-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

GAP普及ニュース 73号

年頭のご挨拶

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

 令和5年の新春のお慶びを申し上げます。私が農場認証スキーム(GAP認証)の調査・研究を始めてから21回目の正月となりました。1990年代に欧州で始まった買手企業による取引先農家の監査は、2000年に標準化されて認証ビジネスとなり、2005年以降は欧州内に農産物を輸出する生産者にも認証取得が求められることが多くなりました。欧州調査での重要な出会いの一つは、GAP認証の基礎となる「コンプライアンス農業」という政策です。これはEU共通農業政策による「農業生産で土壌を汚染しない、水を汚染しない、特に化学物質の取り扱いを適正に行う」という農業規範の実践(つまりGAP)です。農家は「Code of Good Agricultural Practice」(適正農業規範:GAP規範)を理解し、新たな農法を実践することで「クロスコンプライアンス」(環境支払要件)の補助金を受けています。「GAP規範」は、理念に基づく農業の基本方針や農業の行動規範を総合的にまとめたもので、法律や社会的ルールを遵守するための農法も記述されています。

 EUではコンプライアンス農業(GAP)が農家のマナーとなりましたから、販売先が要求するGAP認証の監査も苦にはなっていないようです。現在は、マナー(GAP)をレベルアップする新たな農業政策「Farm to Fork 戦略」ですから、農薬50%削減、化学肥料20%削減、農地の25%有機農業転換の2030年目標も現実味をおびています。五輪や輸出のためのGAP認証を推進してきた日本も、「みどりの食料システム戦略」でEUと同じ達成目標を掲げましたから、生産現場はGAP概念の原点に帰らなければなりません。2020年以降の世界は、生態系を維持するだけではなく、気候変動を相殺し、農地の長期的な生産性を確保する事が必要だと言われています。これを念頭に置くと、農家は、生物多様性を高め、土壌を豊かにし、家畜や野生生物の健康を高めるために、農業方法を積極的に変えるよう努めなければなりません。日本生産者GAP協会は、初心に帰ってGAPの概念を広め、生産現場への普及と指導者育成に邁進していきます。本年もどうぞよろしくお願いします。

2023/1


《巻頭言》
『持続可能な土づくりとは(アメリカの土づくりの本に学ぶ)』

山田正美 一般社団法人日本生産者GAP協会 専務理事

はじめに

 作物生産にとって土壌は欠かすことができませんが、その土壌について物理性、化学性、生物性の面から科学的データをもって、徹底的に調べ上げ、本来あるべき土づくりの方向を示している本がアメリカのSARE(持続的農業研究と教育)という組織から発行されました。農業試験場に籍を置いて土壌に関連した仕事にも携わっていた筆者としても、とても興味深い内容で、化学肥料や農薬一辺倒の栽培とは一線を画し、土壌中の有機物の重要性を指摘したものになっています。この機会に土づくりとは何かを考えてみたいと思います。

持続的土壌管理を考えるきっかけとなったダストボウル

 20世紀の初頭、アメリカ中部の大平原では、小型ガソリントラクターの普及により、草原だったところを耕地にするために大規模な深耕が行われ、農地として開墾され、耕起が繰り返されたため、土壌はむき出しになり、1930年代にはアメリカ中部の大平原地帯でダストボウルと名付けられた大規模な強風により土が舞い上がる土壌浸食(風食)が何回も発生したのです。この時の風食は想像以上で、舞い上がった砂塵は東海岸のニューヨークやワシントンDCにも到達したと言われています。この現象により、アメリカ中部の多くの土地で農業が崩壊し、農家は離農を余儀なくされ、約350万人が職を探すためにカリフォルニア州などの西部への移住を余儀なくされたとしています。

ダストボウル(強風による大規模な風食) 引用:Wikipedia

 アメリカではこのダストボウルという大災害をきっかけに、土壌保護局(SCS)を設置し、土壌管理の見直しが本格的に始まり、今では多くの事実が明らかになってきました。

対処療法的問題解決と問題の本質

 農業の近代化はトラクターにより耕起を容易にしたばかりでなく、化学肥料や農薬が工業的に生産され、安く供給できるようになったことで、土壌に有機物を投入して地力を上げるということよりも、養分不足、病気、害虫被害といった目の前の問題に対処する対処療法的な対策が主流となってきました。養分が足りなければ化学肥料を施用し、病気や害虫が発生すれば農薬を散布し、土が固くなれば耕起し、雨を十分に貯められない土壌であれば灌漑すればよいという問題解決が図られるようになってきたのです。

 しかし、このような問題解決方法だけで本当に長続きする農業を実現できるのでしょうか。また、気象などの環境変化に強い農業を実現できるのでしょうか。もしかしたら個々の問題がもっと深いところにある問題の兆候として表面に現れたととらえた方が良いかもしれません。

土壌有機物の重要性

 一般的に農家は目の前の個々の状況に対処することで精一杯で、すぐに効果が現れない土壌の状態に目を向けることが少なくなりがちでした。しかし現在では、自然界が本来持っている力を最大限活用して作物を栽培するという考え方が受け入れられています。この方法は、土壌が不健全な状態になった後に対応したりするのではなく、あらかじめ健全な土壌を作っておくことで多くの問題を防ぐことができるというものです。私たちが対処療法的な方法で問題解決を図るだけでなく、自然の力を借りてともに働こうとするならば、土壌中の有機物を良好なレベルに維持することは、物理的条件やpH、養分レベルの管理と同じくらい重要なことなのです。

 また、土壌中の有機物の増加は、温室効果ガス削減の動きの中で、炭素貯留としても注目されています。作土中の有機物が1%減ることで圃場の上空の大気と同じ量の二酸化炭素(約400ppm)を放出することになることから、土壌による有機物の増加が地球温暖化の削減にとても重要であることを示唆しています。

耕起と土壌有機物の損失

 耕起作業は、表土浸食の量と有機物の分解速度の両方に影響しています。従来のプラウ耕とディスク耕は、土壌を粉砕して細かな播種床を作り、有機物の分解を促進することで有機物に含まれている養分の放出を早めるとともに、雑草の抑制に役立つなど、短期的には多くの利点があります。

 しかし、耕起によって土壌中の団粒が破壊されることにより、土壌は風や水による浸食を受けやすい物理的状態に置かれることになります。耕起作業によって土壌が撹乱されればされるほど、土壌生物による有機物の分解が進む可能性が高くなります。これは、耕起によって団粒が破壊されると、団粒に含まれる有機物が土壌生物に利用されやすくなるためです。耕起と有機物の関係は、例えるなら、薪ストーブの吸気口を開けて酸素をたくさん送り込み、一気に火を強くするようなものです。土壌中の有機物が急速に失われる(大気中に二酸化炭素が放出される)のは、初期に微生物が利用できる分解されやすい活性有機物が存在することと、有機物を分解する土壌微生物が大量の酸素に触れることで活動が活発になるためです。

耕起の影響を減らす保全耕起

 現在、耕起の強度を低減した保全(削減)耕起が注目されており、この耕起方法を使うことで、連作作物を栽培しても、土壌有機物にそれほど有害な影響を与えることはなくなっています。保全耕起は、従来のプラウ耕やディスク耕のように、土壌全面を耕起するのではなく、より多くの植物残渣を土壌表面に残し、土壌の撹乱を少なくする方法です。このため、団粒の様な土壌構造を壊すことなく、大雨による土壌浸食の防止や乾燥と強風による風食の防止に役立ち、また一度に土壌中の活性有機物を分解することもないため土壌生物の多様性を維持することができるとしています。

養分の収支バランス

 自然界では、土壌中の養分は植物によって吸収され、その植物が枯れればその養分はほぼ全量が土壌に戻っていくという繰り返しが続いています。しかし農業生産している畑では、育った作物の一部(穀物、果実等)またはほぼ全量(飼料作物、葉菜類等)を収穫し、畑から持出すことになります。程度の差こそあれ、畑に残る養分は減少することになります。このため、減少した養分や有機物を何らかの形で補わないと収支のバランスが取れないことになります。一般的に養分の減少分は化学肥料などで補うのですが、化学肥料では土壌生物の餌とならないことから、土壌生物の多様性や、有機物含量を維持するためには有機物で補填することが求められます。

カバークロップの効用

 カバークロップは通常、収穫される目的ではなく、土壌を覆うために植えられる植物ですが、複数の目的を持って栽培されます。1つの重要な目的は、作物を栽培していない時期に、土壌表面がむき出しにならないよう、カバークロップによって土壌を保護し土壌浸食を防止することです。地上部の葉によって雨滴の衝撃を弱めることで養分の流出や土壌浸食を最小限に抑え、地下部の根によって土壌を保持します。カバークロップの他の効果としては、休耕中に土壌に残存している硝酸塩を吸収して地下水への浸出を防ぎ、またマメ科のカバークロップは空中窒素の固定により土壌窒素の量を増やし、根が深くまで延びることで土壌圧縮を解消し、有益な生物の生息地を提供し、次の作物のために菌根菌の存在を促進させます。

 カバークロップは通常、成熟する前に(これが緑肥という言葉の由来です)土壌表面で枯れさせるか、土壌に混和されます。そのため、一年生のカバークロップの残渣は土壌生物の餌として利用され、土壌の生物多様性を維持することになります。

土づくりと病害虫

 有機物の保持や土壌浸食防止のため、作物残渣を土壌表面に保持することを推進していますが、作物残渣には病害菌が潜んでいる可能性があることや、後作の植え付けの邪魔になるため、焼却などの処分が有効と考える人がいます。なぜ、作物残渣を一方で保持が良いとし、他方で処分が良いとする相反する意見があるのでしょうか。その大きな違いは、土壌と作物の管理に対する全体的なアプローチの違いにあります。適切な輪作、保全耕起、カバークロップ、その他の有機物添加などを含むシステムでは、土壌生物の多様性が高まり、有益な生物が促進され、作物ストレスが軽減されるため、病害圧力は減少します。一方、伝統的なシステムでは、病原菌に対する感受性の強さが異なり、病原菌が優勢になる可能性が高いため、対処療法的なアプローチが必要となります。土壌と植物の健全性を高める長期的な戦略により、短期的な治療法を用いる必要性は低くなることが期待されます。

何を変えればよいか

 有機物を重視した栽培をするということは、化学肥料を否定するということではありません。土壌中の有機物や生物相を考慮せずに化学肥料だけに頼っていることが、土壌の健全性を悪化させる主な原因であることは事実です。しかし、必要なところに十分な養分を供給しないことは、事態をより悪化させることになります。そこで重視されるべきは、バイオマス循環を促進し、健全な土壌構造を作り上げることで健康な農作物を育て、収量を維持または上げることです。そうでなければ、土壌の健康状態はさらに悪化し、収穫量の減少によって食糧不足が発生するか、アマゾン熱帯雨林のような未開地域へのさらなる耕作面積拡大を迫られることになるでしょう。このようなことになる前に手を打つ必要があります。

 持続可能な土づくりと健康な作物生産に関心のある農業者・農業指導員・農業研究者にはこの本をぜひ読んでいただきたいと思っています。アメリカと日本、また日本の中でも農業のやり方は千差万別ですが、これまでの栽培方法をすぐには変えられなくても、持続可能な農業を意識した土づくりの面で何らかのヒントが得られるのではないかと期待しています。

 また、農水省の「みどりの食料システム戦略」では化学肥料や化学農薬の低減、有機農業の拡大も目標設定されており、これらを考える上でもこの本が役立つことと思っております。そのうち、この本を日本語翻訳版として紹介したいと思っています。

 この内容については、2月のGAPシンポジウムの2日目に講演を予定していますので、興味のある方はぜひご参加ください。

今回紹介した本(英文)はSAREのサイト(以下のURL)から閲覧・ダウンロードできます。
https://www.sare.org/resources/building-soils-for-better-crops/

2023/1


《寄稿》 円環を為す人生
「GLOBALG.A.P.ツアーストップ日本2022」に参加して

山野 豊 弘前大学GAP相談所 所長

 若い読者の方にはなかなかご理解頂けないと思うが、年功を重ねた読者の皆様、如何であろうか、さまざまなシーンでご自分の人生が「カチリ」と音を立てて「円環を為した!」と実感される事はないだろうか?出来事であれ、場所であれ、五感の記憶であれ、戻って来た、繋がった、と感じられたご経験をお持ちの方は決して少なくないはずだ。

 山野(筆者)の場合、「円環を為した」との感覚を得る事、年を経るごとに増加している。一番巨大なものは、スイス、ニューヨーク、弘前を結ぶ円環であろう、パキスタン、大阪、弘前を結ぶ円環というのもある。

「GLOBALG.A.P. Tour Stop in Fujisaki, Aomori Japan 2022」
メイン会場で歓迎の挨拶をする藤崎町 町長 平田 博幸氏

 やや、前置きが長くなった。

 GLOBALG.A.P.のツアーストップとは、GLOBLG.A.P.の普及啓蒙の為に毎年世界数か所で開催されるセッション(会議)の事だ。(ツアーストップ2022日本開催(青森県藤崎町) https://www.ggap.jp/?p=1638

 今年は青森県南津軽郡藤崎町始め関係各位のご助力を得、藤崎町招致に成功、12月9日同町ホールにて開催された。午前中は農水省による農業政策に関するセミナー、次いで世界、流通、生産者、各視点からの報告を核とするセミナーを開催、午後からはGLOBALG.A.P.のヴァージョンアップに関するセミナー、次いで生産から流通、教育から行政迄幅広いセクターの代表者による事例報告とパネルディスカッションを行った。

GLOBALGAP事務局FoodPLUS Managing Director クリスチャン・モェラー氏
テュフズードジャパン株式会社 GLOBALGAPスキームマネージャー 塩田恵子氏

 山野はパネルディスカッションの進行役として登壇。

 準備の為に前日ホールを下見していた時、突如20年程前の記憶が蘇り、頭の中で「カチリ!」となった。

 冒頭、長々と私見にお付き合いして頂いたのは、この経験による。そう、今や二昔程前になってしまったが、弘前市の農業生産法人片山りんごのEUREPG.A.P.認証日本初取得に向けて同認証のCPCC(管理点と適合規準)を翻訳し、同規格を自家薬籠中のものとすることに山野は成功、その後その知識、経験を全国各地で紹介する事になったのだが、その嚆矢(こうし)となったのが、正にここ、藤崎町のこのホール。青森県の農業団体主催のセミナーで講演したのが始まりであった。大袈裟に言えば、青森県は、藤崎町は、GLOBALG.A.P.の聖地なのである。

 山野の胸にはこの20年の月日が去来した。

 「農家の、農家による、農家の為のGAP」を旗印に日本版GAPの創設に協力し、GLOBALG.A.P.との相互認証を目指した日々・・・

 日本版GAP認証制度の創設迄は良かったものの、GAP認証制度をビジネスチャンスとして捉え、私利私欲のために我田引水しようとする輩との闘争に明け暮れた日々・・・

 農業高校にGAP認証を取ってもらうというユニークな方法を編み出し、高校生諸君と共に歩み、2016年に青森県立五所川原農林高校がGLOBALG.A.P.の年間表彰という金字塔を打ち立てるに至るまでの日々・・・

 そして相も変わらずGAP認証制度の本質を理解せず、差別化の道具として利用し、GAP認証制度を蚕食しようとする者との闘争を続けている今日・・・

 永劫回帰と言う言葉を持ち出すまでも無く。

 ハッキリ言えばこの20年間、日本に於けるGAP認証制度が正しく理解され、日本の農業に定着したとは凡そ言えない。「山野よ、一体20年間何をやって来たのかね?」という自問に自答せねばならぬ苦しさ、苦さと言ったら筆舌に尽くしがたい。

 しかしながら、山野は諦めないし、前進を止める事はない。我々はきれいな水が豊富で衛生的な環境を保ちやすく、きちんとルールを守り、仕事に対する意識が高い人々が多い国の国民である。「日本人が、日本で、日本人の為に」農作物を作っている限りはGAP認証制度は不要であるとの山野の信念は変わらない。要するに昭和の農業である。

 但し、グローバリズムの波はそれを許さない。

 青森の農園では複数の国からの出稼ぎ農民が働く。青森のリンゴは日本の農産物輸出の優等生である。海外に進出し、日本流の栽培を試みる人も出て来た。今日か、明日か、はたまた五年後、10年後か、判然とはしないが「その日」はいつか来る。

 GAP認証は非マイナス認証であり、取得したからと言ってメリットなど無い(無論副次的なメリットはあるが本質的なものでは無い)。メリットが有るのなら、それはGAP認証ではないし、「メリットが有りますよ」と勧誘する輩が居たのなら、そのように主張する者はニセモノである。「粛々と準備し、その日に備えよ」、との考えは今も変わらない。細く曲がりくねる長い道を歩くことになるであろうこと、山野は20年前に覚悟済である。20年を経て意思はともかくも、歩みはのろく、歩幅は小さくなった事は否めない。

 でも心配していない。次世代の芽は確実に育っている。後は落ち葉となって、後進に豊かな土壌の素を与えれば良いのである。これを大団円と言う。その日を迎えるべく、山野は皆さんと共に再び前進する積りでいる。

パネルディスカッションで司会進行をする筆者(山野)と、パネラー(株式会社シャンティ― 宇野訓氏、カルビー株式会社 長濱由尚氏、イオン東北株式会社 鈴木伸幸氏、青森県教育庁 越谷晋樹氏、並びに、青森県立五所川原農林高等学校、青森県立柏木農業高等学校、新潟県立村上桜ケ丘高等学校の皆様)

2023/1


米国における持続可能な土づくりの本(その3)
化学肥料と有機栄養源施用の違い

山田正美 一般社団法人日本生産者GAP協会 専務理事

今号では、米国農務省(USDA)の国立食品農業研究所(NIFA)が出資した持続的農業研究教育(SARE)プログラムが発行した『BUILDING SOILS for BETTER CROPS(より良い作物のための土づくり)』から、化学肥料と有機栄養源施用の違いについて紹介します。

有機物の施用は土壌の健全性に効果

 土壌の肥沃度や地力を保つには、一般に有機物を投入することが推奨されています。有機物は土壌生物によって分解されるときに窒素やリン、カリウム、微量要素などを、根を通して植物体に供給することができる形になります。養分供給の面だけから見れば、化学肥料で供給しても大きな違いはないように見えます。実際、化学肥料だけで十分生育している水耕栽培や植物工場があることも事実です。しかし、圃場に施用された有機物は単に作物に養分を供給するだけではなく、土壌中に生息する生物の多様性を推進し、様々な土壌生物が有機物を分解すると同時に土壌団粒の形成に関与し、植物の根張りを良くしたり、土壌浸食を防止したりするのにも役立っています。

圃場からの養分持ち出しと養分の追加

 人間の手が入っていない自然の草原や森は、毎年春になると草が生え、また新芽が伸びて夏に向かって生長を始めますが、秋になると草は枯れ、木の葉は落葉となって土壌の養分として還元するということが繰り返されています。草で例えると、草の生長に必要な窒素、リン、カリウムなどを春になると土壌から吸収し生長しますが、秋になると吸収したのとほぼ同じ量の窒素、リン、カリウムなどの養分が土に返ることになり、養分の循環が成り立っています。しかし畑で作物を栽培している場合はそうはいきません。畑では何らかの作物を栽培し、その一部は農産物として畑の外に持ち出されます。例えば、レタスを栽培すれば地上部のほとんどが収穫によって畑から持出されることになり、そのレタスに含まれる窒素、リン、カリウムなどの養分は、人間によって食べられた後、排せつ物として下水に流れ去ってしまい、畑に戻りません。そのため畑では持出された養分を補充する必要があり、堆肥や家畜糞尿などの有機物、有機肥料、化学肥料として補充することになります。

窒素固定菌による窒素成分の供給

 窒素、リン酸、カリといった肥料3要素のうち、窒素成分のみが土壌微生物により生産されることが知られています。窒素固定と呼ばれるものです。ある種の自由生活性細菌は、大気中の窒素ガスを取り込んで、植物がアミノ酸やタンパク質を作るのに利用できる形に変換することができるのです。アゾスピラムとアゾトバクターは、窒素固定を行う自由生活性細菌の2つのグループで、このうちアゾスピラムは窒素を供給するだけでなく、根の表面に付着し、植物がさまざまなストレスに耐えられるようにさまざまな物質を生産して植物の生長を促進します。この種の細菌は土壌にわずかな量の窒素を供給するだけですが、栄養循環が効率的に行われる自然システムにおいては、この窒素固定が非常に重要となっています。現在、一部の革新的な企業は、土壌添加物や種子コーティングによって、自由生活性細菌による窒素固定を強化しようとしています。

 もうひとつの窒素固定細菌は、植物と相互に有益な関係を築いています。その一つが、マメ科植物の根にできる根粒の中に生息する窒素固定細菌で、農業にとっては非常に重要な共生関係です。私たちは、エンドウ豆、小豆、黒豆、レンズ豆、豆腐や枝豆としての大豆など、いくつかの豆類やその製品を食べています。大豆、アルファルファ、クローバーは家畜の飼料として利用されています。共生菌はマメ科植物が利用できる形で窒素を供給し、マメ科植物は菌にエネルギーとなる糖を供給します。マメ科植物のクローバーやヘアリーベッチはカバークロップとして栽培され、植物体内に蓄えられた有機物や窒素は、次の作物のための養分として土壌を豊かにしています。窒素固定量が多いアルファルファの圃場では、根粒菌が毎年1エーカーあたり何百ポンド[数十kg/10a]もの窒素を固定することができます。このようにして、窒素は自然界から調達することが可能となっているのです。

化学窒素の生産費に占める割合と環境への影響

 広大な土地で栽培される農作物の多くは、1エーカーあたり400~1,000ドル[14,000~34,000円/10a]程度の価値があり、使用される肥料は地代以外の栽培コストのうち25%を占めることもあります。つまり、トウモロコシ農家が不要な窒素を100ポンド(約40ドル[5,600円])使用した場合、それは総収入の5%以上に相当する可能性があります。数年前、本書の著者のひとりが、バーモント州北部で酪農を営む2人の兄弟と一緒に仕事をした時のことですが、この農場では、窒素、リン酸、カリの土壌検査レベルが高かったのです。その結果から、彼には無肥料を勧めていましたが、通常の慣行に従い化学肥料を施用してしまいました。 1 エーカーあたり 70 ドル [2,400円/10a](1980 年代の価格) 相当の 窒素、リン酸、カリ肥料が、200 エーカー[81ha]のトウモロコシに適用されました。しかし、彼らが各畑に残した幅 40フィート[12m]の無肥料区画の収量は、肥料が施用された場所と同じ収量だったという結果になり、 肥料はほとんど無駄になってしまったということです。

 1エーカーあたり数千ドル[数十万円/10a]の価値がある果物や野菜を栽培する場合、肥料は作物の価格の約1%、コストの2%を占めます。しかし、1エーカーあたり1万ドル[34万6千円/10a]以上の価値のある特殊な作物(薬草、直販用の特定の有機野菜)を栽培する場合、肥料代は手作業など他のコストに比べればはるかに小さくなります。このような作物で不要な養分を1エーカーあたり70ドル[2,400円/10a]浪費しても、養分のバランスを適度に保つと仮定すれば、経済的な損失は最小限にとどまるかもしれませんが、肥料を過剰に施用することに対する環境および作物の品質上の理由から、反対かもしれません。一般に、相対的な養分費用は低価格作物で最も高くなりますが、これらは非常に広大な農地で栽培され、累積的に環境への影響が最も大きくなるものでもあります。

有機物多投によるリンの蓄積

 有機物の栄養源には、さまざまな良さがあります。「植物に与える」だけの市販の肥料に比べ、有機物は「土に与える」ものでもあり、土壌生物に養分だけでなくエネルギー源も与えて生物活性を高めます。有機物の添加により、生物は団粒や腐植を形成します。有機物源は、より緩やかに土壌を肥沃化させ、植物の生育に必要な窒素をより多く供給することができます。家畜糞尿や作物残渣のような供給源は、微量要素を含め、必要なすべての養分を通常含んでいますが、特定の土壌や作物にとって適切な割合で含まれているとは限りません。例えば、鶏糞は窒素とリン酸が同程度含まれていますが、植物は窒素をリン酸の3~5倍も取り込みます。植物の窒素要求量に基づいて鶏糞を投入すると、土壌に不要なリン酸が大量に蓄積され、流出による汚染の可能性が高くなります。さらに堆肥化の過程では多くの窒素が失われるため、堆肥は窒素よりもリンに富むようになります。したがって、リンが十分にある土壌に大量の堆肥を施せば、作物に必要な窒素は供給できるが、土壌に必要のないリンが蓄積され、汚染の可能性が高くなるのです。

有機物施用の留意点

 有機物の欠点の一つは、植物が利用できる養分の量が一定せず、放出される時期が不明確なことです。栄養源としての家畜糞尿の価値は、家畜の種類、食性、糞尿の処理と施用に依存します。カバークロップに対する窒素の寄与は、作物の種類、春の生育量、天候に左右されます。さらに、糞尿は一般的にかさばり、水分の割合が高い場合があるため、単位養分あたりの施用にかなりの労力が必要となります。養分が放出されるタイミングは、使用する有機物の種類と土壌生物の活動の両方に依存するため、不確実となります。有機物の活動は温度や降雨によって変化します。さらに、特定の家畜糞尿の相対的な養分濃度は、土壌の必要量と一致しないことがあります。例えば、すでに土壌が高いリン濃度の場合、家畜糞尿には窒素とリンの両方が多く含まれていることがあり、リン過剰にならないように留意する必要があります。

有機養分と無機養分の環境への損失

 環境への養分損失については、有機栄養源の使用では常に影響が小さいと一般的に考えられています。これは、優れた管理手法が守られている場合にのみ当てはまります。スウェーデンで行われた研究では、慣行農法と有機農法の作物生産を比較し、硝酸塩の溶脱損失が同程度であることが判明しています。例えば、温帯気候では、アルファルファの草地(窒素固定により多量の窒素を蓄えている)や大量の家畜糞尿散布によって大量の無機態窒素が放出され、後続のトウモロコシ作物のすべての必要量を容易に満たすことができます。しかし、アルファルファが早すぎる時期に耕起された場合(例えば、秋口)、有機態窒素の多くは、その後の土壌がまだ暖かい時期に無機化され、冬から春にかけて溶出または脱窒によって失われる可能性があります。この場合、化学窒素肥料を早くから施用した場合と同程度の窒素が失われる可能性があります。また、有機栄養源は、地表に残っていると養分の流出の原因になったり、植物の吸収時期とずれて施用されると溶出したりするという問題が生じることがあります。有機栄養源の使用は土壌の健全性にとって市販の化学肥料よりも大きな利点がありますが、どちらの場合も、適切な農作業管理と環境への影響を十分に考慮することによって、環境への影響に対処するのが最善となります。

養分過剰への対処

 無機物でも有機物でも、養分が過剰になった土壌は、大きな汚染源になりかねません。市販の化学肥料でも有機物でも、賢く使うためのポイントは、土壌検査に基づいた推奨事項に従うこと、作物が利用できる以上の養分を施さないこと、環境への損失を最小限に抑える方法とタイミングで施用することです。土壌の養分状態が最適になったら、農場の養分の流入と流出のバランスをとるようにします。養分レベル、特にリンが高いか非常に高い範囲にある場合は、施肥を中止し、土壌検査レベルを維持するか「削減」するようにします。土壌検査のリンの値を大幅に下げるには、通常、リンを添加しない作付けを何年も行う必要があります。放牧されている家畜の場合、圃場や農場から畜産物に含まれる養分がほとんど排出されないため、非常に長い時間がかかることがあります。一方、干し草を収穫して販売する場合は、農地から養分が持ち出されるので、土壌中のリン濃度が急速に低下する可能性があります。

2023/1


家族農業のためのGAP(適正農業管理)
国際連合食糧農業機関(FAO)のGAPガイドライン紹介(6)
12. 農産物を販売する際にどのようなことを考慮すべきか?
13. より良い農産物の管理のために必要な記録とは何か?
14. 農産物がGAP管理されていたことをバイヤーはどのようにして知るのか?

12. 農産物を販売する際にどのようなことを考慮すべきか?

13. より良い農産物の管理のために必要な記録とは何か?

14. 農産物がGAP管理されていたことをバイヤーはどのようにして知るのか?

2023/1


≪参加者募集≫ 2022年度GAPシンポジウム
テーマ:『みどりの食料システム戦略』 と 『適正農業管理(GAP)』


開催趣旨


 EUの「Farm to Fork戦略」、アメリカの「農業イノベーションアジェンダ」に続き、日本でも「みどりの食料システム戦略」が策定され、その実現のために「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律」が公布されました。これから予想される農業・食料システム戦略の変革(トランスフォーメーション)に向けて、持続可能な(サステナブル)農業・倫理的な(エシカル)消費と、それに応える農業技術と農場管理(GAP)について、専門家の知見や現場の取組みを学びます。


開催概要

日時
2023年2月9日(木) 受付12:00~開始13:00~17:00
    10日(金) 受付9:15~開始9:45~17:00
会場
【ハイブリッド開催】
つくば研究支援センター(茨城県つくば市)つくば研修支援センター+オンライン(zoomミーティングルーム) 
※開催後に参加者限定で各講演のビデオをストリーミング配信
参加費
(個人)主催・共催の会員:\7,500、一般:\11,250、大学生: \1,500、高校生:無料
(団体:農学系大学・専修学校・農業高校の授業として聴講):\11,250
主催
一般社団法人日本生産者GAP協会
共催
農業情報学会
一般社団法人GAP普及推進機構
特定非営利活動法人経済人コー円卓会議日本委員会
一般社団法人沖縄トランスフォーメーション(沖縄DX)
特別協賛
株式会社つくば分析センター
事務局
一般社団法人日本生産者GAP協会 教育・広報委員会、株式会社AGIC大会事務局
参加申込
https://www.fagap.or.jp/seminarsymposium/symp2022/

プログラム

※講演内容、時間は進行上の都合により変更になる場合もございます。あらかじめご了承願います。(敬称略)  12月28日更新

2月9日(木)

12:00~13:00受付
13:00~13:15開会・オリエンテーション
13:15~14:00講演
みどりの食料システム戦略をEUのFarm to Fork戦略に学ぶ
田上隆一
一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長
14:05~14:50講演
エシカル消費に応える持続可能な農業
山口真奈美
一般社団法人日本サステナブル・ラベル協会 代表理事
14:55~15:40講演
持続可能な農業の次のステップに向けたGLOBALGAPver6対応
田上隆多
株式会社AGIC 事業部長
16:00~16:45質疑応答・総合討議
田上隆一、山口真奈美、田上隆多
16:45~17:001日目クロージング

2月10日(金)

9:15~ 9:45 受付(入室)
9:45~10:002日目オリエンテーション
10:00~10:45講演
日本農業のトランスフォーメーションを考える SDGsとGAP
中島洋
一般社団法人沖縄トランスフォーメーション 代表理事
一般社団法人日本生産者GAP協会 理事
10:50~11:35講演
米国農業のパラダイムシフト「健全な土壌のための生態学的管理」
山田正美
一般社団法人日本生産者GAP協会 専務理事
11:40~12:00質疑応答
12:00~13:00昼休憩
13:00~13:45講演
「窒素循環の再生で持続可能な農業生産へ」
小川吉雄 元茨城県農業総合センター主席専門技術員
13:50~14:35講演
「本物の野菜作り」から学ぶ総合的作物管理(ICM)の実践(仮題)」
髙橋広樹
株式会社みずほアグリサポート
14:40~15:25講演
GLOBALGAP認証を通した持続可能な農業に向けた教育体制の構築
~GLOBALGAPの日常的な実践を目指す~
鳴川勝
和歌山県農林大学校
15:25~15:40休憩
15:40~16:45質疑応答・総合討議
16:45~17:00クロージング・閉会

2023/1


2022年度GAPシンポジウムの演題と講演要旨
『みどりの食料システム戦略』 と 『適正農業管理(GAP)』を考える

 食料産業である農業は、需給経済もさることながら自然環境条件に圧倒的な影響を受ける不安定な産業です。幸い化学肥料や化学合成農薬などの登場によって栽培管理が容易となり、一定の生産は見込めるようになりましたが、農業システム全体としてはバランスを大きく損ねる状態となりました。人間の命の基盤である土、水、大気が変調をきたしたことです。窒素とリンは、地球全体の環境システムを維持できなくなる不可逆点を超えたと言われています(プラネタリー・バウンダリー)。また、地球温暖化の原因と言われる温室効果ガスの約4分の1は、農林業・土地利用部門から排出されたものと言われています。

 環境汚染問題を取り上げた「沈黙の春」や「複合汚染」等による警鐘もあり、地球環境の問題として農業由来の汚染を削減する対策「Code of Good Agricultural Practice;適正農業規範」が提唱され実施されてきました。その意味でGAPは、総合的な環境問題への世界的な取組みであるSDGs に先駆けた環境対策です。しかし、世界の認識では、今や農業分野だけで解決できる問題ではない超複合汚染となっています。

  そのためEUでは、2050 年までに欧州を気候変動に左右されない最初の大陸にする「欧州グリーン・ディール」政策を打ち出し、その中核になる戦略として環境、健康、社会的利益を目標にした「Farm to Fork (農場から食卓)戦略」による持続可能な成長戦略を策定しました。Farm to Fork戦略は、食の持続可能性を評価する新しい包括的なアプローチで、ライフスタイル、健康、環境を改善する機会を作り出すフードシステム全体の戦略です。2030年までに生産現場で達成すべき目標として、農薬50%削減、化学肥料20%削減、農地の25%を有機農業に転換することを掲げて、わが国の「みどりの食料システム戦略」のモデルとなっています。

  EUでは、すでにGAP(コンプライアンス農業)は農家のマナーになっています。2020年からの新たな政策は、生産現場のマナー(GAP)をレベルアップする取組になるはずです。そして、欧州の市民はエシカル(倫理的)消費でFarm to Fork戦略を支えることが望まれています。「GAP認証ラベルで消費者にアピールする」というアジア式GAP推進ではなく、農業システムの理念を理解し実行して持続可能性を実現する。また、消費者はエシカル消費でライフスタイルを変えてSDGsを達成する。欧州ばかりではなく米国においても基本的に同じような目標で、これまでの政策の大転換を計画しています。食料産業全体を包含した持続可能性への取り組みの中で、生産段階においては土、水、大気の健全性を取り戻すことが期待されている、ということを理解して、その上で生産現場のグッドプラクティスを考えていきたいと思います。

講演
①みどりの食料システム戦略をEUのFarm to Fork戦略に学ぶ

田上隆一
一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

 農林水産省の「みどりの食料システム戦略」が、EU共通農業政策の「Farm to Fork戦略」を参考にしているということなので、EU委員会からEU議会、EU理事会等に提出された「公正で健康的かつ環境に優しい食品システムのためのFarm to Fork戦略」の原本を読んでみました。戦略の基本や達成の目標がほぼ同じであれば、そこから「みどりの食料システム戦略」の本質が理解できるかもしれません。

講演
②エシカル消費に応える持続可能な農業

山口真奈美
一般社団法人日本サステナブル・ラベル協会 代表理事

 GAPは持続可能(サステナブル)で倫理的(エシカル)な方法で農業を営むことです。今、世界の消費行動基準は、原料の生産や調達から消費に至る全ての過程においてサステナブル・エシカルであることが求められています。エシカル消費の意義や情勢をひも解くことで、サステナブル・エシカル生産である持続可能な農業(GAP)の重要性・必要性について理解を深めます。

講演
③持続可能な農業の次のステップに向けたGLOBALGAPver6対応

田上隆多
株式会社AGIC 事業部長

 農産物取引シーンでグローバルに展開する総合農場保証(IFA)制度「GLOBALGAP」は、EU共通農業政策の「Farm to Fork戦略」など、持続可能な農業・食料戦略の大転換の方向を反映し、2015年のメジャー改定以来、7年ぶりにバージョン改定が行われました。気候変動、エネルギー、炭素貯留に関する追加や、土壌健全性のための土壌管理計画の強化など、農場における実践レベルでの変更点と今後の取組みのポイントなどについて学びます。

講演
④日本農業のトランスフォーメーションを考える SDGsとGAP

中島洋
一般社団法人沖縄トランスフォーメーション 代表理事
一般社団法人日本生産者GAP協会 理事

 GAP規範の中の農薬や化学肥料の使用を減らす目標はSDGsの「気候変動への対策」や「生物多様性の維持」に相応します。GAPは実は、農業の「エシカル生産」実践の指針なのです。SDGsを物差しに現状の農業を見直し、消費者が意識する「エシカル消費」につなげることで、農業のトランスフォーメーションに踏み出せる可能性があります。

講演
⑤米国農業のパラダイムシフト「健全な土壌のための生態学的管理」

山田正美
一般社団法人日本生産者GAP協会 専務理事

 米国では、農業の環境フットプリントを半減させるという目標を掲げ「農業イノベーションアジェンダ」を発表しています。米国農務省の持続的農業研究教育プログラムでは、地球温暖化防止の視点も取り入れた「より良い作物のための土づくり」という体系的な指導書を発行しました。農業の問題は、これまでの対処療法よりも有機物の蓄積と維持に重点を置いた適切な土壌管理によって、すべて解決されるか少なくとも軽減することができる、という基本的考え方で貫かれています。

講演
⑥窒素循環の再生で持続可能な農業生産へ

小川吉雄
元茨城県農業総合センター主席専門技術員

 環境と調和を図りながら農業生産を持続的に維持発展させるには、土壌を環境資源として位置づけ、有機物を利用した土づくりと、土壌診断、栄養診断に基づいた適正な施肥管理、地域を中心として輪作体系の確立を一つのシステムとして構築することが必要です。農地からの硝酸態窒素の流出機構の解析から、持続可能な農業生産技術に向けた窒素循環の再生を目指した土壌・施肥管理技術について学びます。

講演
⑦「本物の野菜作り」から学ぶ総合的作物管理(ICM)の実践(仮題)

髙橋広樹
株式会社みずほアグリサポート

 「土作り」と「施肥」、「防除」と「IPM」のようにそれぞれを別の技術体系として捉えるのではなく、作物生体を、土壌管理、作物養分管理、病害虫管理が互いに関連した技術体系として管理することが、結果として環境的にも経済的にも社会的に持続可能な農業生産に繋がります。農業現場での「本物の野菜作り」指導の事例を通して、持続可能な農業の技術的中核をなす総合的作物管理(ICM)について学びます。

講演
⑧農林大学校がGLBOALGAP/MPS認証を通して取り組んだ持続可能な農業に向けた教育体制の構築

鳴川勝
和歌山県農林大学校

 次代の農業者や農業関連産業従事者を育成する農林大学校の農場運営は、持続可能で適正な実践でなければなりません。和歌山県農林大学校では3カ年をかけて全校(全コース)でGLOBALGAP認証(果樹、野菜)・MPS認証(花卉)に取り組みました。学生の自主的な気付きと成長と同時に、教育を提供する教員側の認識と体制の改革に取り組んだ経緯から、これからの農業教育のヒントについて学びます。

2023/1

セミナー受講者の修了レポート(感想や考察)の紹介

株式会社AGIC 事業部

 農業者のGAPを支援するためには、「GAP規範の理解」と「農場評価の判断力」が必要です。農場評価では、第一に環境・人・食品に関する充分な「リスク認識」を持って農場における問題点を把握することが重要です。①何処が問題なのか、②なぜ問題なのか、③「どうすれば良いのか」を指導(示唆)する「GH農場評価員」を育成する一連のセミナーを開催しています。GAP実践セミナー、農場実地トレーニング、農業者のためのHACCPセミナー、QMSセミナー、GH農場評価員技能講習、青果物集出荷施設(選果場等)衛生管理セミナー、農産物直売所衛生管理セミナー他。これらセミナー修了者の代表的なレポートを紹介します。

農場評価(聞取り)技量の不足を痛感

「GAP指導者養成研修」 都道府県普及員

 先日、特に知識も経験もないまま、初めてJAのGAP内部監査に評価員として参加したのですが、やっていたことがまさしく講義で説明のあった「やってはいけない農場評価」(質問がチェックリストの内容そのまま、yes/Noクエスチョンで質問、チェック項目の趣旨を理解していない、記録や文書の内容を十分に精査しない)だったことがわかり、もっと事前に勉強をしてから行くべきであったことを痛感しました。

 また、セミナー教材の農場評価ビデオでは、そのレベルの高さに驚くとともに、これからの経営者が身に着けるべき課題、私たち普及指導員が指導していかないといけない課題がたくさんあるということに気づきました。


「GAP=新たな取組み」ではなく、「GAP=本来やるべきこと」と気付いた

「GAP指導者養成研修」 JA営農指導員

 「GAP=新たな取組み」という固定概念にとらわれがちで、まだ馴染みがないというところであったが、今回の研修から、「GAPとは本来やるべきこと」というところで知識を深めることができた。食品面、労働面でのリスクを予測し、評価することで、その農場や取扱うJA等の評価も変わってくる。消費者からの信用、信頼を得て、より良い生産物を生産、供給できるよう、自分の日常業務で今回学んだことを活かしていきたいと思う。


GAP/GAP規範/GAP基準/GAP認証の違いが分かった

「GAP指導者養成研修」 JAグループ職員

 GAPとGAP規範、GAP基準とGAP認証について、受講前には区別がつかず同じものだと考えていたが、それぞれ全く違うということが理解できた。また、GAPとはGAP認証を取るために行うものだと考えていたが、その考えも正せたことが大きな収穫であった。GAPとはGAP認証を取得して付加価値を付けることだと認識している生産者も多いと感じるので、正確な情報を発信し、正しい認知を広めていきたいと考える。

 また、全てでは無くとも、取り入れられるところから少しずつ生産者にGAPを実践してもらうことで、農業経営を効率よく出来るものだと考えているので、積極的に広めていきたいと考える。 GH評価という制度も研修以前は知らなかったが、実践を交えて練習を行えたことが非常に勉強になった。


農業教員の意識改革を迅速に行わなければならない

「GAP実践セミナー」 都道府県教育機関教員

 2日間の講義・演習を通して、今まで持っていたGAPのイメージが大きく変わりました。以前までは「GAP=持続可能な農業の実践」というイメージだったのですが、それだけでなく農業管理(農場マネージメント)の領域も含んでいることを知りました。GAPは栽培系の農業者だけに関係するものだろうと考えていたところもあり、この考えも間違っていたことに気づかされました。農業実践者として知っておく内容だけでなく、経営者として知るべき内容であったことが最も印象に残っています。

 私を含む、農業教員としてこれからの農業者を育てる立場においては、今回の研修会は非常に重要で、すべての教員が意識改革をしていかなくてはならないし、それをなるべく迅速に行わなければならないとも感じました。持続可能で未来ある日本の農業を子供たちに伝えて行きたいと思います。

 GAP認証を取得することだけに目を向けがちですが、やはり明日から農場で実践できるGAPを、まずは目指していくことが大切であることを知りました。


GAPは長期的な生産性の向上に結び付く

「GAP実践セミナー」 都道府県普及員

 私は、2年目の果樹普及員であり、これまでの普及指導を行ってきた中ではGAPについて触れる機会や勉強する機会がありませんでした。今回、私の担当ではありませんが、管内の茶農家の組織で海外輸出に向けたASIA GAP取得を行う取り組みを見聞きし、GAPについて興味関心を持ち受講させて頂きました。

 このような動機もあり、受講する前まではGAPは農家や農業組織にとって販売を有利に進めるための認証制度で、6次化などのような付加価値なのだろうという認識でした。講義の中で、元々イギリスのスーパーで始まり、今はヨーロッパでGLOBALGAP認証取得は当然のことであると聞き驚き、GAPは環境や労働者、生産物の安全性を保障し、出荷先との信頼性を高めるものだと分かりました。

 また、地力や用水に配慮した施肥設計やIPMの考え方に基づく農薬散布だけに頼らない病害虫の防除、機械や農薬、燃料、出荷調製などのリスク管理は、生産者にとって長期的な生産性の向上に結び付く考え方だと感じました。


GAP指導のための研修がなかったので助かった

「GAP実践セミナー」 都道府県普及員

 今年の人事異動で、いきなりGAPの指導等をすることになったが、それに関する研修等がなかったのでこのような研修を開催していただき本当に為になりました。本やネットで情報収集をしてもいまいち理解が進まない事もあり、自分の解釈が合っているのかわからない不安がありましたが、今回の研修を受講して解釈が合っている所、いまいちだったところを再認識出来ました。

  「GAP=リスク管理」と思っていたのですが、今回の講義で環境保全にもつながることを改めて認識できたのは、現在の赴任地域においてもとても重要な事であり、今後の世界情勢にも必要な考え方と思いました。

 当たり前と思っていることを改めて明文化する大切さや、なあなあになっている部分をしっかりとルール決めしていくことで、リスク管理につながりそれが、環境や人に優しい農業につながることを、農家さんにもしっかりと理解してもらえるように指導していきたいと思いました。

  「GAP」に関して、「BAP」の考え方は初めて聞いたが、ダメなところの改善・指導していくにあたっては、Good←→Badの対比で明確化し説明していくのがわかりやすいのかなと感じました。また、最善・最良に改善するものと思っていた(Bad→Good)が、そうではなくできる限りの中で改善していく、Bad→No Badの考え方で良いとの話しは指導していくうえで非常に参考になりました。


HACCPシステムの手順は農場でのリスク管理に応用できる

「農業者のためのHACCPセミナー」 都道府県普及員

 生産現場でのハザード分析については、GAPにおけるリスク評価と似た考え方であり、これまでのGAP指導の経験を活かす場面も多いと思われる。また、PRPとCCPの違い、特に重要なバザードを絞り込み、そのためのCLを明確に設定する点等は、反対にGAPにおけるリスク管理に応用できる考え方であると思われる。実際に発生するハザードやリスクの中で、より重要なものに絞り込み、管理基準を明確にし、モニタリング方法も生産現場に即した迅速性のある方法を選定する点。机上の空論に止まらない、現場担当者が自らの経験により、システムを作成し定期的な検証を行うという考え方は、より実用性を重んじる米国の国民性を感じた。


株式会社Citrus 株式会社Citrusの農場経営実践(連載45回)
~経営体の自立とみかん収穫体験インターシップから次へ~

佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役

 会社を設立して11回目の収穫シーズンが間もなく終わろうとしている12月末。前号で収穫アルバイト確保の難しさを報告させて頂きました。収穫作業開始直前に近隣の若者(20代)の応募があり、地元から2名が来てくれました。10月19日、弊社の収穫開始イベントには役員も参加してのスタートとなりました(写真1)。


写真1

 11月に入り本格的なシーズンには加えて地域おこし協力隊員のご家族とその友人が福岡から駆け付けてくれ、総勢で8名、常時5人から6人が交代で収穫作業を進めている。

 今シーズンは11月の高温多雨で、果皮障害が発生して商品化率が悪く収穫作業が急がれている。しかし、ここにきて降雨による作業の遅れも生じるなど苦労の種は消えない。そんな中、収穫体験に来てくれる友人家族や、有田川町の農業体験インターンシップ事業により我が社のみかん園は賑わっている。長野県からは本誌の発行機関「日本生産者GAP協会」小池理事の家族3名が1日収穫応援に、また、有田川町主催のインターシップには関東や関西から7名が参加、1日半の収穫作業を手伝ってくれた。このインターシップ事業により有田川町に移住して農業をはじめよと考えているメンバーもいると、後に役場から聞いた。また、収穫体験のリピーターも現れ、社員らは参加メンバーどなたでも歓迎しますと著者に告げてくれたので受け入れてよかったとホッとした。著者の本音はインターシップ参加者の中から次年度の有田川町地域おこし協力隊に応募してくれることを期待している。ちょうど我が社で研修を受けている先輩の地域おこし協力隊員が令和5年度に農業で自立する予定であり、これに続いてくれればと願っている。


写真2 インターシップ参加者7名(右)の収穫手順を説明するCitrus西川主任(右)

写真3 みかん園で意見交換

 一方Citrus 農場経営において、反省点が多々あり、借地園の老木問題、肥培管理のミス等、今後に向けて課題解決に社員らが奮闘している。次年度の老木園農改植や品州更新のための改植など、また、病害虫管理の失敗から学んだ次年度の病害虫管理計画など社員らは次年度に向けて動き始めている。新規採用時点では数年弊社で農業経験を積んで自立したいといっていた社員も今では、弊社の長期経営改善計画に着手、参加したインターシップメンバーに農業への思いや栽培技術解説を行っていた。また、女子社員である西川主任は10月に結婚、継続して勤務、今後も弊社のリーダー社員として期待している。

 著者は3年前に体調を悪くし入院、現在は回復しているものの無理できなくなり、Citrusの運営を社員に任せている。今シーズンのアルバイト管理も100%社員が行っている。経営体としては自立の方向に進んでいる。

2023/1