『有機農業なら持続的なのか?』
GAP普及ニュース37号(2014/3)掲載
二宮正士
東京大学農学部附属生態調和農学機構
教授
消費者にとって「安全でおいしく、栄養価も高い」ということで、有機農産物の人気はますます高まっているように見えます。日本農林規格で定めるいわゆる「有機JAS」では、有機農産物の生産の原則として「農業の自然循環機能の維持増進を図るため、化学的に合成された肥料および農薬の使用を避けることを基本として、土壌の性質に由来する農地の生産力を発揮させるとともに、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した栽培管理方法を採用した圃場において生産されること」とあります。
確かに、農薬の使用を禁止することで、少なくとも農薬による食品リスクは無くなるかもしれませんが、本当に栄養価が高くなるかについて科学的にはまだ不明確です。西尾道徳氏は「有機と慣行の生産物における栄養的差異はわずかにすぎず、有機と慣行の生産物との間に臨床的に栄養的違いが意味をもっているとの証拠はない」というアメリカ小児学会の見解を紹介しています(西尾道徳の環境保全型農業レポートNo.240,http://lib.ruralnet.or.jp/nisio/?p=2924)。
農産物の「おいしさ」については、食べる人の主観に相当依存しますし、例えば「農薬を使わず環境に優しい栽培」への好感が、「おいしさ」を感じさせる可能性も否定できないなど科学的に考えるのが難しいので、ここでは触れません。
さて、今回考えたいのは、上記の生産の原則にある「化学的に合成された肥料および農薬の使用を避けることを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した栽培管理方法」についてです。「農業の自然循環機能の維持増進を図るため」の方法となるわけですが、単に化学肥料や化学農薬を使わなければ,それが実現できてしまうような表現です。有機JASは、コーデックス委員会(FAO/WHO合同食品規格委員会)の有機農産物に関するガイドラインに準拠して定めた(「有機農産物の検査認証制度について」、農林水産省消費・安全局,2013年10月)ということですが、そのガイドラインに示されているのは、有機農業を持続可能なトータルな農業生産システムを実現するひとつの手段として定め、そのための総合的な視点です。その意味で、適正農業規範(GAP)とも思想的に共通する部分も少なくありません。
有機JASには、そのようなトータルに実現する持続的農業生産という視点が具体的に示されず、上述のような短絡的な表現になっています。 例えば、化学肥料の代わりに使われる堆肥の供給源という意味で、有機農業では畜産との連携が重要となり、本来まさに自然循環の一部となるわけですが、想定されているのは堆肥の活用という一方通行的なものに見えます。実際、堆肥の品質に関する明確な規定は無く,堆肥を供給する家畜の飼養方法も,有機栽培した飼料や,堆肥に混入する可能性がある抗生物質の利用についても曖昧なものになっています。
また、窒素などの成分比についても農家がきちんと認識していない場合が多く,例えば窒素当たりの圃場への投入量も分からない場合も少なくないのが現状です。とくに、圃場に対する窒素の全投入量についての考え方が明示されていないので、有機JASでは、極めて過大な堆肥を投入しても「有機農産物」に認定されます。つまり,極端な場合は、例え窒素による環境汚染を起こしても、「環境に優しい有機農産物」として市場に流通してしまうことになります。
実際、有機農業における過剰施肥の問題は小さくありません(西尾道徳(2005)農業と環境汚染,農文協,東京,pp438)。家畜排泄物の処理問題に悩む畜産農家にとって、堆肥への活用は大きな光明になりますが、過度な畜糞の圃場への投入は、いわゆる畜産公害を別の形で引き起こしているに過ぎないのです。
また、家畜飼料のカロリーベースでの国内自給率は25%程度と非常に低く、輸入に大きく依存していますが、その大供給地である米国のコーンベルト地帯における過剰な化学肥料がミシシッピー川に流入(東京大学沖・鼎研究室,http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/OpenHouse/2/2-2.html)し、メキシコ湾での赤潮の発生原因のひとつになっています。つまり、日本の家畜糞堆肥が有機農業を間接的に支える一方で、遠い彼の地で環境汚染を引き起こしているという皮肉な循環さえ想定されているのです。
有機農産物の栽培方法を厳しく規定してしまうと、とくに日本では、畜産との関係で「有機農業」の実現が困難な場合が多くなることは容易に想像できます。土地が狭小な日本では、飼料作物を地域内で循環利用する自給システムの構築は難しく、その時点で、コーデックス委員会が示しているような有機農業は難しくなります。しかし、そういった制約の中であっても、持続的な農業生産を実現する努力を怠るわけにはいきません。
先に述べたように、コーデックス委員会の考える有機農業実現は、持続的な農業の実践を目指すGAPの思想に通じるものがあります。日本の有機農業についても、GAPで実践されているリスク管理の考え方を導入し、環境にとって真に優しい持続的な農業実践の理想に近づける方向性が必要であると、強く感じているところです。
GAP普及ニュースNo.37 2014/3