『TPPを契機に、あるべきGAPの推進ができないか』
GAP普及ニュース34号(2013/9)掲載
石谷孝佑
一般社団法人日本生産者GAP協会 常務理事
日本は、一昨年(2011年)の11月、時の民主党政権がTPPへの参加の意思を表明した。その折にGAP普及ニュース24号(2011.12)に「大震災からの復興、農業の振興を」と題して、世界貿易の「仲良しクラブ作り」と日本農業について書いた。
世界の多くの国が参加していたWTO(世界貿易機関)は、アメリカなどの大規模農業の国と中国やインドなどの発展途上国との利害が衝突し、2008年7月に決裂したままになっている。このような中で、アメリカは2010年にWTOを見限り、TPPという地域連携に舵を切った。
当時の世界貿易の仲良しクラブ作りは、「日中韓3ヵ国」、「アセアン10ヵ国」、「アセアン+3の13ヵ国」(RCEP)、「TPP11ヵ国+α」、「APEC21ヵ国」などがあったが、2年近くたった現在、「日中韓FTA」は首脳会談もできない状態になり、「アセアン10ヵ国」は2015年を目指して予定通り歩を進めており、RCEPは参加国が16ヵ国になって今年交渉が開始されている。また、TPPは、安倍政権になって日本が本格参加し、今年一杯の交渉妥結を目指している。現在TPPへの参加国は11ヵ国であるが、増える可能性もあるという。
現在指摘されているTPPの問題点の一つは、「農産物が自由化されれば日本農業は大きなダメージを受ける」というものである。その理由は、日本農業は効率が悪いからだというのである。
かつて、日本の小麦は、農家当たりの栽培面積が狭く、地域によって品種・特性が大きく違うので、効率的に使うのが難しいと言われた。そこで、日本の小麦全体をうまく混ぜて均質な小麦粉を大量に作り、これにより競争力を高めようという計画が持ち上がったが、このとき私はこれに反対した。アメリカ、オーストラリア、カナダなどは「規模の論理」で安くなっているが、このような方法で果たして日本がアメリカなどに勝てるというのであろうか。規模の論理、均質化の論理は判るが、それで「価格的に競争できるのか」という問題である。
日本の農家は、自らの努力で環境と安全に配慮した持続的農業を実現しようと努力してきており、昨今では各県でGAPの実践に努力をしている。そこに、大規模生産で安価になった農産物や、環境と安全を犠牲にして生産した途上国の安価な農産物に日本市場が浸食されるようであっては断じてならない。食糧は高度な戦略物資であり、重要な食料資源については食糧安全保障の面からもある程度の自給が求められるものである。
日本の小麦は、地質や気象などの条件が異なっている地域でそれぞれ特徴のある小麦があり、それらを利用していろいろな製品が作られており、小麦の様々な可能性を試すことができるという利点がある。地域によって特徴的な製品が作られており、この強みを生かす方策こそ、日本の進む道であると今でも思っている。また、米については、日本の国土保全の面から極めて重要な農産物である。
また、TPPにより、農産物の残留農薬や食品添加物、遺伝子組換え食品などの規制が緩和されることにより、食の安全が脅かされるという問題もある。
さらに、「安い賃金と環境を犠牲に作られる途上国の安い農産物」が入ってくることによって、日本の農業環境や自然環境が荒廃していくのは困る。これに対して、EU(欧州連合)が採っているような戸別の環境支払で日本農業を守っていくことができないのであろうか。
日本は、農業政策と環境政策が別々に行われており、環境政策でも明確なクロスコンプライアンス(環境配慮要件)が設定されておらず、したがって農業に対する環境配慮の補助金というインセンティブも作られていない。何とかEUのような環境配慮に対する補助金支払いによって日本の環境を守り、日本農業を守ることができるはずである。関係者の一層の努力を期待したい。
私は「日本の農業は非効率である」という主張にくみしない。日本のような自然の豊かな国で、食の安全と自然を大切にしていけば、農産物・食品の価格が相対的に高くなるのはやむを得ないと考えている。また、長く続いた超円高により輸入農産物が相対的に安くなり、それにつられて日本の農産物価格も安くなり、生産者は経済的に非常に苦しくなっている。これは、中小企業の作る工業製品も同じような影響を受けており、超円高により多くの中小企業が倒産したり、海外に出て行ったりしている。農業では、倒産ではなく、「生活ができないので後継者がいなくなる」という問題に表れているが、農業は海外に出ていくことは簡単にはできない。
これまで日本農業に携わる試験研究機関や篤農家などの努力により、多くの優れた作物品種や農業技術が開発されているが、これらの優れた農産物や農業技術が近隣諸国に伝わり、それらによって近隣諸国の農業と経済に貢献しているが、一方で不法に新品種が持ち出され、それが日本農業を脅かすという側面も無視できなくなっている。
農業は、国民の生活、生命・財産に直結するものであり、高度な戦略物資になりうるがゆえに、国として保護していかなければならないが、世界的な貿易ルールの中で、直接的な補助金は難しくなっているので、そこにはEUのGAPの実践と環境支払に見られるような知恵が必要である。農産物・食品は、何にもまして国民の生命に直結するものであり、国の特別な配慮があって然るべきものと考える。
一方で、日本の優れた農産物を輸出していきたいと思っている人も多いが、この時にも世界の貿易ルールや取引のルールが重要になり、世界的なGAPのルールを推進していく必要がある。日本は残念ながらGAP後進国である。農産物の輸出を推進する意味からも、世界ルールにのっとったGAPの認証制度の普及が強く望まれる。
このような時期に、日本の政府・行政が、日本農業による国産の農産物・食料の生産とそれを育む自然環境の重要性をもう一度見直し、EUの環境保全型農業とその推進のための「GAP規範」とそれに基づく補助金(直接支払い)のためのクロスコンプライアンス(環境配慮要件)などの制度に目を向け、やる気のある農業生産者や地域・産地の支援に力を注ぎ、バラマキでない一元的な農業・環境の支援策を実施することにより、現在少しずつ広がっている「あるべき姿のGAP」の普及が加速されるよう切に要望する。
GAP普及ニュースNo.34 2013/9