-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『日本におけるGLOBALGAPの役割と課題』

田上隆多 GLOBALGAP検査員、GH上級評価員
一般社団法人日本生産者GAP協会 理事・事務局長

  近年、農業と農産物流通業の中でGLOBALGAPへの関心が高まってきているように思います。また、GLOBALGAP自体も欧州を飛び出し、徐々に名実ともにGLOBALなものとなりつつあるようです。一方で、GLOBALGAPに対する誤解があり、GLOBALGAPの日本への適用における課題もあるように思います。そこで、本連載では、GLOBALGAPについての認識を新たにするとともに今後の課題を整理したいと思います。

GLOBALGAPの成立ち

GLOBALGAPの成立ち

EU

 ニュース連載記事(『日本と欧州のGAP比較とGAPの意味』)でも取り上げられているように、GLOBALGAP認証制度は、EUの共通農業政策(CAP)の下でEUREP(欧州小売業団体)の品質適合の認証制度として確立された農場保証制度です。 EUでは、1980年代になり、農業による環境汚染が問題となり、1980~1990年代に、環境保護を基軸としたEU共通農業政策が推進されてきました。「硝酸指令」や「作物保護指令」など様々な規制が敷かれ、また価格保証から環境保護に対する農場への直接支払いへと補助金政策の転換が行われたりしてきました。2003年のCAPの見直しでは、環境保護のほか、食品安全、アニマルウェルフェア、環境便益が規定され、2005年にはそれら全てが直接支払いの要件になりました。

  この2005年からの政策に呼応するように、EUREPGAPなどは、国が規定している農業者の義務を守らない人がいれば、「そういう生産者とは取引きしない」という方針を出したのです。

  1990年代、EU各国は、GAPの環境保全と同時に良質な農産物の生産に努めた場合に、それを評価する品質適合の認証制度を始めました。しかし、EU各国に店舗を展開する小売業者にとっては、国ごとに異なる基準では扱いにくいこと、また、買い手側にとってコストアップになることなどの理由から、スーパーマーケットなどの国際取引に都合の良い規格として、1996年に小売業界から青果物の生産ガイドラインが提案されました。翌1997年には、青果物の生産ガイドラインをGAP認証制度にしようと、GAP規準の統一のための組織EUREPが結成され、2001年にIFA(Integrated Farm Assurance:農場保証制度)としてEUREPGAPが誕生しました。

  EUREPGAPの狙いは、取引きする農業者を評価することです。EUREPGAPの基準は、EU加盟各国で既に定められていた「GAP規範」のいずれにも共通する部分を取り出して共通の適正農業規範とし、この規範からEUREPの組織に参加する小売店が許容できる「最低限の評価基準」です。

欧州における位置づけ

GAP

 2007年にEUREPGAPは、GLOBALGAPに名称変更し、欧州に農産物を販売しようとする世界中の関係者に認証取得を呼びかけています。

  EUの各小売店は、基本的に独自の品質基準による認証制度を運用しています。テスコのNatures Choice、ウェイトローズのLinking Environment and Farming(LEAF)などです。テスコでは、独自認証であるNatures Choiceの認証農場の農産物を最高級商品(エクストラ)として取り扱い、ヴァリュー商品といわれる一番ランクの低い商品でもGLOBALGAP認証農場のものしか取り扱わないと決めています。一方では、農産物の取引に認証を求めない小売店もあります。

  このように、GLOBALGAP認証は、欧州の全ての小売店において販売する際に必要というわけではありませんが、多くの小売店の間で、「小売業者が我慢できる最低限の規準」として採用されるようになりました。

輸出の取引条件とされるケース

 売り手側の対応は、販売先がどのような取引基準を求めるかによって変わります。上述のように、欧州に拠点を置く小売店向けに輸出しようとすれば、多くの場合は独自の基準やGLOBALGAPの取得を求められる可能性があります。

マーケット

  欧州以外への輸出の場合はどうでしょうか。中国や台湾などへ輸出する際、今のところGLOBALGAP認証の取得は必須条件になっていないようです。ただし、アジア各国には欧州系列の小売店が進出しており、今後、これらの小売店へ輸出する際はGLOBALGAPやAseanGAPや各国独自のGAP基準が求められる可能性があります。

  タイには欧米系の小売企業が多数参入していますが、テスコ系列のテスコ・ロータスでは、タイ国内の生産者にネイチャーズ・チョイスの検査を要求し、タイの生産者はそれに応えることでテスコ・ロータスに農産物を販売することが可能になっています。日本からタイのテスコ・ロータスに青果物を販売しようとすれば、最低でもGLOBALGAPの農場認証が必要になるということです。

取引先が"基準"を採用または推奨するケース

日本マーケット

 日本の小売店では、今のところ農産物の取引基準としてGLOBALGAP認証を正式に要求しているところはないようです。ただし、GLOBALGAP基準を採用した農場管理を推奨したり、同基準を用いた二者監査を行ったりしている小売店があるようです。ウォルマート系列である西友では、SQFやGLOBALGAPの基準を採用し、農場の取引相手による二者監査を行なっています(※1)。また、イオンはGLOBALGAPのコミティーメンバーおよびリテイラーメンバーとなっており、GLOBALGAPを支持しています。従って、直営農場のイオンアグリ創造株式会社ではGLOBALGAP認証を取得しています。(※2)

  また、小売店だけではなく、海外を拠点とする外食チェーンやサプライヤーが、契約する産地への要求として、GLOBALGAP基準を採用した自社基準を求めている場合があります。

自主的に取り組むケース

 上記のように、現状では日本の農場が取引条件としてGLOBALGAP認証を要求されることはありませんが、取引とは別に、自主的に取り組んでいるケースもあります。筆者は、GLOBALGAP認証の審査員として審査活動も行っておりますが、その多くの農場は、自主的にGLOBALGAP認証に取り組んでいるものです。

  連載2回目以降で少し内容に触れますが、GLOBALGAP規準は、環境汚染や食品汚染のリスクがないか、その"状態"を見るだけでなく、事前のリスク評価の手順、従業員の教育訓練、危機管理体制の整備などの農場管理体制について要求しています。自主的に取り組む農場には、経営管理システムの手本としてGLOBALGAP基準を取り入れ、自農場の管理体制を強化するという目的で認証審査を受けているところも多くあります。

日本におけるGLOBALGAPの位置づけ

 日本農産物の輸出先の多くはアジア諸国であり、欧州への輸出はほとんどありません(※3)。そのため、輸出のためにGLOBALGAP認証の取得を求められて対応している日本の農場は、それほど多くはありません。GALOBALGAP認証を取得している農場数は、2011年12月現在で20農場です(※4)。GLOBALGAP認証の品目別の取得状況を認証登録面積順で見ると、上位10品目はほとんどが青果物であり(下図の棒グラフ)、穀物は1つもランクインしていません。

  日本農業を代表する水稲については、GLOBALGAP認証を取得している農場は、現時点ではありません。

  現状では、日本におけるGLOBALGAP認証の必要性は高くないと言えます。しかし、今後の日本の農産物輸出の動向や国内小売店の方針によっては認証取得や基準の採用が必要となる可能性もあります。

GAPGAP

※1 西友HP
http://www.seiyu.co.jp/company/sustainability/activity/cusctomersupplier.php

※2 イオンアグリ
http://aeonagricreate.co.jp/activity/safety.html

※3 農水省HP
http://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h18_h/trend/1/t1_2_4_04.html

※4 GLOBALGAP HP
http://www.globalgap.org/export/sites/default/.content/.galleries/documents/120522_Annual_Report_2011_web_en.pdf

GLOBALGAP認証は難しくない

レベルの高いGAPという誤解

 前回の第1回では、GLOBALGAPについて、その成立ち、欧州における位置付け、日本における位置付けの3つの視点で分析し、整理しました。今回は、GLOBALGAPはレベルが高いという大きな誤解があることについて、「欧州農業と日本農業との実情の違い」「認証制度の信頼性保証のための要求事項」という2つの視点で整理してみます。

 日本各地の産地でGAPについての研修を行う際に、「GLOBALGAPはレベルが高いから難しい」とか「高度なGAPのGLOBALGAPに取り組む」などと言われることがあります。GLOBALGAP認証を取得している農場が行う農業はレベルが高く、取得していない農場は果たしてレベルが低いのでしょうか。もしそうだとすると、GLOBALGAP認証の取得数が約20件程度(2011年12月時点)と少ない日本農業は、「レベルが高くない」ということになるのでしょうか。

 そんなことはないはずです。前号でも述べたように、GLOBALGAP認証の基準は、EU加盟各国で既に公的に定められていた「GAP規範」のうち共通する部分を取り出した、EUREP(Euro-Retailer Produce Working Group;欧州小売業者農産物作業グループ)加盟小売店が許容できる「最低限の基準」であり、高度な農場管理レベルを求めたものではありません。欧州の大型スーパーでは、独自のGAP規準を持っているのが一般的で、国内の生産者はその独自認証制度でスーパーと栽培契約します。欧州への輸入農産物に対してはGLOBALGAPを農場評価の最低基準としていますが、日本から欧州への農産物輸出は少なく、日本の農家は農場認証を取得する必要性がないのが現状です。

 それにしても日本では、なぜGLOBALGAPは「レベルが高い」とか「難しい」と言われているのでしょうか。それは、GLOBALGAPの「認証制度や評価規準が、欧州の気候や法制度、商習慣などに基づいている」からです。また、認証制度をグローバルに展開させていくにつれて、「認証制度の信頼性を保証していくために要求事項が細かに設定されている」からです。ここからは、この2つの視点について具体的にGLOBALGAP基準を見ながら解説していきます。

 まず、以下の文中で、項目の記号としてAF、CB、FVとがあります。GLOBALGAP基準は、農業形態に応じて基準が3つに分類されており、それぞれ、AF:All Farm Base(全農場共通)、CB:Crops Base(作物共通)、FV:Fruit and Vegetables(青果物)の基準を指しています。また、QMは、Quality Management Systemでグループ認証の際に、組織の質を問うグループ管理の評価基準です。

EUと日本農業の実情との違い

 まず、農薬の取扱いのうち、項目CB7.1の管理点として「教育訓練やアドバイスを通して、IPMシステムの実施に対する支援を得ていますか」とあります。その適合基準として、「外部のアドバイザーが支援を行っている場合、力量を持った組織(例えば公的な支援組織)に雇用されたアドバイザー以外は、教育訓練と技術面の力量を示す正式な資格要件を示せること、生産者自身が農場の技術責任者である場合には、技術的な知識(例えばIPMに関する技術文献へのアクセス、特定の教育訓練コースへの出席など)やツールの使用(ソフトウェア、農場での病害虫検出法など)によって裏打ちされた経験を持つこと」と書かれています。これについては、日本では、普及指導員やJA営農指導員を通して総合的にIPMシステムが構築されたり、指導されたりしています。または、普及指導員や営農指導員、その他の農業関連技術者の経歴を持つ方が営農されている場合も多く見られます。

 欧州では、日本のようなサポートシステムがない場合には、農場や生産グループが直接、技術者を雇用したり外部のアドバイザーと契約したりすることがあります。その場合は、技術者やアドバイザーに対して評価項目で要求されている力量や資格を証明する書類が要求されることになります。しかし日本の場合は、個別の雇用や契約を介さない公的サポートシステムのため、力量や資格を証明する書類が原則としてありません。認証を受けようとする場合に、この書類の手続きが煩雑に感じる場合が多いように思います。

 農薬の保管場所に関してGLOBALGAPでは、項目CB8.7.1からCB8.7.9までに記載されています。内容を要約すると、「堅牢で安全な場所で、施錠されている、高温にならず耐火性がある、適度な明るさと換気がある、棚は非吸収性の素材でできている」となっており、特別に難しい条件ではありません。項目CB8.7.5の適合基準には、「保管施設は耐火性の材質(最低要求基準は、RF30;30分間は炎に耐えられる)で建造されている」とありますが、耐火性の基準については国によって異なりますので、この記載は国際的に共通の記述とは言えません。ただし、GLOBALGAPの認証を取得しようとする場合は、日本国内の法令や基準とは別に、GLOBALGAPが定めた基準を採用しなければならなりません。

 農薬の取扱いについては、項目CB8.7.13の管理点に「保管施設の鍵の扱いと施設への出入りを、植物保護製品取扱いの正式訓練を受けた人にのみ限定していますか」とあります。日本では、植物保護製品、いわゆる農薬の取扱いに関する正式な訓練というものは残念ながらありません。農薬管理指導士などの講習や資格がありますが、これは主に農薬販売者や指導的立場の人を対象としていることが多いようです。この点については、日本でも農薬使用者へ向けた正式な訓練や講習を整備する必要性もありますが、現状としては日本の実情との違いとして挙げられます。

 肥料では、CB5.5.1の管理点に「農場では、人糞尿を含む生活雑排水汚泥の使用を禁止していますか」とありますが、日本では肥料取締法に基づいて汚泥肥料の肥料登録が認められています。しかし、GLOBALGAP認証を取得する場合は、肥料登録され正規に流通している汚泥肥料であっても使用できません。そもそも買手の要求事項だからです。

 CB6.2.1の管理点では、「生産者は、水資源保護の観点から、採用している灌漑方法の正当な根拠を示すことができる」とあり、適合基準では「生産者は、最も効率的な灌漑システムを使用していること‐技術的・経済的に無理のない方法であり、かつ、水の使用は、国や自治体によるあらゆる規制に適合していること」とされています。例えば、日本の水田の場合、土地管理組合等が管理する水田用水を利用したり、山間地では溜め池水や伏流水をそのまま利用したりする場合、水利に関して農場が個別に許可を受けたり、規制を受けたりしているわけではありません。

 以上のように、GLOBALGAP基準の要求事項のレベルが高いという訳ではなく、日本における農業を取り巻く状況、特に各種制度に関する違いがあるために、欧州の買手側の要求基準であるGLOBALGAP基準を満たすための手続きが煩雑になるということです。

認証の信頼性保証のための要求事項

 GLOBALGAP認証の70%以上は、グループ認証です(2011年12月時点)。グループ認証で使用する審査基準のほとんどは、農業に関する内容ではなく、認証システムの信頼性を保証するための組織管理に関する要求項目であり、この手続きが生産現場としては煩雑であるということから「GLOBALGAPは難しい」と感じられているようです。

 GLOBALGAP認証で最も手間がかかるのが、グループ認証の際にグループ内部で内部検査/監査を行う検査員/監査員の要件です(QM1.2.2に規定)。内部検査/監査に関わる農業者の学歴と経歴で、一般衛生管理やHACCPに関する受講歴が必要になります。農産物取扱いが含まれますから、一般衛生管理やHACCPの原則についての理解は必要と思いますが、環境保全や労働安全については個別の要件はなく、食品衛生に関してのみ個別の要件があるのは良いバランスとは言い難いと思います。この内部検査・監査の要員に対する要件を見ると、農場認証というよりは、食品認証に近いような印象を受けます。

 また、トレーサビリティの項目(QM1.8に規定)では、「生産物はGLOBALGAP基準の要求事項を満たしており、そのもとで市場流通しており、追跡可能であり、GLOBALGAP以外のものに承認されている生産物との混合を防止できるよう取り扱われていますか」といった項目や、「いかなるラベルの貼り間違え、またはGLOBALGAP認証の生産物と非認証生産物の混合のリスクをなくすための適切で機能するシステムおよび手順はありますか」といった項目にあるように、ここでも認証システムの信頼性保証のための要求項目が目立ちます。

 ただし、日本の農産物流通において、このような商品識別は不完全であり、トレーサビリティが確立されていないのも事実です。認証システムの信頼保証とは別に、産地集荷の際の共同選果や分荷の際、生産農場を識別できなくなることは、産地のリスク分散として課題が残るところであります。

 個別認証かグループ認証かに関わらず、取引の書類上における認証状況の表示(AF10.1)や認証番号の取扱い(AF10.2)についての管理は、認証の信頼性保証そのものと言えます。

 GLOBALGAP ver4.0(2011.4)では、並行生産と並行所有という概念が設けられました。これは、認証の範囲を定義づけるもので、同一農場で生産する同一品目の中で、認証対象とする圃場と対象外圃場、または認証対象とする栽培期間と対象外期間があった場合、そこから生産される農産物を物理的におよび書類上での分別を徹底しなければならないというものです。この並行生産や並行所有があるだけで、管理書類や手間が何倍にも煩雑になることが予想されます。実際に筆者がGLOBALGAP認証審査を行った産地で比較検討したところ、グループによる荷受け作業の際の検品処理がおよそ2倍になることが分かりました。

 ここまで見てきたように、農業管理そのものについては、なんら高度ではないが、認証制度の性質上に煩雑な部分があり、この煩雑な部分を以てGLOBALGAPは高度である、と誤解されてきたと思われます。このようなGLOBALGAPの特色を理解した上で、まず、日本の適正な農業はどうあるべきかを理解し実践することが最も大切です。GLOBALGAPのような認証制度は、買手側が取引するかどうかを決めるための農産物表示であり、適正農業そのものを規定するものではないということを理解し、利用する際は、そのメリット・デメリットをよく吟味した上で判断することが大切だと言えます。

GLOBALGAP基準に学ぶもの

 この連載の第1回では、GLOBALGAPの生い立ちと位置付けについてご紹介し、第2回では、日欧の農業実態の違いや認証制度の特質を踏まえて「GLOBALGAPは難しくない」ということを述べてきました。第3回では、GLOBALGAP認証の基準に組み込まれた要素で、日本の農場も参考にすべき3つの特徴、①リスク評価、②管理計画と管理手順、③教育訓練・資格力量について触れたいと思います。

リスク評価

 GLOBALGAPの基準項目には、「リスク評価をしているか」という問いが多く含まれています。以下に、リスク評価が問われる項目と評価対象を列挙します。

項目番号リスク評価の内容
AF. 1.2.1生産する土地のリスク評価
AF. 3.1.1健康と安全に関するリスク評価
AF. 3.2.1衛生に関するリスク評価
CB.5.5.2有機肥料の供給源やその性質、使用目的に伴うリスク評価
CB. 6.3.2灌漑用水の汚染に関するリスク評価
CB. 8.6.3残留農薬基準値に適合するかどうかについて判断するためのリスク評価
FV. 3.1.1植物保護剤(農薬)希釈に使用する水の水質に関するリスク評価
FV. 4.1.1収穫と農場を出るまでの輸送過程についての衛生リスク評価
FV 5.1.1収穫した作物を扱う際の衛生上のリスク評価

 筆者の農場訪問の経験から、多くの農業者は経験則により大凡の「リスク認識」があり、大きな事故を起こすことなく農場経営を行っています。しかし、意識的にリスクを把握しようとする農場はほとんどありませんでした。 当協会が行うセミナーのGAP概論でも説明していますが、リスクとは、【危害要因により発生した影響の大きさ】と【発生の確率】の積で表されるものであり、「危害要因」を特定して、そのメカニズムや発生確率を知識や経験により的確にリスクを把握できることが「リスク認識」であり、このリスク認識によって事前に農場にある危害要因を取り除いたり、危害の発生を回避したりできるようにすることがリスク管理になります。

日本マーケット

 経験則による場合、経験の差によりリスク管理の質に差がでることになります。2011年3月11日の東日本大震災による東京電力の原発事故や、2011年5月から7月にかけてドイツ北部で発生し、旅行者を含む4000人以上の人が感染し、50人が亡くなった腸管出血性大腸菌 O-104による食中毒事故などは、「今まで想定できなかった」のではなく、「今まで想定してこなかった」リスクかもしれません。「事故を起こしたからこそ、リスク認識が高まった」という話は、よく耳にすることです。農業者に限らず、私達全ての事業者は、経験則だけでなく、過去の事例や類似の事例、様々な知識を基に、これから起こりうるリスクを予測しなければなりません。

  GLOBALGAPでは、基準項目で要求しているリスク評価について、別冊でガイドを示しています。例えば、AF.1.2.1の農業生産に用いる土地のリスク評価について、『その場所が生産に適しているかどうかを判断するためにリスク評価を行うことが必要です。~省略~リスク評価では、圃場履歴や隣接する畜産・農産・環境への影響について考慮しなければなりません。基本的な情報については、AF別紙1(リスク評価)を、何を書くべきかについての具体的な情報については、AF別紙2を参照』とあります。別紙1(リスク評価)では、リスク評価の5つのステップについて、平易な表現と事例を用いて紹介しています。

ステップ1危害を特定する
ステップ2危害を受ける人/物は何か、どのような危害を受けるのかを見極める
ステップ3リスクを評価し、対応策を決める
ステップ4作業プラン/所見を記録し、それらを実行する
ステップ5リスク評価結果を見直し、必要に応じて修正する

 例えば、ステップ1の危害を特定することについては、「作業現場を歩いて回り、実際に有害となり得るものは何かを探す(例えば、状況、機器、生物、作業慣行など)」と記されています。決して、特殊で難しい技術や手法ではありませんが、このようなことを意識してリスクを探すために行うことであり、可能な限り漏れなく危害を把握することに繋がります。

  どんなに経験豊富な人であっても、意識的にこのようなことを行わなければ、実際にあるリスクを見落としてしまうでしょう。GLOBALGAPでは、このような平易であるが重要な管理について基準に盛り込み、容易に行えるようにガイドを提示しています。

  今まで、日本の農業者は、意識的にリスクを評価するという習慣があまりありませんでした。また、最近ではGAP(農業生産工程管理手法)の講習会と称して、ボーンフィッシュ図(特性要因図)を使った一般的な分析手法を教える講習を開催しても、GLOBALGAPのように平易で実際的なリスク評価について学べる機会があまり多くはありませんでした。日本もこれからは、農業者が一般的にリスクを評価できるようにならなくてはなりません。

管理計画と管理手順

 日本の農場では、管理計画と管理手順が充実しているところはまだ多くはありません。これは、農場の規模の問題ではありません。日本語で「計画」というと、「予定」というニュアンスで捉えられることが多いようですが、この計画とは「行動指針」であり、判断の基準になるものです。

  AF5.2.1は廃棄物の管理計画ですが、これは素材ごとの分別と処分やリサイクルの方法が載ったパンフレットがあれば管理計画と言えるでしょう。実際には、このような管理計画にあたる書類が存在していても、間違って捨ててしまっていたり、目を通していなかったりする場合が多く見受けられます。行政や所属する生産組織などが発行する書類には、管理計画にあたるものが数多くあるはずです。

項目番号管理計画の内容
AF.1.2.2リスク評価で特定されたリスクを最低限に抑えるための方策を定めた管理計画
AF. 5.2.1ゴミの減量、汚染、廃棄物のリサイクルについて分かりやすく書いた最新の計画文書
AF. 6.1.1農場内での生物の生息地を広げ、生物的多様性を維持するための行動計画文書

 手順の内容には、事故や苦情などの有事の際の行動手順が多く含まれます。日本の農業者では、これらの手順はほとんど充実されていません。これらも農場の規模の問題ではありません。有事のことが明確に想定されていないということは、リスク評価が充分に行われていないということです。有事の際の対応は、リスク評価を行った結果、最悪の事態や緊急事態を想定した行動を明記したものですから、管理計画を作成する過程で様々なリスクを洗い出し、有効な対策を立てることができます。有事の対応を検討することで、結果的に通常のリスク管理の向上が期待できるのです。

項目番号手順の内容
AF. 3.1.2リスク評価で特定された事項に言及した健康、安全のための手順(事故と緊急時の手順、不測事態対応計画、作業現場で既に分かっているリスクへの対処等)
AF. 3.2.4衛生手順
AF. 3.4.1事故と緊急時の手順
AF. 7.1苦情を取扱う手順
AF. 8.1リコール手順
FV. 4.1.2収穫時の衛生管理手順
FV. 4.1.11硬質プラスチック製品の取扱い手順
FV. 5.1.2選果作業時の衛生管理手順

教育訓練・資格力量

 リスク評価、管理計画と管理手順の他に、特徴的な点として教育訓練と資格・力量についての要求が多いことが挙げられます。

項目番号教育訓練と資格・力量の内容
AF. 3.1.3健康と安全に関する教育訓練
AF. 3.2.3基本的な衛生についての教育訓練
AF. 3.3.1教育訓練活動と出席者についての記録
AF. 3.3.2動物用医薬品や作物保護製品等の有害物質を扱う作業者、危険な機器や操作の複雑な機器を扱う作業者が、その力量を示す証明書や資格を持っている。
CB.5.2.1力量があり資格を持った者による施肥に関するアドバイス
CB.7.1教育訓練や力量をもったアドバイザーを通したIPMシステムの実施
CB.8.2.1力量のある者による植物保護製品の選択
CB. 8.7.13鍵の扱いと保管施設への出入りを、植物保護製品の取扱いについて正式に訓練を受けた労働者にのみ限定
FV. 4.1.4収穫時の衛生管理手順についての具体的な教育訓練
FV.5.2.1選果作業時の衛生リスクに関する評価内容についての具体的な教育訓練

 教育訓練と資格・力量についての言及が多いことについて、GLOBALGAP認証が普及している欧米では日本と農場の経営形態が異なり、雇用者数が多かったり、使用言語が異なる作業者がいたりするために、このような教育訓練が重要視されています。日本は家族経営が中心であり、意思の疎通が図られ、技術や認識の伝承が行われていると解説される方もいますが、だからといって日本での教育訓練の重要性が低いとは言えないと思います。

 本ニュースの読者の中には、都道府県の普及指導員や農協の営農指導員の方々が多いと思います。知識不足や認識不足などにより、農薬の不適正使用や農薬事故を起こしたり、衛生に関する認識が低く、異物の混入や農産物への汚染を起こしたりする"ミス"が中々なくならないとう産地や部会が少なくないと思います。筆者が農場訪問をした経験から、多くの農業者は、衛生に関する認識や知識はそれほど高くはありません。また、農薬や肥料の製品についての知識は豊富でも、化学的性質やその危険性、環境への影響などについての認識は人によりバラつきが大きいように思います。一方、学校や独学で勉強された方は、専門家に並ぶ程の認識と知識を持っている方もいます。

  日本では、農業高校や農業大学校などのような農業に関する知識や技術を学ぶ機会がありますが、就農後に様々な専門知識を継続して身につけるための環境がそれほど整っていないように思います。他産業であれば、会社内で研修会があったり、外部研修の利用制度が整っていたり、土木や建築などの資格制度が充実している場合がほとんどです。農業では、土壌保全、病害虫管理、肥培管理、衛生管理、労務管理など、必要な教育訓練の内容が多いにも関わらず、それらを身につける機会は多くはありません。今後は、日本でも教育・研修の機会を整備することがGAPへの近道であることは間違いありません。

  今回取り上げたGLOBALGAPの3つの特徴である①「リスク評価」、②「管理計画と管理手順」、③「教育訓練と資格・力量」は、いずれも適正な農場管理にとって非常に重要なものです。しかし、残念ながら日本の農場では未だ充分に行われていなかったり、それ以前に、概念や取扱いが正しく理解されていなかったりする現状が見受けられます。今後とも、筆者らも、この3点の普及に力を入れていきたいと思います。

日本での適応の課題

ベンチマーキングについて

 世界各国でGAPに関連する多くの認証制度が運用されています。その中でGLOBALG.A.P.認証制度では、他の認証制度のスキームや基準の要求事項がGLOBALG.A.P.のスキームや基準の要求事項に調和させる手続きを設けています。この手続きを「ベンチマーキング」と呼んでいます。一般に「同等性認証手続き」と言われており、同等性が成立すれば、独自の認証制度の認証取得に加えて、GLOBALG.A.P.認証も取得することができます。

 GLOBALG.A.P.認証制度の同等性(Equivalent)には、完全な「同等性制度」とチェックリストだけの「承認改訂チェックリスト」の2種類があります。

  Equivalent Scheme[同等性制度]は、独自のGAP認証制度の基準やスキームがGLOBALG.A.P.認証制度に完全に準拠していると認められたものです。GLOBALG.A.P.認証制度の基準文書は、General Regulations (GR;一般規則)と Control Points and Compliance Criteria(CPCCs;管理点と遵守基準)で構成されていますが、「GRとCPCCsの両方が同等性あり」と認められた完全な同等性認証です。

  これに対して、Approved Modified Checklist (AMC)[承認改訂チェックリスト]という部分認証のスキームがあります。これは、独自のGAP要求事項(チェックリスト)がGLOBALG.A.P.のCPCCsに準拠していると認定される制度です。AMCの場合は、独自のGAP認証規則がGLOBALG.A.P.と同等とは認められていませんから、審査はGLOBALG.A.P.の認証規則に従わなければなりません。言い換えれば、「チェックリストだけは独自のGAP要求事項を使用できるが、GLOBALG.A.P.の一般規則で認証審査を行う」という不完全な同等性制度です。

  日本のGAP認証制度としては、JGAP認証制度が2007年にGLOBALG.A.P.のAMC[承認改訂チェックリスト]認証を取得しました。その後のJGAP事務局はGLOBALG.A.P.の規準・スキームの変更に伴う同等性認証の手続きをしておらず、AMCも失効していましたが、2011年10月17日に、JGAP青果物2010版でGLOBALG.A.P.F&Vver.4のAMC「承認改訂チェックリスト」の申請手続きを行いました。これに関する最新の情報【21ページ,GLOBAL G.A.P. 最新情報】によりますと、同等性認証審査そのものが中止され、「GLOBALG.A.P.との同等性は認めない」という最終決定になったとのことです。

  GLOBALG.A.P.のベンチマーキングには、「同等性」の他に「類似性」という制度もあります。

  Resembling Scheme[類似スキーム]は、独自のGAP要求事項およびスキーム管理制度がGLOBALG.A.P.のCPCCsおよびGRに類似していると認定されたスキームです。

  Resembling Approved Modified Checklists (AMC)[類似承認改訂チェックリスト]は、独自のGAP要求事項がGLOBALG.A.P.のCPCCsに類似していると認定されたチェックリストです。

  類似性ベンチマーキングは、新しく設置された分類であり、現在認定されているスキームはありません。 現在ベンチマーキングが認定されている認証スキームを下表に示します(2013年6月6日現在)。

スキーム名国・地域ベンチマーキング種類
AMAG.A.P.オーストリア同等スキーム
Banagapフランス(Martinique)承認改訂チェックリスト
Certified Natural
Meat Program
ウルグアイ承認改訂チェックリスト
ChileGAPチリ承認改訂チェックリスト
ChinaGAP中国承認改訂チェックリスト
Florverde
Sustainable Flowers
コロンビア承認改訂チェックリスト
IKB Varkenオランダ同等スキーム
KenyaGAPケニヤ承認改訂チェックリスト
KFC Silver Standardケニヤ同等スキーム
MPS-GAPオランダ同等スキーム
MexicoG.A.Pメキシコ承認改訂チェックリスト
Naturaneスペイン承認改訂チェックリスト
New Zealand GAPニュージーランド同等スキーム
QS-GAPドイツ同等スキーム
RT Fresh Produceイギリス同等スキーム
SwissGAP Hotikulturスイス同等スキーム
ThaiGAPタイ承認改訂チェックリスト
UNE155000スペイン同等スキーム

NTWGsの活動

 GLOBALG.A.P.は、GLOBALG.A.P.の基準を特定の地域で採用するために、幾つかの国や地域でThe GLOBALG.A.P. National Technical Working Groups (NTWGs)というワーキンググループを設置しています。NTWGsは、特定の地域への適用と実施についての課題を明らかにし、National Interpretation Guidelines(国ごとの解釈ガイドライン)を開発しています。このガイドラインは、国レベルにおいて、認証機関と生産者がGLOBALG.A.P.の管理点と遵守基準を実施するための最善の方法の手引きとなるものです。

 NTWGsはまた、GLOBALG.A.P.に適した貴重な情報源という位置づけもされています。専門家や利害関係者の全国ネットワークにアクセスすることによって、GLOBALG.A.P.は世界中に存在する法的・構造的に異なる幅広い知識を得ることができます。またNTWGsは、GLOBALG.A.P.の事務局や技術委員会と緊密に連携しており、事務局と技術委員会は、ワーキンググループによって開発されたガイドラインを承認しています。

NTWGsの主な活動
(1)GLOBALG.A.P.公式文書を当該国の言語に翻訳・校正し、更新する。
(2)当該国語と英語の両方で解釈ガイドラインを開発する。
(3)プロトコルの改訂提案をすることによってGLOBALG.A.P.委員会を支援する。GLOBAL G.A.P.文書に関する全ての改訂提案は、事務局に提出され、ステークホルダー委員会に提示される。
(4)システムの整合性に関連する問題について、定期的にGLOBALG.A.P.事務局に通知する。
(5)事務局の要請に応じて、自国内で運用されるスキームのベンチマーク/認定のピアレビュープロセスに参加する。

 日本にはNTWG Japanが設置されており、青果物(Fruit and Vegetables)、穀物(Combinable Crops)、茶(Tea)の3分野を対象として活動しています。ただし、現時点(2013年7月1日現在)で日本語化が完了し、GLOBALG.A.P.のホームページから入手できるのは青果物のみです。穀物と茶の基準の日本語化がNTWG Japanの当面の課題であると言えます。また、花卉(Flowers and Ornamentals)や畜産は、未だ活動対象にもなっていません。なぜこれらが対象となっていないのか、日本でのGLOBALG.A.P.の適用の範囲や、そもそも適用の意義に立ち返って検討する必要があるのではないでしょうか。

GLOBALG.A.P.基準の解釈

 連載第1回の「日本農業の実情との違い」の段落でも触れましたが、GLOBALG.A.P.基準(CPCCs)の記載事項をそのまま日本の現状に当てはめることが出来るとは限りません。そこで、上述のように、NTWGsが中心となり、基準の解釈に努めています。この成果は、マイナーチェンジなどにより正式に発効される基準に反映されます。2013年3月にも、Version4.0はEdition 4.0-2_March2013としてマイナーチェンジが図られました。このマイナーチェンジでは、基準項目の増減はなく、基準の解釈を明確にしたものでした。

 また、CPCCs文書には別紙としてGLOBALG.A.P.ガイドラインがあります。このガイドラインには、各項目の解釈に関する解説や、解釈に役立つ参考文献などが書かれています。例えば、別紙AF1ではリスク評価の意味や考え方、評価の範囲や手順について書かれており、GLOBALG.A.P.基準を適用する際に役立ちます。ただし、ガイドラインにより全ての解釈がカバーされているわけではないので、NTWGsは常に審査現場からの声に耳を傾け続ける必要があります。

 筆者がGLOBALG.A.P.検査員として行った農場検査で関連した最近の事例を紹介します。

 CB9.1の管理点には「肥料散布機、防除用機械、灌漑システム、秤や温度管理用機器といった、誤差を生じやすい全ての機器に対し、定期的な検証を行い、当てはまる場合には最低年1回の較正を実施していますか。」とありますが、「当てはまる場合」の解釈が明確になっておらず、担当した審査員の判断によります。また、適合基準が参照しているガイドライン別紙CB7には、"漏れや動作の状態"などについての記載はありますが、"液量の吐出量を測定する"など、所謂"較正"については記載がありません。以上のような点についても、審査機関やNTWGsを通して解釈が明確になっていくものと期待します。

農場認証の社会的コストについて

 連載の最後に、農場認証の社会的コストについて考えたいと思います。GLOBALG.A.P.等の農場認証は第三者監査制度であり、一般的には認証審査を受ける農場が費用を負担します。しかし、筆者らが携わった認証審査の取組みでは、第二者である取引先が費用を負担したり補助したりするケースが目立ちます。なぜでしょうか。

 もともとGLOBALG.A.P.の認証制度は、欧州の各小売店や卸等の買い手が取引産地に対して行っていた第二者監査を一本化して、第三者監査制度にしたものです。第二者監査の多くは、買い手が費用を負担していました。これは、自社が取り扱う仕入品への信頼性の担保を主目的としているからです。ところが、各買い手とは独立した第三者監査制度となったことで、審査を受ける農場が直接的に費用を負担することになったという経緯があります。

  筆者らが携わった取組みでは、買手側が産地への信頼性の担保を目的に産地に対して農場認証の取組みを要望しました。産地側は農場認証の取組みに協力することを同意し、審査に係る対応として労力を費やし、買手側は費用の負担や補助をした、という関係性があります。

  考えるべきは、農場認証のコストの社会的意味です。なぜ農場が認証を取得する必要があるのかということです。前述のように、農場認証制度の始まりは、買い手が産地への信頼性を担保したいということです。これは、買い手が消費者に対して信頼性を保障するために必要なことです。農場もまた、買い手に信頼性を保障する必要があります。つまり、生産現場から消費者までのフードチェーンにおける信頼性の連鎖のためと言えます。このように考えると、チェーン全体でコストを分担するということが妥当なのではないでしょうか。そうだとすれば、現在の認証制度がそのようになっているかということに目を向ける必要があります。そうなっていないのであれば、信頼性を保障するための認証コストの再配分が必要です。

最後に

 4回に亘って、《日本におけるGLOBALG.A.P.の役割と課題》と題して、GLOBALG.A.P.の位置づけや技術的な課題、社会的な意義を見てきました。別の連載《日本と欧州のGAP比較とGAPの意味:田上隆一》の中でも述べられている通り、欧州では各国やEUの政府が政策によりGAP推進を図ってきたのに合わせて、流通業界が農場認証制度を普及することにより農産物流通の活性化を図ってきました。とすれば、日本においても政府のGAP政策が重要になります。今後、GLOBALG.A.P.が日本の農業と農産物流通に良い影響を及ぼすことを期待したいと思います。

農産物の自由貿易とGAP認証の国際標準

貿易協定とGAP認証の現実

 WTO(世界貿易機関)の加盟国政府は、自国のSPS措置(衛生植物検疫措置の適用に関する措置)の導入やそれを実施するに当たって、透明性を確保することや、国際基準《Codex、OIEおよびIPPC》と調和させるなどの義務が課せられています。しかし、「商業GAP認証」に関しては、政府がSPS協定上の義務を負うのかということについて、先進国と開発途上国の間で意見が大きく分かれ、現実にはSPS協定に関わらず、GLOBALG.A.P.や SQF1000などの農場認証制度などは、デファクト・スタンダード(事実上の国際標準)としてEUやアメリカへの農産物貿易に利用されています。

  これまで日本は、農産物の輸出が圧倒的に少なかったために、「商業GAP認証」の洗礼を受けておらず、EUやアメリカに農産物を輸出している国々の農業に比べて、環境保全や農産物安全に関する農場管理の実施水準に大きく遅れを取っています。そもそも環境保全や農産物安全は、農業政策の重要課題でもありますが、日本ではEUやアメリカに比較して法規制などの取組みが少なく、国レベルでは「GAP規範」も策定されていません。(一般社団法人日本生産者GAP協会の「日本GAP規範Ver.1.0」を参考に、2013年8月時点で、既に6県で県版の「GAP規範」が作られています。)

  様々な形で進行している貿易協定で、農産物の関税撤廃の合意などが切迫している時期にあって、事実上の衛生植物検疫措置のような存在となっている「商業GAP認証」が、日本農業の現実の課題になってくることは確実と思われます。しかし、GAPに関する日本国内の標準化への取組みは非常に遅れています。

JGAP認証は国際標準になれなかった

 日本では「高度なGAP規準である」とされている「JGAP認証規準」ですが、これが事実上の国際標準と言われているGLOBALG.A.P.から同等性認証を拒否されました。このことはGLOBALG.A.P.協議会のホームページに掲載されています。(*1)

  GLOBALG.A.P.の本部から2013 年6月7日付で「日本のGLOBALG.A.P.関係者の皆様へ」というメッセージが届いています。その内容を抜粋すると、「ベンチマーキング(同等性確認作業)を中止することになり、JGAP+G チェックリストに対してGLOBALG.A.P.との同等性を認めないという最終決定に至りました。」したがって「GLOBALG.A.P.認証を求める生産者は、GLOBALG.A.P.の管理点と適合基準(GLOBALG.A.P.チェックリスト)に照らして認証の審査を受けなければならず、その審査はGLOBALG.A.P.の一般規則に準拠していなければなりません。」そして認証を求める生産者は、「GLOBALG.A.P.認証機関に連絡する必要があります。」ということです。

JGAP認証は農業者が必要な情報を公開していない

 TPP(環太平洋経済連携協定)やRCEP(東アジア地域包括的経済連携)、そしてEPA(経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)の交渉とそれらの締結が目白押しになっています。交渉の結果がどのような結論になっても、日本農業の持続的発展を目指す目標と、その実現のための対策を打たなければなりません。そのためには、交渉過程で国民の意思を反映させる政治活動と同時に、事実上の世界標準と言われる「商業GAP基準への適応を準備する」現実的対応も必要になります。

  一般社団法人日本生産者GAP協会(FGAP協会)では、「日本GAP規範に基づく農場評価制度」を広く都道府県のGAP教育に浸透させて、国際レベルの評価に対応できる力量を身に付けたGAP指導員の「農場評価員」を育成しています。また、それらの評価員による農業産地のGAP指導を行い、希望する産地に対しては、評価員を通してGLOBALG.A.P.認証の指導も行い、多くの農場を認証の取得に導いています。

  これらの過程で筆者が驚いたことは、都道府県の行政や普及指導員および各地のGAP推進者、それにGLOBALG.A.P.認証の取得を考えている農業者らが、「JGAP認証を取得すればGLOBALG.A.P.認証も取得できる」と誤解していたことです。GLOBALG.A.P.本部からの「日本のGLOBALG.A.P.関係者の皆様へ」というメッセージは、本来、同等性認証を申請していた当事者が「公表しなければならない重大な事実」です。ところが、JGAP認証制度を運営する協会のホームページには、2013年8月23日時点で、それに関する情報が全く見当たりません。

  GLOBALG.A.P.との同等性認証に関する日本GAP 協会の情報としては、「日本農産物の輸出を促進するために-JGAPがGLOBALG.A.P.の同等性認証の手続きを再スタート」(*2)、「日本農産物の輸出を促進するために-JGAPとGLOBALG.A.P.の同等性認証順調に進む」(*3)、「日本農産物の輸出を促進するために-JGAP+G審査認証機関 募集のための説明会の開催」(*4)、などのプレスリリース情報が掲載されていました。

  これらに関しては、GLOBALGAP本部からの「同等性は認めないと最終決定された」時点で、日本GAP 協会のプレスリリース等で「同等性確認作業を中止することになり、JGAP+G チェックリストは、最終的にGLOBALG.A.P.との同等性は認められないことになりました」と公表しなければならないと思いますが、ホームページ上では見当たりませんでした。 それどころか、JGAP認証制度を運営する日本GAP協会のホームページには、「JGAP と他のGAP との同等性認証制度を開始した」という情報が掲載されています。これによって「都道府県GAP 等を利用してJGAP 認証の取得が可能に!」なると、都道府県に呼びかけています。(*6)

  TPPやRCEP、EPAやFTAが始まったら「商業GAP認証」は国際標準でなければ意味がありません。「チェックリスト」だけではなく肝心の「審査基準」が国際標準ではないJGAP認証に、チェックリストが同等であると認証されることで、日本の農業や農業者に何かプラスの意味があるのでしょうか。

FGAPがラオスでGAP指導-アジア各国とGAP実践で協調を-

 一般社団法人日本生産者GAP協会(FGAP協会)では、独立行政法人国際協力機構の派遣事業で2011年6月よりラオス人民民主共和国でGAPの指導と教育プログラムの策定を行っています。これは、GLOBALG.A.P.をベースにして既に策定されているASEANGAP規準をそのまま受け入れ、国内農業のクリーン管理を向上させようとラオス政府が昨年から実施している事業であり、今回の派遣では国の定めたモデル農場を中心に、「日本GAP規範に基づく農場評価」を実施しました。

マーケット
国の推進するビエンチャン市の有機農産物マーケット

  ラオスでは、国のモデル農場を参考に、スイートコーン栽培でGAP農場が既にたくさん作られており、スイートコーンジュースの原料供給が始まっています。ここでは、国が定めたFARM ADVISORが活躍し始めています。また、ラオスのGAP INSPECTORの育成も始まっています。先般、ラオスから5名が来日し、農家での評価員研修を行いました。皆さんは、非常にまじめに研修に取り組んでいました。

  国際的なGAP水準を想定しているFGAP協会の「農場評価制度」は、ラオスでも精度の高い農場評価を行うことができることが確かめられ、関係者から高い評価を受けました。農場の評価作業では、食品衛生面の管理はもちろん、環境保全に関する評価では、農業由来の環境汚染問題に鋭くメスを入れていますので、農業も発展途上であるラオスの自然循環型の農業を正しく評価し、近代化された農業のマイナスの外部効果に対しては、場合によっては直際的に、また近代化していない部分については逆説的にラオス農業を評価・解説するGAP教育を推進しています。

マーケット
ラオスの山間の農村(カシ)でGAPの講演に聞き入る農民

  ものは考えようで、経済の近代化競争の遅れから幸いにも豊かな自然がたくさん残されており、これを逆手にとって、持続的農業では「(周回遅れで)世界のナンバーワンになろう」と提案し、同時に「LaoGAP規範」の策定や関係する分野の法整備などを推奨しています。

  国際連合食糧農業機関(FAO)では、GAPの概念について次のように説明しています。①安全で健康的な農業(食品と非食品)分野を守ること、同時に、②農業者の経済的な利益も確保すること、その結果として、③社会的にも環境的にも持続可能な農業を創りあげること、であるとしています。

  GAPは、グローバル経済の競争に勝ち残ることではなく、それぞれの国のそれぞれの農業が、地域に生きづき、そこに住む人々の命を守ることが目的です。そのためには国際間の自由貿易協定においても、それぞれの国内の政策においても、農業の持続的発展を第一に考えるべきです。そのことについてFAOは、GAPプログラムの最終成果として「GAPの実施は、持続的農業と地域振興に寄与するものでなければならない」と言っています。

参考文献 (*1 http://www.japan-globalgap.com/最新のニュース-what-s-new/jgap-gベンチマーキング-re-jgap-g-benchmarking/)
(*2 http://jgap.jp/JGAP_News/NewsRelease111017doutou_tetsuzuki_restart.pdf)
(*3 http://jgap.jp/JGAP_News/NewsRelease111215doutou_tetsuzuki_junchou.pdf)
(*4 http://jgap.jp/JGAP_News/NewsRelease111220.pdf)
(*5 http://jgap.jp/LB_01/index.html#sougoukisoku)
(*6 http://jgap.jp/JGAP_News/NewsRelease130530JGAP_GAP_doutousei.pdf) GAP普及ニュースNo.29~34 2012/11~2013/9