『GAPによる健全な日本農業の再構築を目指して』
GAP普及ニュース14号(2010/7)掲載
田上隆一
一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長
都道府県の普及指導員と農協の営農指導員を対象にした「GAP指導者養成講座(株式会社AGIC主催)」は、今や16の都府県に取り入れられ、全都道府県の3分の1を超えました。2008年度から開催し、今年で3回目の開講となった県では70名以上の講座の修了者を輩出し、県内の各産地で組織的なGAP導入の指導で成果を上げています。
この講座の修了者の声は、「今まではGAPの意味を知らずに農家にチェックを押しつけていた」、「GAPは食の安全が目的だと聞かされてきたので、自分の仕事ではないと思っていた」、「GAPの理念が分かっていなかったので、仕事が増えるだけだと感じていた」などの感想から、「GAPの目的が環境保全であり、持続的農業を目指すのもだと分かって目が覚めた」、「GAPは農業のあるべき姿を実現する手順であると認識を改めた」、「GAP指導者の仕事は、これまで普及員が行ってきたことの集大成だと気づいて、目から鱗の想いだ」などと、いずれも今までのGAPの認識が誤っていたことに気付き、今後は普及員や指導員として自信を持ってGAPの指導をしていこうという感想ばかりです。
しかし、課題も多くあります。「講座における実習の結果、環境や衛生に関する各普及員のリスク認識がバラバラであることが明らかになって驚いた」、「GAPの講習によって一定の認識の標準化は可能だが、農家に指導すべき適正な行為(Good Practice)の正解がないものがあまりにも多い」、「専門的・技術的な指導方針はあっても、生産現場で具体化できる形になっていない」、「日本には、農業生産者の適正行為として体系づけた指導書(適正規範)がないことに気付いて驚いた」などです。
受講前と受講後とのあまりに大きなGAPに対する認識の変化は、日本でGAPが正しく理解されていないことの現れです。
農林水産省では、GAP(Good Agricultural Practice)を農業生産工程管理(手法)と訳し、「農業生産活動を行う上で必要な関係法令等の内容に則して定められる点検項目に沿って、農業生産活動の各工程の正確な実施、記録、点検及び評価を行うことによる持続的な改善活動のこと」と定義しています。この考え方が、日本のGAPが「チェックリスト主義」になった原点です。
また、商業ベースの日本GAP協会では、農家を評価する制度であるJGAP認証規準を「適切な農場管理を効率的に行う手法であると同時に、農場管理の良さを農産物販売に生かす手法である」と定義し、2010年7月から「JGAPマーク発行手数料の半額キャンペーン」を実施しています。日本GAP協会によると、JGAPマークには、①JGAP認証農場マーク(認証を取得した農場のマーク)と、②JGAP農産物使用マーク(認証農場で生産された農産物を原料として加工・製造する業者のマーク)とがあるようです。このようなことは、GAP本来の趣旨とは異なる商業的な農産物の差別化策に他なりません。
農林水産省や日本GAP協会は、世界の特に欧州型のGAPの概念を手本にして作成したといっていますが、それぞれの内容が異なるとともに、そもそも手本としたはずの世界的なGAPの概念とは大きく異なっています。
世界的なGAPの概念としては、国連食糧農業機関(FAO)が、適正農業規範(Coode of Good Agricultural Practice)を作成し発表しています。ここではGAPの目的を「①安全で健康的な農業を守り、②同時に農業の経済的な利益も確保することで、③社会的にも環境的にも持続可能な農業を確立すること」であると言っています。この目的を実現するための持続可能な農業の手法として、総合的病害虫管理(IPM)や総合的肥料管理、環境負荷低減以上の環境便益型農業などを紹介しています。
一般社団法人日本生産者GAP協会(FGAP)では、去る4月に東京大学で開催したGAPシンポジウムで、EU加盟国の中でも代表的といわれる英国イングランドの適正農業規範(Code of Good Agricultural Practice)の日本語版を翻訳し、講演資料として発表しました。イングランド版のGAP規範は、イギリスの環境食料農村地域省(DEFRA)と環境や景観保護を目的とする政府系機関「ナチュラルイングランド」が刊行したもので、農業生産者必携の書になっています。内容にはイングランドで農業をするために守るべき法律や規則並びに環境や景観の保全、作業者の安全、動物福祉のための考え方(Code)や、そのために推奨される具体的な実践方法(Good Agricultural Practice)が記述されています。
欧州の小売業界では、イングランドやその他各国のGAP規範を利用して、その規範の順守を前提に、商品としての農産物の取扱いに衛生管理を付加したGAP規準を作って商用ベースのGAP認証制度を運営しているのです。
「農業生産者が守るべき規範(Code)とは何か?」「その規範を順守するために生産者が行うべき適正行為(Good Practice)とは何なのか?」を示し(情報提供)、指導(講習)することがGAPの推進です。
冒頭の「GAP指導者養成講座」受講者のGAPに対する認識の大きな変化は、以上のGAPに対する正しい理解によるものであり、振り返ってみれば、日本における農業の普及・指導は、これまで少なからず環境保全型農業、循環型農業、持続型農業などに取り組み、一定の成果を上げてきたといえます。しかし、「必ずしも農業の生産現場をそのように方向づけるまでには至っていない」という思いからではないでしょうか。
「GAP」という課題に関して、「農業研究と政策のズレ」、「農業政策と現場のズレ」があり、結局、「研究と現場のズレ」まで引き起こしていた理由は、ひとえにGAPの意味を正しく理解していなかったためです。研究・政策・現場の間のズレ(ギャップ)を補正し、GAP(適正農業管理)を農業現場の柱に据えることが、健全な日本農業の再構築のために必要・不可欠になっています。
日本生産者GAP協会(FGAP)では、イングランドのGAP規範の考え方を手本にして、日本の気候・風土や農業の形態、社会・習慣、文化と技術、法令・規則などに根差した日本版の「適正農業規範」を作成しています。来る10月19-20日に東京大学で開催を予定しているGAPシンポジウムに向けて、当協会の規範委員会の皆さんが奮闘中です。健全な日本農業の再構築のために、一日も早く皆様にご意見をいただけますよう努めておりますので、ご期待いただくとともに、宜しくご協力のほどお願い致します。
GAP普及ニュースNo.15 2010/9