-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『アセアン経済共同体とTPPと日本農業』

GAP普及ニュース46号(2015/11)掲載

石谷孝佑
一般社団法人日本生産者GAP協会 常務理事

 今年は、アジア太平洋地域およびアセアンを巡る大きな動きがあり、経済環境が大きく変化しようとしている。その一つは今年末に発足する「アセアン経済共同体」(AEC)であり、また、アセアン、東アジアの諸国を2分して大筋合意したTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)である。

アセアン経済共同体の発足とGAP政策

 アセアン経済共同体の中核は、モノ・ヒト・サービスについて、域内での往来・貿易の自由化を図る取組みである。関税の削減や通関作業の簡素化をはじめ、短期滞在ビザの撤廃や出資規制の緩和など、アセアン10ヵ国の国境を越えた経済面での連携を強化するものであり、それによって周辺諸国との貿易を活性化させ、安定的な経済成長を目指している。

  ASEAN加盟国は1990年代にASEAN自由貿易協定(AFTA)を創設し、それを基盤に、現在の経済成長につなげた。今後は「アセアン経済共同体」のもとで、AFTAの取組みを深化させ、本格的な経済共同体の構築へと進むことになる。

  農産物貿易の前提となる「農産物・食品の安全性」については、ASEANGAPにより担保されることになり、今年の末までに各国のGAP規準の「Safety Module」を優先してASEANGAPと同水準にすることが求められており、各国とも概ねクリアーしているようである。当協会の田上隆多理事・事務局長がラオスに支援に行っている目的はここにある。

  ASEANGAPは、GLOBALG.A.P.と同レベルに作られているので、域外の日本がアセアン諸国へ農産物を輸出する場合には、これまではJapan Brand で良かったかもしれないが、これからは少なくともGLOBALG.A.P.の農場認証を取得する必要があり、当協会のGAPシンポジウムなどの事例報告でも判るように、既に具体的なGGAP認証の要請がインドネシアやタイなどから来ている。今後、農産物の輸出に当たっては、GGAP認証の取得への早急な対応が必要になる。

   一方、TPPにより関税の壁がなくなると、安い外国産農産物が大量に日本に入ってくる可能性が指摘されている。日本での生産規模が大きな野菜・果実は、関税が今でも低く、関税がなくなってもあまり影響を受けないと考えられている。むしろ、高品質の青果物については、適正な農場認証を受けて積極的に海外への輸出を考えることも容易になる。そのために、農業の生産性を上げ農産物の品質を更に向上させ、ブランド化して海外に打って出ることも考えたい。

図1 産業別にみた日米の生産性
(1955年時点の米国の水準を100として指数化)

  日米間の生産性の格差は、価格競争力を表すものである。日本は農業における進展が見られず低いままであるが、逆にアメリカは医療が低下の一途をたどっている。このような国間の効率性の格差が、TPPによって平準化されることになるのだろうか。ただし、食料問題は、食料の安全保障として一定の保護がなされるべきものであり、それが環境保護になることが期待される。

  農業の中でも、最も心配されるのは稲作農業への影響である。7割もの農家が米を作っているのに、農業生産の約2割にしかならない。これは、稲作農業が多くの小規模で効率の悪い兼業によって行われているためとされる。稲作の担い手の大部分が高齢者になり、若者の参入が殆どないという現実がある。それは、一言でいえば稲作では生活ができないからである。

  これまで、稲作農家の収入を増やすために減反政策が続けられ、米の価格を高く維持する政策が行われてきた。食管制度が廃止された後も減反が続けられ、高い米価が維持されてきたが、農家の収入は高くはならず、却って米価が下がってくると、農協が受け取る手数料が変わらなければ農家は赤字に転落し、大規模稲作ほど厳しさが増すことになる。

日本農業の構造改革と環境支払

  国際機関のOECD(Organization for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)が考えている農業保護は、政府が直接農家に支払う補助金の「財政負担」と、消費者が安い輸入農産物ではなく、高く維持された価格で国内農産物を買うことで間接的に農家を支援する「消費者負担」(内外価格差に生産量を掛けた額)の合計であるとしている。日本の農業保護は、「消費者負担」を中心に行われてきたと言って差し支えないであろう。OECDとFAO(国際連合食糧農業機関)は、日本政府に対し、今後10年間で強い農業と農産物の低価格化を期待している。それは、日本がコメ等の国内農産物の価格を高く維持するために関税を高くしており、それにより農業の構造改革が遅れ、稲作だけでは生活できないので兼業農家になり、農地の集積も起こらず、まともな後継者も育たず、広大な耕作放棄地を生むことになる。構造改革は待ったなしである。

  欧州は、このような問題を税金による「直接支払」「環境支払」で農家を支援している。持続的な農業、環境に良い農業、景観に優れた農村を維持することは国民が望むものであり、これに税金を投入することは国民の理解が得られているとして、GAP(適正農業管理)を義務化し、「環境支払」の政策を行っている。しかし、このとき、単なる農家へのバラマキではなく、農家の行っている農業が「本当に環境に良い農業か、景観の改善に貢献しているか」などを実際に評価する必要があり、この面でのクロスコンプライアンス(環境配慮要件)を詳細に作り、「環境支払」を行っていくことになる。イギリスでは、農家・農園に対する政府の調査(査察)が3年に一度行われ、それによって「直接支払い」が行われているという。数年前、この実態をつぶさに見せてもらった。

国は正面からGAP政策を進めるべき

  このような欧州の「直接支払」については、日本でも既に論文や雑誌の記事などで説明がなされているが、日本の農業政策・環境政策として論じられ、政策として実行されるには至っていない。TPPが実行され、農産物が大量に入ってくるようになるまでにはもう少し時間がある。その前にOECDが指摘するような日本農業の構造改革を実現させる必要がある。

   日本は貿易立国ではなく「内需が大きい」と言われているが、下の図を見ると、日本は「こんなにも貿易量が少ない」というのが判る。日本の貿易量は中国の3分の1であり、韓国の輸出量から見ると、日本は第5位の国になっている。「買わない・売らない日本」になっているのである。

 上図の世界各国のGDPに対する貿易量を見ると、輸出が153ヵ国中141位、輸入は153ヵ国中148位である。原発停止に伴う天然ガスの大量輸入がなければ、輸入量はさらに減る。この図で見られるように、日本は経済のグローバル化が最も遅れた国であり、農産物輸出に至っては、輸出統計の誤差範囲(1%以下)にとどまっている。

 日本の農産物は、品質的には非常に優れている。途上国にもお金持ちは多く、高品質の農産物を食べたい人は多い。諸制度を整え、農産物を積極的に輸出していく必要がある。しかし、日本は、残念ながら国の『GAP規範』がなく、GAPが義務化されてもいない。また、直接支払いのためのクロスコンプライアンスも整備されていない。世界の農産物貿易の前提である『GAP規準』については完全に落ちこぼれている。オリンピックでも、GAPによる持続性、環境対応、安全性などを担保することもできないことが危惧される。国が正面からGAP政策に取り組むことを期待したい。

文献:デール・ジョルゲンソン;「日本、TPP生かし改革を」日経新聞・経済教室、2015年7月 :中島 厚志;「TPPは経済活性化を加速させる」WEDGE Infinity

GAP普及ニュースNo.46 2015/11