『GAP推進の「十年一日」と「十年一昔」』
GAP普及ニュース39号(2014/7)掲載
田上隆一
一般社団法人日本生産者GAP協会
理事長
私がヨーロッパでGAPに出会い、日本でもGAPに取り組まなければならないと思い、GAPの普及推進を始めてから11年が過ぎました。2003年8月にイングランド政府の『GAP規範』(A Code of Good Agricultural Practice)と、巨大スーパー「テスコ」の農場評価基準「ネイチャーズ・チョイス(NATURE'S CHOICE UK Code of Practice)」と、それにGLOBALG.A.P.(当時はEurepGAPという名称でしたが、以下GLOBALG.A.P.という)農場認証制度の基本文書を入手しました。
私は帰国してすぐに青森県のリンゴ農場のGLOBALG.A.P.認証取得に関わると同時に、千葉県の野菜農場にGLOBALG.A.P.認証を推奨し、取得に導きました。その後、GLOBALG.A.P.認証の要求事項「Control Points and Compliance Criteria」を模倣して日本語によるGAPチェックリスト「JGAP管理点と適合基準」を作成し、「日本GAP協会」を創設して日本の農業者にGAPの実践を呼びかけました。時を同じくして、農林水産省の消費安全局でもGAP推進が始まりました。ただし、農林水産省では食品安全に限定した適正農業管理であり、「食品安全GAP(ジー・エー・ピー)」として普及に取り組んでいました。
EU(欧州連合)では、1991年を節目にEU共通農業政策の中での環境保全GAPが推進され、後に2005年からは「GAP規範」の実践が農業者への環境支払い補助金のクロス・コンプライアンス要件となりました。この時期にEUの大手スーパーでは仕入先農場に対して、農業政策の「GAP規範」を参考にした独自の農場検査・認証を行っていました。2000年頃になると農産物流通のグローバル化がいっそう進んで、食品事故も正に地球規模に拡大するようになりました。そのため、消費者の食品安全に対する関心が世界的に高まり、農業分野においてもISO(国際標準化機構)などの認証制度との調和を計ったGLOBALG.A.P.認証制度が誕生しました。この制度を活用するヨーロッパの食品企業が急速に増え、2005年以降はEU加盟国以外のサプライヤーにも要求されることとなり、GAP規範による農場認証「Farm Assurance(一般にこれがGAP認証と言われている)」が国際的に本格化することになったのです。
時期的に見ると、日本もEU以外の各国と比べて遅くない時代に「GAP規範」や「GAP認証」と出会い、自国の農場におけるGAP推進がスタートしたと言えます。取りあえずの農林水産省の「食品安全GAP」政策も2004年に開始していますから、それから10年が経過しています。 『十年一昔』、世の中は移り変わりが激しく、10年も経つと昔のこととなってしまいますから、私のGAP推進もこの10年でひと区切りとしたいところです。2004年にJGAP認証制度を立ち上げ、国外では2005年に韓国の農村振興庁からの依頼により韓国各地でGAPとトレーサビリティの講演をし、2006年には北京オリンピックを目前にした中国国内の農業振興全国大会「中国農経産業高峰会」に参加するなど、東アジア農業のGAPの取組みについても積極的に活動してきました。また、2007年にはタイで、2009年にはフィリピンで、GAPの実践指導も行いました。一昨年からはJICA(日本国際協力機構)の仕事として、私の会社でラオス政府のGAP推進事業を指導しています。
これら各国の関係者は、日本ではさぞかし農業者やその産地のGAP推進が進んでいるだろうと思っていることでしょう。しかし、現時点での日本のGAP普及は、農業者にGAPを指導する人材を養成しているという段階であり、農業現場でのGAP実践はあまり進んでいないのが現状です。現在の私は、都道府県の農業普及指導員およびJA営農指導員などに対する「GAP指導者養成講座」の講師として毎週のように活動しています。そこでの最初の課題は、10年前に私が体験した「GAPとの出会い」を全ての受講者に体験していただき、世界と日本のGAP概念のギャップに気づいてもらうことなのです。
日本のGAP普及が遅々としているのとは反対に、中国では国家目標として食品安全対策が強力に推進され、2006年にスタートしたChinaGAP認証制度は、2009年にはGLOBALG.A.P.の同等性認証を獲得しました。中国政府は、ChinaGAP認証の取得を農産物を輸出する農家に義務づけ、また、食品会社にはChinaHACCPによる自己監視プログラムの実践を要求しているということです。輸出品で対外的にグローバル・スタンダードの徹底をアピールすることで、中国の信頼度を高めることを目標にしているのです。最近の情報によれば、ChinaHACCP はGFSI(Global Food Safety Initiative)のベンチマーキングを受けており、2014年度中にもGFSIの承認を獲得する様子で、数少ない食品安全認証スキームの事実上のグローバル・スタンダードになろうとしています。
また、現在のASEAN諸国、特に農産物輸出国では、GLOBALG.A.P.の認証が進んでいます。そのため、これまで日本から台湾などに輸出していたリンゴやメロンをASEAN諸国に輸出を拡大しようとすると、「最低でもGLOBALG.A.P.認証を取って下さい」と条件付けられています。このため私の会社には、日本からの農産物輸出を具体的に計画している産地からの問合せやGAP指導の依頼が増えており、「10年前に始めたGLOBALG.A.P.の認証を目指す農産物産地のGAP実践指導」を本格的に開始したというのが現状です。
10年前に「日本の農業を国際標準にする」ために始めたJGAP認証制度は、立ち上げて3年でGLOBALG.A.P.との暫定的(チェックリストのみ)同等性を獲得しましたが、その後は再三のチャレンジにも関わらず、現在のJGAP認証制度はチェックリストも審査基準もGLOBALG.A.P.との同等性が認められない残念な状況です。(GLOBALG.A.P. 2013年6月発表)
このような状況から、日本におけるGAPは、10年で一区切りにするどころか、『十年一日』のごとく大きな変化がなく、同じ状態にあるといわざるを得ません。この10年の間に、農林水産省は「農業環境規範と基礎GAP」というGAP要求事項(チェックリスト)を発表しましたが、農業補助金のクロス・コンプライアンスとしてはあまりにもゆるい内容でした。チェックリストの内容の薄さもさることながら、EUのようなGAP検証や農場査察は全くありません。その後農林水産省は、国内に多数あるGAPのチェックリストを統一しようと「農業生産工程管理(GAP)の共通基盤に関するガイドライン」を生産局長通知として出しています。
変った点としては、「基礎GAP」が出されたころは、都道府県では食品安全部門がGAP普及を担当するところが多かったのですが、近年はGAPが農政の大きな柱の一つとされ、農業振興部門や環境保全の部門が担当するところが多くなったようです。JAでは系統組織全体としては毎年の事業計画で重点活動事項としてGAP推進をあげています。しかし、農業者へのGAP指導を行うところはほとんどなく、チェックリストを配って回収するだけのところが圧倒的に多いようです。府県が主催する「GAP指導者養成講座」に参加したJA営農指導員の報告によれば、「この講座でGAPの意味をはじめて知った」という感想ばかりです。「早くGAPの本当の意味を理解すれば良かった」という感想とともに、「本当のGAPは簡単ではないが重要なことなので、本格的に取り組みたい」との決意も述べています。
そういったニーズに応えようと、私どもは一般社団法人日本生産者GAP協会を創設し、「GAP入門」「GAP導入」「GAP導入事例」「イングランドGAP規範」「日本GAP規範」などの書籍を発行し、また、毎年「GAPシンポジウム」で論文を発表し、活発な討論会も行って日本農業の適正農業管理(GAP)推進の議論を深めてきました。これまでに、全国の26の府県で、普及指導員をGAP指導者として養成する実践研修会を開催して来ました。5年以上継続して、ほとんどの普及指導員が受講済みの県もあります。今年も約20府県で開催を計画しており、実際の農場に出向いて客観的な農場評価ができる技量を持ったGAP指導者が全国各地に誕生しているのです。産地に赴いて農場の現場に出て、地域農業や農場管理における問題、特に農業由来の環境破壊や健康被害についての具体的な問題点を指摘できること、指摘した内容を分析して汚染者負担の視点で改善の方向を示すこと、それがGAP指導者の技量の要件です。日本生産者GAP協会では、これらの技量を持った「農場評価員」の資格試験を実施しています。
現在の日本農業は、GAPが普及していると言えるレベルではありませんから、その意味では『十年一日』の如き現状かもしれませんが、その背景で、①GAPの技量を持ったGAP指導者が育っていること、②GLOBALG.A.P.認証の取得を希望する産地や農家が増えていること、などを見て取ることができます。それに、③農林水産省が農産物の1兆円輸出を目指してGLOBALG.A.P.認証を推奨していること、④ベンチマーク認証することで食品安全の事実上のグローバル・スタンダードを決めてしまう力を持つGFSIに日本企業の加盟が急速に増えていること等を併せて考えてみると、今年以降は、日本の農業の質を高める本来のGAPが理解され、国際標準のGAPが実施されるということが言えるかと思います。そうなれば、世界と日本のGAP概念のギャップに気づいてもらう仕事が、私の望み通り『十年一昔』の出来事になります。
GAP普及ニュースNo.39 2014/7