『GAP普及と相互支援』
GAP普及ニュース21号(2011/7)掲載
松田友義
千葉大学園芸学部 教授
一般社団法人日本生産者GAP協会 理事
GAPが日本に紹介されてから既に20年にもなる。私がはじめてGAPに類似した概念を知ったのは、アメリカ西海岸の出荷団体Western Growers Associationを訪れたときである。彼等は農業生産現場へHACCPの概念を取り入れようとしていた。その後、ヨーロッパでEUREPGAPが開発され、現在のGLOBALGAPに進化してくるのである。見方によっては、アメリカにおいては生産者主導による生産現場での衛生管理という方向であり、ヨーロッパでは小売主導によって農産物の仕入基準という方向で発展してきたということができる。
日本においても早くからGAP導入の必要性が叫ばれてきたが、農林水産省、各自治体、小売業者等が独自に基準を決め、商品を差別化する一手段として普及が図られてきたように思う。2000年の当初、トレーサビリティシステムの標準化、相互運用性の確立に携わっていた頃、GAPについても乱立の気配が見えたので、J-GAPという形での標準化を進言したりもしたが、農林水産省は気乗り薄であった。
GAPは、消費者から見ると、まだまだ得体の知れない仕組みである。安全性を担保するためのものなのか、自然環境を保全するためのものなのか、きちんと理解している消費者がいるのかどうか、はなはだ疑問である。私は、GAPは本来、農業生産者が食料生産者としての自分自身を律するためのものであり、食品の安全性や自然環境の保全、生産現場での労働安全性などは、生産者として当然行うべきことを謳ったものであると捉えている。GAPを導入し、それに添って生産を行うことによって、結果として周辺環境に過度の負担を掛けず、それによって持続可能な農業が実現できるし、生産現場での安全性も高まる。また、農産物が農場から出ていく時点で、生産物の安全性もより高くなるというようなものとして解釈している。
以前から機会ある毎に言ったり書いたりしているが、GAPは小売店の商品差別化の手段ではない。無論普及を図るためには、小売店から生産者に対してGAPを導入するよう要請するのが一番の近道であることは明らかである。しかし,小売店の店頭に並べられるものは「全て安全でなければならない」という前提に立てば、現在のような安全性を謳った差別化には賛同できない。差別化を図るのであれば、安全性を前提として、さらに特別な特性を謳わなければならない。美味しさや栄養面での違いなどの品質面での差別化や、生産者の思いとか産地の事情とかに基づくストーリーによる差別化、安全性の上に組み立てるべき差別化の要因は幾らでもある。
普及の方法においても、サプライチェーン・マネージメントのような「管理・被管理」の構造の下での普及は、いずれは行き詰まるのではと思われてならない。GAPは、生産者が自らを律するものであるという視点に立てば、生産者が自らの発意で取り組むものでなければならないことは自明である。押しつけられてやるGAPは頸木にしかならない。一度認証を受けても、明らかな効果が得られない限り、継続しようとは思わないであろう。
GAPは、安全性を担保するという意味においては、直接消費者に係わることであり、消費者の理解を前提とする。生産現場での事故を防ぐと言う意味においては、生産者自身に深く関わってくる。消費者に、より安全な食品を届けるという点では、小売業者にも関係してくる。フードチェーンという視点からは、これら三者がそれぞれ異なる立場で関係している。共通しているのは、より安全な食品を安心して購入・消費できる環境を構築するという点であろうと思われる。
GAPを普及するためには、サプライチェーンの末端にある生産者と小売業者の協力は欠かせない。その重要性をきちんと評価し、消費現場での行動で示すのが消費者の役割である。生産者と調達業者・小売業者が相互に支援し合い、お互いの立場を尊重することと、お互いのために何ができるかを考えることが基本になければならない。また、消費者がGAPをきちんと理解し、生産者・関係業者の努力を評価し、側面から支援するという体勢が整わないと、GAPが広く普及するようになることは困難である。このような相互支援の考え方、即ちお互いの立場に立って共通の目的を実現するために協働していくという考え方を基盤にすることが、GAPの普及にとって重要なことであろう。
GAPを普及するもう一つの課題は、誰がGAPを認証していくのか、認証制度をどうするのかという問題である。認証行為は、ビジネスとしてはそれほど旨味のある業務ではない。特に日本のように零細な生産者が多い国では、認証費用如何で普及度は大きく変わってくる。だからといって日佐先生がしばしば指摘されているように、マニュアル通りの認証しかできないような認証員ばかりを多く育てても、本当の意味のGAPは普及しない。認証員・審査員をどうやって育てていくのか、出来るだけ生産者の負担を大きくしないためには認証団体はどうあるべきか、実際の認証制度の運営をどうすべきかなど、認証制度の課題は山積している。はっきりしていることは,末端の認証行為がビジネスとして成り立たなければ、認証員・審査員のなり手がいなくなるので、相応の収入が確保できるような仕組みにしなければならないことと、1件当たりの審査費用を抑えるためには、認証員・審査員一人当たりの認証件数を確保しなければならないということである。このことから逆算すれば、それほど多くの認証員・審査員は必要ないということは明らかである。当然,認証員を育成する教育システムも、ビジネスとして見た場合、その規模は小さくならざるを得ないし、大きな利益は期待できないということになる。
こうして考えてくると、GAPの普及は、正に関係者の協働、相互支援を前提とせざるを得ないことが明らかになってくる。生産者を始めとする関係者それぞれの負担はできるだけ小さくしなければならないし、最低限の費用は関係者それぞれが応分に負担するという姿勢が必要になる。その点において一番遅れているのは、受益者である消費者である。現在のような経済環境の中で、消費者に対して「幾分かでも費用負担を要求することは極めて困難である」という事情を斟酌した上で、生産側の思いを消費者側に伝えていく必要がある。GAPについて、消費者にもっと良く知ってもらうという広報活動が重要になってくる。消費者が支えない仕組みは、どんなに良い仕組みであっても普及しない。GAPばかりではなく、生産者が取り組んでいる諸々の制度について、あらゆる機会を捉えて消費者に知ってもらう努力が必要とされている。
GAP普及ニュースNo.21 2011/7