『改めて考えるGAP』
~持続可能性(Sustainability)と事業継続計画(Business Continuity Planning)~
GAP普及ニュース49号(2016/5)掲載
田上隆多
一般社団法人日本生産者GAP協会 事務局長
株式会社AGIC GAP普及部長
巻頭言に先立ちまして、熊本地震(熊本県から大分県にかけて発生している一連の地震)により、お亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみを申し上げるとともに、被災されました皆様に心からお見舞い申し上げます。一刻も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
熊本地震に関する農林水産省による情報は、下記ページで更新されておりますので、被害状況や復興に関することは、各自こちらから情報を入手してください(農林水産省ホームページ http://www.maff.go.jp/j/saigai/zisin/160414/kumamoto/)。
私ども日本生産者GAP協会は、人類の永遠の課題である「人間活動と自然活動との調和」を目指す農林水産業を構築するために、農業における基本的な約束事である『適正農業管理(GAP)』のあり方とその実践に係る学術的活動と、GAPの普及・啓発活動を行っています。特に、20世紀から21世紀にかけて科学の発展とともに明らかになってきた「人間活動」による環境汚染・生態系破壊などが「自然活動」の持続可能性を損ねてきていることを発端として「GAP」の概念が生まれており、GAPの実践では、このことの是正を中心に取り扱っています。
ところが、私達日本人の多くが経験している地震や気象災害などによる被害は、時に「人間活動」の継続性に大きなダメージを与えることもまた事実です。地球上に住み、地球上で活動する私達人間は、自然生態系の持続可能性と農業という事業の継続性の両方を考える必要があります。ここで改めて、「持続可能性(Sustainability)」と「事業継続計画(Business Continuity Planning)」という考え方を、GAPの観点から整理してみたいと思います。
「持続可能性」の捉え方は、分野によって多少変わると思いますが、GAPの分野で定義すれば、「環境的・経済的・社会的に持続可能であること(*1)」であり、「環境と開発に関する世界委員会」の報告書では、「将来世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させる (*2)」と言っています。農業の現場では、持続的な土地利用、環境汚染を避ける肥料や農薬の責任ある使用、安全な生産物の提供、労働者をはじめ農業に関わる人間の人権と健康と安全の確保に取り組んでいきます。これらの取組みの前段として欠かせないのが「リスク評価」です。
これらの取組みを阻害するものは何なのか。危害要因(ハザード)とその発生の可能性を評価し、危害を許容可能なレベルに管理すること、つまり「リスクを管理する」ことがGAPの実践です。ここで考えられるリスクは、過剰な施肥による水質汚染、農薬の残留による土壌汚染、ドリフトによる食品被害、労働事故の可能性など、主に平常時の活動により発生する危害に関するものです。平常時のリスクをいかに小さくするかがGAP実践の要です。
「事業継続計画」(BCP)については、主に、自然災害や大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法や手段などを取り決めておく計画のこととされています(*3)。BCPの特徴は、①優先して継続・復旧すべき中核事業を特定する、②緊急時における中核事業の目標復旧時間を定めておく、③緊急時に提供できるサービスのレベルについて顧客と予め協議しておく、④事業拠点や生産設備、仕入品調達等の代替策を用意しておく、⑤全ての従業員と事業継続についてコミュニケーションを図っておくこと、などです。そのためには、まず、どのような事態が考えられるのか、被害の程度と範囲はどの程度か、を想定しておく必要があります。つまり、平常時のリスク管理における「リスク評価」と基本的には同じプロセスなのです。
『日本GAP規範(Ver.1.1)』の中では、平常時のリスク管理の一部として、緊急事態への対応の「クライシス管理」についても言及しています。広い意味では、クライシス管理はリスク管理に含まれると考えて良いでしょう。ところが、リスク管理とクライシス管理には大きな違いもあります。リスクの定義では一般的に、「危害要因により、ある事象が発生する確率×発生した影響の度合い」という積が用いられ、確率によって計測できるという考え方があります。一方で、クライシスについては、頻度や事例が少なすぎて確率が計測できない不確実性を伴ったものと言われます(*4)。いわゆる、「想定の範囲内」の事態に対する管理が「リスク管理」であり、「想定外」の事態に対する管理が「クライシス管理」であるとも言えます。「リスク管理」は、日頃から「リスク認識」を高めておくことが重要であることを『日本GAP規範』の中で述べています。
では、想定の範囲外の「クライシス管理」については、どのように考えるべきでしょうか。事態を想定できなければ、具体的な対応も想定できない、つまり「備えられない」とういことでしょうか。そうであれば、そのことを受け入れる他ありません。その時に重要なことは、「迅速な意思決定」です。迅速に意思決定をするには、意思決定プロセスを予め備えておくことが重要です。誰が、どのように判断するのか、大事なものの優先順位、一時的な情報系統、落ち着いた後の情報系統、などです。いずれにしても想定外のことですので、事象ごとの具体的な対応は備えられなくとも、少なくともこの意思決定プロセスだけは備えておき、関係者が認識しておくことで、組織の体系的な、あるいは個々人の最適な判断が期待できることになります。
以上のことから、今回私が整理した「持続可能性」と「事業継続計画」、さらには「リスク管理」と「クライシス管理」、想定内と想定外の考え方については、下図に示すようなものになります。それぞれのキーワードに関しては、各専門家がより詳しい解説などをされていると思いますが、この図は私なりに整理したものです。
用語の整理はさておき、総論とすれば、常に「大事なものは何か」という考え方を明確にし、あらゆる事象を出来る限り想定し、想定できることには具体的な備えをし、想定外の場合には「どう動くか」の考え方を整理し、ひいてはそれらの覚悟をしておくことが重要であります。つまり、日頃の備えが肝要であるということです。
- *1 FAO GOOD AGRICULTURAL PRACTICES
http://www.fao.org/prods/gap/ - *2 外務省>外交政策>ODAと地球規模の課題>地球環境>持続可能な開発
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/sogo/kaihatsu.html - *3 中小企業BCP策定運用指針
http://www.chusho.meti.go.jp/bcp/contents/level_c/bcpgl_01_1.html - *4 リスク、不可確実性、そして想定外(植村修一、日本経済新聞社)
GAP普及ニュースNo.49 2016/5