『HACCP制度化の法的側面と小規模食品事業者への課題』
~農場HACCP導入への考え方の参考事例として~
GAP普及ニュース58号(2019/4)掲載
日佐和夫
大阪府立大学 21世紀科学研究機構
食品安全科学&微生物制御研究センター 客員教授
一般社団法人 全国スーパーマーケット協会(NSAJ)
シニア・アドバイザー 兼「食品安全技術専門会議」委員長
はじめに
HACCP制度は、2018年6月13日に国会で「食品衛生法等の一部改正」の中で承認され、HACCP制度が「法」として公布された。HACCP制度化が農業に及ぼす影響についての議論の資料的意味合いで記載した。すなわち、HACCP制度が公布されて、本原稿作成時点(2019年3月11日現在)で政令・省令・通達など公表されていないが、近々公表されと聞いている。政省令等が公布されると明確になると思われるが、HACCP制度化は全ての食品に適用されるものと推測している。
しかしこれは、厚生労働省所管(自治体条例も含む)の営業許可・届出制の対象であるが、食品の原材料は、加工原材料を除けば、その多くは農林水畜産物生鮮原料である。従って、GAP(適正農業規範)と共に、HACCPの概念の導入が必要になってくるであろう。日本生産者GAP協会でも、農場従事者に対して「農業HACCPセミナー2日間コース」を開講していることは、上記の考え方に基づくものと理解している。 今回、上記の背景に基づき、「GAPニュース巻頭言」で、2018年6月13日食品衛生法の一部改正が公布された概要及び今後の課題について解説することにより「農場HACCP」の参考にして頂ければ幸いである。
1.HACCP制度化(概要)とその制度が農場管理に及ぼす影響
表1は改正内容と施行時期等を下記に示した。
食品衛生法等の一部改正の概要 | 施行時期 |
---|---|
平成30(2018)年6月13日 食品衛生法等の一部改正する法律が公布 | 施行後、猶予期間あり |
食品衛生法等の一部改正の内容項目 | |
1.広範囲な食中毒事案への対策強化 | 1年を超えない範囲 |
2.HACCPに沿った衛生管理の制度化 | 2年を超えない範囲 |
3.特別の注意を必要とする成分等を含む食品による健康被害情報の収集 | 2年を超えない範囲 |
4.国際整合性的な食品用器具・容器包装の衛生規制の整備 | 2年を超えない範囲 |
5.営業許可制度の見直し、営業届出制度の創設 | 3年を超えない範囲 |
6.食品リコール情報の報告制度の創設 | 3年を超えない範囲 |
HACCPに沿った衛生管理の制度化(公布後2年を超えない範囲) (1)全ての食品事業者に一般衛生管理に加え、HACCPに沿った衛生管理の実施 (2)規模や事業者等を考慮した一定の業者については、取り扱う食品の特性等に応じた衛生管理・公衆衛生 (3)総合衛生管理製造過程の廃止(一部)
|
以上が法改正の概要であるが、具体的な政令・省令・通達等で、その内容については、2018年12月に各地で開催された厚労省の説明会では、2019年1月から6月の間で、WTO通告、パブリックコメント後に政省令などを公布する予定とある。
本文では、今回のHACCP制度化についてのみを中心に記述する。しかし、農業(農産、水産、畜産)生産分野におけるHACCPは、農林水産省所管においては、対象外と認知されているのが実情であろう。また、厚生労働省所管であり、その対象である食品事業者に対しても、現時点では、政省令などの公布が明示されていない(2019.3.31現在)。しかし、近年の食中毒事例により、従来、届出制であった漬物製造業での「浅漬け」は「サラダ」と解釈されるようであり、営業許可対象業種になり、HACCP制度化の対象となることが予測される。一方、GFSI承認認証規格であるASIAGAP等は、その規格内容にHACCPの概念が導入されており、日本生産者GAP協会においても「農業者のためのHACCPセミナー」を業界に先駆けて農業従事者等を対象としたセミナーを既に実施している。
このような背景の中で、今回のHACCP制度化については、食品事業者だけの問題ではなく、HACCPの基本コンセプトである「農場から食卓まで」あるいはフードチェーン等における農業生産段階での危害要因分析の重要性の視点から無視できないものと考える。
以上の視点から食品事業者へのHACCP制度化の問題点を紹介・記述することにより、農業生産におけるHACCP(的)導入について、検討(認識)いただければ幸いである。
現在、食品衛生法の一部改正(2018.6.13公布)に関連して、HACCP制度化では厚生労働省は、表2のように業種規模での対象区分を考えており公表されている。
制度化の区分 | 略称 |
---|---|
HACCPに基づく衛生管理 「食品衛生上の危害の発生を防止するために特に重要な工程を管理するための取組」 | 基準A (大規模事業者) |
HACCPの考え方に基づく衛生管理 「取り扱う食品の特性等に応じた取組」 | 基準B (小規模事業者) |
HACCPに沿った衛生管理の制度化 | 全体として |
福島和子:日本食品微生物学会雑誌 Vol.35(1),2-4,2018.に一部追加
現在、事業者団体が作成したHACCPの手引書に関して厚生労働省や技術検討委員会の見解や諸外国の影響等により、微妙なニュアンスの相違を生じることが予測され、修正される可能性がある。しかし、厚生労働省の指導内容でホームページに公表され、HACCP制度化への法的規制による監視・指導、さらに営業許可あるいは届出受理がなされるベースになると推測し、かつ業界団体作成の手引書が、行政指導の指針の一部になることを期待している。いずれにしても、政省令や通達等が告知されることによって明確になると思われるが、既に承認された業界団体作成の手引書(ホームページに記載)の改変はないものと推察している。
一方、食品事業者の中では、HACCP制度化に関して、中小・零細食品事業者およびその団体などから異議が出ている。その内容の多くは、①大手・中堅食品事業者は対応出来るが、中小・零細食品事業者は困難であること、②EUは全食品にHACCP規制であるが、米国食品安全強化法では、ある一定事業者はその対象外としていること、③現行の営業許認可および届出制とHACCP制度化との関係、④自治体HACCPとHACCP制度化との同等性、⑤HACCPは輸出企業だけに適用、などの議論がある。このような議論の背景には、食品安全のグローバル化や大手小売業・卸業等の取引要件などにも関与してきているのが実情である。しかし、HACCP制度化については、施行されるとその対象となる食品事業者等は「法令遵守」が義務付けられるので、当然、遵守しなければならない。
2.HACCP制度化の法的側面
(1)国際調和(Harmonization)と国際化(Globalization)
平成7年(2005)の食品衛生法改正によって「総合衛生管理製造過程:以下「丸総」と略す」が創設された(HACCP制度の導入)。しかし、この丸総は国際化ではなく、「規制の弾力化(国際調和)」1)であり、諸外国とは少し異なる認識をすることが必要である。即ち丸総は、食品衛生法に定める製造基準に適合しない製法であっても、丸総による承認を受けた場合、製造・販売・輸入等を許可するとされた(規制の弾力化)2)。しかし、この丸総については、製造基準に適合している品目についても丸総の承認申請ができるとされた(2018.6.13食品衛生法の一部改正で、この部分は廃止)ことが、国際調和への対応より、国内のHACCP導入に波紋をもたらしたと推察している。
一方、輸入相手国にHACCP規制を求める場合、国内法にHACCP規制を定める必要がある。つまり、日本においても、HACCP規則の制度化が求められることになる。多くの欧米等の諸国は、国内でHACCP規制を実施している。しかし、自国でHACCP規制を行っている諸国の多くは、その運用にあたって「柔軟に対応している」と想定される。例えば「英国基準庁のSFBB(Safer Food Better Business)」3)は、英国内での飲食店等の食品衛生監視に有効であると言われているが、英国在住の飲食店経営者等からの情報では、日本の食品衛生監視より酷いという意見もある。
今後、HACCP制度化にあたって、HACCP先進国やわが国への輸入相手国(日系企業を除く)、さらに、日本での運用実態(現状では、自治体HACCP、今後は、いわゆる基準AおよびB対応の業界団体作成手引書、さらにJFS-A/B規格など)を比較調査し、オーバースペックな食品安全と実践的食品安全との妥当性確認、さらに日本の食産業を守る目的での「食糧安保」の視点からの政策的な運用規制も想定されると思われる。
(2)総合衛生管理製造過程の承認制度がHACCPの本質を誤解させる
~制度が食品安全を確保するのではなく、製品の特性及びフローダイアグラムに基づく、危害要因分析とCCPの決定が重要である~
本来、食品衛生法は法規制であり、「遵守しなければならない事項」と解釈されてきた。従って、「丸総」での「規制の弾力化」であっても、製造基準に適合しない食品を製造可能とするためには、厳しく、科学的根拠に基づき、製造基準と同等、またはそれ以上の食品安全を確認して承認を受けなければ製造・販売・輸入等ができないことは当然(規制の弾力化=例外規定)である。このように、「例外規定」であるが故に、安全であることの科学的証明(根拠)となるデータの等について、厳しく審査されるべきである。
一方、食品衛生法で製造基準に適合した製造施設でも、「丸総」を申請すれば、承認されるとしたこと、また、任意申請製造施設(製造基準に適合)に対する申請審査を製造基準に適合しない施設と、ある意味、同様な要求事項を求めたことなどが、業界に「誤解(HACCPパニック?)」を生じたものと推察している。すなわち、安全である「製造基準(CCPに相当?)」を遵守しているにもかかわらず、「製造基準」に適合しない品目と同等の安全管理システム(根拠の証明など)を求めていることになる。また、この「丸総の思想?」で一部の自治体HACCPの承認制度がなされている。これらのことからHACCPは、大企業が実施するものであるという風潮が、中小・零細食品製造事業者で言われるようになったものと推測している。このことは、表3で説明できる。
時代経緯 | 食品安全管理の視点 |
---|---|
丸総時代 | 行政指導(製造基準に適合しない5品目以外) 1.HACCPマジック 2.HACCPパニック |
HACCP制度化時代 | 制度(法令) 1.HACCP is Simple(見える化) 2.Simple is Best(導入しやすい) 3.Trade of HACCP(安全性確保のための現場優先管理への模索) |
表3の内容については、ここではその説明を省くが、食品事業者(農場?)自身が、現場視点で多様なことを考察いただければ幸いである。
本来、HACCPは多様な衛生管理手法の一つである。また、衛生管理手法であるHACCPの対象(食品工場など)は、「施設、食品、工程、規模、成分特性など」によって異なるもので、HACCPによる衛生管理手法の実施および評価を画一的に実施することは困難(無理)であり、それ故、多様性・柔軟性(Flexibility)のある力量を有することが監視(監査)員に求められる。
(3)HACCP制度化の法的側面
HACCPおよびHACCP制度化について今まで述べてきた。業界、行政、HACCP関係学識者および技術者などそれぞれの視点から現在、議論がされてきている。
一方、厚労省は、HACCP制度化に伴って業界団体に手引書作成を要請し、提出された手引書について、厚労省の指導および厚労省主導での「技術検討会」で審査され、承認された手引書を厚労省ホームページでアップされている。
HACCPについては、従来は指導なのか、法的規制なのか、明確でなかった。しかし、今回のHACCP制度化で食品事業者は、HACCP導入をしなければならない状況になったことを認識する必要がある。ここでは、HACCP制度化の法的側面といった視点から「法令遵守」と「コンプライアンス」について考えてみたい。
1)法令遵守とコンプライアンス
一般的に「法令遵守」とは、法令をさし、法律、政令、省令等のことを示す。従って、通達等は、上級の行政庁(この場合は厚労省)が下部組織(この場合は各都道府県の食品衛生所管)等に示すもので、これら通達等の解釈は、必ずしも、司法の判断を拘束しない。つまり、行政庁の下部組織への通達等であるので、食品事業者への通達ではないことは明確である。
しかし、多くの通達等には,「食品事業者に指導されたい」等の意味の文言が含まれることが多いこと、また、上記理由も含んで、これら通達は、食品事業者にとっても「無視することはできない」と推察する。つまり、「司法の判断(解釈)」では、「通達等は法令遵守」に該当しないことになる。以上が、「法令遵守」の一般的解釈である。
また、「コンプライアンス」についての一般論は、法律、条約、協定、契約等に従うことで、「法令」のみの遵守とは限らないと司法では解釈されています。
2)食品衛生領域における法令遵守とコンプライアンス
しかし、食品衛生領域において、法律、政令、省令、通達等であっても、画一的にこれらを適用することが難しい現状があることは、食品衛生監視員や第二者監査および第三者監査員などは周知の事実であろう。その理由として、食品事業者が同一業種のカテゴリーに分類されても、その形態の多様性や対応の柔軟性等を求められる現実が多々ある事実は否定できない。
このような背景の中で、HACCP制度化への対応は、食品事業者およびこれらを監査・認証・評価する監査員に幅広い知識が求められるであろう。
3.HACCP制度化への運用の課題
(1)HACCPシステム運用上の評価
HACCPの運用上の評価は、HACCPプラン(衛生管理計画)一覧表を現場で確認し、継続的改善(PDCA)が運用上なされているかを評価すれば良いと考えている。しかし、一部には、中小/零細食品製造事業者に対して、科学的根拠となるデータを求める傾向がある。この要求は正論である。しかし、中小/零細事業者の多くは、過去の経験や勘などに基づいて検討された標準基準値(経験値)を参考に、多様な製造環境の中で柔軟な基準値を否定されることになるであろう。極論すれば「安全である(オーバースペック)ことが、売れない食品を製造すること」に他ならない。さらに、全事業者にHACCP規制のための申請書類(いわゆるHACCP文書)の提出を求めているようである。この申請書類の審査・評価、さらに保管など、行政負担は膨大になると推測する。
(2)PHILOSOPHY、EVIDENCE、ACTとの関連
食品安全では、PHILOSOPHY(考え方、理屈など)に基づき、そのEVIDENCE(科学的根拠)が重要視され、ACT(食品現場)が軽視される傾向にあると感じる。その多くは、学識経験者、研究者などで論議され、ACTの問題点については、大手企業のQC/QA担当者等の意見を聞かれることが多く、中小・零細の食品製造事業者が有する実態や課題等の意見が反映されることは少ない。つまり、多くの場合、食中毒事件の原因菌(病因物質)について、究明されることは多いが、その原因箇所(工程)を特定し、改善対策について議論された事例は少ないことが見受けられる4)。即ち表4は、食品の異臭に関する文献146について精査し、その中で、1.工程分析がなされているもの、2.部分的に工程分析がなされているもの、3.原因物質の測定のみを3つに分類した結果、それぞれ、22/146(15.1%)、40/146 (27.4%)、84/146 (57.5%)であった。驚くことに、約半分の文献(57.5%)が、原因物質のみの特定を行い、その原因箇所を特定できていなかった。
また、工程分析の記述がある文献では、実に72.7%で原因箇所を特定していたことは、今後の食品衛生に関する研究に一つの方向性を提示したものと思われる。即ち、原因箇所を特定し、苦情(異臭)メカニズムを解明し、「現場的改善」をすることも食品衛生上、重要な仕事(研究)であると思うのは筆者だけであろうか。
食品の異臭に関する文献 | 原因特定 | ||
---|---|---|---|
工程特定可能 | 工程特定不可 | 判断不能 (複数工程あり) | |
1.工程分析がなされているもの 22/146(15.1%) | 16/22 (72.7%) | 3/22 (13.6%) | 3/22 (13.6%) |
2.部分的に工程分析がなされているもの 40/146 (27.4%) | 23/40 (57.5%) | 5/40 (12.5%) | 12/40 (30.0%) |
3.原因物質測定のみ 84/146 (57.5%) | 27/84 (32.1%) | 53/84 (63.1%) | 4/84 (4.8%) |
(3)科学的根拠と記録の簡易化
食品成分の多くが、不均質成分から構成されており、かつ、複数の食品成分を加工した食品は、均一的な分散構造でない食品も見られる。その中で、pH、Aw、塩分などのモニタリングデータの測定を求められることが難しいことなど、科学的根拠データを個別の中小/零細食品事業者が提示することは困難であろう。また、科学的根拠を求める側にも、そのことが、現実的に可能かどうかを判断した上で、食品事業者に要求すべきであろう。さらに、記録が重要でない箇所については、鉄道会社の運転手が実施している「指差し確認」や「呼称確認」なども、管理システムの手段(PRP)としてマニュアルに記載し、遵守することにより許容できる一つの手段であると考える。
(4)安心という化け物
日本特有と思われる事象として、科学的根拠にほど遠い「安心」や「ゼロリスク」が登場し、ISO/IEC Guide51:2014(安全側面―規格への導入指針)5)の中の「絶対安全は存在しない事の宣言」に反して「絶対安全」の方向に進んでいく事例(表5)は、過去に、BSEにおける低年齢牛検査および全頭検査であり、世界に類を見ない検査体制であったことは明白であろう6)。
(安全側面―規格への導入指針) |
---|
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HACCP制度化導入において懸念することは、「丸総(対象5品目)」適用外である全業種の「HACCP制度化」の「多様で、柔軟な適用」である。そのためには、「丸総からの脱却」であり、行政的には、現場視点からの「規制の多様性および柔軟性の判断」ができる力量を有する監視員などの教育・訓練等が必要であろう。そうでないと「中小/零細食品製造事業者の破滅(廃業)?」に追い込まれるであろう。
(5)HACCPに関わる解釈上の問題点
日本のHACCPは、CodexのHACCPガイドライン7)に準拠しているといわれている。また、多くの場合、グローバル(輸出)にあたってはEUおよびUSAなどの規則が参考にされる。例えば「対EU輸出水産食品の取扱要領」と「EU規則」における「カビの解釈」においても「EU規則(原文)」の「望ましくないカビ」と「対EU輸出水産食品の取扱要領のカビ」では、カビ由来の発酵食品の取扱いが異なる8)。
今後、これらグローバルな問題などについて、修正しないと国内で製造したものが輸出できなくなることも考えられる。また、対EU輸出水産食品の日本での認定工場数は、27であるが、諸外国での順位は、第33位である(表6)。さらに、諸外国の認定機関の多くが、産業省庁であるのに対し、日本では規制省庁が認定機関であることが、その理由であると推察されている(その後、産業省庁所管団体が認定機関になる)。
国名 | 認定水産加工 工場数 | 認定機関 |
アメリカ | 947 | FDA認定、審査実務はNOAA(海洋漁業局) |
中国 | 567 | ― |
インド | 237 | 商業省 |
タイ | 290 | 水産局 |
インドネシア | 170 | 海洋水産省 |
韓国 | 64 | 農林水産食品部 |
スリランカ | 29 | ― |
日本 | 27 | 都道府県知事、保健所設置市長、特別区長 |
大日本水産会ホームページ資料を基に作成(2015年現在)
また、今回のHACCP制度化の方向は、Codex のHACCPガイドライン7)に準拠することであることに変わりがないと予測している。しかし、このガイドラインは、「Must」と「Should」の助動詞によって、その要求レベルが明示されているが、邦文翻訳では、「助動詞」に基づく邦文翻訳はなく、そのほとんどが「しなければならない」と翻訳されている。また、ISO9001:2015版では、その序文で「助動詞」の意味と解釈を明確にしている。これについは、(表7)に示した。
|
すなわち、本来、日本語(日本人)は曖昧で、かつその優先順位を明確にしない国民性である。一方、「欧米や多くのアジア諸国などの文化」は、「明確にものを言う文化」であり、日本文化は、「曖昧で,先延ばし」の「争いを避ける文化」かも知れない。グローバルでの日本人は、諸外国から見ると明確に「YES NO」を言わないことから「まだまだ、騙せる日本人」となる。
HACCPにおいてもそうであるが、HACCP12手順7原則の文中に「Must」と「Should」が記載されている(表8)。表7のISO9001:2015では、「Must」=「Shall」であり、「要求事項」としている。一方「Should」は「推奨事項」である。しかし、これが「邦文翻訳」されるとその区別の言葉は見られない。今後、これらの内容(文節)について、HACCP制度化が進む中で検討する必要がある。
手順 | 手順の内容 | 要求レベル |
1 | HACCPチームの編成 | Should 3 |
2 | 製品の記述 | Should 1 |
3 | 意図する用途の特定 | Should 1 |
4 | フローダイアグラムの構築 | Should 3 |
5 | フローダイアグラム等の現場確認 | Should 2 |
6 | ハザード分析 | Must 1 Should 3 |
7 | 重要管理点(CCP)の設定 | Should 3 |
8 | 管理基準(CL)の決定 | Must 1 |
9 | モニタリングシステムの決定 | Must 4 Should 3 |
10 | 改善措置の設定 | Must 4 |
11 | 検証手順の設定 | Should 2 |
12 | 手順及び記録に関する文書化の設定 | Should 2 |
Codex HACCPガイドラインの改定議論の中で、Codex部会の委員の中では、「Must」と「Should」の区分の認識は低いとの意見もあるが、過去において、このような国際的な規格・協定・条約などは、主に欧米諸国主導で決められてきた経緯もある。一方、日本は、過去も、現在(恐らく将来も)も、多くのグローバル案件について、苦い思いをしてきていたと理解している。ISO 9001:2015版における記述(表7の2.序文 01一般 の表現形式)でも見られるように、Codex委員会は、ISO委員会と同じく、欧米諸国主導で決められることから、その区分については充分な認識が必要であろう。また、日本においても、食品事業者の多様な製造・加工方法の実態からHACCP12手順7原則でのMust及びShouldを読み替えることも、実態に即した対応になることもあろう。
今後、これら業種ごとに要求レベルの精査を整理した上で、グローバルな対応とこれらに基づく国内事業者への具体的施策が明確になっていくものと推察される。
(6)HACCPを支えるテクノロジー(技術、システム)
HACCPは前述したように衛生管理手法の一つであり、かつ食品安全確保のための有効な手段であると考えている。すなわち、HACCPはシステムであり、「食品安全衛生管理はこうあるべきである」と言った建前論的な「あるべき姿」を決めつけることではなく、多様な製造環境の中で、「Flexibleに対応するシステム」であると考えている。それ故、「食品安全工学」の視点からHACCPシステムを評価する第1条件は、食品事業者が作成した「HACCP計画(プラン)一覧表」に基づいて、「継続的改善(PDCA:Plan, Do, Check, Action)システム」が機能しているかどうかを食品製造現場で評価することである。ただし、事故が発生した場合は、原因究明結果に基づく「改善命令(強制)」であろう。第2条件は、「危害要因分析」と「CCPの決定」の現場的かつ多様性の中での「Flexibleな評価」である。そのためには、製品および原材料特性や製造・加工、さらには、流通・保管、容器・包装、消費特性、加熱・冷却理論等の「食品製造安全科学に基づく総合管理学」の基礎と応用が必要である。
以上のことから、食品は他の産業製品に比べて、消費者の意識や国民性などにより事故(苦情)は多いと思われる。しかし、事故発生件数は、提供される食品(商業および家庭ベース)からすれば、他の産業の災害事故と比べると極めて低い発生率と推測している。すなわち、食中毒あるいは事故発生件数でリスク評価するのではなく、その食品の分母(例えば、業界別・品目別・工場別などの生産量や売上金額など)をも考慮した「リスク分析・評価」が重要と思われる。従って、HACCP制度化にあたって、「ゼロリスク」あるいは「極めて低いゼロリスク」を食品事業者に求めることが、「ゼロリスク」を達成できないという「パラドックス(逆説)」は、認知されないだろうか。
4.おわりに
HACCP制度化にあたって、「丸総からの脱却」や「Flexibility(柔軟性)」が求められている。しかし、現状の「営業許可制度」は、企業規模や生産・製造の形態などに関係なく、該当する営業品目によって許認可がなされている。従って、現場の食品衛生監視員は、特に「Flexibility」に対応できる力量は、充分備えているものと推察している。その理由として、現行法規では、1つの許可要件に対して、その範疇の食品製造・販売事業者も大小関わりなく、許認可業務を実施している現状実績がある。
しかし、今後のHACCP制度化をスムーズに進めていくためには、従来の「食品衛生学」と前述の「食品製造安全科学に基づく総合管理学」の基礎知識と応用が求められるものと予測している。それによって、食品事業者と共に食品安全施策(リスクの軽減)が実現できるものと考える。 最後に、表9に品質管理の基本と表10に食品製造における微生物管理について、提案をしたいと考えている。
「品質は工程の中で作り込め」 ⇓ 「安全・衛生も工程の中で作り込めないか」 |
すなわち、表9は、生産管理システムの中で食品安全・衛生を品質と融合することにより、システム管理工学としての体系が可能になり、リスク低減が期待できる。
一方、食品製造における微生物管理については、表10にその問題点の概要を示した。
汚染の実態 | 汚染レベル | 評価(重要度) |
---|---|---|
汚 染 | 単一汚染 連続汚染 稀少汚染 濃厚汚染 | × 〇 × 〇 |
拡 散 | 交差(接触)汚染 | △ |
増 殖 | 温度(加熱と冷却)と時間 | 〇 |
残 存 | 調理加熱? 殺菌加熱? | △ |
まずは、「汚染」であるが、現場で論じられる多くは、「単一汚染」あるいは「稀少汚染」である。不謹慎かも知れないが、微生物的事故あるいは苦情、さらには、自主微生物検査で異常がない限り、これらの「汚染レベルは無視(少量感染症をターゲットとした場合を除く)」すれば良いと考えている(ただし、糞便系指標菌の場合は対策が必要)。理由は、微生物的品質に関わる多くの食品は、多品種少量生産が多く、かつ、消費期限が短い食品が多い。「目に見えない微生物」の細かいことを言うよりも「5S、中でも洗浄・殺菌」の重要性を教育する必要がある。しかし、「無菌充填あるいはセミ無菌充填食品」等の場合にはこの限りではないであろう。
「拡散」については「交差汚染」を完全に防げる食品事業者の施設は少ない。従って「交差汚染」については「工程及び作業動線(ヒト、モノの流れ)」から分析し、余程のことがない限り、交差汚染原因の許容範囲を調査(判断)することであろう。
「増殖」については、「濃厚汚染」のリスクと同等あるいはそれ以上のリスクがあると考えるべきであろう。特に、機械・部品・パッキン等の洗浄不良とそれに伴う増殖が想定される。過去に、スモークサーモンからリステリア菌が70%近く検出されたことがあった。原料の加工は中国であり、現地調査の約1週間で実施したことは、工場内の図面とフローダイアグラムを手に、全ての工場環境、ライン、生産機械の洗浄・殺菌を自分の目で確認し、その洗浄実施の有無と有効性をチェックした。その中で、現場で「できないと抵抗したこと」でも「無理矢理させたこと」である。その後の検査では、検出率が0.1%以下にまで低下した。これは、工場全体でリステリア菌が汚染・拡散し、それぞれの場所で増殖し、結果として工場内の多くの場所で濃厚汚染したものと推測している。この作業は定期的かつ継続的に必要であろう。
最後に微生物の「残存」である。多くの食品は加熱工程があるが、この加熱工程では、多くの微生物の殺菌は可能であるが、その機能は加工(調理)加熱として考えるべきであろう。従って、通常の食品なら加熱後、全ての食品に一定レベルの微生物が残存していることは当たり前である。不適切な取扱いをすると微生物が増殖し、消費期限・賞味期限が短くなり、腐敗・変敗することも考えられ、最悪の場合は、食中毒も想定される。
筆者が食品衛生に関わりを持った当初は、「加熱するから安心、生だから危険」と教育されてきた。それは、飲食店で調理後、すぐに提供されるからである。スーパーマーケットの品質管理を20数年間担当してきた中で、リスクとして刺身類などの「なまもの」の苦情や事故は少なく、加熱する豆腐や麺類の苦情や事故の方が多いことを経験している。その理由は、加熱後、冷却が不充分であることが多い。これは、一般的に加熱工程での生産能力と冷却工程の生産能力のアンバランスの結果、加熱後に冷却の不足した食品が出荷され、流通中に微生物が増殖することなどが多くの事故の原因になるからである。
当時の典型的な事例で、前日製造した製品に腐敗の苦情はなく、当日の製品に苦情がよく見られた。これは、当日製造した製品が、出荷時に冷却が不足し、微生物の増殖により腐敗が生じたものである。従って、加熱された食品は、加熱も重要(CCP)であるが、冷却がより重要なCCPであることの認識が必要である。
一方、微生物の知識も重要であるが、基本となる生産管理の中で食品安全を考えないと大きな事故を起こす危険性が高いと考える。以上のことを表1枚で表せば、表11のようになる。
生産(製造)管理(全産業共通) ⇓ 品質管理(全産業共通) ⇓ 食品衛生管理 ⇓ HACCP(食品安全)管理 |
食品産業での製造における安全分野では、他の産業の物つくり(全製造産業)に比べると、その根幹をなしている生産(製造)管理や品質管理に関する知識レベルは低いと感じている。それ故、ヒステリックな食品安全や衛生管理に特化するのは理解できないわけではない。しかし、もう一度、食品製造の「なんたるや」を考えた上で、食品安全を考えないと日本の食品産業技術(特に中小の職人技術)が疲弊することになるであろう。
参考文献
- 加地祥文:HACCPニュース、No.22, 平成19年5月31日発行、HACCP連絡協議会会報
- (2)「丸総の承認とHACCPシステムについて(平成8年10月22日付け衛食第262号・衛乳第240号)」
-
(3)SFBB(Safer Food Better Business)~より安全でより良きビジネスを~
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000099134.pdf - (4)川瀬健太郎:異臭文献調査に基づくHACCPにおけるハザード分析及び食品衛生監査業務への活用、国立大学法人 東京海洋大学大学院食品流通安全管理専攻 修士論文、2012年3月
- (5)ISO/IECガイド51:2014(JIS Z 8051:2015)(安全側面―規格への導入指針)
- (6)中西準子:食のリスク~氾濫する「安全・安心」をよみとく視点~p27-37,2010年1月15日、(株)日本評論社
- (7)FAO/WHO合同食品規格(Codex規格):「食品衛生の一般原則の規範(CAC/RCP 1-1969)及び付属書:HACCPシステムとその適用のためのガイドライン(Annex to CAC/RCP 1-1969,Rev. 4-2003)」
- (8)日佐和夫:=教育講演=グローバル化に対応した食品工場監査~フードチェーンにおけるホワイトリスト化への課題、日食微誌32(1),p17-27,2015
なお、本原稿は、2017年10月6日、日本食品微生物学会学術講演会(徳島市)シンポジウムⅡ(テーマ:HACCPによる衛生管理を考える)の中で、「HACCP制度化への課題~特に中小企業食品製造企業の視点から~」の講演内容及びその内容を日本食品微生物学会雑誌35(1),1-4,2018に投稿記載された内容に基づいて加筆・削除して作成したものである。
GAP普及ニュースNo.58 2019/4