世界人口の約半分は化学肥料窒素で養われている
1951年1月、私が生まれた年の世界人口は25億人で、18世紀の産業革命から200年の間に飛躍的な人口増加があった結果とも言われてきました。ところが、2022年、私が暮らしてきた、たった72年の間に3.2倍にも膨れ上がり、世界人口はなんと80億人に達したのです。
その最大の要因は、農業生産力の革命的な向上によるものと言えます。20世紀の初め1906年に、アンモニアを合成する「ハーバー・ボッシュ法」が発明され、化学肥料と爆薬・火薬の大量生産ができるようになりました。20世紀前半の世界は火力を使った戦争に明け暮れましたが、第二次世界大戦が終了した20世紀後半には、化学肥料が世界的に普及し、「世界人口の約半分は化学肥料窒素で養われている」と言われるようになったのです。
20世紀最大の発明はアンモニアの合成法である
カナダの環境科学者バーツラフ・スミルは、「20世紀最大の発明は飛行機でも原子力でも宇宙飛行でもなくアンモニアの合成法である。」と言っています。化学肥料は、これまでの農業のあり方や考え方を大きく変え、社会全体の価値観も劇的に変化させました。化学肥料の登場に伴う機械化や化学農薬の使用、基盤整備や大規模灌漑などと相まった収量の増大と安定的な生産は、農業者にとって、これまでには信じられない世界だったに違いないと思います。
私の親の世代は、人類史上最大の「農業のパラダイムシフト」を経験したのです。そして、私たちは、確立された工業的な近代農業の技術や考え方、それらを前提にした食・農・環境の価値観を常識として受け取り、その規範を作り、行動してきました。
21世紀前半の食・農・環境はSDGsへのパラダイムシフト
2020年、米国農務省の「農業イノベーションアジェンダ(AIA)」は、米国の農業生産を2050年までに40%増加させる一方、環境フットプリントを半減させるという目標を掲げています。同年、EU委員会の「Farm to Fork (農場から食卓まで) 戦略」は、持続可能な社会への移行を目指す「欧州グリーンディール」の中核的政策として、フードシステム全体を公正で健康的で環境に配慮したものへと変革することを目標として策定されました。
また、このような米欧の農業政策の大転換を受けて、わが国農林水産省は、「みどりの食料システム戦略(みどり戦略)」を策定し、2050年までに農林水産業のCO2ゼロエミッション化を実現することを目標にしています。具体的な目標はEUに習って(EUの目標達成は2030年ですが)、「化学農薬の使用量をリスク換算で50%低減する」、「化学肥料の使用量を30%低減する」、「耕地面積に占める有機農業の取組み面積を25%に拡大する」等です。
2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、農業分野において、より重大な課題となっており、21世紀農業は地球規模のパラダイムシフトを必要としています。
日本農業の課題と農業のパラダイムシフト
日本の食料は約6割を輸入に頼り、カロリーベースの自給率は37%で、その結果世界最大の農産物輸入国になっています。米欧に比べて農業政策に力が入っていないこともあり、極端な高齢化と人手不足、耕作放棄地の増加等で生産力が低下しています。加えて自然災害が頻発し、農業被害が多くなっています。さらに、経済・社会のグローバル化で消費者ニーズは多様化していますから、その点からも輸入農産物との競争が求められます。みどり戦略では、人工知能やIoT、ロボット、ドローン、衛星利用等によるスマート農業が提唱されていますが、利用できるアプリケーションや公開されたデータベースが少なく、農場経営での総合的なデジタル活用には時間がかかりそうです。
これらの課題(チャンスでもある)に対応するためには、日本の農業はパラダイムシフトを起こす必要があります。特に、SDGsに関する農業の貢献は、従来の閉鎖的な農業から開放的な農業へと変わることが求められます。そのためには、政策や制度、研究や教育、組織や文化など、さまざまな側面での変革が必要です。みどり戦略が米欧への形だけの追随ではなくSDGsの成果とするためには、日本農業の課題解決に向けた日本農業のパラダイムシフトを通じて、国内外で競争力を高め、社会的責任を果たすことを目標にすることが重要でしょう。
持続可能で地球にやさしい土壌管理へのパラダイムシフト
2020年以降の世界の農業パラダイムシフトにおいては、環境負荷低減の政策や技術開発を主軸にしたイノベーションの促進が必要です。しかし、同時に農業の生産力向上との両立を目指すためには、農業の生産技術、とりわけ土壌管理のパラダイムシフトが必要であり、それはすでに始まっています。土壌は食料生産の基盤であり、人間の幸福と環境の健全さにとって重要な資源です。
土壌管理のパラダイムシフトとして、「土壌機能と生態系の最適化」を挙げることができます。土壌管理では、食料生産性を向上させると同時に、土壌の質、生物多様性、水規制、炭素隔離、気候回復力等の機能の向上も目指すべきです。
従来の化学物質集約型の規範論的対応ではなく、農業生態学的および全体論的なアプローチに移行することです。土壌管理の実態としては、これまでの統一された規範的なアプローチから、当該農場固有の適応的なアプローチに移行するということです。農法としては有機物、カバークロップ、輪作、間作、アグロフォレストリー、生物学的害虫駆除などの自然のプロセスと生物学的投入にさらに移行することです。土壌管理はまた、土壌の健康を悪化させる可能性のある合成肥料、農薬、および耕起を最小限に抑える必要があります。土壌管理論は、より持続可能で地球に優しいものになるように変化を始めています。
生態学的土壌管理に関する他に類を見ない実践的なガイドブック
国連は、SDGsスタートの2015年を「国際土壌年」として、土壌資源の持続可能な管理と保護のための効果的な政策と行動を呼びかけています。「土壌は地球の生態系に欠かすことができない存在でありながら人類はこの"寡黙な同志"に対して十分な注意を払っているとは思えない」と警鐘を鳴らしたのです。それ以降、世界各国で、もちろん日本でも、生態学的土壌管理は、多くの研究と教育が行われるようになりました。
そういった中でも、米国のSARE(Sustainable Agriculture Research and Education)が、世界の農業関係者に向けて出版した「Building Soils for Better Crops」4th Edition「Ecological Management for Healthy Soils」(より良い作物のための土壌の構築 第4版、健全な土壌のための生態学的管理)は、持続可能で地球にやさしい土壌管理へのパラダイムシフトについて、分かり易く解説した優れた本です。本書は、生態学的土壌管理に関する、他に類を見ない実践的なガイドです。土壌の健全性を向上させるための理論と実践をわかりやすく解説しています。
本書で、土壌の生物学的、化学的、物理的な特性や機能について学び、土壌と作物の相互作用について理解することができます。また、有機農業や持続可能な農業に関心のある農業者や技術者、教育者や学生にとって、参考になる情報や事例が豊富に紹介されています。土壌とは何かから有機物の重要性まで、詳細な背景とともに、土壌改良の方法について段階的な情報を提供しています。
「Building Soils for Better Crops」第1版から第4版までの特徴
第1版が刊行された1992年は、ブラジルのリオデジャナイロで国連環境開発会議(地球サミット)が開かれ、環境と開発の調和を図るための方向性についての国際的枠組みが固まった年です。第2版が刊行された2000年の前後、米国農業法では環境品質保全プログラム(EQIP)等で、土壌の品質や水質の改善、野生生物の保護、温室効果ガスの削減などに参加する農業者へ補助金と技術支援が開始されました。第3版が刊行された翌2010年には、「米国の21世紀農業」政策で、IPM(総合的病害虫管理)や有機農業などの低投入および高効率生産の促進などが奨励されました。そして、第4版刊行の2021年の前年には、「農業イノベーションアジェンダ」で、農業の生産力向上と環境負荷低減の両立を目指すパラダイムシフトが打ち出されています。
以下は、(Bing検索:"Building Soils for Better Crops summary" & "Building Soils for Better Crops edition differences")によります。
第一版(1992年):この版は、土壌有機物の管理に重点を置いています。土壌有機物とは何か、なぜ重要なのか、どのように増やすことができるのか、どのように減らすことができるのか、どのような利点があるのか、などについて説明しています。また、土壌有機物と土壌生物、土壌水分、土壌栄養素、作物生産などとの関係についても解説しています。
第二版(2000年):この版では、土壌有機物管理だけでなく、土壌健全性の向上に関する幅広い話題を取り上げています。例えば、カバークロップ、作物の輪作、畜産と作物の統合、堆肥の作り方と使い方、流出と浸食の防止、土壌圧縮の対処法、耕起の最小化などについて詳しく説明しています。また、土壌健全性と植物健全性や害虫との関係についても触れています。
第三版(2009年):この版では、前版で扱った内容をさらに深めています。特に、土壌中の炭素循環と温室効果ガス排出、土壌中の窒素循環と窒素損失、土壌中のリン循環とリン汚染などについて詳細に解説しています。また、灌漑と排水管理、栄養素管理、土壌および作物分析法などについても新たに追加しています。さらに、都市農業や緑地空間での土壌管理に関する章も加えています。
第四版(2021年):この版では、第1-3版で扱った内容を最新の科学的知見や実践的経験に基づいて更新しています。また、新たなトピックとして、気候変動への対応や緩和策、再生農業や再生牧畜などの革新的なアプローチ、多様性や複雑性を高める方法などについても紹介しています。さらに、各章の最後には、「まとめ」や「チェックリスト」、「参考文献」、「追加資料」などを掲載しています。
最後に
日本には、世界中から注目される「自然農法」という環境保全型農業があります。土壌の生命力を尊重し、化学肥料や化学農薬を使用せず、耕起も草刈もしない自然のままに作物を育てる農法です。土壌の生物多様性を保全して土壌機能を高める理想的な農法と言えます。しかし、福岡正信氏の著書を読むとその哲学や精神性に共感はできても、私などにはその実践は足元にも及ばず、試みの前の準備段階で挫折してしまうような状況です。
その点、本書は科学的裏付けの下に、実証された革新的技術を示しながら、不耕起・減耕起、草生栽培で、草を資源として土壌を守り育てる農法なども紹介しています。さらに輪作やカバークロップを組み合わせ、収量が落ちない技術例も示しています。結果として燃料や肥料費の節約、土壌浸食の抑制、土壌中に二酸化炭素を貯留する気候変動対策としての効果も示しています。まさに生態学的土壌管理に関する他に類を見ない実践的なガイドブックです。
農業による環境負荷への様々な懸念がある中で、また、それらの解決の課題としての「みどりの食料システム戦略」の目標達成のためにも、有益な農業を行うには科学に基づいた行動に移すための全体的な理解と実践的な答えが必要です。土壌のさまざまな物理的、化学的、生物学的要因がどのように相互作用し、土壌管理の方法がそれらにどのような影響を与え、土壌を健康で回復力のあるものにするのか、あるいは不健康で劣化しやすい土壌にして持続可能性を失ってしまうのかは、土壌管理のパラダイムシフトにかかっているといっても過言ではありません。日本でも、土壌管理に関する文献は多く、関係する学会や関係部署による、これまでにないほどのシンポジウムやセミナーなどが開催されていますが、それらを理解するためにも、第一歩として、本書を手元に置かれて参考にされることをお勧めします。
2023/9
良質な土壌のための管理:事例紹介1
ボブ・ムース(Bob Muth)
ニュージャージー州グロースター郡
フィラデルフィアのベッドタウンにある118エーカー[48ha]の農場で、ボブ・ムース氏と妻のレダは、さまざまな野菜、小さな果物、花、そして少量の穀物を育て、卸売業者やニュージャージー州コリングスウッドのファーマーズマーケット、さらに自宅の農場のスタンドでも販売しています。
ムースさんの経営は、土づくりへの情熱がベースになっています。約30年前に家業を継いで以来、地元の2つの自治体から無償で提供された落ち葉マルチを、自宅の農場と借りた圃場、さらに購入した2つの土地に厚く敷き詰めてきたのです。マルチングは、彼が早くから考案し、今も忠実に守っている輪作体系の一部です。耕作可能な農地面積のうち、換金作物を植えるのは毎年5分の1だけで、残りの面積はカバークロップにします。「マルチングとこの輪作を始めたとき、近所の農家は私の頭がおかしくなったのではと思ったそうです。当時は、できるだけ多くの面積を集中的に耕作しなければならないという考えが一般的でした」と彼は言います。
ムースさんの輪作は、1年目に高付加価値作物、2年目に落ち葉の散布、2~3年目にシリアルライとスデックスを中心としたカバークロップ、そして高付加価値作物に戻る前の年の晩夏か秋にシリアルライとベッチを組み合わせたカバークロップを播種する、というものです。この輪作により、砂質土壌の品質が改善されました。「この戦略により、CEC、有機物、栄養レベルなど、すべての良い指標が得られ、多くの投入がなくても質の良い作物を栽培するのに十分な窒素も得られます」と彼は指摘します。
ムースさんは毎年圃場の土壌を検査し、データの変化を注意深く観察しています。「圃場で観察していることを裏付ける確かな数字があれば、年月が経っても適切な判断ができますから」と彼は言います。土壌有機物を3.5~5%の最適な範囲に保つため、圃場で輪作を数回繰り返したら、散布する落ち葉の厚さを薄くできるようになりました。「それ以上になると、養分が流出してしまう恐れがあるのです」と彼は指摘します。
ムースさんは、植物のストレスや病気を減らし、水の利用効率を高めるために、点滴灌漑を好んで使っています。「水不足は、自分の農場で最大の問題です。1つの井戸は1分間に40ガロン[151L]、もう1つの井戸は1分間に20?22ガロン[76~83L]しか汲めません」と言います。彼の農場の周辺では住宅開発が盛んで、利用可能な地下水は激減しています。「水が必要な役割を果たすためには、圃場をゾーンに分ける工夫が必要です」。乾季には、雨が降るまでの60日間、1区画に4時間ずつ水を撒き、24時間365日井戸を稼働させることもあるそうです。
ムースさんは害虫や病気を防ぐために、さまざまなIPM(総合的病害虫管理)技術を駆使しています。彼は毎日圃場を見回り、作付けサイクルごとに観察したことを記録しています。「白バエ、ハダニ、アザミウマなど、目に見えにくい害虫に狙われるので、宝石商用のルーペに投資する価値があります」と彼はアドバイスしています。彼は、高価な作物の圃場の周りの境界にトラップ作物を定期的に植え、害虫の発生状況を監視し、いつどのくらい散布するかを決定することができます。例えば、レッドケールやミズナをトラップ作物として使用し、サボイキャベツやその他のアブラナ科の植物につくダニによる被害を防ぐことを提案しています。
「害虫が生活サイクルの中で何を要求しているかを把握し、それを妨害する必要があります」と、彼は言います。数年間観察していると、「良い防除方法が見つかっていない作物があるかどうかがわかるようになります」。
ムースさんは、圃場の境界線にカバークロップの開花帯を残しておくことで、益虫の発生を促すことを好んで用います。例えば、ベッチにソバやディル(香辛植物)を加えてカバークロップを植えると、開花時期が大幅に延び、益虫が何世代にもわたって繁殖することがわかりました。ベリー類や野菜、花を栽培するビニールハウスでは、捕食性のダニを放つことでアブラムシやハダニを防除しています。また、ビニールハウスを覆うフィルムには、光の拡散性を高め、天井や桟からの結露を抑え、熱くなり過ぎるのを防止する特殊なものを選び、総合的に優れた栽培環境を確保しています。
「自分でできることはたくさんあります」と彼は言います。彼は、シリアルライとベッチの被覆が完全に分解され、土壌が暖かくなるまで作物を植えるのを待つことで、シーズン初めのピシウム菌による腐敗を防ぐ方法を学びました。また、高温多湿を好むピシウム菌は、他の色のプラスチックマルチよりも地温が低く、反射率の高いシルバーのプラスチックマルチに作物を植えることで抑制しています。
この反射マルチは、最近発生したアザミウマの被害でも役に立ちました。というのも、5月上旬にトマトを植えたのですが、土壌温度が低すぎてシルバーマルチでは生育が悪くなり、スリップスの被害を受けてしまったのです。しかし、続くトマトの作付けはすべてシルバーマルチに植え、まだスリップスが大量にいたにもかかわらず、そのマルチがスリップスをはじいたため、トマトは完璧に仕上がったとムースさんは言います。
ムースさんは、「ある害虫を防いでも、その過程で益虫も殺してしまっては事態が悪化する」と考え、厳しい散布スケジュールを守る代わりに、土質の改善、開花カバークロップによる虫園作り、賢明な散布剤の使用、害虫や病気の管理方法の進化など、異なる種類の管理を「重複させる」ことを提案しています。
害虫の問題を避けられないこともあります。最近、ビニールハウスで栽培していた早生トマトがスリップスにやられ、値下げして販売せざるを得なくなりました。しかし、多様な輪作や植え付け時期をずらすなどの工夫がなければ、もっとひどい結果になっていただろうと彼は言います。「もし、1回の植え付けですべてを収穫してしまったら、貯金を取り崩すことになるでしょう。」「少しずつ作付けを行い、分散させ、時期をずらすことで、リスクを分散させ、一時期に一つの作物に完全に依存することがなくなります。」
ムースさんは、「良い土づくりをすること」とIPMの手法を決めたことで、2001年に達成した有機認証生産への移行もスムーズに進みました。認証機関が有機栽培への移行に推奨する十数種類の実践が掲載されたファクトシートを見つけ、そのほとんどを自分が行っていることに気づいたと言います。有機栽培を始めたころは、「ボブ、気をつけないと病害虫の多い、人が嫌がるものを作ってしまうよ 」と言われたものです。しかし、「私はそのようなことは全くありませんでした」と彼は言います。「私の農場では、害虫や病気の発生は些細なことに過ぎません」。
この成功と顧客からの要望に後押しされ、ムースさんは自分の専門知識を活かして、より「難易度の高い」作物の有機栽培の方法を模索しています。例えば、ニュージャージー州で有機栽培のスーパースイートコーンを作るのは不可能だと専門家に言われたとき、彼は挑戦しないわけにはいかなかったのです。「ラトガース大学の人たちは、これは革命的だと思ったようです」と、彼は言います。彼は、トウモロコシの10~11日プラグ苗をプラスチックマルチに移植し(プラグ苗が根詰まりして穂の長さが短くなるのを防ぐため)、苗の高さが12?18インチになるまで苗床を覆っています。
このような戦略は、コーンイヤーワームやコーンボーラーを効果的に撃退することができると ムースさんは言います。「有機栽培に認可されたスプレーをスポット的に使用することで、7 月に 3 週間、まったくクリーンで素晴らしい品質の有機トウモロコシを収穫することができます」。彼の顧客は大喜びで、彼の発見の成果に対してプレミアム価格を支払うことを望んでいます。
多くの新しい技術が生まれ、消費者の地元産や有機栽培の食品への関心も高まっている今、ムースさんは「農業に携わるにはエキサイティングな時代だ」と言う。「農業に精通すれば、小さな土地でも立派に生計を立てることができるのです」。「もう一度、20歳に戻りたいくらいです。20歳に戻ったら、またやりたいね」。
カバークロップ:事例紹介2
ゲイブ・ブラウン(GABE BROWN)
ノースダコタ州ビスマルク
1991年、ゲイブ・ブラウンさんが妻のシェリーとともに、シェリーの両親から5,000エーカー[2,025ha]の牧場を購入したとき、このような変化が起こるとは思ってもみなかったといいます。それまでブラウンさんの義理の両親が経営していたこの牧場では、小粒の穀物を単作し、頻繁な耕起、施肥、シーズン中の放牧、化学処理など、従来の生産方式に頼っていました。ブラウンさん自身も、人生の大半をそうした生産モデルを教わってきたこともあり、何十年も前から変わらないやり方で牧場を運営してきました。
しかし、1995年と1996年には壊滅的な雹が降り、1997年には干ばつで農作物が全滅してしまいました。あたかもそれが十分な罰ではなかったかのように、1998年には別の雹の嵐が続き、またもや作物は壊滅的な打撃を受けてしまいました。牧場を存続させるためには、状況を変え、土地を回復させることが必要となったのです。ビスマルクは耕作が容易にできる場所ではなく、気温が氷点下になる日が年間220日以上もあり、年間降雨量は平均16インチ[406mm]で、そのほとんどは5月と6月の雷雨のときに降るだけです。このような極端な気候が、厳しい気象現象をさらに危険なものにしているのですが、ブラウンさんはそれを直接体験していました。
牧場を失うかもしれないという危機感を抱いたブラウンさんは、突然、ビジネスを守るためにやり方を変えなければならない立場に追い込まれました。ブラウンさんは、土壌を第一に考えた農業を実践している農家の成功事例を耳にし、学んでいました。そのような再生農法では、耕起を減らすか不耕起にし、病害虫駆除や施肥に化学合成物質を使うのをやめ、浸食を減らし土壌中の養分を取り込むためにカバークロップを植えることに重点を置いていました。気候をコントロールすることや異常気象を止める方法はありませんが、全体的な管理を行うことで、風や水から守る土壌を強化し、水の浸透と保水力を高めて干ばつのリスクを軽減し、生きたカバークロップや作物の残渣で土地を覆うことで異常気温から土地を守り、土地に弾力性を持たせることができます。土地を生き物のように扱うことで土壌を再生させ、命を吹き込むことができれば、彼のビジネスは生き残るだけでなく、成功する可能性もあるのです。
土地を守り、牧場を生き返らせることを決断したブラウンさんはある選択をしました。彼は再生的で総合的な生産方法を段階的に実験し、ブラウン牧場の運営に統合し、今では、さまざまな換金作物、カバークロップ、イネ科作物で仕上げた牛肉や羊肉、放牧産卵鶏、ブロイラー、豚肉を生産しています。「2008年以来、化学肥料は使わず、殺菌剤などの農薬も使っていません」とブラウンさんは言います。再生農法に移行した結果、この不耕起牧場では、浸食の減少、収量の向上、土壌有機物の増加、表土の数インチ増加、収益性の向上など、経営のあらゆる面で大きな改善が見られました。
移行期間中、ブラウンさんは多様な種類のカバークロップを使用することに専念し、土壌有機物の増加、雑草圧の軽減、有益生物の繁殖、保水力の向上、土壌圧縮を解消して浸透を改善することに成功しました。彼のカバークロップの組み合わせは、最大で25種類にも及びます。「私たちの目標は、できるだけ長く土壌に根を張ることです」とブラウンさんは述べています。彼の農地では、すべてのエーカーで「換金作物の前、換金作物の後、換金作物とともに、いずれかのカバークロップを栽培しています」。カバークロップの残渣は、望ましい土壌温度を維持し、有益な生物の餌となるのです。
牧場を購入した当時の土壌有機物含量は1.7?1.9%で、降水量の浸透率は1時間にたった1/2インチ[1.3cm]とわずかでした。しかし、20年以上にわたってカバークロップ、家畜の統合、多様な輪作を続けた結果、ブラウン牧場の土壌有機物レベルは5.3~7.9%程度になり、浸透率も1時間に30インチ[76.2cm]以上と急増して、降水が常に土壌に浸み込み、流出が起こらないという状態になりました。
家畜は、2,000エーカー[810ha]の耕作地を含む彼の牧場全体に徹底的に組み入れられています。ブラウンさんは、放牧された家畜が土壌の健全性を高めるために重要な役割を果たすと考えています。家畜を作付体系に組み込むと、土地に糞尿が堆積します。これらの堆積物はマクロおよびミクロの微生物によって消費され、生育している作物やその後のカバークロップに養分を供給します。
シーズン中に養分や飼料の必要性が生じた場合、ブラウンさんはそのギャップを埋めるために自身が作成したカバークロップの栽培計画に頼っています。秋に収穫されるライコムギやヘアリーベッチなどの二年生草本は、子牛の分娩に必要な養分を満たすと同時に、土壌の「鎧」ともなります。土壌サンプルのデータによると、多様なカバークロップを混合した放牧地では、すべての養分の利用率が向上し、収益性が高まることが分かっています。
ブラウンさんの収穫量の増加と経済的節約は非常に印象的であることが示されています。「郡の平均が100[870L/10a]以下であるのに対し、私たちは127ブッシェル[1105L/10a]の乾燥地トウモロコシの収量を実証しています。つまり、郡内の平均よりも25%以上高い収量を、多くのコストをかけずに達成しているのです。私たちは投入資材を大幅に節約しているのです」。ブラウン牧場は、作物に必要な養分を供給するために、健全な土壌に依存しています。多様なカバークロップの組み合わせは土壌生物の餌となり、それが作物の生長に必要な養分を供給するのです。
ブラウン牧場の牧草地管理は、家畜が与える踏圧によって十分な有機残留物を土壌に接触させ、その後、牧草が回復するのに十分な時間を与えるという原則に基づいて行われています。つまり、ブラウンさんの輪番放牧は非常に集約的です。放牧率は高く、輪作は頻繁に行われます。常設の牧草地は15~40エーカー[6~16ha]の広さで、移動式フェンスでさらに1/6~5エーカー[0.07~2.0ha]のパドックに分割されます。300頭の牛群を1日1回、200?600頭の1歳子牛を1日1?5回移動させるのが普通です。一見大変そうですが、タイマーで作動する太陽電池式のゲートオープナーを使えば、牛は自分で移動することができます。
このシステムでは、牛は通常、パドック内の地上部のバイオマスの30~40%を消費し、残りの草地はほとんど踏みつぶすことになります。ほとんどのパドックでは、少なくとも360日間の回復期間を経て、再び放牧が行われます。この牧場では、イネ科作物で仕上げた牛肉、ラム肉、放牧豚肉、卵、ブロイラー、蜂蜜を独自のマーケティング・ラベルで販売しています。
ゲイブ・ブラウンさんは土壌改良の専門家です。息子のポールと一緒に農場で働いていないときは、イベントやカンファレンスで話したり、農場ツアーをしたり、ソイルヘルスアカデミー校で教えたりしています。2018年の著書『Dirt to Soil: One Family's Journey into Regenerative Agriculture』では、ブラウン牧場の進化の物語を紹介し、全米の農家や牧場主が経験する多くの土壌健全性の困難に対する解決策を提示しています。生きている土地の健康に焦点を当てることを選択し、途中で少しくらいの失敗を恐れないことで、ブラウンさんは自分のビジネスを変革し、将来起こりうるどんな困難に対してもより強い経営を実現したのです。
多様化する作付け体系:事例紹介3
セリア・バース(Celia Barss)
ジョージア州アテネ
セリア・バースさんはウッドランドガーデンズオーガニックファーム(Woodland Gardens Organic Farm)の農場長になったとき、当初からカバークロップが輪作の大きな部分を占めることを理解していました。「私たちはカバークロップを徐々に増やしていきました。露地でも、換金作物の生産が始まるまでは、カバークロップを植えていました。圃場によっては、栽培を始める前に3年間もカバークロップを植えていたこともあります」。
現在では80種類以上の野菜や果物、切り花を栽培し、アトランタのレストランや地元のファーマーズマーケット、あるいはCSAを通じて販売しています。耕作可能な8エーカー[3.2ha]のうち、1.5エーカー[61a]を占める温室とフープハウス(簡易温室)では、カバークロップも栽培しています。残りのエーカーでは、ブルーベリー、イチジク、マスカディーン(自生するブドウの一種)、アスパラガスなどの多年生植物を栽培しています。多年草の栽培は、傾斜のきつい場所にそれぞれ独立したエリアで栽培され、カバークロップの代わりに土壌を守るためのイネ科作物を間に生やしています。
バースさんは、主に土壌有機物を蓄積するためにカバークロップを使用していますが、気候や耕起方法によって「枯渇してしまう」と言います。集中的に植え付けを行い、作物の間隔を狭くしているため、耕起していると説明しますが、最も早く植え付ける2つのオープンフィールドでは不耕起を試みているそうです。重い粘土質土壌と湿った湧き水のため、バースさんはこの条件下で耕すとダメージが大きいと感じ、ベッドを作り、2ヶ月間休ませ、生産前の1ヶ月間はサイレージシートで覆うことにしたのだそうです。土壌をむき出しにすることは彼女にとって妥協の産物でしたが、サイレージシートを外した後の圃場の準備の良さには感心させられました。また、これらの圃場は長く裸地にしておくので、夏には必ず量の多いカバークロップを植えています。それ以外の圃場は、換金作物の間にカバークロップを植えています。
雑草や線虫など、生産上の問題に対処するためにも、カバークロップは重要な役割を担っています。アマランサスはこの農園で夏場に最も問題となる雑草ですが、バースさんは防草シートを利用して雑草を抑制しています。「雑草対策は、農作業の何よりも優先させることが大切です」と彼女は言います。「圃場の除草やカバークロップのタイミングがすべてで、雑草を結実させないようにすることが大切です」。
一方、線虫は何年もかけて徐々に増えてきた問題です。バースさんは、定置型ハウスでの生産が10年目に入ったあたりから線虫の被害を目にするようになりました。すべての定置型ハウスにはある程度の線虫の被害があり、最新のものには少なく、最も古いものが最も多くなっています。バースさんは、この問題はハウス内の宿主作物以外の栽培期間を長くしなかったために起こったと認めています。「しかし、輪作によって線虫を減らすためには、換金作物を6ヶ月間栽培することはできないでしょう。それらは全て線虫の宿主となるからです」と彼女は説明します。
線虫対策として、ジョージア大学のエクステンション植物病理学者であるエリザベス・リトル氏から、線虫を殺す特性を持つサンヘンプをカバークロップとして試すようアドバイスされました。しかし、バースさんは、ハウス内で換金作物として使用する前にサンヘンプを栽培し刈り取るまでの3カ月間だけでは、ライフサイクルを断ち切るには十分ではないと実感しているそうです。彼女は太陽光利用も行っており、トマト栽培には十分な期間センチュウを抑制することはできますが、トマトやほとんどの夏作物の後には、線虫の数は秋に続く作物に被害を与えるほど回復してしまいます。
バースさんは、土壌の耕作適性に違いが出るため、ハウス内でのカバークロップの栽培をもっと増やしたいと考えています。「カバークロップの後に圃場に入ると、驚くほどの違いがありますよ」と彼女は言いますが、3カ月以上も生産を中断するわけにはいきません。その代わり、彼女は太陽熱利用から蒸気土壌消毒に移行し、カバークロップと線虫の処理を行えるようにしました。この方法でもカバークロップを増やすことは可能です。太陽熱利用では6週間かかりますが、蒸気消毒なら30分しかかかりませんから。「カバークロップに加えて太陽熱処理をする代わりに、手早くカバークロップを行い、その後、蒸気消毒作業を行い換金作物に入ることができます」とバースさんは説明します。しかし、土壌蒸気消毒は多くのエネルギーを必要とし、蒸気発生器への投資も大きくなるため、他の選択肢がない場合の代替案と考えられています。
バースさんは、サンヘンプのほかに、夏場は暑さに強いササゲとソルガム-スーダングラスを多く併用するそうです。6週間という短い期間しかない地域では、ササゲとソルガム-スーダングラスを育てるのに十分な時間がないため、代わりにキビやソバを使います。冬や涼しい季節には、被覆期間が長くなる圃場でシリアルライ、ヘアリーベッチ、オーストリア産冬サヤエンドウを使用します。春や秋に早く植付けをしたり、短い隙間を埋めたりする必要がある圃場では、オーツ麦を使用します。
また、春にアブラナ科の作付けが遅くなってしまうような場所でも、オーツ麦を続けることがあります。簡易ハウスとは異なり、圃場では3年から4年の輪作で植物を植えていますが、これは主にアブラナ科の植物に左右されるとバースさんは言います。「アブラナ科は輪作を推進する植物で、輪作のために、いつもやりたいことより少ない量しかやれないことに気づかされるんです」。彼女の輪作は圃場によって異なります。春に雨が多いため、遅くまで圃場に入らないこともありますが、典型的な輪作は、早春のアブラナ、次にソラマメとスイカを圃場全体で半々に栽培し、その後、カバークロップを2サイクル行うものです。
バースさんは、カバークロップが生育している間にできるだけ多くの収穫を得ようと、例えばソルガム・スーダングラスを約1フィート[30cm]の高さに刈り取り、再生長させるようにしています。こうすることで、カバークロップの寿命を延ばし、種ができるのを防ぐことができます。「私たちの目標は、夏が長いので、できるだけ長くカバークロップを栽培し、地面を覆うようにすることです」と彼女は言います。カバークロップの終了時期が来たら、刈り取りを行い、土に混和していきます。
カバークロップに力を入れることで、成果は上がっています。バースさんによれば、当初は土壌の質が良くないと判断し、特定の作物を植えたくない圃場もあったそうです。その代わりに、サヤエンドウのような養分をあまり必要としない作物を植え、それをカバークロップすることに専念していました。今では、その圃場にどんな作物でも植えられるようになり、「10年前に行ったカバークロップをしていない圃場との違いは驚くべきものです」と語っています。
「土壌の質は、正直なところ、すべてカバークロップのおかげです」とバースさんは言います。「もっとたくさん栽培することも可能ですが、今のようなカバークロップを作ることはできないでしょう。ただ、自分で決めた理想を守ること、輪作を守ること、そしてただ単に作付けを増やそうとしないことです。そうすることで、土の質は確実に保たれますから」
2023/9