旧農業基本法(1961年制定)を廃止して1999年に公布・施行された日本の新たな農政の基本法で、政策全体の理念を定める法律です。
2024年の改正では、「食料安全保障を中心理念に据えた新しい基本法」へと大きく転換しました。特に、国民一人ひとりの食料アクセス確保、環境と調和した食料システム、人口減少時代の農業・農村の維持、輸出・輸入の再整理、合理的価格形成など、農政の"前提"そのものがアップデートされています。中でも「環境と調和のとれた食料システム」では、農薬・化学肥料・温室効果ガスなどの環境負荷を低減し、生産から消費まで一体的に環境との調和を図る方向へと舵を切ったことで、「GAPステージ3」を意識した内容となっています。
そして、この基本法に基づいて政府が策定した実施計画の最新版が「食料・農業・農村基本計画」です。農林水産省によれば、この計画は改正基本法に基づく初の基本計画であり、五つの基本理念に基づいて、今後の施策の方向性、目標、KPIなどを具体化する役割を担っています。したがって、基本法の理念を現実の政策に落とし込む「政府の政策実装計画」と見るのが適切です。
その上で、「みどりの食料システム法」は、環境負荷低減や環境と調和した生産・流通を制度として進めるための法律です。環境負荷低減事業活動等の認定制度、国の基本方針、都道府県・市町村の基本計画などを通じて、生産現場や地域での取組を後押しします。 GAPでいえば、土づくり、化学農薬・化学肥料の使用低減、温室効果ガス削減、資源循環といった環境面の実践と親和性が高い制度です。
一方、「食料システム法」は、持続的な供給を経済面・取引面から支える法律です。農林水産省の概要資料では、この法律の柱は「合理的な費用を考慮した価格形成」と「食品産業の持続的な発展」の二つとされており、事業活動計画認定、支援措置、誠実協議、商慣習の見直しなどを通じて、農業者や食品事業者が継続して取組を進められる条件整備を図るものとされています。
この五つをまとめると、「みどり戦略」が方向を示し、「基本法」が理念を定め、「基本計画」がそれを政策として具体化し、「みどり法」が環境面を制度化し、「食料システム法」が持続的供給のための価格・取引・事業継続面を制度化している、という関係になります。
環境対応を進める制度と、その取組を採算・取引面から支える制度が並走している、と見ると全体像がつかみやすくなります。
GAPの普及を考えるうえでも、この整理は重要です。GAPは認証の取得そのものだけでなく、食品安全、環境保全、労働安全、人権、記録・管理、継続的改善を含む実践です。したがって、環境面の取組をどう進めるかだけでなく、その取組が経営として継続できるよう、価格形成や取引条件まで含めて考える必要があります。みどり法と食料システム法は、GAP実践の異なる側面を支える制度として読み解くと理解しやすいでしょう。
農業現場の実務という観点では、いくつか押さえておきたいポイントがあります。生産者にとっては、環境配慮や安全管理の取組を「実施している」だけで終わらせず、記録として残し、コストや効果を見える形にしておくことが重要です。
JA職員にとっては、みどり法に関わる地域計画や認定支援と、食料システム法に関わる価格形成や商慣習の見直しを別々に扱うのではなく、産地維持のための一連の支援としてつなげて考える視点が求められます。
県普及員にとっては、技術指導だけでなく、その取組が地域の計画、補助事業、販売先との関係、記録・説明資料の整備にどう結び付くかまで含めて助言できると、現場での実効性が高まります。
特に現場では、「環境に良いこと」と「経営として続くこと」が別々に語られがちです。しかし実際には、土づくり、化学農薬・化学肥料の使用低減、省エネルギー化、労働安全の改善、記録の整備といった取組は、必ずしも単純に追加コストが発生するものばかりではありません。一方で、これまでのやり方を見直したり、複数の管理を整理・統合したり、関係者の理解をそろえたりする必要があり、変化に伴う手間や調整負担が生じることがあります。これらを継続するには、地域の合意形成、計画化、支援制度の活用に加え、取引先との説明・協議や、価値の伝達が必要です。GAPの普及を進める側も、技術・管理・制度・取引をつないで考えることが、今後ますます重要になると考えられます。
なお、本稿に示した整理図や比較表は、筆者が公式資料をもとに独自に整理したものであり、政府が公式に作成した対比表ではありません。制度の適用関係や詳細な内容は、必ず農林水産省等の公式情報をご確認ください。
- 【参考:公式URL】
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みどりの食料システム戦略
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/ -
食料・農業・農村基本法改正のポイント
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/bukai/attach/pdf/250122-6.pdf -
食料・農業・農村基本計画(令和7年4月11日閣議決定)
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/k_aratana/index.html -
みどりの食料システム法
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/houritsu.html -
食料システム法
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/250623.html
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