-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

(組織名・肩書きは当時のもの。敬称略)

『スペイン農業の危機を乗り越えた産地のGAP』
欧州大規模食中毒事件とスペイン農業の記事まとめ

田上隆一 株式会社AGIC 代表取締役

①20号 『日本生産者 GAP 協会利用会員からの質問』
ドイツで起こったスペインのキュウリ食中毒事件の真相は?

Q: 【質問】ドイツで起こったスペインのキュウリ食中毒事件の真相は?

 《5月28日に、NHKテレビで「ドイツで起こった腸管出血性大腸菌で4人が死亡した。スペインから輸入したキュウリに大腸菌が付着していて、ドイツ以外でも患者が出ている」という報道がありました。スペインのキュウリと言えば、GAPやIPM、最近では天敵栽培などで有名なアルメリア産ではありませんか?施設園芸のモデル産地と聞いていましたが実態はどうなのでしょうか?》

A: 【回答】原因はスペイン野菜ではありませんでした。6月5日までに12ヵ国2000人以上が感染し22人が死亡しています。現在ではO-104とは少し違う新種の大腸菌ではないかと見られていますが、EU各国のばらばらな対応にEUのリスク管理が問われる事態になっています。

 日本では、焼き肉チェーン「焼肉酒家えびす」で生肉を食べた客が腸管出血性大腸菌に感染し、4人の命が奪われて社会問題になったばかりですが、ドイツでも5月23日頃から腸管出血性大腸菌の感染が急増し、日本のマスコミは5月27日に「約140人が溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症し、3人が死亡した」と報道していました。また、厚生労働省は、ドイツ滞在中の日本人らに注意喚起をしていました。

 当初より「スペインのキュウリから腸管出血性大腸菌が感染した」と報道され、ヨーロッパ各国ではスペインの野菜を輸入禁止とし、スペインの産地では野菜を大量に廃棄する事態となっていました。感染は爆発的に広がり、30日にはドイツ北部で1,400人を超え、16人が死亡、感染者はドイツに限らずヨーロッパ各国で出現しました。

 ところが6月1日になると、各メディアが「ドイツ保健当局は、5月31日、感染源として疑われていたスペイン産のキュウリを詳しく検査した結果、患者から検出された病原菌とは異なっていたと発表した」と報じました。それでは「原因は何なのか」「どうすれば良いのか」とヨーロッパ中が大混乱になりました。読者から質問を受けた28日から本日6月2日までのヨーロッパの大混乱について、各地の報道からその経過を見てみます。


【5月27日:朝日】米科学誌サイエンスによると、ドイツのHUS患者の多くは成人女性で、患者5人の便からは腸管出血性大腸菌O-104が見つかった。患者の多くが生野菜を食べたと話したが、原因や感染経路は不明。厚生労働省はドイツに滞在中の日本人らに注意を呼びかけている。

【5月28日:ベルリン時事】ドイツで腸管出血性大腸菌O-104の感染者急増、276人(ロベルト・コッホ研究所)。スペインから輸入されたキュウリから大腸菌が検出され、大手スーパーはスペイン産キュウリを店頭から撤去した。感染者はスウェーデンやデンマーク、イギリス、オランダ、オーストリアにも広がっている。

【5月29日:AFP】スペイン南部アンダルシア州当局者は28日、「HUSの原因となる大腸菌に汚染されたキュウリを輸出した疑いがある業者2社を営業停止処分にした」と発表。感染した疑いのあるキュウリは回収し、30日に検査結果が出る予定である。

 スペイン紙エル・パイスは、問題のキュウリを輸出した業者のうち1社が「発送した4日後にハンブルクの市場でキュウリを地面に落とした」との連絡をドイツから書面で受けた」と報じた。この業者は同紙に対し「そのようなことが起きたなら、こちらとしては、商品に責任が持てない」と話した。

【5月29日:ベルギーニュース】(http://www.portfolio.nl/benews/news)腸管出血性大腸菌問題でドイツ連邦政府、関係省庁、州政府などの代表が参加して緊急会議を開催した。「スペインから輸入されたHUSの原因となる大腸菌に汚染されたキュウリだという説が一般的であるが、その大腸菌がスペインからのキュウリだけでなく、レタスやトマトなどにも付着している疑いも解明が必要」とし、原因究明を急ぐ。

【5月30日:共同】ロシア消費者権利保護・福祉監督庁のオニシェンコ長官は30日、ドイツでスペイン産野菜が感染源とみられる腸管出血性大腸菌O-104の感染が拡大していることを受け、両国からの野菜の輸入を同日禁止した(インタファクス通信)。「状況が改善されなければ、野菜の禁輸対象をヨーロッパ全体に拡大する可能性がある」と述べた。

【5月30日:日経】隣国のオーストリアとチェコの食品衛生当局者は29日、「自国の一部小売店でキュウリなど感染源とみられるスペイン産野菜の撤去作業が始まった」と述べた(AP通信)。オーストリアではキュウリの他、スペイン産のトマトとナスも撤去された。

【5月30日:ベルリン ロイター】スウェーデンでも36人に感染の疑いが見つかり、全員がドイツ北部に旅行していたとみられる。イギリス、デンマーク、フランス、オランダでも、ドイツへの旅行者の中から少数の感染者が見つかったという報告がある。

 この大腸菌は、スペインから輸入されたキュウリから検出されているが、スペイン国内で汚染していたか、ドイツへの輸入過程もしくはドイツ国内で菌が付着したのかは明らかになっていない。スペイン産キュウリは、各地で廃棄処分が始まっていて、スペイン政府はヨーロッパ連合(EU)に補償を求める方針である。

【5月31日:日経】ハンブルクの保健当局が先週、「スペイン産のキュウリから病原性大腸菌が検出された」と発表したことにスペイン政府が反発している。ドイツ政府は30日、「感染原因はまだ特定できていない」として、患者からの聞取り調査を進めるなど感染経路の特定を急ぐ方針を示した。

【5月31日:ベルリン共同】ヨーロッパ連合(EU)は「世界的にも最大規模の感染となる恐れがある」と警戒、スペインの他、ドイツ、オランダなど各地で調査を進めている。スペイン政府は31日、「わが国の農産品は安全だ」とスペイン原因説を改めて否定。

【5月31日:ペチナ(スペイン)ロイター】スペイン南部アンダルシア州のペチナでは30日、同州の農業・海洋担当相が地元産のキュウリを食べて安全性をアピールした。

 問題となっているキュウリについては、輸出前にスペイン国内で汚染されていたか、ドイツへの輸入過程もしくはドイツ国内で菌が付着したのかは明らかになっていない。スペイン当局は30日、「スペインが感染源と断定した人物の特定について捜査を行うことを検討中だ」と明らかにした。

【5月31日:ブリュッセル/ベルリン ロイター】ハンガリーで開催されたヨーロッパ連合(EU)農業相会議で、ドイツ食料・農業・消費者保護省のロバート・クルース氏は、「ドイツは、スペイン産キュウリが感染源でないことを認める」と発表し、「スペインから輸入したキュウリには、感染と関係がある菌は付着していなかった」と述べた。 スペインのアギラール環境・農村・海洋相は、「ドイツは、証拠もないままスペインが感染源だと特定し、スペインの一次産業に回復不能な損失をもたらした」と強く非難した。スペインの農家は、同国産キュウリが感染源との当初の情報を受け、売上げが1週間で2億ユーロ(約234億5000万円)減少した。

【6月1日:ベルリン共同】EUは、「世界的にも最大規模の感染となる恐れがある」と警戒し、スペインの他、ドイツ、オランダなど各地で感染源の調査を進めている。スペイン政府は31日、「わが国の農産品は安全だ」とスペイン原因説を改めて強く否定。被害が突出しているドイツの当局は、「キュウリやトマトなどを生で食べないように」と国民に勧告している。ドイツやスウェーデンなどのスーパーでは、スペイン産キュウリなどが姿を消しており、スペインの農業団体は「巨額の被害が出ている」と各国の対応を批判している。

【6月2日:ノーボスチ通信】ロシア政府は2日、EUの行政執行機関であるEC(欧州委員会)に対し、欧州で生野菜が原因と見られる病原性大腸菌O-104による集団食中毒がロシアにも蔓延する恐れがあるとして、EU加盟国からの新鮮野菜の輸入を禁止したことを明らかにした。


 ここまでの一連の経過の3日前に、重要な情報が動画サイトに掲載されていたことを確認しました。

【5月25日:You Tube(http://www.youtube.com/watch?v=pNvc-gCMbd8)】では、「Escherichia coli Outbreak(エシェリキア属大腸菌発症)」という見出しで、ドイツのテレビ放送がアップロードされています。ドイツの病院に腸管出血性大腸菌で入院中の男性患者が「ズッキーニを切って生で食べたが、これが危ないとは知らなかった」と発言。これに対して、コッホ研究所の所長が「5月23日から患者が急増し、この数日で年間の患者数になっている」と答えています。

 ところが、以降に問題視されたのはズッキーニではなく、キュウリばかりでした。また、25日頃の段階で、米科学誌サイエンスは感染者の病原菌がO-104であることを把握していましたが、28日の「スペインから輸入されたキュウリから大腸菌を検出」という報道では、大腸菌の種類(O-157やO-111、今回のO-104など)を発表していません。しかし、この報道で大手スーパーはスペイン産キュウリを店頭から撤去しました。そして、スペインのアンダルシア州政府は、該当するキュウリを輸出した疑いがある業者2社を早々に営業停止処分にしています。その結果、各国ともスペイン産野菜を全て輸入禁止にしました。

 つまり、流れはこうです。ドイツで溶血性尿毒症症候群(HUS)が発症 ⇒ 生野菜を食べたとの報道 ⇒ スペイン産キュウリから大腸菌が検出されたとの報道 ⇒ 小売店の棚からスペイン産キュウリを撤去 ⇒ スペインで輸出業者を営業停止 ⇒スペイン野菜を輸入禁止、となります。

 しかし、HUS患者から見つかった腸管出血性大腸菌O-104は、スペイン産の野菜からは検出されていないのです。社会全体として「リスク管理」の考え方がなかったと言わざるを得ない状況です。すぐに犯人捜しをして「自分の安全・安心を確保しよう」という姿勢ばかりが目立っています。これには、マスコミも大きく係っていることが判ります。

 リスク管理のためには「リスク認識」が必要です。それは、「知識」と「判断力」です。「食中毒」と「病原菌」と「スペイン野菜」の関係の因果を考えることがリスク管理の重要なポイントです。

 実は、読者から質問があった28日に、ヨーロッパ小売業の輸入農産農産物の農場認証で有名なGLOGALGAPの事務局長であるクリスチャン・ムーラー氏から、私宛にこの件で問合せのメールが来ていました。「もしもあなたが、ヨーロッパ諸国で多発しているEHEC(腸管出血性大腸菌)の汚染源かもしれない生産者についての情報を持っていましたら、直ちにお知らせ下さい」という内容でした。私は、随分とおかしな問合せだと思いました。28日と言えば、巨大スーパーの棚からスペイン産キュウリが全て撤去され、ヨーロッパ向けの夏野菜の一大産地であるスペイン「アルメリア」のアンダルシア州政府が産地の出荷業者(農協など)を営業停止処分にしたその日なのです。ここからは推測ですが、営業停止処分を受けた2社が、GLOBALGAP農場認証を取得していたとすれば、GLOBALGAP事務局に即時に連絡が行くことになっています。「その会社に関する秘密を知りたい」と思ったのでしょうか?それとも、「その会社以外で怪しい生産者(または生産者団体)がいたら知らせてくれ」と言うことだったのでしょうか?その真意は分かりませんが、病原性大腸菌による野菜の食中毒事件は、結果的にスペイン産キュウリの大腸菌ではなかったようですが、このような事件が起きた際に、根拠もなく生産者を疑って、世界中の知合いに情報提供を呼びかけるやり方に直観的な不快感を持った次第です。

2011/6

②23号 『欧州の大規模食中毒事件はその後・・』
腸管出血性大腸菌 O-104

 GAP普及ニュース20号で、会員からの質問「ドイツで起こったスペイン産のキュウリ食中毒事件の真相」について答えました。国内外の報道各社の発表を順番に掲載して、めまぐるしく変わる報道内容を紹介しましたが、「その後どうなったのか?」「結局何が原因だったのか?」という疑問に、インターネットで確認できた情報をまとめてみました。

 厚生労働省検疫所のホームページによれば、欧州で猛威を振るった病原性大腸菌(腸管出血性大腸菌)「O(オー)104:H4」による食中毒は、7月26日に「発症」の報告は終わり、終息したと発表されています。しかし、それまでに、EU内の感染者は3905人、死者は46人にもなっています。患者の発生数は、ドイツ国内が3785名と96%以上を占め、その他の国の感染者も、ほぼドイツ北部に渡航歴がある人達でした。ただし、フランスとスウェーデンの症例には、ドイツへの渡航歴がないものもあるということです。

厚生労働省検疫所、志賀毒素産生性大腸菌(STEC)のEUにおけるアウトブレイクについて

 食中毒が発症して間もない5月26日に、ドイツのハンブルク保健当局が「スペイン産キュウリから病原菌が検出された」と発表したために、「スペインのキュウリ食中毒事件」と呼ばれましたが、5日後の31日には「感染源はキュウリでなかった」と訂正しました。しかし、風評によりスペイン産の野菜はヨーロッパ中のスーパーから締め出されました。また、ロシアではヨーロッパ産の野菜を全て輸入禁止にしました。

 続いて、ドイツで作られているスプラウト(新芽野菜)が疑われました。これに対して、ドイツ連邦消費者保護省は6月6日の記者会見で「検査の結果、スプラウト40本のうち23本から大腸菌は検出されなかった」と中途半端な声明を発表するとともに、「キュウリ、トマト、葉物野菜は生食を控えるように」と呼びかけていましたが、6月10日には全てに「安全宣言」を出しています。このような迷走とも言える当局の対応には、批判が相次いでいます。また、この混乱により2億ユーロ(約236億円)もの経済的な被害を受けたスペイン政府は、EUに対して保障措置をとるよう求めています。

 感染源は未だ明らかになっていませんが、森田幸雄准教授(東京家政大学家政学部栄養学科)によれば、「最も可能性のある原因食品は、ドイツ北部やフランス、ボルドー地方で栽培されたスプラウト(Bean and seed sprouts:植物の新芽の総称)」とのことです。日本でいえば、「かいわれ」などの発芽野菜、新芽野菜のことで、日本のO-157(1996)の流行の原因とされたケースとよく似ています。ドイツ国立ロベルト・コッホ研究所は、スプラウトの生食を控えるように注意喚起をしています(腸管出血性大腸菌O-104について:専門家コメント、サイエンス・メディア・センターのホームページ)。

 感染源の特定に関して、スティーブン・スミス博士(トリニティ・カレッジの臨床微生物学部講師)は「今回のO-104:H4の感染源となった細菌は、スプラウトの発芽管の外だけではなく、中にも存在していたと考えられます。そのため、スプラウトを洗っても効果はありません。スプラウトの種の出所を明らかにし、将来的には農家の苗床や消費者に渡った種を検査する必要が出てくるかもしれません」と話しています(同ホームページ)。

 このスプラウトの種の出所は、ドイツやフランスの食中毒疫学調査によるとエジプト産フェヌグリーク種子の疑いが強くなっています。そのためEUでは、現在、特定輸入業者のフェヌグリーク種子の回収と、エジプトからのスプラウト用種子の輸入を10月末まで禁止しています。しかし、エジプト側は感染源との指摘を否定しています(ドイツとフランスにおけるベロ毒素産生性大腸菌の流行について、厚生労働省検疫所ホームページ)。

 日本では、今年の4月に、生肉を食べる朝鮮料理のユッケでO-111と一部O-157による大規模な食中毒事件が発生し、多数の死傷者が出ています。全国でO-157の爆発的な発生がみられたのはわずか15年前の1996年で、当時はカイワレがスケープゴートになりました(GAP普及ニュース19号、用語解説12)。

 グローバル化した現代社会では、人は自由に世界中を歩き、食料もまた、世界中から集まってきます。お金さえあれば、いつでも、どこでも、何でも食べられる「豊かな暮らし」が可能ですが、その裏側には様々なリスクが存在しています。食品や原材料は勿論のこと、その種子や肥料や、農業に関連する様々な資材等の安全性をも確認する「リスク認識」と「リスク管理」が求められます。病原性大腸菌は、高い確率で牛糞の中にあり、牛糞を発酵させて堆肥を作るときの温度管理が重要であることもGAP規範では指摘しています。このような家畜糞尿の管理に対する「リスク認識」が農産物の安全性を担保するためにも重要になっており、GAP規範では、このような視点での「リスク評価」と「リスク管理」が必要であることを指摘しています。

2011/11

③51号 スペイン農業の危機を乗り越えた産地のGAP
2011年のEU、O-104死亡者47人、感染者3,922人の大事件の顛末

 右図は、2011年に筆者が情報収集した「グローバル化で拡散する食中毒事件」の経過です。

 農産物および食品のサプライチェーンにおいては、サプライチェーン全体で行う食品安全管理が必要であり、今日では農産物の生産段階においてGAPが必須となっていることを説明している資料です。

 私にとって6回目となった2016年7月のスペイン、アンダルシア州の訪問で、新たに分かった地元の対応について、行政や報道の問題と併せて、あの時の大事件の顛末を報告します。

はじめに

 現在の農業生産、特に施設園芸の作物において使用されている高度な技術は、季節を問わず、品質や見た目が均一で、多様な種類の農作物を大量に生産できるため、消費者と共に、生産者へも多くの利益をもたらしています。その一方で、生産・販売や消費の過程で偶発的汚染があった場合は、広範囲の地域で、多数の消費者や販売者に影響を及ぼすリスクを負っています。

 農産物・食品の生産と販売の過程では、生産者と販売者による衛生管理と取扱いに注意し、保健当局による予防策とモニタリングで、残留農薬や微生物環境の衛生品質を保っています。しかし、非常にまれに、食品由来の感染症が消費者に起こっており、今のところそれを完全に防止することはできません。事件が発生すると社会的不安も増大し、特に死亡者が発生する集団感染の場合には、報道されるニュースにより、効果的な感染回避法や、感染の可能性がある場合の対処法などを消費者に即刻示すよう世論から迫られます。

原因究明の経過とその課題

国  名患者数(人)死亡者数(人)
ドイツ3,78545
オーストリア5
チェコ共和国1
デンマーク26
フランス13
ギリシャ1
ルクセンブルグ2
オランダ11
ノルウェー1
ポーランド3
スペイン2
スウェーデン531
英国7
*スイス5
*カナダ1
*米国61
合  計3,92247

 2011年5月、ドイツ北部を中心に溶血性尿毒症症候群(腸管出血性大腸菌の食中毒による貧血と急性腎不全を伴う症候群)が多発する中毒事件が発生しました。最初の発症日は5月8日で、明らかな関連性が認められる最後の発症例は7月4日とされています。それから3週間たった7月26日に終息宣言が出されました。

 腸管出血性大腸菌を原因とする感染者は約4,000人、死亡者が47人に上る大規模な集団中毒であり、記録的な食中毒事件でした。細菌感染に関して比較的安全と考えられていた西洋社会における感染の流行はまさに恐怖であり、ここ数十年間に先進国で記録された感染性病原体に起因する食料安全保障問題の中では最大級の危機となりました。

 原因食材として、当初より生野菜との関連が指摘され、ドイツ北部地方の発芽野菜農場との疫学的関連が示されましたが、種子の汚染、生産過程における汚染、流通過程における汚染など、どの段階で汚染が起きたのかは今もって不明のままです。

 初期の中毒の原因と、特定された国での農産物生産の両者に根拠がなく、最初に告発されたスペインのキュウリの生産方法には矛盾がありました。告発されたスペイン園芸農業の灌漑法や栽培法について深い理解があれば、意味のない警告を避けることができ、根拠のない非難を避けることができたであろうと言われています。

 その一方で、このような危機の後には、生産者とマーケティング担当者は、今後その作物への汚染を無くすための生産方法や、その作物の生産に関する技術的な詳細情報を消費者に知って貰うにはどうするべきか、という課題の明確な指針を学ぶことにもなりました。

 原因究明では、2011年6月にフランスにおいて、ドイツの事例との関連は不明ですが、細菌学的には同一の病原性大腸菌を原因とする小規模な中毒が発生し、種子の流通経路の遡及調査が行われ、その結果、エジプトから輸入されたフェヌグリーク(香辛料の一種)の種子がドイツとフランスに流通したことが示されました。エジプトにおける種子生産からドイツとフランスへの種子の流通において、何らかの要因で大腸菌に汚染されたことが示唆されていますが、エジプト政府はこれを否定しています。

判断の誤りと風評被害

 5月26日にハンブルグ市の保健当局が「スペイン産のキュウリが原因である」と発表したため、ドイツ、スウェーデン、デンマーク、ベルギー、ルクセンブルグ、チェコ、ロシアでキュウリの輸入禁止措置が採られ、この風評被害でイタリア、オーストリア、フランスのキュウリの売上げも激減しました。パリでは、スペイン産だけでなく、フランス産のキュウリもほとんど売れなくなり、1本あたり20ユーロセントであったキュウリの値段は5~7セントまで暴落しました。

 当初のスペイン産キュウリが感染源という発表は、5月31日に「誤りであった」との訂正がなされましたが、スペインではこの1週間で2億ユーロ(約234億円)の損失が出たと報道されました。スペイン政府は、ドイツ保健当局に対し損害賠償請求を行いました。

 スペイン農業協同組合によれば、「禁輸措置が中止されないと、2億8700万ドルの損失、7万人の雇用が失われる恐れがある」と訴えました。これらに対してドイツのメルケル首相は、EUが財政支援を行うと述べています。スペインのバレンシア州ではドイツ領事館の前に300kgのキュウリをばらまく抗議行動を行う農民も現れました。6月7日、EUは臨時農相理事会を開き、EUから総額1億5000万ユーロ(約176億円)の支援を行うように要請をしています。

スペイン・アンダルシア州政府と産地(農協、生産者)の対応

 2011年5月29日「疑いをかけられた2社が、アンダルシア州政府により営業停止処分にされた」という報道がなされましたが、自治体の関係者からの聞き取りでは、報道とは異なり、1社のみだったということでした。

 州政府は、農林水産省、厚生労働省とともに、告発された園芸作物に関する現地調査を行いました。その結果、ドイツ・ハンブルグ市の保健当局から疑いをかけられたキュウリのロット番号のトレーサビリティによる追跡調査をし、生産者とフィンカ(登録圃場)およびビニルハウスを特定しました。即座に特定できたハウスのキュウリおよび関係する場所のあらゆる人や土壌、施設、資材などを検査した結果、原因菌とされている細菌には全く感染していないことが判明しました(該当する農業生産者に関しては、個人情報保護法により個人名を教えることはできないとのことです)。

 アンダルシア産の野菜のトレーサビリティの適正さを証明することができたのは、産地の全ての農産物は、生産・選果・出荷・輸送・販売・小売のサプライチェーンの各プレイヤー(経営体)の全てが、入荷-処理-出荷のトレーサビリティ情報を記録・管理していたからです。

 アンダルシア州当局は、疑いのあったロット情報をドイツから貰い、そのロット番号のトレーサビリティ・データを追いかけて、何処の農場のどの圃場か、即座に把握ができたのです。またこの仕組みで、当該農産物の販売ロットや、その前後の農産物が、いつ、どこを経由して、どこに販売されたかも明らかになりました。

 損害賠償金は、FEGA(スペイン農業補償基金、Fondo Espanol de Garantia Agraria、http://www.fega.es/en)という機関を通してEUに請求し、これが支払われました。この機関は、農林水産、食品、環境に関連した被害等に対して支払いをする機関です。このような損害に関する賠償金の案件は、2011年6月17日に作成されたEU規制 585/2011 で対応しているそうです。

 今回の一連の状況から判断して、EUはスペインの農業に対し、全面的にサポートをしています。

最後に

 この事件は、発生から5年が経過したことや、多くの人達が驚きと強い関心を持ち、知りえた事実などもマスメディアの報道が主だったことなどから、食中毒事件の全体像や、スペインや自分の地域に関連する一連の問題を正確に把握している人が少ないようでした。そのため、聞き取りでも正確を期するために、当時の担当者ではないが、アンダルシア州やエレヒド市の役所の現在の担当者に文献などを基に調べてもらいました。

 最後に、私自身は、検証はしていないのですが、アルメリア県の農業関係企業の方々が口々に話してくれたことがあります。2015年10月27日に民事訴訟に係るドイツの裁判所の判決以降、現在も「ドイツのテレビでは、スペイン野菜への謝罪のキャンペーンを行っている」ということと、「スペインの野菜は安全です」と言うことを、ドイツの有名な女優を使って、スペインの青果物の安全性を訴える番組を継続している」ということでした。

2016/11

GAP普及ニュースNo.20~No.51 2011/6~2016/11