『GAPでCSRとSustainable Brandsを』
GAP普及ニュース59号(2019/7)掲載
田上隆多
一般社団法人日本生産者GAP協会
事務局長
このタイトルを見て、「流行りの横文字を並べて、無理やり関連を持たせようとするセンスのないタイトルだ」と感じられるかもしれないが、決してそうではない。GAPとCSRとSustainable Brandsの意味や範囲は大きく重なり、密接に関係しているからである。
GAP
GAPとは、Good Agricultural Practice = 農業の適正な実践という直訳となり、FAOでは、「GAPは環境的にも経済的にも社会的にも持続可能な農業を行うことであり、安全で健康的な農産物の供給をもたらす」と説明している(※1)。
私達人間が天然資源や生態系を保全するのは、人間活動への否定的な観点ではなく、自らの人間活動が永続的に持続するために、その基盤である天然資源や生態系を利用し続ける必要があるからである。それにおいて、地球上の全ての人が平等に資源を利用できることが望ましいが、現実はそうではない。経済格差によって充分に資源が利用できない人々がいたり、安全で健康的な農産物を入手できない人々がいたりする。また、社会的・文化的な要求を満たすことなく労働に従事せざるを得ない人々がいるのも事実である。強制労働、あるいは充分な教育を受けていないことなどにより知らずに危険な作業を行っている人もいる。
このような課題は、国や地域によってレベルが異なるものの、いずれの国や地域でも幾つかの問題を抱えている。日本の農業においては、戦後、農薬や肥料の使用量の増加による環境汚染が顕在化したり、農産物由来である可能性が高いとされる食中毒事故が多発したり、農作業中の死亡事故率が増加したり、外国人実習生の人権問題が表面化したりしており、このような問題を是正することが課題となっている。
CSR
CSRとはCorporative Social Responsibility =「企業の社会的責任」という意味で、企業は経済活動において社会へ与える影響について責任を持つということである。企業は製品やサービスの提供という企業活動を通じて社会へ価値を提供し、良い影響を与えているはずであるが、一方でその企業活動に伴う負の影響、例えば、製品製造時において製造地での環境汚染があったり、原料調達時において原料生産地における環境汚染や経済格差の拡大や労働環境の悪化が発生する恐れがあったりする。企業は、このような負の影響について全てのステークホルダーに説明し、影響を最小化する責任がある。
この10~20年間、大企業を中心にCSRの専門部署と最高責任者を置いて様々な対応に取り組んできている。財務、法務、マーケティングなどと並んで、その専門部署と最高責任者を置くということは、それだけ企業活動にとって重要視されているということである。
企業活動を単純に表現すれば、企業は製品やサービスが直接の顧客や社会から評価されることで収益を得て企業の発展と存続を目指し、それが評価されなければ収益が得られず、企業の発展と存続が危うくなる。多くの企業がCSRに取り組んできたのは、製品やサービスそのものだけではなく、企業活動に伴う負の影響についても対応しなければ、企業の発展と存続を危うくするという認識があるからであり、現実に企業のステークホルダーである直接的・間接的な顧客、株主や投資家、そして社会全体がCSRに注目し、その結果を重視していることを意味する。このことは、当然、企業の営業戦略を大きく左右する。
Sustainable Brands
ウィキペディアで検索しても、Sustainable Brand/サステナブル・ブランドという言葉は出てこない。Sustainable Brandsは、2006年にアメリカで生まれたブランド・イノベーターが集まるグローバルコミュニティで、社会に対する言い訳や横並びのCSR的活動ではなく、サステナビリティ(持続可能性)をビジネスに取り入れ、自社の競争力とブランド価値を高める経営、イノベーション、マーケティングのレイヤーでの活動である(※2)。2017年3月に第1回東京大会が開催され、2019年3月には第3回が開催されている。
CSRやサステナビリティに関連する活動として、一時期は、企業の主たる事業とは別に、稼いだ利益の一部を還元する形で、環境保護活動をしたり、海外支援事業を行ったりする企業が目立った。上述の"横並びのCSR的活動"はこのような活動のことを示しているであろう。
国連で採択されたSDGsに見られるように、国際社会はサステナブルな社会の発展を目指しており、社会全体が求めることである。社会全体が求めるCSRは、まさにサステナブルな方法で企業活動が行われることである。企業は、企業活動を通して顧客や株主や投資家から支持されなくてはならない。
これまでは、製品やサービスが支持されるべく、マーケティングを行い、企業ブランドの構築に努めてきた。しかし、今や製品やサービスにだけではなく、その企業活動自体のサステナビリティにも求められるようになってきており、これからの企業は、全ての企業活動をサステナブルなものとすることで、自社の競争力とブランド価値を高めていくことが必要となる。
GAPとCSRとSustainable Brands
現在の社会全体が企業に求めるものがサステナビリティであり、企業活動を通してそれに応えることがCSRであり、企業にとってサステナブルなブランド構築が重要となる。当然、農業も例外ではない。
農業企業とは、農産物を生産し販売する事業を行う組織体であるから、農家、農業会社、JAや生産組合、農場と契約する集荷販売業者などがこれにあたるであろう。販売する農産物はもとより、農地の維持管理、資材の調達と使用、雇用、地域社会との関わりなど、その全ての活動がサステナブルであることが農業企業にとってのCSRであり、顧客や株主や投資家に対してブランド価値を高めていくことが、農業企業自体のサステナビリティに繋がることになる。
筆者は、GAP・持続可能な農業の要素として、コンプライアンス、社会的責任、リスクコントロール、環境持続性、採算性、社会的受容性、製品品質(安全性・嗜好性等)の7つを定義している。農業企業にとって、法令や社会規範を遵守し、安全で健康的な農産物を顧客に提供し、生産活動を通して水質や生態系への負荷を低減し、労働者の安全と健康を守ることがCSRであるし、これらのリスクをコントロールができる組織構築に投資することがサステナブルなブランド構築に貢献することになる。
ここ数年、GAPへの取組みやGAP認証を取得する動きが活発になってきている。「GAP認証さえ取得すればブランドになる」ということでは決してないし、一方で「GAPは農業倫理であり、ビジネスとは関係ない」ということでもない。GAPとCSRとSustainable Brandsの関係性についてよく理解し、GAPによってCSRとSustainable Brandsを実現し、これからの時代の「良い農業」を目指していきたいものである。
※1 FAO GAP http://www.fao.org/3/y8704e/y8704e.htm#P27_471
※2 サステナブル・ブランドhttp://www.sustainablebrands.jp/event/sb/
GAP普及ニュースNo.59 2019/7