持続可能な農業に向けた土づくりガイドブック
~SAREの翻訳本出版に当たって~
GAP普及ニュース76号(2023/9)掲載
山田正美
一般社団法人日本生産者GAP協会 専務理事
翻訳のきっかけ
今から約1年半前に、YouTubeで持続的農業に関してSAREという団体がアップしていた8本の短い動画を見たのがきっかけでした。この動画はそれぞれ数分の長さで、持続的農業に関するトピックス(カバークロップ、保全耕起、社会的持続可能性、生態学的病害虫管理、持続可能な放牧、水資源の保全、持続可能な農業の経済性等)が取り扱われ、とても興味のあるものでした。いろいろとSAREについて調べていくうち、これらの短い動画のベースには、裏付けとなる書籍が存在することを知ります。その一つが2021年にSAREから出版された"Building Soils for Better Crops 4th edition" です。この本はSAREのホームページにも公表されているので、誰でもその内容を見ることができます。
原本を読んでカルチャーショック
持続的農業と言えば、化学肥料や農薬を減らす、有機物を土に還元する、輪作をするなどの基本的なことは知っていたつもりでしたが、例えば、耕起を減らすことが、土壌中の有機物の減少を抑えるとか、土壌の水蓄積能力の増加につながるとか、根が入らないような硬い耕盤の生成を防ぐといった筆者にとって知らないことも、科学的根拠を示しながらたくさん紹介されていました。その意味では、知らなかったこともなるほどと容易に理解できる、優れた本であると感じた次第です。農業にとって耕起は当たり前のことと思って疑問を感じていなかった筆者にしては、ちょっとしたカルチャーショックを感じたものでした。
米国の技術書が日本の農業に役立つのか
米国の持続的農業に関する土壌の技術書を、気候や農業構造が異なる日本に紹介することに意義があるのかという意見もあろうかと思います。しかし、本書では持続的農業を実現するために、この技術を使えばこうなるという科学的根拠に基づいた合理的な説明がなされており、内容さえ十分理解できれば、どの国でも、どのような作型にも応用できるものと考えています。
また、米国の国土は広く、北はアラスカから南はテキサスまで幅広い気候帯を持っていますし、有機物と土壌の健全性という基本的な生態学的な関係は世界中どこへ行っても変わらないものです。
さらに、硝酸塩による地下水汚染、風食による土壌浸食などは日本の農業とは無縁のように考えている人も多いようですが、大きな話題になっていないだけで、大規模な野菜産地での硝酸塩汚染や、冬期に畑の土が露出して乾燥するようなところでの風食は、その地域で大きな問題となっています。本書がそのような地域の問題解決の一助になればとも思っています。
日本の農業関係者への紹介
この本をいかに日本の農業関係者に紹介するかということになると、日本語で日本の人に読んでいただくしかないと考えた次第です。筆者は直接SAREの代表者に、本書を翻訳して日本で発行したい旨のメールを送り、約6か月間交渉し、なかなか良い返事が来ないので、翻訳はあきらめようかとも思ったのですが、最終的にはSAREのアウトリーチ活動の一環として、1年以内に出版するという約束で快く許諾していただき、契約が成立した次第です。
この本は、約400ページと分厚く、専門用語も多く、翻訳にずいぶん手間取ったのですが、日本生産者GAP協会の編集委員会のメンバーに助けられ、最後まで無事翻訳を終えることができました。
SAREについて
本書の出版元であるSARE(Sustainable Agriculture Research and Education:持続可能な農業研究と教育)は米国農務省国立食品農業研究所から資金提供を受けている団体で、米国農業の主要な関係者の革新的な応用研究とアウトリーチ活動を支援するために、いくつかのタイプの競争的な補助金を提供しています。また、全米を4つのブロックに分け、それぞれのブロックにSAREの地域事務所があり、革新的な応用研究とアウトリーチ活動を支援するいくつかのタイプの競争的な補助金を提供しています。このように、SAREは米国の持続的農業の普及推進を図っている、米国政府の支援を受けた機関と言えます。
本書に掲載された事例紹介について
SAREが持続的農業に関する技術を農家に普及しているということもあり、先進的取組みをしている農家や団体の7つの事例紹介がとても参考になります。健全な土づくりをする上で、実際に経験したものでないと分からない問題点や解決策が感動的に紹介され、読み応えのある内容となっています。本書を手に取ってこの事例紹介を読むだけでも価値があるのではないかと思います。このGAP普及ニュース46号にも、その一部が紹介されています。
最後に
持続的農業というと、不耕起栽培や有機栽培を思い浮かべる方も多いと思いますが、本書は全く耕起するなとか、農薬や化学肥料を一切使うなということを推奨している訳ではありません。日本では不耕起や有機栽培というと、哲学論や、精神論を強調されることが多く、指導者もとっつきにくく、これまで積極的な普及はしてこなかったように思います。
それに比べ、本書では、科学的な事実を示しながら、持続的農業は土壌中の有機物が土壌の健全性を構築していると説き、だれでも理解できるような説明がされているところに大きな違いが見られます。減耕起、カバークロップの植栽、輪作、有機物の添加などといった個別の技術だけでなく、経営の中での経済面にも触れられている優れた本です。
これからの農業では持続的な農業を避けて通ることができません。その意味で、生産者はもとより新規就農希望者、新規就農者、農業高校・農業大学校・大学農学部の学生、教職員、農業改良普及員、営農指導員、地球環境に関心のある市民等々多くの方々に読んでいただき、地球にやさしい実践的土づくりの一助にしていただければと思います。
GAP普及ニュースNo.76 2023/9