-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『日本のGAP、すべてはここから始まった』

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会

イギリスからの一通の手紙 グローバル化と規格の標準化

2 July 2002
Dear Hisanobu

Empire World Trade Ltd.
Enterprise Way Pinchbeck,
Spalding Lincolnshire PEII 3YR

EUREP GAP

EUREPGAP is an integrated management protocol set up by a large number of European supermarket retailers. It is designed to stop the proliferation of a large number of separate supplier protocols, each requiring separate paperwork and auditing. All of our major customers are supporting the EUREPGAP system, including Tesco Safeway and Marks & Spencer.

Some of these customers have now started setting deadlines for compliance with EUREPGAP as a condition of supply. The following deadlines have been set.

1 October 2002 All suppliers must be registered with EUREPGAP and have agreed a contract with a certification body.
1 January 2004 All suppliers must have completed a EUREPGAP inspection.
1 January 2005 All suppliers must have corrected any noncompliance against the "major musts" section of the inspection.

For more details on the EUREPGAP system and the bodies authorized to carry out inspections, please consult the EUREPGAP website on www.eurep.org

ユーレップGAP

 EUREPGAPは、ヨーロッパの多数のスーパーマーケット小売業者によって作られた(農場)統合管理基準書です。個別の事務処理と監査を必要とする個別のサプライヤー基準書が増えすぎないように作られました。テスコ、セーフウェイ、マークスアンドスペンサーなど、当社の主要な顧客の全てがEUREPGAPシステムを支持しています。

これらの顧客の中には、供給条件としてEUREPGAPに準拠するための期限を設定し始めたところがあります。以下の期限が設定されています。

2002年10月1日:EUREPGAPに登録し、認証機関との契約に同意しなければなりません。
2004年1月1日:認証の検査を完了していなければなりません。
2005年1月1日:検査の"必須項目"不適合は是正されていなければなりません。

EUREPGAPシステムおよび認証機関の詳細については、EUREPGAPのWebサイトをご覧ください。www.eurep.org
(現在は名称変更のため www.globalgap.org )


グローバル化と規格の標準化

 手紙の主のエンパイヤー・ワールド・トレード(EWT)社は、1990年代から2000年代当時、イギリスで最も取扱高の多い果実卸売業者でした。グローバル化社会の到来といわれたこの時期にEWT社は日本のリンゴの輸入を始めました。売り込んだのは青森県弘前市の片山林檎冷蔵庫で、農場主の片山寿伸氏は、欧州のおもだったリンゴ市場を研究した結果、1998年にEWT社独自の「農場管理基準書:EWTサプライヤー・コード・オブ・プラクティス(SCP)」の審査を受けて、イギリス市場に向けて小玉の王林(欧州では日本の大きさのリンゴは大きすぎて売れない)を輸出し始めました。

 それから5年、欧州の農業事情は一変し、農産物流通の世界にも大変革がもたらされることになりました。これまで各スーパーマーケットや卸売業者がサプライヤー(供給者・出荷者)に対して取引条件として要求していた各社独自の「農場管理基準書」以外に、特に輸入農産物を対象に「EUREPGAP規準」として標準化し、各国の農産物輸出業者に要求することになったのです。それが「イギリスからの一通の手紙」です。

リンゴの輸出は農家の生残り作戦

 当時の日本のリンゴ生産者は、加工用リンゴの価格の圧倒的な下落で困り果てていました。日本のリンゴ生産の半分を占める青森県では、全生産の約20%が低価格のもので、加工用に回されていました。生食用と加工用の合計販売金額でぎりぎりの再生産価格だったリンゴ生産でしたから、1990年の自由化から急増した濃縮リンゴ果汁の輸入のために、国内生産の加工用リンゴは買手がつかない状態となってしまい、リンゴ経営の困窮状態をもたらしたのです。弘前大学の宇野忠義氏は、「輸入自由化後に果汁輸入が増大し、日本のリンゴ生産農家に極めて深刻な打撃を与えており、今や恐慌状態にある」と分析していました。また、台風被害のあった2004年には濃縮果汁輸入量が9万4千トンにも上り、生果と果汁の合計の輸入量が生果換算で80万トンに達しました。これは、日本のリンゴ全生産量75万4千トン(農林水産省調査2004年)を超える量です。

  リンゴ園で収穫した木箱(20kg入り)一杯のリンゴが200円、時には50円にしかならない時もあり、引き取ってもらえない場合さえありました。「せめて1,000円になれば、パートさんたちに給料を出せるんだが・・」という生産者の声を聴きました。片山氏のEWT社へのリンゴ輸出は、青森リンゴ農家の死活問題を解消する対策だったのです。現在では、国産リンゴの輸出総量が3万トン程度になっていますが、その殆どは台湾への輸出です。2004年に青森りんごの輸出調査が始まり、大幅に伸びたのは2013年からですが、今や台湾向けは頭打ちだといわれています。

15年遅れた日本のGAP認証対策

 日本政府の日本再興戦略会議2014年改訂版では、「農産物の輸出拡大を図る上では、国際的に通用するGAPの取得を推進する必要がある」として、GLOBALGAP認証などの取得を勧める政策を打ち出しました。2002年7月に受け取った「イギリスからの手紙」から実に12年も経過してからのことでした。

  その後、現実的に農場の認証取得を後押ししたのは2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催計画によるものです。大会組織委員会から「持続可能性に配慮した農産物の調達」として有機農業や国際的な農場認証基準が要求され、国はやっと生産地のGAP指導と認証の支援に乗り出したのです。しかし、その政策によるGAP支援は2020オリ・パラ東京大会が終了するまでと言われていますので、その後は純粋に日本農業のGAPおよびGAP認証の普及が問われることになります。

世界で日本だけが"何故?"

農業のあるべき姿として求められる持続可能な農業"GAP"と、生産者と消費者を信頼で結ぶ懸け橋としての"GAP認証"は、世界共通の情報であり、世界で同時に意識されてきたはずです。

  例えば、「持続可能な社会に向けて、環境・経済・社会という3つのバランスを考慮する必要がある」と定義した国連環境開発会議(地球サミット,リオデジャネイロ,1992年)の翌1993年に、日本は、「環境基本法」を制定し、自然資源の消費を抑制して環境への負荷をできる限り低減する「環境立国宣言」(1994年)を閣議決定しています。そして、新農業基本法と言われて1999年に制定した「食料・農業・農村基本法」は、持続可能な農業をその基本理念としています。

  2002年7月の「イギリスからの手紙」は、世界の農産物流通の大変革の同時進行でした。欧州の農産物輸出国スペインやイタリア、欧州に農産物を輸出するアフリカ、アジア、南北アメリカでも、生産者や農業協同組合は、同じ時期に「イギリスからの手紙」や「ドイツからの手紙」をもらっていました。そして即座に対応したのです。

  手紙に示されたEUREPGAPに準拠するための期限に対応して、日本では、2003年に認証機関に登録し、2004年に検査を受け、2005年1月1日までには"EUREPGAP認証状"を受け取っていました。これは、欧州各国でも、欧州に輸出する世界中で、まさに同時進行だったのです。

  その後、スペインやイタリアなどの零細農家を結集する組織は生産者に対するGAP教育であり、耕作する農場の殆ど(スペイン・アルメリアでは91%,2017年)がGLOBALGAP登録農場になっています。

  日本でも、手をこまねいていたわけではありません。最初にGAP認証にかかわった縁から、GAP先進国を訪ねて実態調査を重ね、日本でのGAP普及とGAP認証の取得を推進するために書籍の出版やセミナー・講演会・シンポジウムの開催などを続けています。国会や政府への進言なども行い、2005年には当時の総理大臣小泉純一郎と片山氏の面談では、「農産物輸出とGAP認証」は、その後の施政方針演説で攻めの農政の事例として取り上げられています。

スタートラインから一歩踏み出して国産の信頼を

 今から15年前に、同じスタートラインに立った日本のGAPですが、未だにスタートラインの上に立っている感じです。それでも「東京2020後」を"GLOBALGAPに準拠するための期限"と宣言して活動を開始したスーパーマーケットや卸売会社が目立つようになりました。これらはHACCPの義務化政策と相まって加速されており、消費者の安心にはつながります。

  しかし、農産物の量からみて、GAP認証農場が増えているのは日本以外の国々です。輸入に頼っている日本の食品流通を考えれば、農産物輸入がますます増えて、日本農業は縮小・衰退に向かいます。2020オリ・パラ東京大会の終了後を考え始めている現在、何としても日本のGAP戦略を考えなければなりません。

  「持続可能な農業を政策の柱に据えるべきである」という声もあり、農政は補助金でも持続可能な農業を考慮して動き始めているようです。その意味でも、いよいよ「日本的なGAP」のスタートですが、そもそもグローバリズムから生まれたGAPやGAP認証です。農産物輸出が当然の産業政策である各国が歩み続け、より良い農業(GAP)として成功を収めてきましたが、残念ながら日本は数年前までは例外の国でした。これからは、一歩進んだ諸外国の農業ビジネスや農業政策の事例に学んで、より信頼される日本農業の振興に進んでいくことが必要です。

  GAPは生産者と消費者を信頼で結ぶ懸け橋なのですから。

引用:「リンゴ果汁輸入の急増が日本のリンゴ経営に与えた影響」弘前大学農学部生命科学部学術報告9号p.68-79(2006-12) 「GAP入門」田上隆一著2008.4 GAP普及センター(農山漁村文化協会)

農場保証(Farm Assurance)の原型
EWT社のサプライヤー・コード・オブ・プラクティス(SCP)


生産者もサプライヤーとして消費者の信頼に応える

 「片山林檎」がイギリスへの小玉りんごの輸出を開始したのは 1999 年 12 月で、今から20年も前のことです。片山さんによれば、最初のサンプル輸出には、“ふじ、陸奥、世界一、金星、王林”の大玉を選んで、高値での販売を目論んだそうですが、「こんな大きなりんごはシードル(リンゴ酒)向けだ」と言われ、2度目には金星と王林の中玉(250g前後)を送りました。それでも、「王林の味は気に入ったが、大きすぎる」と言われ、3度目に200g未満の超小玉サイズの王林を送ったところ、たいそう気に入られ、りんご輸出の手応えを掴んだとのことです。

  販売先のエンパイヤーワールドトレード(EWT)社は、「片山林檎」自身がシッパー(shipper)として直接に取引することを条件としてきました。なぜなら、「生産者と消費者を可能な限り単純な線で結び、両者をハッピーにすることがEWTの物流事業の理念」だからです。それは、流通ルートが複雑になると、小売単価が上がって競争力が失われるという背景があるからです。「片山林檎」は生産者集団ですが、自身が輸出者になるということです。EWT社は青果物の輸入商社であり、パッキングセンターを持っている卸売企業なので、生産者-卸売業者-小売業者という単純な線で生産と販売を結ぶことができるのです。チェーンの中央にいるEWT社は、量販店(スーパーマーケット:小売業者)の要求事項を生産者に直接伝えることが可能です。

  1999年5月にはEWT社の役員が来日して、取引きする商品の規格や梱包資材の詳細などを決めましたが、その際に両社は「EWT社のサプライヤー・コード・オブ・プラクティス(SCP)100」という「農場管理基準書」に調印しています。そこには農業生産現場で守るべき行動規範と、選果と出荷の際の行動規範が書かれていました。EWT社は、実際に生産現場に赴いて、その農場の運営や管理の実態が「SCP100基準」に適合していることを確認する、つまり、農場のGAP検査をすることで、小売業者に生産者農場がGAPであることを保証(Farm Assurance)するのです。

取引先信頼のための農場検査

 EWT社の役員が9月に来日して、「片山林檎」の農場と選果場の管理状態が「農場管理基準書」(SCP100基準)の要求事項に適合しているどうかの検査が行われました。生産現場で確認する項目の内容やその検査の方法は、2005年以降に農業者に取得を義務付けたEUREPGAP認証と似たようなものです。ただし、第三者による認証ではなく、農産物を直接買い取る卸売会社による「産地の信頼性」のための確認検査ですから、それらに関する旅費等その他一切の費用はEWT社の負担で行われました。

  あらかじめ渡されていた「SCP100基準」の要求事項には、農産物の品質管理、殺虫剤の内容と取扱い状態、収穫・輸送・選果・包装作業場における食品衛生管理などについて詳細な規定があり、それらが逐一具体的に検査されました。また、労働者福祉と環境保護に関する規定もあり、これらの検査項目はすべて順守していなければなりません。検査によって適合していない項目が見つかれば、直ちに是正することも「SCP100基準」の規則です。もしも是正規則に従わなければ、取引は停止するということになります。

 片山さんは、初めて行われた農場検査の感想を次のように記述しています。

 『選果場には必要なトイレ設備があり、衛生的に管理されていること。手洗設備があり、選果開始前に石鹸を使用した手洗いが必ず行われていること。選果者が帽子または布で頭髪を覆っていること。選果場内では全面的に飲食・喫煙が禁止であること。ネズミ等の小動物の侵入の痕跡が無いこと。鳥や昆虫の侵入に備えて選果場と外部の間に仕切があること。その他、様々な検査が行われた。その結果、解決すべき問題点として、選果場の窓枠にほこりがあること、蛍光灯にプラスチックの覆いをすることの2点が指摘された。

 検査官は、園地で「腐乱病」に罹患した枝を発見し、一見して症状の類似している輸入禁止の対象病害虫「火傷病」では無いことを確認した。また、収穫作業を審査した際に15名の従業員が皆笑いながら作業をしており、審査官に向かって手まで振ったため「この人達は皆あなたの家族か?」と質問された。労働福祉に関しては好印象だったようである。また、審査官が、途中で急に「トイレに行きたい」と言うので、日本食がからだに合わなかったのだと思い、すぐ隣の農家のトイレに案内した。思えばこれも審査項目のひとつだったと思われる。』

サプライヤー・コード・オブ・プラクティス(SCP100基準)

 「片山林檎」が調印して検査を受けた「Supplier Code of Practice SCP 100」を要約すると、概ね次のようなものです。

序文:
  1. 肥料及び農薬の散布に関する規則を遵守することは、生産者の責務です。
  2. 次の事項に関する法令を遵守することは、サプライヤーの責務です。

    1)従業員と農場内の衛生管理、2)生果実の取扱、3)商品、4)荷造と貯蔵、5)ラベル表示と宣伝、6)従業員教育、7)苦情処理

第1節:サプライヤーは、関連するUK/ECの現行法の全てを遵守することが必要です。
 ・食品安全法、・食品環境保護法、・農薬取締規則、・農産物への残留農薬など
第2節:EWT社は、サプライヤーが施設と作業者の両方の衛生に関するガイドラインに従うことを要求する。また、責任者による最低限の記録が必要です。
第3節:選果場においては、商品の貯蔵から荷造・発送に至る全ての過程で、商品の品質を維持するための規範が守られていなければなりません。
第4節:ダンボール箱の詳細表示から、個々の生産者まで遡ることのできるトレーサビリティが確保されていることが必要です。
第5節:農産物の取扱い衛生管理規範が守られていることが必要です。

 1) 農産物取扱施設の周辺、2) 農産物取扱施設の内部構造、3)選果場と備品、4)照明、5)換気、6)清掃、7)私的設備(飲食・喫煙、トイレ、手洗い場)、8)注意(掲示)、9)害虫駆除、10)危険物、11)水(衛生管理)、12)廃棄物処理、13)倉庫管理(汚染防止)、14)作業者と訪問者の衛生管理

*規範の詳細事例7)私的設備(飲食・喫煙、トイレ、手洗い場)

 ふさわしい食堂が用意されるべきで、どんな飲食物も生産エリアに持ち込んではいけません。喫煙は指定された場所でのみ許可され、その場所には生産場所や倉庫、トイレは含まれません。タバコの吸い殻を捨てる灰皿は、喫煙所の出口に備えなければなりません。

 男女別に分けたトイレは、利用しやすく、きれいで清潔な状態に保持される必要があります。手を洗う場所は、清潔でよく手入れをする必要があります。手には無香石鹸を用い、暖かい湯で洗う必要があります。手は、もし必要ならば熱いドライヤーで温めるか使い捨てのペーパータオルを使って乾かすことができることが必要です。手洗いは、トイレを使った直後や食品施設に入る前に、すぐ行う必要があります。

 応急手当ての設備に関する情報は、サイト上で入手可能です。

第6節:環境管理と環境保護

 サプライヤーは、環境の管理では、関係する全ての国と地域の法律・規則を遵守する必要があります(EWT社は、環境への充分な配慮のもとで、最高級のフルーツが栽培される環境にやさしい果樹園の経営を進めている)。

 正しい環境管理は、環境保護施設のメンテナンス、野生生物の生息地の改善、土壌や水の管理などと関係して行われる必要があります。

・環境の維持、野生生物の生息地の改善、土壌と水の管理などとを関係づけて積極的に管理することは、浪費をなくし汚染の危険性を減少させ、資源の有効利用を進めることになります。
・殺虫剤の選択とその使用は、環境負荷を最小限に留める必要があります。
・果樹を植える配置は、光の当たり具合や各々の木の周りの空気の流れが良いかどうかで決める必要があります。
・土壌管理では、土壌の構造、深さ、肥沃度を維持、改良する必要があります。
・化学肥料の使用は、年一回、葉と土壌の分析結果によって根拠付ける必要があります。
・水路への化学肥料の排出は回避しなければなりません。
・防風林と生垣は、野生動物を保護するために様々に配置される必要があります。
・新しい防風林を植える際にはその土地固有の木の種類を選ぶことが好ましいです。
・果樹の自生地では、鳥のための巣箱や止まり木のようなものを作ることを推奨します。
・エネルギーの経済的な使用や保護は、奨励されています。
・包装作業所の建物や貯蔵庫は断熱構造にし、機械や備品はエネルギー効率を改善すべきです。
・紙、カード、プラスチック、ガラスの製品は、可能な限りリサイクルすることが必要です。
・木材製品は、再利用されたりリサイクルされたりすることが必要です。
・木材は、熱帯の硬材ではなく、代替がきく地域の材料を使うことが必要です。
・殺虫剤の容器の処理は、認可された販売代理店で行わなければなりません。
第7節:労働環境と労働条件

 EWT社が販売する全ての生鮮品は、公正で倫理的な労働環境で生産する必要があります。

 全ての労働者の雇用方法は、国の法律で認められた要求に従っていなければなりません。

・雇用条件は以下のようにあるべきです。

 地域の労働法を守り、政府の最低賃金協定を守り、賃金と労働時間は、地域経済の中で公正であり、道理にかなったものであるべきです。地域における労働者の権利、組合の陳述、社会保護、年金、健康対策の保証、労働者の差別がないことなどを守る必要があります。

・サプライヤーは、トラクターやフォークリフトの整備、物理的・化学的危害要因を確認の上、安全と衛生管理に努める必要があります。
・サプライヤーは、以下の衛生に努める必要があります。

 仕事における健康を守るため、衛生施設を提供すること。健康を守るため、個人の衛生を保証すること。飲料水を入手しやすくすること。生鮮食品に触れる際に、必要に応じて衛生管理のための訓練を提供すること。

・EWT社は、各々のサプライヤーが労働者福祉の保証にサインし、労働者福祉の仕事としてサプライヤーに返すことを求めます。
第8節:植物保護と化学農薬

 EWT社のサプライヤーは、消費者意識の高まりと、殺虫剤使用への懸念を認識しなければなりません。EWT社は、税金や消費者の安全性に注意することに多大な尽力をつくしている産業が支えている「生鮮品コンソーシアム・コード(the Fresh Produce Consortium Code of Practice for Pesticide Control)」を採用しています。サプライヤーは、このコードとの一致を図り、農薬の使用に当たっては、約束事として殺虫剤の保証内容を読み、これにサインすることが求められています。

・殺虫剤が効果的に影響を及ぼしていない地域では、殺虫剤の使用量を削減するために努力する必要があります。殺虫剤は、虫や菌による一時的なダメージを避けるための疑う余地のない必要性のもとでのみ使用される必要があります。
・全てのサプライヤーは、指導・監督され統合された防除方法(IPM)への努力を惜しんではなりません。
・可能な場所ならどこでも、生物学的防除方法が導入されるべきであり、この場合には抵抗性や耐性のような多様な方法が使われます。
・農産物の収穫後の化学薬品の使用を削減できる貯蔵施設では、物理的手段(例えば最低貯蔵温度、大気制御など)を採用する必要があります。
・どんな農薬も使用する時にはラベルの指示に従わなければなりません。また、対象となる作物に用いるためには、政府機関の示す適切なやり方を明示する必要があります。
・サプライヤーは、英国で禁止されているどんな物質も使用してはいけません。
・サプライヤーによって供給された農産物は、英国の農薬残留基準値を超えていないと証明できなければなりません。残留基準が設定されていなければ、その時の最大残留量は国際商品規格(コーデックス・アリメンタリウス)の値を超えてはなりません。
・EWT社のサプライヤーは、EWT社に供給する農作物に適用された全ての農薬の記録を保存する必要があります。
・これらの記録は5年間保存し、見本は年単位でEWT社に転送される必要があります。
・残留農薬検査は、農産物のサンプルで日常的に分析されるものです。

SCPは、第三者農場保証(Farm Assurance)の原型

 以上、SCPの概要を見てきましたが、SCPの枠組みと実施規範の内容は、GLOBALGAPなどの現在のファーム・アシュアランス(Farm assurance:農場認証)に引き継がれています。つまり、SCPの規格や基準は、日本でGAP認証制度と言われている適正農業規範の農場検査制度に取り込まれているのです。化学物質を使う農業の環境リスクを認識し、同時に食品衛生管理に留意し、事業家をしての社会的責任を果たすということは、全く農家保証の要件そのものです。

  持続可能な農業という新しい農業規範が誕生し、同時に農産物安全のための高度な管理が必要となり、それを証明する仕組みとしてSCPという農場認証契約システムが作られました。SCP契約という「農産物の出荷者が守るべき規範について確認し、遵守することを契約し、農場検査でグッド・プラクティスを証明する」という制度は、EU(ECの時代から)域内の自由で広範囲に行われる農産物流通システムの中で必然的に生まれてきたものだろうと考えています。すなわち、風土や文化の異なる国々の農業や農産物についての“信頼”を、地域的に偏った暗黙知(「日本の農産物は安全だ」など)としてではなく、「農業規範と農場検査による証拠立て」によって、“最低限の信頼”(普通の農産物)として消費者に提供するサプライチェーン内の仕組みとして誕生しました。

GAP農場認証は生産者と消費者を結ぶ信頼の懸け橋

 このシステムは、常に消費者ニーズに敏感な「スーパーマーケット」が、「卸売業者」を通じて「生産者」と「消費者」とを単純な線で結ぶことで実現しました。EWT社が、「片山林檎」に「生産者と卸業者の間にその他業者を入れるな」という意味で、あなたがシッパーになって下さいと言っていました。そして、EWT社は買手として、販売者としての「片山林檎」と契約して、SCPの検査を自ら実施して“信頼”を築いてきました。

  また、スーパーマーケットのテスコは、「テスコと契約する農業生産者は、環境保護、環境便益、健康の保護に努め、自然・資材、化学物質を用いた農業資材を、適切に使用する責任を果していることを保証します」と消費者にアピールしています。それは、テスコの要求事項を満たすSCPを、テスコが直接取引するEWT社がテスコの代理者として生産者を直接確認していることから言える“生産者に対する信頼”なのだと思います。

 「農業規範」と「農場検査」で構築するサプライヤー間の信頼ですが、「生産者」と「消費者」が単純な線で結ばれていることによって信頼の絆が確かなものになるのです。これは、複雑な流通経路で「認証ラベル」が独り歩きしている農産物を考えてみれば判ることです。「認証」という制度だけが信頼に繋がるのではなく、「認証」がどのような形で伝達されるのかに関心を持つ必要があります。「GAP認証は、生産者と消費者を結ぶ信頼の懸け橋である」というSCPの原点に返って、「生産者」と「消費者」の懸け橋の在り方について考えてみることで、日本の実情に合った「GAP」を作り出すことができるはずです。

EUREPGAP農場保証制度の戦略
-小売業界のコスト圧縮ビジネスモデル-

GAP認証(農場保証)のターニングポイント2005年1月1日

 2002年7月にイギリスの果実卸売会社エンパイヤ・ワールド・トレード(EWT)社から片山林檎に届いた一通のEメールは、2005年1月1日以降、欧州の多数のスーパーマーケットと小売業者によって作られたEUREPGAP農場認証(Farm Assurance)制度による農場管理基準書に従っていなければ、取引を中止するという警告でした。

  新たな基準書は、欧州の小売業界のコストの圧縮と業務の合理化を目指したものであり、1990年代からスーパー各社が個別に実施していた農場認証のための農場管理基準書から共通する項目を取り出して作成された「全ての農業者が従うべき最低限度の基準」でした。

  この制度のもう一つの大きな特徴は、これまで買手側が負担していた「農場審査」の費用を、審査を受ける農業者や農協などが負担することになったことです。それ以前の農場認証制度は、農産物の買い手であるスーパーマーケットや卸売会社が、自社が取り扱う農産物の健全性(生産段階の環境保全や食品安全の確保等)を確認し、消費者からの信頼を得るために行うものでしたから、その費用は当然に買手側が負担するものでしたが、2005年を境に売手側に審査費用を負担させる「新しい認証ビジネスモデル」として登場したのです。

  そのEUREPGAP農場認証制度は、2007年に「GLOBALG.A.P.農場認証制度」と名称を変更し、現在では世界で最も多く利用され、その他の国や地方の基準書のモデルにもなっています。欧州の農産物小売業界が2005年1月1日を期限に農場審査基準の統一に踏み切った理由として次の二つの原因が考えられます。

2005年にクロス・コンプライアンスが開始された

 理由の第一は、欧州共同体EC(1993年よりEU)の共通農業政策(CAP)です。1991年に公布された「硝酸塩指令(91/676/EEC)」と「植物保護指令(91/414/EEC)」は、1992年の「直接支払い」の導入による農産物価格支持政策から農業環境政策への移行と相まって、欧州の農業振興政策を「持続可能性を考慮した農業生産活動(Good Agricultural Practice:GAP)」へ大きく舵を切りました。これは、ガットウルグアイラウンド農産物交渉におけるEUの戦略であったと言われています。先進諸国では農業者への所得補償なしには自国の農業を守ることは難しくなっています。しかし、自由貿易を目指すグローバル社会では、関税や補助金による自国農業の保護は許されないことから、CAPでは国等が公に定めた「GAP規範」の遵守を奨励あるいは義務化することで農業者への補助金を支払う農業環境政策へと移行したのです。

  2000年には「水枠組み指令(2000/60/EC)」、2003年には農産物の生産量と切り離す「デカップリング」という補助金政策を導入し、2005年には農場主に対する単一支払制度が、環境、公衆衛生、動物保護、景観の維持等についての規定を遵守するという条件で補助金を受け取る「クロス・コンプライアンス」となりました。農業者の所得補償を「持続可能な農地で天然資源の世話を日常の業務とする農民の利益を財政的に支援する直接支払い」と定義し、景観等の「市場価格では守られない公共財」の維持・管理として農業者の『GAP規範』の遵守を義務付けたのです。その意味でGAPの目的は「持続可能な農業の実践」というEU農業者の主体的な取組みになったのです。英国環境・食料・農村振興省は、「農業者はGAPを環境保全型農業の実践であると理解しており、補助金を得るために守らなければならないとの認識を持っている」と述べています。

  このクロス・コンプライアンスが2005年に開始されたことが、EUへの輸入農産物に対しても環境への配慮を要求し、EU農業と同一の条件にするという「非関税障壁」としての役割を果たすべくEUREPGAP農場保証制度の登場となったという見方です。

2004年に食品取扱事業者のHACCP等義務化が決まったから

 理由の第二は、牛海綿状脳症(BSE:狂牛病)の危機等への反省を踏まえ、「一般食品法規則(EC規則178/2002)」により、2004年にEUの一般食品法が成立したことです。全ての食品取扱事業者に適用される「一般食品衛生規則(852/2004)」と「動物起源食品特別衛生規則(853/ 2004)」「公的統制規則(882/2004)」「動物起源食品特別公的統制規則(854/2004)」という4つの包括的な衛生法のパッケージが定められました。この法規制の下に、農場を除く全ての食品取扱事業者はHACCP(危害分析重要管理点)原則などの自己監視プログラムの適用が義務付けられ、2006年に義務化されました。そして、輸入食品についてもEUの基準と同等以上の食品安全基準を遵守することが要求されることになったのです。

  HACCPなどの自己監視プログラムでは、自社内の衛生管理と同時に、仕入品の安全性を確認することも重要な要件ですから、仕入先である農産物のサプライヤーに対して、食品安全管理を含む農場管理基準書に従うことを求めたと考えられます。前出のEWT社のSCP(サプライヤーコードオブプラクティス)と比較して、EUREPGAP農場管理の基準書は、食品安全に関する要求事項が多くなっています。EUへの輸入農産物に、食品の安全確保を要求する項目が多い農場管理基準は、多くのスーパーに支持されました。

農場認証はGAPとHACCPの考え方に基づいている

 EUREPGAP農場認証制度では、「この農場管理基準書で要求する内容は、欧州の主要な小売業者が許容できる取引要件の最低限度を明らかにしたものである」と記されています。つまり、農場認証制度は、スーパーの仕入条件として行われている農場の信頼度検査であり、要求事項の内容も認証規格のレベルも系列によって様々な制度があり、法律上の問題がなければ行政は関わらないことになっています(*イギリス環境・食料・農村振興省)。

  スペインでも「認証は民間会社がやるもので行政は一切関わらない。認証のための公的補助金などはない」(*カタルーニャ州農畜水産食品省大臣)と言っています。また、EUREPGAP農場認証制度は農業者に要求される最低限の規則であり、実際にスーパーとの取引で要求される農場管理基準書は、環境保護や労働衛生など高度な要求(LEAF Marque、BioSUiSSE、GRASPなど)が多くなっています。

  最低限の規則として作られたEUREPGAP農場認証制度では「生産者、生産者団体、地方組織によって開発・改良され、環境に対する悪影響を最小化することを狙った農業システム(GAP)の進歩は大きく、EUREPGAP認証ではそれを推進する」と記述しています。そのために「統合病害虫管理(IPM)と統合作物管理(ICM)を認証の審査規準に組み込んだ」とも言っています。

  つまり、1990年代当初から行政府の指導によって農業者が取り組んできたGAP(適正農業規範を遵守することで環境汚染を起こさない農業)を要求するということです。

  また、農場を除く全ての食品取扱事業者のHACCP等の義務化から、スーパーが農業者による食品の安全を求めることも充分に理解できます。農場管理においては、厳密なHACCP管理が難しいことから、HACCPの考え方による食品衛生管理が農場認証の重要な要件となっています。

付記  GAPの概念を理解する最も効果的な欧州の硝酸塩指令は、自然環境を守るために過剰な窒素肥料の使用を罰則付きで禁止する法律ですが、日本の対応は「環境保全型農業のために化学肥料の投与を慣行栽培の半分にすれば特別栽培農産物と表示できる」という推奨制度がある程度です。また、欧州の植物保護指令は、農作物の病害虫防除や雑草対策などに関する法律であり、農業者の化学農薬使用に対する規制でもありますが、日本の農薬取締法の大改正が行われた2003年より12年も前に制定されています。

日本に輸入されたGAP概念を考える

 この連載の最初に掲載した「イギリスからの一通の手紙」により、世界の農産物生産者と欧州における流通業者の農産物取引基準は一変しました。

  これまで各スーパーマーケットや卸売業者がサプライヤー(供給者・出荷者)に対して取引条件として要求していた各社独自の「農場管理基準書」(二者認証)以外に、特に輸入農産物に対しては、「EUREPGAP規準(2007年からGLOBAL G.A.P.規準に名称変更)」(第三者認証)を、各国の農産物輸出業者に要求することになったのです。その結果、農産物流通の世界に大変革がもたらされることになりました。EUのスーパーマーケットでは、農産物を取引する際に何らかの農場保証(Farm Assurance)を要求することとなり、生産者は最低でもGLOBAL G.A.P.認証を取得しなければ農産物の出荷(販売)すらできなくなったのです。

日本政府もEU情報として把握していた

 1999年から英国にリンゴを輸出していた片山林檎に届いた「イギリスからの一通の手紙」の課題を解決するために、片山さんと筆者が2002年からEUREPGAP認証の課題に取り組み始めた当時、日本政府も「海外農業情報トピックスEU」としてEUREPGAPの普及情報を入手していました。農林水産省の報告書の概要を見てみましょう。

引用:「海外農業情報トピックスEU、ユーレップギャップの概要、農林水産省大臣官房国際部国際政策課、040311」(2004年3月11日)以下に再録します。

[ユーレップギャップの普及]

  近年の食品分野における話題は、遺伝子組換え食品、狂牛病、口蹄疫、鳥インフルエンザなど、食品の安全性問題が相次いでいる。消費者の間で食品の安全性を懸念する声がますます強まる中、農産物の生産から小売までのフードチェーン全体をカバーする安全管理体制作りが急務となっている。欧州小売業組合適正農業規範(EUREPGAP、以下「ユーレップギャップ」とする)は、このような背景から誕生した食品安全性に関する認証制度で、加工前の食品を扱う生産者を対象としている。対象分野は「野菜・果物」のほか、「花き・観葉植物」「家畜」「混合穀物」「飼料」の計5つがある。

  ユーレップギャップでは農産物生産から出荷までの生産過程に焦点が当てられているが、規範は消費者の手に渡るまでの全過程に及んでおり、その厳格な基準にも定評がある。このため、規範に法的拘束力はないものの、欧州では導入が本格化しており、大手スーパーの中にはユーレップギャップの認証ライセンス取得を仕入れ元である農家に義務付ける動きも出始めている。欧州に農産物を輸出する欧州外の業者にとっても無視できない存在となるのは時間の問題であると言えよう。

[ユーレップギャップ成立の背景とその概要]

  ユーレップギャップは1997年、遺伝子組み換え食品、狂牛病といった食品の安全性を脅かす問題を未然に防ぐための対策として、欧州小売業組合(EUREP/Euro‐Retailer Produce working group)により提案された適正農業規範(GAP/Good Agricultural Practice)である。当時すでに欧米には、食品加工における品質管理プログラムとしてHACCPが存在していたが、この基準は材料入荷前の過程をカバーしていない。このため欧州小売業組合は、HACCPの方式を加工前の農産物の栽培・出荷にも採用するユーレップギャップを誕生させることにより、生産から流通までを含むフードチェーン全体での安全管理の実現を目指したのである。ユーレップギャップの認証ライセンスは、HACCPの特徴である監視・記録による安全管理が農閑期も含めた生産の全過程で実施されていることを保証するもので、より高い安全性をアピールできる。

  また、ユーレップギャップの対象が食品の原産国まで遡ることから、国際的に通用する共通基準としての役割を果たすことも特徴的である。多くの食品は国境を越えて流通しているが、原産国と輸入国の安全基準に格差がある場合、安全性の保証は不十分なレベルにとどまる。食品業界にとっては、原産地の食品安全性を世界共通基準で保証することが、消費者の信用を勝ち取る鍵となる。実際、ユーレップギャップに加盟している小売業者の多くは多国籍企業であり、仕入れ元となる生産者にユーレップギャップの認証ライセンス取得を条件付けることで、自社のブランド力を高める方針を採用している。

 なお、ユーレップギャップの基本的な枠組みを示す規約は、食品の安全性の保証、生産者の福祉、地球環境の保護、の3つを柱としている。これは、生産者の労働条件の改善や、地球環境への配慮なしには、本当の意味での食品の安全性を達成することができないという考えに基づいたもので、今後の食品産業においては、この3条件を満たすことが世界標準になるとしている。食品の質を保証するとともに、人間、地球に負荷をかけない食品産業のあり方を全世界的な規模で追及することが、ユーレップギャップの究極の目標と言える。

 この報告書に書かれた内容が、その後の日本でのEUREPGAP認証(後のGLOBALG.A.P.)の位置づけとなっていますが、日本では、欧州各国や各州で実施されている農業政策の公的なGAPやGAP規範(適正農業規範)の意味と誤解されています。

 この報告書では、EUの大手スーパーによってEUREPGAPという民間認証が農家に義務付けられ、それは欧州への農産物輸出者に対しても同じことであること、従って、多国籍企業が多い食品業界にとって国際的に通用する共通的な基準としての役割を果たすため、農産物流通の世界的な大変革をもたらすことを示唆しています。そして2020年現在、欧米各国並びに欧米への農産物輸出国では、報告書の予想通り農場認証制度が定着し、流通段階での認証確認は農産物取引の標準になりました。しかし、行政による農場認証支援が他国には例がないほど行われている日本の農産物流通において農場認証ビジネスは普及せず、2020年の現在も農産物流通の大変革は起こっていません。何故でしょうか?

公的なGAP規範と民間の農場認証(GAP認証)を混同したことが日本の誤解の元

 青森のリンゴを欧州に輸出していた㈱片山林檎に届いた「イギリスからの一通の手紙」の課題解決のために片山さんと筆者は欧州のGAPの調査に取り組みました。これは、欧州の大手スーパーから要求されている当事者としての日本の農業者の視点で考えるGAPに関わるいくつかの概念の調査であり、上記の農林水産省の報告書とは異なっています。

 この報告書では、『欧州小売業組合により提案された適正農業規範(GAP/Good Agricultural Practice)』と表現していますが、「適正農業規範」は英語でCode of Good Agricultural Practiceと表現し、それは適正な農業の管理を行う上での理念やその根拠となるものを記述した公的な農業書であり、科学・技術や法令等による適切な農業生産の在り方の基本的な考え方と適切な行為を示したもので、どうすれば良い農業になるかを示す公的な指示書です。

 前に示した農林水産省の報告書が指しているEUREPGAPは、実際は民間の農場認証(農場保証制度)のことであり、適切な農業生産で求められる諸条件をまとめた農場評価の物差し(審査基準体系)のことです。『欧州小売業組合が提案した“適正農業規範”』という言葉を使っていますが、EUの加盟各国政府が示す公的な『適正農業規範』ではなく、それは民間機関による『任意の審査規準』なのです。つまり、スーパーなどが農産物取引の要件と考える「生産者が達成すべき業務の内容を農場の管理項目としてまとめたもの」です。

 このように、GAPの概念が日本に持ち込まれて以来、未だに、適正農業規範(GAP規範)と農場認証、農場保証(GAP認証)とを区別していないことが、日本でGAPやGAP認証が普及しない原因の一つと思われます。

 ソース画像を表示この農林水産省の報告書では、『ユーレップギャップは、食品安全性に関する認証制度で、加工前の食品を扱う生産者を対象としており、HACCPの特徴である監視・記録による安全管理が農閑期も含めた生産の全過程で実施されていることを保証する』と分析しています。これは正しい分析でした。EUREPGAP認証規準を作った欧州の小売業組合自身が、認証規準のことを、その基準文書の中で「生産者、生産者団体、地方・政府組織によって開発・改良され、環境への悪影響を最小化することを狙った農業システム(GAP)の進歩は大きく、それを支援する」制度であると記述しています。その基準文書では、同時に「食品の取扱いとしては、HACCPを奨励する」ものであるとも記述しています。

 以上の事実から、EUREPGAP認証(現GLOBALG.A.P.認証)は、GAPの考え方と、HACCPの考え方とを取入れた、農業者に対する農場検査システムであることは明らかです。しかも、農業者を検査するのはスーパーなどの買手であり、EUREPGAP認証は農産物の仕入基準として制度化したものです。実際にGLOBAL G.A.P.認証を代表とするGAP認証制度などは、義務化されている公的制度のGAP(適正農業管理)を行う「良い農業の行為」ではありません。欧州で義務化されている環境保全型農業のGAPを行っていることを前提に、民間が食品安全を中心に行っているのがGLOBAL G.A.P.認証であるということです。すなわち、日本でGAP認証と呼んでいる概念は、欧州の民間が行っているFarm Assurance(農場保証)というものです。

 日本にEUREPGAP認証制度が入ってきてから“GAP”という言葉が紹介されたため、農場保証制度をGAPまたは適正農業規範である誤解し、未だに正しい理解が進んでいな現状があるのです。そのため、農林水産省では2017年度より、あえて「GAPはする」もので、「認証はとるもの」であることを強調しています。しかし、この誤解のもとで、日本では欧州と真逆の「輸出促進のためのGAP認証」という途上国タイプのGAP政策が採られています。

GAP認証は食品安全を主な目的とした
農業の社会的責任の農場保証制度

 《連載第3回》の「EUREPGAP農場保証制度の戦略」では、EUの政策で「2004年に食品取扱事業者のHACCP等の義務化が決まった」ことが、EUREPGAP農場認証制度が普及するに至った大きな要因の一つであると記述しました。EUREPGAP認証は、スーパーなどが農産物取引の要件と考える「生産者が達成すべき業務の内容を農場の管理項目としてまとめたもの」ですから、食品に対する衛生管理は、重要な認証要件であると言えます。特に、EUの食品衛生に関する法令は「農場を除く全ての食品取扱事業者のHACCP等の義務化」としていることから、農産物を仕入れる事業者としては、HACCPの前提条件プログラム(PRP:一般衛生管理)としてGAP(適正農業管理の遵守)に期待するのは頷けることでもあります。

  その意味でEUREPGAPが食品安全に関する認証制度であるという規定はその通りです。EU各国の行政や農協組織などが、民間の農場保証制度は商品衛生管理を主な目的としているものが多いという意見とも一致します。

  この報告書の分析で指摘しておかなければならない最も重要な点は、EUREPGAP規準は、食品の安全性の保証、生産者の福祉、地球環境の保護の3つの柱で、これは、『生産者の労働条件の改善や、地球環境への配慮なしには、本当の意味での食品の安全性を達成することができない。』と分析していることです。「本当の意味での食品安全を達成する」という言葉でGAP、つまり適切な農業の実践が「すべて食品安全の確保のためにある」という説明は非論理的です。

  それにもかかわらず、日本ではGAPの目的は食品安全で、ついでに環境保全と労働安全にも努めましょう!と言われ(思われ)ています。結局、日本では、適正農業規範(GAP規範)と農場保証(GAP認証)とを区別しないことが原因です。

 そもそもGAP規範は、農業由来の環境汚染を起こさないようにコントロールすることを求めています。そして、GAP規範の遵守は「2005年にクロス・コンプライアンスが開始された」ことで、EUでは農業者のマナーとなっています。また、労働衛生や従業員福祉は、農業事業者としての社会的責任です。農産物の取引相手として、農業者にCSR(企業の社会的責任)を求めることは今や常識です。

  最後に、以上からGAP概念の区別について以下のように整理することができます。

GAP規範(現在の農業者が守るべき農法)
GAP(GAP規範の遵守/GAP規範を順守していること、適正農業管理)
GAP認証(農産物の買手が農業者に求める様々な要求事項/主にGAPとHACCP、CSR)

日本にいてはGAPが理解できない

GAP(適正農業管理)とは公的な「GAP規範」の遵守
GAP認証とは民間の評価機関が行う農場経営の評価

 前回は、片山りんごが受け取った「イギリスからの一通の手紙」によって、片山さんと私がEUREPGAP認証に取り組み始めたことを話しました。当時、日本政府は「海外農業情報トピックスEU編」の中で、欧州のGAP認証について「食品安全を主な目的としたEUREPGAP認証を、“GAP”である、また、“適正農業規範”である」と誤解していました。私は、それらが元で「日本では公的な適正農業規範(GAP規範)と民間の農場認証(GAP認証)とが混同されることにつながった」のではないかと解説しました。その上で、GAPに関する概念については、以下のように説明しました。

①公的な規範のこと。
②「GAP」とは、GAP規範を遵守して持続可能な農業に取り組むことで、“適正農業管理”と意訳していること。(日本生産者GAP協会編 日本適正農業規範・用語集)
③「GAP認証」とは、スーパー等が農産物の仕入先を選ぶためのFarm Assurance(農場保証)であり、民間団体が行う農場管理の検査・認証制度をいう。

 『GAP規範』(適正農業規範)は、各々の国の法律・制度や社会システムに合った「あるべき農業の姿」を規定したものです。農産物の生産性を重視するあまり、化学農薬や化学肥料の無原則な投与や水質を考えない灌漑、環境を重視しない排水など、収奪型の農業になっている可能性の高い現代農業の問題点を明らかにし、自然環境や公衆衛生に対するリスクを明らかにする必要があります。人の健康と農業の持続性を確立するための適切な農業管理の在り方について、その基本的な考え方をまとめたものが『GAP規範』です。EUでは各国政府がその国や地方の法律や社会システムを反映させた『GAP規範』を作り、これを分かり易い冊子の形で全ての農業者に配布しています。

  これに対して、GLOBALG.A.P.認証などの『GAP認証』は、販売する農産物を保証するための農場検査制度であり、環境保全を基本とする各国の『GAP規範』の実践をベースに、消費者に安全な農産物を提供するために農業者が最低限守るべきマナーを、農産物の取引要件として利用しているものです。世界で最も代表的なGAP認証制度はGLOGALGAP(当時のEUREPGAP)であり、GAPの持続可能性とHACCPの食品安全の考え方を取り入れた農場管理の検査制度として、近年はCSR(企業の社会的責任)等も考慮するようになった農産物の仕入基準がGAP認証制度です。

GAPを理解しない日本の政治と行政

 1999年からイギリスのEWT社にりんごの輸出を開始した片山りんごは、「イギリスからの一通の手紙」でEUREPGAP認証の審査を受けることになり、2003年は準備不足で不合格でしたが、2004年には合格しています。片山りんごに農業情報のコンサルティングを行っていた私は、㈱AGIC(エイジック)内にシステム開発部門の他にGAP部門を設け、片山さんと共に欧州でのGAP調査を開始しました。この日本初の欧州GAP調査と片山りんごの認証取得の経験を踏まえて、AGICは千葉県内の野菜農場を説得して、2004年9月にEUREPGAP認証の審査を合格に導きました。EUREPGAP認証を取得した農場は、日本ではこの2社だけであり、特に片山りんごは、時の総理大臣の小泉純一郎氏と面談し(2005年)、その後の総理大臣の施政方針演説で農産物輸出に係る攻めの農政事例として取り上げられた程です。農林水産省では2004年に「食品安全GAP(この時はジーエーピーと読ませた)」推進の政策を打ち出した翌年でした。

 第一次安倍政権が発足してGAP政策の担当部署が消費安全局の食品安全部門から、生産局の農業技術部門に変更になりました。ここでGAPの政策目標が、食品安全という消費者起点から生産管理という農業者起点に変わったのです。そのために「GAPは農業生産工程管理手法」という世界中のどこにもない名称がつけられ、本来のGAPの理念と概念からは益々離れて、良い農業のための「手段」ばかりが議論されるようになってしまいました。

 その後、マニフェストに「GAPの義務化」を謳った民主党の政権下で、農水省は2011年までに全ての産地にGAPを導入することを目指しました。総理大臣の菅直人氏は欧州のGAP政策を元に「5年後にGAPを義務化する」と発言していました。しかし、この政権でもGAPを食品安全のための工程管理手法として位置付けており、政策提言で「EUでは、原則、全ての生産者を対象に、一般的な衛生管理や 農薬等の使用状況の記録の保持等を義務付けている。また、欧州小売業組合では、仕入れの基準として独自にGLOBALG.A.P.を策定した」とGAPとGAP認証の存在について紹介していますが、結局、本来のGAP概念ではなく、GAPの内の一つである食品安全対策を取り上げ、しかも民間の取引基準としての認証制度に関係づけて理解していました。

 こうして、イギリスやスペインその他のEU加盟の各国政府が「GAP認証に政府は一切関わらない」という方針をとっていることとは全く異なり、日本ではGAPを農産物輸出の手段と考えてGAP認証だけを考える途上国タイプの取組み姿勢になってしまいました。

 小泉純一郎氏の件とは直接の関係はないでしょうが、当初から遅れていた日本のGAP政策やGAP認証に関して、2017年に息子の小泉進次郎氏は自民党の農林水産業の骨太方針実行プロジェクト委員長として「東京五輪2020や農産物・食品の輸出拡大に向けたGAP認証の取得推進」という「欧州とは真逆の途上国タイプのGAP政策」を打ち出しています。また、日本以外には例がないだろうと思われる「高等学校の農場のGAP認証取得」を奨励しています。本来は持続可能な農業を科学する学校という場所に、持続可能な農業の結果としての商業上のGAP認証(農産物を仕入れるための農場認証)を導入するという真逆の政策です。

「GAP認証とは何か」を知りたくて欧州各地を歩いた

 2020年の現在でもGAP概念の①②③が充分には理解されていません。2017年に農水省が農業者に求めるのは「するGAP」と「とるGAP」であると、②GAPと③GAP認証とを区分しましたが、①GAP規範を明示して「日本農業が達成すべき道標」を示さなければ本来のGAPの理解には至りません。

  私はGAPとは何か?の①②③を理解するために、欧州のGAP調査を実施し、その結果、様々な事実を確認しました。初めに2003年8月、2004年12月、2005年2月、2005年10月と4回に亘って、イギリス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、スペイン、フランスを歴訪し、青果物の生産・流通・販売の各局面におけるGAP認証への取組の最新事情について調査しました。

  2003年と2004年の欧州GAP調査は、卸売会社EWTで基本的な情報を得た後、とにかく様々な関係者に当たろうと人伝による体当たりの調査をしました。それでも、紹介に紹介を接いでの欧州行脚は、徐々に芋づる式でGAP認証に関する情報が得られるようになり、様々な現実を知ることになりました。特にオランダやベルギーなどの一大農産物産地の生産者の中には「農業規範を買手側(EUREPGAPの組織を指す)に支配されるのはおかしい」とか、「あのような稚拙なプロトコル(EUREPGAPの認証規準を指す)ではなく、我々は早くから高度な基準で取り組んでいる」などの批判も多く見られました。しかし、そういう反論が出るほど、農場保証のためのGAP認証の実態は、これまでの地域的な認証制度やスーパーマーケットのプライベート認証だったものが、巨大な小売業団体が利用を目指したEUREPGAP認証に一気に移行し、それが国際標準になりつつあるという印象でした。

ベルリンの見本市で調査の芋ずる式を拡大して欧州各地へ

  フルーツ・ロジスティカ(ベルリン)この写真は2019.2ドイツのベルリンで毎年開催されている青果物の見本市「フルーツ・ロジスティカ(2005年)」に出展しているブースでは、GAP認証を取得していない農家や会社を探すのは不可能だと思いました。巨大な展示スペースに何十社も出ている中国ブースでは、皆EUREPGAP認証証書のコピーを掲示していました。日本から唯一出展していた片山りんごでもショーケースに認証証書を張り出していましたが、そのようにしているのはアジアや南米などGAP後進国に多く、“やっと取得しました”と言っているようにも見えました。西欧諸国の出展ブースには、異なる認証の掲示物はありますが、EUREPGAPは見かけませんでした。聞くと、EUREPGAP認証は当たり前であり、生産者としての最低基準なので、それよりレベルの高い証書なら掲示すると言われたのが印象的でした。

農業情報学会第18回食・農・環境の情報ネットワーク全国大会
「GAP全国会議」でEUREPGAP認証制度との同等性契約締結:
左から榎本礼子(AGIC社員)、
クリスチャン・ムーラ(EUREPGAP事務局長)、
二宮正士(東大教授;現在日本生産者GAP協会常務)

  この会場で、私が2003年に訪れたイタリアのりんご生産者や、2004年に訪れたスペインのトマト農家と出会ったのも感動的で、それぞれ農協や役所などの関係者を紹介して貰い、GAP欧州調査の芋づるはますます広がっていきました。

  GAP認証の専門的な知識とその実態および今後の方向性について知るために、EUREPGAP事務局長のクリスチャン・ムーラを訪ねました。最も重要な目的は、日本にGAP認証制度を作り、EUREPGAP認証制度との同等性を確立することでした。そのために私は、「近い将来、あなたを日本に招待する」と約束し、翌年(2006年)6月の農業情報学会に招聘して講演をしていただくとともに、ベンチマーキングを進めるための覚書を交わすことに成功しました。

  農業情報学会第18回食・農・環境の情報ネットワーク全国大会「GAP全国会議」でEUREPGAP認証制度との同等性契約締結:左から榎本礼子(AGIC社員)、クリスチャン・ムーラ(EUREPGAP事務局長)、二宮正士(東大教授:現在日本生産者GAP協会常務理事)大会二宮.jpg当時の私達㈱AGICのこれらの活動は中国の進捗状況とほぼ同時であり、中国国家認証認可監督管理委員会(CNCA)もEUREPGAPの同等性認証のベンチマーキングに入る覚書を交わしたところでした。中国は2年後の2008年夏に北京オリンピックを控えていて、是が非でも事実上の国際規格のGAP認証との同等性を確立したいと考えていました。先進諸国では、農産物貿易上の制約に関係するGAP認証制度には「政府は一切関わらない」ものですが、中国では政府機関のCNCAがGAP認証を直接担当していたのです。

  EUREPGAP認証の検査・監査の技術的なことは、制度の設立当初から関わり、実際にその他にも多くの認証業務を行っていた世界的な大手企業SGS(Societe Generale de Surveillance S.A.)が審査会社としてリードしてきました。私達はSGSを直接訪ねて多くのことを学びました。当時SGSは、欧州各地の農協や青果卸業などに社員を派遣してEUREPGAP認証への取組みを推進していました。私が2004年から2019年までに10回に亘って欧州を訪問し、今ではGAP認証や農業振興の講師として日本と相互に行き来するようになったスペインのアルメリア農業を紹介してくれたのもSGSの社員です。

  アルメリアにEUREPGAP認証取得第一号農場があります。実際に最初にアルメリアを訪問した際には、片山さんがスペインに在住していた時からの知り合いで、カタルニア出身ですがドイツで青果卸業を営んでいるロッジさんに生産者の農場や農協を案内してもらいました。

失われた日本の20年

見て・聞いて・考えればGAPが分かる

 前回の『連載5 日本にいてはGAPが理解できない』の「GAP認証とは何かを知りたくて、欧州各地を歩いた」で、私は知り合いから知り合いへと「芋ずる」をたどるように、欧州各国のGAPに関わる人達を訪ね歩いたことを紹介しましたが、GAPとGAP認証の調査で行きついた所は、スペインのアルメリア県でした。オランダの卸売会社からも、農薬会社のシンジェンタからも紹介された欧州一の夏野菜の産地であるアルメリアの農業は、青森県のリンゴ生産者の片山さん(片山林檎)の友人で、スペインのカタルーニャ出身で、ドイツで青果卸業を営んでいたロッジさんに紹介され、彼の取引先である施設園芸の生産者と農協を案内してもらいました。

  2004年の最初の訪問から、2019年の日本生産者GAP協会主催「スペインGAPツアー」まで、私はアルメリアを計10回訪問し、その都度EU共通農業政策のGAP(持続可能な農業)政策と、グローバル経済で生き抜こうとする青果物産地のGAP認証のその進化を見てきました。世界の中で生きていけないガラパゴス化した日本のGAP政策とGAP認証をもう一度見つめ直し、日本の農業が真に国際化するためには、「日本にいてはGAPが理解できない」から、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の頭で考えようと、これまで10回にも亘り、日本の多くの農業関係者をスペイン、アルメリアに案内してきました。この思いに共鳴して「スペインGAPツアー」に参加した方々が、感動して「本来のGAPやGAP認証」を理解するに至ったことは、「GAP普及ニュース」への投稿文からも分かる通りです。

もはや化学農薬は使わない

 最初の訪問で大きな刺激を受けたコスタデニハル(生産組合)は、片山林檎がEUREPGAP認証を取得した2004年と同じ年に、EUREPGAPオプション2(35名の生産者)を取得していましたが、2008年に訪ねた際には組合員が190名に増えて、500ヘクタールのグリーンハウスで認証を取得していました。また、その内の40名は、110ヘクタールでEUのオーガニック認証を取得し、イギリスとドイツに農産物を輸出して高い収益をあげていました。

  たった4年間でIPMの技術が進み、ハウス栽培のほとんどは生物防除(バイオロジカル・コントロール)が前提になっており、農薬の使用は2004年の訪問の時とは比べ物にならないほど極端に減っていました。「アルメリアのGAP(適正農業管理)では、もはや化学農薬は使わない(コスタデニハル組合長)」というレベルに達していたのです。そうしないと、イギリスやドイツの要求には応えられなくなっているということでした。この生産組合は、アルメリアでは特別な農場ではありません。隣のエレヒド市にあるロマノリアスという農業生産法人でも、似たような割合でオーガニック農場が増えていました。

GAPはIPM

 このような大きな変化は、2004年にアルメリアの農業者がイギリスやドイツに輸出した農産物から中国製の無登録農薬が検出されて大問題となったことが切っ掛けとなって起こったようです。その後、ドイツのスーパーマーケットから無農薬栽培や生物農薬の使用を強く要求され、これに対応したアルメリア県やエレヒド市の強力な行政指導の下で、代替農業としての統合生産(IP)システムが開発されました。産地全体で、行政指導による化学農薬から生物農薬への大転換を成し遂げたのです。IPMやオーガニックなどの新たな技術導入と、徹底したGAPコントロールによる統合生産の確立は、「できるかどうかではなくて、やらねばならない(エレヒド市農業部のホルへ・ビセラス議長)」という切実な思いから生まれたものでした。ヨーロッパで野菜の生産量が最も少なくなる冬場の野菜供給基地としての地盤を固めてきたアルメリアの施設園芸が、農薬等の食品事故によってヨーロッパの大消費地からの信頼を失えば、この地域全体の暮らしが立ち行かなくなってしまうからです。この危機感が、アルメリア県とエレヒド市の農業を大きく変え、その発展を支えているのです。

  新たな技術(IPM)導入と徹底したリスク管理(GAP)による持続可能な農業生産システムの確立は、「可能かどうかではなく、やらねばならない」という産地の切実な思いから生まれたものでした。行政と農協などが一体となってバイオロジカル・コントロールに取り組んだ結果、わずか4年前には「無理」だったことが、4年後の2008年には「可能」になっていたのです。エレヒド市役所の農業政策の基本方針の一つに「食品安全のために、考えられることは全てやる」という言葉が壁に書いてありました。生産者も「実行すれば、道は開ける」と信じて、より進化したGAP(適正農業管理)の実践にチャレンジして来たのです。

スペインと同時にスタートしたのに、失われた日本の20年

 この「連載1」で紹介したように、日本で最初にGAPとGAP認証を認識したのは2002年7月2日の日付で片山林檎に届いた「イギリスからの一通の手紙」からでしたが、世界で一番GAP認証の農場数が多いと言われているスペインでも、そのスタートは2001年です。グローバル化による取引の自由化は世界で同時に進行していますから、欧州の巨大スーパーの経済的な要求事項は世界の隅々にまで届いています。当時、日本の片田舎の青森県弘前市の片山林檎にまで届いていたのです。

  GAP認証の要求が同時にスタートして、あれから20年が経過した今、日本では農産物の輸出促進が農業振興の最重要課題の一つとされ、そのためのGAP認証の取得が国の補助金付きで推奨されています。農産物輸出のためのGAP認証は途上国のやり方であり、EUなどの先進国のGAP認証は、このような輸入農産物から自国の農業守る砦になっているのです。これを理解しなければ、日本の農産物輸出は、簡単ではありません。

  2000年代の初めに欧州各地を訪ね歩き、GAP先進地のアルメリアにたどり着いて地域農業振興の絆を作った者にとっては、あれからの日本の20年は「失われた20年」になっているようです。そのこと以上に、欧州で生まれた「持続可能な農業としてのGAP」の概念が薄い日本の農業関係者は、今こそ「日本農業と日本のGAP」を見つめ直してみる必要があるのではないでしょうか。

農場保証制度を理解しなければGAP認証は普及しない

日本が遅れないために食い下がって調査

 2002年に届いた欧州の農産物流通が変わることを知らせる「イギリスからの一通の手紙」(連載1)の後、㈱片山林檎の片山さんと私は、2003年にEUスーパーマーケット協会の農場保証制度(EUREPGAP認証)を調査するために渡欧しました。その後も芋づる方式で次から次へと関係者を教わって訪ねまわり、2004年の訪問でたどり着いたアルメリアでは、多くの家族経営農家とそれを束ねる農協および役所の農業担当者に出会いました。訪問先の農家や農協の選果場でのスペイン語に対しては、農協や役所の担当者にスペイン語から英語にする通訳をお願いしましたが、英語の理解にも同じように苦労したため、私は、翌2005年からの訪問ではスペイン語から日本語への通訳を伴って、さらに深くGAPと農場保証制度の調査を実施してきました。

 零細農家を束ねることで世界のマーケットからの要求に応えていこうとするアルメリアの農協が、農産物販売の最重要課題としてEUREPGAPという「農場保証制度」に取り組み始めたことを知ったからです。グローバル化が進行している日本農業が世界に後れを取ってはいけないと、食い下がる思いでスペイン訪問を繰り返しました。

20年で300倍の差が付いた

 GLOBALGAP(2007年まではEUREPGAP)を代表とする第三者認証機関による農場保証(日本では「GAP認証」と言われている)への取組みについて、私は「連載6」で「失われた日本の20年」と表現しました。それは、日本の㈱片山林檎への認証取得要請が2002年であり、欧州で最初のGAP認証がスペインのアルメリアの2001年であったということで、日本とスペインは、スタートはほぼ同時だったにもかかわらず、圧倒的な差(300倍?)がついているからです。

 アルメリア農業を代表するエレヒド市役所の2017年の統計によると、市内全農家の78%がスペインの生態学的農業認証UNE155001を取得しており、最低限の認証であるGLOBALGAP認証は91%の農家が取得しています。農協は、販売先の要求に応じてその他の複数の「農場保証制度」を利用して農家の農産物を欧州のニーズに合う条件にコントロールしています。

 また、日本で最初にEUREPGAP認証の検査を担当し来日したニュージーランドの審査会社のブラッドレー氏によれば、スペインで第一号認証が出て、その後一斉に世界的に普及しましたが、ニュージーランドの農業生産者は2002年末までは全く関心がなく、認証に取り組む人も皆無だったようです。ところが2003年になると、リンゴやキウイの生産者の圧倒的多数の農家が、審査の申込みをしたとのことでした。これは、「イギリスからの一通の手紙」が届いた㈱片山林檎と同じ動きです。そして、あっという間に全ての生産者が認証を取得したということです。

 現在の日本全体のGLOBALGAP認証を取得した農家(農業経営体)は740戸(GAP普及推進機構,2020年)で、ASISGAP認証は2404戸(日本GAP協会,2020年)です。農林業センサスに基づく農産物販売農家の概数は102.8万経営体ですから、双方の農場保証制度を合わせても、農家の認証取得率は0.0030583(0.3%)、即ち日本とスペインは3対1000になります。

 これでは、日本では農場保証制度が普及しているとは言えません。2001年から2020年まで、食品安全のために、農業信頼のために、生産者のために、特に食品安全に対しては行政の対策を含めて様々な取組みが行われてきましたが、今や世界の当たり前となった農場保証について、日本は統計誤差(3%)にもならない数値にしかなりません。まさに「失われた日本の20年」です。

 日本の農場保証を普及させるために、日本政府は、2030年の農産物・食品の輸出額目標を「5兆円」と掲げ、オリンピック後は輸出のために「国際水準GAP(認証)」に取り組むと宣言しています。2021年が本格的なスタートになるようです。

文献でGAP認証は理解できない

 さて、GLOBALGAP認証への取組みは、日本も含めて「世界同時スタート」だった訳ですが、2003年にEUREPGAP農場保証(GAP認証)取得に失敗した㈱片山林檎は、2003年の欧州調査を経験して、2004年9月に再チャレンジし、日本初の認証取得の農場となりました。

 この時点で日本には農場保証のための審査会社はなく、その制度の存在すら知られていませんでした。指導者もいないため、自ら欧州を調査して、集めた文献等を参考にして英文の審査基準書とチェックリストを読み解き、独自の解釈で農場のリスク評価・リスク分析を行って、農場の様々な問題点を改善し、審査に必要な管理基準書を作成し、作業実績を綴って文書管理システムを作りあげました。

 ㈱片山林檎は、工業機械系の会社勤務の経験があり、ISO(国際標準化機構)に精通した社内関係者の貢献もあって、お陰で認証検査にパスしました。認証に合格した㈱片山林檎の農場管理体制は、EUREPGAP検査の要求事項に充分に応えられる枠組みとなり、論理的な文書体系にもなっていました。

 ただし、審査中に片山さんは検査官から何度も「ステューピッド(stupid)」と言われたそうです。農場検査の内容について次のように話していました。「印象に残ったのが、検査に合格する目的だけで行った無駄な作業に対する検査官からの批判です。例えば、環境問題に関しての農場管理計画の中で野生生物と自然を保護する方針を掲げていましたが、その対策として園地の入口に野鳥を殺さない鳥害回避策の実例としてプラスチック製の偽物のカラスをぶら下げておいたのですが、このような見せかけの審査対策はすぐに見抜かれ、「”No effect , Stupid”と手厳しかった」と言っていました。

 ステューピッド(stupid)を辞書で引いてみると、「愚かな、ばかな、にぶい、ばかげた・・・」などの日本語訳が出てきます。この言葉は「愚かな行動・発言・判断などと、相手に警告する場合などに用いられる」という説明もありました。検査において実際に指摘された内容を見聞きすると、「それはやりすぎでしょう!現実を考えてみたらどうなの?」というような場面であり、生産現場の本来の状態を考慮せず、ただチェックリストに合わせるような対応についての検査官の評価・判定だったということです。

 これらは18年も前の話ですから、その後、実際の農場検査を積み重ねることによって、今では大きく改善されてきていると思うのですが、検査で「ただチェックリストに合わせるだけ」という傾向は、検査をして貰う側にも、検査をする側にも、残念ながら現在でも見受けられます。

GAP普及ニュースNo.59~No.66 2019/7~2021/1