-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

GAP普及ニュース 77号

《巻頭言》
 思い込み"からの脱却を

吉村秀清 農業ジャーナリスト

 国連のグテーレス事務総長は、国連総会で「人類は地獄の門を開けてしまった」と発言(2023.9.20)した。また「地球が沸騰してきた」という聞きなれない表現の発言もあった。それだけ、地球環境が厳しい局面を迎えているということである。今、人類が最も取り組まなければならないことはこの問題解決への取組であろう。それも緊急にである。おそらく、ほとんどの人はその重大さに気付いていると思う。地球や人類の存亡に関わる問題であるからである。しかし、全人類で取り組まれているかというとなかなかそうはいっていないということが実態である。

 国の農林水産研究機関であるで『国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(略称:農研機構(NARO)』が昨年シンポジュウムを開催した。このなかで、『農業・食品産業の可能性』という演題で基調講演をした三輪泰史氏がこれからの農研機構に期待することとして「政策立案に提案する発信をして欲しい」ということを述べた。農研機構が高い技術力と優秀な人材を抱えているからこそ、そこから創出される研究実績の発信と提言に期待しての発言ではないかと私は推察した。

 この発言に同機構の久間和生理事長は、閉会の辞のなかで「三輪氏のご指摘は大変厳しいものであるが大事なご指摘だと」と述べた。

 このやり取りを、わざわざここで紹介したのは、近年の風潮として多くの分野で専門家の意見がなかなか取り上げられなかったり、封印されたりすることが多くなってきたことから、専門家自身が、"どうせ、自分の意見は取り上げられない"という諦めの気持ちで発信そのものが弱くなっている傾向がみられることを危惧するからである。専門家は専門家として真実をきちんと発言してもらいたい。そうでなければ折角の優れた研究が無駄になるし、場合によっては社会全体が間違った方向に誘導されかねない。

 私たちは、これまで当たり前のことだと教えられてきた事項が実はそうでなかったということをこれまでも経験してきた。代表的な例としては、スポーツをやってきた方は経験があると思うが、ほぼ半世紀前までは運動中や練習中の水分補給は厳禁であった。その時の苦しみは地獄という表現しか見当たらない。しかし、現代では、積極的に補給することが推奨されており、ラグビーの試合では暑い条件下では給水タイムが導入されているほど水分補給に配慮されてきている。今に思えば熱中症と思えるような症状に見舞われたり、痙攣を起こして救急車を呼ぶなど苦しい経験をした世代にとっては、なぜ水分補給禁止という間違ったことが常識だったのか不思議でならない。スポーツ医学の専門家に、「なぜ、水分補給を禁じていたのを、補給推奨に変わったのか」と質問したことがあった。答えは、「夏場に死亡例が急増したから」ということであった。私自身、よくぞ命があったことに安堵したものである。

「耕起は農業の基本」という"思い込み"

 前述のような常識が常識でなかったことを最近いくつか感じている。それも農業のあり方でだ。我々は、農業の基本は「まず、農業は農地の耕起から」と教わり、長年信じ込んできた。今でも大半の人がそのように思っているし、勤勉な農業者の証しでもあった。ところが、最近、再び注目されてきた『不耕起栽培』、『自然農法』では、過度の耕起を薦めていない。その理由は、植物体を支えている土の内部は細菌や真菌(カビ・酵母等)、小動物により生態系が形成されており、そのことによって、栄養、空気、水分を補給し、病害虫の発生を抑制し、更には炭素や窒素を貯留し温暖化を抑制するからだという。最近のように大型機械で全面的に圃場を耕起することは、土の中の生態系を破壊し、土が本来持っている機能を弱めてしまう。そのため弱くなったことを補う方法として、農薬や化成肥料の投入が必要になってくる。これを繰り返すことにより、より多くの農薬や化成肥料を投入することになって土が土でなくなってくる。

 このことを図解で説明する。図1は慣行農業と土の生態の関係を表したものであるが、過度の耕起や農薬・化成肥料の散布により、土中の生態系は破壊される。これによって土の持つ生態学的機能は失われ、ますます耕耘や農薬、化成肥料の投入が必要となるが、この繰り返しにより土は細菌や小動物が棲息していない単なる無機的な物質になってしまう。そして、温暖化をもたらす炭素や窒素を貯留できなくなり、地球温暖化をもたらす。世界の人口が爆発的に拡大する条件の中で食料の増産のためにはやむを得なかった技術体系であったが、自然の法則を逸脱した生産方法は限界となってきた。

(図1)著者作成
(図2)著者作成

 このように生態態学的な農法は慣行農業に比べると、その核となる取り組みは「土づくり」である。「土は生きている」とか「健康な土」といった表現をされることがあるが、これは土のなかには多数の細菌や真菌、小動物が棲息し、それらが地中の生態系を築きあげ、植物の根とも共生関係を伴いながら棲息している。土中の細菌は有機物の分解あるいは合成するなど土の物質循環を担ったり、植物と共生して植物の生育や病気からブロックする役割を果たしていると言われている。

 西尾道徳氏によると、畑では10㌃当たりに約700㎏の土壌生物がおり、そのうち70~75%がカビ、20~25%が細菌、5%以下がミミズなどの土壌生物で、1グラム当たりの土壌には細菌が10億個生息しているということだ(『土壌生物の基礎知識』農村漁村文化協会)。ただ、土中の微生物そのものは全体の1%程度しか分かっておらず、どのような細菌がいて、どのような働き方をしているのか科学的にはほとんど明らかにされておらず、まだまだ未知の世界であるということのようだ。

 こうした状況であるからその普及にはまだまだ高いハードルがある。今後、この分野の研究実績が増えることに期待したい。幸い、わが国では一部の土壌学者、生態学者、有機農業研究者らが長年地道に研究を続けており、今後は財政面の充実と研究者の養成であろう。  近年、生態学的土づくりの農業に興味を示す人や実践者はまだ点の存在だが、その点の数がふえてきた印象を受ける。若い農業を学ぶ学生のなかでも有機農業に関心を持っている学生が増えてきているという。これは一つには地球温暖化が深刻になったこと、安全な食品への関心が高まってきていることに加え、農林水産省が令和3年に「みどりの食料システム戦略」を策定したことが大きい。「みどり戦略」では、2050年までに耕地面積に占める有機農業の割合を25%(100万ha)、農薬、化成肥料の低減といった目標を設定していることから自治体や農業団体でも前向きに取り組くむようになった。

「生態学的土づくり農法は大規模経営には向かない」という"思い込み"

 有機農業、自然農法、不耕起栽培といった土づくりを重視する農法は何が一番大変かというと除草作業であると言われている。つまり除草は人の手でやる以外にないことから大規模には向かないと言われてきた。慣行農業では除草剤の使用や大型農機具によって鋤き込むことができるが、土づくり農法ではこれができない。しかし、最近は生産者の工夫や一部経験者の研究により、除草機による刈り取り、輪作、混作、カバークロップの利用等で少しずつ改善が見られる。

 農林水産省では、市町村が主体となって有機農業拡大に取り組むモデル産地としてオーガニックビレッジを2025年までに100市町村創出することを進めている。この中で奈良県宇陀市の例では10haの圃場でJAS認証を取得し展開している。海外の例では、日本でも翻訳されて話題となったゲイブ・ブラウン著『土を育てる-自然をよみがえらせる土壌革命』(NHK出版)をみると、同氏は2000haの畑と牧草地を持つ大規模な畜産経営者である。この本は農業書にもかかわらず米国で大ベストセラーになった。米国では農業経営体の半数から7割程度が何らかの形で土づくりを重視した農業経営を営んでいるという報告もある。もっとも米国の場合はもともと土壌浸食が大きな課題であって、その対策として土づくりが重視されてきた。私たちの米国農業のイメージは、大規模の農地を大型機械や飛行機を使って耕起、播種、農薬・肥料の散布、収穫等を行っている姿であるが、実は必ずしもそうでなかったことに気付かされた。

 また、最近、フレッド・マグドフ、ハロルド・ヴァン・エス共著『実践ガイド 生態学的土づくり』(英文名 BUILDING SOILS FOR BETTER CROPS 翻訳山田正美 発行/日本生産者GAP協会)という題名の書籍が出版された。米国農務省国立食品農業研究所のSARE(持続可能な農業研究教育)が出版した実践的教育書である。大変注目されているガイドブックであり、米国では農業のバイブル的実務書として読まれているそうだ。米国農業はそれほど生態学的な土づくりを重視してきたことに改めて認識させられた。そして、米国のみならずFAOでも「保全農法」という表現で推奨している。ここでは3つのポイントをあげており、第1は土壌の攪乱を防ぐこと、第2は地面を裸にせず藁や植物で覆うこと、第3は作物の輪作、あるいは混作を同時に行うことである。こう見てみると、わが国は世界の潮流からやや遅れているという感があるが、「みどりの食料システム戦略」でようやく一歩近づいたのではないか。

「生態学的土づくり農法は収量が落ちて儲からない」という"思い込み"

 有機農業や不耕起栽培では「生態学的土づくり」というプロセスを経過することから、転換の効果は直ちには現れない。効果どころかか負の結果しか得られないのは当然のことである。私が取材で聞き取った生産者の意見では、土壌が落ち着くまでの数年は確かに収量は低下するが、土壌中の生態系が形成されれば慣行農業に近い収量を得られることができるということであった。落ち着くまでの期間は様々であり、栽培する作物の種類、土壌の状態、気象の状態等々によっても成果は異なる。ことから、こうすれば収量は落ちないと言い切ることはまだ難しい。しかし、ある程度の収量を得られる見込みはあるようだ。

 茨城大学の太田寛行学長の報告によれば、英国のローザムステッド農業試験場の試験では1840年代から無肥料で栽培している小麦の試験区の結果として土壌窒素がなくなっていないということ、つまり収量は落ちていないということを紹介されている。最近の異常高温下では慣行農業よりダメージは少なかったという報告もある。

 また、国内の例として、収量は別として不耕起栽培による作物の品質は非常に高いということも報告されている。最近では、有機農業を始めたきっかけは「有機農産物であれば高く販売できて利益を獲得することができるという利益追求」のためであると明言する法人経営もあらわれている。

 このように生態学的土づくり農法では、収量が低下する、そして収益も悪いという"思い込み"は必ずしも適切ではないように思われる。慣行農業からの転換に当たっても、一挙に転換するのではなく、徐々に移行することによってリスクを低下させることもできるし、なにはともあれ化学肥料や農薬の投入費用を節約できるということもあるから、収入が減ったとしてもコストがそれ以上に下がれば所得はアップするということも考えて良いのではないかとの意見もあった。

"思い込み"からの脱却を

 農業を巡る状況は厳しいものがあり、それもその要因は一つではなく多様でありかつ多様性が複雑に関連しあっている。その意味では、解決策を模索する上では一つひとつを解決することでは本当の解決にはつながらず、根本的な解決を取り組みことが求められているのが現代の農業ではないか。では、根本的な農業の改革とはどのようなことかを考えてみると、それは農法の見直しにつきるように思う。もっと端的に述べると、慣行農業から生態学的土づくりをベースとした農法への転換であり、本稿でも述べてきた有機農業、自然農法、不耕起栽培などへの転換である。

 慣行農業の世界では効率が悪いということからほとんど相手にされてこなかったこれらの農法は、実は地球に負荷を与えず、地球や自然の力を最大限活用することで持続的な農業が営まれる可能性を持っている。

 農業を今後長きに渡たる食料生産手段として捉え直すためには"思い込み"からの脱却を目指す必要がある。そして、そうした農業をベースとした地域社会や経済のあり方に変えていくことにより、人間らしい生活が実現するように思う。この道のりは決して近くはないが、外には見当たらない。そして、今がまさに転換の時期だと思う。

2024/1


《特集 実践ガイド 生態学的土づくり》
『実践ガイド 生態学的土づくり』 を必要とする背景
~みどりの食料システム戦略は、生物多様性・気候変動対応という農業のパラダイム転換~

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 代表理事

1 はじめに

 近代農業が環境に与える影響を最小限に抑えて土壌や生物多様性を保全するために、米欧を中心とした各国政府は、農業投入物の法的制限や、適正農業(GAP)規範による行動規制と補助金制度などを実施してきました。しかし、21世紀になると人間が地球環境に及ぼしている様々な影響のいくつかは、人間が安全に生存できる限界点を超えていることが明らかになり(プラネタリー・バウンダリー)、これまでのように、成長のマイナス面を補って環境を保全するだけでは地球環境の破滅的変化は避けられないということになっているようです。

 そのため、2020年を境に世界各国の農業政策は、食・農・環境と経済・社会を一体的にとらえた国際戦略によって、生産性向上と同時に土壌の回復、生物多様性の助長、気候変動にも対応するという目標を立てて政策の大転換を計画しています(みどりの食料システム戦略など)。そこで注目されるのが「環境再生型農業(またはリジェネラティブ農業)」です。不耕起栽培、被覆作物、輪作、合成肥料不使用などによる統合的な農法ですが、それぞれは目新しい農法ではありません。むしろ不耕起栽培を除けば、脳裏に残る昔ながらの農法そのものです。しかし、改めて「農業生態学(アグロエコロジー)」的な説明を受けてみると、自然の力を最大限に活用して土壌や作物の生命力を引き出す「本来的農業」と近代農業の体系となっている「工業的農業」との間で生まれてきた様々な矛盾の解消への答えが見えてくるようにも思えます。

 「人類の永遠の課題である人間活動と自然環境との調和を目指す」日本生産者GAP協会の本旨として『実践ガイド 生態学的土づくり』を出版しました。これを機に、適正農業(GAP)として期待される農業・農法を再確認し、ここに至る背景や科学的根拠などについても理解を深めたいと思います。

2 『実践ガイド 生態学的土づくり』とは

BUILDING SOILS FOR BETTER CROPS ECOLOGICAL MANAGEMENT FOR HEALTHY SOILS FOURTH EDITION BY FRED MAGDOFF AND HAROLD VAN ES
山田正美 訳
発行 一般社団法人日本生産者GAP協会 2023年11月

 本書は生態学的な土づくりに関する他に類を見ない実践的なガイドブックです。土とは何か、有機物の重要性などの詳細な背景とともに、カバークロップ、家畜糞尿、堆肥などを用いた土づくりの実際について基礎から応用まで段階的な情報を提供していますので、農家、新規就農者、学生、普及員、研究者、あるいは持続的農業に興味のある市民がいつでも調べられるよう手元に置いておきたい一冊です。

 本書では、地道な科学的研究結果の積み重ねによって得られた生態学的手法を用いた土づくりが解説されています。生態学的土づくり手法といっても何も難しいことはなく、基本は自然の営み、例えば何百年と続いている草原の植生などにその解決方法を見出すことができます。草原は機械で耕起されなくても有機物を蓄積し、多様な土壌生物を育み、十分な水を保持できる団粒の多い膨軟な土壌を形成し、必要な養分を供給する能力を持っています。もちろん自分の農場への適用にあたっては、気温の高低、降雨の多寡、土性の違い、作付けシステムなどを考慮し、基本原則を理解したうえで、試行していくことが重要となります。(一般社団法人日本生産者GAP協会 専務理事 山田正美(翻訳者))

3 『実践ガイド 生態学的土づくり』 を必要とする背景

わら一本の革命(自然に還る)

 「田も耕さず、肥料もやらず、農薬も使わず、草もとらず、しかも驚異的に稔った」と説いた福岡正信の著書『自然農法 わら一本の革命(1983年)』には、大きな驚きと強い感銘を受けました。しかし、「自然農法はキリストが着想し、ガンジーが実践した農法とみてよい」、「無の哲学に立脚するこの農法の目標は神への奉仕にある」という教えは、浅学菲才の筆者には到底理解に至りませんでした。日本の農業の現場においても政策においても農業研究の課題としても、自然農法が主流になることはありませんでした。

環境保全型農業

 同時代の1980年代には農業由来の環境汚染が世界的な問題となり、各国の政策は「環境保全型農業」を目指すようになりました。特に欧州では、環境規制とクロスコンプライアンス等で土・水・空気の保全が義務付けられました。そのために窒素やリンなどの過剰投与を抑え、農法としては堆肥の施用やカバークロップなどが推奨され、農産物市場と生産現場は減農薬・減化学肥料へと向かいました。

 EUでは、1991年に硝酸塩指令や植物保護指令が施行され、GAP(グッド・アグリカルチュラル・プラクティス)が「持続可能な農業」を目指す農業者のマナーとして定着しました。

持続可能な農業のためのGAP

 西洋の生活文化の精神的な背景には、人間に対する「環境への責務(環境スチュワードシップ)」の思想があり、環境保全型農業のための行動規範としての「適正農業規範(コード・オブ・グッド・アグリカルチュラル・プラクティス)」が、農業関係者にスムーズに受け入れられたようです。 そのため、GAP政策のアウトカム(結果や成果)として、EU加盟国における1990年代から2000年代の農産物単収の伸びに比べて、圃場への窒素投入の量は明らかに減少しています。

食品安全認証GAP

 同時代の日本の農政においても「環境保全型農業」推進の方向性は同じでした。しかし、農業資材使用に関わる具体的な環境規制や環境汚染を避ける効果的な措置を指導する適正農業規範はなく、また、GAP政策は農産物流通における食品衛生管理が中心的な課題になっていたため、農業環境政策のGAPとしてのアウトカムは明らかになっていません。

 2000年以降は、米欧への農産物輸出にGAP認証が要求されるようになり、国内でも「2020東京五輪」の組織委員会が調達する農産物商品に要求されたことから、農林水産省が主導して、食品安全、環境保全、労働安全、人権保護、農場経営管理等がGAPの要件とされました。

みどりの食料システム戦略

 こうした状況下で2021年に農林水産省は「みどりの食料システム戦略」を策定しました。様々な産業でSDGsや環境への対応が重視されているので、食料・農林水産業においても、生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するという目的です。そのために2050年までの重要業績評価指標(KPI)を、化学農薬の使用量をリスク換算で50%低減する、化学肥料の使用量を30%低減する、耕地面積に占める有機農業の取組面積を25%,100万haに拡大する、などとしました。この戦略が目指す姿は、EUの「Farm to Fork戦略(F2F)」に強く影響を受けています。

1) EUのFarm to Fork(F2F)戦略
 EUのF2Fは、食料の生産、加工、流通、消費までを一体として、共に公平で健康な食料システムを構築することを狙いに2020年に策定されました。目標の達成期限は、日本より20年早い2030年です。同時に「生物多様性戦略(Biodiversity strategy for 2030)」が策定されています。この2つの戦略は、欧州グリーンディールの中核をなすものとして位置づけられました。(日本では「生物多様性国家戦略2023-2030」が2023年3月に閣議決定されています。)
2) 米国の農業イノベーションアジェンダ(2020年)
 2020年、米国では農業生産量の40%増加と、エコロジカル・フットプリント(人間活動の環境負荷)の50%削減を、2050年までに同時に達成すると計画しました。そのための課題として土壌の健全性や農業による炭素貯留の強化に取組みます。また、技術開発を主軸に2030年までに食品ロスと食品廃棄物を50%削減することが目標です。農業イノベーションのキーポイントはアグロエコロジー(農業生態学)です。
アグロエコロジー(農業生態学)

 GAPでは、農業由来の自然破壊や環境汚染を、近代農業に関連する影の部分と位置付け、リスク・コントロールで改善解消することが目的です。しかし、アグロエコロジーは、近代農業が工業化によって引き起こした循環的生態システムへの悪影響を回復させることに繋がるようで、これによって農業のパラダイム転換を促進する可能性がありあります。

 国連食糧農業機関(FAO)は、現行の資源多投入型農業の限界を指摘し、土質を改善して環境を保全する持続可能な食料システムとしてアグロエコロジーを呼びかけています。地域資源を利用し、不耕起、被覆作物(カバークロップ)、輪作を組み合わせた農法です。

アグロエコロジーと有機農業

 アグロエコロジーは、単に化学肥料や農薬を使わないだけでなく、土壌とそこに住む多様な生き物に注目して耕起を控え、持続可能な農業を目指します。生態系と調和を保ちながら作物を育てる方法で、作物を病気に強くし、作物の収量増加や二酸化炭素を土壌へ貯留する効果が期待できます。

 一方の有機農業は、化学肥料や農薬を使わずに、有機物を含む肥料を使用することで、持続可能で安全な農産物を供給することを目指しています。国際的な有機農産物表示ができる認証基準が「3年以上化学農薬・肥料を使わない」になっているため、農薬などを使わない産業的な大規模単作が増え、逆に地域の生物多様性や土壌に悪影響を与える有機農業の事例も出ているといわれています。

リジェネラティブ(環境再生型)農業

 環境再生型農業は、農地の土壌を修復・改善しながら自然環境の再生を促す農業のあり方です。従来の農法との大きな違いは、圃場を耕さずに農産物を育てる「不耕起栽培」です。耕さなくても元気な畑であるために作物を輪作することが推奨されています。植物が地中に蓄えてきた窒素を栄養分として活用すれば、化学合成肥料に頼る必要がなくなり、その結果土壌中の有機物に悪影響を及ばさずに済み、農地の劣化を防ぐことにもつながるという理にかなった生産方法です。

土を育てる(自然環境の回復)

 「植物や土壌生物の力を生かし、土の生態系を回復することで、大気中の炭素や窒素を地中に取り込む。それによって作物の育ちは良くなり、同時に気候変動の抑制も果たされる(温室効果ガスの削減)」というカーボン・ファーミングの手法を実証した米国の農家ゲイブ・ブラウンは、著書『自然をよみがえらせる土壌革命 土を育てる(2018年)』で日本でも有名です。

 著者は「日本の農哲学者、福岡正信から多くを学んで影響を受け、『自然農法 わら一本の革命』は、リジェネラティブ(環境再生型)な農法を模索するなかで、わたしの大きな支えとなってくれた」といっています。

4 まとめ

「みどりの食料システム戦略」は農業のパラダイム転換をともなう

 福岡正信の『わら一本の革命』とゲイブ・ブラウンの『土を育てる』は、同根の農法です。福岡正信は、自然の循環と調和を尊重する「自然農法」です。別の著書では、自然農法は「無の哲学」に基づいており、その中では「無為自然」、つまり何もしない農法と生き方を説いています。

 ゲイブ・ブラウンは、「土をかき乱さない、土を覆う、多様性を高める、土の中に"生きた根"を保つ、動物を組み込む」という5原則(のちに自然に沿うという"背景の原則"を加えた6原則)を実践しています。こうして土壌の健康を回復させることで、環境にも経済にも良い影響をもたらす農業で、「収量よりも収益」を重視した経営を推奨しています。

 農業における「土壌に命」を位置づけた福岡正信とゲイブ・ブラウンに、農家でもある筆者は、深い感銘を受けました。二人とも農業由来の環境汚染を強く意識したところから、農業の実践を通して「積極的に環境(土壌)を再生していくやり方」に行きついたことです。

 両者の持論(哲学)に対する筆者の受け止め方(感じ方)に違いがあるとすれば、「自然に還る」という福岡の哲学が農業及び自然を対象として見るのではなく、自分自身も自然の一部であることを意味していたのに対して、ブラウンは、農業を自分自身が観察し働きかける対象としているために、客観的に「自然環境の回復」という行動を起こしたのだろうということです。ブラウンは著書の最後を「神から与えられた体なんだ」から、自然に対して適切な「行動を起こさなければ!」と締めくくっています。まさにスチュワードシップ思想です。

 筆者を含め現在の多くの日本人は、スチュワードシップ思想は持ち合わせていませんし、八百万の神が宿る自然との一体性を感じることの方が多いように思います。しかし、こと地球環境と農業問題に対してその解決策を考えるということになれば、納得できる科学的な説明が必要です。プラネタリー・バウンダリーの論文や適正農業(GAP)規範の解説、およびそれらに基づく新たな農業・農法の政策は、科学的説明による合理的な対策でなければ農家の行動変容にはならないでしょう。

 本稿で振り返ってみた適正農業(GAP)の変遷では、「環境保全」は修正し補完する農業、「持続可能」は現状を維持する農業、「食品安全」は問題なしを保証する農業ということで、農法としてはいわば消極的な対応姿勢といえます。しかし、福岡やブラウンらがたどり着いた生態学的(エコロジカル)な農法は、自然環境と調和するために、環境をより生き生きさせるという意味で、積極的な姿勢です。

 このような理論と実証が世界の農業現場に登場して共感を得ていたことが、地球環境問題の切り札として計画されたこの度の米欧の農業戦略大転換に繋がっているのだろうと思います。当然、わが国の「みどりの食料システム戦略」も、生産性向上と同時に、土壌を回復して、生物多様性を助長し、気候変動にも対応する、という農業のパラダイム転換が必要です。そして、これまで一世を風靡してきた工業的農業の論理に対して、アンチの最大の説得力を持つのが「農業生態学」ではないかと考えています。『実践ガイド 生態学的土づくり』は、その科学的説明に基づいた全体的な理解と実践事例によって、農業のパラダイム転換を促進する一助となるでしょう。

2024/1


《特集 実践ガイド 生態学的土づくり》
『実践ガイド 生態学的土づくり』 を必要とする科学的理由
~土壌機能への最も深刻な脅威は、土壌侵食、土壌有機炭素の減少および養分の不均衡である~

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 代表理事

FAOの『世界土壌資源報告:要約報告書』

 『「実践ガイド 生態学的土づくり」を必要とする背景』で見てきたように、適正農業(GAP)の概念は、環境保全型農業(修正し補完する)、持続可能な農業(現状を維持する)、食品安全農業(衛生管理基準の順守)などから、有機農業(化学資材不使用)、環境再生型農業(土壌の修復で自然回復)などへと進化してきました。そして、農業の工業化によって破壊されてきた自然環境を取り戻すためには、近代農業による環境負荷の低減だけではなく、自然の力を最大限に活用する「本来的農業」に回帰する生態学的アプローチが必要だということです。

 『実践ガイド 生態学的土づくり』が目指すものは本来的農業であり、その基本は自然の営みにあります。それには土壌や土壌に関わる問題を地球規模で理解することが必要ですが、その土壌資源について科学的視点で評価した世界で初めての報告書といわれているのが『世界土壌資源報告:要約報告書』(SWSR)です。

 この報告書では、将来の食料生産と生態系保全のために、持続可能な土壌管理が極めて重要であることを、科学的根拠とともに示しています。発行元の国連食糧農業機関(FAO)は、現行の資源多投入型農業の限界を指摘し、土質を改善して環境を保全する持続可能な食料システムとしてアグロエコロジーを呼びかけています。

 農業環境技術研究所(NIAES)(現在:農業・食品産業技術総合研究機構)の翻訳版に学ぶことで、農地の土壌を修復・改善しながら自然環境の再生を促す農業(環境再生型農業)の科学的根拠を理解したいと思います。

Status of the World's Soil Resources (SWSR) - Technical Summary
『世界土壌資源報告:要約報告書』
国際連合食糧農業機関(FAO)と土壌に関する政府間技術パネル(ITPS),2015年12月
日本語翻訳:国立研究開発法人農業環境技術研究所(現在:農業・食品産業技術総合研究機構),2016年,農業環境技術研究所報告第35号,119-153
https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/publish/ bulletin.html

 この報告書では、土壌が、食料安全保障、適切な水循環、気候の調節、生物多様性の保全、および人間の健康に果たしている機能を明らかにするとともに、現在の人間活動が地球規模での土壌の劣化を引き起こしていることを指摘しています。 そのうえで、「土壌は地球上の生命にとってなくてはならないもの」であり、人類全体の協調による「持続可能な土壌管理」がとられない限り、その状況は悪化すると予測しています。
https://www.fao.org/policy-support/tools-and-publications/resources-details/en/c/435200/

(ニュース 農業と環境 No.110 2016.12 農業環境研究所)

*以下の青色文字は世界土壌資源報告:要約報告書からの抜粋です

『世界土壌資源報告:要約報告書』の目次
序文
土壌に関する政府間技術パネル(ITPS)からのキーメッセージ
  1. はじめに
  2. 地球規模の土壌変化を引き起こす要因
  3. 土壌と食料安全保障
    土壌侵食
    養分不均衡
    土壌炭素と生物多様性の損失
    土地転用(ランドテイク)と土壌被覆
    土壌の酸性化、汚染および塩類集積
    土壌の圧密と湛水
    持続可能な土壌管理
  4. 土壌と水
    水食、地表水質の調節および水系の健康
    汚染物質の濾過、形態変化および地下水質
    水量の調節と洪水
  5. 土壌と気候調節
    土壌有機炭素の損失
    土壌からのメタン発生
    土壌からの一酸化二窒素発生
  6. 土壌と人間の健康
    土壌汚染
    変化傾向(トレンド)
  7. 土壌と生物多様性
  8. 土壌の状態に関する地域的な変化傾向
    サハラ砂漠以南のアフリカ
    アジア
    ヨーロッパおよびユーラシア
    ラテンアメリカおよびカリブ
    近東および北アフリカ
    北アメリカ
    南西太平洋
    南極大陸
  9. 土壌機能への脅威に関する全球的な要約
  10. 土壌政策
    教育および啓発活動
    モニタリングと予測システム
    市場への土壌情報の提供
    適切な奨励制度と規制
    世代間の公平性の確保
    地方・地域・世界の安全保障を支える
    相関性と因果関係の理解
    分野横断的な問題
  11. これからにむけて

 以下に、本報告書の引用によって『世界土壌資源報告』の第1章から第9章要点を確認していきます。

序文
土壌は、植物に栄養、水を与え、その根を支える
土壌は地球最大の水のろ過や貯蔵タンクとして機能する
土壌は地上のすべての植物よりも多くの炭素を貯留している
土壌は二酸化炭素や他の温室効果ガスの放出を調整する役割を果たす
土壌は計り知れない生物の多様性を宿し、生態系プロセスにとって重要な要となる
〇「自然資源としての土壌」への深刻な脅威を踏まえると、私たちはこれまで逆の姿勢をとり続けてきた
〇これ以上、肥沃な土壌が失われれば、食料の生産と食料安全保障にも大きなダメージを与え、食料の値段の乱高下を増長し、何百万人という人々を飢餓と貧困へと追いやることが予想される
〇科学的な知識と在来知および根拠に基づき証明された手法と技術を用いた持続可能な土壌管理は、食料供給を増加させ、気候調整や生態系サービス保護に重要なチェンジレバーの役割を果たしうる
土壌に関する政府間技術パネル(ITPS)からのキーメッセージ
〇本報告書は、人類の幸福と土壌との本質的な関係を明らかにすることを目的としている(土壌資源を保全する取り組みに対し、それらを評価する基準(ベンチマーク)を提供する)
〇本報告書で検討される脅威は、土壌侵食、圧密、酸性化、汚染、被覆、塩類集積、湛水、養分不均衡(養分不足および過剰)、土壌有機炭素の損失および生物多様性の減少である
〇ITPS 4つの最優先活動
  1. 人々の生活が最も脆弱な地域において、それ以上の土壌劣化を最小限に止めるとともに、すでに劣化してしまった土壌の生産性を回復するべきである
  2. 地球規模での土壌有機物(土壌有機炭素および土壌生物)蓄積を安定化または増大させるべきである
  3. 世界全体の窒素およびリン肥料の使用量を安定化または削減するために行動するべきである(同時に、養分が欠乏している地域では肥料使用量を増加する必要がある)
  4. 上記の3つの優先課題に対する達成度を監視するシステムを改善することが必要である
Ⅰ はじめに
〇土壌は地球上の生命の基盤であるが、人間が土壌資源にかける圧力は限界に達しようとしている(こうした土壌の損失は避けることができる)
〇注意深い土壌管理は食料供給を増大できるだけでなく、気候調節と生態系サービス保全のための価値ある「チェンジレバー」を提供することができる
〇政策立案の際に土壌の問題を考慮する考え方が、世界の大部分において説得力がない理由
  1.  施策措置に必要な証拠と根拠の容易な入手方法がない
  2.  公共財である自然資源に対する財産権に取り組む難しさ
  3.  土壌の変化が長期的な時間スケールで生ずること
    (修復不可能な閾値まで対応出来ない)
    (都市化で社会と土壌の関係が分断している)
土壌の機能を劣化させている10の脅威
土壌侵食、土壌有機炭素の損失、養分不均衡、土壌酸性化、土壌汚染、土壌湛水、土壌圧密、土壌被覆、塩類集積、土壌生物多様性の減少
  1. 土壌侵食:水、風または耕起により、地表面から土壌が除去されること
  2. 土壌有機炭素(SOC)の損失:土壌中に蓄えられた有機炭素が失われること(その際、土壌炭素は、主に、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)やメタン (CH4)に変換される。侵食による土壌からの炭素の物理的な損失もその要因となる)
  3. 養分不均衡:化学肥料、堆肥、またはその他の資材による養分の投入でおきる
    1. 作物の生産性をもたらすのに不十分な状態、→食料危機の原因
    2. 作物として収穫される以上に養分が過剰な状態、→水質悪化、一酸化二窒素 (N2O)など農業起源の温室効果ガス放出の原因
  4. 土壌酸性化:土壌中で水素イオンやアルミニウムイオンが蓄積し、その結果、カルシウム、マグネシウム、カリウムおよびナトリウムなどの塩基性陽イオンが溶脱や生産物の除去により減少することで土壌のpHが低下すること
  5. 土壌汚染:あらゆる生物や土壌機能に重大な悪影響を与える化学物質や素材が土壌に付加されること
  6. 土壌湛水:土壌水分量が著しく高まり、植物の根が適切に呼吸できるための孔隙内の酸素が不足する状態(自然に湛水状態になる場合があるが、特に脅威となるのは、好気的状態(孔隙中に適切な濃度の酸素が存在する状態)の土壌が湛水状態に変わった場合)、(二酸化炭素やエチレンなど、根の成長に有害な影響を及ぼす他のガスが根域に蓄積されることからも植物への影響が生じる)
  7. 土壌圧密:土壌の表面に圧力がかかり続けることで、粗大孔隙率が減少すること (作土と下層土の両方の機能を低下させ、根の伸張や水とガスの交換を妨げる)
  8. 土壌被覆:一定面積の土地とその土壌を、アスファルトやコンクリートなどの不透性の人工物によって永続的に覆うこと
  9. 土壌塩類集積:土壌中に塩類(ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、塩化物、硫酸塩、炭酸塩、重炭酸塩等)が蓄積すること。自然の塩類集積(一次)以外に、二次塩類集積(塩を多く含む水を使った灌漑や不十分な排水など)
  10. 土壌生物多様性の減少:土壌に生息する微生物やマクロ生物の多様性が減少すること
Ⅱ 地球規模の土壌変化を引き起こす要因
地球規模における土壌変化の主な要因は、人口増加と 経済成長である(異常なまでの人口増加と経済成長、そしてこれらに付随した農業革命)
  • 1961年から 2000年にかけて、世界人口は98%増加した
  • 食料生産は146%増加、一人当たりの食料生産は24%増加
  • 作物収量は100%以上増加、耕地面積は8%増加
  • 一人当たり耕地面積は、0.45 haから0.25 haへ減少
〇農業投入資材の劇的な増加と作物育種の発展
  • 窒素肥料の使用量は7倍、リン肥料の使用量は3倍に増加し、灌漑水の使用量は2倍に増加
  • 世界人口は、2050 年には96億人、2100年には109億人になる
〇農業資材の投入量を増加させて食料生産性を上げるという従来の戦略には問題がある(温室効果ガスの排出、資源の枯渇および安価な水資源の減少などが起こる)
Ⅲ 土壌と食料安全保障
環境への悪影響を最小限にとどめながら食料供給の増加を目指すための土壌戦略
第一の戦略
土壌劣化による生産性の低下を防ぐこと(過去に生産性が低下してしまった土壌の生産性を回復も含む)
第二の戦略
収量ギャップを埋め合わせること(収量ギャップとは、実際の収量と最適農法・最適技術により得られるポテンシャル収量の差)
第三の戦略
土壌炭素貯留や生物多様性プールの維持・増大を可能とする土壌の利用・管理を推進すること
  • 全ての地域において持続可能な農業と土地管理を促進することが必要
  • 生物多様性への悪影響や炭素放出を生じる影響を受けやすい生態系への農地拡大を止めること(たとえば、森林や植林地の開墾、牧草地から耕作地への転換、または湿地からの排水)
  • 農業生産性の高い土壌を被覆することは抑制すること
第四の戦略
灌漑、肥料および農薬などの農業投入の利用効率を高めること(多投入型農業システムによる環境および人間の健康への影響を軽減させる、同時に、生産者への経済的な便益を増加させる)
土壌侵食
〇地球全体の年間の作物生産の0.3%(中央値)が侵食の発生によりに失われている(土壌侵食と食料生産性の関係に関するメタ解析)
  • この減少率が続くと、2050年までに生産量の10%が失われる(1.5億haの農地の減少(1年あたり450万 ha減少)
  • ヨーロッパ、北アメリカおよび南西太平洋の一部では、おおかた改善傾向
  • アジア、ラテンアメリカやカリブ海地域および近東や北アフリカでは、侵食の現状は劣悪
養分不均衡
〇中南米、アフリカ東部や西部の多くおよび東ヨーロッパでは、低肥沃土壌と作物への養分供給不足が、収量ギャップの主な要因となっている
  • 2010年、アフリカ57事例で、窒素収支はほとんどが負(不足)、リン収支は全体の56%で負
〇地球規模で生じている過剰な窒素の年間投入は重大な環境問題。また、主要な農業地域におけるリン投入は安全な境界を越えている
  • アジアでは、窒素収支およびリン収支ともに、大きく正(余剰投与)の報告と、大きく負である報告がある(自給農家が肥料を購入できない低所得国)
土壌炭素と生物多様性の損失
〇土壌有機炭素の損失、および土壌の生物多様性の現象は、食料安全保障に関する以下の3つの側面に悪影響となる
  1. 入手可能な食料の増加
  2. 劣化した土壌の生産性の回復
  3. 食料生産システムの復元力(レジリエンス)
〇土壌有機炭素は、1)植物への水供給の調整、2)流出低減による侵食の減少、3)養分の保持・供給サイトの提供により、極端な気候が土壌と作物に及ぼす影響を緩和する
土地転用(ランドテイク)と土壌被覆
〇人口増加による都市化の加速で、土地転用と土壌被覆による土壌劣化が進行している
  • 1990年から2000年までの間に欧州連合で生じた土地転用の70.8%が農地から
  • この割合は、2000年から 2006年までの間では53.5%にまで改善
〇現在の都市化のスピードから、土壌被覆による損失は20年後には2倍に、発展途上国においては2030年までには3倍にも上る
土壌の酸性化、汚染および塩類集積
〇これらの3つの脅威は、土壌の化学性の変化をもたらす。また、ひとたびある閾値を超えると作物生産量が激減する可能性がある
〇土壌層から塩基性陽イオンの溶脱が起こり自然に酸性化する
  • 人為的な農地土壌の酸性化は、生産物の除去、あるいは窒素(N)と硫黄(S)投入量の増加(マメ科牧草地、肥料投入および大気沈着など)と関係している
  • 風化可能な鉱物の含有量が低い場合、土壌は一般的にpH緩衝能が低い(年代が古く強い風化を受けた土壌および石英が豊富な母材から発達した土壌など)
〇土壌汚染の原因は広範囲にわたる
  • 急激に工業化している国々では新たに深刻な汚染を経験し続ける。(中国では、国家環境保護局の報告によると、農地の19.4%がカドミウム、ニッケルおよびヒ素によって汚染されている)
  • 汚染の経路は、→大気沈着、除草剤や殺虫剤の施用、肥料や廃棄物中の重金属等
〇人為的な塩類集積の最大の原因は、誤った設計による 広域的な灌漑計画である
  • 塩類集積では、作物根圏よりも下方に塩類を移動させるため更なる灌漑水が必要となり、特に地下水を使う場合には、水ストレスを更に激化させる
土壌の圧密と湛水
〇これらの脅威の両方とも、植物根の生育に問題を生じ、その結果収量が減少する。
  • 湛水に伴う酸素欠乏状態は、ヒ素のような汚染物質の土壌中での移動を可能とするなど、土壌中の有毒元素の可動性の変化に伴うさまざまな環境問題をも引き起こす。
持続可能な土壌管理
  1. 窒素固定作物を含む輪作、有機・無機肥料の利用、および石灰などの改良資材(強酸性のような特定の土壌化学的条件に対応)など、バランスの取れた対策による植物栄養の増進
  2. 保全耕や不耕起栽培を適用して、機械的な耕起を避けることによる土壌攪乱の最小化
  3. 被覆植物や作物残渣を利用した土壌表面の有機物による保全的被覆の増進と維持
〇これらの管理は相互に強く関係しており、長期的に見れば、いずれも、風、水や耕起による土壌侵食、土壌有機炭素の損失(土壌から大気へのCO2の放出が低減される)および土壌の圧密や物理的劣化といった土壌の脅威を最小化するであろう。
〇こうした対策は、また、土壌からの生物多様性の損失を抑制すると思われる。窒素肥料の賢明な使用も、可能な範囲ではあるが、土壌からのN2O発生を最小化するであろう。
  • 脅威が減少することで、土壌による生態系サービス(基盤サービス)が改善する
  • その結果、基盤サービスに依存する調整、供給および文化的サービスも改善する
Ⅳ 土壌と水
  • 陸地への年間の総降水量は116,500 ±5,100 km3 /年と推定 (北米五大湖の貯水量のほぼ5倍)
  • このうちの60%(70,600±5,000km3/年)が蒸発散で大気中へ戻る
  • 残りの40%(45,900±4,400km3/年)が流去水として陸地から流亡する (そのほとんどが土壌表面の流去、あるいは土層内を通過した後に地下水系を通じて河川に戻る)
水食、地表水質の調節および水系の健康
  • 土壌表面を流去する水は、土壌の水食や汚染物質を含む溶存土壌成分を輸送する
  • 地表から侵食されて表流水に達する土壌は、水質に対して大きな負の影響を与える
〇水による土壌侵食は農地から0.23-0.42億tの窒素と0.15- 0.26億tのリンを持ち出していると推定 (年間の施肥量(窒素でおよそ1.2億 t、 リンで0.18億 t)と同程度)  多くの地域では広範囲に富栄養化を引き起こす
汚染物質の濾過、形態変化および地下水質
〇土壌は、土壌水から汚染物質を除去する大きな能力を持っている(地表層において土壌が汚染物質を強く吸着する)
〇この吸着は、有機物や粘土のように、大きな表面積と高密度の表面電荷をもつ土壌で大きい。土壌中で、微生物が汚染物質を無毒な形態へ変換している
水量の調節と洪水
〇土壌の浸透性と貯水容量は、緩衝作用として機能する景観能力に大きな影響を持つ
〇土壌が大雨の間に降水を吸収できれば、河川のピーク流量や洪水は少なくなる
〇土壌が水を蓄え、乾季の間保持できる場合、植物は短期間の降雨不足にも耐えられる
Ⅴ 土壌と気候調節
土壌は、二酸化炭素(CO2)、一酸化二窒素(N2O)、メタン(CH4)の発生を制御することにより、地球の気候プロセスに大きな役割を果たしている
土壌有機炭素の損失
〇土壌は陸域の主要な炭素貯留庫である(大気中CO2濃度に大きな影響を与えている)
〇地球全体では、土壌有機炭素の損失の主な要因は土地利用変化である
  • 土地利用変化の前と比べた土壌炭素の減少は、温帯地域で52%、熱帯地域で41%、寒帯地域で31%であった
  • 牧草地から植林地(プランテーション)への土地利用変化によって10%の減少、自然林から植林地への変換によって13%の減少、自然林から畑地への転換により42%の減少、牧草地から畑地への転換によって59%の減少の起こったことが示された
  • 土壌炭素貯留量は、自然林から牧草地への転換で8%の増加、畑地から牧草地で19%の増加、畑地から植林地で18%の増加、畑地から二次林への転換で53%の増加が見られた
土壌からのメタン発生
〇有機物の分解が嫌気的な(酸素が不足した)土壌の層位で起こる場合、メタン生成作用を通して土壌からメタン(CH4)が発生する
〇湛水した土壌、特に湿地、泥炭地、水田がCH4の最大の発生源となっている
  • 水田からのCH4発生量は、1961年には二酸化炭素換算値(CO2 eq.)として3.66億 t/年であったものが、2010年では4.99億t/年に増加した
  • 全球での湿地からのCH4発生量は1.45億 t/年と推定されているが、そのうち自然湿地から0.92億t/年、水田から0.53億t/年が発生している 〇CH4削減のための多くの緩和策が、CH4排出の原因となる主要な土壌の利用形態である水田で開発されてきた(水稲耕作期間中の1回または数回の排水、根からの滲出物の少ない稲品種の選抜、非栽培期間中の水管理、施肥管理、有機性残渣施用の時期や堆肥化がある)
土壌からの一酸化二窒素発生
〇作物が必要とする量を超えた窒素肥料の土壌への供給は、強力な温室効果ガスである一酸化二窒素(N2O)の発生量増加を引き起こす
  • 1990年代に地球全体で約0.16 億t N2O-N/年排出されたN2Oのうち、40%~50%が人 間活動によるものであった
  • 農地土壌はその主要な発生源であり、1990年代の人為起源のN2O発生量の80%以上を占めている
  • 農地からのN2O発生量は、2010年の 0.04億t N2O-N/年強から、2030年には0.05億t N2O-N/年を越えると予想されている
〇単位質量あたりの温室効果の強さを考慮すると、N2Oの効果はCO2の約300倍に相当する
Ⅵ 土壌と人間の健康
土壌を原因とした人間(および動物)の健康問題
  • 有害な微量元素や有機汚染物質、または病原生物が土壌から食物連鎖に入りうる
  • 病原生物との直接的接触
  • 土壌からの栄養不足の作物生産による栄養失調
  • 粉塵への直接的暴露
土壌汚染
地下水のヒ素
〇人間の健康にとって最も懸念される微量元素は、ヒ素、鉛、カドミウム、クロム、銅、水銀、ニッケルおよび亜鉛。これらの元素は、それぞれ、土壌中に固有の発生源と経路をもつ。
鉱山
〇鉱山は、多くの場合、土地転用と土壌汚染の両方を引き起こす土地利用である
農業と林業
〇農薬の影響が土壌および水、そしてより広い概念である生態系の健全性にどのような影響を及ぼすのかは、多くの国において大きな関心事となっている
〇土壌の生物多様性をモニタリングする手法の進展が期待される(最も直接に農薬の影響を受けやすい)
放射能汚染
〇さまざまなタイプの汚染が危険な水準に達していることで、人間の利用が全く出来なくなっている地域が存在する
紛争地域
紛争地帯の地雷原は、とりわけ危険な種類の汚染地である
変化傾向(トレンド)
〇汚染は、ヨーロッパ、北米、オーストラリアおよびニュージーランドで改善傾向にある
  • これらの地域では、ますます厳しくなる政府の規制が、汚染の拡大を抑制し、また既汚染地に必要とされる回復のレベルを明確にしている
Ⅶ 土壌と生物多様性
土壌は生きものの多様性を育む場であり、陸域生態系の生態系サービスを制御する基盤的な役割を担っている。
〇個々の土壌生物(または土壌生物同士、土壌生物と植物との相互作用)が、広範な生態系サービスに影響を及ぼしている。(土壌生成と養分循環、食料や繊維の生産、気候調節および病害の制御など)
〇土壌の生物多様性は、地上の生物多様性に比べて非常に大きい。(たとえば、10gの土壌は106以上の種からなる、およそ1010個の細菌細胞を含んでいる)、(推定36万種の動物が土壌中に生息している)
  • 土壌の生物多様性は、世界中で記載された生物種の総数の25%に及ぶと推定されているが、この多様性のほとんどは未解明である
  • 生物多様性の蓄積は、バイオテクノロジーで利用される重要な生物的・遺伝的な資源でもある
    (人間の健康に対する土壌生物相の寄与は莫大である。たとえば、1983年から1994年に承認された抗細菌物質の80%近くが土壌由来である)
〇土壌の生物多様性は、土地利用や気候の変化、窒素の富化、土壌汚染、侵略的生物および土壌被覆などの多くの人間による攪乱に対し脆弱である
〇土地利用の高密度化とそれに関連する土壌有機物の損失が、土壌の生物多様性に対する最大の圧力だ
〇自然の土地の農地化、農業集約化で、土壌の生物多様性が減少している
〇集約的な土地利用に対して、ミミズ、ダニおよびトビムシのような(大きな体を持つ)土壌動物と土壌糸状菌が特に脆弱である
〇土壌有機炭素の貯留量を増加させる土壌管理は、土壌の生物多様性に対しても有益な効果を持つ
〇農薬の広域使用は、土壌の生物多様性に対し、直接的、または間接的な影響を与えうる
  • 農業の集約化とともに、農薬使用量は全球で増加してきた
〇土壌サービスをもたらす土壌生物の極めて重要な役割を理解するためには、「生物多様性の評価に関する新たな発展」と並んで、「生物多様性の関わりを特定の土壌機能と結びつけること」が欠かせない。
〇私たちは土壌の生物多様性の蓄積とその変化について、地球規模での総合化はほとんどできていない。
Ⅷ 土壌の状態に関する地域的な変化傾向
本報告書の重要要素として土壌の現状に関する地域的な評価がある
  • 影響力の大きい要因は以下のとおりである
〇土壌と景観の自然特性が地域間で大きく異なり、肥沃で汎用的で回復力も高い土壌が広く分布する(運の良い場所もあれば、そうでない場所もある)
〇土地利用の歴史も大きく異なる。ほとんどの国々では農耕が最初に開始されたときに顕著な土地劣化が認められる。特に、強度に風化を受けた低肥沃な土壌が広がる古い景観では、かく乱の影響を受けやすい。
〇地域によっては過去数十年から数百年間にわたって行われてきた収奪的システムによる土地利用によって劣悪な状態の土壌が残されている。
〇土壌の状態に及ぼす人口増大の影響は、先進工業国か低所得国かを問わず、他の全ての要因を圧倒するほど大きい可能性がある
地域の変化傾向まとめ
アジア
ヨーロッパおよびユーラシア
北アメリカ
サハラ砂漠以南のアフリカ 省略
ラテンアメリカおよびカリブ 省略
近東および北アフリカ 省略
南西太平洋 省略
南極大陸 省略
Ⅸ 土壌機能への脅威に関する全球的な要約
地球規模での土壌機能への最も深刻な脅威は、土壌侵食、土壌有機炭素の減少および養分の不均衡である
〇現時点では、個人、民間セクター、政府および国際機関による協調した行動がとられない限り、その状況は悪化する。

2024/1


《特集 実践ガイド 生態学的土づくり》
『実践ガイド 生態学的土づくり』 を必要とする政策的理由
~SDGsの採択と同時に土壌の生態学的管理が強調された(改定世界土壌憲章)ことの重要性~

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 代表理事

FAOの『世界土壌資源報告:要約報告書』、第10章以降の要点確認と、「世界土壌憲章」について見ていきます

*以下の青色文字は世界土壌資源報告:要約報告書からの抜粋です

Ⅹ 土壌政策
1937年にフランクリン・ルーズベルト合衆国大統領は 「自らの土壌を破壊する国家は、自滅する」と述べた
  • 持続可能な土壌管理を保証するための効果的な政策の 策定は、明示することも、実行することもどちらも容易なことではない。このことは、国の産業の発展段階、その国の土壌の天然資源としての能力、土壌機能への直接の脅威がどうであるかによらない
教育および啓発活動
〇土壌および土地資源に関する知識は持続可能な土壌管理を実現する基礎である
〇土壌に関する知識は正規教育に取り入れるべきであり、学校教育の全てのレベルで行うことが望ましい
〇生態学、森林学、農学、地理学、水文学や他の環境科学のような関連する分野との関係だけでなく、土壌科学のさまざまな分野(たとえば、土壌物理、土壌化学、土壌生物学および土壌学)を網羅すべきである
〇正規教育システムにはまた、アウトリーチ活動、職業訓練および公開講座に対する仕組みも必要である
  • この政策方針には、国家が持続可能な土壌管理を達するための十分な理解と教育を、正規教育および課外育のシステムが協調して提供しているかどうかを評価ることが最低限必要である
モニタリングと予測システム
持続可能な土地利用と管理に必要な診断システムの重要な要素は以下の4つである
  1.  土壌機能の空間的な変化状況の把握(たとえば、 地図と空間情報)
  2.  土壌の経時的な変化を検出し説明する能力(たとえば、モニタリングサイトの利用、長期実験、環境指標)
  3.  ある特定の土地管理システムおよび気候条件下で起こりうる土壌状態を予測する能力(たとえば、シミュレーションモデルを利用する)
  4.  植物の土壌要求性の理解
市場への土壌情報の提供
・多くの国では市場活動の監督と規制が政府の中心的な機能の一つである
〇この政策方針による生産性と経済的恩恵は第1(教育および啓発活動)と、第2(モニタリングと予測システム)の政策方針の成功に大きく依存する。
適切な奨励制度と規制
 土壌管理技術(たとえば、堆肥施用、過剰施肥、乾燥地塩分制御)の規制や地域区分システム(たとえば、良好な農地土壌の保護)の実施には複雑な技術的、制度的、また政策的課題が含まれる
  • 同じ成果を挙げるために奨励制度を使うことが多い。
〇補助金制度(たとえば、貧困国では肥料、より工業化が進んだ国では保全型耕起のための機械購入)や、特定土壌管理技術(たとえば有機農業)の導入のための様々な認証制度などを含む
時にこのシステムは市場参入に欠かせない(たとえば、スーパーマーケットのサプライチェーンへの参加)ため、強い経済推進力を担うことがある
〇政策課題は土壌の状態のモニタリングと土地管理の関係性を理解するために構築されたシステムに大きく依存する(この基盤情報が無ければ、政策立案者はそれらの規制や奨励制度が設計した通りの成果を得られたかどうかを判断できない。ここで間違うと高い代償を払うことになりかねない)
世代間の公平性の確保
〇人間が加える土壌資源への圧力が危険な限界値に達すると同時に、世代間の公平性を確保することがより困難となっている
  • 大部分の伝統文化や家族経営農業システムでは、部族所有地や家族農場を次世代へ引き継ぐときには、自分が引き継いだ時と同じもしくはさらに良い状態で渡さなければならない強い文化規範がある (*農業の産業化、緑の革命技術の導入、より集約的な土地利用がより一般化したことに伴う土地管理の劇的な変化が土壌資源に大きな影響を与えている)
  • 政策立案者に土壌の状態や自然資源の不足についての現在の傾向が示す結果を政策分析の要因に加えることを要求する
地方・地域・世界の安全保障を支える
〇食料安全保障を確保するために土壌資源および国力をどのように活用するかを考える必要がある
相関性と因果関係の理解
〇持続可能な土壌管理および関連政策(食料安全保障、生物多様性の保全、気候変動への適応と緩和)の成功のため、政策の相関性と因果関係を理解しなければならない
  • この関係は経済、社会および環境などの多くの分野で十分理解されているのに対し、土壌資源に関する理解は最近始まったばかりである
〇土壌に関する問題を全球的な見方で土壌を政策問題として捉えなければならない
  1.  今後数十年間世界を養うための農業に適した土壌の面積は十分か?
  2.  土壌が主要作物の見かけ上の収量の頭打ちの制約になっているか?
  3.  気候変動と土壌の分布状況がどのように土地利用の新しいパターンを作り出すか?
包括的な全球的視点
〇大部分の都会に住む人々が局地的資源の枯渇から守られる (ひとりの地球市民を養うため必要な土地面積と水資源を地球上のあちこちから調達することになる)
結果的に、土壌劣化や生産性の損失が局地的な問題あるいは国の問題ですまなくなる (領域内、国内および地域内で行われる政策決定が他の場所でどのように影響するのか、国際機関や各国政府、そして多国籍産業は興味を持って見ている)
分野横断的な問題
  • 「緑の革命」が農業科学と技術の力を示したが、一方で単一の生態系サービス(食料生産)に焦点を当てた場合、他のもの(たとえば水質)の犠牲が必要とされるというトレードオフの実証ともなった。
  • 土壌に関する研究はいくつの重要な"目的"(農業、環境、水管理および気候変動)に関連するにもかかわらず、科学政策の優先順位を設定する際に見落とされがちである。土壌資源は科学政策にとって分野を横断する問題であると認識を改め、土壌に関する研究が十分なサポートを得られるようにする必要がある。
XI これからにむけて
  • 本書における評価は、2000報以上の査読論文に含まれる科学的知見を総合して行われた(本書は、世界の土壌資源の状況に関する、かつてない初めての報告書である)
〇土壌は、適切に管理すれば、元素、水、およびエネルギーを循環させ、人類に多大な利益を与える。しかし、もし管理がお粗末なものであれば、人類にとって楽観的な未来は想像できない
  • こうした観点から、評価の対象を、国連砂漠化対処条約 (UNCCD)、生物多様性条約(CBD)、国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)といった国際条約の対象領域である土地、生態系、および地球システムプロセスへと拡大して組み立てた

出発点は「世界土壌憲章*」に記載された行動の実行である

改定世界土壌憲章(2015)
個人および民間部門の行動
  •  土壌を利用または管理する個人はすべて、その土壌の管理を託された者として行動し、このかけがえのない自然資源が、持続可能なかたちで管理され、将来の世代のために保護されるようにしなければならない。
  •  財およびサービスの生産において、責任を持って持続可能な土壌管理を実践する。
団体および学会の行動
  •  土壌に関する情報と知識の普及に努める。
  •  主要な土壌の機能が損なわれないように、持続可能な土壌管理の重要性を訴える
政府の行動
  •  現存する土壌の種類と国家のニーズに適合する持続可能な土壌管理を推進する
  •  社会経済および制度の面での障害を取り除き、持続可能な土壌管理に好適な条件の創出に努める。土地の保有、使用権、融資制度の解説および教育プログラムに関連して持続可能な土壌管理の導入の障害となっている問題を克服する方法ならびに手段を追求する。
  •  職階や分野の枠を超えて土地利用者の持続可能な土壌管理導入を促進する教育および能力養成の取り組みの開発に参加する。
  •  最終利用者に関係する持続可能な土壌管理の開発および実施に確かな科学的根拠を与える研究プログラムを支援する。
  •  政府のあらゆるレベルにおいて政策方針や法規に持続可能な土地管理の原則や実施を盛り込み、できれば国家レベルの土壌政策の策定につなげる
  •  気候変動への適応およびその緩和ならびに生物多様性の維持の計画立案における土壌管理の実施の役割を明示的に検討する。
  •  人間の健康と福祉を保護し、人間、植物および動物にとって脅威となるレベルを超えて汚染された土壌の改善を促すために、一定のレベルを超える汚染物質の蓄積を制限する規制を制定し、実施する。
  •  国の土壌情報システムを開発・維持し、地球土壌情報システムの開発に寄与する。
  •  持続可能な土壌管理の実施と土壌資源の全体的な状態を監視する国の制度や枠組みを開発する。 国際組織の行動
  •  地球規模の土壌資源の状態と持続可能な土壌管理の手順に関する公式報告書の作成と普及を促す。
  •  高精度・高分解能の地球土壌情報システムを開発し、それが他の地球観測システムと統合されるようにする各方面の取り組みを調整する。
  •  持続可能な土壌管理の取り込み、実施および監視を可能にする適切な法制度、組織およびプロセスを確立するために、要請に応じて各国政府を支援する。

まとめ

1 *世界土壌憲章

 国連食糧農業機関(FAO) は, 1981年 11月のFAO総会で、「土壌が地球上の重要な資源であり、我々人類はその利用と保全において、長期的な視点に立った計画と行動を実行しなければならないこと」を啓発した「世界土壌憲章 (FAO,1982)」を採択しました。

 この公表から 30年が経過し、FAOは,地球上の様々な地域で進行している土壌資源の劣化や、都市化の拡大に伴う人々の土壌への関心の喪失などを憂慮し、世代を超えて共有財としての土壌資源の保全とその重要性に対しての社会的認知の向上を希求し、その課題解決のためのプラットフォー ムとして、「地球士壌パートナーシップ」 (GSP)を立ち上げました。GSPは、2013年 12月に開催された第68回国連総会において、2015年を「健全な土、健全なくらし」をスローガンとした国際土壌年(以後 IYS2015)とし、毎年12月 5日を世界土壌デーとする決議の採択に尽力しました。

 GSPは、初版世界土壌憲章(FAO,1982) に示された理念や当時の目標の達成度を評価するととともに,今後予想される課題も踏まえた新憲章への改訂作業を進めました。そして、 IYS2015の年に開催された第65回FAO総会において 改訂世界士壌憲章 (FAO,2015) が採択・公表されました。

 「改訂世界土壌憲章 (2015) の解説,世界の土壌資源の保全に向けて」,大倉利明ら,ペドロジスト62巻2号,2018年

2 改定世界土壌憲章(2015)

 改定世界土壌憲章(2015)では、有限の土壌資源をより持続可能に活用するための方針を定めています。

 この憲章は、地球上の様々な地域で進行している土壌資源の深刻な劣化や生物多様性の喪失、都市への人口集中に伴う人々の土壌への関心の希薄化などの人為的に引き起こされつつある世界的な危機に対応するためのものです。

 具体的には、旧憲章では飢餓の撲滅や食糧増産を最重要課題として、土地利用の最適化を重要視した13原則を設定していましたが、改訂憲章ではその後に重要性を増した土壌汚染、気候変動、都市化、生物多様性、持続可能性などの課題を考慮した9原則を追加しています。

追加された9原則

  1. 土壌汚染:土壌の健康を維持し、汚染を防ぐための措置を強調しています
  2. 気候変動:土壌が気候変動の緩和と適応における重要な役割を果たすことを認識しています
  3. 都市化:急速な都市化と土地利用の変化が土壌に及ぼす影響を考慮に入れています
  4. 生物多様性:土壌生物多様性の保全とその重要性を強調しています
  5. 持続可能性:持続可能な土壌管理の重要性を強調しています
  6. 土壌の健康と生産性:土壌の健康と生産性を維持するための措置を強調しています
  7. 土壌の保全:土壌の劣化を防ぎ、可能であれば改善するための措置を強調しています
  8. 土壌の知識と情報:土壌に関する知識と情報の共有と普及の重要性を強調しています
  9. 土壌政策とガバナンス:効果的な土壌政策とガバナンスの重要性を強調しています

(Bing との会話 2023/12/26より)

 9原則を追加した世界土壌憲章は、土壌資源の保全と持続可能な管理に関する新たな指針を提供しています。この憲章は、「飢餓の撲滅、食糧増産、経済成長、生物多様性、持続可能な農業と食糧の安全保障、貧困撲滅、女性の地位向上、気候変動への対応、水利用の改善など」、様々な問題を解決する可能性を秘めた土壌の重要性を強調しています。

 また、FAOは、回復と修復に代わる健全かつ安価な代替選択肢として、持続可能な土壌管理への投資を促す措置を多く提言しています。これらの措置は、土壌資源の保全と持続可能な利用を促進し、地球上の生命を維持するための基盤を強化することを目指しているのです。

3 農業パラダイム転換の2015年とSDGs

 2015年は「健全な土、健全なくらし」をスローガンとした「国際土壌年(IYS2015)」でした。また、2015年には「世界土壌憲章」が改定され、さらに「世界土壌資源報告」が公開されました。

 これらの取り組みは、適切な土壌管理が各国の経済成長、貧困撲滅、女性の地位向上などの社会経済的な課題を乗り越えていくためにも重要であるという認識に基づいています。

 「飢餓の撲滅、食糧増産、経済成長、生物多様性、持続可能な農業と食糧の安全保障、貧困撲滅、女性の地位向上、気候変動への対応、水利用の改善など」、様々な問題を解決する可能性を秘めた土壌の重要性を強調する世界土壌憲章とそれらを裏付ける世界土壌資源報告は、近代農業の体系となっている「工業的農業」から、自然の力を最大限に活用して土壌や作物の生命力を引き出す「本来的農業」への「パラダイムシフト」を強力に推奨しているということです。

 一方で、2015年はSDGs(持続可能な開発目標)の採択年でもあります。SDGsは、「貧困、飢餓、健康、教育、ジェンダー平等、水と衛生、エネルギー、経済成長、産業とインフラ、不平等の削減、都市とコミュニティ、生産と消費、気候変動、海洋生物、陸上生物、平和と公正、パートナーシップ」の17の目標から成り立っています。

4 生態学的な土壌管理によるSDGsの目標達成

 国際土壌年(IYS2015)とSDGsの採択が同じ年に行われたことは、両者が共通の目標、つまり持続可能な開発という大きなテーマに対して取り組んでいることを示していると考えられます。

 特に、土壌管理と持続可能な開発は密接に関連しており、適切な土壌管理は食糧安全保障、気候変動への適応と緩和、生態系サービス、貧困撲滅および持続的な発展に寄与しています。したがって、国際土壌年(IYS2015)の取り組みとSDGsは、持続可能な開発という共通の目標に向けた相互補完的な役割を果たしていると言えるでしょう。

 『生態学的土づくり』による土壌管理は、SDGsの達成に向けた重要な取り組みになります。これにより、土壌の持続可能な利用と保全が可能となり、それは地球環境の保全と人類の持続可能な発展を支えることに繋がります。SDGsの採択と同時に、土壌の生態学的管理が強調されたことの意味はそこにあり、それなしには達成できなということにもなるのではないでしょうか。

2024/1


米国における持続可能な土づくりの本(その7)
土壌浸食(風食と水食)

山田正美 一般社団法人日本生産者GAP協会 専務理事

 米国農務省(USDA)の国立食品農業研究所(NIFA)が出資した持続的農業研究教育(SARE)プログラムが発行した『BUILDING SOILS for BETTER CROPS 第4版』の邦訳版『実践ガイド 生態学的土づくり』から、いくつかの話題をピックアップして紹介します。

 今回は『土壌浸食』について取り上げます。土壌浸食は、土壌が風に舞い上げられる風食と、降雨により水とともに土壌が流れ出る水食があります。

風食の発生

 風食は日本であまり話題になりませんが、それでも畑作地帯や野菜栽培地帯での冬季の乾燥と強風による風食が大きな問題となっているところがあります。

 米国ではどうかというと、日本より降水量が少なく、1930年代には乾燥した土が強い風によって舞い上がる「ダストボウル」という砂嵐が何度となく発生し、土地の劣化を招いたことがあります。このダストボウルは、土壌が乾燥していて緩く、表面がむき出しになって滑らかで、風を遮る物理的な障壁がほとんどない場合に発生することがあります。風は、土壌表面に沿って大きな土壌粒子を転がし、その際、他の土壌粒子が壊れ、土壌全体の剥離が大きくなります。小さな土壌粒子(非常に細かい砂やシルト)は軽いので、大気中に浮遊し、時には大陸や海を越えて、長距離にわたって運ばれることがあります。

風食による影響

 風食は、有機物を多く含む表土を失うことで土壌の質に影響を与え、摩耗によって作物にも被害を与える可能性があります。さらに、風食は大気の質にも影響を及ぼし、近隣の地域社会にとって深刻な懸念となります。1930年代のダストボウル(巨大な砂嵐)では、アメリカ大陸の中央部からニューヨークやワシントンまで土が飛ばされ、東海岸の住民は大陸の中央部で起きている環境災害を直に意識することになったのです。

風食の防止

 風による土壌浸食は、土壌が強く団粒化していると、乾燥していても団粒が分散されず、風で運搬されにくくなります。そのため、風食の発生につながるかどうかは、その土壌がどのように管理されてきたかに依存します。また、不耕起、マルチング、カバークロップの使用など、多くの土づくりの手法は、土壌表面を保護しているため、風食から土壌面を保護し、風食の発生を防いでいます。

水食とは

 裸地や傾斜地では、激しい降雨による雨水の流出で水食が特に深刻化します。土壌の表面を流れる水は小さな流れに集まり、飽和状態になっている土壌粒子を?がし、下方に運びます。流出水は、斜面を下るにつれてエネルギーを増し、より多くの土壌を削り、農薬や養分を運んで、河川、湖、河口に流れ込みます。浸食は、田畑の広い範囲でわずかな深さの土壌が削られる場合もあれば、景観に傷跡を残す深い溝(ガリー)ができる場合もあります。

水食発生の要因と影響

 降雨による土壌浸食が最も懸念されるのは、表面が作物などで保護されておらず、雨滴の破壊的なエネルギーに直接さらされている場合です。浸食の過程で土壌の有機物や団粒が減少し、それがさらに浸食を促進します。こうして、悪循環が始まります。土壌が劣化するのは、土壌の最も肥沃な部分、つまり有機物に富む表層が浸食によって除去されるからです。さらに浸食は、細かい土壌鉱物粒子である粘土も選択的に除去します。粘土は、養分や有機物を蓄え、土壌の団粒を安定させる働きがあります。したがって、浸食の進んだ土壌は、物理的、化学的、生物学的特性が低下し、作物を維持する能力が低下し、環境に有害な影響を与える可能性が高くなります。

水食により土壌が浸食されて生じたガリー(『実践ガイド 生態学的土づくり』本文p217より)

水食の防止

 水食の影響を極力少なくするには、土の表面を作物やカバークロップ、あるいはそれらの残渣で覆っておくことで、雨滴を直接土壌表面に当てないようにすることが何よりも重要です。また、その際、雨水が土壌によく浸透するように孔隙の多い、発達した土壌構造になっていることが保水力の向上につながります。そのためには、土壌に有機物を添加し、土壌生物が活発に活動できるような環境を整えることが大切となります。

土壌浸食のスピードと土壌生成のスピード

 以上のような風食や水食により、毎年浸食によって失われてもよいとする許容最大量は、米国農務省自然資源保全局(NRCS)のコストシェアプログラムで農作業を認定する際に使用されており、土壌損失許容量(T値)と呼ばれています。根の深さが1.5m以上となる深い土壌では毎年1.1mm相当量(1.1ton/10a)まで許容されており、根の深さが25.4cm以下の浅い土壌では毎年0.15mm(0.15ton/10a)相当量まで幅があります。

 しかし、1センチ(10mm)の土壌が風化によって生成される期間は、1000年から100年かかると言われているので、毎年0.01mm~0.1mmの浸食スピードまで抑えなければ、中・長期的に土壌の量が減ることになります。

 この点では米国農務省の土壌損失許容値ではまだ十分とは言えません。やはり作物やカバークロップ、植物残渣などによる土壌表面の被覆、有機物添加による土壌構造改善による保水力の向上をしっかりしないと、土壌浸食のスピードが土壌生成のスピードを上回り、長期的視点では土壌が劣化していくことになります。

2024/1


《投稿・寄稿》
グリーンハーベスター(GH)農場評価を活用したJA営農指導強化 が始動

田上隆多 株式会社AGIC

生産者のGAP指導そのものが営農指導

 健全で持続可能な営農を行うことは農業の発展の基礎であり、"よりよい営農活動"を指導・支援することがJA部会等の生産組織の中核的事業です。"よりよい(Good)営農活動(Agricultural Practice)"とは、まさにGAPであり、生産者のGAPを指導することが営農指導そのものです。「普段の営農指導業務の他に、"GAP指導も"取り組まなければならない」と嘆いているとすれば、それは「GAP」や「営農指導」を正しく理解してないことによる無用な懸念です。

 よりよい営農活動を指導・支援するためには、GAP指導の力量が重要です。そしてGAP指導の要は農場評価です。単に資材の供給や農産物の荷受けを行うだけでなく、営農指導業務を通じて、生産者の営農活動(栽培管理や農場管理)に潜む課題やリスクを評価し改善を促すことで、生産者の健全性と生産性が向上し、ひいてはJA全体の発展が期待できます。

営農指導強化にGH評価制度を活用

 弊社では、JAグループに対してGH評価員教育プログラムに基づく研修を通じて、

  1. 営農指導員の育成、
  2. 部会単位での営農指導業務への適用、
  3. 部会単位での課題抽出→改善・強化、
  4. 部会・JA営農全体の統括・統制体制(QMS)の強化

を推奨してきました。

 弊社が支援する「JAグループ・GAP支援チーム」は、これまでGAP支援事業として、①の営農指導員育成(GAP指導員育成)を全国域で進めてきました。②と③については、理解が深まった県域やJAを中心に部会単位での実践に落とし込む支援を行ってきました。

 日本農業新聞2023年12月14日の記事(*1)で、JA晴れの国岡山が、JA全農おかやま、JA岡山中央会と連携して、上記の②と~③に取り組んでいることが掲載されています。

 営農指導員を対象とした強化指導員研修会を定期的に開き、営農指導事業・機能の強化に成果を見せつつあると紹介されています。強化指導員からは「知識が増え、農家に助言しやすくなり、営農指導員として自信につながった」などの声が挙がっているようです。

 新聞の他、JAグループのウェブメディア(*2~*4)でも紹介されています。

 農場認証(GAP認証)は、農産物取引において必要とされる場面もあり、買い手側からの要求がある場合はそれに応えることが産地としての責務ですが、農場認証の要求は小売業者や実需業者などの販売戦略において部分的に適用されるものであり、全ての取引に適用されることは現実的ではありません。

 GAPへの取組みの動機が農場認証のみとなると、認証が不要な場合は一向にGAP(より良い営農)に取り組まないことになりかねません。「GAP」の正しい意味と意義を再確認され、生産者(組合員)からなるJAの本来業務である「営農指導=GAP指導の強化・再構築」の取組み広がり、より強く豊かな日本農業が再興することを期待します。

(*1)日本農業新聞 2023年12月14日(木曜日) 営農指導強化へ新研修 GH評価制度活用→課題把握容易
(*2)JA全農ウィークリー 県本部だより岡山県本部 2023年10月16日(vol.1051) JAと生産者をさまざまな角度から支援 "頼られるJA"へ営農指導強化(https://www.zennoh-weekly.jp/wp/article/23196
(*3)全農岡山県本部HP ニューストピック 2023年06月07日 頼られるJAであるために 指導員強化研修開催!(https://www.zennoh.or.jp/oy/topics/2023/95678.html
(*4)JA晴れの国岡山HP トピックス 2023.05.24 若手営農指導員の強化へ(https://www.ja-hareoka.or.jp/1971-2/

2024/1

《農林水産省GAP情報》
みどりのチェックシート解説書 ~環境再生型農業の推奨~

日本生産者GAP協会 評価制度・普及委員会

 農林水産省は、持続可能な食料システムの構築を目指して「みどりの食料システム戦略」を策定しました。その戦略の一つとして、農業の生産現場で求められる適正な作業や管理(つまりGAP)を行って食品安全や労働安全、環境保全等を確保するための「みどりのチェックシート」を作成しました。これは、持続可能な食料システムの構築を目指すための重要なツールとされ、その説明を「みどりのチェックシート解説書」としてWebで公開しています。 (https://gap.maff.go.jp/greencheck/

*以下の青色文字は解説書からの抜粋です

みどりのチェックシート項目
  1.  化学農薬の使用量低減
    1. 農薬の適正な使用・保管
    2. 農薬の使用状況の記録と保存
    3. IPM(総合的病害虫・雑草管理)の取組
  2.  化学肥料の使用量低減
    1. 肥料の適正な保管
    2. 肥料の使用状況の記録を保存
    3. 有機物の施用
    4. 作物特性やデータに基づく施肥設計
  3.  温室効果ガス・廃棄物の排出削減
    1. 温室効果ガスの排出削減に資する取組の実施
    2. 廃棄物の削減や適正な処理
  4.  農作業安全
    1. 農作業安全の概況
    2. 農林水産業・食品産業の作業安全のための規範(個別規範:農業)の活用
    3. 農業機械・装置・車両の適切な整備と管理の実施
    4. 農作業安全に配慮した適正な作業環境への改善

みどりの食料システム戦略のGAP規範

 「持続可能な食料システム」構築のために、生産者が実施するGAP項目を「みどりのチェックシート」で解説したものです。

 項目の1と2は、地球の限界(プラネタリーバウンダリー)を超えた窒素・リンや生態系機能の損失などの対策として化学物質の投与を削減しようということです。

 項目3は、人為的な温室効果ガスの1/4を排出していると言われている農林業・土地利用からの排出量を削減して地球温暖化の進行を抑制しようということです。

 そのためのGAP(生産現場で求められる適正な作業や管理)として、2-3「有機物の施用による土づくりの取組」を推奨しています。

理由:

近年、農地土壌への堆肥等の有機物の施用量の減少等により、農地土壌が有する作物生産機能のみならず、炭素貯留機能、物質循環機能、水・大気の浄化機能および生物多様性の保全機能の低下が懸念されています。

推奨項目:

 こうした中、土づくり等を通じた化学肥料、化学農薬の使用量低減や、農業が有する環境保全機能の向上に配慮した持続的な農業を推進することが重要になっています。このため、農業の持つ物質循環機能を生かし、生産性との調和等に留意しつつ、以下のような土壌管理を適切に行うよう心掛けてください。

  • 堆肥や有機質肥料、緑肥等の有機物やバイオ炭を土づくりに有効活用するように努める。
  • ほ場に残すと病害虫がまん延する場合などを除き、作物残渣等のすき込みによる土づくりに努める。
  • 樹園地については、堆肥の施用が困難な場合、草生栽培や敷きわらによる有機物の供給に努める。
  • 適地においては不耕起栽培や省耕起栽培の実施により、土壌への炭素貯留や生物多様性保全に努める。

3-1では、「農場由来の温室効果ガスの削減」を推奨しています。

理由:

 ほ場そのものからも温室効果ガスが排出されます。たとえば、畑等からは温室効果ガスの1つである一酸化二窒素が、水田からはメタンが排出されます。以下の取組により温室効果ガスの排出削減を検討しましょう。

<畑等>
 根圏部分に施肥する局所施肥や肥料成分の利用効率の高い分施、肥料成分の利用効率の高い緩効性肥料の施用といった手法で、一酸化二窒素の排出を削減することができます。

<水田>
 水田におけるメタンの排出抑制について、科学的に効果があると明らかになっているものは以下の栽培技術です。

中干し期間の延長:慣行の日数に対して中干し期間を1週間延長することで、メタンの発生量を約30%削減することができます。
秋耕:水田での稲わらのすき込みを秋に行うことで、春にすき込む場合に比べて、メタンの発生量を約50%削減することができます。

 また、「ほ場への炭素貯留」を推奨しています。

 土壌管理の方法によっては、ほ場へ炭素を貯留することで温暖化対策につなげることができます。たとえば、以下のような取組があります。

  • 土壌への堆肥や緑肥等の有機物の継続的な施用
  • 難分解性であるバイオ炭の施用
  • ほ場に残すと病害虫がまん延する可能性のある場合を除く作物残渣のすき込み
  • 不耕起または省耕起栽培の実施

みどりの食料システム戦略はリジェネラティブ(環境再生型)農業

 「有機物の施用による土づくりの取組」では、不耕起栽培、カバークロップ、輪作、合成肥料不使用などによる統合的な農法が必要だと言われています。「農場由来の温室効果ガスの削減」や「ほ場への炭素貯留」も、決められた項目を実践すればよいというものではなく、物質循環機能への深い理解と当該生産現場の実態把握に基づいた統合的な農法が必要です。

 養分が足りなければ化学肥料を施用し、病気や害虫が発生すれば農薬を散布し、土が固くなれば耕起し、雨を十分に貯められない土壌であれば灌漑すればよいという対処療法的な問題解決ではなく、「農業の持つ物質循環機能を生かし、生産性との調和等に留意しつつ行う土壌管理」による農法は、これまで近代農業が構築してきた農法とは異なる枠組みで、近年、リジェネラティブ(環境再生型)農業といわれて世界の関心を集めています。「みどりの食料システム戦略」自体、生産性向上と同時に土壌の回復、生物多様性の助長、気候変動にも対応するという、いわば農業政策の大転換をしているのですから、戦略の目標達成のためにはアグロエコロジー(農業生態学)の視点に立つことが求められます。

『実践ガイド 生態学的土づくり』で学ぶ

  そのためには、工業的農業の研究と実績で構築されてきた土づくりについての過剰な耕起の問題点、土壌有機物やカバークロップの重要性などを科学的な根拠を示しながら農家にもわかりやすく説明していくことが重要かと思います。

 それについては、このたび一般社団法人日本生産者GAP協会が翻訳出版した『実践ガイド 生態学的土づくり』で、土とは何か、有機物の重要性などの詳細な背景とともに、実際の環境再生型農業について基礎から応用まで段階的な知識・情報をわかりやすく解説しています。「みどり」に関心を持つすべての方々の手元に置いていただきたい本です。

 また、一般社団法人日本生産者GAP協会では『実戦ガイド 生態学的土づくり』の発行を記念して2月8・9日にGAPシンポジウムを開催します。こちらへの参加も理解を深める一助となると思います。

2024/1


2023年度GAPシンポジウム開催
【実践ガイド 生態学的土づくり】日本語版出版記念大会

「グリーンな栽培体系と国際水準GAP」
GAPは環境保全型農業から環境再生型農業へ

開催日  2024年2月8日(木)・9日(金)
会場 つくば研究支援センター オンライン(Zoomウェビナー)ハイブリッド開催


 欧州で誕生した適正農業(GAP)の概念では、水質や生態系を守る「環境保全」が目標でした。遵守すべき法令や倫理的な行動規範(CoGAP:適正農業規範)の普及によってEU農業者のマナーとなったGAPは、「食品安全」管理とともに農産物サプライチェーンからも期待されてEUの「持続可能」な農業のイメージにまで定着しました。

 しかし、爆発的に増加する世界人口と限りない経済成長及びそれに付随した工業的農業によって、地球規模の土壌劣化が起こり、これまでの環境保全という概念では持続可能性の確保が難しいことが明らかになりました。農業資材の投入量を増加させて食料生産性を上げるという従来の農法では、温室効果ガスの排出、資源の枯渇、安価な水資源の減少などが起こるために、農業戦略を根本から変えなければならないということになったのです。

 2015年に改定された「改定世界土壌憲章」は、適切な土壌管理によって食糧安全保障、気候変動への適応と緩和、生態系サービス、貧困撲滅および持続的な発展に寄与できると強調しました。この憲章は、同年に国連総会で採択された持続可能な開発目標(SDGs)と同根の思想であり、環境・土壌への悪影響に伴う食料安全保障にも警鐘を鳴らしています。そして、過去に生産性が低下してしまった土壌の生産性の回復も含む農業戦略を提唱しています。近代農業の体系となっている「工業的農業」から、自然の力を最大限に活用して土壌や作物の生命力を引き出す「環境再生型」農業への「パラダイムシフト」の推奨です。

 この流れの中で、GAP先進国の米欧では、生産性の向上と同時に持続可能な農業を目指す農業戦略を大転換し、「世界のGAPステージ3(注1)」をスタートさせました。日本は「みどりの食料システム戦略」で追随しようという作戦です。

※ 「世界のGAPステージ3」とは

GAPステージ1: 環境保全型農業を奨励した農業政策の時代(1981年~)
 ○「適正農業規範:GAP規範」の遵守と補助金のクロスコンプライアンス
GAPステージ2: 農産物の取引先農場を監査する「農場認証スキーム」の時代(2001年~)
 ○ 「農場管理規準:チェックリスト」の遵守を農産物の取引要件とする輸入規制
(注1)GAPステージ3: EUのFarm to Fork戦略(注2)、米国の農業イノベーションアジェンダ(注3)(2021年~)
(注2)2030年までに、
  ①農薬の使用及びリスクを50%減少させる。
  ②肥料の使用を少なくとも20%減少させる。
  ③家畜及び養殖に使用される抗菌剤販売量を50%減少させる。
  ④有機農業を少なくとも農地面積の25%まで引き上げる。
(注3)2050年までに、
  ①米国の農業生産量を40%増加させる。
  ②米国の食料システムを含むゼロエミッションの実現。
  ③土壌健全性と炭素貯留を強化し、カーボンフットプリントを純減する。
 GAPステージ3(2021年~)でGLOBALG.A.P.認証制度は、「環境・気候変動」、「水資源管理」の章を追加改定し、土壌の健全性と生産性を維持する「生態学的な土壌管理」に加え、温室効果ガス排出量の算定で削減計画を要求、水質・水量のモニタリングで利用効率の向上を求めている。

開催概要


名称
2023年度 GAPシンポジウム 『実践ガイド 生態学的土づくり』 日本語版出版記念大会
テーマ
『グリーンな栽培体系と国際水準GAP』
日時
2024年2月8日(木)受付 12:00 ~ 開始 13:00~17:00
     9日(金)受付 9:15 ~ 開始 9:45~17:00
会場
【ハイブリッド開催】
オンライン(Zoomウェビナー) ・ つくば研修支援センター(茨城県つくば市)
※開催後に参加者限定で各講演のビデオをストリーミング配信予定
参加費
(個人)主催・共催の会員:\7,500、一般:\11,250、大学生: \1,500、高校生:無料
(団体)農学系大学・専修学校・農業高校の授業として聴講:\11,250
*配布(ダウンロード送付)資料: GAPシンポジウム講演要旨
推奨資料
(別売)
『実践ガイド 生態学的土づくり』
2日目は主に上記書籍の内容を踏まえた講演が行われます。当日までにお求めになることを推奨します。
『実践ガイド 生態学的土づくり』特設ページ
主催
一般社団法人日本生産者GAP協会
共催
農業情報学会
一般社団法人GAP普及推進機構
特定非営利活動法人経済人コー円卓会議日本委員会
一般社団法人沖縄トランスフォーメーション(沖縄DX)

特別協賛
株式会社つくば分析センター
特別企画:つくば分析センター 試験室・機器分析室見学会 事前申込先着20名
事務局
大会実行委員長:小松崎将一 茨城大学農学部教授
一般社団法人日本生産者GAP協会 教育・広報委員会、株式会社AGIC大会事務局

開催趣旨


 本シンポジウムでは、持続可能な農業を目指す生態学的農法について、第一人者から学びます。

 また、米国の農業で実績を上げている生態学的土壌管理に関して、農家と農業改良普及員のバイブル 『実践ガイド 生態学的土づくり』 を通して、日本農業の問題を解決する「グリーンな栽培体系」の実現について議論を深めます。

 さらに、生産性と持続性を同時に達成することを目標とする世界と日本の農業が、GAP(適正農業管理)をどのように進めるのか、国際水準GAPを意識し、世界のGAP認証も含めた現実的な課題解決のための議論を進めます。


プログラム

2月8日(木)

12:00~13:00受付
13:00~13:10開会・オリエンテーション
13:10~16:30主催者挨拶
『実践ガイド 生態学的土づくり』 日本語版出版に当たって
二宮正士

東京大学農学生命科学研究科 (名誉教授)
講演
『持続的な農業は生態学的土づくりというGAPから』
田上隆一

日本生産者GAP協会理事長
農政報告
『グリーンな栽培体系への転換』
金野勇悟

農林水産省農産局技術普及課 係長
講演
『日本型土壌保全農法の特徴と課題』
金子信博

福島大学食農学類生産環境学コース 教授
講演
『生態学的土壌管理としてのカバークロップの利用』
小松崎将一

茨城大学農学部附属国際フィールド農学センター長 教授
16:45~17:001日目クロージング

2月9日(金)

9:15~ 9:45 受付(入室)
9:45~10:002日目オリエンテーション
10:00~12:00出版記念基調講演
『実践ガイド 生態学的土づくり』の事例紹介に学ぶ
~翻訳者による講義~
山田正美

日本生産者GAP協会専務理事
講演
『農業を通じて土壌を改善する 大学農場での長期輪作試験からのメッセージ』
小松崎将一

茨城大学農学部附属国際フィールド農学センター長
12:00~13:30昼休み
(特別企画:つくば分析センター 試験室・機器分析室見学会 事前申し込み先着20名)
13:30~15:20事例
日本での具体的な実践事例
1)片平農園 片平一馬(千葉県市川市)
各種野菜 耕起 無肥料・無農薬
2)ふしちゃんファーム 伏田直弘(茨城県つくば市)
葉菜JAS有機 ASIAGAP
3)JAたじま 谷垣康(兵庫県)
『コウノトリ育む農法で作る「コウノトリ育むお米」』
講演
新時代のGAP認証と農家の対応
『GH農場評価/GLOBALG.A.P.と生態学的土づくり』
田上隆多

日本生産者GAP協会事務局長
15:20~15:40休憩
15:40~16:45総合討論
質疑応答・総合討議
16:45~17:00クロージング・閉会

※講演内容、時間は進行上の都合により変更になる場合もございます。あらかじめご了承願います。(敬称略)

2024/1


セミナー受講者の修了レポート(感想や考察)の紹介

株式会社AGIC 事業部

GAPの理解は普及員として必要不可欠

「GAP指導者養成研修」 都道府県普及員

 これまで、GAPというと認証のイメージしかありませんでしたが、研修の冒頭からその認識が誤っていたこと、そして誤った認識を持っていた理由が分かり、正しい理解のために一から学ばなければという思いで研修に臨みました。

 1日目の講義やビデオ判定の演習では、GAPやGHの考え方について理解できた気がしていましたが、2日目の実地研修で実際に農業者の方へ聞き取りを始めると、思ったように口から言葉が出てこなかったり、想定外の答えに対してどのように会話を進めればよいのか分からなかったりと、理解するのと実践するのとでは全く異なるのだということが分かりました。

 ただ、そうした感覚は、普及員として農業者の方のもとへ伺ってお話するときにも抱いていた感覚であり、自分自身の理解が不十分で自信を持つことができないということが原因であるという点で共通しています。そうした中で、今回学ばせていただいたGAPの内容は、普及員として農業者の方を伴走支援する上で必要不可欠な知識であり、大変有益な内容でした。GAPの実践がスタンダードとなるよう、これから日々意識して普及活動を行っていきたいと思います。


GH評価員研修会は1番最初に取り組むべき重要な研修

「GAP指導者養成研修」 JAグループ職員

 GH評価員養成講習・基礎講習会(GAP指導者養成講座)を受けて、なぜGAPの取組みが必要なのか?という根本の部分の理解が深まりました。本年度より新設部署に私を含む6名が所属してGAPの取組みを活用した販売戦略(GAP認証取得の推進含む)や農産物に係る安心安全の更なる拡充といった業務が職務の一つとしてあり、4月よりGLOBALGAPやJGAP等の認証をはじめ、適正な農業の実践に関わる様々な話題に触れ学んできましたが、このGH評価員研修会は1番最初に取り組むべき重要な研修だと感じました。いきなり各GAP認証の取組みへ邁進・・・となると講師のおっしゃっていた歪んだGAPの認識となり得るかなという所感は確かに感じました。まずは現場にて取り組んでみるというところは重要ですが、スタートの仕方が分からないJAグループ職員や生産者は少なくない中、まずはGH評価員研修という建付けは遠回りなようで、実は近道では?と感じました。


GH評価員研修会を受講して認識の誤りや知識不足を再確認した

「GAP指導者養成研修」 JAグループ職員

 GAP認証指導員の研修等でGAPの知識ついては自分なりにある程度知識を有していたと確信していたが、今回のグリーンハーベスター農場評価員養成講習会を受講し改めて認識の誤りや知識不足など再確認することができたと感じている。また、実践を交えた講習会であったため緊張してうまく話せなかったところもあり、良い刺激になったと感じている。

 私が担当している作物は水稲であり、当組合の中心的作物である。生産者の高齢化や後継者不足に伴い農業法人が多くなり、一経営体の経営規模も大きくなってきている状況である。大規模経営体の御用聞きとしてTACも携わっており、管内の経営体にお邪魔している。

 私はGH農場評価員の資格を有することができたら経営体ごとに評価してみたいと考えている。今回の講習会を受講し、生産者が質問内容に答えられるか少し不安な気持ちにはなったが、毎年点数を付けたり他の経営体と比べることができたら経営体のモチベーションも向上すると思う。またTACとして伺う機会が増えやせると感じている。是非制度を熟知し業務に活かしていきたい。


GH農場評価は、農場のガバナンスやコンプライアンスの徹底、生産性や品質の向上に役立つ

「GAP指導者養成研修」 JAグループ職員

 今回の研修で、営農活動におけるGAPの重要性を改めて認識しました。特に、農業法人においてGAPに取組むことはガバナンスやコンプライアンスを徹底することになり、法人経営の安定化につながると考えました。私自身、何度か農業経営体に栽培指導を行いましたが、農薬の保管・使用管理が十分でない事例や、土壌分析を行わずに施肥することで過剰施肥となった事例をいくつも見ました。そういう経営体において、GH農場評価を実施し、抱えている課題の見える化と改善を実施することができれば、生産性や品質の向上を図ることができると感じました。

 また近年の農業では、生産性だけでなく環境も維持することや、社会的責任を果たすことが求められています。一方で、環境負荷の軽減や社会的責任を果たす農業を実践しようとしても何から始めればよいのかわからないというのが実際だと思われます。このことについてもGH農場評価を通して、経営体と一緒にできることを考えていくことがJAグループとして必要だと感じました。今後も産地での栽培指導を行うときに、GH農場評価の視点を持って実施していきたいです。


GH農場評価による改善効果に衝撃を受けた

「GAP指導者養成研修」 JAグループ職員

 今まで恥ずかしながら、GAPというものをなんとなくでしか理解しておらず、今回概念なのだということ、そのほか認証制度や規範等との違いも理解できました。私は今まで園芸部門におり、感覚的には、実際に現場でのGAP浸透は難しいのでは?と思っていました。ただ、認証を取得することはとてもいいことだと思いますが、それだけではないのだと実感しました。その中で特に一日目の講義内での、福井県でのGH農場評価におる改善効果の部分は衝撃でした。ペナルティがあるわけではないが、点数化されることでよりよくなるためにすべきことが明確になり、生産者・農場のレベルアップにつながること、ただGAP認証取得のためだけではないのだと痛感しました。


GAPの取組み=日本農業のテコ入れされていない分野についにメスが入った感覚

「GAP指導者養成研修」 JAグループ職員

 これまでの担当業務ではGAPに関わることが無く、今年度からGAP担当として業務に就きました。GAPという言葉は聞いたことがありましたが、今回初めてGAP関連の講習会を受講し、これまでの認識が大きく変わる経験となりました。「農業の生産工程管理」、「トレースがきちんととれる状態」、「実需者の要望に応じて認証をとるもの」というイメージから、食品安全だけでなく、環境保全、労働安全に至るまで、日本農業のテコ入れされていない分野についにメスが入った感覚でした。

 どうしても天候次第のような雰囲気があり、工業製品とは違う、計画通りにはいかないという考えが、過剰施肥による環境汚染や、労働環境をないがしろにしていたのかもしれません。またGAPは「認証をとるもの」というイメージがあり、営農と結びついていないことも要因と感じました。

 GAPの考え方がより身近なものになり、農業者の労働安全と持続可能で食品汚染・環境汚染に配慮した農業が実現されていくことを期待するとともに、しっかりと現場まで届く取り組みをしていきたいと思います。


未来を背負う高校生に持続可能な農業のための適正な実践ができる農業を伝えたい

「GAP指導者養成研修」 教育機関職員

 持続可能な農業のための適正な実践として、GAPという規範の大切さを実感しました。現在の農業は、生産効率重視で環境や労働環境に配慮が少ないことが未だに課題だと思います。しかし、エビデンスを提示し、その必要性や重要性をわかりやすく農業適正規範で示すことで、持続可能な日本の農業を行っていくために、改善点や問題点を文字化そして視覚化することができるGAPのすごさに改めて感動いたしました。

 これから未来を背負う高校生には、持続可能な農業のための適正な実践ができる農業を伝えていかないといけません。現場で学び、質問の仕方や評価の考え方、より具体的に伝えてお互いがイメージ化することで、日本の農業が保存されていくと感じました。多くの農業者にこの概念を共有していきたいです。2日間ありがとうございました。


GAP Q&A
「穀物栽培の「水の安全性」「隣接圃場からのドリフト」「トイレ、手洗い場の確保と手洗い」について教えてください」

株式会社AGIC 事業部

Q: (質問者 GH農場評価を活用してGAP指導に取り組む都道府県の普及指導員)

 現在、当県のGAP基準の穀物編(米、麦、大豆、そば等)の国際水準GAPガイドラインへの準拠確認の準備を進めております。現行の当県基準に入っていない項目で、どこまで求めたらよいか迷う項目があり、GH評価制度での考え方をご教示いただければと思い、連絡させていただきました。

水の安全性
  • 野菜編では特に生食用の農産物ではリスクが高い項目としていましたが、現行の穀物編では項目を設けていません。
  • 水の使用場面としては、下記が想定されます。
     栽培では、水稲の育苗、灌漑用水
     その他では、機械や容器の洗浄水、手洗いに使用する水
  • リスクの要因
     重金属、大腸菌や一般細菌、硝酸態窒素など・・(リスクがないとは言えないが、水によるリスクがどこまであるか)
  • いずれにしても、穀物は生で食べるものはありませんし、野菜編に比べるとかなりリスクは低くなると考えます。
⇒穀物において重視するべきリスク、生産者がやるべきこと、はどのようにお考えになっておられますか?

② トイレ、手洗い場の確保と手洗い
  • こちらも現行の穀物編には項目がありません。
  • 穀物は加熱調理するものなので、食品安全、食中毒のリスクというのはかなり低いと思われます。
     どちらかと言うと、労働者の安全や労働環境という意味であればある程度納得できます。
⇒GH評価制度では作物共通となっていると思いますが、穀物農家の場合必要性をどう説明されますか?
A: (回答者 株式会社AGIC)
① 水の安全性
 栽培(灌漑)に使用する水由来の穀物への食品リスクについて検討する場合は、主に重金属について考慮してください。大腸菌や一般細菌、硝酸態窒素等は、米などの穀物への食品汚染リスクの報告は認められません。なお、硝酸態窒素の数値などは、GH農場評価規準 作2.3.1「~全ての養分供給量を考慮した養分管理計画を作成し~」の部分で考慮すべき数値になります。また、作業者の手洗い水については、食品リスクだけでなく作業者の労働衛生の観点も含めて、飲料適に近い水質が望ましいものと考えてください。
 以下、栽培(灌漑)に使用する水に限定して記述します。
 法令や行政文書等での判断根拠に関しては、野菜に使用する水と同様、「穀物に使用する水の水質基準」等は法令等で定められておりませんが、一部「農業用水」の水質と読めるものがあります。
(ア)「水質汚濁に係る環境基準」 昭和46年12月28日 環境庁告示第59号
https://www.env.go.jp/kijun/mizu.html
 環境基本法(平成5年法律第91号)第16条による公共用水域の水質汚濁に係る環境上の条件につき人の健康を保護し及び生活環境(同法第2条第3項で規定するものをいう。以下同じ。)を保全するうえで維持することが望ましい基準
2 生活環境の保全に関する環境基準
(1) 生活環境の保全に関する環境基準は、各公共用水域につき、別表2の水域類型の欄に掲げる水域類型のうち当該公共用水域が該当する水域類型ごとに、同表の基準値の欄に掲げるとおりとする。
別表2 https://www.env.go.jp/content/000077409.pdf
1 河川(湖沼を除く)利用目的の適用性基準値
水素イオン濃度(pH)生物化学的酸素要求量(BOD)浮遊物質量(SS)溶存酸素量(DO)大腸菌数
類型D工業用水2級農業用水およびEの欄に掲げるもの6.0~8.5以下()8mg/L以下100mg/L以下2mg/L以上
農業用利水点については、水素イオン濃度 6.0 以上 7.5 以下、溶存酸素量5mg/L 以上 とする(湖沼もこれに準ずる。)。
2 湖沼利用目的の適用性基準値
水素イオン濃度(pH)生物化学的酸素要求量(BOD)浮遊物質量(SS)溶存酸素量(DO)大腸菌数
B工業用水2級農業用水およびEの欄に掲げるもの6.0~8.5以下()5mg/L以下15mg/L以下5mg/L以上
農業用利水点については、水素イオン濃度 6.0 以上 7.5 以下、溶存酸素量5mg/L 以上 とする(湖沼もこれに準ずる。)。
(イ)農業用水基準
項目基準
pH(水素イオン濃度)6.0~7.5
COD(化学的酸素要求量)6mg/L以下
SS(浮遊物質)100mg/L以下
DO(溶存酸素)5mg/L以上
T-N(全窒素濃度)1mg/L以下
EC(電気伝導度)0.3mS/cm以下
As(ヒ素)0.05mg/L以下
Zn(亜鉛)0.5mg/L以下
Cu(銅)0.02mg/L以下

 「農林省公害研究会(昭和45年5月)が作成、農林水産技術会議(昭和46年10月4日)で公表された基準。水稲のかんがい用水として維持することが望ましい水準であり、被害(減収)が発生しないための許容限界濃度を基準として決定している。」(*1)とある。一次文書には当たれなかった。

(*1 環境にやさしい水辺づくりを目指して~農業水利施設を利用した「環境用水」の水利権取得について~(監修:農林水産省農村振興局 整備部水資源課 制作:財団法人日本水土総合研究所))

 上記(ア)、(イ)のそれぞれの項目の中で、穀物(主に米)における食品危害の要因となりうる項目は、ヒ素のみで、それ以外は生育(収量)上の影響要素と考えられます。

 また、米において最も懸念されるカドミウムについては、(ア)、(イ)のどちらも含まれていません。(ア)「水質汚濁に係る環境基準」における「人の健康の保護に関する環境基準(別表1)では、カドミウム0.003mg/L以下とありますが、この基準を栽培における水質基準として利用できるか判断できる文献は今のところ見つかっていません。カドミウムについては、水質との相関は定かではなく、土壌中カドミウム濃度との相関が示されています(*2)。カドミウムについては、GH農場評価規準 作2.1.1の水管理のリスク評価というよりは、全1.4における生産場所(圃場や施設)のリスク評価において、土壌中のカドミウム濃度や地域的な穀物からのカドミウム検出傾向からリスク評価するのが適当かと思います。また、そのリスクが高い場合の圃場管理については、作2.2.1の土壌管理の計画的実施の中で、技術対策を示してください。

(*2 農林水産省 消費・安全局 コメ中のカドミウム低減のための実施指針 https://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/kome/k_cd/2_taisaku/attach/pdf/01_tec-11.pdf

 以上を踏まえ、穀物における水のリスク評価(食品汚染リスク)について、おおざっぱに(公共用水域の汚染度合いの指標として)みるのであれば、(ア)別表2の項目を確認し、個別に厳密にみるのであれば、ヒ素について確認するのが妥当と思われます。

 農業用水の水源となる河川水の水質については、国土交通省>水文水質データベースから検索し閲覧することができます。 http://www1.river.go.jp/

② トイレ、手洗い場の確保と手洗い

 確かに、科学的に厳密に最終喫食時の食品汚染リスクを検討した場合、穀物に病原菌等の残存が生じたとしても必ず加熱処理されることを考慮すると食品リスクは極めて低いと言えると思います。

 食品衛生法の基本的な考え方(第6条 2項、3項)に則れば、食品が汚染されている状態で流通させないようにということになります。その点では、食品の種類に関わらず、汚染がないように作業者の手洗い及び手洗い設備は必要になります。

 もう1つは、食品衛生法>食品衛生施行規則に基づく一般的な衛生管理(別表第17)においても、清潔なトイレ、手洗設備が規定されています。ただ、この別表第17で示される一般衛生管理については、HACCP制度化に伴う法改正関連の動きの中で、食品衛生法に基づく「営業」に該当しない食品事業者や一次産業向けの一般衛生管理について示された通知(*3)が廃止されており、現在、一次産業事業者への一般衛生管理に関する法的根拠はない状態となっています。一次産業事業者にとって、別表第17条はあくまでも参考にできるものということになります。

(*3 食品等事業者が実施すべき管理運営基準に関する指針(ガイドライン)の改正について 食安発1014第1号 平成26年10月14日)

 GH農場評価規準においては、5.農産物の安全性と食品衛生(作5.1.2)に規定していますが、ご指摘の通り、労働安全衛生の観点も含め、また上記の通り、食品としての基本的な衛生観念も踏まえて、手洗設備の重要性を説明しています。

2024/1


株式会社Citrus 株式会社Citrusの農場経営実践(連載49回)
~どうする今後の経営~

佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役

 経営者が体調不良になり、離農する農家が高齢化とともに増加してきた。これまで、このような農家の農地を任され規模拡大を重ねてきたのが我が社である。ところ経営者である私がみかん収穫作業中の2021年12月に突然腰痛が起こり歩きにくくなった。診察結果は脊柱管狭窄症と言われ加齢によるものとされ、痛み止めの薬の処方でそれ以上の治療を受けることはできなかった。その後、信頼できる医療機関を訪ね歩き四カ所目の病院で、昨年の2023年12月12日に手術を受けた。結果腰痛は消え、歩き方は正常に戻りつつある。腰痛が起こってからの2年間、農作業はできず現場にも出られない日が続いた。朝礼と終礼で社員や研修生との打ち合わせがやっとだった。そのとき、これからの会社経営をどうするか考え直してみた。

 まず、社員は経営者が殆ど動けない状況をどう思っているかを把握することにした。会社での勤務に不満や問題点がないかを探った。社員からは現在の勤務継続との意向が得られたので、申し訳なく思いながら運営を続けた。4年前にも私は急病で2週間入院したことがあり、その後あまり農作業に無理が利かなくなったので、社員に会社運営にかかわる農作業計画やアルバイト募集の仕組みを伝え業務を任せつつあった。それに、決算書も社員にオープンした。その結果、社員自身が経営改善計画を作成し、園地の若返りとして老木園の改植計画を示し、私に計画実施の了解を求めてきた。改善には多少の投資は必要だったが、社員に任せてみた。社員は各種公的機関の補助事業導入にも自ら動きはじめた。 また、研修生である地域おこし協力隊と一緒になり行動することで研修もスムーズになった。

 これらの動きをみて、令和元年にグロワー(株式会社Citrus)/シッパー(株式会社みかんの会)構想をGAP普及ニュース第59号で紹介したことに大きく近づいてきたことを実感した。グロワー/シッパーとはアメリカ型の農業経営で生産者と販売業者一体となった形態である(GAP普及ニュース第59号2019.7 農場経営実践(32)を参照。ここでいう販売組織である株式会社みかんの会は有田地方の温州みかんを実需者への直接販売を目的としていて、両会社の設立発起人は弊社株式会社Citrusも株式会社みかんの会も同じ人物である。

 5年前にグロワー/シッパー構想はできたものの社員相互のコンセンサスを得ないと社員自らの発想が出てこない。長年公務員時代を過ごしてきたことから、人材育成の在り方については少し知識が付いていた。まず、両社員のミーティングを定期的に持ち相互の取組状況を月に一回報告する機会を持つようにした。

 ミーティングを続けて1年が経過した昨年の8月に株式会社Citrus社員の出勤システムを変更した。その準備に半年費やし、物理的に株式会社みかんの会の社屋内に株式会社Citrusの事務所と倉庫を確保し出勤地を移転した。それにより株式会社みかんの会にて社員相互の安全確認を一括しておこなえることとなった。デメリットとしては社員の通勤時間が7分程度伸びたことと私が毎日社員の顔が見えないことだが、社員からは苦情は出ていない。社員と私との意思疎通はITを活用できているので日常業務には支障はない。私自身は腰痛治療に専念できる体制をとり、リハビリや通院を気兼ねなくおこなうことが可能となった。

 個人経営の農業形態であれば事業主が体調不良で農作業が困難となった場合、後継者がいない農家は離農か、規模縮小でしかない。現状は有田みかん産地がそれである。しかし、グロワー/シッパー計画では何とかなる。我が社は今後もグロワー/シッパーの仕組みで経営を継続できる。

2023年10月収穫祭 グロワー/シッパーの収穫作業(画像には後列みかんの会宮井社長(黒シャツ)と両社の武内経理マネージャ-(後列右)しか写っていませんが、みかんの会社員多数参加しました。

2024/1