『気づかないのか? 気づいているのか? 気にしていないのか?』
GAP普及ニュース23号(2011/11)掲載
小池英彦
長野県松本農業改良普及センター
日本生産者GAP協会 理事
人が何かをしたり、敢えてしなかったりするその理由は、無意識にそうしているのか、気づいていてそうしているのか、あまり気にしていないのか、真意は良く判らない。それに対して、逡巡せずに「自分の感度でそれを正すべきだ」というような言い方をすると、共通理解の上にたっていない間柄では齟齬が生じ、いさかいの元になる。
例えば、仕事場に、私から見て「ゴミ」と考えられるものが散乱しているとする。私が片付ければ、それはそれで自分自身の平安につながるのだが、ちょっと欲目を出して「ゴミの発生元」の人に注意を喚起し、自発的にゴミを処理させるために、『それはゴミだからゴミ箱に入れろよ』とか、『ゴミはゴミ箱に入れるものだ。清掃しなきゃダメじゃないか』などと言おうものなら、『気がついた人が片付ければいいでしょ』とかいわれ、あげくの果てには、『ゴミが散らかっていても死ぬ訳じゃないし・・・』などとやられる。
このようなことは共通理解を得る以前の問題であり、「そもそも日頃のしつけが悪いからだ」とか、「ただ反発しているだけだ」と言われれば全く面目が立たないのだが、私はあえて「これは気づきの認識の差である」と整理しておきたい。つまり、認識の違いで対応が異なるということである。
農業現場では誤った対応をすることで重大な事故になることがある。この原因が「認識の違い」によるものであれば是正しなければならない。農業現場では、さまざまなリスクの要因(ハザード)がある。これらのリスクを敏感に感じ取る「リスク認識」も、これまでいわれてきた「気付き」であるが、「気付き」を実践に移すことも極めて重要なことである。「リスク認識」とそれに基づく行動が非常に重要であることは、このニュースの誌上でも、「日本GAP規範」の中でも、しばしば語られている。
GOOD PRACTICEは精神修養!
写真のような場合のGood Practice はどんなものであろうか。試しに実際に考えてみよう。このような交通のGood Practiceがいかに万人に受け入れられていないかが再確認される。交通法規で「どうすることがGood Practiceなのか」が定められており、免許更新の講習会でも縷々説明され、常に遵法について共通認識が求められているにも関わらず、求める方と 求められる方の気持ちが一致していないのである。この実践は、ある意味「精神修養」と私は捉えたい程である。
そもそも写真の交通標識の意図するところは何なのか?リスク管理の面から想像すると「交通安全を確保するために必要な措置である」ということであろう。「スピードを出しすぎてはいけない」ということが、車を40km/hrで走らせ続けることになるのかを考えると、これが必ずしもGood Practiceということではなさそうである。ごくまれに取締りが行われ、注意喚起をされることはあるようだが、この時の注意を、懲りずに何度も受けている人がいることを考えると、別の視点からGAPの実践の難しさを考えさせられる。
道路交通法による各種の規制は、ことに速度規制は実践されることがまれであるが、リスク管理の具体的な目安ではあるとはいえる。当然のことながら、我々の本題としているGAPでも、具体的な目安が必要であろう。
例えば、スピードスプレーヤー(SS)など農薬散布機の洗浄が不充分な場合に起こる農作物の農薬残留基準値超過を防ぐために、洗浄法の目安を決めておいた方が良い。「洗浄は何リットルの水で何回行わなければならない」というような具体的な行為を規制する踏み込んだ目安でなくとも良い。現に、暗黙知のやり方で農薬散布機の洗浄が行われており、特別な事例を除き問題が生じていないので、生産部会のようなひとまとまりのGAP実践の集団の中での事例を集めて、無難な一定の目安を決めればよいと思う。皆で実践して、他の誰からも文句を言われないやり方がGood Practiceになるのが望ましい。
この5月に(社)日本生産者GAP協会から発行された「日本GAP規範 ver.1.0」 は、適正農業を実践する指針として提案されたものであるが、さらに共通理解の基で「適切な農業」とは何なのか考え、個々人の認識の差を埋める教材にもなるのではないか。この秋のシンポジウムで「農場評価制度(GAP規準)」が検討され、実践に用いられていくことになるが、これにより、実践的な部分での齟齬が除かれることに期待したい。
ところで、私自身、初めて"GAP"を認識したのは、たぶん農山漁村文化協会の農業技術体系の果樹編だったと思う。この農文協の技術体系は、新しい技術情報を追録で補足する仕組みになっているが、たまたま2006年の追録を綴っていた時に、「イギリスへの小玉、中国への大玉リンゴの輸出にかける」のタイトルが目に止まった。青森県弘前市の「農業生産法人片山りんご有限会社」の記事である。
この記事には、片山さんがイギリスへリンゴを輸出するようになった経緯が克明に紹介されており、販売の有利性が強調されてはいたが、片山さんの『実際にEUREPGAPの審査を受けた経験から、私は日本にも日本農業の生産現場に適した日本独自の「適正農業規範(GAP)」の導入が必要であると考えるに至った』という言葉が、また読み返してみると、私達農業生産者とその関係者への明確なメッセージであり、現在の(社)日本生産者GAP協会の理念を象徴していたように思われる。
GAP普及ニュースNo.23 2011/11