『日本農業再生のために「アルメリア農業」をベンチマークにする』
GAP普及ニュース82号(2025/6)掲載
田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会理事長
アルメリア農業に学ぶ
2004年に筆者がJGAP農場認証制度を作ることになった要因の一つに、スペイン・アンダルシア州のアルメリア県の農家と農協に出会った衝撃があります。現地でアルメリア農業の発展の経過とその成果について学んだことで、これならGAP概念とGAP農場認証を取り入れることによって日本の農家や農協が元気になると確信したからです。
それ以来、筆者は12回に亘ってアルメリアの農家と農業関係者、特にエルエヒド市役所やアルメリアの農業関連企業および農業協同組合並びに農協連合協会などを訪ねて、この地域の農業の歴史と発展とその苦労および成果について、自分で視て、聴いて、日本の農家・農村・農業への応用について考えて来ました。
アルメリア農業の実態については、GAP普及ニュースで幾度となく報告してきました。「スペインGAP紀行」、「スペインには、日本でのGAP推進のヒントがいっぱい」、「日本と欧州のGAP比較とGAPの意味」、「スペイン農業の危機を乗り越えた産地のGAP」などと記事の掲載は10年以上に亘っています。また、GAPシンポジウムでもたびたび報告してきました。
日本農業発展のベンチマーク
これらの影響で、全農をはじめとし大学や企業の研究機関、および県庁の農業普及部門でGAPやGAP認証を推進する関係者などをアルメリアに紹介または直接案内する機会が多くなりました。これは、日本農業が世界で(もちろん日本で)生き残るための日本農業の新たな展開について、アルメリア農業をベンチマーク対象とする人や機関が多くなったということです。
そのため筆者は日本生産者GAP協会の主催で『世界のGAP先進地スペイン「アルメリア農業」交流ツアー』を開催し、関心を持てば個人でもアルメリア農業に学べる機会を作りました。「百聞は一見にしかず」で、ツアー参加者のアルメリア農業への理解が深まり、その参加者らによる随所での講演やレポートなどで更に広範囲に関心を呼ぶこととなったのです。そのため「アルメリア農業交流ツアー」は当協会の年中行事となりました。2017年に開始して新型コロナのパンデミックによる中止の後、2024年に第4回目のツアーを開催しました。
ツアー参加者は、GAPとGAP農場認証の違いや農業生き残りに賭けたビジネス戦略、農業における環境問題への具体的な取組み内容、家族経営でも100%実施のIPMや、大規模オーガニック農場の栽培技術、それらを支える農業技術員「テクニコ」の技量と活動内容およびその制度、包括的な農業協同組合事業の組合員の主体性と組織の意思決定、EU指令下の地域農業行政のあり様などについて、新鮮な情報として実感を伴って確認することとなりました。
目から鱗のアルメリア農業交流ツアー
日本にいても世界の多くの情報は意識さえすれば伝わってきますが、一般的に海外事情は知りたい事柄の一部または概念や抽象論が多く、それはそれで重要なのですが、それらの概念が生まれた背景や条件についてまで理解するのは難しいことが多いものです。そのため、それまでに持ち合わせている情報と合わせて新たな言葉の概念を作り上げてしまうような、例えば「GAPを適正農業規範と誤訳」してしまうことや「GAPを農場認証と誤解」してしまうことなどがあります。そういう事もあってかアルメリアの各農協では100%実施されているGLOBALG.A.P.農場認証が、日本では高度な認証基準と表現され、また個々の農家が取組むものだと誤認され、ほんの少数しか取組まれていません。そういう事と関係してヨーロッパで実施されている持続可能な農業への取組みが日本では今後の取組みへと延期されてしまうということもあります。
「アルメリア農業交流ツアー」では、「聞くと見るとは大違い」ということで、アルメリア農業を自分の目で見て、自分の耳で聞いて、質問して課題を掘り下げることで、これまで漠然と思っていたことが根底から覆り、これまでの情報不足に気づいて大いに驚き、かつ、既知の情報との組み立て直しで世界の農業事情を改めて納得することとなります。したがって、日本で聞くところの「建前と本音に分けて」ある種の諦めなどに繋がっていた部分なども、合理的な農家、農協、行政などの行動として理解することにもなっています。
GAP農場認証のスタートは日本も同じだった
日本からヨーロッパに輸出していた農産物に対して、2002年にGAP認証を要求されたことから始まったヨーロッパの農業事情調査は、誰に頼ることもできずに自分で直接見て聞いて確認するしかありませんでした。だからこそヨーロッパ一の中でもスペインのアルメリア農業に出会ったのです。
1990年代にヨーロッパで始まった農産物の買手側による認証制度(GAP農場認証)が2000年代はじめに一世風靡したことの本質的な意味もアルメリア農業に出会って正しく確認できたのです。筆者らがこの問題に関わったのは、農場認証制度が世界的に普及を始めた時期と同じ時期だったのですが、日本はいまだにこれらの課題を解決できずにいるのが残念です。
家族農業と協同組合で地域農業の発展
1975年頃のアルメリアの人口は38万人でスペインで最も貧しい地域だったそうですが、2015年には人口が80万人と何と2倍にもなり、1人当たり所得では全国最下位から全国平均の約89%を超える水準に上昇しています。全ては農業が盛んになったことが理由です。
そのアルメリア農業は圧倒的多数の家族経営農業で構成されているため、農産物のサプライヤーとしての協同組合が重要な役割を果たしており、選果場を持つ農協に農家が集結し、それらを束ねる協同組合連合組織、さらにすべての農協ビジネスを総合化し統括する第三段階の農協協会「COEXPHAL」が、発展のキーになっています。
協同組合やオークションなどのビジネスモデルの発展で、温室や肥料、植物防疫製品、灌漑システム、生物的防除などの農業補助企業のネットワークが作付面積の増加に合わせて成長して、アルメリア農業は「農業クラスター」と言われています。アルメリア農業のイノベーションをリードする民間の実践的研究組織「TECNOVA」や協同組合銀行の試験研究サービスも農業発展の重要な要因です。
世界の農業をリードする
農業クラスターの中で、アルメリアの無加温ビニール温室は、経済的、環境的、社会的側面において持続可能な農業システムと評価されています。有機農業の温室面積は4,400ヘクタールで全体の13.3パーセントを占め、その他のハウスはほぼ100%がIPMだから、農薬の使用量は大幅に削減されています。補助動物の避難場所として栽培面積の1%に生け垣植栽を義務付けるなどの条例による環境保全活動も農業技術員「テクニコ」の指導で徹底されています。
もともと水に恵まれなかった地域であったことから、水資源の利用効率が非常に高く、1人当たりの水使用量は全国平均の20分の1です。そのためアルメリアの農業関係者は「私たちの農業は世界的なリーダーシップを発揮する分野です」と語っています。
「(仮)アルメリア農業に学ぶ」読本の出版
アルメリア農業を自分の目で見た人たちは、頭だけではなく全身で理解するから、その感動を人に伝えたくなります。そし実行したくなるし、できるはずだと確信します。そこで、第4回アルメリア農業交流ツアーの参加者を中心に、歴代の参加者たちにも集ってもらい、恒例のGAPシンポジウム(2025年2月20-21日開催)を、『世界のGAP先進地スペイン・アルメリア農業に学ぶ』というテーマで開催しました。サブテーマは『ヨーロッパ随一の園芸産地アルメリアはスマートで持続可能な農業』です。
「建前」と考えられがちな日本農業の政策目標「高い生産性と両立する持続的生産体制の確立、有機農業の面積25%の実現、CO2ゼロエミッション」などについても、現地に行ってアルメリア農業クラスターの過去と現実、そして「北(ヨーロッパ)に負けじ」と頑張るアルメリアの生産者の姿と農家のために戦う協同組合の実態を、見て感じてきた人にとっては、遠いと思われた日本の政策目標も自分の「本音」となり、一人でも多くの日本人に伝えようと講演してくれたのです。
日本生産者GAP協会では、講演者の声をさらに多くの人たちにお伝えすることが必要であると考え、すべての講演内容を文字にして冊子にして公開することとしました。出版に当たっては、このシンポジウムに関心を持ち感動して、3か月後の5月にアルメリア農業の関係者を訪ね「オーガニック農業とスマート農業」について技術交流した農業法人の報告文も掲載します。さらに、交流を深めてきたアルメリア農業の技術者や大使館などの関係者にも投稿していただく予定です。
刊行後は本書を手に取り、閉塞感がある日本農業の未来を切り開くべく、生き残るためのベンチマーク対象となるアルメリア農業を共に感じ、さらに調査して日本農業の振興に役立てていただくことを期待します。
GAP普及ニュースNo.82 2025/6