-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『目前に迫る2020東京オリ・パラの持続可能な食品戦略は』
-大会組織委員会の選択と産地の対応-

GAP普及ニュース52号(2017/1)掲載

田上隆一
一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

持続可能性はロンドンから

 今から2年以上前、GAP普及ニュース40号(2014.10)の【巻頭言】で「2020東京オリンピックで国産野菜を供給できない可能性」を書いて以来、度々「2012ロンドンオリンピック・パラリンピックのサステナビリティ(持続可能性)への取組み」について記事にしてきました。ロンドン大会の組織委員会では、大会開催の5年前、2007年に「ロンドン・フード理事会」を組織し、関連するNGOやNPO組織、スポンサー企業、コンサルタントなどを委員としたフード・アドバイザリー・グループを結成し、オリンピック期間中に選手や観客に提供される食べ物に関する指針「フードビジョン」(Food vision for the London 2012 Olympic Games and Paralympic Games)を発表しました。

 "ロンドンと同じか、それ以上を目指す"といわれている東京大会で、持続可能な食品戦略を達成するためには、ロンドン大会で確立された「フードビジョン」について農業関係者に直接知ってもらうことが必要と考え、GAP 普及ニュース48号まで、数回に亘って「フードビジョンの翻訳:山田正美訳」を掲載してきました。

 振り返ってみると、「フードビジョン」では持続可能な食品戦略として、以下の5つの実践を約束すると記述しています。

1.食の安全と衛生
 食品の衛生管理基準とトレーサビリティ手順を守り、悪質な汚染をなくす等
2.選択とバランス
 品質・価格・文化の多様なケータリング、健康的で栄養価の高いオプション提供等
3.食料調達とサプライチェーン
 環境・倫理と動物福祉の基準に関する供給、地域を含むサプライチェーンのサポート等
4.環境管理
 ケータリングの最適化、エネルギーと水の効率の最大化、直接ごみゼロ、70%リサイクル等
5.スキルと教育
 持続可能なケータリング学習モジュールを定式化する品質信用フレームワーク等

 この「フードビジョン」は、大会開催7年前の2006年に発表された「ロンドン2012持続可能性方針」の実現のための具体策として策定されたもので、方針としての「持続可能な調達コード」は、次の4つの原則で構成されていました。

  1. 責任ある調達の実施
  2. 二次(使用済み)原材料の利用
  3. 環境影響の最小化
  4. 健康や環境に害のない素材の利用

先進国としての東京大会は

 さて、2020東京大会においては、大会開催5年前の2016年1月に「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会、持続可能性に配慮した調達コードの基本原則」が、東京オリンピック・パラリンピック競技大会・組織委員会によって示されました。これはロンドン大会の「持続可能な調達コードの方針」にあたるもので、ここでは持続可能性に配慮した調達のために4つの原則を示しています。

  • 1.どのように供給されているのかを重視する。
  • 2.どこから採り、何を使って作られているのかを重視する。
  • 3.サプライチェーンへの働きかけを重視する。
  • 4.資源の有効活用を重視する。

 そして、2016年12月に、この基本原則に基づく「持続可能性に配慮した調達コード(案)」が公表され、この(案)に対して12月13日から27日までの15日間、パブリックコメントの手続きがとられました。これらは、2017年3月末までにまとめられ、食材の調達基準を含む「調達コード第1版」が策定される予定だということです。

 しかし、ロンドン大会に学んで「東京大会・フードビジョン」を策定するためには、関連するNGOやNPO組織、スポンサー企業、コンサルタントなどを委員としたフード・アドバイザリー・グループを結成して取り組むと、策定までに約1年はかかるといわれていますから、2018年3月頃になってしまうものと思われます。

  2018年3月ともなれば、東京大会の開催まで残すところ2年半です。この時期以降は、調達基準に合致したケータリング会社などのサプライヤーが、具体的な調達計画に基づいてビジネスプランを立てる時期となるのではないかと心配になりますが、農産物では川上(特に生産者)になるほどその心配は大きくなります。

東京大会の現実的な選択

 パブリックコメントの手続きを取った「調達コード(案)」では、「物品別の個別基準」として「持続可能性に配慮した農産物の調達基準(案)」「・・畜産物の調達基準(案)」「・・水産物の調達基準(案)」が示されています。(以下は「持続可能性に配慮した農産物の調達基準(案)」)

  1. 基準の対象は、農産物の生鮮食品及び農産物を主要な原材料とする加工食品とする。
  2. サプライヤーは、以下の①~③を満たすものの調達を行わなければならない。
    • ①食材の安全を確保するため、農産物の生産に当たり、日本の関係法令等に照らして適切な措置が講じられていること。
    • ②周辺環境や生態系と調和のとれた農業生産活動を確保するため、農産物の生産に当たり、日本の関係法令等に照らして適切な措置が講じられていること。
    • ③作業者の労働安全を確保するため、農産物の生産に当たり、日本の関係法令等に照らして適切な措置が講じられていること。
  3. JGAP Advance または GLOBALG.A.P.の認証を受けて生産された農産物については、上記2の①~③を満たすものとして認める。このほか、上記2の①~③を満たすものとして組織委員会が認める認証スキームによる認証を受けて生産された農産物についても同様に扱うことができるものとする。
  4. 上記3に示す認証を受けて生産された農産物以外を必要とする場合は、上記2の①~③を満たすものとして、農林水産省作成の「農業生産工程管理(GAP)の共通 基盤に関するガイドライン」に準拠したGAP に基づき生産され、都道府県等公的機関による第三者の確認を受けていることが示されなければならない。
  5. 上記2に加えて、生産者における持続可能性の向上に資する取組を一層促進する観点から、有機農業により生産された農産物、障害者が主体的に携わって生産された農産物、世界農業遺産や日本農業遺産など国際機関や各国政府により認定された伝統的な農業を営む地域で生産された農産物が推奨される。
  6. サプライヤーは、上記2を満たす農産物を選択する上で、国内農業の振興とそれを通じた農村の多面的機能の発揮や、輸送距離の短縮による温室効果ガス排出の抑制等への貢献を考慮し、国産農産物を優先的に選択すべきである。
  7. サプライヤーは、海外産の農産物で、上記2を満たすことの確認が困難なものに ついては、組織委員会が認める持続可能性に資する取組に基づいて生産され、トレーサビリティが確保されているものを優先的に調達すべきである。
  8. サプライヤーは、使用する農産物について、上記3~7に該当するものであることを示す書類を東京 2020大会終了後から1年が過ぎるまでの間保管し、組織委員会が求める場合は、これを提出しなければならない。(畜産物と水産物の個別基準も同じ考え方なので省略)

「供給体制」と「確認制度」の確立を

 「物品別の個別基準」に基づいて「東京大会・フードビジョン」が策定されることになると思いますが、フードビジョンは実現可能なものでなければなりません。また、東京大会が"ロンドンと同じかそれ以上を目指す"持続可能な食品戦略であるためには、先ずは"我が国の現実"を踏まえたものであることが必要です。

  「物品別の個別基準」2①~③は、すべて「日本の関係法令等に照らして適切な措置が講じられていること」が肝です。「適切な措置が講じられていること」を確認するために、a)グローバル規格のGLOBALG.A.P.認証と、b)ローカル規格のJGAP Advance認証、およびc)「ガイドライン」準拠の都道府県等公的機関による第三者確認、を掲げています。

  これには様々な課題がありますが、特に重要と思われるのはこれらの調達基準であり、今後3年間でオリンピック・パラリンピックの農産物需要を満たす「供給体制」作りが可能かどうかです。日本国民の日常の食料を安定的に供給した上で、つまり、現状の生産・流通・販売のサプライヤーが、品質・数量ともに良好な関係性を維持した上で、国際規格の「日本的おもてなし」をするということです。そのためには、オリンピック・パラリンピックでの食材の具体的な需要予測に基づいた産地の特定や、そこでの増産計画が必要になるのではないでしょうか。また、これらの産地が東京大会の調達基準を満たすものでなければなりません。

  しかし、「物品別の個別基準」のa)、b)、c)の現状としては、到底オリンピック・パラリンピックでの農産物需要を満たすものではありませんから、緊急の課題として、これらの基準を満たすための「確認制度」を確立し、需要に見合った農産物の産地を作ることが必要です。これまで、国際規格としてのGAPやHACCPへの取組みが遅れていた日本の最大のテーマです。

普及率80%のロンドンに学ぶ

 一口に「ロンドンに学ぶ」とは言いますが、「世界一サステナビリティなオリンピック」といわれたロンドン大会で、食料の調達基準とされた「レッドトラクター」は、日本とは事情が全く異なっています。オリンピック・パラリンピックでの持続可能性に応えるためにレッドトラクターが普及したわけではありません。ロンドン大会開催の遥か以前から、イギリス国内の農産物・畜産物の生産農場の75%~90%がレッドトラクター認証を取得していました。この認証制度の創設者は、イギリスの農業者団体NFU(全国農民連合)です。1990年代から、農業に対する消費者の信頼を勝ち取るために、農業に係る環境保全や人権保護、食品衛生のコンプライアンスに主体的に努めてきているのです。

  農業者団体が強力に推進したレッドトラクターは、政府の環境政策としてのクロスコンプライアンスとの関係性も大きいのですが、結果として流通や小売りなどの買い手側の信頼を得られることができて、農業産地の当たり前の実践となり、約80%の普及率になったのです。「残りの20%は?」とロンドンの関係者に聞くと、「他は有機認証や動物虐待防止協会の認証を持っているので必要がない」との答えでした。

  また、イギリスの農業者や農家団体は、BRC(英国小売協会)食品規格の認証も取得しています。これは、HACCPに基づいた食品安全管理と品質やセキュリティ等などについての要求事項を含んだ国際規格の認証制度です。農産物の集出荷場や選果場などは、HACCPなどの自己管理システムが義務付けられています。

  イギリスでは、EUのHygiene Package(包括的衛生規則)が法制化されていますから、圧倒的多数の食品取扱事業者がBRC認証を取得しています。そのため、通常の農産物は、事実上BRC認証がなければ農産物・食品のサプライチェーンに加わることができません。このチェーンによって農産物食品は、チェーン全体でトレーサビリティが確立されています。

日本だからGAPが大会レガシーになる

 大会の開催以前から、国際規格のGAPとHACCPが確立されていたロンドンでは、レッドトラクターとBRCを基準にすることで大会の持続可能な調達基準は達成できたのです。そして、レッドトラクターは、NFUという農業団体によるイギリス国産のための認証制度ですから、もともと国産では調達できない農産物だけを、フェアトレードやGLOBALG.A.P.などの規格で調達すれば良かったのです。

 この点において、前述のロンドンの関係者によれば、「持続可能な食料調達基準は、大会のレガシー(遺産)ではありません」。「大会以前のレガシー(前代の人が残した業績)を組織委員会が活用した」ということになるのです。

  日本では、このような現状を理解した上で、独自のGAPやHACCPのオリンピック・パラリンピック対応を考えなければなりません。国際的な要求事項に対しては、避けるのではなく、日本の実情にあった形での信頼を取り付けられる解決策を考えなければなりません。短い期間ですが、オリンピック・パラリンピック大会をきっかけにして、戦略的な思考で実践することで、持続可能な農業の生産体制や、事業者としての食品衛生管理体制が実現でき、東京大会のレガシーとなって、持続可能な社会づくりに貢献することになります。

GAP普及ニュースNo.52 2017/1