-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『スペインのアルメリアはスマートで持続可能な農業』

GAP普及ニュース81号(2025/1)掲載

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会理事長

はじめに

 令和7年の新春のお慶びを申し上げます。筆者が欧州各国の農業関係者を尋ねて、農場認証スキーム(GAP認証)の調査・研究を始めてから22回目の正月となりました。この間、欧州ではGAP認証で求められているGood Agricultural Practice(良い農業の実践)の理念が変革され、目指すべき農業はSDGs(持続可能な開発目標)と同期しています。

「農場から食卓まで戦略」は「GAPステージ3」

 EUでは、2020年に、「環境再生型農業」と「食料システムの公平性」を目指す「Farm to Fork Strategy(農場から食卓まで戦略)」を開始し、達成目標年の2030年に向かって、GAPはすでにステージ3に移っています。

 「GAPステージ1」は、1980年代と90年代の「農業由来の環境汚染を削減し、人と環境に優しい農業を目指す」政策でした。当時、「GAPは農民のマナー」が普及のキーワードでした。「GAPステージ2」は、2000年代と10年代、生産段階で適切な管理が行われているかどうか小売・流通業界が農場管理を検査するGAP認証が風靡された時代です。そして「GAPステージ3」では、「GAPステージ1」の持続可能性の行動規範に科学的な厳密性が求められ、また社会的責任として農業経営全般に規定されたことです。同時に、小売・流通側が規定した様々なGAP認証プロトコルの監査に合格しなければ、農産物の販売ができなくなったことです。

新たな農協を結成し500haの有機農業を実現

 GAPステージ3への変革で、世界で最も進行している地域の一つは、「プラスチックの海」で有名なスペイン・アルメリア県の施設野菜産地です。生産現場の事例を見ると、筆者が2004年に訪れた農業協同組合「コスタデニハルS.A.T.」の組合長フランシスコ・ベルモンテさんは、当時、組合員135名で温室面積350haのIPM(統合的病害虫管理)で良い成績を上げていました。ベルモンテさんは、さらに有機農業への変革を目指して組織討議を続けて来ましたが組合員の賛同を得られず、2008年には有志とともに新たな農業協同組合「ビオサボールS.A.T.」を結成し、集まった全ての温室で有機栽培に挑戦しました。その結果、現在では温室面積500haでトマトやズッキーニ、ピーマン、スイカなどの有機栽培を実現しています。

 ベルモンテさんは、『環境への配慮、より安全で健康的な食品への取り組み、そして経済へのプラスの影響とビジネス文化との一貫性を目指し、「最も持続可能なモデルとしての有機農業」に取り組んでいます。』と言っています。

 アルメリアの先進的農業協同組合ビオサボールは、設立当初から環境、健康、持続可能性に取り組む農協として、生産から販売まで経営全般のイノベーションに基づく差別化を模索してきました。そのために、農場での播種から小売店での最終消費者まで、すべての活動をカバーする優れた統合的な管理システムを確立しています。

GAP認証で市場の優位性を確保

 ビオサボールでは、同時に、有機生産の特性に従って、最も権威のある品質と食品安全認証として、「BRC、IFS Food、GLOBALG.A.P.、GRASP、Bio Suisse、LEAF、ISO9001、ISO14001、Organic production、SMETA、その他)を取得しています。これらにより、国内および国際市場の競争で優位性を発揮しているのです。

ビオサボールが取得している主な認証

有機で儲かる農協に生産者が集まる

 これらの活動は、アルメリアとスペイン全般にプラスの影響を与える社会的、環境的、経済的影響を生み出しています。ビオサボール農協は、持続可能性を経営横断的な方法で理解して、先駆的に取り組む企業として、経営にも良いリターンをもたらしているのです。

 2024年の訪問で確認したことですが、15年前にベルモンテさんの有機農業への転向に反対した多くの組合員が、今では古巣のコスタデニハル農協を脱会して、ビオサボール農協に加入しているとのことです。これは温室の有機栽培技術を確立したビオサボール農協の売上と利益を急激にアップさせた要因の一つになっています。それだけではなく、今やコスタデニハル農協においても営農基本方針が有機農業にシフトして売り上げ増加と組合員拡大に努めているとのことです。

 そして、この有機農業志向は、コスタデニハル農協とビオサボール農協が所在するニハル市だけではなく、アルメリア地域全体のトレンドになっているのです。統計でも、アルメリア農業の特徴として温室の有機栽培面積が多いことが上げられています。

アルメリアにはGAPビジョン「実現したい理想の姿」がある

 20年にわたるアルメリア農業調査では、欧州から学んだはずのGAP概念が日本ではいつまでたっても定着しないことを、毎回強く感じて来ました。その結果起こっていることは、日本では、「GAP認証が一向に進まない」こと、「持続可能への農業変革が起こらない」ことです。 その原因の一つは、日本に「GAPのビジョン」がないことだと考えています。GAP推進において「基準を示し、何々をしてはいけない、何々をしなければいけない」というように、基本的な価値観に基づいて行動規範を示す言わば「GAPの理念」のみだからです。

 例えば、日本で「GAPとは、食品の安全、環境の保全、労働の安全を確保する基準で、具体的には、農薬や化学肥料の使用を抑え、安全で高品質な農産物を生産すること」とされ、実務的には「民間のGAP認証を取得して、そのマークを商品に表示して消費者に信頼性をアピールする」などが強調されるばかりです。ここでは、GAPという農業行動が目指す結果や、農業が未来に実現したい理想の姿などが示されていないのです。

 度重なる訪問でアルメリア農業から学んだGAPとは、GAPでやることはもちろんですが、大切なことは「GAPでめざす目標や長期的な展望、つまり「GAPのビジョン」が、アルメリアの農家から、農協から、そして行政からも提供されている」ことなのです。

アルメリアの有機農業ビジョンは生態系健全性のための全体的な生産管理システム

 本稿では、アルメリアではGAPが「有機農業への行動変容」をもたらしていることを述べてきましたが、「有機農業」についても、アルメリア(EU加盟のスペイン)と日本との概念の違いが見て取れます。

 例えば、我が国では、有機農業推進法で、「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう。」と定義しています。ここでも、GAP概念と同じように、有機農業の理念として、基本的な価値観に基づく行動規範が示されています。

 しかし、アルメリア農業にみる有機農業は、国際基準としてのコーデック委員会が規定した生産の原則に従っています。有機農業を、「生物の多様性、生物的循環及び土壌の生物活性等、農業生態系の健全性を促進し強化する全体的な生産管理システムである」と定義しています。日本の規定のように、農業の行為に影響を与える行動規範を示す理念としてではなく、EUの規定では、長期的な展望を持って未来に実現したい理想的な状態や目標、つまり「ビジョン」を示しています。

 ビジョンは、組織や個人が将来どのような姿を目指すかを示すものであり、行動の理念は、そのビジョンを実現するための具体的な行動指針や価値観を提供します。ビジョンと理念は相互に補完し合いながら、生産者や農協などが目指す農業の未来を実現するための重要な要素です。

有機農業志向の「GAPステージ3」

 アルメリアでは、有機農業が様々な理由で大きな発展を遂げています。まず、EUでは、従来の農法が環境に与えた悪影響から農業環境を回復しなければならないという認識が高まっていること。さらに、慣行栽培では食品の安全性に対する重大な懸念があり、加えて栄養特性と官能特性を備えた健康的な製品の生産・販売を求められていることが理由です。

 このような課題の中で開始された「Farm to Fork Strategy(農場から食卓まで戦略)」に倣った日本の政策は、「みどりの食料システム戦略」(みどり戦略)で、①化学農薬の使用量50%減少、②化学肥料の使用30%減少、③有機農業の農地25%に拡大という達成目標KPI(Key Performance Indicator)を掲げています。

 これらを実現するための「GAPステージ3」は、みどり戦略の「生産から消費までサプライチェーンの各段階において、新たな技術体系の確立とイノベーションの創造により、農業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する」という考え方と同じです。イノベーションのヒントは「スマート農業」技術ということで、ビッグデータやドローン、ロボット、AI技術などの活用が始まっています。

 これらにより、個別の農業生産に加えて、流通や販売、マーケティング、ブランディング、廃棄物処理、CO2排出対策なども含めた農業全体を、最先端の科学技術やデータ活用を通じて変革しようとする「農業DX(デジタルトラフォーメーション)」でもあるのです。

欧州随一の園芸産地アルメリアはスマートで持続可能な農業

 アルメリアの発展と成長は、零細な規模の農業生産者と農業企業体への支援策として「農業生産技術」と「農産物バリューチェーン技術」の進歩に多額の投資をしていることからもたらされています。地域産業の全てが農業関連に収斂されており、空港から街への自動車道から見える立看板は、トマトやスイカ、メロン、ピーマンなどの農産物か、種苗、農業資材、温室資材、梱包資材、運送会社、販売会社、コンサルティング会社など、農業関連のものばかりです。延々と広がるビニル・ハウス以外で、道路際にある会社や商店と言えば、やはり立看板にあった農業関連の企業ばかりです。アルメリア農業が「農業クラスター」と称されているゆえんです。

 そのアルメリア農業が今、「スマート農業」の推進で、農業と食関連産業のデジタル化が進行し、消費者ニーズに的確に対応する価値の創造に取り組んでいます。AI、IoT、ビッグデータなどのデジタル技術が農業経営の効率化や持続可能性の向上を図るためのツールとして活用されています。スマート農業を推進するGAPビジョンの背景に、「アルメリア農業は地域産業の柱であるとともに、農家は自然環境という公共財の維持管理者でもある」という思想があると考えられています。

おわりに

 アルメリア農業との交流を始めてからの23年間に、多くの日本人とともにスペインを合計十一回訪問しました。同行していただいた日本人の農業関係者からは、驚きと感動の声とともに、アルメリア農業が日本農業再興のヒントになること、ご自身もそれに向かう決意の声などをたくさん聴いてきました。

 このたび、2025年2月20-21日のGAPシンポジウム『世界のGAP先進地スペイン・アルメリア農業に学ぶ』では、アルメリアを訪問された多くの方々にご参集いただいて、「アルメリア農業を直接見て、聞いて、どう感じたか、これからどうしようか」、ということを以下の視点でお話しいただくことになりました。

<主なテーマ>
生産性向上と環境保全の両立を目指して進歩・発展するアルメリア農業
ヨーロッパ農業をリードするアルメリアの施設園芸とフードチェーン
普及指導員と農業協同組合による営農指導と農業の社会的責任
環境を尊重し、農産物の品質と食の安全に徹底した農協と農家
施設園芸技術イノベーションとIPM・オーガニック
選果場を核としたERP(Enterprise Resource Planning)システム

 アルメリアの先進的農業を直接体験した方々の生の声を聴くことができる、またとない機会になります。ぜひシンポジウムに参加していただき、スペインひいてはヨーロッパの先進的農業であるアルメリアの農業を知っていただきたいと思います。必ず今後の農業のヒントが得られると考えます。

GAP普及ニュースNo.81 2025/1