GAP普及ニュース 84号
2026年2月16日、17日の2日間、「スマート農業×営農指導 -データ駆動型で拓くGAP-」をテーマに「2025年度GAPシンポジウム」が東京大学弥生講堂一条ホールとZoomウェビナーによるハイブリッド形式で開催されました。参加者は175人で、会場参加73人、オンライン参加102人、情報交換会には40人が参加しました。開催概要ページでは、現場の生産管理、営農指導、生産者の取りまとめ、販売やマーケティングまでを含めた営農活動全体を、どのようにデータで支え、よりよい農業・営農、すなわちGAPに結び付けていくかを議論する場として本シンポジウムが位置付けられています。
今回のシンポジウムでは、スマート農業を単なる機械導入としてではなく、観察、記録、分析、判断、改善を支える仕組みとして捉える視点が、2日間を通じて共有されました。開会挨拶では、「スマ農政策ではハードが目立つが中核はデータ駆動による農業」と示され、圃場観察、営農記録、意思決定、圃場作業をどうつなぐかが重要な論点として提示されました。また、「GAPでもデータ・記録が命です」とのメッセージも示され、スマート農業とGAP(適正な農業実践)が、記録と改善を軸に深く接続していることが印象付けられました。
プログラムは、1日目に開会挨拶、基調講演「アルメリア農業の奇跡 -アルメリア農業の成功要因分析と日本農業への示唆-」、農林水産省による「スマート農業の推進とGAPへの応用」、高知県「SAWACHI」に学ぶデータ駆動型の栽培管理と営農支援、総合討論「新しい営農指導の方向性 -データ駆動型システムとGAPの接点-」が行われました。2日目は、全農、新岩手農業協同組合、JA岡山中央会、Agraya GmbH、株式会社トクイテン、株式会社きゅうりトマトなすびによる講演と、総合討論「データ駆動型の生産&営農指導の未来」が行われ、生産、指導、組織運営、流通、技術開発、いわゆるGAP認証まで、多面的な報告がそろいました。
参加者の広がりも、今回の特徴の一つでした。参加者集計では、農業者、JA、JAグループ、国・都道府県行政、普及指導、試験研究、審査・認証、IT関連、大学・農業大学校、サービス・コンサルティングなど、多様な立場から参加がありました。スマート農業を「技術」の話にとどめず、営農支援、組織マネジメント、取引や信頼性の確保まで含めて議論するという今回の狙いにふさわしい参加構成だったといえます。
総合討論や各講演を通じて浮かび上がったのは、データは集めるだけでは価値にならず、現場の行動変容や経営改善につながってはじめて意味を持つということです。1日目の総合討論では、日本には優れたシステム開発が数多くあっても、「誰が使うのか、どうやって使うのか、何のために使うのか、それで儲かったのか、という成功事例が出てこないとなかなか次に行けない」との指摘がありました。これは、スマート農業を導入の話で終わらせず、営農指導や産地運営、販売や選果場を含むサプライチェーン全体の改善へどう結び付けるか、という今回の主題そのものを表していたように思います。 また、2日目の講演では、記録やデータ整理の負担を減らし、記録を実際の助言や行動につなげる仕組みも紹介されました。株式会社きゅうりトマトなすびの資料では、「記録したデータを活用できていない」「昨年の作業記録を踏まえたアクションが立てられない」といった現場課題に対し、LINE上での入力、AIによる記録整理、必要な作業の通知など、記録から助言までをつなぐ仕組みが示されました。こうした報告は、GAP(適正な農業実践)で重視される記録、点検、改善のサイクルを、より実装しやすくする可能性を示すものでもありました。
さらに、GAP認証に関する講演では、食品安全、法令遵守、トレーサビリティ、労働者の健康と福祉、環境といった幅広い領域を対象としつつ、「基本はリスク評価から始まるPDCA」であることが明示されました。今回のシンポジウムでは、スマート農業による記録・分析・共有の仕組みと、GAPや、監査・保証を伴う制度としてのGAP認証における継続的改善の考え方とが、対立するものではなく、むしろ相互に補完し合う関係にあることが改めて確認されたといえます。
参加者アンケートの結果からも、今回のテーマ設定と内容が高く評価されたことがうかがえます。回答33件のうち、「今回のテーマについて理解が深まった」は「そう思う」19件、「大変そう思う」14件で、全回答が肯定的でした。また、「討論・Q&Aは有用だった」も「そう思う」14件、「大変そう思う」12件で、計26件が肯定的でした。「今後の開催にも参加したい」は23件が「はい」であり、継続的な開催への期待もうかがえました。内容評価でも、1日目・2日目ともに「よい」「大変よい」が各32件で、全体として満足度の高い開催となりました。
今回のシンポジウムは、スマート農業を「省力化のための技術」としてのみ捉えるのではなく、農業の持続性、収益性、信頼性、そして組織としての営農支援力をどう高めるかという広い視野のもとで再考する機会となりました。データをどう記録し、どう生かし、どう現場の改善につなげるか。その問いは、GAP(適正な農業実践)を進めるうえでも、これまで以上に重要になっているといえます。
GAP普及ニュースでは、今回の基調講演や各講演の内容を順次紹介していく予定です。本稿では、まずシンポジウム全体の開催概要と、そこで共有された主要な論点、そして参加者アンケートから見えてきた期待と課題を報告しました。今回の2日間で示された知見を、今後のGAPの普及や、各地の営農指導、産地づくりの具体的な改善へどうつなげていくか、引き続き考えていきたいと思います。
2026/3
≪シンポジウム報告①≫
『データが拓く新しい農業とGAP』
二宮正士 東京大学農学生命科学研究科 (名誉教授)
はじめに
GAPシンポジウム開催に当たりまして、今回のキーワードである「スマート農業」の本質と、それがGAPや農業の未来にどう関わるかについて、少しお話しさせていただきます。
変革期を迎える日本の農業政策
皆様ご承知の通り、2020年を境に農林水産省の政策は大きく舵を切りました。2024年6月には「食料・農業・農村基本法」が25年ぶりに改正され、以下の4点が柱に据えられています。
- 食料安全保障の再構築
- 環境負荷低減と生産性の両立(GAPに直結する項目)
- 技術革新による生産効率の最大化(スマート農業に直結する項目)
- 農業・農村振興と基盤確保
これに伴い「みどりの食料システム法」や「スマート農業促進法」が整備され、現場への実装が強力に進められています。
スマート農業の本質:3つのステップ
スマート農業とは何を指すのか。生産現場におけるプロセスは、以下の3つのステップに集約されます。
- 第1ステップ(計測):
- IoTセンサーやロボットの目(画像解析)を用いて、作物の状態や環境データを自動収集する。
- 第2ステップ(判断):
- 蓄積されたデータに基づき、AI等が「次に行うべき作業」を客観的に判断する。
- 第3ステップ(実行):
- 判断に基づき、自動機やロボットが実際の農作業を行う。
従来の農業は「経験と勘」に基づく属人的なものであり、技術継承が困難でした。しかし、スマート農業はこの全工程をデータとして客観化するため、次世代への継承がはるかに容易になるという決定的な違いがあります。
データの力:ブロッコリー収穫予測の事例
これまで困難だった「作物の状態把握」も、画像解析技術の進歩で一変しました。例えば、ドローンでブロッコリー畑を一度撮影すれば、葉に隠れた花蕾のサイズを推定し、2週間先までの生育をモデル化できます。
これにより「最も高く売れるサイズ」が最大化される「最適収穫日」を特定可能です。ある事例では、収穫日を1日誤るだけで収益が20%減少することが判明しました。データが実際の経営判断を支え、食品ロス削減にも寄与する。これこそがデータ駆動型農業の真髄です。
「データ駆動型」の先駆者に学ぶ
実は、1990年代の農業情報学会設立当時から、こうした議論はなされてきました。当時はセンサーもAIもありませんでしたが、元ITエンジニアの杉山氏(宮崎県で就農)は、Excelと手入力による膨大なデータ蓄積だけで、糖度予測や労働力の最適化を見事に実現していました。
現代は、過去の膨大な紙資料もAIツール(NotebookLM等)を使えば一瞬で解析できる時代です。試験場や行政に眠る貴重なデータをデジタル化し、再利用することで、新たな価値が生まれるはずです。
多角的な「持続可能性」とGAP
最後に、持続可能性について。私たちが語る「サステナビリティ」は、多層的な課題を含んでいます。
- * 窒素肥料や農薬の適正管理による「生態系の持続性」
- * 労働力不足を補い、農家が儲かる「経営・生産の持続性」
- * 気候変動への対応や、エネルギー・資源の効率利用
これら相反するようにも見える多くの要件を、すべて最適に満たしながら進むのが我々の大きな課題です。その中心にあるのは、GAPの「理念」と農業の「データ」です。
未来を想定した議論を
今、ヒューマノイドロボットや自動運転タクシーが世界で実用化されつつあります。10年前には想像もできなかった技術が、今まさに隣り合わせにあります。「今ある技術」だけでなく、「すぐそこにある未来の技術」も視野に入れ、この2日間、真摯で実のある議論ができることを願いまして、私の挨拶とさせていただきます。
文責:編集委員会
2026/3
≪シンポジウム報告②≫
『スペイン・アルメリア農業の奇跡 "スマート農業 × 営農指導"成功の要因と日本農業への示唆』
田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長
1. はじめに: GAPは「守り」から「攻め」の戦略へ
今回のGAPシンポジウムのテーマは「スマート農業×営農指導」ですが、その根底にあるのは「農家の行動変容をどう起こすか」という問いです 。
スペイン・アルメリアは、わずか50年で砂漠を欧州一の産地へ変貌させました。彼らの強さは、単なる機械の導入ではありません。世界のGAPが「ステージ3」、つまり農業を通じて地球を修復する「再生型(リジェネラティブ)」農業へと進化する中で、彼らはすでにその理念と技術、そして制度を整え、次なる成長段階へと舵を切っています。
2. 世界のGAPは「ステージ3」へ
まず、私たちがアップデートすべきは「GAPの定義」そのものです。かつて欧州でスタートしたGAP(Code of Good Agricultural Practice)は、法令遵守や環境負荷低減の「ステージ1」でした。2000年代には、取引条件としての第三者認証である「ステージ2」へと進みました。そして現在、世界は「ステージ3」に突入しています。これは、単に「害を及ぼさない(Good Practice)」だけでなく、農業を行うことで土壌や生態系を「修復・復元する(Best Practice)」環境「再生型(リジェネラティブ)農業」の段階です。
アルメリアがスマート農業で成功しているのは、この「作るほどに地球が良くなる」という高い理念を掲げ、それを実現するための制度設計ができているからです 。
3. アルメリアを突き動かした「ステージ2」の衝撃
アルメリア農業が現在の姿になった最大の要因は、2000年代初頭にEUのスーパーマーケットから突き付けられた「厳しい仕入れ要件」でした。
- 突然の通行手形: 「認証がなければ取引しない」という、環境保全、食品安全、労働安全、トレーサビリティを網羅した極めて高い要求です。
- テクニコによる突破: 突然の要求にも関わらす、彼らは、営農指導員(テクニコ)の徹底した指導の下、この高い壁を乗り越えました。
- 成功体験が力になる: この「ステージ2」での組織的努力と、世界一の認証取得数という達成感が、農家に「自分たちは変われる」という自信を与えました。この行動変容の力があったからこそ、人権問題や地球温暖化対策といった「ステージ3」の課題にも、自ら進んで対応できているのです。
4. 日本農業の構造的課題: 欠落した「ステージ1」
翻って日本はどうでしょうか。ここで極めて重要な指摘をしなければなりません。スペインを含む欧州は、1980年代から政策として環境保全を義務化する「ステージ1」を経験しています。しかし、日本はこのプロセスを十分に経ないまま「ステージ2」へ入ろうとしています。市場対応や輸出という「外圧」による「GAP農場認証」から突如として始まったため、日本のGAPは「取引上の食品安全」に偏った、形式的なものになりがちです。
これでは、環境再生や社会的要求に応える「ステージ3」へ向かうための理念も技術も、そして農家の行動変容を起こす「魂」も育ちません。私たちが今なすべきことは、生産者が自ら変われるだけの「条件」を整えること。それが本日のメインテーマである制度設計を伴う農業改革「スマート農業×営農指導」です。
5. データ駆動の核: 選果場ERP(Enterprise Resource Planning)システム
データ駆動型農業を実現する具体的な仕組みが、アルメリアの「選果場」を拠点としたERP(統合型基幹業務システム)で取り組まれています 。
- 選果場がビジネスの司令塔: 近代的な選果場は、農産物投入から箱詰めまで自動化された物流拠点であると同時に、地域全体の経営資源を管理するERPの拠点でもあります。
- 農場を生産ラインとして統合: 認証基準に基づき生産を標準化することで、個々の農場を選果場という巨大な工場の「生産ライン」の一部として位置づけています。
- リアルタイムのデータ突合: 農家がスマホやタブレットで入力した栽培実績データと、営農指導員(テクニコ)の計画データがシステム上で突き合わされます。
- 信頼のインフラとしてのGAP: 認証検査や是正管理までもがシステム化されており、認証農協(農場)の農産物は「信頼の基盤」として機能しています。
6. デジタル営農指導の主役: テクニコ
この高度なシステムを動かし、農家とデータを繋いでいるのが「テクニコ」と呼ばれる営農指導員です。彼らは単なる指導員ではなく、高度な学位を持つ「農場の主治医」でありコンサルタントです。
- 10日に一度の処方箋: テクニコは頻繁に現場を巡回し、データに基づき「今何をすべきか」を処方します。
- エビデンスの自動生成: 「テクニコの指示」と「農家の実施」のサイクルそのものが、そのままGAPの強力なエビデンス(証拠)となります。
- 伴走者としての責任: 農作物の成長監視から、灌漑・肥料の最適化、病害虫コントロールまで、農家を一人にせず包括的に支援します。
7. 技術の真髄: IPMと再生農業
アルメリアのスマート農業は、決して「高投入・高コスト」ではありません。むしろ「低投入・中リターン」の持続可能なモデルです。
- エネルギー効率の最大化: 温室はブドウ棚にビニールをかけたようなシンプルな構造で、無加温・太陽熱利用を基本としています。オランダ産と比較しても、トマト1kgあたりのエネルギー消費は1/7から1/10と極めて低いのが特徴です 。
- 徹底したIPM(総合的病害虫管理): エル・エヒド市の条例では、農場面積の1%を益虫の避難場所となる在来植物の栽培に充てる義務を負っています。
- 土壌の「再生」: 砂漠の砂、堆肥、地域由来の土を層状に重ねる独自の土壌改良を行い、「不耕起栽培」によって土壌微生物の力を最大限に活かしています 。
8. 行動変容を支える三位一体の制度設計
農家に「変われ!」と言うだけでは不十分です。アルメリアのように、生産者の行動変容を必然とする「仕組み」が必要です。
- 選果場ERPシステム(インフラ): 農場を選果場のラインの一部として位置づけ、栽培データがそのまま経営資源として統合管理される仕組みです。
- 日本版テクニコ制度(伴走者): データを確認し、現場で具体的な「処方箋」を出す専門家です。テクニコの指示と農家の実施がセットになることで、GAPは「管理」から「価値創造」へと変わります。
- データ駆動型営農指導(スマート農業): センサーやAIは、この信頼を可視化するための道具に過ぎませんが、ステージ3の適正農業管理に欠かすことはできません。
「ERPagro は、生産者・農場も組織の資源として、選果場を中心に組織全体の経営資源を統括的に管理し、経営全体の効率化を図る手法として、統合型基幹業務システムとしてパッケージで提供されている。」
9. アルメリア農業に学ぶ、組織変革の3つの具体的メリット
アルメリア農業の成功は、厳しい「外圧」を逆手に取り、農協組織そのものを「農産物サプライヤー兼輸出業者」へと進化させたことにあります。日本のJAが、データ駆動型の営農指導やERP導入を断行することで得られるメリットは、以下の3点に集約されます。
1) 「不確実性」の排除と、産地としての信頼構築
農業における最大のリスクは、天候や病害虫による「不確実性」です。アルメリアの農協は、このリスクを個人に負わせず、組織で管理する仕組みを作りました。
- 研究・実験リスクの肩代わり: 新しい栽培技術や環境対策(IPMなど)に伴うリスクを農協が負担し、知見を共有することでコミュニティ意識を醸成しています。
- 「実物を見ない取引」の実現: ERPシステムによって栽培履歴と選果データが完全に紐付けられているため、実物を確認せずともマーケットとの間で強固な信頼を構築できています。これにより、有利販売が可能になります。
2) 「テクニコ」による営農指導の高度化と若手職員の意欲向上
営農指導員を、単なる「巡回員」から、データに基づき処方箋を出す農業技術専門家「テクニコ」へと再定義します。
- 指導のエビデンス化: 「テクニコの指示」と「農家の実施」がシステム上でセットになることで、指導の成果が可視化されます 。
- 高給職種としての憧れ: アルメリアでは、システムを使いこなし持続可能な農業を支えるテクニコは、若者が憧れる専門性の高い「高給職種」となっています。これは、JAにおける人材確保と職員のモチベーション向上に直結します。
3) 公平な富の分配と「選ばれる農協」への脱皮
アルメリアの農協組織(S.C.A.やS.A.T.)は、民主的かつ競争的な原理で動いています。
- 公平な利益配分: 経営利益だけでなく、意思決定プロセスへの参加を保証することで、地域で生み出された富の公平な分配を目指しています。
- 組合員の「参入と退出」の自由: 「農家を儲けさせられない農協からは組合員が去る」という厳しい競争原理があるからこそ、農協は常に選果場の改革や指導の高度化を求められ、組織が硬直化しません。
10. 結論: 日本農業の「行動変容」を促すために
日本農業が「ステージ3(環境再生・社会的要求への対応)」へ移行できない最大の理由は、生産者が自ら変わるための「成功体験」と「制度的支援」が不足しているからです。
農協が核となり、ERP(システム)による経営資源の統合管理(インフラ)と、テクニコによる農家の伴走支援(人)をセットで導入することは、単なるデジタル化ではありません。それは、農家が安心して「環境再生農業」や「労働者人権保護」といった新しい価値創造に踏み出すための、産地ぐるみのセーフティネット構築なのです。
「農業が儲かれば街がにぎわい、若者が戻る」。アルメリア農業が証明したこのシンプルな真理を、日本版のスマート営農指導を通じて実現していきましょう。
2026/3
『みどりチェックとGAP ― 日本農政の制度構造の変化』
田上隆多 株式会社AGIC
みどりチェックとGAP ― 日本農政の制度構造の変化
近年、「みどりの食料システム戦略」に関連して導入された「環境負荷低減の取組のチェックシート(いわゆる"みどりチェック")」は、各種補助事業の交付要件として、農業者に取組の確認を求める仕組みとして広く用いられるようになっています。
このチェックシートには、肥料・農薬の適正管理、保管管理、作業記録、データに基づく施肥設計の検討など、農場管理の基本的な事項が盛り込まれています。
これらの項目を見て気づくのは、その多くがGAP(適正な農業実践)の基礎的な管理項目とほぼ重なるという点です。
この点から見ると、みどりチェックは単なる環境政策のツールというだけではなく、結果として"補助金の受給要件として農場管理の実施を求める仕組み"を導入したことになります。
これは、補助金の交付条件として環境・食品安全・動物福祉などの管理を求める欧州のクロスコンプライアンスに近い制度構造を、日本の農政の中に部分的に取り入れたものと見ることもできます。
もっとも、チェックシートの内容そのものは、農場管理としては極めて基礎的な事項にとどまっています。
肥料の保管、農薬の管理、作業記録、施肥設計の検討などは、本来、近代農業における通常の営農・栽培管理として行われるべき基本的事項であり、それ自体が直ちに具体的な環境負荷低減の成果を保証するものではありません。
実際、近代農業の環境負荷は、肥料・農薬の使用量、土壌管理、エネルギー利用、土地利用など、営農体系そのものと密接に関係しています。
その意味では、現在のみどりチェックが示しているのは、環境負荷低減の「成果」や「水準」ではなく、環境配慮型農業に向けた最低限の管理の入口に近い内容だと言えます。
しかし、この制度の意味は別のところにもあります。
日本の農政においては、これまで「すべての農業者がGAPに取り組む」という方向性は示されてきたものの、実際の施策は主としていわゆるGAP認証の普及を中心に進められてきました。
その結果、GAPは一部の認証取得農場の取組として理解されることも少なくありませんでした。
これに対し、みどりチェックは、補助金の要件として農場管理の基本事項を求めることにより、すべての農業者に対して最低限の農場管理の実施を求める政策ツールとして機能し始めています。
つまり、みどりチェックは、"いわゆるGAP認証の普及とは別のルートで、基礎的なGAPの実践を政策として広げる仕組み"として位置づけることができます。
この意味で、みどりチェックは、日本農政において
- 補助金と農場管理を結び付ける制度の導入
- GAPの基礎的実践を広く求める政策手段の登場
という二つの変化を示していると言えます。
今後、環境負荷低減という政策目標を実質的な成果につなげていくためには、こうした基礎的な農場管理の取組を出発点として、より体系的なGAP(適正な農業実践)へと発展させていくことが重要です。
みどりチェックは、その意味で、日本の農業政策におけるGAP普及の新しい入口として位置づけることができるでしょう。
【参考】みどりチェックとは何か
― 補助金要件とチェック項目のファクト
「みどりチェック」は、農林水産省が進める**「全補助事業等に対する環境配慮のチェック・要件化」の通称であり、各種支援に当たって、環境負荷低減の最低限の取組を要件化する考え方として整理されています。農林水産省の説明資料でも、これを「環境負荷低減のクロスコンプライアンス」**として位置づけています。
制度の背景には、みどりの食料システム法があります。同法は2022年7月1日に施行され、環境負荷低減に取り組む計画の認定制度などを通じて、農林漁業および食品産業の持続的発展と、環境負荷の少ない経済の発展を図るものとされています。
農林水産省の資料では、みどりチェックの内容は、みどり法第15条に基づく基本方針に位置付けられた**「農林漁業に由来する環境負荷低減に総合的に配慮するための基本的な7つの取組」**を基に、最低限行うべき内容を明確化したものとされています。代表的な項目としては、適正な施肥、適正な防除、エネルギーの節減、悪臭・害虫の発生防止、廃棄物の発生抑制・循環利用・適正処分、生物多様性への悪影響の防止、環境関係法令の遵守等が挙げられています。
実際のチェック項目の例としては、肥料の適正な保管、肥料使用状況の記録・保存、作物特性やデータに基づく施肥設計の検討、有機物の適正施用による土づくりの検討のほか、農薬の適正使用・保管、農薬使用状況の記録・保存、発生予察情報の活用、電気・燃料使用状況の記録・保存などが示されています。
農林水産省は、みどりチェックの実施に当たり、取組内容をチェックシート等で提出することとしており、業種別のチェックシート例や解説書も公開しています。環境保全型農業直接支払交付金のページからも、クロスコンプライアンスの説明資料と解説書にアクセスできます。
- 参考リンク(いずれも農林水産省)
- みどりチェック総合ページ
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/kurokon.html - 「農林水産省の全補助事業等に対する環境配慮のチェック・要件化(みどりチェック)の導入について」(令和8年1月)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/kurokon-80.pdf - みどりの食料システム法について(みどり認定・基盤認定)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/houritsu.html - 環境保全型農業直接支払交付金ページ(解説書への入口あり)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/kakyou_chokubarai/mainp.html
2026/3