-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

GAP普及ニュース 63号

《巻頭言》
『私の働き方改革』

二宮正士 一般社団法人日本生産者GAP協会常務理事

 ちょうど「全国緊急事態宣言」が解除され、私自身の自宅テレワークも3ヵ月半になろうとしています。この間、私は、ほぼ安全な場所に巣ごもりしていたことになりますが、闘病されている方々を案じ、医療関係者や社会インフラを支えて下さっている多くの皆さんに感謝する一方、不安定な雇用や休業要請による経済的困窮、様々な社会的弱者の存在や差別、誹謗中傷、夢を奪われる若者、コロナ患者を受け入れるほど病院経営が悪化するなど、社会的な矛盾や理不尽さがあとからあとからコロナ危機で際立ってくるのを見聞きして、心安らかにはなれません。 データ的にもかなり感染が深刻に見えてきた3月になっても、「こうなって欲しい」に基づく科学的根拠のない「感染の過小評価」と思える発言が国の中枢に近い筋からしばしば聞かれたのも気になりました。その後、大分改善されたようにも思いますが、最近になっても観念論的発言をされるリーダがいます。

  ちょっと話は違いますが、知合いが自分の子供をシートベルトもせず、しかも立たせて助手席に乗車させていたのを見て、「危ないのでは」と相当やんわり忠告したときの返答が、「いや、大丈夫」だったことを思い出しました。考えてみれば、根拠無く「どうにかなる」と思い込み、なるべく論理的にリスクを減らそうという感覚の欠除は、そこら中に蔓延しているのだと思います。GAPがなかなか普及しないのは、「農業の持続性」への理解の欠除に加え、まさにこれではないでしょうか。英語やプログラミング以前に、リスクマネージメントの考え方を子供に分かるように教えるのが先ではないでしょうか。災害や病害はもとより、何があるかわからない時代に、自らを、論理的に筋道をたてて守る知識や判断力が最も重要に思えます。最近はさすがに減ってきたのかもしれませんが、「根性」のような精神論や観念論には辟易とします。

  さて、私は3年前に常勤の職は退きましたが、その後幾つかの海外研究プロジェクトへの参加や海外の大学の教員も兼ねていることもあり、年に40%は海外にでていました。その生活が新型コロナで一変しました。国内のプロジェクト会議や省庁の委員会なども3月下旬以降、全てキャンセルになり、いわゆるテレワークになりました。ただ、最近、圃場に出て自ら作業し、データを採ることが非常に少なくなっていることもありますが、多くの仕事がオンラインで出来てしまっています。テレワーク化できない仕事は世の中に数多くあると思いますが、今の私の立場では、影響は相当小さいことを改めて実感しています。海外の大学院生をオンラインで指導していますが、概ね目的は果たせていますし、3月に予定され、急遽キャンセルになったインドでのプロジェクト会議や、国内のプロジェクトの打合せなども、オンラインで目的は十分果たせています。

  東大でも、全講義が4月の学期当初からオンライン化し、学生も教員も自宅から実施していますが、概ね順調のようです。私の米国の友人教授は、「反転授業(Flipped Class Room、授業はオンデマンドで好きなときに、宿題や実習は大学の教室で実施)」の推進者で、その教育効果が極めて高いことをデータ示しています。これを機会に、大学に行けるようになっても、一部は「反転授業」としてオンライン講義を恒常化して欲しいとさえ思っています。私の大学のオフィスは西東京市にある東大農場にあり、現役中は、学内の会議や講義のために本郷・弥生地区に往復2時間かけて、週に何度も往復しました。中には15分で終わる会議もありました。当時、何度もお願いして実現しなかった学内会議のオンライン化が瞬く間に実現したのを見て、やや複雑な心境でもあります。

  テレワークになって何よりも感じるのは、出張や出勤など移動時間が無いことでもたらされる生活時間の余裕です。時間があったので、便名と日時を入力すると、飛行距離・時間、温暖化ガス排出量などを計算してくれる専用サイトで、過去3年間分のデータを入れてみたところ、800時間以上ありました。一ヵ月以上機上にいたことになります。温暖化ガス排出の飛び恥も半端ではありません。新幹線、通勤、都内の移動、空港との往復など、全部合わせるとどれだけになるのか.もちろん移動時間中に何も出来ない分けではありませんし、物理的に訪問することで得られる人との出会いや、食や文化の経験は何ものにも代え難いことは間違いありませんが、あまりにバランスを逸していたと今頃気がつきました。この間、積んであった本や、たまっていたドキュメンタリー録画などを読み視聴する余裕もでました。世界中のバーチャル美術館を訪問してアートを堪能し、YouTubeに豊富にある無料コンテンツで新しい言語にも挑戦中です。遂には、10数年ぶりにプログラミングも始めています。久しぶりに味わう「ゆったり感」に、まさに私にも突然働き方改革が実現されました。

  それにしても、日本のIT化の立ち後れを改めて認識させられる機会にもなりました。「IT立国」のかけ声は何度も聞いた気がしますが、キーボードに触ったことが無いセキュリティー大臣や、電子署名が法律的に大丈夫な今も、就任の第一声が「印鑑擁護」のIT大臣など、いかにも本気では無い状況のつけが一気に露見しました。感染情報の伝達に今もってFAXが多用されているなど、驚きの連続でした。極めつけは、特別給付金の申請で、オンラインの方が手間がかかり、自治体によっては全部郵送に切り替えたことでしょう。まるでオンライン申請者の不手際が原因にように言われていますが、本来はマイナンバーカードをかざすだけで全て終わるシステムになっていないことが問題です。情報の保護体制などマイナンバー制度に解決すべき課題はありますが、本気でそのメリットを活かそうとせず、一方で法人に給与等支払のためのマイナンバーの登録を、使いもしないのに義務化するなど、手間ばかり増やしてきた残念な結果です。

  小中学校や高校のIT化の遅れや格差もここまで酷いとは思いませんでした。これを機会にオンライン授業を実現しようしても、子供達への不平等を理由に止められたというような話があったようですが、環境を用意できない子供達には行政が責任を持ってサポートし、教育の質と量を担保して欲しかったです。想像するに、「不平等云々」以前に、教育関係者の「ITリテラシー」〈用語解説参照〉が低く、右往左往してしまったのかもしれません。一方、有名なYouTuberの人気塾講師にノウハウを教わり、教育効果のあるコンテンツの作成を試みた先生方の話を聞いたときはうれしくなりました。実は私も、高校数学の難題「オイラーの公式」を、中学生の知識から完全に証明するYouTuberのシリーズに出会い、その教え方の上手さに感動しました。分からなければ話を止めて戻れるし、教室で習うより遙かに効率的で判り易いものです。先の「反転授業」など、オンライン講義が非常事態の代替ではなく、もっと積極的に教育に取り込むべきであることを実感しています。

  官公庁にも対応に差があり、3月以来、すぐオンライン会議を実施できたところもあれば、メール会議と称する議論が非常にしにくい方式のところもありました。オンライン会議で全く問題ありませんでしたし、議論の対象になっている情報をPC画面表示してもらえるので、分厚い資料を探す手間も無く、判り易いくらいでした。官公庁の委員会メンバーになると、場合よっては事前説明ということで、わざわざオフィスまで来ていただくこともありますが、今後はオンラインで十分な気もします。もちろん外に出て気分転換という意味もあるのかもしれませんが・・・。ちなみに、官公庁のテレワーク率も自ら要請している割には低かったようです。聞くところによると、各庁舎への回線容量が低く、テレワークによる外部からのサーバーへのアクセス集中が担保できないのが一つの理由と聞き、これまた残念でした。数年前に公表された「デジタル・ガバメント実行計画」で、民間クラウドを利用することになっていた気がしますが、いまだに管理が面倒で、場合によってはセキュリティー上も脆弱な自前サーバーであることを知りました。

  2000年頃だったと思いますが、国を挙げて凄い勢いでIT化を進める韓国や中国を横目で見て、「カンチューハイ(韓中敗)」と仲間と残念がったことがありますが、今回のコロナ対策でも、明らかにIT化の差による対応の迅速性・効率性の違いが顕著だったと思います。もちろん、トップダウンの統制的な国と単純な比較はできませんが、同じようにIT化の意義を十分に理解して政策を進めてきた台湾の対策も見事でした。世界のIT化による急速な社会変革の時期と、日本の失われた30年がちょうど一致しています。日本のIT化の遅れが、世界の流れに乗り遅れ、置いてきぼりをくったのも一つの原因に思えます。日本の労働生産性が低いと言われる一因もそうでしょう。

  宅急便やコンビニなど、我々がもはやそれ無しでは暮らせないサービスも、IT無しでは成立しないものであり、ある意味で日本はもともと先行していたとも言えます。ハードやネット環境も遅れてはいません。ではなぜか立ち遅れてしまったかという問いに、私は明快な答えは持っていません。ひとつ言えることは、ハード信仰とソフトウエアの軽視、とりわけ使えるデータがなく、データ間の連携もとてもしにくい現状や、インターネットを軸にした分散型でフラットな社会の利点への無理解、クラウドを活用できず自前主義による高コスト、必要なものはできるだけシェアして効率化し、一方で独自性は担保して付加価値を創出するという、本来のオープン化の意味への誤解など、理由はいろいろあるでしょう。 例えば、世界を席巻しているシェアエコノミーというITを基盤とした新しい経済やキャッシュレス社会についても、すっかり出遅れてしまいました。背景にあるのは、新しいもの、知らないものを取り入れたくない元来の保守性に加え、「ITリテラシー」の低い方に、全てを合わせようとする「やさしさ」もあるのかなとも思っています。

 今、盛んにアフターコロナが語られています。おおよそ予想もしていなかったことが、しかも世界で同時に起きたことの衝撃は強烈です。今回経験したテレワークを背景に、いろいろ述べてみました。テレワークや情報伝達の効率化、データベースの連携など、これまで日本ではなかなか実現できなかったイノベーションを、致し方なく始めざるをえない事態になりました。様々なしがらみの中で、大きな社会変革は難しいと言われる日本が、今回の危機の中、やっとそのきっかけを掴んだのかな?「いや掴んで欲しい!」と、この間の経験を通して考えるようになっています。実際の報道などを聞いていると、同じような発言が目立ちますので、多くの皆さんが同様に感じているかも知れません。今後の日本に期待したいと思います。

2020/7


『日本のGAP、すべてはここから始まった』 《連載第4回》
~日本に輸入されたGAP概念を考える~

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

 この連載の最初に掲載した「イギリスからの一通の手紙」により、世界の農産物生産者と欧州における流通業者の農産物取引基準は一変しました。

  これまで各スーパーマーケットや卸売業者がサプライヤー(供給者・出荷者)に対して取引条件として要求していた各社独自の「農場管理基準書」(二者認証)以外に、特に輸入農産物に対しては、「EUREPGAP規準(2007年からGLOBAL G.A.P.規準に名称変更)」(第三者認証)を、各国の農産物輸出業者に要求することになったのです。その結果、農産物流通の世界に大変革がもたらされることになりました。EUのスーパーマーケットでは、農産物を取引する際に何らかの農場保証(Farm Assurance)を要求することとなり、生産者は最低でもGLOBAL G.A.P.認証を取得しなければ農産物の出荷(販売)すらできなくなったのです。

日本政府もEU情報として把握していた

 1999年から英国にリンゴを輸出していた片山林檎に届いた「イギリスからの一通の手紙」の課題を解決するために、片山さんと筆者が2002年からEUREPGAP認証の課題に取り組み始めた当時、日本政府も「海外農業情報トピックスEU」としてEUREPGAPの普及情報を入手していました。農林水産省の報告書の概要を見てみましょう。

引用:「海外農業情報トピックスEU、ユーレップギャップの概要、農林水産省大臣官房国際部国際政策課、040311」(2004年3月11日)以下に再録します。

[ユーレップギャップの普及]

  近年の食品分野における話題は、遺伝子組換え食品、狂牛病、口蹄疫、鳥インフルエンザなど、食品の安全性問題が相次いでいる。消費者の間で食品の安全性を懸念する声がますます強まる中、農産物の生産から小売までのフードチェーン全体をカバーする安全管理体制作りが急務となっている。欧州小売業組合適正農業規範(EUREPGAP、以下「ユーレップギャップ」とする)は、このような背景から誕生した食品安全性に関する認証制度で、加工前の食品を扱う生産者を対象としている。対象分野は「野菜・果物」のほか、「花き・観葉植物」「家畜」「混合穀物」「飼料」の計5つがある。

  ユーレップギャップでは農産物生産から出荷までの生産過程に焦点が当てられているが、規範は消費者の手に渡るまでの全過程に及んでおり、その厳格な基準にも定評がある。このため、規範に法的拘束力はないものの、欧州では導入が本格化しており、大手スーパーの中にはユーレップギャップの認証ライセンス取得を仕入れ元である農家に義務付ける動きも出始めている。欧州に農産物を輸出する欧州外の業者にとっても無視できない存在となるのは時間の問題であると言えよう。

[ユーレップギャップ成立の背景とその概要]

  ユーレップギャップは1997年、遺伝子組み換え食品、狂牛病といった食品の安全性を脅かす問題を未然に防ぐための対策として、欧州小売業組合(EUREP/Euro‐Retailer Produce working group)により提案された適正農業規範(GAP/Good Agricultural Practice)である。当時すでに欧米には、食品加工における品質管理プログラムとしてHACCPが存在していたが、この基準は材料入荷前の過程をカバーしていない。このため欧州小売業組合は、HACCPの方式を加工前の農産物の栽培・出荷にも採用するユーレップギャップを誕生させることにより、生産から流通までを含むフードチェーン全体での安全管理の実現を目指したのである。ユーレップギャップの認証ライセンスは、HACCPの特徴である監視・記録による安全管理が農閑期も含めた生産の全過程で実施されていることを保証するもので、より高い安全性をアピールできる。

  また、ユーレップギャップの対象が食品の原産国まで遡ることから、国際的に通用する共通基準としての役割を果たすことも特徴的である。多くの食品は国境を越えて流通しているが、原産国と輸入国の安全基準に格差がある場合、安全性の保証は不十分なレベルにとどまる。食品業界にとっては、原産地の食品安全性を世界共通基準で保証することが、消費者の信用を勝ち取る鍵となる。実際、ユーレップギャップに加盟している小売業者の多くは多国籍企業であり、仕入れ元となる生産者にユーレップギャップの認証ライセンス取得を条件付けることで、自社のブランド力を高める方針を採用している。

 なお、ユーレップギャップの基本的な枠組みを示す規約は、食品の安全性の保証、生産者の福祉、地球環境の保護、の3つを柱としている。これは、生産者の労働条件の改善や、地球環境への配慮なしには、本当の意味での食品の安全性を達成することができないという考えに基づいたもので、今後の食品産業においては、この3条件を満たすことが世界標準になるとしている。食品の質を保証するとともに、人間、地球に負荷をかけない食品産業のあり方を全世界的な規模で追及することが、ユーレップギャップの究極の目標と言える。

 この報告書に書かれた内容が、その後の日本でのEUREPGAP認証(後のGLOBALG.A.P.)の位置づけとなっていますが、日本では、欧州各国や各州で実施されている農業政策の公的なGAPやGAP規範(適正農業規範)の意味と誤解されています。

 この報告書では、EUの大手スーパーによってEUREPGAPという民間認証が農家に義務付けられ、それは欧州への農産物輸出者に対しても同じことであること、従って、多国籍企業が多い食品業界にとって国際的に通用する共通的な基準としての役割を果たすため、農産物流通の世界的な大変革をもたらすことを示唆しています。そして2020年現在、欧米各国並びに欧米への農産物輸出国では、報告書の予想通り農場認証制度が定着し、流通段階での認証確認は農産物取引の標準になりました。しかし、行政による農場認証支援が他国には例がないほど行われている日本の農産物流通において農場認証ビジネスは普及せず、2020年の現在も農産物流通の大変革は起こっていません。何故でしょうか?

公的なGAP規範と民間の農場認証(GAP認証)を混同したことが日本の誤解の元

 青森のリンゴを欧州に輸出していた㈱片山林檎に届いた「イギリスからの一通の手紙」の課題解決のために片山さんと筆者は欧州のGAPの調査に取り組みました。これは、欧州の大手スーパーから要求されている当事者としての日本の農業者の視点で考えるGAPに関わるいくつかの概念の調査であり、上記の農林水産省の報告書とは異なっています。

 この報告書では、『欧州小売業組合により提案された適正農業規範(GAP/Good Agricultural Practice)』と表現していますが、「適正農業規範」は英語でCode of Good Agricultural Practiceと表現し、それは適正な農業の管理を行う上での理念やその根拠となるものを記述した公的な農業書であり、科学・技術や法令等による適切な農業生産の在り方の基本的な考え方と適切な行為を示したもので、どうすれば良い農業になるかを示す公的な指示書です。

 前に示した農林水産省の報告書が指しているEUREPGAPは、実際は民間の農場認証(農場保証制度)のことであり、適切な農業生産で求められる諸条件をまとめた農場評価の物差し(審査基準体系)のことです。『欧州小売業組合が提案した“適正農業規範”』という言葉を使っていますが、EUの加盟各国政府が示す公的な『適正農業規範』ではなく、それは民間機関による『任意の審査規準』なのです。つまり、スーパーなどが農産物取引の要件と考える「生産者が達成すべき業務の内容を農場の管理項目としてまとめたもの」です。

 このように、GAPの概念が日本に持ち込まれて以来、未だに、適正農業規範(GAP規範)と農場認証、農場保証(GAP認証)とを区別していないことが、日本でGAPやGAP認証が普及しない原因の一つと思われます。

 ソース画像を表示この農林水産省の報告書では、『ユーレップギャップは、食品安全性に関する認証制度で、加工前の食品を扱う生産者を対象としており、HACCPの特徴である監視・記録による安全管理が農閑期も含めた生産の全過程で実施されていることを保証する』と分析しています。これは正しい分析でした。EUREPGAP認証規準を作った欧州の小売業組合自身が、認証規準のことを、その基準文書の中で「生産者、生産者団体、地方・政府組織によって開発・改良され、環境への悪影響を最小化することを狙った農業システム(GAP)の進歩は大きく、それを支援する」制度であると記述しています。その基準文書では、同時に「食品の取扱いとしては、HACCPを奨励する」ものであるとも記述しています。

 以上の事実から、EUREPGAP認証(現GLOBALG.A.P.認証)は、GAPの考え方と、HACCPの考え方とを取入れた、農業者に対する農場検査システムであることは明らかです。しかも、農業者を検査するのはスーパーなどの買手であり、EUREPGAP認証は農産物の仕入基準として制度化したものです。実際にGLOBAL G.A.P.認証を代表とするGAP認証制度などは、義務化されている公的制度のGAP(適正農業管理)を行う「良い農業の行為」ではありません。欧州で義務化されている環境保全型農業のGAPを行っていることを前提に、民間が食品安全を中心に行っているのがGLOBAL G.A.P.認証であるということです。すなわち、日本でGAP認証と呼んでいる概念は、欧州の民間が行っているFarm Assurance(農場保証)というものです。

 日本にEUREPGAP認証制度が入ってきてから“GAP”という言葉が紹介されたため、農場保証制度をGAPまたは適正農業規範である誤解し、未だに正しい理解が進んでいな現状があるのです。そのため、農林水産省では2017年度より、あえて「GAPはする」もので、「認証はとるもの」であることを強調しています。しかし、この誤解のもとで、日本では欧州と真逆の「輸出促進のためのGAP認証」という途上国タイプのGAP政策が採られています。

GAP認証は食品安全を主な目的とした
農業の社会的責任の農場保証制度

 《連載第3回》の「EUREPGAP農場保証制度の戦略」では、EUの政策で「2004年に食品取扱事業者のHACCP等の義務化が決まった」ことが、EUREPGAP農場認証制度が普及するに至った大きな要因の一つであると記述しました。EUREPGAP認証は、スーパーなどが農産物取引の要件と考える「生産者が達成すべき業務の内容を農場の管理項目としてまとめたもの」ですから、食品に対する衛生管理は、重要な認証要件であると言えます。特に、EUの食品衛生に関する法令は「農場を除く全ての食品取扱事業者のHACCP等の義務化」としていることから、農産物を仕入れる事業者としては、HACCPの前提条件プログラム(PRP:一般衛生管理)としてGAP(適正農業管理の遵守)に期待するのは頷けることでもあります。

  その意味でEUREPGAPが食品安全に関する認証制度であるという規定はその通りです。EU各国の行政や農協組織などが、民間の農場保証制度は商品衛生管理を主な目的としているものが多いという意見とも一致します。

  この報告書の分析で指摘しておかなければならない最も重要な点は、EUREPGAP規準は、食品の安全性の保証、生産者の福祉、地球環境の保護の3つの柱で、これは、『生産者の労働条件の改善や、地球環境への配慮なしには、本当の意味での食品の安全性を達成することができない。』と分析していることです。「本当の意味での食品安全を達成する」という言葉でGAP、つまり適切な農業の実践が「すべて食品安全の確保のためにある」という説明は非論理的です。

  それにもかかわらず、日本ではGAPの目的は食品安全で、ついでに環境保全と労働安全にも努めましょう!と言われ(思われ)ています。結局、日本では、適正農業規範(GAP規範)と農場保証(GAP認証)とを区別しないことが原因です。

 そもそもGAP規範は、農業由来の環境汚染を起こさないようにコントロールすることを求めています。そして、GAP規範の遵守は「2005年にクロス・コンプライアンスが開始された」ことで、EUでは農業者のマナーとなっています。また、労働衛生や従業員福祉は、農業事業者としての社会的責任です。農産物の取引相手として、農業者にCSR(企業の社会的責任)を求めることは今や常識です。

  最後に、以上からGAP概念の区別について以下のように整理することができます。

GAP規範(現在の農業者が守るべき農法)
GAP(GAP規範の遵守/GAP規範を順守していること、適正農業管理)
GAP認証(農産物の買手が農業者に求める様々な要求事項/主にGAPとHACCP、CSR)

2020/7


野菜フードシステムの構造変動と課題

佐藤和憲 東京農業大学教授

1.野菜のフードシステムをめぐる問題状況と課題

 かつて野菜の産地形成は、農村地域の振興に直接的につながっていた。家族経営を担い手とした特定品目への生産集中と農協等による大都市卸売市場への大ロット出荷が、資材調達や集出荷における規模の経済の実現や卸売市場における価格形成の有利性を通じて、生産農家の農業所得の向上と関連する農協や農業関連産業を潤し、引いては地域経済を活性化させていた。

 しかし、野菜の生産構造と消費・小売の構造変化によって、こうしたビジネスモデルは成立し難くなっている。まず生産面では、主な担い手である主業的な家族経営とその労働力が弱体化しているため、新たな野菜の導入はおろか、既存品目の維持すら困難となっている。他方では、借地と雇用労働力により規模拡大した農業法人や大規模な家族経営が徐々に出現している(1)

 他方、消費・小売面では、レストランチェーン等の外食企業の業務用野菜やスーパーマーケット〈以下、スーパー〉等の小売企業のプライベートブランド野菜の拡大により、個々の顧客ニーズに対応した多様な品揃えを図りながら、周年安定供給を果たす必要性が高まっている。こうしたニーズには、均一な大ロット流通を特徴とする農協共販、卸売市場流通だけでは対応が困難となっている。このため外食企業や小売企業は、カット野菜事業者や産地集荷業者をエージェントとした継続的な取引や契約取引、または自ら野菜生産者との直接的な継続取引や契約取引、さらに子会社や関連会社などによって直営生産に参入している例も出てきている(2)

 以上のような生産と消費・流通の構造変化が、両者を結ぶ中間流通の構造、変革を促し、生産から消費に至るトータルとしてのフードシステムとしての構造変動に結果しているとみられる。こうした構造変動の中で、新たな野菜生産の担い手である農業法人や中間流通の担い手であるカット野菜事業者や産地集荷業者の事例分析は少なくないが、両者を結ぶ流通チャネルないしサプライチェーン、川下における外食企業や小売企業との取引関係、さらに川上における家族経営と契約取引等について総合的に整理した成果は少ない。

 そこで、ここではまず野菜の生産と消費・小売の構造変化を確認した上で、両者を結ぶ中間流通について流通チャネルとサプライチェーンの視点から現段階の到達点を整理するとともに、今後の課題を提起したい。

2.消費・小売構造と生産構造の変化

(1)消費・小売の構造変化

 高齢化社会を迎え、健康への関心は益々高まっているが、意外に野菜の消費は長期的に減少傾向が続いている。食料需給表の1人1日当たり供給純食料(生鮮品だけでなく加工品も含む)は1993年の104kgから2017年の91kgへと四半世紀近くの間に1割以上も減少している。

 こうした中で、家庭用野菜の主なアウトレットであるスーパーは、主要品目の数量と価格の安定性に重点をおいた商品戦略をとってきたため、卸売市場の仲卸業者等との継続的取引を主体として調達してきた。1970年代から1980年代にかけては、一部のナショナルチェーンが価格訴求のため産地との直接取引も試みたこともあったが、需給調整の困難や割高な物流コスト等の問題から定着するに至らなかった。

 しかし、1990年代に入ると有機農産物や特別栽培農産物に対する消費者ニーズを背景として、有機農産物の生産者や生産者団体から直接調達するチャネルを構築し始めた。さらに、1990年代後半以降、食品の安全・安心が大きな社会問題となるとともに、GAPやトレーサビリティーシステムといった安全対策やコンテナ利用によるコスト低減といったサプライチェーンの構築を図りながら、特定の生産者や生産者団体、産地集荷業者との間に継続的で直接的な取引を卸売市場の内外で進めてきた。これは同時にスーパーのプライベートブランド戦略の一環という側面も持っている。

 また、外食や中食といった「食の外部化」が進行しており、食の外部化率〈家計の飲食料費に占める「広義の外食費」の割合〉を見ると、1975年の28.5%から2018年には43.7%へと上昇している。こうした食の外部化に伴い、野菜が外食産業や中食産業で加工・調理され料理や惣菜として消費者に購入・消費される比率が高まっている。野菜の加工・業務用仕向け比率は1965年に23%であったが、2015年には57%と家計用需要を上回っている。このように野菜消費は家庭から外食・中食へシフトしている。

 外食・中食産業は、野菜以外の食材を含めた多数の食材を調理・加工し料理または惣菜として消費者に提供するため、使用される野菜の調達ロットは、大手スーパーチェーンと比較すると小さく、セントラルキッチン〈以下ではCK〉や店舗へ、必要に応じて洗浄、皮むき、カットなどの前処理、さらに調理されるなどしてから納品され、企業によってもスペックはかなり異なる(3)。主要な野菜は年間を通じて食材として使用されるため周年納品が求められる。このため、従来は卸売市場で調達した野菜を小分けし、前処理して納品できる仲卸業者等を通じて調達されることが多かった。

 しかし、スーパーチェーンと同様に、食品の安全・安心への対応が求められる中で、生産者や生産者団体からの直接的な調達チャネルの構築が課題となった。しかも、外食・中食チェーンでは、生で食べるサラダなどのメニューでは、こだわりの食材を使用することによる差別化の効果が大きいこと、また使用する主要な野菜の品目数は以外に少ないことから、スーパーより早い時期から、直接的な取引だけではなく、子会社や関連会社による直営農場や農業法人への出資に乗り出す企業もあった。

(2)野菜生産の構造変化

 野菜産出額は2017年現在2兆3212千万円で、畜産に次いで第2位であり、野菜販売農家37万戸(2015年)の半数以上は主業農家と準主業農家が占めており、日本の農業を構成する最重要部門の一つである。野菜の作付面積は2017年には40.6万ha、生産量は1,115万トンに上るが、過去10年間に作付面積、国内生産量ともに7~8%減少している。その主な要因は、販売農家の大幅な減少にある。具体的には2000年から2015年の間に17%減少している。また、労働力の弱体化があり、露地野菜単一経営農家の農業従事者に占める65歳以上の比率は47%に増えている。こうした国内供給力の減少に反比例して輸入野菜が増加し、国内消費仕向けのうち輸入野菜が2割弱を占めるに至っている。輸入野菜の増加は、価格変動を上方に硬直化させており、これが零細な生産者の意欲を低下させ、販売農家や作付面積の減少に拍車をかけているとみられる。

 他方で徐々にではあるが大規模な野菜生産を行う農業法人や大規模家族経営(以下では農業法人等)が出現している。その基本的な特徴は、借地と雇用労働力による大規模な直営生産と中小農家への委託生産の組合せ、そしてスーパーや外食企業への直接的な販売である。これはアメリカのGrower & Shipperに類似した性格を有していると言える(4)。

 野菜の農業法人等の特徴をビジネスモデルとして整理すると、以下のようにまとめられる(5)。まず、顧客と契約取引、戦略的な提携関係を結ぼうとしていることもある。商品・サービスについては、特定のスーパーのプライベートブランド商品や特別規格品及び外食企業や中食企業向けの業務用バルク品やカット品にも対応していることである。販売チャネルについては、卸売市場も活用しているものの、スーパーや外食企業への直接的な販売チャネルを構築しようとしていることである。経営資源については、特定品目を周年的に生産するために、気象条件の異なる広域に分散した農地及び他の農業経営とのネットワークが資源となっている。さらに農業以外からの人材が事業展開にとって有力なマンパワーとなっている点も指摘できる。事業活動については、農業生産法人等による野菜の直営生産が中核的な事業になっているが、中小農家との共同、ないし中小農家への委託生産が組み合わせられていることが多い。さらに中核となる農業法人等は、集荷、調製・選別、包装、販売活動および加工・サービス事業を展開していることが多い。パートナーシップ(協働関係)については、農業法人等と一般の中小農家の間に垂直的な取引関係が形成されているのが特徴であるが、他の農業法人や生産資材企業との連携関係が形成されている例も見受けられる。収益構造については、直営生産野菜や委託生産野菜による野菜の販売収入が主体ではあるが、法人によってはカット品や冷凍品等の販売収入もかなり大きなものになっている。コスト構造については、家族経営と比較して雇用労賃及び機械や施設といった固定費が大きいのが特徴であり、このため損益分岐点は高くなりがちである。

 このように大規模な野菜生産販売を行う農業法人等も徐々に出現しているが、家族経営の減少を十分補うには至っておらず、依然として野菜の国内供給量は減少し続けている。

3.中間流通とサプライチェーンの構造変化

(1)産地段階

 小売企業や外食・中食企業が産地から野菜の直接的な調達を進め、これに対応して産地にも新たな野菜生産の担い手が登場する中で、中間流通も構造的な変化を遂げている。

 まず産地段階では、従来、農協など出荷団体の多くは、地域を単位とした共選共販体制によって卸売市場への委託販売を行ってきたが、90年代後半に至るとデフレ下での卸売市場価格の低迷と生産者の高齢化により共選共販体制の維持が困難になってきた。こうした中で、一部の農協や全農県本部は小売企業や外食・中食企業およびカット野菜事業者との直接的な取引に取り組み始めた。こうした取引は、小売企業や外食・中食企業の調達スペックに応じた品質・規格、価格、数量の商品を、納期を守って納品することが不可欠なため、生産契約や販売契約で確実に生産者から集荷することが必要となる。このため契約の対象となる生産者も、従来の農協の部会組織に組織された中小農家ではなく、契約に対応する能力のある農業法人や大規模農家のグループになっていることが多い。また従来の共選共販体制と同様、契約に必要な肥料、農薬などの資材供給や技術指導を行うだけでなく、生産履歴管理や経営指導を行い、取引の安定化を図っている。

 例えば全農茨城県本部では、1996年から生産者との契約による買取集荷、スーパー向けの規格簡素化を含めた産地パッケージ、加工・業務系実需者及びスーパーへの契約販売を柱とした直接販売事業(以下ではVF事業と呼ぶ)に取り組み、2016年の販売金額は200億円を突破し、園芸販売事業全体の約2割を占めるに至った(6)

 VF事業の特徴は、単協ではなく全農茨城県本部が事業主体であること、外食・中食企業やスーパー等との契約に基づいた直接取引を行っていること、生産者とも契約に基づいた買取集荷をしていること、などである。顧客との取引は、契約と契約外に大別される。契約は実質的に価格が固定される期間の長短によって、シーズン契約と週間契約に分けられる。シーズン契約についてみると、収穫・出荷期間を通して、価格と出荷数量を決める生産契約で、主に外食・中食企業、カット野菜企業、商社、スーパーとの取引に用いられる。価格は原則として契約当初の設定価格から変更されることは少ないが、天候不良などによって需給が大幅に変動した場合には協議の上で変更することもある。生産者との契約は、シーズン契約と週間契約に分けられる。シーズン契約は、まず播種の1~2ヵ月前に全農茨城と顧客のバイヤーが商談を始める。全農茨城は商談で得られた予想発注量に基づいて作付面積や生産者数を概算設定する。同じく商談で得られた価格、品質・規格、栽培条件等を生産者に提示して参加者を募集し、場合によっては単協の生産部会にも声をかけて供給産地づくりを進める。参加する生産者が決まったら作型毎に播種前の技術講習会を行い、この過程で作型ごとに生産者数と栽培面積を確定することにより、一定期間、安定した出荷体制をつくり上げている。出荷期間中は、毎週の後半に関係全生産者を集めた定例会を開き、次週の生産者別の出荷予定数量を把握する。また顧客からも次週の発注予定量を把握し、この発注予定数量と出荷予定数量をすり合わせながら、発注に応じた確実な納品できるように調整する。このような個別生産者との契約の他に、単位農協の生産者部会との契約も行っている。契約生産者は、数戸から最大30戸程度までの小グループに組織化されている。大きなグループでは4~5戸単位の班に分け、各班に日々の出荷数量を割り振るとともに、冠婚葬祭などにより急に出荷できなくなったメンバーがあるときは、他のメンバーがフォローするという支援体制をとって欠品防止に努めている。なお契約生産者からの集荷は先に述べた県内3ヶ所のVFステーションに直接集荷する方式をとっている。ただし単位農協の生産者部会との契約の場合は、単協の集選果施設から受け取る方式をとることもある(7)

 他方、農協と同様な機能を持つ産地集荷業者は、その投機的な企業体質や物流の不備等から、野菜流通のメインチャネルからは排除されてきた。つまり、従来の産地集荷業者は、系統農協組織の弱い産地に事業拠点を置き、市場相場の動きを予想して、生産者から直接買付け、または産地市場でセリ仕入れし、これを卸売価格の高い地域の卸売市場に出荷し、できるだけ大きな売買差益を追求するといった行動をとっていた。

 しかし、輸送事情の改善や系統農協による全国的な分荷体制が確立するとともに、その存立条件は失われてきた。ところが近年、新たな活路を見いだしている。それは小売企業や外食・中食企業からの発注を受け、これに応じたスペックの野菜を生産できる農業法人や大規模農家のグループと契約して取引し、集荷した野菜を企業に納品するといったものであり、先進的な農協や全農県本部のビジネスモデルと同様である。さらに、業務用野菜では、周年安定的な納品という点では、農協よりも前に進んでいる例もある。すなわち、先進的な産地集荷業者は、特定品目について出荷時期に異なる全国の複数産地と契約取引を結ぶことにより、カット野菜事業者や外食企業に周年安定した納品を実現している。

 例えば丸西産業(株)は長野県飯田市に本社をおく、肥料、農薬を取り扱う農業資材販売事業者であったが、県内のレタス産地である南佐久郡川上村でも資材販売を行っていたことから、平成期に入る頃からレタスの集荷・販売にも着手した(8)。その後、茨城、熊本へと契約取引を広げ、現在では業務用レタスの周年的な供給システムを確立するに至っている。丸西産業は主要顧客の提示する年間計画に基づいて計画的にレタスを生産し、需給調整しながら納品する仕組みを運営している。具体的には、夏場は長野、春と秋は茨城、冬場は熊本と鹿児島といったように、出荷時期の異なる全国の産地に契約生産者グループ(作付約750ha)を組織することによりレタスの周年安定供給を実現している。丸西産業と各生産者グループは作付け前に、同社が把握している受注予定数量と納品予定価格と、産地側の生産計画をすり合わせて作付計画を決定する。契約生産者は、これに基づいてレタスを作付け、栽培管理、収穫・出荷を行うが、各産地には丸西産業の職員が駐在して、栽培管理、病虫害対策、経営等の指導を行っている。収穫期には駐在職員は生育状況を把握して本社に情報伝達し、本社からの指示によって生産者に収穫・出荷を指示する。天候などにより、どうしても契約産地だけでは不足する場合には、丸西産業が他産地等から調達して納品している。

(2)消費地段階

 消費地段階では従来、卸売市場の仲卸業者等がスーパー向けの家計用野菜だけでなく、外食や中食向けの業務用野菜も主に取り扱ってきた。しかし、外食向けでは近年、店舗運営の合理化や低コスト化のために、予め下調理された食材の使用が増え、野菜では用途別に適宜切断、洗浄したカット野菜がそれにあたる。これを製造・販売するのがカット野菜事業者であり、産業規模は製造額で約1,330億円、小売段階の販売額で約1,900億円と推定されている(9)。カット野菜の種類は多岐にわたり、かつ頻繁に変化しているが、業務用のバルクと小売向けのコンシューマパックに分かれる。また、摂食方法では生食用と加熱調理用に分けられる。原料野菜構成では、1種類の野菜を原料としてカットした単品、複数の野菜を原料としたミックス、さらにカットした複数の野菜を別々にセットしたキットがある。その原料を重量ベースではキャベツが最も多く約3割を占め、次いでタマネギ、ダイコン、レタス、ニンジン、バレイショの順となっている。

 カット野菜事業者は卸売業や仲卸業を兼業する年商数億円規模の零細事業者が多いが、数十億円以上の事業者も出てきている。主力製品は、生食コンシューマパック、生食業務用、加熱調理業務用の何れかに特化している。また、1 次加工のみに対応する業者、土ものやねぎ等特定の品目のみ扱う業者、多数の原料や製品ジャンルにも対応する業者もある。原料野菜の調達先は卸売市場の卸売業者と仲卸業者が4割を占めているが、生産者、農業生産法人、農協等も3割強を占めている。取引方法としてみると、契約取引が約5割強、市場取引が4割強となっている。特にキャベツ、タマネギ、ニンジン、ダイコン、レタスで契約取引が多い。さらに農業参入している例もある。ただし、契約取引のウエイトや産地集荷業者の利用については、最終的な実需者である外食・中食企業の意向やカット野菜事業者自身の経営戦略によって大きく異なる。すなわち、自ら農協、農業生産法人、生産者グループと直接、価格、数量、品質・規格だけでなく、栽培方法や使用資材、場合によっては栽培面積を決める生産契約方式を主体としている事業者がいる一方で、生産者とは直接取引せず産地集荷業者と継続的な取引を行うことにより弾力的に調達している事業者もいる。ただし後者の場合も、産地集荷業者は農業法人、生産者グループと契約的な取引を行い、安定調達を図っていることも少なくない。

 例えばサンポー食品(株)は、大手ファーストフード向けの業務用カット野菜からコンシューマーパックサラダまで製造する国内有数のカット野菜事業者で、直営工場2ヵ所の他11ヵ所の協力工場がある(10)。その原料調達を見ると、全国のJA及び生産者組合5団体と直接的な契約取引を行うとともに、特に主力製品の原料で安定調達が困難な冬期間のレタス類や初夏のキャベツについては、子会社の農業生産法人サンポーファームを設立し、千葉県南房総地域で直営生産と周辺農家との契約取引を組み合わせて数十ヘクタール規模で行っている。

 国内で製造されるカット野菜(調達額ベース)の4割弱は百貨店、スーパー、コンビニエンスストア〈以下、コンビニ〉等の家計用であるが、残り5割強は業務用である。業務用の内訳は、外食事業者向けが2割強、中食事業者向けが1割強、給食事業者向けが1割となっている(11)。大手の外食企業は主要な野菜については、特定のカット野菜事業や仲卸業者等と継続的な取引関係を結んで調達している。その場合、カット野菜や野菜の規格・品質、価格、納品方法などは事前に取り決められているが、数量については前年度の取引実績が目安とはなるものの、最終的には店舗での料理や惣菜の販売動向に応じて発注されるため変動がある。特にコンビニやスーパーで販売されている中食のカップサラダは、主な原料のレタスやキャベツの価格が高騰しても定価販売されるため、かえって販売数量は大幅に増加し、これに応じてカット野菜業者等への発注が急増することがある。しかし、このような場合、悪天候などにより契約産地の収穫量も減少している場合が多く、卸売市場の価格も高騰するため、カット野菜事業者の調達コストは上昇し、受注が多いほど赤字になることが多々ある。

 天候による収量変動を逃れられない露地野菜では、季節毎に特定産地と契約取引するだけでは調達を安定化することはできない。まず同一季節に立地条件の異なる複数以上の産地を配置しリスク分散することが考えられるが、それでも全国的な天候変動には対処できないので、究極的には海外からの輸入を含めた安定化が必要と考えられる。

4.野菜フードシステムにおけるサプライチェーン構築の到達点と再編課題

 野菜のフードシステムにおいては、消費における食の簡便化や安全性の重視といったニーズに対応して、小売段階ではレストランチェーンの業務需要やスーパーのプライベートブランド商品が拡大しており、農業法人、農家や出荷団体との契約や自社の農業参入によって、最適なスペックの野菜を調達する動きも見られる。

 他方、農業生産段階では、農業経営の弱体化により野菜の国内供給は全体として減退しており、加工・業務用を主体として輸入に依存せざるを得なくなっている。その主な理由の一つは農協と卸売市場によって構成される既存の流通チャネルは、出荷規格が標準化され大ロットの家計用野菜の生産・流通に特化してきたため、顧客毎にスペックの異なるプライベートブランド商品や業務用需要には十分対応できないためであった。

 こうした中で借地と雇用労働を利用して大規模かつニーズに応じた柔軟な生産を行うとともに販売機能も備えた農業法人等が展開してきており、これが業務需要やプライベートブランド商品に積極的に対応している。一部ではあるが農協にも同様な動きが見られる。そして、こうした農業法人等や一部の農協と小売企業や外食企業を結びつける中間流通を担っているのが、消費地段階でのカット野菜事業者と産地段階での産地集荷業者である。前者は外食企業や小売企業の多様な規格の発注に応じて原料野菜を調達し、カット、パッケージ等の加工を行ってから納品する。後者は小売企業、外食企業およびカット野菜業者からの原体野菜の発注に応じて、安定生産能力のある農業法人や大規模農家と契約ないし生産委託し、これを集荷・選別したうえで納品している。こうのちカット野菜等の業務用野菜では、周年安定供給が大きなポイントであり、産地集荷業者の中には安定した周年生産を実現するため適期適作を原則として全国に契約生産者・生産グループを配置して各産地での集荷を行うだけでなく、納品先への生育情報提供と受注・納品の調整、さらに、生産農家への技術指導、衛生管理、生産資材供給等をシステム化している事業者も出現している。

 以上のように、業務用野菜やプライベートブランド野菜の流通では産地集荷業者や農協とカット野菜業者といった中間流通業者を実務的なキャプテン・リーダーとし、生産者と小売企業や外食企業を結ぶサプライチェーンが形成されつつある。

 しかし、原料野菜の生産は天候に大きく左右される上、現場での管理は、多くの場合、農業法人や大規模農家に任せざるを得ない。したがって中間流通業者が操作できる生産管理の範囲は技術的にも組織的にも限られている。このため需給ギャップや品質トラブルなどがしばしば発生しており、改善すべき問題は少なくない。

 また流通チャネルとしては、物流の管理だけでなく実質的な商流の管理も中間流通業者に委ねられているにも関わらず、最終的な納品価格の決定権は小売企業や外食企業が握っているため、リスク負担が中間流通業者に集中しやすいといった構造的な問題を抱えている。

 最後に野菜のフードシステムをめぐる課題について、業務用野菜とプライベートブランド野菜に焦点を当て三点ほど上げて結びとしたい。

 第一に、生産段階では、大規模な農業法人の育成を既存産地の維持と併行して図ることである。前者については、農地の流動化と権利調整、雇用労働力の導入と安定化、及び経営体としてのマネジメントやマーケティングの能力向上が今後とも基本的な課題であるが、露地野菜を主幹とした経営の場合、天候や価格による収益変動が極端に大きく経営悪化や倒産を招いていることから、現行の価格安定制度だけでなく経営安定対策が必要である。後者のうち家族経営につては、家族労働力の弱体化を補完するため機械化を進めるとともに、育苗、移植、収穫、選別・調製といったピーク作業の作業受委託が必要であり、これに応じて農協には家族経営に対する作業支援及び営業指導の強化が求められる。そして作業支援を農業法人に委託することにより、家族経営との関係を相互補完に誘導するのが望ましい。

 第二に、中間流通段階では、産地集荷業者やカット野菜業者といった中間流通業者は、流通チャネル及びサプライチェーンにおける実務的な管理者であることから、その物流システムを強化するとともに、マネジメント能力を向上させることが基本的な課題である。物流システムの整備については、農協や卸売市場の遊休施設の集荷拠点や中継拠点としての活用、事業者間での共同輸送の推進、及び受注と生産管理の情報システム化がポイントである。マネジメント能力の向上については、情報システム化による社内での情報共有進めながら、顧客への営業と生産者への集荷・指導の連携を強化することが必要である。

 第三に、生産者から小売・外食の店頭に至るトータルな流通チャネルのリーダー・キャプテン明確化が課題である。現状のように実務的な管理者(=中間流通業者)と最終的な納品価格の決定権を持つ者(=小売企業、外食企業)が異なる状態では前者にリスク負担が集中しやすく、中間流通業者の企業経営としてだけでなく流通チャネル全体としても不安定性を孕んでいる。このため小売企業や外食企業は最終的な納品価格の決定権を持ち続けたいのなら、応分の商流管理とリスク負担は行うべきではなかろうか。

(1)香月敏孝:野菜作農業の展開過程,農文教,2005,pp.172-181
(2) 盛田清秀:食品関連企業による農業参入の到達点と展望,フードシステム研究,21(2),2014,pp.102-109
(3)小田勝己:外食産業の経営展開と食材調達,農林統計協会,2004,pp.82-107
(4)佐藤和憲:アメリカにおける食品小売業の変化と青果産業 ,農業経済研究, 査,85(2), 2013,p.110
(5)佐藤和憲:農業におけるビジネスモデルの意義,斎藤修・佐藤和憲編著,フードチェーンと地域再生,農林統計出版,2014,pp.89-105
(6)尾高恵美:JAグループにおける農産物販売力強化の取組み,─野菜の加工・業務用需要対応における連合組織の役割を中心に─,農業金融,2012.4,2012,pp.30-33
(7)佐藤和憲・相田次郎:全農茨城における直販(VFS)事業の取り組み,大西敏夫・代表, 流通システム変革期における合併農協共販組織の再構築と展開方向に関する研究, 協同組合奨励研究報告 第31輯,2005,pp.44-53
(8)農畜産業振興機構:レタスの周年リレー供給契約取引グループの取り組み事例,月刊野菜情報,2011年1月号,2011, http://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/senmon/1101/chosa03.html
(9)農畜産業振興機構:平成24年度カット野菜需要構造実態調査事業報告概 要,2013,p.28
(10)サンポーグループのホームページhttp://www.sunpofarm.co.jp/
安房農林振興センター:南房総市白浜地域に広がる農業-農業生産法人も参入している白浜の農地-,2009,p.12
(11)農畜産業振興機構:平成24年度カット野菜需要構造実態調査事業報告概 要,2013,p.22

 注:本稿は佐藤和憲「野菜フードシステムの構造変動」斎藤修監修、佐藤和憲編集『フードシステム革新のニューウェーブ』日本経済評論社,2016年刊、所収の統計データを更新するとともに一部加筆修正したものです。

2020/7


2020年度セミナー・シンポジウムの予定

 2020年度の各種セミナー・トレーニング・シンポジウムについて下記のスケジュールで実施する予定です。
グリーンハーベスター(GH)農場評価制度では、GAPの理解と普及のための教育システムとして、農業者、農業指導員等によるGAPの自主管理を推奨しています。

2020年度

7月30日(木)-31日(金)
10月26日(月)-27日(火)

『GAP実践セミナー』
場 所:つくば国際会議場(茨城県つくば市竹園2丁目20番3号)
定 員:24名、参加料:30,000円(税込)(当協会会員24,000円)

8月27日(木)-28日(金)
11月18日(木)-19日(金)

『農場実地トレーニング』
場 所:つくば国際会議場(茨城県つくば市竹園2丁目20番3号)
定 員:10名、参加料:30,000円(税込)(当協会会員24,000円)

9月16日(水) -17日(木)
12月17日(木)-18日(金)

『農業者のためのHACCPセミナー』 ※ウェブ受講可
場 所:つくば国際会議場(茨城県つくば市竹園2丁目20番3号)GIC会議室(茨城県つくば市松代3-4-3)
定 員:24名、参加料:35,000円(税込)(当協会会員28,000円)

12月14日(月)

『農業者のためのQMSセミナー』 ※ウェブ受講可
場 所:つくば国際会議場(茨城県つくば市竹園2丁目20番3号)
定 員:24名、参加料:21,000円(税込)(当協会会員16,800円)

2021年
1月29日(金)

『GH評価員試験』
場 所:つくば国際会議場(茨城県つくば市竹園2丁目20番3号)
定 員:7名、受験料:31,000円(税込)

2021年
2月9日(火)-10日(水)

『GAPシンポジウム』 ※ウェブ受講可
場所:東京大学農学部弥生講堂(東京都文京区弥生1-1-1)
参加料:主催・共催団体会員 10,000円、一般 15,000円、学生 2,000円

※ウェブ受講可 :
リアルな会場への参加も可能ですし、ウェブでの参加も可能です。 ウェブ参加では、その環境があれば、遠距離でも参加が可能ですので、そのメリットを生かしてウェブ参加をしてみて下さい。
事前にご案内しますので、詳細は事務局までお問い合わせ下さい。

2020/7


アフターコロナに向けたウェブセミナー化について

一般社団法人日本生産者GAP協会 事務局

 本号の巻頭言で二宮常務理事が述べているように、新型コロナウィルス感染症流行の影響により不要不急の移動が制限・自粛され、兼ねてから推奨されているテレワークがようやく普及するかもしれない状況です。当協会が企画・主催するセミナーも、集合研修やモデル農場へ訪問しての現地実習で構成されていましたが、コロナ禍を機に、ウェブセミナー化を進めています。

 現在、「GAP実践セミナー」と「農業者のためのHACCPセミナー」について、来場参加と同時にウェブ参加を受け付けています。参加方法の詳細は、各回再開の案内を参照して下さい。(セミナー日程のページ https://www.fagap.or.jp/seminarsymposium/index.html)

 「GAP実践セミナー」のプログラムは、昨年度までのプログラムを一部変更し、講師が実際に農場でGAP評価(調査)をする様子を収めたビデオ映像を見て頂くことで、ウェブセミナーでも実践的な体験が可能となりました。

 「農業者のためのHACCPセミナー」でも、グループごとに行うHACCPプラン作成演習では、ウェブ上のメインルームの他に複数のグループワーク用のルームを設置することで、グループ演習もスムーズに実施しています。

 現在、受講者が交代で農場への聞き取りを体験する「農場実地トレーニング」についても、ウェブ上で実施できる新たな教材を開発中です。

 以下に、今年度実施したウェブセミナーの修了レポートから、ウェブ参加に関する感想の部分を抜粋してご紹介します。

〇GAP実践セミナー受講 A氏:
Webでの講習会は初めて経験しましたが、教室形式と異なり、講師とマンツーマンのような雰囲気と緊張感がありました。また、演習も遠巻きに講師と生産者のやり取りを見るのではなく、話や内容が把握しやすかったです。今回、コロナウィルス対策という事情がありましたが、WebにはWebの利点があり、単なる代替案ではなく、選択肢の一つとして、利用していければという印象を持ちました。
〇HACCPセミナー受講 B氏:
2日間、朝から夕方までずっとリモートで研修を行うことに非常に不安がありました。2日間も緊張感が継続するか。座学に耐えられるか。途中でダレてしまわないか。そんなことを考えながら参加しましたが、結果として非常に充実した研修を受講することが出来たと思います。この間のリモートワークの経験や、WEB会議の実施により、Zoomにもだいぶ慣れて来たということもありますが、一番大きな要因は、グループワークを中心にした組立てにより、単純な講師 ⇒ 受講者の一方通行ではなく、双方向の意思疎通が図れたことではないかと思います。
〇HACCPセミナー受講 C氏:
Zoomのブレークアウトセッションも初めての方もスムーズに参加でき、かつグループワークも通常のセミナーと変わらずできることがわかりました。アンケート、テストなど、双方向のしかけも良かったと思います。

2020/7


東京オリパラ後の日本のGAP(適正農業管理)を考える

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

国はオリパラを切掛けにGAP認証を推進

 日本の農業現場ではGAPの概念が定まっておらず農業者のマナーとしてEUのような一般化もしていません。先進国の中では最低レベルの普及段階ではないかと思います。そのために、オリンピック・パラリンピックの開催という世界最大のイベントで、GAP農場であることの証明をしなければならなくなったわけで、これは日本の農業関係者にとっては大きなショックだったはずです。極端な言い方をすると、証明がないから日本の農産物生産は信頼できないので、オリンピック組織委員会が関わる食事に供する農産物は、国際的な基準の農場認証をとったものだけを提供するようにと言われたのと同じです。そこで、日本の関係組織はGAP認証を検討しなければならなくなりました。具体的にはGLOBAL G.A.P.認証を代表とする民間の農場認証や農林水産省ガイドラインを含んだ都道府県による農場確認です。

  2012年のロンドン大会では調達基準として"持続可能性"が最大の要件とされ、農畜産物の調達にはイギリスの「全国農民連合」が主催してきた「レッドトラクター保証制度」が採用されました。輸入農産物についてはオーガニックやフェアトレードおよびGLOBAL G.A.P.などが採用されました。環境保全型農業で知られるレッドトラクター保証は、その段階で国内の農畜産物の約80%が達成していましたので、「生産者がオリンピックのために何かをするということはなかった」ということです。

  ロンドン大会は史上もっとも持続可能なオリンピックといわれています。そのため東京オリパラ立候補ファイルの「環境ガイドライン」では、「大会運営・レガシーの持続可能性の最大化を図るために、2012年ロンドン大会の持続可能性のための方針・活動や"持続可能なロンドン2012年委員会"の大会報告を詳細に研究する」と記述しています。

  その結果、ロンドン大会に学ぶ東京大会として日本の農畜水産業が新たなステージを迎えることになりました。そこで我が国政府は、オリパラの開催を契機にかねてより推進してきた日本農業のGAP普及を加速させようと考え、GLOBAL G.A.P.などの民間の農場認証の取得を補助金付きで支援する事業をオリパラ2020の期限付きで開始しました。

  本来、GAP農場への取組は、単に認証をとれば良いのではなく、農業にも「持続可能性」を求める国際社会の要求を認識する場として位置づけるものです。そこで日本の政府は、結果としてオリンピック効果のレガシーを残すべく、東京2020大会のためのGAP補助金政策を展開し、中長期的なGAP政策へと考えたのであろうと思います。オリパラで調達する農産物・食品をGAP農場の農産物で満たすことができたら、その後のGAP対策は2030年までとし、「ほぼ全ての国内の産地で国際水準のGAPを実施する」ことを目標に掲げました。

新型コロナウィルスでGAPはどうなる

  世界を揺るがす新型コロナの感染拡大で、2020年7月現在、東京2020は2021年開催予定として棚上げになっています。当然オリパラの食材調達も棚上げになっており、生産者が目指してきた"おもてなし努力"としての民間の農場認証や都道府県による農場確認も宙に浮いている感じです。農業者に対するGAP指導も、GAP指導者育成も、集合教育では開催することができず、関連事業も浮いたままです。

  私は、これらの問題の解決のために関係者を集めて行われ、また計画されている地域の対策会議に複数の県から招聘されています。いずれの関係者もオリパラの延期や、「もしかしたら中止かもしれない」という現実の重みを受け止めて冷静な判断をしていますが、そのことを考慮の対象から外したうえでの「本来GAPの推進」および「GAP認証〈農場認証〉」について憂慮しています。

  「GAPはするもの」「認証はとるもの」として普及推進を行う日本政府は、オリパラに向けた認証取得を補助金制度で推進してきました。しかし、ポスト・オリパラの計画では、オリパラ向けの認証取得推進に区切りをつけて、2030年には「ほぼ全ての国内産地で国際水準のGAPを実施する」ことを目標に掲げています。ただし、これについての「GAPをして、認証をとる」当事者である農業者が、どのようにすべきか、という具体的な方策は示されていません。

  2020年6月に発行された農林水産省の「GAPの取組拡大に向けて」という資料を見ると、2030に向けたGAP推進の大きな方針として、農産物のマーケットに対して「求められる安全性・持続可能性への対応」という見えない価値を証明することが必要になるとしています。

農林水産省 国際水準GAP推進研修資料より

  その見えない価値は「食品安全、環境保全、労働安全、人権保護」であり、それらを「見える化」するのが「GAP認証」であるとして、農産物取引の信頼確保のためにGAP認証が必要であることを指摘しています。そして、それが日本の目指す「国際水準GAP」であるということです。これは、閣議決定されている成長戦略の「新たに講ずべき具体的施策」としての「生産現場の強化」と「輸出の促進」という政策に裏付けられています。

農林水産省の事業の内容 ―「GAPの取組拡大に向けて」より引用
1.持続的生産強化対策事業のうち GAP拡大推進加速化事業 283(661)百万円
(1)国際水準GAP普及推進交付金。国際水準GAPの取組の拡大に向け、指導員による指導活動や農業教育機 関の認証取得を、都道府県向け交付金により機動的に支援します。
(2)畜産GAP拡大推進加速化。畜産GAPの普及・推進体制の強化に向け、指導員等の育成やGAP認証取 得等の取組を支援します。
(3)団体認証の取得推進による産地全体のリスク低減実証。産地におけるGAPの団体認証取得等を通じて、農作業事故等の産地リスクを分析評価し、低減する取組を支援します。
(4)改訂GAPガイドライン普及促進。国際水準に改訂したGAP共通基盤ガイドラインを普及促進するための研修会を開催する取組を支援します。
(5)日本発GAPの国際化推進。日本発GAP認証(ASIAGAP)の利用拡大及び輸出促進のため、海外実 需者に対する研修等の取組を支援します。

農業の価値を「見える化」して消費者信頼を得る別の方法

 「農産物の安全性と農業による持続可能性への対応という見えない価値を証明するのはGAP認証である」という定義づけの上に農林水産省のGAPに関する事業内容が組まれているようです。農産物取引の信頼確保のためにGAP認証が必要であることを指摘していますから、「GAPをする」ことが、結局「認証をとる」で完結することになってしまうのでしょう。

 「農業の見えない価値を証明するのはGAP認証である」ことは事実であり、2030年に農林水産物・食品の輸出額目標5兆円を目指すためのGAP認証は理解できます。しかし、GAP認証が農産物取引の信頼確保のための十分条件ではありません。農産物の安全性と農業による持続可能性への対応という見えない価値を証明する方法は他にもあります。特に国内の消費者に対する生産者信頼は、農場管理の民間認証以外にも方法があるのです。

 GAP政策に対して、日本の農業現場では未だGAPの概念が定まらずに揺れています。オリパラを契機に生産部会でグリーンハーベスター(GH)農場評価に取り組み、県の農場確認を取得した農業者は、農業に携わる者として持続可能な社会づくりに貢献することへの自信と、農場管理の適正さを評価されて農産物販売での信頼を確保できることへの望みとを感じていると発言しています。それらの努力によって希望が叶うのかどうか、食品流通社会の変化や行政による支援があるのか、そうではないのか、新型コロナと同時にGAPへの取組に大きな不安を感じています。

オリパラ後のGAP推進をレッドトラクターに学ぶ

 国内の農畜産物の約80%が評価基準を満たし、2012年のロンドン大会で持続可能な農畜産物調達基準として採用された「レッドトラクター保証制度」を運営している「全国農民連合」が、消費者がレッドトラクター保証(マーク)制度をどのように思っているかアンケートを取りました。

 この集計を見ますと、環境保全型農業で知られるレッドトラクター保証制度ですが、そのマークを見て感じる消費者(国民)の思いは、「我国の農業」「国産の農産物」を支持していることが圧倒的に多いということです。アンケート結果から、背景として環境保全や動物福祉、食の安全とトレーサビリティなどがあって、その上で、信頼するのは「我国の農業」であり、「国産の農産物」であることが分かります。

 また、ロンドン2012オリパラ大会後の2014年2015年に、オリパラのおもてなしとして採用されたレッドトラクター保証制度が、全ての項目で評価が高くなっていることも注目に値します。

 オリパラ後、そして新型コロナ禍を経て、農業者は消費者の信頼をどうやってつなぐか、農業の見えない価値を証明するその他の方法について、オリパラ以前とは異なる消費者信頼の在り方について今、大いに議論して問題解決の道を開いていくことが必要です。

2020/7


GAPに関する質問と回答

田上隆多 株式会社AGIC 事業部長

【質問】GAPとBCPについて

 以前のGAP普及ニュースで、田上先生もGAPとBCP〈事業継続計画:用語解説参照〉について整理されており、クライシス管理もリスク管理の一部であるとされているかと思います。 https://www.fagap.or.jp/publication/image/news_049.pdf

 今般のコロナ禍で、農業現場においてもBCPの必要性に対する認識が高まってきているところですが、GAP認証上は、BCPは必須ではないという理解でよろしいでしょうか。

  BCP、BCM〈事業継続マネジメント:用語解説参照〉があるのが良いのは明らかですが、GAPに取り組む全ての経営体が想定外の事態(クライシス)に対し、備えをするのは「敷居が高い」ようにも感ずるためです。

  また、最新の知見等もありましたら、ご教示いただけましたら幸いです。よろしくお願いします。

【回答】認証基準におけるリスク管理とBCPについて

 リスク自身が想定内と想定外の線引きも難しいところですし、リスク管理とクライシス管理の線引きも難しいところがあると思います。農場認証の基準、ここではGLOBALG.A.P. IFA ver5.2 を事例にとって考えてみたいと思います。

●AF1.2.1 で参照する、FV別紙1

  5.1.3 想定外の事象(洪水、豪雨など)が発生した時の水のリスク
 「ひどい洪水によって、有害な汚染物質が作物を生産するサイトに入りこみ、土壌、水路、機械類などを汚染することによって、直接・間接的に栽培中の作物に影響を与える場合があります。洪水が発生することに関して合理的なリスクが存在するのであれば、これらのリスクを低減するための方策を実施することが生産者に対して求められます。」
とあります。

 「想定外の事象」である洪水の際のことを言っていますが、ここでは想定外の洪水により当該農場の事業が継続できなくなってしまった場合にどうするかではなく、想定外の洪水により当該農場で生産する農産物への食品汚染リスクについて「想定して備えなさい」と言っています。当該農場の事業活動を継続している中での食品リスクについてですので、この項目はBCPの範疇ではないと言えます。

●AF4.3 危害要因と応急処置

 この項目でも、事業が継続されている状況において、それぞれの農場の場所、機械、作業などに応じて「発生しうる事故やケガなど」のことを想定していますので、こちらもBCPの範疇ではないと言えます。

●AF10.1 フードディフェンス

 「業務の前段階における、悪意による潜在的な脅威を特定し、評価しなければなりません。悪意による脅威が発生した際の是正処置の手順を整備しておかなければなりません。」

 悪意による潜在的な脅威は、通常、事業が継続されている中で、出荷物の中に毒物を入れられるなどの「脅威を想定しなさい」ということであって、BCPの観点ではないと言えます。

 農場認証の基準の中では、あくまでも、事業が継続されている状況において、環境、食品、労働者に関するリスクを低減することを求めているものであって、事業そのものの継続の危機への対応については基準として求めていないと理解しています。


  ※上記質問の中で参照していただいているGAP普及ニュース第49号の際は、熊本地震による被害も鑑み、GAPとBCPについて考察しました。現在(2020年7月中)も、九州始め、各地域において水害により甚大な被害が出ています。お亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみ申し上げるとともに、被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。

2020/7


GAP関連用語の解説
BCP(Business Continuity Planning:事業継続計画)

BCP(Business Continuity Planning:事業継続計画)

 「事業継続計画」(BCP)については、主に、自然災害や大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合に、事業資産の損害を最小限に留めつつ、中核となる事業の継続や早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法や手段などを取り決めておく計画のこととされています。BCPの特徴は、①優先して継続・復旧すべき中核事業を特定する、②緊急時における中核事業の目標復旧時間を定めておく、③緊急時に提供できるサービスのレベルについて顧客と予め協議しておく、④事業拠点や生産設備、仕入品調達等の代替策を用意しておく、⑤全ての従業員と事業継続についてコミュニケーションを図っておくこと、などです。そのためには、まず、どのような事態が考えられるのか、被害の程度と範囲はどの程度なのか、を想定しておく必要があります。つまり、平常時のリスク管理における「リスク評価」と基本的には同じプロセスなのです(GAP普及ニュース第49号より)。

BCM(Business Continuity Management:事業継続マネジメント)

  BCPは、事業継続のための方法や手順など具体的な「計画(文書化された手順)」自体を指し、BCMはBCPを策定し、それを運用し、継続的に改善する活動であり、如何に企業内に浸透さえていくか、効果的にかつ効率的に運用していくかという組織の包括的な「マネジメント」全般を指します。ISOにおいても事業継続に関するマネジメントシステム規格(ISO22301)があり、認証制度が運用されています。

〇 ITリテラシーとは

  通信・ネットワーク・セキュリティなどの情報技術を自分の目的に合わせて活用できる能力のこと。情報技術を意味するIT(Information Technology)と、「識字」という意味から転じて「情報や知識を活用する能力」を意味するようになった「リテラシー(Literacy)」という英語を組み合わせた言葉です。「ITリテラシー」は大きく分けて3つの要素で構成されます。まず、情報を使いこなす能力を指す「情報リテラシー」。次にコンピューターやそれに伴う機能を使いこなす能力を指す「コンピューターリテラシー」。これは、パソコンやアプリを活用するために役立ちます。

2020/7


株式会社Citrus 株式会社Citrusの農場経営実践(連載36回)
~法人化で、新規就農者の確保と持続性が可能~

佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役

 5月25日に、福岡県から弊社所在地の有田川町に移住してきた33才の若者が、弊社にみかん栽培の研修生として出勤してきている。

 この研修制度は、数年前に有田川町産業課職員が発案し、「有田川町の農業後継者を確保したいが、協力してくれないか」との相談を受けたことが始まりである。これまで「農業後継者の確保」と誰もが挨拶言葉に使い、儲かれば後継者に残るのだが・・・というところで止まってしまっていた。しかも、残念ながら、「具体的にどうするか」という方策を検討したことがなかった。

 数年前に発案した職員がしばらく他部門に異動していたが、幹部として町産業を監督するトップに就任し、その部下らと協議をしていたが、弊社もその企画に参画して3年間のみかん栽培の研修計画を策定した。その計画を元に、全国に「本気でみかん農業をする人集まれ!」と各種の情報機関を通じて募集をした。その経緯は前号で紹介した通りである。

 この研修制度の条件は厳しく、将来は「有田川町において農業を始めること」と決められており、それまでは「有田川町の臨時職員として農業の振興に努めること」とある。弊社には週4日間の研修に入り、社員とともに農作業に当たる。弊社はその研修をボランティアとして実施するが、慣れてくると、ある面では大きな労働力として助かると考えている。


 研修生の合庭嘉紘君(右から2人目)は、有田川町への移住を機に結婚を決意し、2人で古民家を借りて移住してきた。みかん収穫の繁忙期の研修日以外は、収穫の労働力として弊社でアルバイトしてもらえば助かると考えている。これには本人や奥さんの同意が必要だが、可能性は高いとみている。

 一方、今年3月に新規採用した社員の東山さん(左)は、「農の雇用事業」の申請を5月に済ませ、その審査結果を待っている。彼女は地元有田の専業農家の長女で、実家は既に長男が後継ぎしているとのことであり、本人は将来みかんの加工をやってみたいと夢を膨らませている。

 既に在籍している社員(右から3人目)は今年5年目を迎え、弊社の企画・運営の主任としてみかん園の管理、販売、そして社員・研修生への研修係と、全ての監督をしている。「農の雇用事業」による研修も終わり、1昨年は和歌山県が実施しているMBAの一期生としての研修を終えている。経営面では農業共済の実施する農業経営収入保険の手続きをも担当し、農済職員と弊社の基準収入金額等を算出し決定している。

写真
退院を喜ぶ著者(自宅)

 先月末に決算、税務申告を無事終えた。ここで助かったのは、農業経営収入保険である。税理士と決算の詰めをしているとき、「今期は赤字決算での申告になるであろう」という結果になったが、柑橘類の売上の合計を農業共済に報告したところ、実質142万円の保険金を「未収金として雑収入に計上するように」との指導があり、2月と3月のコロナ禍による販売の落ち込みがカバー出来た結果となった。それにより給付金申請の必要がなくなった。その結果、第8期目も経営が持続できたことになる。

 決算が終わりホッとしたとき、著者が思わぬ病気に見舞われ、2週間の緊急入院となった。69才の誕生日に脳梗塞と診断されたのである。幸い軽症であり、無事生還し、本稿を投稿出来たことは大変有り難かった。現在、弊社は研修生を含め3名が働いており、園地管理、経営、研修と全てに問題無く運営が出来ている。それに、姉妹会社である「株式会社みかんの会」の応援も得られ、組織として農業に取り組めていることは大変有難い。一般の家族経営の場合には、経営主が倒れれば農業の持続性が問われるが、弊社の経営形態の場合には経営の持続性のあることが判った。

 著者個人としては、6月6日に日本生産者GAP協会の理事会と総会がZOOMにより実施されたが、入院先の病院からスマホで出席することが出来たことは精神的に大きな支えとなった。退院後は、しばらく自宅療養したのち、現役に復帰したいと考えている。その反面、この8年間の農業経営の形態により後継者が育ったと確信したので、将来は若者達に託してもいいかなとも考えている。

2020/7