-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

GAP普及ニュース 64号

《巻頭言》
国産農産物の評価を高めるには

佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP協会理事
農業生産法人(株)Citrus代表取締役

 ちょうど専業農家になって8年が経過した。どうして農業経営は安定しないのか、疑問点が見えてきた。実際に経営に入るとその厳しさが身にしみる。公務員時代の甘い考えを今は身に染みて反省している。農業経営における生産費としての人件費、資材費は高騰するばかりであり、一方、生産物の価格は相場に左右される。商品の品質にもよるが、余りにも価格が不安定であるように思う。それでも周辺農家は、自然災害、価格の暴落などに耐えながら、代々農業を続けている。本当に農家はバイタリティがあると思う。

 これまで周辺の大手企業が参入していた農業生産法人や、施設栽培に取り組んでいた企業が次々と和歌山から撤退していった。コロナ禍以前の話である。理由は2年前の大型台風の被害から立ち直れなかったためと公表しているが、弊社と深い関わりのある企業では、2010年頃、親企業から分社し「NKアグリ」と命名し、親会社の敷地内に大型の野菜工場を作り、レタス栽培を始めていた。私は分社前に現役の公務員だった和歌山県農業大学校に代表者から生産指導の依頼を受け、現場に出向いていた。分社後はしばらくレタスの栽培を継続していたが、ある時期からレタスとセット販売を目指し、地域の農産物を調達して流通業をスタートさせていた。なぜなら、農産物の生産のみでは企業としての採算が難しく、事業拡大するため流通業に軸をおくようになった。著者が就農した2012年にみかんとレタスのセット販売が続き、その後、全国規模の農産物流通へ乗り出していった。しかし、この春に会社を閉めることになったと「NKアグリ」の社長から挨拶文が届いた。

 また、和歌山県が誘致してカゴメがトマトの施設栽培を始めていたが、目標の計画規模に達しない中でやり繰りしていたようであるが、2018年の台風被害から立ち直れないと撤退してしまった。このカゴメの生産現場と著者が勤務していた農業大学校とが連携してIPM農業として天敵の活用の共同研究に関わっていた経緯があり、いずれの撤退も非常に残念に思った。

 さらに、著者と同時期に農業生産法人を設立した地元石油関連企業も、当初は著者の会社とも交流が有り、野菜や果樹など幅広く栽培を手がけていた。撤退してはいないであろうが、つい先日その事務所に行ったら人は見当たらなかった。管理していた圃場には人が入った気配がなかった。これらの背景をみると、企業感覚での農業は、成立しないのであろうと推測される。

 農業の企業的経営は非常に難しいということは、私も農業法人の経営を通じて実感している。農家はそれがわかっているから後継者を育てないのではないかと感じている。後継者がいなくて困っているのは一体誰なのであろうかと思いたくもなる。

 しかし、和歌山にはこのような寂しくなるようなことばかりではない。農家の救世主と言われる農業集団が誕生している。2019年6月の決算で年商10億円を超えたと設立者(秋竹新吾氏)自ら発行した著書「日本のおいしいみかんの秘密・農業の六次産業化による奇跡の復活」に示されている。私がその会社の設立者の秋竹新吾氏と出会ったのは「農業情報ネットワーク全国大会」が開催された1998年である。その頃はまだ7戸の早和共撰出荷組合の代表で、その販売戦略を伺ったところ、一般的な販売戦略ではなかったことを鮮明に覚えている。つまりミカンという商品を扱ってくれるお店の方々との交流を大切にしてきたと述べた。その秋竹氏から農業生産法人を設立したいがどのようにすれば良いのかと相談を受けた。この時に年商はやっと1億円に達したところだったが、このまま進んでも青果での伸びは期待できないと判断されていた。

 2000年に農業生産法人有限会社「早和果樹園」が誕生した。会社として運営するためには安定した商品を持たなくてはお客との取引が出来ないとミカンの6次産業化を進めた。これまでみかんジュースというと味や形状の規格外品を加工して外国産のみかんジュースと低価格競争していた。しかし、早和果樹園は青果で和歌山県が提案していた「味一みかん」糖度12度以上の高級みかんの生産に取り組み、これをジュースに加工して世界に類を見ない高級ジュースを作ろうと始めたのが成功の秘訣だったと著書に示している。当時、和歌山県農が運営するジュース工場に相談に行ったところ、日本には外国産の安いジュースが溢れているので勝てるはずがないと忠告されたという。やはり一般的な常識を越えないと、現状の農業では伸びはないのであろう。年商10億円の会社になるまでは、新たな挑戦の連続だったという。青果の生産では経験がなかった加工商品につきもののクレーム対応によって会社の運営手法が育ったという。それまで普通のミカンを栽培する耕種農家の集まりでは、商品管理についての安全性など考えたことがなかったが、会社の存続に関わるようなクレームを期に商品の安全管理に目を向けるようになった。まだ、農家の間ではHACCPという言葉さえなかった10数年前に和歌山県版のHACCPが出来、早速取り組んだ。そのときの加工原料のみかんの栽培に和歌山県版GAPの導入を決め、GAPに取り組んだという。2014年まではみかんの搾汁は外注していたが、2015年に自社のジュース加工場を建設し、本格的なHACCPを導入した。そして地域の農家や共撰から加工専用みかんを原料として購入を始めた。これまでの加工用みかんの3倍から5倍の高値で引き取り始め、一般農家では加工用みかんは「廃棄処分」程度にしか思っていなかったものの価値が一気に上がった。

 著書には、販売戦力で失敗した例として、低価格競争のスーパーでの販売で720mlを1000円では合わなかった。観光地での土産物品や高級ホテルでの販売など、取扱い先を挙げたが、現在はその低価格競争にも耐えうるちょっと美味しいレギュラー品のジュースに取り組み、これが成功して現在の売上げに至ったという。この国産ジュースは国内消費のみならず、中国、タイ、香港などアジア諸国に進出している。

 会社の後継者問題と社員募集には驚く。後継者は7戸の農家の中に4名の後継者がいて、それぞれも部門毎に話し合って決めたという。社員募集にはリクルートのマイナビを活用し、毎年数十人の大卒者の応募があるという。農業で若者がどうして集まってくるのかと不思議がられるという。

 このような基盤を築くには簡単ではなかったと思う。私が出会った頃から、いつも秋竹新吾氏は新たなことに挑戦していた。当初は農水省の近畿中国四国研究センターが開発したミカンのマルドリ栽培で東京シティ青果の支援で新宿高野での高級みかんの販売に、ジュースの試飲販売を東京のホテルで、同時に観光地の至る所で実施し、ミカンの栽培現場では中央農研のデータマイニング研究にICT導入に協力するなど、スマート農業という言葉かまだ浸透していな頃から積極的に取り組んでいた。著書の最後に「現在の50才以上の農家が頑張らないと後継者は育たない」とはっきり書いてある。しかし、彼らが「後継者を育てない」と考えているのは、自分はもう農業で頑張らないと諦めているのかも知れない。また、農業に新規参入した企業は、やっと農家に近づいたが、それを乗り越える努力が足りなかったのではないかと思えるようになってきた。

 企業の農業からの撤退、後継者を育てない農家などを見ていると、現状維持では持続できないということである。私も含め、早和果樹園のような各部門での開拓を進めなければ、後継者減で農家の平均年齢は他産業に比べると上がる一方であり、歯止めがかからない。農業分野だけに後継者が育たないわけではないが、下請けの中小企業が大手企業からの一方的なコストカットを押しつけられるような背景だけは回避していきたと考えている。

 私達が生きるのに不可欠な食品を国内外で安定的に供給し続けていくためには、海外との関係をうまく調整するとともに、日本農業をもっと持続可能な環境に整備していくべきであると考える。そのためには、農産物の流通の仕組みを考え直し、農家が生産した農産物の価値観を高めるための努力が必要と考える。これまでの経験から、過去からの農業のやり方では生産現場も流通現場もダメであることが明確にわかってきた。早和果樹園が切り開いてきた取組み手法を見ると、加工現場ではHACCP、生産現場ではGAPを導入し、消費者や流通業者に商品を提案できる農業を行っていることがわかる。一般農家はここまでの急な変更は出来ないかも知れないが、農業政策として日本型の環境保全型GAPの実施を標準化・義務化し、安い外国産農産物との差別化が図られれば、国産農産物の評価が上がると考えられる。

 ある地域の直売所を運営する農家集団は、一般農産物との差別化を図るために徹底的に味と安全性にこだわって農産物を栽培し、商品としての評価を高めており、遠くからでもその野菜・果実・コメなどを求めて買いに来るという。そこでは、立派に専業農家が成り立っているという。

 やる気のある農家を育てるためには、今こそ農家を始め農業を取り巻く業界がGAP・HACCPの義務化を農林水産省に勧めていく必要がある。わずか8年間の農業経験ではあるが、現在の農場認証GAPによる形式的な推進のみでは、日本農業は持続できないであろう。日本の温帯モンスーンの自然環境に合った日本の環境保全型農業のための『適正農業規範』によるGAPが重要である。

2020/10


『日本のGAP、すべてはここから始まった』 《連載第5回》
~日本にいてはGAPが理解できない~

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

GAP(適正農業管理)とは公的な「GAP規範」の遵守
GAP認証とは民間の評価機関が行う農場経営の評価

 前回は、片山りんごが受け取った「イギリスからの一通の手紙」によって、片山さんと私がEUREPGAP認証に取り組み始めたことを話しました。当時、日本政府は「海外農業情報トピックスEU編」の中で、欧州のGAP認証について「食品安全を主な目的としたEUREPGAP認証を、“GAP”である、また、“適正農業規範”である」と誤解していました。私は、それらが元で「日本では公的な適正農業規範(GAP規範)と民間の農場認証(GAP認証)とが混同されることにつながった」のではないかと解説しました。その上で、GAPに関する概念については、以下のように説明しました。

①公的な規範のこと。
②「GAP」とは、GAP規範を遵守して持続可能な農業に取り組むことで、“適正農業管理”と意訳していること。(日本生産者GAP協会編 日本適正農業規範・用語集)
③「GAP認証」とは、スーパー等が農産物の仕入先を選ぶためのFarm Assurance(農場保証)であり、民間団体が行う農場管理の検査・認証制度をいう。

 『GAP規範』(適正農業規範)は、各々の国の法律・制度や社会システムに合った「あるべき農業の姿」を規定したものです。農産物の生産性を重視するあまり、化学農薬や化学肥料の無原則な投与や水質を考えない灌漑、環境を重視しない排水など、収奪型の農業になっている可能性の高い現代農業の問題点を明らかにし、自然環境や公衆衛生に対するリスクを明らかにする必要があります。人の健康と農業の持続性を確立するための適切な農業管理の在り方について、その基本的な考え方をまとめたものが『GAP規範』です。EUでは各国政府がその国や地方の法律や社会システムを反映させた『GAP規範』を作り、これを分かり易い冊子の形で全ての農業者に配布しています。

 これに対して、GLOBALG.A.P.認証などの『GAP認証』は、販売する農産物を保証するための農場検査制度であり、環境保全を基本とする各国の『GAP規範』の実践をベースに、消費者に安全な農産物を提供するために農業者が最低限守るべきマナーを、農産物の取引要件として利用しているものです。世界で最も代表的なGAP認証制度はGLOGALGAP(当時のEUREPGAP)であり、GAPの持続可能性とHACCPの食品安全の考え方を取り入れた農場管理の検査制度として、近年はCSR(企業の社会的責任)等も考慮するようになった農産物の仕入基準がGAP認証制度です。

GAPを理解しない日本の政治と行政

 1999年からイギリスのEWT社にりんごの輸出を開始した片山りんごは、「イギリスからの一通の手紙」でEUREPGAP認証の審査を受けることになり、2003年は準備不足で不合格でしたが、2004年には合格しています。片山りんごに農業情報のコンサルティングを行っていた私は、㈱AGIC(エイジック)内にシステム開発部門の他にGAP部門を設け、片山さんと共に欧州でのGAP調査を開始しました。この日本初の欧州GAP調査と片山りんごの認証取得の経験を踏まえて、AGICは千葉県内の野菜農場を説得して、2004年9月にEUREPGAP認証の審査を合格に導きました。EUREPGAP認証を取得した農場は、日本ではこの2社だけであり、特に片山りんごは、時の総理大臣の小泉純一郎氏と面談し(2005年)、その後の総理大臣の施政方針演説で農産物輸出に係る攻めの農政事例として取り上げられた程です。農林水産省では2004年に「食品安全GAP(この時はジーエーピーと読ませた)」推進の政策を打ち出した翌年でした。

 第一次安倍政権が発足してGAP政策の担当部署が消費安全局の食品安全部門から、生産局の農業技術部門に変更になりました。ここでGAPの政策目標が、食品安全という消費者起点から生産管理という農業者起点に変わったのです。そのために「GAPは農業生産工程管理手法」という世界中のどこにもない名称がつけられ、本来のGAPの理念と概念からは益々離れて、良い農業のための「手段」ばかりが議論されるようになってしまいました。

 その後、マニフェストに「GAPの義務化」を謳った民主党の政権下で、農水省は2011年までに全ての産地にGAPを導入することを目指しました。総理大臣の菅直人氏は欧州のGAP政策を元に「5年後にGAPを義務化する」と発言していました。しかし、この政権でもGAPを食品安全のための工程管理手法として位置付けており、政策提言で「EUでは、原則、全ての生産者を対象に、一般的な衛生管理や 農薬等の使用状況の記録の保持等を義務付けている。また、欧州小売業組合では、仕入れの基準として独自にGLOBALG.A.P.を策定した」とGAPとGAP認証の存在について紹介していますが、結局、本来のGAP概念ではなく、GAPの内の一つである食品安全対策を取り上げ、しかも民間の取引基準としての認証制度に関係づけて理解していました。

 こうして、イギリスやスペインその他のEU加盟の各国政府が「GAP認証に政府は一切関わらない」という方針をとっていることとは全く異なり、日本ではGAPを農産物輸出の手段と考えてGAP認証だけを考える途上国タイプの取組み姿勢になってしまいました。

 小泉純一郎氏の件とは直接の関係はないでしょうが、当初から遅れていた日本のGAP政策やGAP認証に関して、2017年に息子の小泉進次郎氏は自民党の農林水産業の骨太方針実行プロジェクト委員長として「東京五輪2020や農産物・食品の輸出拡大に向けたGAP認証の取得推進」という「欧州とは真逆の途上国タイプのGAP政策」を打ち出しています。また、日本以外には例がないだろうと思われる「高等学校の農場のGAP認証取得」を奨励しています。本来は持続可能な農業を科学する学校という場所に、持続可能な農業の結果としての商業上のGAP認証(農産物を仕入れるための農場認証)を導入するという真逆の政策です。

「GAP認証とは何か」を知りたくて欧州各地を歩いた

 2020年の現在でもGAP概念の①②③が充分には理解されていません。2017年に農水省が農業者に求めるのは「するGAP」と「とるGAP」であると、②GAPと③GAP認証とを区分しましたが、①GAP規範を明示して「日本農業が達成すべき道標」を示さなければ本来のGAPの理解には至りません。

 私はGAPとは何か?の①②③を理解するために、欧州のGAP調査を実施し、その結果、様々な事実を確認しました。初めに2003年8月、2004年12月、2005年2月、2005年10月と4回に亘って、イギリス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、スペイン、フランスを歴訪し、青果物の生産・流通・販売の各局面におけるGAP認証への取組の最新事情について調査しました。

 2003年と2004年の欧州GAP調査は、卸売会社EWTで基本的な情報を得た後、とにかく様々な関係者に当たろうと人伝による体当たりの調査をしました。それでも、紹介に紹介を接いでの欧州行脚は、徐々に芋づる式でGAP認証に関する情報が得られるようになり、様々な現実を知ることになりました。特にオランダやベルギーなどの一大農産物産地の生産者の中には「農業規範を買手側(EUREPGAPの組織を指す)に支配されるのはおかしい」とか、「あのような稚拙なプロトコル(EUREPGAPの認証規準を指す)ではなく、我々は早くから高度な基準で取り組んでいる」などの批判も多く見られました。しかし、そういう反論が出るほど、農場保証のためのGAP認証の実態は、これまでの地域的な認証制度やスーパーマーケットのプライベート認証だったものが、巨大な小売業団体が利用を目指したEUREPGAP認証に一気に移行し、それが国際標準になりつつあるという印象でした。

ベルリンの見本市で調査の芋ずる式を拡大して欧州各地へ

 フルーツ・ロジスティカ(ベルリン)この写真は2019.2ドイツのベルリンで毎年開催されている青果物の見本市「フルーツ・ロジスティカ(2005年)」に出展しているブースでは、GAP認証を取得していない農家や会社を探すのは不可能だと思いました。巨大な展示スペースに何十社も出ている中国ブースでは、皆EUREPGAP認証証書のコピーを掲示していました。日本から唯一出展していた片山りんごでもショーケースに認証証書を張り出していましたが、そのようにしているのはアジアや南米などGAP後進国に多く、“やっと取得しました”と言っているようにも見えました。西欧諸国の出展ブースには、異なる認証の掲示物はありますが、EUREPGAPは見かけませんでした。聞くと、EUREPGAP認証は当たり前であり、生産者としての最低基準なので、それよりレベルの高い証書なら掲示すると言われたのが印象的でした。

農業情報学会第18回食・農・環境の情報ネットワーク全国大会
「GAP全国会議」でEUREPGAP認証制度との同等性契約締結:
左から榎本礼子(AGIC社員)、
クリスチャン・ムーラ(EUREPGAP事務局長)、
二宮正士(東大教授;現在日本生産者GAP協会常務)

 この会場で、私が2003年に訪れたイタリアのりんご生産者や、2004年に訪れたスペインのトマト農家と出会ったのも感動的で、それぞれ農協や役所などの関係者を紹介して貰い、GAP欧州調査の芋づるはますます広がっていきました。

 GAP認証の専門的な知識とその実態および今後の方向性について知るために、EUREPGAP事務局長のクリスチャン・ムーラを訪ねました。最も重要な目的は、日本にGAP認証制度を作り、EUREPGAP認証制度との同等性を確立することでした。そのために私は、「近い将来、あなたを日本に招待する」と約束し、翌年(2006年)6月の農業情報学会に招聘して講演をしていただくとともに、ベンチマーキングを進めるための覚書を交わすことに成功しました。

 農業情報学会第18回食・農・環境の情報ネットワーク全国大会「GAP全国会議」でEUREPGAP認証制度との同等性契約締結:左から榎本礼子(AGIC社員)、クリスチャン・ムーラ(EUREPGAP事務局長)、二宮正士(東大教授:現在日本生産者GAP協会常務理事)大会二宮.jpg当時の私達㈱AGICのこれらの活動は中国の進捗状況とほぼ同時であり、中国国家認証認可監督管理委員会(CNCA)もEUREPGAPの同等性認証のベンチマーキングに入る覚書を交わしたところでした。中国は2年後の2008年夏に北京オリンピックを控えていて、是が非でも事実上の国際規格のGAP認証との同等性を確立したいと考えていました。先進諸国では、農産物貿易上の制約に関係するGAP認証制度には「政府は一切関わらない」ものですが、中国では政府機関のCNCAがGAP認証を直接担当していたのです。

 EUREPGAP認証の検査・監査の技術的なことは、制度の設立当初から関わり、実際にその他にも多くの認証業務を行っていた世界的な大手企業SGS(Societe Generale de Surveillance S.A.)が審査会社としてリードしてきました。私達はSGSを直接訪ねて多くのことを学びました。当時SGSは、欧州各地の農協や青果卸業などに社員を派遣してEUREPGAP認証への取組みを推進していました。私が2004年から2019年までに10回に亘って欧州を訪問し、今ではGAP認証や農業振興の講師として日本と相互に行き来するようになったスペインのアルメリア農業を紹介してくれたのもSGSの社員です。

 アルメリアにEUREPGAP認証取得第一号農場があります。実際に最初にアルメリアを訪問した際には、片山さんがスペインに在住していた時からの知り合いで、カタルニア出身ですがドイツで青果卸業を営んでいるロッジさんに生産者の農場や農協を案内してもらいました。

2020/10


レッドトラクターについての最近の話題
~消費者信頼とコロナ禍のリモート農場検査~

山田正美 一般社団法人日本生産者GAP協会 常務理事

レッドトラクター認証は農民が創設した認証制度

 ヨーロッパではGAPに早くから取り組み、農場認証(FA:Farm Assurance)制度も早くから取り組まれてきました。農場認証制度では、ヨーロッパの小売業組合が開始したEUREPGAP(後のGLOBALG.A.P.)の他に、スーパー独自の認証制度(例えばテスコのNature's Choice)などがあります。これらは流通業界が主となって創設されたものです。

 イギリスで創設されたレッドトラクター認証は、農業者の団体が独自に創設した農場認証制度です。具体的には、全国農民連合(NFU)、スコットランド農民連合(NFUS)、アルスター農民連合(UFU)、英国酪農(DAIRYUK)、園芸推進委員会(AHDB)、英国小売業組合(BRC)、英国食品・飲料連盟(FDF)の7団体が所有している非営利組織によって運営されています。今ではイギリス国内の農場の6割から9割(部門により異なる)がこのレッドトラクター認証を取得しています。

ロゴマークの変更

  レッドトラクターが2000年に発足し、今年で20周年となりました。ロゴマークも発足当初のものが、10年目と20年目(今年)に変更されています。

  発足当時は農場だけの認証でしたので、ロゴには「英国農場規準(British Farm Standard)」と書かれていましたが、2005年に農場の規準に流通業界の規準と食品加工業界の基準を追加したことを踏まえ、2010年には「保証された食品規準(Assured Food Standards)」という表示になり、イギリスの国産農産物であることを示すユニオンジャックを配したものに変更されました。これでこのロゴマークが貼ってある食品は「保証されたイギリス国内産の農産物である」ことを強く消費者にアピールすることができるようになりました。

イギリスの農場規準を満たしていることを示している。
背景に英国旗を配し、国産であることと、
農産物だけではなく、食品の保証であることを示している。
トラクター下部の✔点で、検査をしたこと、
またタイヤのハートは愛情をもって育てられていることを、
視覚的に示している。

 今年(2020年)はレッドトラクター創立20周年ということもあり、レッドトラクターのロゴマークを変更しています。主な変更点は、より消費者に分かり易いように✔点を入れて検査したことを、また赤いトラクターのタイヤのハートは愛情をもって育てたことを視覚的に判りやすいように表示しています。また、レッドトラクターという名称もこれまでのロゴマークには入っていなかったのですが、今回初めてロゴにRed Tractorの文字を挿入するともに、トラクターもモダンな感じに変更しています。

 ロゴマークというのは消費者の目につきやすいものですから、一目見ただけで内容を印象付けられるということが非常に重要だと思います。その意味で、今回の変更はレッドトラクターをいかに消費者に理解してもらうかという視点から、知恵を絞って作り上げたものと考えられます。

コロナ禍におけるリモート検査

 今年の新型コロナの蔓延はイギリスも例外ではなく、ジョンソン首相が感染して集中治療室で治療し、ようやく回復したこともあり、国民の新型コロナウイルスに対する危機感から外出が制限されています。このような状況の中、レッドトラクターの農場検査も従来の現地検査では充分に対応することができないことから、最近の検査を「リモートで実施する」という動きがユーチューブ(YouTube)にアップされていましたので、ここで紹介します。

 レッドトラクターの第三者農場認証を行う検査機関としてイギリス国内の6機関をはじめ、複数の機関が登録されています。レッドトラクターの広報としてYouTubeで紹介されていたのは、SAI Global Assuranceの独立検査員が畜産農家を対象に検査を行っている様子です。具体的には、検査官と農場とをインターネットを通しパソコンとスマートフォンで繋ぎ、検査官は農家のスマホ動画から、畜舎、水や餌の供給状況、放牧の様子、敷料の状態等の現場の状況を農場主に確認しながらチェックしていきます。後半は農場の事務所で書類が揃っているかを確認していく様子が紹介されています。

 農場検査は本来2~3時間かかるのですが、YouTubeでは約5分に編集してあり、検査の雰囲気を知って頂くことができます。この検査の5日後に続編がアップされており、それによると、若干の事務的ミスはあるものの、めでたく認証されたようです。このリモート検査は、年間6万件も実施されているレッドトラクターの認証のうち、8月17日付けのレッドトラクターCEOによるブログでは、すでに1万件以上がリモート検査を行ったということが書かれていました。

 今回のコロナ禍の中で、いろいろな方面でリモートワークが広がり、最初は戸惑っていましたが、意外とその良さが分かり、コロナ禍が去っても、リモートワークのかなりの部分が残っていくのではないでしょうか。(参考URL: https://www.youtube.com/watch?v=ZXd2xphEZU4&t=183s

2020/10


2030年に農林水産物・食品輸出5兆円!
~途上国型GAP推進からの脱皮が必須~

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

 今年の3月に閣議決定された「農林水産物・食品輸出立国」の方針が、菅政権になって動き始めました。農水省は令和3年度の予算要求で、令和2年度当初予算の2.8倍の予算を要求するとともに、令和3年度中に担当局の新設を目指すということです。政府は今年の3月に、農産物・食品の輸出額を令和元年度実績の5倍超とする野心的な目標を打ち出しており、このための具体的な戦略を今年の年末までに策定することにしています。

 東京2020オリパラ大会の組織委員会が持続可能な農産物・食材の調達基準を発表して以来、地域内の農産物のGAP認証を目指してきた都道府県の普及担当部署は、ポストオリパラのGAP推進をどうしたら良いか?ということが大きな課題になっています。これらの目下の関心事に対して、2003年から18年間に亘ってGAP(適正農場管理)やGAP認証(農場認証)に取り組んできた私達は、「今こそGAPの意味を正しく理解しましょう!」と訴えています。

日本のGAP推進

 日本では「農産物・食品の輸出拡大を図る上では、国際的に通用するGAPの取得を推進する必要がある(日本再興戦略改定2014)」として、オリパラと輸出振興のためにGAP やHACCPが推進されて今に至っています。

 私の記憶では、2004年から始まった「食品安全GAP(ジーエーピー)」の普及が遅々として進まず、そもそもグローバルな視点による持続的農業の要求事項であるGAPの概念が、「農業生産工程管理」という名称の元で、他の国にはない日本独自の方向になり、生産現場では食品安全のための農作業の改善と捉えられました。そのため、農薬の取扱いや食品衛生管理のチェックリストを作って自己確認することが推奨されてきました。2010年頃からは海外のGAP認証を参考に、食品安全の他に環境保全や労働安全にも取り組む農業経営の改善であると捉えられ、この現象は日本における「GAPのガラパゴス化」と言われています。

 それについて、2014年6月の閣議では「我が国農産物の生産工程管理については、国内で統一されていないことに加え、国際的な商流では受け入れられない場合がある。国内生産基盤の強化とともに海外バイヤーに訴求力のあるものとするよう、今年度から関係者の協議会を設け、輸出促進に向けたGAPの在り方の見直しを行う」ことが決定されました。

途上国のGAP推進

 2005年頃からは、欧米を中心とする先進諸国に農産物を輸出していたEUとアフリカ、アジア、中南米等の途上国の農産物輸出者にもGAP認証の取得が求められ、閣議決定された2014年の段階では国際的な商流での取引要件として「食品安全の認証、持続可能性の認証、社会的責任の認証」の取得が定着しました。認証取得を要求しているのは先進諸国のスーパーマーケットを中心とする食品グローバル企業です。

 農産物を輸入する国からすると、自由貿易推進の視点から国家が貿易の規制を行うことは難しい状況ですが、輸入する民間企業が農産物仕入の条件として認証取得を課すことは問題ありません。現実的な問題として輸出者は先進国への輸出で採算が合うから認証取得の負担も乗り越えることができるし、認証が販売上の有利な条件であればその他の各種認証も受け入れることになるのです。従って、先進国への農産物輸出が貿易収入の大きな部分を占めている国、多くは途上国ですが、そこでは国が主導してGAP認証などの取得を推進しています。

日本のGAP取組は途上国型

 日本は?といえば、圧倒的な農産物輸入国であり、農産物輸出は微々たるものですが、2020年までに食品全体で1兆円の輸出目標を立てており、2030年には輸出目標額を5兆円にまで増やす目標を立てています。そして、そのためには国際的な商習慣に従ってGAP認証を取得しなければならないので推奨するということになるのです。

 GAP認証が輸出の条件ですから、輸出の目標達成のためにGAP認証を取得しなければなりません。しかも、GLOBALG.A.P.認証のように、食品安全対策だけではなく、農業由来の環境対策にも配慮している認証制度は、輸出国の環境対策にもなっている、という大義があります。

 GAPの大義は理解できるのですが、それが現実の問題(言いかえれば経済的な効果)として日本農業で解決できるかどうかが問われています。農産物という商品を輸出するから「農業のGAP認証を取得する」という途上国型のGAP認証の取得を推進するということで、日本農業の振興を図るというのははなはだ問題だと思っています。

米国のGAP推進

 米国では「食品安全近代化法(2016年1月26日発効)」によって食品危害に対する予防管理を強化し、危害発生の対応の強化、輸入食品の安全対策の強化等を義務化し、FDA(食品医薬品局)の下に一元管理しています。この法律の農産物の安全に係る取扱い規準では、生産者が行うべきこととして、従業員向けトレーニング、衛生管理の徹底、農業用水の衛生管理などが規定され、それらの記録保管文書についても、農場の名称・位置、農作物の名称、農場全体の位置関係、誰が検証活動を行ったかがわかる日付及びサインなどまで詳細な義務が規定されています。

 また、米国には農業生産を継続しながら環境負荷を削減するプログラム「EQIP:Environmental Quality Incentives Program)」があり、養分管理、IPM、灌漑管理、野生生物管理の4つのプランで、これら環境にやさしい農法に財政支援することでGAPの推進をしています。

EUのGAP推進

 EUでは、「消費者に届ける食品の安全性を確保する責任は食品業者が負うこと」として、包括的な4件の衛生管理の法律が2004年に制定されています。ここでは、農場を除く全ての食品業者は、自己監視プログラムとしてHACCP(危害分析重要管理点)の原則を適用することが義務化されています。HACCPは、仕入れた農産物の品質定義や品質検査を行うので、事実上、農家に対するGAP認証の圧力となっています。そのため、農産物の販売者である農協などは、生産者を管理するGAP認証の他に、食品安全管理の民間認証BRC、IFS、SQF、FSSC22000など、買手側が求める食品安全にかかわる各種の認証を取得しています。この法律では、「輸入する食品・飼料の製品は、衛生規則を含む改正食品・飼料安全規則に定めるEUの安全基準を満たすこと」とされているため、スーパーマーケットなどは、世界中の輸出事業者に対しても、最低でもGLOBALG.A.P.認証を義務付けるようになったのです。

 また、EUでは、1991年の「硝酸指令」「植物保護指令」により、農業由来の環境汚染に対する法規制を行ってから、農業政策が「農産物価格支持政策」から「農業環境政策」に移行しています。生産者への補助金「デカップリング(2003年)」や「クロス・コンプライアンス(2005年)」による事実上の「GAPの義務化」は有名です。クロス・コンプライアンスとは「持続可能な農地で天然資源の世話を日常の一部とする農民の利益を財政的に支援する直接支払い」のことであり、「市場価格で守ることができない公共財を守る」ための政策です。農業者は、環境、食品安全、動植物の健康と動物福祉、土壌対策、土壌有機物と生息環境および水管理の劣化などを回避する構造の維持などが義務化されています。

日本のGAP推進を考える

 以上から判るように、先進国では、自国の自然環境と農業と国民を守るためにGAPを推進しています。「途上国では、農産物を輸出して収入を得るためにGAPを推進する」ということです。先進国では、途上国で過度に環境を犠牲にして農産物を製造しないようにしているとも言えますし、それが先進国への非関税障壁になっているとも言えます。

 日本はどうかといえば、倫理的農業の「するGAP」と輸出振興の「とるGAP」があり、普及現場では「GAPをしてGAP認証をとる」という途上国型のGAP推進になっています。輸出するためにGLOBALG.A.P.認証をとる農業になっていると言えるのではないでしょうか。

 農業政策としてGAPの概念が導入されて18年目の2020年、先進諸国からもたらされたサステナビリティーの概念(もともと日本人に備わった考え方でもあるが・・)が、日本の社会で本音と建前で語られ、「自然環境と農業と国民を守る」本来のGAPが消えてしまわないよう、ポストオリパラとコロナ禍後の課題として、具体的に対策を考えていかなければなりません。一般社団法人日本生産者GAP協会では、都道府県やJAグループ(全中や全農など)を通じて、本来GAPの理解の促進とその実施手順の指導を行っています。

2020/10


HACCP制度化
~農協の選果場は採取業!?~

田上隆多 株式会社AGIC GAP普及部長

 平成30年6月13日に公布された食品衛生法等の一部を改正する法律により、原則として*全ての食品等事業者がHACCPに沿った衛生管理に取り組むことが規定されたこと(いわゆる、HACCPの制度化)は、既に広く周知されていることと思います。

 この「*原則として」に関して、厚生労働省や農林水産省がまとめた図式では、農業分野がどのように定義されているか分かりにくいところがありますので、ここで整理してみたいと思います。

 下の図1は、厚生労働省の資料「HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理の制度化(※1)」内のHACCPに沿った衛生管理の制度化の全体像の図に追記したものです。元の図では、<HACCPに沿った衛生管理>の範囲内のみであり、HACCPに沿った衛生管理の対象外については図解化されておらず、分かりにくいので追記させてもらいました。

 (※1 https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000635886.pdf)

図1 HACCPに沿った衛生管理の制度化の全体像

 まず、大前提として、食品衛生法において、収穫作業(採取)を含む農業は「食品等事業者」であることが明確に定義づけられています。しかし、農業現場においては、農業者、JA等集荷業者、普及指導員などの指導者等もこの「食品等事業者」である定義の認識や自覚が少ないため、日本生産者GAP協会/AGICが行うGAP研修等では"食品等事業者"を強調させて貰っています。

 HACCPの制度化における「採取の一部とみなせる行為」については、HACCPに沿った衛生管理の対象外(衛生管理計画の作成、衛生管理の実施状況の記録と保存は不要)となりますが、一般衛生管理は引き続き実施することとなっています。「農業者のためのHACCPセミナー」でも一般衛生管理は重要であることを強調していますが、全ての食品等事業者は食品安全管理の前提として「5S」を中心として一般衛生管理の10項目を徹底すべきであり、加工・調理等において特に重大な危害が発生しうるので、食品安全管理にHACCPシステムを取り入れることが必要であると説いています。

 HACCP制度化における<HACCPの考え方を取り入れた衛生管理>については、各業界団体の手引きを見ると、おおよそHACCPシステムは採用されておらず、一般衛生管理の手引きであることが分かります。したがって、今回のHACCP制度化(食品衛生法等の一部を改正する法律施行)は、(1)HACCPシステムを取り入れることが原則で一部が弾力化、ではなく、(2)これまでの一般衛生管理の周知を法改正に伴い強化し、大規事業所や加工・製造業者についてはHACCPシステムを採用する、と解釈するのが正しいようです。

 ところで、<一般衛生管理を実施>するという範囲に、農家と漁家が行う採取の一部と見なせる行為(出荷前の調製等)があります。この採取に関して、厚生労働省医薬・生活衛生局食品監視安全課長名で「農業及び水産業における食品の採取業の範囲について」という通知が発行されています。文書名だけみると、いわゆる農家や漁師は対象外であると読めますが、通知文書の別紙を見ると、JA等の共同選果場や集荷場、JAが組合員の農産物を市場に出荷する委託販売、JAが運送業者に委託して行う市場までの農産物輸送、精米なども「採取業」の範囲であり、HACCPの対象外であると定義されています。

 (※2 https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000631460.pdf)

 例えば、数百名の生産者からトマトを選果場で荷受けし、選果機で選別し、小袋や段ボールに包装し、一時冷蔵し、市場まで輸送し、卸売市場に販売するJAによる業務は、今回の通知により、全てが採取業となりHACCP制度化の対象外となります。また、キャベツやゴボウなどを4分割や8分割にカットして包装する工程(ただし、価格低減や数量調整を目的にした「簡易カット野菜」)は採取業となり、HACCP制度化の対象外となります。カントリーエレベーターで米麦を乾燥し、その後精米する工程も採取業となります。

 一般消費者や食品加工・製造業者はこのとこをどのように受け止めれば良いのでしょうか。また、諸外国の食品業者は、日本から輸入されて来た農産物について、どのように受け止めるでしょうか。少なくとも筆者自身の常識からは到底理解できず、おかしな定義であると思っています。

 本号にこの記事を掲載するにあたり、間に合わなかったのですが、なぜこのような定義づけになったのか、当該省庁に確認してみたいと思います。邪推をすれば、JA等の選果場や集出荷場を<HACCPの考え方を取り入れた衛生管理>の対象にしないことの根拠として、後付けで作成されたのではと思ってしまいますが、上述のように、そもそも<HACCPの考え方を取り入れた衛生管理>自体がHACCPシステムではなく、ほぼ一般衛生管理です。選果場等を採取業と定義づけることで諸外国に対しては日本の農産物の安全性に対する信頼を貶める事にもなりかねません。

 一方で、GAPへの取組みの中では、生産者段階では栽培から出荷までの衛生管理および、JAの段階では選果場や集出荷場、出荷流通での衛生管理について、一般衛生管理とリスク評価に基づく安全管理に取り組んでいます。つまり、既に<HACCPの考え方を取り入れた衛生管理>に相当する取組みを行っています。HACCPの制度化に伴い、不可解な定義づけが行われましたが、現場レベルでは引き続き、日本の農産物・農業への確固たる信頼を獲得するために引き続きHACCP(及びHACCPを取り入れた衛生管理)に取り組んでいきたいと考えています。

2020/10


HACCPセミナーに参加してみました

山藤万里子 株式会社AGIC 総務部

 9月16~17日に開催された「農業者のためのHACCPセミナー」に参加しました。受講形式は、セミナー会場での受講とZoomを使ったオンライン参加の2パターンある、いわゆる「ハイブリッド形式」で行われました。私は会場で受講しましたが、講師陣も会場とZoomに別れた新しい試みを体験しました。コロナ禍で巣ごもっている時に、3回のオンラインセミナーを受講しましたが、それ自体も大変興味深く、新鮮で楽しいものでした。

 「農業者のためのHACCPセミナー」を受講することになった動機は、田上理事長の講演のテープ起こしを依頼されたのがきっかけで、それには『いよいよHACCPが義務化された』という内容も含まれていました。HACCPやISOとかは「食品工場でよく目にするワードだなぁ」と思っていました。私は普段、経理の仕事をしているのですが、AGICがGAPに大きく舵を切った時に、たくさんの農業現場を訪れた経験があります。

 あれから16年ぐらいたっているでしょうか。本来のGAPは思ったように普及が進んでいないようです。日本では、GAPがなかなか市民権をとれないのはどうしてなのだろうか。オリパラ・バブルのような現象はみられましたが、当然のように継続されるものでもないようですし・・。このコロナ禍でのHACCPの義務化。「えっ!今頃ですか。世界からもっと遅れちゃいませんか」というのが率直な印象です。今後もコロナの影響は大きいと思いますし、恐らく集団免疫を目指すのでしょうが、個人的には超高齢者を介護する身として、私自身もすでに予備軍でもあるし、恐怖を感じています。リモートでできるものは、できるだけリモートでお願いし、受講される方も、是非ともITのリテラシーを高めて頂きたいと切に願うばかりです。

 「農業者のためのHACCP」ということなので、上流の生産者のGAPの理解が必須であることが良く判りました。GH農場評価システムが持続可能な農業を目指すのに有効なシステムであることが実感できました。手前味噌になりますが、私達の進んでいる道は正しいと感じました。

 HACCPセミナーを2日間で完結するのは、私には無理があり、まず、HACCPに出てくる専門用語を何とか覚えたぐらいで、内容が頭に残っていません。それは、ひとえに予習していないからです。落胆もしておりませんが、反省はしております。

 HACCP、PRP、OPRP、SSOP、CCP、CLなどの違いが理解できて、ハザードを洗い出す能力や想像力は、ある程度訓練や場数を踏まないとできるものではないなぁと実感しました。洗い出したハザードが最後に致命的にならないか、出荷に至るまでにリスクを徹底的に排除できるのか、そもそも農産物の生産現場において、BADであれば、そこをGOODにできれば、だいぶ収穫後のリスクは軽減できるはずであり、HACCPが容易になるはずです。こういう面からもGAPが普及できれば良いと思っています。

 これから、遅れに遅れている日本のIT環境を憂いていても仕方がないので、コロナをきっかけにオンラインセミナーに臆せず参加して頂きたいと思います。楽しいですし、面白いです。必ず何らかの気づきがあります。共感していだけるものと思います。

 自らが気づかなければ、前には進めません。一緒に前進しましょう。

2020/10


HACCP関連の小ネタ

食賛人

 5年前の2015年5月から10月までイタリアのミラノで開催された「ミラノ国際博覧会」は、「地球に食料を生命にエネルギーを」(Feeding The Planet, Energy For Life)をテーマに開催されました。日本館は大変な人気で、入場待ち時間が10時間以上にもなったようです。

 日本館のメインメッセージは「日本の農林水産業や食を取り巻く様々な取組み、日本食や日本食文化に詰め込まれた様々な知恵や技が、人類共通の課題解決に貢献すると共に、多様で持続可能な未来の共生社会を切り拓く」でした。

 日本ではあらゆる料理に出汁が使われており、第五の味覚である「うま味」の成分を様々含んでいます。出汁の旨味を加えることで料理の味が広がり、「食塩を健康のために減らしても、美味しさが損なわれない」という特徴が強調されていました。

 高温多湿の日本では、かつお節や味噌・醤油、食酢・みりん、納豆のような微生物の力を利用した発酵食品が数多く生み出され、日本食に広く使われています。発酵食品は保存性に優れ、食材の旨味を増し、栄養価を高める力もあります。

 ところが、持ち込まれた日本の食材の多くがHACCP認証を受けておらず、特に「かつお節」は煙で何度もいぶして煤乾し、天然のコウジカビをはやして水分を減らし、熟成を高めた食材なので、ベンズピレンやマイコトキシンによる汚染の疑いがあるとして使用が差し止められました。 世界ではHACCP認証を受けていないものは、安全な食品として受け入れて貰えず、ミラノ国際博覧会では試食も提供できず、せっかくの和食の宣伝の機会を逃してしまいました。

 日本は、まだ性善説が生き残っている世界でも数少ない国の一つですが、多くの国では性悪説で世の中が動いていますから、食品は安全性を証明しない限り、日本以外の国民には安心して受け入れて貰えないというのが国際的なルールになっています。

 日本の農林水産物はGAPも普及しておらず、HACCP認証を受けていないものが殆どであり、国際マーケットに出ていく準備ができていません。最近、日本政府は、日本の農林水産物・食品の海外輸出を大幅に拡大しようとしているようですが、そもそも日本の農産物はGAPやHACCPを殆ど行っていないので、輸出商品としては失格です。そろそろちゃんと環境対応の本来のGAPと、一般衛生管理とHACCPシステムによる食品安全を真剣に考えていかないと、輸出商品ばかりではなく、日本人のための環境にやさしい、安全な食料品としても、国際水準とは言えないのではないでしょうか。

2020/10


2020年度セミナー・シンポジウムの予定

 2020年度の各種セミナー・トレーニング・シンポジウムについて下記のスケジュールで実施する予定です。グリーンハーベスター(GH)農場評価制度では、GAPの理解と普及のための教育システムとして、農業者、農業指導員等によるGAPの自主管理を推奨しています。

2020年度
11月18日(木)-1919日(金)

『農場実地トレーニング』
場 所:つくば国際会議場(茨城県つくば市竹園2丁目20番3号)
定 員:10名、参加料:30,000円(税込)(当協会会員24,000円)

12月17日(木)-18日(金)

『農業者のためのHACCPセミナー』 ※ウェブ受講可
場 所:AGIC会議室(茨城県つくば市松代3-4-3)
定 員:24名、参加料:35,000円(税込)(当協会会員28,000円)

12月14日(月)

『農業者のためのQMSセミナー』 ※ウェブ受講可
場 所:AGIC会議室(茨城県つくば市松代3-4-3)
定 員:24名、参加料:21,000円(税込)(当協会会員16,800円)

2021年1月29日(金)

『GH評価員試験』
場 所:AGIC会議室(茨城県つくば市松代3-4-3)
定 員:7名、受験料:31,000円(税込)

2021年 2月8日(月)

『GAPシンポジウム』 ウェブ開催
参加料:主催・共催団体会員 10,000円、一般 15,000円、学生 2,000円

※ウェブ受講可 : リアルな会場への参加も可能ですし、ウェブでの参加も可能です。

ウェブ参加では、その環境があれば、遠距離でも参加が可能ですので、そのメリットを生かしてウェブ参加をしてみて下さい。事前にご案内しますので、詳細は事務局までお問い合わせ下さい。

2020/10


アフターコロナに向けたウェブセミナー化について

 一般社団法人日本生産者GAP協会 事務局

 前号でご案内しましたアフターコロナに向けたセミナーのウェブセミナー化について、各セミナーの詳細をご紹介します。

【オンラインGAP実践セミナー(ハイブリッド型も可)】

 GAP実践セミナーの主な内容は、①講義:GAP概論、②演習:リスク発見、③演習:GH模擬農場評価(ビデオ)、④討議:評価目合わせです。

 スライド講義は、Zoomを用いたウェブ会議システムの画面上でのスライド資料を講師と共有したり、プロジェクターで投影している様子をウェブカメラで写したりして行います(写真1)。

 これにつきましては、茨城県つくば市の「会場での受講」と、職場や自宅で「オンラインでの受講」とを並行して行うハイブリッド型のセミナーでは、どちらで受講することも可能です。

  農場現場の写真の事例を見て問題点を発見するリスク発見演習も同様に、講師が事例写真を写し、受講者が画面に映された個々の農場の様子を見て問題点がどこにあるのかを考え、回答し、ディスカッションをします。

  ビデオによるGH模擬農場評価は、講師が実際に農場を調査し、GAPの農場評価を行う様子を写したビデオ映像を見て、農場評価の追体験を行います。ビデオのサンプルは、下記のURLでみられるwebでご覧になれます。(https://www.fagap.or.jp/seminarsymposium/webseminar.html

【オンライン農場実地トレーニング】

 農場実地トレーニングの主な内容は、①講義:農場評価の基本、②実習:農場評価実習、③討議:評価結果の目合せ、④演習:リスク評価演習です。

 集合研修による農場評価実習では、実際にモデル農場に赴き、事務所や作業小屋などに腰をかけて聞取りを行ったり、保管庫や出荷作業場や圃場などを歩いて見て回ったりしますが、オンライン研修では、あらかじめ調査した実際の農場管理の情報や現場や記録帳票等の写真を用意し、講師が生産者の役割をして、受講者が生産者にヒアリングをしながら農場評価を行います。例えば、インタビューアである受講者が「農薬散布機はどのように運びますか?」と質問をすると、生産者役である講師が農薬散布機を乗せたトラックの写真をZoomの画面に共有して、現場を案内するように説明します(写真2)。

 リスク評価の演習では、リスク評価用シートを用いて、グループごとに具体的な品目での収穫から出荷までの工程における食品リスクを洗い出す演習等を行います。オンラインの場合、グループごとにZoomのメインルームの他に設置したグループワーク用のサブルームに分かれ、グループの誰かがエクセルのリスク評価シートを開き、サブルーム内で画面を共有して、リスク評価表を作成するディスカッションを進めます。

【オンライン農業者のためのHACCPセミナー(ハイブリッド型も可)】

 HACCPセミナーの主な内容は、①講義:一般衛生管理・HACCP原則、②演習:HACCPプランの作成です。HACCPセミナーも、会場での受講とオンラインでの受講を同時に行うハイブリッド型で実施しています。

 講義はGAP実践セミナー同様、スライド資料をZoomに共有しつつ、会場ではプロジェクターに投影して行います。演習も農場実地トレーニングのリスク評価の演習と同様、グループごとにサブルームに分かれて、エクセルシートを使用してHACCPプランの書類を作成していきます。成果物の口頭発表は、メインルームで画面を共有して行い、検討結果を受けて修正した書類は、継続した学習のためにメールで配信します。

【オンライン青果物集出荷施設(選果場等)衛生管理セミナー】

 HACCP制度化(2020年6月1日施行)に伴い、JAグループでは選果場等の取組みを規定する自主基準「青果物集出荷施設等の衛生管理の手引き(全中)」を策定するなど、農産物・食品の安全対策に取り組んでいます。この度、日本生産者GAP協会が監修し、AGICが作成した同手引きをベースに、選果場等の一般衛生管理を具体的に理解すると共に、衛生管理計画の作成と実践の手法について実在する選果場・施設のリスク評価の演習を通して学ぶためのセミナーを新設しました。

 主な内容は、①講義:HACCPの制度化と青果物集出荷施設の衛生管理について、衛生管理計画の作成・一般衛生管理・ハザードリストとリスク評価、②演習:施設の現状評価、商品説明書の作成です。

 今年度の始め頃は、地方行政機関やJAなどもなかなかオンラインセミナーへの対応ができていませんでしたが、この2~3ヵ月でようやく各組織もウェブ対応が進み、Zoom等によるオンライン会議システムの利用経験者も増えてきたようです。

 受講者から「今回はコロナ禍につきウェブ参加したが、育児による時短勤務をしている身からすると、今後もウェブセミナーなどが拡がれば心強い」との声もいただき、多様な働き方にも貢献できるのではないかと思います。

2020/10


株式会社Citrus 株式会社Citrusの農場経営実践(連載37回)
~社員の1人が自立就農予定決まる~

佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役

 弊社の定款の1つに人材育成がある。これまで3名の社員の自立就農を成功させてきたが、ここにきて来春の就農を決めた社員が誕生したことは格別に嬉しい。


(図)有田川町役場のプレスリリース

 一方で、今後の会社運営への不安が高まった。これまで自立就農した社員は県農業大学校を卒業した農業や林業などの第一次産業を営む家庭の子弟であり、将来自営することを想定した採用であった。しかし、来春に就農予定の社員は非農家出身であり、将来は弊社の担い手として活躍してくれる社員と期待していた。勤続5年目を迎えた今春に自立就農したい意向を示したので、弊社の運営を担って欲しいと慰留に努めたが、令和2年9月1日付けで令和3年2月28日退職とすると届けが出された。会社の運営を考慮しての早めの届けは有難かったが、本音を言うとちょっとショックを受けた。本人は着々と自立就農を模索していたようで、新規採用当時はここ有田地方でみかん農家になることが夢だと語っていたが、本当にこんなに早く自立就農まで進むとは全く予測していなかった。 現在の生産現場は、就農予定をしているその社員と、今年3月に新規採用した和歌山県農林大学校就農支援センター社会人課程を修了した女子社員1名と、コロナ禍で研修開始が5月末にずれ込んだが、有田川町事業として有田川町に着任した地域おこし協力隊の青年男性33才(3年間)の3名で運営している。この10月末からは、和歌山県農林大学校就農支援センター社会人課程の男性34才の研修生が1ヶ月間の予定で弊社にてインターンシップに入る。研修の事前打合せにおいてインターンシップ研修生は来春の就農を予定していると聞いている。

 今のところ現場の運営はなんとかクリアー出来そうであるが、収穫の繁忙期のアルバイト確保は進んでいない。今年度は、県外からのアルバイト募集は控えている。昨年までは、古民家やアパートでの集団生活をベースにしてアルバイト勤務に就いて貰っていたが、コロナ禍での感染リスクを避けるために、地元での雇用を中心に計画している。幸い1名の地元要員の雇用が決まっている。「コロナ禍で失業したので・・」と東京から問合せがあったが、例年のようなCitrus寮としてのアパートの確保を取りやめたため、残念ながらお断りする結果となった。

 人材育成については有田川町の地域おこし協力隊員1名と、就農支援センター研修生のインターンシップ1名、それに、今年3月に新規採用した女子社員の令和2年度第2期の「農の雇用事業」が8月から2ヵ年間採択され、この事業による研修4回目に入ることが出来た。それぞれの研修はこれまで順調に進めることが出来ている。


(図)現在の社員(左2名)及び研修生(右2名)

 一方、次年度からの会社運営については、先ずは、令和3年度の新規採用者の募集を始めた。これまでも農林大学校卒業生の採用をポリシーとしているので、採用案内を出したが、提出時期が遅くなり、学校から、現在は「応募者ゼロ」との返事を受けたばかりである。今後は農林大学校に関係するような地元の若者で農業志向をもつ青年を模索していこうと口コミで募集を始めたところである。 また、経営者である著者が今年5月末に病気入院したこと期に、農業生産法人の在り方についても取締役会で検討を始めた。近い将来は、著者も取締役を務めると同時に、株式会社Citrusの法人構成員で、農産物販売事業を展開している「株式会社みかんの会」と連携して、アメリカ型のグワーシッパーを目指すとした課題を進めることとなった。

 このコロナ禍において、経営面では「高収益作物次期作支援交付金」の申請や「経営継続補助金」の申請を既に行っている。「経営継続補助金」の採択は未定であるが、「高収益作物次期作支援交付金」は申請書に偽りがない限り交付されると聞いている。また、農済の収入保険契約も8月末に基準金額が示されたので、ちょうどサインを済ませたところである。あとはコロナ禍での販売はどうなるか、異常気象下での自然災害の発生など、気がかりなことばかり続くが、人材育成を進めるために前に進むしか無いと考えている。

2020/10