『みかん産業がTPPの犠牲にならないために』
GAP普及ニュース47号(2016/1)掲載
佐々木茂明
一般社団法人日本生産者GAP協会 理事
株式会社Citrus 代表取締役
昨年の秋、朝日新聞の記者がTPPに関することで弊社を訪れ、「1991年のオレンジの自由化後も有田みかんは影響を受けず頑張ってこられたのはどういう理由か」という取材であった。確かに、オレンジの自由化後も有田みかんの生産量は9万トン前後を保ってきた。
しかし、実際には、みかんの価格を安定化させるために「多くのみかん生産者が犠牲になっている」ことを伝え、「TPPが実施されればさらに多くのみかん生産農家が犠牲になるでしょう」と説明し、現状を伝えた。その記事が2015年11月6日付けの朝日新聞9面に記載された。
記事の内容は「カギは消費者の支持」とまとめられ、当初、記者がもっていた見方とはかなり違っていた。その後、記事に対する意見を求められ、以下のような内容を電話取材に伝えたところ、同じ記者が大阪本社からタクシーで駆けつけ、みかんの収穫中の現場に現れて、2度目の取材に応ずることになった。
私はTPPがみかん農家に与える影響については、「オレンジ果汁の自由化に学ぶ必要がある」と考えている。
温州ミカンの生産量が300万トンを超えた1972年に価格の大暴落があり、それ以降も生産過剰が続き、農業経営は赤字となった。このとき、温州ミカンの需給バランスをとるため、愛媛県を中心に裾ものの果実を加工に回して青果の流通量を調整し、価格の下落を防ぐ対策が考えられた。生産過剰に悩む和歌山・静岡・三重・神奈川・広島・山口・徳島・愛媛・福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎の14県は、政府の「果実加工需要拡大緊急対策事業 (1970~74年)」 の助成により、農協系のジュース工場が誕生した。同時に実施された加工仕向けみかんの価格保証(38円/kg)により、何とかぎりぎりのみかん生産が続けられた。
しかし、1991年のオレンジの自由化、特に果汁の自由化後は、輸入のオレンジ果汁100%におされて国産みかんジュースが売れなくなり、ジュース工場の閉鎖が相次ぎ、加工仕向けみかんの行き場がなくなった。
輸入自由化が決まった1988年から1990年の3年間に「柑橘園地再編対策事業」が実施された。この事業は、「みかんの生産を止めなさい」という米の減反政策と同様で、廃園にすれば30万円/10アールとういう補助金がばらまかれ、みかんに不適な樹園地が伐採された。和歌山県は幸いジュース工場が閉鎖されなかったので、「有田みかん産地内の伐採面積は少なくてすんだ」という経緯がある。
私は、その頃、現場で伐採の推進と現場確認をしてきた一人であり、和歌山県の削減目標面積が達成できなかったことを心配したが、罰則はなかった。後に知ったのですが、ジュース工場が閉鎖された地域のみかん生産では経営が成り立たなくなり、目標面積以上の伐採が進んだという。他の農産物に切り替わった地域は良かったが、代替え農産物が見つからなかった地域は、伐採後の樹園地が放任された地域もある。この対策には、農業研究センターの研修で私が指導を受けた研究者が対応したというが、その研究者も「廃園後に離農した人が多かった」と話していた。「和歌山は廃園が少なくて良かったね」とも話していた。
このように、オレンジの自由化は、多くのみかん農家が犠牲になってきた背景があり、幸いみかん生産の適地であった有田地域は、他の地域の犠牲のもとに産地が維持できてきただけのことであることを知るべきである。
和歌山県では、TPPによる柑橘生産への影響は、「年間35.7億円の減少(25年産の12.7%)」、農家所得にすると29%減収すると見込んでいる。これは生産量で10%減、中晩柑類の価格が32%減と試算している。現在でもみかん産業は厳しい状況に置かれており、和歌山県は、その対応策を提唱しているが、TPPだからといって特別な対策は県独自では考えにくいと思う。
「現状では、TPP予算の新規事業を待っていては間に合わない」と言って、有田地域初のジュース工場を稼働させた先進的な農業生産法人がある。有田市宮原町にある(㈱)早和果樹園である。今から15年前に法人を設立し、みかんでは類を見ない加工法により、みかんの味へのこだわりの『味一しぼり』という高級みかんジュースのブランド化に成功した法人である。この加工法は、みかんの皮をむいて、これを裏ごしするという手間をかけた「チョッパー・パルパー方式」による高品質のものである。
しかし、有田地域には大型のジュース工場がなく、遠くの缶詰工場に委託して搾汁してもらっていたが、果汁そのものの供給が足りなくなり、行政とタイアップして有田市が「有田みかん加工促進による地域活性化事業」を導入したことで、待望の工場が完成し、昨年12月に稼働を始めた。このことで地域のみかん産業が活性化され、雇用が創出されてきている。今後このような組織の育成が、産地におけるみかん産業の発展のカギになると考えている。
TPPの大筋合意の内容により、8年後にオレンジとグレープフルーツの関税が完全に撤廃されることになった後のみかん産地の対応を考えると、朝日新聞の記事のように、「消費者に選択されるみかん(農産物)を生産すること」がカギであることは判っているが、1991年当時のような「経営的・労力的にも足腰の強い農家がどれだけ農村にいるだろうか」と思わず考えてしまう。そして、国・県が対策事業を打ち出しても、それを受けられる農家がどれだけいるだろうかと危惧する。
私は、1988年から実施された廃園事業を見直し、高齢化した農家が単に犠牲になるのではなく、安心して廃業・引退ができ、体力のある生産者への農地集積がしやすくなる施策を期待したい。
GAP普及ニュースNo.47 2016/1